カサンドラのとなりに

3

「えっ、事務所で寝てるの!?」
「私は寝てないよ。子供たちとじいじが楽しんじゃっててさ」

清田家に遠藤寿一、エンジュが同居することになったその年の初夏から、清田家は事務所を含めた全ての場所のリフォームに突入した。しかし人間11人と犬4匹という大所帯なので、一旦仮住まいに引っ越して解体、更地から新築……という手段は現実的ではなかった。と由香里が死ぬ。

そのため、まずは元々が簡易的な作りであった事務所を全面改築し、居住スペースの方を直している間は事務所に寝泊まりできるようにしていた。とはいえベッドルームを設えたとかいうわけではなくて、事務所に寝泊まりしていたのは主に男性陣とカズサで、たちはリビングや新九郎と由香里の部屋に休んでいたし、おばあちゃんはこれ幸いと幼馴染の家に転がり込んでいた。

しかしの言うように、事務所は普段なら「お仕事してるところだから子供は入っちゃダメ」な場所であり、好奇心をくすぐるものがたくさん置いてあり、カズサだけでなくアマナも寿里も事務所で布団を並べている父親たちの間に入りたがった。それもなんだかキャンプみたいだし。

それを聞いたウサコは楽しそうに笑った。

「社長、そういうの好きそうだね〜」
「そうなのー。今、庭も使えないからバーベキューも出来ないし、余計に遊びたがって」
「てか〜じいじは子供増えてから赤ちゃん返り激しいよね〜」

ちょっと困った顔をしたの隣で顎に人差し指を引っ掛けていたのは、小山田桃香、ぶーちんである。相変わらず彼女と清田家は血縁ゼロの親戚のような付き合いになっていて、今もウサコとお茶を飲むというにくっついてやって来た。

リフォームが始まって以来、と由香里は綿密なスケジュールを立てて生活を管理していく傍ら、そのスケジュールの中に自由時間を積極的に盛り込むようになり、例えばこの日は平日の夕方だったが、は仕事の終わったウサコと駅前でお茶をする約束になっていた。

それを夫である小山田豪、だぁから聞きつけて呼んでもいないのにやって来たのがぶーちんである。

だが、今のところ清田家に関わりの深い女性のうち同世代はこの3人だけなので、3人はこうして集まることが増えていた。ちなみにウサコとぶーちんは同い年。高校も近所の県立高校同士、会話は弾む。

「今直してるのは一番奥だっけ?」
「そう。2階と1階の一番奥を直してるんだけど、そこが一番新しい増築部分でさ」
「あー、頼朝ちゃんに聞いたことあるー。昔は小さいおうちだったんでしょ〜」
「と言ってもお兄ちゃんが生まれるはるか前の話だけどね」

尊だけでなく頼朝とも小学生の頃からの付き合いであるぶーちんが彼の名を出すと、ウサコは口をつぐんだ。は義理の妹だし、ぶーちんは20年以上の付き合いだが、ウサコにとっては上司である。ウサコはいつもどんな話題でも楽しく話せるけれど、頼朝の話だけは口を挟まない。

ちなみにウサコから見て上司にあたるのは新九郎も同じで、彼のことは「社長」と呼ぶが、頼朝は「頼朝さん」と呼んでいる。最初は専務と呼んでいたのだが、それを出入りの職人さんやら馴染みの同業者に聞かれるとからかわれるからだ。みんな子供の頃から知ってるのでこそばゆい。

「その増築との継ぎ目もきちんと直したいとかで、その間の玄関どうしようかって話してるところ」
「事務所でいいんじゃないのと思うけど、頼朝ちゃんがうんて言わないんでしょ」
「まあ、誰彼構わず頻繁に出入りするからね」
「みこっちゃんとエンジュくんも帰りが遅いしね」

うんうんと頷いて聞いているけれど、やっぱりウサコは口を挟まない。これがもう何ヶ月も続いているのである。は日増しにそれが心配になってきていて、ぶーちんの参加は予定外だったけれど、今日はウサコに聞いてみるつもりでいた。職場環境、大丈夫ですか?

「まあその、それをやっちゃうとカズサが騒ぐだろうし」
「アマナと寿里もうるさくなってくるしねえ〜!」
……今でもうるさい時あるよね〜ウサコには悪いと思ってるんだけど」

清田家はすっかり「ウサコ」呼びになり、カズサは「うーちゃん」アマナと寿里が「うーたん」になっているのを除けば、彼女を「北見さん」と呼んでいるのは頼朝だけだ。新九郎は「ウサちゃん」と呼びたがったが、それだけは本人が頭を下げて拒否していた。

軌道修正のチャンスと見たがウサコに話を振ると、彼女はストローを咥えたまま手を忙しなく振った。そんなことないと言いたいらしい。は畳み掛ける。

「でもほら、未だにお兄ちゃんが失礼なこと言ったりするし、その上子供がうるさいなんて」
「んーんー、そんなことないよ、お昼寝の時はむしろ静かすぎるくらいだし」

清田家はの判断で子供の喚き声を放置しない方針を取っている。今のところ大声で喚くのはカズサひとりだが、その下にアマナと寿里が控えているのではそれを曲げるつもりはない。騒いでいいのは騒いでいい場所だけ。カズサに効果が上がっているかどうかは、ともかく。

そして子供の騒ぐ声の件にしか反応を返さなかったウサコに、は身を乗り出す。

「てかウサコが仕事覚えてから私も事務所に入る機会がなくなっちゃって、ゆかりんも用がないのに顔出しづらくなってるけど、本当に平気? いくら上司でも社長はじいじなんだし、お兄ちゃんのことで困ったら隠さないで教えてほしいんだけど」

その通りと由香里が事務所に顔を出すことが少なくなったせいで、ウサコの感情以前に頼朝がどうなっているかの把握ができなくなってしまった。由香里も用があればノックもせずに事務所に入っていくが、それも一度に数分、1日に3度あるかないかというところ。

その上、リフォームが済んだ事務所は頼朝とウサコの職場であるデスクの区画と応接の区画を引き離してしまった。由香里が来客の相手をしている間に頼朝が小声で失礼なことを言っても聞こえない。

とはいえ頼朝はそもそも意識が高めの人間である。何がパワハラでセクハラになるかということには知識がしっかりあるはずだし、わかりやすい失礼を働く可能性は低い。ただそれでもウサコを「最下層の家の人間」と思っていることは間違いないだろうし、今でも「せめて3層目」の従業員を求めているフシがある。それが滲み出ないとは限らない。

「うーん、ちゃん前にもそれ言ってたけど、そんなに気になるほどには」
「だってほら、即答で『そんなこと全くないよ』じゃないんでしょ」
「だってそれは仕事の話だし、上司だし、私もバカだし」
「え〜ウサコ甘い〜バカはあたしの方が上なんですけど〜」

小山田夫妻は桃香の妊娠をきっかけにふたりとも高校を中退して結婚した。なのでぶーちんは自信満々でそう言ってふんぞり返るわけだが、確かに学校で習う勉強という意味でなら、小山田夫妻はバカということになろう。身近な比較対象のも清田家三兄弟もエンジュも全員揃って大卒だ。

そういう意味ではウサコは少々中途半端だ。地元の県立高校を卒業ののちに就職しているが、その高校もいわゆる近隣の中堅どころ。公立大学出身のと高校中退のぶーちんに挟まれると、実に普通。来る全入時代ならともかく、実家の事情を考えても真っ当な人であると言える。

「まあその、確かに偏差値でお兄ちゃんに勝てる人はうちにはいないわけだけど、でも例えば収入で言ったらみこっさんが一番稼いでるし、今でもうちの仕事はじいじと先代が長年培ってきた信用の上に成り立ってるわけだし、いくら上司でも、お兄ちゃんがウサコ相手に威張るのはお門違いじゃない?」

清田家内部の事情を持ち出されてしまうとウサコも返答のしようがない。それに気付いたは「ごめん」と言って引き下がったが、また顎に指を添えていたぶーちんはひょいと首を傾げた。

「でもお……頼朝ちゃんて、前はそれほど失礼じゃなかったよね?」
「えっ、いつ頃の話?」
「んーと、高校から大学、修行に出ててた前半くらいかなあ」

つまり、20代半ばくらいまでだ。

「あたしも子供生まれてからは小中学生の頃みたいに頼朝ちゃんと話す機会は減ったけど、それでもやっぱり清田家に戻ってきてからの頼朝ちゃんは毎日少しずつ歪んでいってるような気がする」

心当たりがありすぎて、は俯いた。

「あたし、こじらせ30代って女のことだけかと思ってたんだけど、違ったねえ」

無垢なぶーちんの言葉に更に俯くだったが、ウサコは苦笑いで呟いた。

「それは私の方がひどいと思うなあ」

繰り返すが、例えば頼朝がウサコに対してあからさまなパワハラやセクハラ発言をするわけではない。それはそれで彼のプライドに障るし、万が一アルバイトであることを理由に即日退職などされようものなら仕事が滞るし、そんなことになったら由香里とが爆発するのは目に見えている。

しかし、信長が尊に漏らしたように、何しろ「バイオレット事件」がマズかった。

自分の祖母や母親と同年代の女性が卑猥な言葉で喋って笑っている店、その店で飲み物を膝に零しながらニヤニヤ笑っている男性客、そういう世界の「産物」であり、そこから離れようとしない人間。頼朝にとってウサコとはそういう人間だった。

その上ふくよかな体型で化粧っ気がなく、いくら仕事とはいえ、その点は由香里も首を傾げるほどに地味な装いでやって来る。髪は明るい色に染めているが、それだけだ。アクセサリーも付けない。

とはいえそれは仕事上の関わりしか持たない頼朝がどうこう言うことではないのだが、ぶーちんの言うように日々歪んでいく頼朝にとっては気になったが最後、頭から離れない違和感になってしまった。

頼朝の違和感をざっくりまとめると、ウサコは「志の低い人間」といったところだろうか。自分の意識の高さを棚に上げていることは言うまでもない。

客と一緒になって下品な下ネタを楽しそうに喋っている祖母と母親とよく一緒に暮らせるよな。自分だったら耐えられない。少しくらい生活が苦しくても独立するべきだ。それに、身だしなみは挨拶と同じくらい社会人の基本だと言うのに、どうして気を使わないのか。というか毎日弁当自分で作ってきてて普通の量しか食べてないのになんで痩せないんだよ。酒か?

そういう苛立ちにも似た感情が取れないので、頼朝はやっぱり刺々しい。

……北見さん、稲毛さんはお喋りだからこっちから切り上げないと」
「あっ、すみません。どこで口を挟めばいいかわからなくて……
「そういう時は呼んでくださいって言ったでしょ」
「はい、すみません。気をつけます」

清田工務店に訪れる全お馴染みさんのうち、一番お喋りである稲毛さんは事務所にやって来ると最低でも20分は喋り倒して帰る。この20分というのも、この稲毛さんのお喋りを30年以上聞いてきた由香里が真剣にあしらった上での最短記録だ。

だから、まだ勤務を始めて1年も経たないウサコからそんな力技が出るわけがないことくらい頼朝は承知しているはずなのだが、来客の接客は得意な方であるウサコがにこにこ笑顔で稲毛さんのお喋りに付き合っていたのでイラッときたわけだ。自分だって由香里ほど上手くあしらえないのに。

ただ、専務になって以来の頼朝は一部のお馴染みさんから「頼朝ちゃんは最近めんどくさい」と敬遠され始めているので、彼が顔を出して「北見さん喋ってないで仕事」と言えば、大概の人は引き下がる。

これについてお馴染みさんたちは「ミエさんがいた頃はよかったね」と言うし、社長も「ただの友達ならともかく、みんな仕事や組合で関わりがある上に、2代目がいるところも多いってのに蔑ろにしてどうするんだ」と怒るが、今のところ母親から受け継いだ石頭の頼朝は耳を貸さない。

頼朝に言わせれば、そういう旧態依然とした仕事を続けていかれる世の中ではないのだからして、完全に次世代に切り替わる前から慣らしていかないとダメだ、とのこと。確かに頼朝が専務になって以来、清田工務店は近隣の公共施設や行政からの依頼が増えていて、地域密着の「大工さん」なだけではなくなりつつある。お喋りなおじいちゃんの相手は一文の得にもならない。

こうした頼朝の、意識の高さはあっても人間味のなさ、いわゆる「遊び」や緩みのなさは特に新九郎やが案じているところだ。そんなものがある方がおかしいという世の中だが、それはあくまでも業務の上の話。頼朝はそれが自身の人格に染み付きつつあって、それは「こじらせ」の一種であろうし、彼の場合は生活環境がそれを悪化させる可能性がある。

そういう意味では頼朝は自己管理を重んじる一方で、壊滅的にオンとオフの切り替えが下手くそとも言える。そもそもが清田家、全員がそれなりに一本気な家族なのだが、頼朝の場合はそれが「使い分けられない」という方向に出た。

それでもまだ、ぶーちんの言うように修行に出ている頃は良かったのだが……

……そういえば、最近自転車で来ることが多くなってるね」
「あっ、帰りに買い物をして帰る時は自転車にしてます」
「バス通勤なのか自転車通勤なのか、決めてください」
「あ……はい、すみません……そうですね」

頼朝の冷ややかな声にウサコは椅子を引き、深々と頭を下げた。最近清田家と駅の途中に激安を売りにしているスーパーが開店したので、に勧められてそこで買い物をして帰る機会が増えていた。しかし元々は駅からバス通勤ということで交通費が支給されている。

頼朝は正しい。アルバイトとは言え決まった通勤ルートを外れて交通費を余剰に手に入れることは不正受給に当たる。それを雇用主として従業員に注意するのは何も間違っていない。

しかしこれを由香里あたりに言わせれば、「じゃああんたは道が大渋滞起こして遅刻しそうになって慌てて自転車で来たりしたら、それも糾弾するっていうの」と言ってくるだろう。頼朝は「緊急時の一時的な特例と日常的な着服では意味が違う」と返すだろう。

「そのくらい大目に見てやんなさいよ」という由香里の「旧態依然」と、頼朝の、新しい世代の倫理観とのぶつかり合いだ。やっぱりここでも頼朝は間違っていない。

こうした問題の際に、尊やエンジュは口を揃えて言う。「でも言い方が悪いよね」

アルバイトとは言え、ウサコの認識が甘いこと、それは事実だろう。だったらそれを上司としてしっかりと説明して正すよう指導してやればいいだけの話なのに――とエンジュあたりは肩を落とす。

頼朝に言わせれば「32にもなってそんなこともわからないのはおかしい」である。

とはいえウサコは無意識でやっていたことであり、安いスーパーがオープンしたんだよ! 自転車で来ればいいじゃん! と言ったのはであり、最初から交通費をせしめてやろうとしてやったことではない。なのでウサコは素直に反省してそれを改める。

それでも頼朝の刺々しさはなくならないのだ。事務所の壁時計が軽やかな時報を奏でる。

「はい、北見さんお疲れ様。また明日」
「あっ、は、はい、お疲れ様でした! あの、でもこれ、まだ途中で」
「それは僕がやります。置いておいて」
「わ、わかりました。では、お先に失礼します……

意識の高い頼朝は、アルバイトごときに残業はさせない主義である。仕事が終わっていなくても、仕事が遅いと罵倒してサービス残業をさせるのはプライドに障る。そのためウサコは絶対定時退勤。

パソコンのモニタを覗き込んだまま追い立ててくる頼朝にペコペコ頭を下げながら、ウサコは慌ただしく荷物を手に事務所を出ていく。あまりのんびりしていると由香里やが顔を出し、お茶や食事に誘ったりするので頼朝はさっさと帰したがる。それをウサコもわかっているので、事前に約束がない限りは上司の意向に従って急いで帰る。

ウサコがいてもいなくても事務所は静かだ。17時にウサコが退勤し、18時には事務所が閉まる。新九郎がちょうど帰宅してくる頃だが、事務所自体の営業時間は18時までとなっている。それを過ぎても用があると、お馴染みさんたちは清田家の玄関を叩く。あんまり意味ない。

18時を過ぎた事務所は静まり返り、頼朝が立てる音だけがかすかに響いているだけ。どうしても間に合わない仕事がある時は長く居残ることもあるが、だいたい19時前には事務所を出て家の中に戻る。そして夜を過ごし、眠り、目覚めたらまた事務所だ。

この日もウサコのやり残した仕事を片付けると事務所の奥のドアを開けて、家に戻る。事務所は清田家のキッチンの奥と繋がっていて、ドアを開けた途端騒がしくなる。特に頼朝が戻る頃は夕飯時で、キッチンにかかりきりのと由香里の背後で子供たちがわいわい騒いでいる、そんな時間帯だ。

「ともー! うーちゃんは?」
「おうちに帰ったよ。カズサ、それお父さんのトロフィーだろ。戻しなさい」

まだリフォームが始まっていないリビングは普段の数倍増しで物が溢れかえっており、カズサはリビングにびっしり並べてあった父親の中学生時代のトロフィーを勝手に持ち出してきたらしい。大量にあるとは言え、本人より両親が大事にしている品だ。頼朝は甥っ子の背を押してテレビを囲むように作られている棚まで誘導し、トロフィーを元の場所に戻した。

「あ、お兄ちゃんお疲れ様」
「信長はどうした」
「平日なのに珍しく残業なんだって」
「親父もまだ帰って……ないよな、今日は現場埼玉だもんな」
「そういうわけで手が足りないのでカズサの捕獲よろしく」

週末はだいたい朝から晩まで不在の信長は、平日が休みで帰宅も早い。新九郎も現場が近ければ17時前に戻ることもある。今のところ孫世代は3人、それだけいれば手は足りるが、頼朝ひとりではカズサの捕獲で精一杯だ。幸いアマナと寿里は大人しいので、こちらはもう犬に任せる。

「いきなりふたりも手が減ると堪えるな」
「じいじが遅いことはわかってたんだし、ウサコに残ってもらえばよかった」
……彼女はあくまでも事務所のアルバイトだろ。うちの召使いじゃない」
「そんなつもりないって! ひとりでご飯食べるよりいいかなって思っただけだよ」
「ひとり? 母親とばあさんがいるだろ」
「毎日店に出てるわけじゃないもん。帰ったら彼女も大量の家事が待ってるの」

頼朝は間違っていない。ウサコは勤務時間を過ぎたのだから帰宅するのが当然で、そのまま無報酬で社長宅の子守をするのはおかしい。それは間違っていない。だが頼朝の口調にはそれよりもウサコを招き入れたくない感情の方が強く滲み出ていて、はつい強く言い返してしまう。

「だけどうちが引き止めたってことなら、お母さんたち何も言わないらしいの」
……まあ、何を思ったのか、ものすごく媚びてきてたしな、あのふたり」
「だからたまには家のこと忘れてうちでご飯食べていったら、って思ってるだけ。個人的に!」

それが公私混同なのだという頼朝との言い合いは散々やってきた。一応の主張としては、清田家が公私混同なのは今に始まったことではなく、従業員と家族の垣根が曖昧なのは先代からもう何十年と続いてきたことであり、なんとなれば頼朝は子世代の中ではそれを一番長く見てきているはず、ウサコだけそれを厳格にせよというのは納得できない。

元々頼朝は10代の頃から両親が他人を家の中に招きたがるのを疑問視していた。だが、そうやって招き入れられたことがきっかけではこの家の嫁になった。ことに関してはそれも悪くないなどと言うし、何十年も前から出入りしているお馴染みさんであれば、それがどんな人でも文句は言わないのだ。ぶーちんは真顔で「頼朝ちゃんとうとうダブスタになっちゃったのか」と言った。

他の人はいいけどウサコだけはダメ。そういうことだからだ。

……なんでそんなにあの子にこだわるんだよ」

キッチンに戻ったの背中に、頼朝はぼそりと恨みがましい声を投げかけた。

北見さんは、嫌なんだよ。自分でもよくわからないけど、嫌なんだよ。