清田家2020

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1. 頼朝の春

あたしヨミ! 犬だよ。最近ちょっと鼻がムズムズしてるんだけど、あたしよりもあたしの住んでるおうちの方が大変みたいなの。あたしのママやパパがテレビを見ながら腕を組んで唸ってることが多くなって、「困ったねえ、ヨミ」って言いながら撫でてくることが多くなった。

あたしは犬だからママたちが何に困ってるのかよくわからないけど、そのうちママとパパだけじゃなくて、おうちにいるみんなが「うーん」て言うことが多くなってきた。

でもカズサはあんまり変わんない。

「ドゥーン! ヘッブゥ! デュス! デュス! まじ意味分かんないし」

あたしもカズサがやってる遊びの意味がわかんない。なんかピカピカ光るおもちゃを振り回しながらカズサは文句を言っている。昨日の夜、パパにしばらくおうちから出られなくなると言われたカズサは、それからずっと「意味分かんないし」って言ってる。

パパは「外に出ると病気になるかもしれないから、家にいるようにしよう」って言ってた。でもじいじはお仕事でお出かけするから、カズサはずっと「意味分かんないし」って言ってる。

あたしだって意味分かんないけど、カズサのおもちゃで叩かれるのは嫌だからママたちのいるお部屋に行くことにした。キッチンがあって、みんなが集まってるところ。あたしの「ハウス」もここにあるんだけど、最近はママたちと一緒に寝ることが多いかな。

ドアの隙間に鼻を突っ込んでお部屋に入ると、やっぱりみんなが集まってた。

「エンジュもテレワークで大丈夫なのか」
「はい。そのために何度か出社するけど、以後は大丈夫」
「リフォームの時にネットワーク関係も全部直しておいてよかったよね〜」
「尊、定額制の配信入れた方がいいんじゃないのか」
「そうだね〜。子供たちだけじゃなくて大人もあった方がいいよね〜」

じいじと、エンジュと、みこと、ともがまた難しい顔で話してる。これはママの言う「困った」ことの話なのかもしれない。ウサコの手が優しくあたしの頭を撫でてくる。ウサコ、ちょっと怖いみたい。大丈夫だよ、あたしが守ってあげるからね。

「あとは巣ごもりの準備ね」
「既に衛生用品は手に入りにくくなってるよね……

今度はばあばとママが怖い顔になってきた。ママのそういう顔やだなあ、と思ってたらともが手を上げたので、みんなの顔がちょっと元に戻った。

「あ、そのあたり基本的なものは備蓄してあるぞ」
「は?」
「納戸広げた時に全員分備蓄してある。事務所の方にも入ってるけど」
「備蓄? 何を?」
「何って、色々必要なものを。災害に備えてたつもりだったんだけど、使えるはず」
「え、ちょ、そんなのいつの間に。どこにあるの」
「だから納戸だって。見てみなよ、基本的なものはあるから」

ともはいつもと同じ話し方だったんだけど、それを聞いてたママの声はどんどん甲高い声になってきて、それでパパとエンジュを連れてご飯を隠してあるお部屋に入っていった。そしたらすぐにママのキャーッという声が聞こえてきたので、あたしはびっくりして慌てて走っていった。

でもママは小さいお部屋の中で大喜びで飛び跳ねてた。ママは尻尾がないけどものすごく嬉しそうなのはわかる。パパとエンジュはびっくりした顔で手に箱をいっぱい持ってる。それおやつ?

「どうだったのよ、何があったの」
「ゆかりんも後で見てみて、やばい、お兄ちゃんやばい」
「だから何なのよ」
「マスクも消毒用アルコールもウェットティッシュも全部あるの!」

ママの声にみんなが「えーっ」と言うから、あたしたち犬はつい一緒に吠えた。

「てかそれだけじゃなくて、トイレットペーパーとか缶詰とかカップ麺とか」
「頼朝、いつの間に」
「だからリフォーム終わった後だよ。オレは地震と富士山の噴火を考えてたんだけど」
「だからゴーグルなんか積んであったのか」
「それはまあ、現場でもたまに使うからそのついでに。ヘルメットもあっただろ」

嬉しそうなママの声に誘われて、みんなご飯を隠してあるお部屋に行ってママみたいにキャーッて言ってる。あそこにおやつとかご飯隠してあるのは知ってるけど、そんなにいいものがまだ隠れてたのか。あたしだけじゃなくてナオちゃんたちも覗きに行ってる。おやつ出てきた?

「頼朝、すごいわあんた、これ全員が1年くらい凌げる量よ」
「オレの計算では20ヶ月」
「えっ、マスクも20ヶ月分?」
「そう。大人はサージカル1日3枚の計算」
「1日3ま……計算出来ねえ。お前すげえな……

戻ってきたばあばがともの肩をバチバチと叩いてる。あたしはまたウサコの足元に戻ってきたんだけど、ウサコの手は今度は嬉しそうにふわふわと首の後ろを撫でてくる。ウサコはともがバチバチ叩かれると嬉しいのかな。だったらあたしが噛んであげるんだけど。

「ていうかオレたちが生活するだけの分だけじゃなくて、倉庫の方に親父や豪たちが仕事で困らんように必要なものをストックしてあるし、さっき言ったけどオレは地震と富士山の噴火を想定してたから長期でも耐えられるようにしたんだよ」

ウサコの手がしゃしゃしゃーって忙しくなる。どうしたんだろう。嬉しそうだけど。

「ただちょっと備蓄の点検は半年に1回てスパンだったから、若干古いものもあるかもしれない」
「いいわよそんなの! 賞味期限がちょっと切れたくらいじゃ死にゃしないわよ!」
「やばいお兄ちゃん後光が差して見える」
「大袈裟だな。まだ手に入るものなら小山田家にスライドしてもいいんじゃないか」

みんな最近ずっと怖い顔して唸ってばっかりだったけど、今はみんな嬉しそうな顔してる。ママはまだぴょんぴょん飛び跳ねてて、ご飯隠してあるお部屋に行ったり戻ってきたりをずっと繰り返してる。

あたし、このおうちの中で特に大好きなのはママとウサコとじいじだけど、でも他のみんなも好きだし、みんながこんな風に楽しそうに嬉しそうにしてるとあたしも嬉しい。ウサコの手もゆったりとしてきて、怖くなくなったみたい。

あとはカズサがあたしのこと叩かないでくれれば、それでいいんだけどな。

2. 頼朝の誤算

こんにちは、ウサコです。私の頭では想像もつかないような大変な世の中になってしまいました。だけどごめんなさい、私は今、嬉しいというか、幸せというか、すいませんとにかくニヤニヤが止まらないんです。こんな時にこういうの不謹慎かもしれないけど、でも無理。

「過去にこれほど頼朝が称賛されたことがあっただろうか」
「なかったね〜」
「これは源の方の頼朝が征夷大将軍に任ぜられて以来の快挙だな」
「ウサコ、目がうるうるなんだけど」

いつものように頼朝さんをディスって楽しんでる信長くんと尊くんの横で、エンジュがちょっと呆れた顔して私を見てる。でも無理よ。だって、

「私の旦那様世界一なんだも〜ん」
「割れ鍋に綴じ蓋ってこういうこと言うんだね〜」
「なんとでも言って〜。頼朝さんは言葉通り私たちを守ってくれてるの」
「くっそ今日は反論出来ねえ〜」

信長くんと尊くんはそう言いながらニヤニヤ、私もまだニヤニヤ。だって頼朝さんてば、地震と富士山の噴火を想定して私たち――大人9人と子供7人が安全に生き延びられるように計算し尽くして必要なものを全て揃えてた。もちろんずっと前から揃えてたものだったから買い占めとかじゃないし、みんなが血眼になって買いたがってるマスクや除菌剤なんかが納戸に山のように積まれてる。宝の山。

感染症を想定してたわけじゃないっていうけど、それでも備蓄は完璧。特におばあちゃんの安全に関する備えはじいじがお礼を言って頭を下げるくらい完璧だったみたい。弟ふたりは素直じゃないけど、きっと前よりお兄ちゃんのことすごいって思ってると思うな。ああ、私の旦那様なんてかっこいいの。

「そういえば小山田家はどうしてんだ」
「問題は子供たちだけだな。ぶーは喜んで引きこもってるよ〜」
「まあ、だぁは少人数で外にいることがほとんどだし、ぶーちんは元から行動範囲狭いし」
「子供たちさえコントロール出来そうなら小山田家の出入りはいいんじゃないかな〜」

頼朝さんは毎日仕事をしながら、さらに感染症対策に追われていて忙しい。でもヒステリー起こした人みたいになってるわけじゃなくて、慎重に状況を見極めてる感じ。まだ緊急事態宣言が出てないから今のうちに出来ることはやっておこうって方針も決まったのに、コハルが小さいとは言え私はあんまり手伝えてなくてもどかしい。

だから楽しそうに頼朝さんをディスってる信長くんと尊くんも、エンジュと一緒に家中のテレビで配信サービスを見られるようにしてたところ。ドラマやアニメを見放題なの嬉しい! 私はハイテク関係はさっぱりだからお任せしちゃってて、これもちょっともどかしい。

コハルが小さいから、っていう言い訳は立つけど、でもコハルがいなくても私は役に立たなかったと思うし、それだけに頼朝さんのすごさが際立つと思うんだよね――と思ってたら、納戸と事務所の収納を行ったり来たりしてたの声が聞こえてきた。泣きそうな声だ。どうしたんだろ。

「小麦粉! ゼラチン! ドライイーストおおお」
「すまん、それは完全に想定外」
「バター! 生クリーム! 餃子の皮あああああ」
「生ものはストックに限界あるからなあ……

……私の世界一すごい旦那様でも小麦粉がスーパーから消えることまでは予測できないよねえ。泣きそうなの向かいで頼朝さんはちょっと青い顔をしてる。我が家は小麦粉を使う料理やお菓子となると一度に一袋くらい簡単に使い切ってしまうし、普段からほぼ毎食を手作りしてるから急に食材が手に入らないと本当に困っちゃう。

食材の備蓄に関してはにも相談しておけばよかったのかもしれないね。まあ頼朝さんだって抜けるところはある。でも世界一だもん。ああまたニヤニヤしちゃう。の嘆きが響いてるけど、どうしよう、それでも私、今すっごく幸せな気分です。

「パスタがないよおおおおお」

3. 救世主あらわる

「何しろ隣の家まで歩いて10分はかかるしね。普段から基本家族だけで生活してるし」

どうも〜エンジュです。在宅業務ちゃんと出来るかなって心配してたけど、すぐに慣れちゃってもうオフィス構えなくてもいいんじゃないかなって思い始めてます。だって朝から晩まで子供たちや信長とずーっと一緒にいられるんだもん。

今もと信長と飲んでたところなんだけど、みこっさんの元カノだっていうの友達から電話がかかってきた。オレはたちの結婚式で会ったことがあるだけだけど、彼女は結婚と妊娠を機に四国に転居した人。なので首都圏の惨状を案じて珍しく電話をかけてきてくれたらしい。

「それじゃああんまり人に会わなくて済んでるの?」
「どうしても会わなきゃいけない他人がそもそも多くないからなあ。病院の方が怖いかな」
「もう予定日目の前だもんな。まだどっちか教えてくんないの?」
「それは出てきてからのお楽しみだって言ったでしょ」

そして彼女は出産を目前に控えてる。が何度か性別を聞いてみたらしいんだけど、頑として教えてくれないらしい。その気持ちはちょっとわかる。

「でもまあ、総合病院じゃなくて割と新しい産科のみの病院だし、パパの方が神経質になってる」
「何か困ったらいつでも連絡してよ。出来ることなら手伝うから」
「何言ってんの。今はそっちの方が心配。足りないものとかない? お米ある?」

まさか納戸と倉庫に家族全員が20ヶ月引き込もれる備蓄があるとは言えないので、の声がちょっと揺れる。彼女、マユさんは現在嫁ぎ先で農産物加工業をやっていて、まあその傍ら自宅の一角で簡単なネイルサロン開いてるって話だけど、頻繁に新鮮な野菜を送ってくれる。

だけど野菜は正直困ってない。の高校時代の友達関係で農業やってる人がいて、それが基本的には飲食店に卸すための畑だったらしくて、在庫抱えて頭も抱えてるそうだから、そこから積極的に買うことにしてるのでそれは困ってない。だから何しろ今がないないと困ってるのは当然、

「お米は大丈夫〜。今はとにかく小麦関係かな。小麦粉、パスタ」
「小麦粉ないの? ああ、巣ごもりでお菓子とか作る人が多いのね」
「子供たち3食必要なのにパスタが買えないってのは想像以上にしんどかった」
「清田家子供多いもんねえ」

マユさんはさも可笑しそうに笑って、だけどとんでもないことを言い出した。

「おっけー、じゃあ小麦粉とパスタ送るよ!」
「は?」
「小麦粉、薄力粉だけど、でっかい袋でもいいよね? 置くところある?」
「え、ちょちょちょ、どういうこと?」
「四国には香川という小麦の大量消費国があるんですのよ」

だからといって生産量が日本一というわけではないんだけど、小麦の生産者と知り合いらしい。

「ネイルサロンが地味に好評でさ、そこで野菜使ったお菓子とかケーキとか出そうかって話になってたんだよね。でももうすぐ出産だし、元々少なくとも半年は先の話だったんだけど、その人が早とちりして小麦粉30キロくらい持ってきちゃって。この状況じゃサロンなんかやってる場合じゃないし」

聞けばその生産者の方は乾燥パスタも作ってるとかで、それもたくさん譲ってもらったけれど、マユさん本人やそのご家族は野菜食が基本であまり食べないんだとか。が悲鳴あげてる。今に限っては小麦粉やパスタはダイアモンドよりも手に入れるのが難しいからね。

「ドライイーストは聞いてみるね。ゼラチンはうちにストックあるかもしれない」
「そ、そんな、いいの、マユはいらないの」
「いいのいいの。私しばらくは積極的に何もしない生活するから」

マユさんは元々合理性の権化みたいな人で、彼女の旦那さんはその上司だった人。身近に手を貸してくれる人はお姑さんと旦那さんの妹夫婦しかいないというし、その全員でお仕事をしてるわけだし、20代の夫婦というわけでもないし、こんな危険な世の中だし、理想高く無理をするメリットはないと言う。

……そっちにいる頃って、いつも自分の人生の残量を気にしながら生きてた気がするんだけど、こっちに越してきてからは明日1日をどう生きようかなって考えることの方が多くなった気がするのね。子供が生まれたらもっとそうなると思う。将来設計なんか何の役にも立たないよ」

その言葉をオレたちは深く頷きながら受け止めてた。まさに今は今を生きるだけで精一杯だよね。

「いつか会おうね、マユ」
「大丈夫、いつかマスクなしで会える日が来るよ」
「わかんないことあったら何時でも電話していいからね」
「いやほんとそれマジで頼む!」

みこっさんの元カノだというのに、みこっさんのことは一度も口にしなかったマユさんは数日後、無事に女の子を出産した。そして我が家にはその当日にとんでもないものが届いた。ほんとにどえらいものが届いた。それがマユさんからだと知ると、みこっさんは腹を抱えて大笑いしてた。

「嘘だろ、何これ小麦粉10キロ!? ゼラチンやばい業務用って書いてある〜!」
「ちょっともうどうすんのこれ、お米何キロあるのよ。てか送料いくらかかったのよ!」
「干し椎茸、ジャム……これマユんとこの自社製品だ」

マユさんから届いたのは、小麦粉が10キロ、パスタも10キロ、ドライイーストの小箱が3つ、業務用のゼラチン1キロ、米60キロ、そして乾物やジャムや漬物など、マユさんのお宅で作ってる商品がどっさり。爆笑してるみこっさんの横でとゆかりんが手を合わせてる。

それは頼朝さんの備蓄とは違う意味で宝の山だった。そういうわけで急ぎと頼朝さんのトップ会談が開かれ、ゆかりんや頼朝さんからも含めた出産祝いとともにマユさんのもとには「頼朝備蓄」からマスクがたくさん送られることになった。

ウレタンマスクの方が使いやすい時もあるし、手作りも併用しようということで頼朝さんの「大人1日サージカル3枚」の計算に余裕が出てきたからだ。

すると退院してきたマユさんから早速電話がかかってきた。初産を終えたばかりだというのにマユさんの声は大きい。元気そうでなによりだけど……

「マスクありがとね!!! 退院してきたら名前も知らないジジイとババアが子供見せろってマスクもしねえで咳き込みながら家ん中勝手に入ってくんの!!! だからすっげえ助かる!!! でも今朝はマスクくれっていうやつが来たから追い出した!!! 町会長だったらしいけど知らねえわ!!!」

は大笑い。マユさんはまたみこっさんのことには一言も触れず、「私の娘めっちゃ美人だよ!? 次男の嫁にどう!?」とか言って大笑いしてた。首都圏は日増しに深刻な状況になっていくので、正直オレたちは顔では平静を装いつつ、心では言いようのない不安をずっと感じ続けてる日々だった。それをちょっとだけ忘れさせてくれるような、明るい光みたいな笑い声だった。

「うちの親が孫見たいからこっち来るとか言い出したけど、それも断った!!! 迷惑!!!」

神奈川の都市部在住であるマユさんのご両親、特にお父さんは結婚も転居も反対、妊娠も喜んでくれなかったそうだ。はまた大笑い、オレも笑った。いつもフルメイクでキメキメだったマユさんのすっぴんとボサボサ頭がどうしてか、とても魅力的に見えた日だった。

4. 災い転じて桶屋

おは。ぶーでっす。すっかり春だけど世の中どんよりしててテンション上がんないね〜。幸いうちは清田家の援助もあって無事に過ごしてる。実家も無問題。花見出来なくてみんな腐ってるけど、清田家の場合はいつも隣の家の桜見ながら庭で花見なので今年も開催決定。カズサ生まれてからは清田家とうちしか参加してないしね。

それより問題なのはうちの長男、カイト。今高2。めっちゃめんどくさい時期。

あたしもだぁも高校中退で結婚したバカちんだけど、ヤンキーやってたとかいうわけじゃないし、反抗期とかその辺はかな〜りマイルドだったのね。けどカイトは小6くらいから反抗期始まってまだ終わんない。これって反抗期じゃなくてそういう性格なんじゃないのってくらい言うこと聞かない。

だから感染予防の話も聞かないし、ちょっと目を離すとマスクもしないで外に出るし、とてもじゃないけど清田家になんか行かれなかった。でも先週、遠い繋がりだけど、感染症で身内を亡くされた人の話が入ってきた。あっという間のことで、入院して10日後には灰になって帰ってきたって話だった。

それはだぁ関係の方の人で、あたしもよく知らないんだけど、だけどその話を聞かされたカイトは真っ青になってた。カイトは言うこと聞かないしバカだけど父親はやっぱり怖いし、ちょっと尊敬してるみたいなんだよね。だからここ数年涙もろくなっただぁの言葉は響いたみたいで。

そういうわけで無事に反抗期長男も封じ込めたので、あたしと長女のナギサは久々に清田家に来ました。お花見〜! と思ったらノブが肩を落として眉毛も下がってた。

「仕事がねえす」

そりゃそうだよねえ……。ひとまず自宅待機という扱いのノブだけど、そもそもそれほど景気のいい業界じゃなかったって話だし、元々スタッフは最低限の人数で運営されてて、そのくらい余裕がない状況だったんだよね、ずっと。

大家族で暮らしてるとはいえ、ノブは子供3人いるわけだし、そりゃ不安だよねえ、困ったねえと思ってたら、横からエンジュが首を突っ込んできた。

「ひとまずオレは変化なしだから大丈夫だよ信長」
「え〜エンジュ大丈夫なん〜?」
「あんまり大きな声で言えないけど、業務用が全滅の代わりに小売が好調で……

ステイホーム、おうち時間てことか〜! エンジュはみんな知ってる身内しかいないっていうのに、ヒソヒソ声で喋ってる。この状況で収入に変化ないですなんて言えないよね。わかる。うちも今のところ変化ないから気をつけないと。そしたらみこっちゃんの顔がにゅっと伸びてきた。

「先のことはわからないけどオレも今のところ無事だよ〜」
「まあみこっちゃんはそもそも高収入だし、貯蓄もあるしね〜」
「ぶーお前なんでそんなこと知ってんの〜」
「あたしは何でも知ってんだよこのバカちんが〜」

本人が言わなくてもみこっちゃんがそういう人物だってことはみんな知ってるからね。と思ったら今度はじいじが首を突っ込んできた。

「それがな、大きな現場は中断や延期も多いんだけど、小さいのが殺到してるんだよ」
「えっ、殺到? 小さいってどういうこと?」
「部分的なリフォームだよ。在宅業務のためとか、快適に過ごせるようにとか、細かいもの」
「郊外に放置してた別荘や持て余してた空き家の修繕も増えてるんだよな。疎開したいらしい」

頼朝ちゃんまで顔を突っ込んできて、やっぱり全員ヒソヒソ声になってる。ありがたいことに清田工務店は今のところお仕事いっぱいあるみたい。だぁはそういう話しないから知らなかった〜。ちょっと安心だね。でも、ということはさ……

「だから信長、お前がいいなら、しばらくバイトするか?」
「え、まじか」
「それにほら、沢嶋くんも困ってるって言ってただろ」
「えっ、そっちも?」

もうふたりとも選手じゃないから、ちょっと指先怪我したくらい問題ないだろうし、基本家族でやってるわけだし、これはいいんじゃないの?

「だからって余裕が出るわけじゃないし、無駄な出費を抑えて生活していかなきゃいかんことには変わりないけど、もうずっとそうやってみんなで稼ぎながら生きてきたんだし、どうだ、ちょっとだけお父ちゃんと一緒に働いてみるか?」

んふ〜。ノブってばちょっと嬉しそう。やっぱり男の子ってのはパパと一緒に何かするって、嬉しいんだねえ。うちのカイトはそーいうところ見えないけどおー。

というわけでノブはひとまずアルバイトでお手伝いを始めたんだけど、また超展開が待ってた。

じいじが一緒にどうだって言ってた沢嶋さん、彼もやっぱりアルバイトすることになったんだけど、独身で彼氏とも距離があって会えてなくて、お母さんもお仕事の関係で会えなくて、ただひたすら自宅にこもってた……というわけで、なんと居候開始。アパート引き払ってきちゃった。

「沢嶋由多加です、しばらくお世話になります。よろしくおねがいします」

は〜い、大人ひとり追加で〜す。これで清田家大人10人子供7人犬4匹で〜す!

無理〜!