カサンドラのとなりに

16

弟たちに協力してもらったプランはこうだ。

土曜日。昼前に出発して、尊おすすめの店でランチ。夜は料亭だが昼にリーズナブルな価格帯のランチをやっている店で、メニューは全て海鮮。その後、家電量販店に移動してテレビを物色。可能なら他のものも見て回り、少し時間を引き伸ばすこと。それが終わったらティータイム。かつて尊がを何度も連れて行ったという縁起の悪い店だが、数年前に店主が宗旨変えをしたらしく、欧風オサレカフェがボタニカル和モダン茶処になったので、そこで休憩。

「そんな縁起の悪い店に……
「失礼な〜。店のせいじゃないんだから大丈夫だって」
「頼朝、厄払いした方がいいからそこの小豆抹茶パウンドケーキ買ってきて」
「あれ美味いんだよね〜。オレは和三盆シフォン頼む」

少し移動して今度はショッピングモール。頼朝は専門店でコーヒーを物色、ウサコにはショッピングを促して日が暮れるまでモールをウロウロ。

「モールウロウロって適当すぎるだろ」
「しょうがないだろ他に時間潰せないんだから」
「何してればいいんだよ」
「雑貨系なら時間使いやすいんじゃないか?」

日が暮れたところでまた地元に戻り、信長夫婦が何かと言うと通っていた永源という店がある大きな街まで移動。そこで今度は信長おすすめのダイニングバーでディナー。なぜそんなハードルの高そうな場所かと言うと、ダイニングバーだがめっぽう古い店で、客の年齢層が異様に高いのである。ウサコなどお嬢ちゃんというくらいなので、問題なし。料理がとても美味いらしい。

「実はそこの店成人してないと入れないんだよ。だから静かだし、音楽もいい感じだし」
「時間的に開店直後だろうし、空いてたらラッキー」

頼朝はノンアルだがウサコは気が向けば飲んでもよし、それで終了。お疲れ様でした。

「あとは好きにしな〜」
「あとは、ってそこで帰ってくるよ」
「いやいや、女の子に恥かかしちゃダメでしょ〜」
「買い物して飯食うだけなのに恥も何もあるか」
「何言ってんだ違うだろ、デートだろ!」
「それは先走りすぎだ!」
「別にいいだろ先走ったって、もう若くないんだから!」
「オレはいいけど北見さんにはそれ言うなよ!」
「お前にしか言ってないよ!」

ちなみにおすすめの店を挙げたのは信長と尊だが、その監修はエンジュである。ウサコが緊張で逃げ出さないような店、かつ、ほんの少しロマンチックな雰囲気のあるところ。ロマンチックがエロチックに直結する尊は面白くなさそうな顔をしていたけれど、それは尊の方が特殊なので放置。

とにかく今回は家電量販店とモールでの「買い物」がメインという体である。言葉は同じ意味でも、イメージとしてはショッピングですらない。昼と夜の食事はあくまでもその添え物。

そして頼朝は、仕事がある日の午後の休憩中に努めてさりげなくウサコを誘った。北見さん、そろそろテレビ買った方がいいんじゃないの。オレも最近コーヒーメーカー調子悪くて、車出すからよかったら見に行かない? ついでに買い物でも。 わあ、ありがとうございます、友達が誕生日で!

呆気ないほど快諾だった。

「まあ、前回はオレのパイセンの店行かね? だったしねぇ〜」
「しつこいな」
「あれたぶんウサコ、夜まで食ってくるとは思ってねえな」
「昼も家電量販店の近くのファミレスくらいにしか考えてないと思う」

まったく考えてなかった。それを察したエンジュが、やっとかぶれないファンデーションが見つかったんだし、試しに使ってみない? と軽く突っついて、も服買いに行かない? などと誘って、ウサコは軽いデート仕様に仕立てられていった。

元々華美な装いには縁がないので調整は難しかったけれど、とエンジュはウサコ自身が恥ずかしいと感じない程度にまとめあげた。シンプルで少しクラシカルで、ちょっとだけ可愛い。やっと明るく染めた髪も映える。本人よりの方が喜んでいた。

そして当日が近付いてくると、エンジュから厳重に「ふたりをからかわないこと」と念を入れられた。

かくして頼朝とウサコは土曜の11時頃、じゃあお買い物行ってきまーす! というノリであっさりと出かけていった。同居が始まって以来ウサコを「この家の中で唯一怒らない大人」と認識しているカズサが一緒に行きたがったけれど、それはまた今度! 今日だけはダメ! とまた怒られていた。

雲が多かったけれど雨の心配はない3月最後の土曜、桜は既に散り始め、梶原さんちの庭はピンク色の絨毯を敷いたようになっていた。そんな中を、頼朝の車が静かに走り出す。

「休みの日に出かけるのは久しぶりなんじゃない?」
「久しぶりどころか、ここ1年くらいはたちが誘ってくれたときくらいしか」

ウサコはしつこく渋っていたけれど、本人に強要されてとエンジュは呼び捨てになった。信長もオレもそれでいいよと言ってみたのだが、それだけはダメと断られて、結局信長くんである。

「プレゼント買う友達とは遊びに行ったりしないの?」
「海外にいるんです。だから全然会ってないんですけど、やり取りだけ続いてて」
「何を買うかは決まってるの?」
「はい、誕生日以外でも送ってるんですけど、日本のお菓子を」
「お菓子って、ああ、和菓子?」
「いえ、普通の、スナック菓子とか」
「どういうこと?」
「日本のが一番美味しいって言うんです。だからまとめてたくさん送るんです」

日本のお菓子が一番美味しいから可能な限りたくさん送って。そうウサコにお願いし続けているのは、例のセイラちゃんである。彼女とは小学校卒業以来会っていないが、セイラちゃんは本当にマメな女の子で、以来ふたりは文通からメル友、そして誕生日プレゼントの往復という付き合いを続けている。

セイラちゃんは外科医なのだが、医者の不養生よろしくジャンクフードが大好きで、しかし例の潔癖なお母さんはそういう類の食品は一切禁止という主義だったそうで、独立してからセイラちゃんはジャンクフードジャンキーに変貌した。自称ポテチモンスター。

「それって送料の方が高くつかない?」
「はい。中身の数倍することもありますし、届かないこともあります」
「もう何年も会ってなくても贈るんだ」
「そうなんですけど……

だけど、セイラちゃんだけは特別なのだ。セイラちゃんの家の冷蔵庫を開けてしまったことだけでなく、小学生の頃のウサコはまさに「躾のなっていない」状態で、しかし彼女にそれを教えてくれる人は誰もおらず、何度も「少し考えたらわかるでしょ」と叱られてきた。当然、そんなウサコは同級生の中では浮いていた。それをものともせずに卒業まで仲良くしてくれたのがセイラちゃんなのである。

「よく平気だったねと聞いたことがあるんですが、頭が良すぎる人ってちょっと変なんですかね、知り合ったのは小学3年生だったんですけど、彼女は『ウサコは隠してるけどウサギに変身できるに違いない』と本気で思っていたそうなんです」

セイラちゃんはひたすら謝りつつ、緑色のものを食べさせれば変身するかもしれないという仮説まで立てて、観察日記を付けていたと告白してきた。頼朝はそれを聞いてつい声を上げて笑った。学生の頃、やっぱり成績が突き抜けているタイプの中には個性的なのがいたなあと思い出す。

「それを以前の職場で話したことがあるんですけど、そうしたら『観察日記だなんて頭おかしい』と半ばキレられてしまって。そんなのと未だに連絡取り合ってるなんて異常だとなぜか怒られまして。だけど私はそれで不愉快な思いをしたことはないし、彼女がいてくれたおかげで学校が楽しかったので」

しかし小学校卒業を機にセイラちゃんと別れて以来、ウサコはこれという固定の友達に恵まれないまま、その時々で環境に合わせた知人と適度に付き合ってきた。

「でもまあ、中学や高校の友達なんて環境が変わってしばらくすれば疎遠になるよな」
「それに20代後半くらいになると結婚する人も増えるので、余計に減りましたね」
「あれ不思議だよな。女の子は特に結婚するとすぐに音信不通になる」
もそうだったんですか?」
「あの子は変わらなかったんじゃないか? てか身近なのもぶーとかだし」

ウサコはにこにこと笑いつつ、ため息とともに吐き出した。

「だから今、やぶーちんと話してるの、すごく楽しいです」

家電量販店に直行だと思っていたウサコは、なんだか高級そうな店に連行されて大いに慌てた。だが席についてメニューを見ると一般的な価格のランチ。まあこれなら、とホッとしていたら、頼朝が奢りだから好きなの食べろと言い出す。また慌てる。

「北見さんは命の恩人だからね」
「それもう充分ですって……
「じゃあ福利厚生ってことで」

どちらにせよそこまで恐縮しまくる額でもない。ウサコはとにかく寿司が好きなので、目がキラキラしている。相模湾の新鮮な魚介を使った料理は鮮やかな色彩も美しく、頼朝も海鮮丼をかき込む。さすがに尊、いい店知ってんな。また来ようかな。

またこの店に行かないかと誘ったら、頷いてくれるだろうか。

ちらりとウサコを見ると、抑えているようだが口元がにんまりとしていて、頼朝は吹き出しそうになった。そして、初めてウサコのことを「かわいい」と思ったのである。目はキラキラしているし喜びを隠しきれてないし、そこにはただ寿司が好きな女の子しかいなくて、また抱き締めたくなった。

というか、北見さんて、オレのことどう思ってるんだろう……

これも今初めて思った。尊いわく以前話した時には「頼朝さんは頭いいし仕事早いし物知りだし、凄い人ですよね」と言っていたとか。ただそれは相対するウサコがややトロいというのもあり、また自分は頭が悪いと思い込んでいるウサコにとっては余計に凄いと感じてしまうという事情もある。

だからそういうことではなくて、上司とか雇い主とか関係なく、そう、男として――

そう思った瞬間、頼朝は顔が爆発したのかと思って慌てて頬を押さえた。常に合理的な理屈で脳を稼働させているというのに、今のは勝手に出てきた。何言ってんだそれじゃまるで――

だが、ちょっとロマンチックな店を紹介してほしいと言い出した時点で、そういうことだったんじゃないだろうか。理屈では大人がふたりで食事するんだからガヤガヤうるさいよりは静かでムードのあるところの方がと考えたに過ぎなかったはずだったのだ。

一瞬頼朝はものすごく自分を恥じた。そんなこと考えてたのかよと腹が立った。

だが、その衝撃が過ぎると、今度はその気持ちを手放したくないと思い始めた。何しろ唯一の元カノがトラウマだし、そのトラウマを引きずっていたら世間知らずで何を言っても鵜呑みにするが現れ、手懐けようとしたら弟に取られた。

今にして思えば、23の男が16歳の女の子をいいようにコントロールしようなんてずいぶん浅はかなことを考えたものだと思う。今ではすっかりガミガミ子供を叱りつける由香里2世状態のは、妹だ。義理だが、妹でしかない。可愛い甥っ子姪っ子の、母親だ。

頼朝にとって、今ウサコに対して抱いている感情自体が久しぶりの感覚だった。

それは遠く過去に置き忘れてきた大事なもので、由香里が言うように、取り返す価値のあるものなのではと思えてきた。本当は大事なものだったのに、気付いた時にはどこかに忘れてきてしまって、取りに戻りたくても道がわからなくなってしまった。

だからもう二度と失くさないように大事に抱え込んでおきたいと、そう思った。

ウサコは料亭を出てもまだ目がキラキラしていて、こんなに喜んでる彼女を見ること自体初めてだった頼朝はつい、車に乗ったところで「そんなに気に入った? また来ようか」と笑いながら言ってみたら、それはもうキラッキラの目で「はい!」と即答されてしまった。

どんだけ寿司好きなんだよ……

それは頼朝にとって生まれて初めての、「モエ」であった。それはのちにエンジュから「頼朝さん、それはモエっていうんだよ」と指摘されて初めて認識したのだが、ともあれそのキラキラ目の即答にあてられた状態のまま、頼朝は車を家電量販店へと向かわせた。

自分はそれほどテレビっ子ではないからリビングでみんなが見ているものだけで充分です、とウサコは言うのだが、あまりにも部屋が殺風景なので一度見てみたらどうだと尊に勧められていた。

ということで見に来てみたのだが、大型機ばかりでまるで参考にならない。隅の方に少しだけ個室向きのサイズが置いてあったけれど、置いてあるだけで選択肢がない状態。なので早々に頼朝のコーヒーメーカーを見に行くことになってしまい、家電量販店なら余裕で半日いられるという尊の「ここで時間稼げ」は全部飛んだ。さあどうしよう。

だが、幸いなことに土曜、まんまと渋滞にハマり、尊の想定した「家電量販店で使う時間」は移動で消費できた。その間に喋り倒したのでカフェでのティータイムは普通に喉が渇いていたし、弟たちにケーキ買ってきてと頼まれたはいいが、在庫がなく、1時間ほどかかってもいいなら今から作ると店主は言う。お願いします!

「尊くんて本当に甘い物好きですよね。なのになんで太らないんだろう……
もよく怒ってるけど、あれは体質だろうなあ。食事より甘い物優先だし」
「このお店、ちゃんもよく来たって言ってましたけど……
「あー、それは、えーと本人に聞いた方が」
「皆さん色々あるんですねえ」

頼朝は瞬間的に「北見さんはどうなの」と口にしそうになって慌てて飲み込む。頼朝は以前にも増してウサコの、ウサコ自身のことを知りたいと思った。君の過去を根掘り葉掘りというつもりはないのだが、頼朝にとってのウサコはまだ1年半ほどしかないものだから、どんな風に生きてきてどんな風に感じてきて、そしてウサコという人間が出来上がってきたのか、それを知りたかった。

冷静ではなかったとは言え、自分に将来なんかないと断言してしまうような、君をそこまで追い詰めたのは一体なんだったの? もう、そんな風には思ってないよね? あの家にいれば、そんなこと思わなくても生きていけるよね? オレもそのためには、頑張るから――

ロマンチックな雰囲気でウットリ……どころか、ウサコに突っ込んだ話が出来ない頼朝は少々思考が極端になってきていた。パウンドケーキが焼けたのでカフェを出て、今度はモールという予定通りのコースを辿っていたのだが、どこか心ここにあらずになってしまい、案の定それを敏感に感じ取ったウサコが帰りましょうかと言い出した。ダメダメダメ!

「ごめん、せっかく出たんだし、もう少し遊んで帰れないかなと思って」
「あ、そうでしたか。どこか行きたいところがあるんですか?」
「それも特にはないんだけど。でも、ご飯、食べて帰らない?」
「今日はみんないましたよね? 私帰らなくて大丈夫でしょうか」

女だから家事するなんておかしいぞと頼朝は釘を差しておいたのだが、そもそもウサコは小学生の頃からバイオレットのキッチンで皿洗いを毎日やっていたような人である。やがて長じては店で出す料理も作っていた。なので、むしろ手伝わせて欲しいと名乗りを上げていた。

「大丈夫大丈夫、出かけたときくらい、そういうこと気にしなくていいよ」
「そ、そうですか。じゃあ、明日は私がお昼作ります」

ウサコはこれまでアルバイトに精を出し、それが終わればバイオレット、なくても自宅の家事、と時間をフルで使ってきた。そのため清田家に間借りするようになってからはむしろ時間が余り、サボっているように感じてしまうらしい。そこも損な性分だ。にちゃんと休めと言われていた。

「無理しなくていいよ」
「でも、エンジュもやってるんだし、下宿させて頂いてるんですから」
……そんなに頑張らなくても、追い出したりしないよ。大丈夫だから」

もちろんそんなつもりのなかったウサコは言葉に詰まったが、頼朝は続ける。

「まあその、オレもや母親に頼ってるところはあって、それは改めなきゃいけないよなと思い直してるんだけど、だけど、住まわせてやってるんだから家事くらいやれよとは誰も思ってないからねっていう話。その時に出来る人がやればいいようにしていきたいと思ってるし」

以前は由香里にキーキー怒られるくらい頼朝は何もしない人だった。甥や姪の面倒は見たりするが、その他のことはほとんど母親と義妹任せで、それを悪いとも思っていなかった。だが、ウサコにそういう遠慮はいかんよ、と言うためには、自分が改まらないとならない。

ウサコに対しての特別な思いが増えれば増えるほど、頼朝自身が変わっていく。

「だから今日はちょっと遊んで帰らない?」

頑張って笑ってみた。ウサコは何も言わずに、小さく頷いた。

今度は信長おすすめのダイニングバーである。こちらもアクセスが良く店構えもよくメニューも価格帯も手頃。ただし若干素人お断り感が強かったのでウサコが緊張してしまったのと、未成年お断りの静かな店のはずが、成人の学生のグループが大騒ぎで、結局うるさかった。

だが、これで予定はすべて消化。ランチもティータイムもディナーも全部頼朝の奢りで済んだし、最終的にはウサコもそれに遠慮することなく、カクテルを頼んでおいしそうに飲んでいた。

「嫌いなわけじゃないんですけど、どうしてもお酒というとお店のお客さんがチラついて」
「それは……そうだよね」
「でも、こういうお酒はいいですね。本当においしかったです。ごちそうさまでした」

ウサコは助手席でぺこりと頭を下げる。ここでにっこりと笑って「また行こうね」と言えるなら、頼朝も変にこじらせたりはしなかったんだろう。尊はそれが出来る。信長はしか知らないわけだが、それでも彼なら「またデートしような」と言うのは難しいことではないだろう。

なんて言えばいいかわからない。またウサコと出かけたいけれど、いい言葉が見つからない。

……他に行く人がいなければ、また付き合うよ」

こんな風にしか、言えない。彼にはこれが精一杯だった。だが、

「そんな、とんでもないです。ほんとに楽しかったです」
……名ばかりの上司でしかないけどいいの?」
「慣れというのは言葉が悪いんですけど……普段からご一緒させて頂いているので」

言われてみれば。頼朝はハンドルを操りながら考える。この1年半というもの、一緒にいた時間が1番長いのはウサコだ。それは当然一緒に仕事をしているからなのだが、それでもこの1年半の頼朝の生活の殆どを占めるのは、ウサコとふたりきりの時間だった。

「もちろんたちと喋ったりしてるのも楽しいです。リビングでみんなと過ごすのも楽しいです。だけど、頼朝さんとお話したりしてるのは、すごく楽なんです。あっ、それもあの、言葉が悪いですよね、えーと、リラックス出来ると言うんでしょうか、気を使わないというか、あ、いえいえそれもそういう意味じゃなくてですね、つまりその、自然というか、ああ、言えば言うほど遠ざかる」

ウサコはああでもないこうでもないと言い換えていたけれど、そのたどたどしい言葉たちは頼朝の胸の一番奥を掴み、あらん限りの力で締め上げた。ときめくとか、キュンと来るなんていう優しいものではなかった。痛みすら感じるほどの、感情の昂ぶりだった。

オレと同じだ。オレも北見さんを送って帰るあの時間が、何より気持ちが楽になってた。

お互いそんな風に思えるなんて、そんな風に思い合える人が存在するなんて。

すると、ああでもないこうでもないと言っていたウサコがあっと声を上げた。

「す、すみません、ちょっと寄り道、出来ませんか……
「えっ、どうしたの」
「実家に、忘れ物を」
「忘れ物?」
「セイラちゃんの住所、控えの置き場所が居間だったんです」

時間は20時を過ぎたところ。ウサコの母と祖母は店にいる時間帯だ。問題ないだろう。

頼朝は頭の中を圧迫する思考を振り払い、ハンドルを切った。