カサンドラのとなりに

7

清田家リフォーム完了お疲れ様でしたバーベキューは悲惨な結果に終わり、よくよく話を聞いてみると、誤った情報の出処は庭を整えてくれた造園さんのところで、なんとリフォームにも一切関わっていない全くの無関係である家族が3組も紛れ込んでいたそうだ。

これには頼朝が説教するまでもなく新九郎が大いに反省をし、家族全員が疲労困憊で翌朝起き上がれないほどに疲れたことも含め、以後自宅に人を招く際は慎重に行うと決意を新たにしていた。

というかあまりにも人が増えてしまったので、午後2時頃には頼朝とウサコが買い足してきた酒も食材も尽きてしまい、さしもの新九郎と由香里も第3陣を出す気にはならず、あとは来客が自主的に帰っていくに任せていた。

ごくごく親しく本当にリフォームで世話になった人はまた改めて埋め合わせをすることとし、結局迷惑をかけたお向かいの梶原さんには新九郎が盆栽棚をプレゼントすることになった。

さらに、いくら疲れ果てていても翌日は都内まで出勤である尊とエンジュは急いで手配をしてマッサージを受けに行き、大騒動の片付けもそこそこに全員で温泉施設へと向かった。夕食を作れる状態のキッチンではなかったし、正直もう何もしたくない。

結局午後は延々空き缶を潰し続けていたウサコも一緒にどうかと誘われたが、今日はウサコと長く一緒だった頼朝が復活、なんだかんだと追い立てて帰してしまった。はもうそれに文句を言う気力すら残っていなかった。

だがその翌日、ウサコは出勤して来なかった。が不安に思って大あくびの頼朝に声を掛けると、休日出勤手当て以上の労働をさせたから休んでもらったと言う。この日はと由香里も片付け以外の家事を休むことになっていた。

それを聞いたは前日のウサコの言葉とともに、「あれっ?」と思った。その「あれっ?」は全く具体的ではなく、一体頼朝との話の中の何に対して「あれっ?」と思ったのかはわからなかった。だが、なんとなく引っかかったのだ。

これが清田家新九郎時代きっての大事件の幕開けであったことは、も知る由もなかった。

リフォームお疲れパーティは散々な結果に終わったけれど、ともあれリフォームは全て完了、新九郎と頼朝の宿願であった耐震補強や断熱材の入れ替え、電気系統の一新、水場の強化など、ひとつも漏らさず無事に出来上がった。見た感じは新築のようにピカピカだ。

だけでなく、と由香里が家の管理をしやすいというところに重点を置いた改修でもあったので、家事が合理的に負担なく出来るとふたりとも喜んでいた。

さらに2階にはバスルームとシャワールームが増え、毎朝の洗面所の鏡の争奪戦もなくなり、由香里の長風呂を待つことなく風呂に入れるようにもなり、そういうことが積み重なり、清田家は以前より時間に余裕が出てきた。

というところで年末に突入、念願であったリフォームという大仕事を終わらせることが出来た新九郎は上機嫌で、頼朝と協議を重ねた結果、彼は温泉旅行を計画するに至る。

というのも、これまた毎年清田家は年末年始が大変忙しく、人を集めてクリスマスだの餅つきだの忘年会だの納会だの新年会だの顔合わせだの、とにかく1日として休む暇のない休みというのが恒例になっていた。しかし新九郎は猛省したのである。由香里とを休ませたい。

そういうわけで急遽コネを総動員して探してもらったところ、部屋が離れてもいいなら、という条件で宿泊できる宿が見つかった。12月30日出発の、1月2日帰着というコンパクトな旅ではあったが、と由香里は躍り上がって喜んだ。エンジュと寿里も一緒だ。

だが、この旅行、頼朝と尊は参加を辞退した。どちらも年末に予定があるのと、普段無人になったことがない家を空けてしまうのが心配になったからである。由香里は寂しがったが、ふたりは「みんなで楽しんできてくれ」と言って餞別を包んで来たので、やがて諦めた。

「ご家族が多いとおせちなんかも準備が大変ですもんね……
「だから今年は子供たちにクリスマスをやってやるだけで終了」
「今年は大掃除もいらないですしね」

クリスマス目前の金曜、このところ多少の雑談なら出来るようになってきた頼朝がウサコに年末年始旅行の話をしていた。今年はどこもかしこもピカピカなので、大掃除は一切必要ない。事務所も普段の清掃同様、掃除機をかけたり軽く拭き掃除をするくらいで充分な様子だ。

「でも頼朝さんと尊くんはお留守番なんですね」
「尊は仕事関係でも予定がびっしりだし、オレも30日まで用があるから」
「後から追いかけてもよかったのでは?」
「そこまで行きたいとも思わないからなあ。ただの温泉だし」

頼朝は言いはしなかったけれど、本当に温泉街である。歩いていかれるような場所に遊興施設や観光地はほとんどなく、3泊4日、2日目にはカズサが退屈して暴れだすのは目に見えている。さてそれをどうするつもりなのか、頼朝も数年ぶりに子供の騒ぎ声のない数日を静かに過ごす予定だ。

「北見さんは年末年始、なんか予定あるの」
「31日まで店がありますから」
「そんなギリギリまで営業してるの」
「毎年31日は常連さんだけで、0時近くまで飲んでから二年参りというのが習慣になってまして」

というか、ウサコの母と祖母は年末年始だからといって休んでも何もすることがないのである。自分の店を閉めて顔馴染みの店に飲みに行くのが関の山。だったら営業しておいた方がいい。ただし、三が日だけはお休み。その3日間は近所の温泉施設に通って、おせちで酒を飲む決まりだ。

……クリスマスも?」
「クリスマスパーティがあるので」
「遊びに行く予定は?」
「疲れてるので正月休みの間はとにかく寝てます」

ウサコはペコペコと頭を下げて恐縮しているが、そりゃあ寝正月以前の問題ではと頼朝も思い始めた。

母と祖母の店は4日から営業開始、というか新年会。清田工務店は年末年始は休みが長く、5日に新年会と顔合わせ、6日から仕事始め。みんなが旅行から帰ってくるのが2日。こりゃあ、北見さん3日に呼び出されるんだろうな。頼朝は恐縮しているウサコを横目で見つつ、確信した。

そういえば去年も仕事始めより前にと由香里がウサコを呼び出し、彼女は律儀にお年賀と子供たちへのお年玉を持参してきて新九郎に頭を撫でられていた。頼朝はそれ以上余計なことは言わなかったけれど、きっと今年も似たようなことになるんだろうなとこっそりため息を付いた。

まあいい、すっかりきれいになった自室は広々としていて快適、リフォームを機にテレビやオーディオも「ちょっと高い」あたりで整えたので、そこでのんびり過ごしていてもいい。

や由香里がウサコを家の中に招きたがることに飽きないので、頼朝の方に諦めの気持ちが出てきていた。それに、祖父が建てた自宅のリフォームを父とふたりで完遂という大仕事を成し遂げたことで、頼朝は今、心にだいぶ余裕があるのである。

この家、そして会社の後継ぎとして良い働きができたのではと思うと、気持ちが満たされる。

ま、北見さんひとりくらい、好きにしたらいいさ。

オレはせいぜいのんびりさせてもらうから。

いや、ちょっと待った、話が違う……

年の瀬も押し迫った12月31日。前日の昼前にはみんな揃って温泉旅行に出かけ、清田家は数年に1度あるかないかという静寂に包まれていた。今朝方頼朝が新聞を取りに外へ出ると、梶原さんちの奥さんが「清田さんちが静かだとなんか怖い」と本気で怯えた顔をしていた。

そもそも、頼朝と尊が温泉旅行を辞退したのは、どちらも30日に外せない集まりがあったからだ。尊に至っては元旦と2日にも出来れば外したくない席があるそうで、一応は気ままな独身なのだし仕事を優先するか、と考えた末の結果であった。

となると尊は帰ってこないかもしれない、という頼朝の予想は的中。遅くなったから今日は彼女んとこ泊まるね〜と30日の0時頃に連絡があったきりだ。いやいや、今日だけじゃなくてみんなが帰ってくるまで帰ってこなくていいぞ、誰もいない家最高に快適。

ちなみにおばあちゃんも温泉旅行は辞退。普段から自分の部屋でのんびりしているか、幼馴染のヨシちゃんと遊んでいるのが好きなので、清田家のイベントにはあまり参加しない。今回も話を聞きつけた独居老人ヨシちゃんがそんならあたしんちおいでよ! と騒いだため、おばあちゃんもウキウキしながら出かけていった。新九郎が戻り次第お迎えに上がる予定。

ひとり最高! 静かな家最高! 年末年始最高!

というおひとり様満喫の予定だったのだが、

「助けて……!」

12月31日の夜20時、頼朝は2階のトイレの前の廊下に這いつくばって呻いていた。

この日の頼朝は犬を車でドッグランに連れて行き、今日明日の食料を買い込み、ついでに酒も仕入れてきた。そして日が暮れると、いつもは深夜まで明かりが煌々と灯った騒音漏れ出る家なので各所の施錠を確認、犬を居間のケージに入れるとダウンライトだけにして、自室に戻った。

さあて自由時間! 毎年大して興味なかったけれど、紅白とか見ちゃったりして。などと彼にしては珍しく浮ついた気分で酒の瓶を開けていた。だが、なんだか腹のあたりがチクチクと痛むな……と思っていたら、突然強烈な突き上げと共に胃の中のものが逆流。

何とか口を両手で押さえてトイレに走り吐き出したが、まるでマーライオンのような勢いの嘔吐で、頼朝はしばしトイレの床にへたり込んだまま動けなかった。

一体何が起こった!? と体を起こすと、また嘔吐。今度は少量だったが、また噴射状態。そこで頼朝はピンと来た。前日、どうしても外せないとした席は自身の師匠筋の設計事務所の忘年会で、それ自体は午後にラグジュアリーな店で行われたのだが、その後夕方から学生時代の同期や修行時代の仲間と一緒に、居酒屋へ入った。そこで、生の岩牡蠣を食べた。

アレだ!!!

朦朧とする頭で頼朝は考える。牡蠣が原因かどうかはさておき、まさかこれ、ノロじゃないだろうな。

幸い清田家では幼い子供がいる手前、衛生には相当気を使っており、これまで深刻な感染症を出したことはない。だが、2週間ほど前に他でもないぶーちんの親がノロウイルスに感染し、大変だったと夫婦揃ってげっそりしていた。

確かその時の話では、こんな風に急に吐いて下痢をしたぶーちんの父親は救急車で搬送されて点滴を受けたという話だった。そしてその後も丸1日ほどトイレの住人と化し、二次感染を防ぐためにぶーちんの母親とぶーちんは家中を希釈した塩素系漂白剤で除菌して回ったとか。

救急車、脱水、二次感染を防ぐために除菌、頼朝は目の前が真っ暗になってきた。発熱が始まったのか体が熱くなってきたし、腹も痛むし、もしこれがノロウイルスならもう少しで今度は激しい痛みを伴う下痢がやって来るはずだ。とてもじゃないがひとりで何とかなる事態ではない。

下痢が襲ってこないうちに……と頼朝はポケットから携帯を取り出し、急いで尊に電話をかけた。

「はいは〜い。どしたー」
「すまん、なんかどうもノロにやられたっぽい」
「ノロ? ああ、ノロウイルスのこと? あららー」
「それで、ちょっとひとりじゃどうにもなりそうにないから――
「じゃあオレ今日も女の子んとこ泊まるね〜! 3日の昼頃には帰るようにするからね〜!」
「えっ、ちょ、おい、尊!?」
「じゃあね〜! 良いお年をー!」

ノイズキャンセリングしきれていない尊の携帯の向こうでは甘ったるい女の子の「みこ泊まってってくれるの〜」という声が聞こえていた。それに被せて「来年の姫始めはゆーちゃんとくーちゃんに決まりー!」という、はしゃいだ尊の声を残して電話は切れた。

クソがあああああ!!!

声に出して叫ぶ気力がない頼朝は脳内でブチ切れた。家族が推定急性胃腸炎で苦しんでるっていうのに来年の姫始め優先してんじゃねえ!!! しかも3Pかよ!!! もげろ!!!

だが、尊にキレていてもどうしようもない。今後尊が体調不良で苦しんでいても助けないことに決めた。頼朝はまた携帯を操作して由香里に電話をかける。出ない。時間的にすっかり酒が入って、場合によっては紅白見ながら歌っている頃合いだ。携帯はバッグの中に入れっぱなしなんだろう。

しかし全員でいるのだから、誰かに連絡が付きさえすればいいのだ。にかけてみる。出ない。

クソがあああああ!!! 緊急事態なんだよ!!!

それこそ時間的にのんびり温泉に浸かっている可能性は無きにしもあらず。ファミリー風呂かなんかあった日には子供連れでキャッキャウフフしているかもしれない。

しかしここで諦めたらなんとやらである。頼朝は藁にもすがる思いでぶーちんに電話。

「はあー!? あのね頼朝ちゃん、うち、子供いるの。なんでわざわざノロ菌拾いに行かなきゃいけないわけ? それも大晦日に。救急車呼んで、財布だけ持って玄関の鍵開ければOKだし、症状は早ければ1日で治まってくるから、そしたら全部除菌して回るんだよ。カズサたちが戻る前にやっときなよ。じゃあよいお年を! みんな帰ってきたら新年のご挨拶に行くからねーん!」

切れた。

……子供って、お前んとこの子供、上の子はもう来年中学生じゃねえか。そりゃ大晦日に他人のゲロと下痢の面倒見たくないのはわかる。わかるよ。だけどせめて救急車くらい付き添ってくれたっていいじゃないか。ああまた吐き気が。腹も痛い、体がものすごく熱い。

頼朝はまた嘔吐。最初の分と合わせてかなりの水分が出ている。点滴にありつくまでに少しでも補給しないとと焦るが、激しい症状に腕が震えてきて、うまく考えられなくなってきた。とにかく失った水分を取り戻さねばと考えた頼朝はトイレを這い出たが、そのまま廊下にばったりと倒れた。

普段なら大人8人子供3人犬4匹が暮らす家は、無人になると数倍増しで寒い。音もなく、温かみもなく、痛みと熱と吐き気で全身が小刻みに震えている頼朝はぼんやりと携帯の画面を見ていた。

……どうせ、オレが苦しんでたって、どうでもいいんだよな。

自分のできる範囲でだけど、オレだってそれなりに家族のために色んなこと協力してきたはずだよな? 独り身だから家に入れる金額も多いし、それ以外にもや子供たちに小遣いあげたりもしてるし、日中子供が具合悪くなったりすれば車出したり、代わりに買い出しに行ったり、してきたよな?

だけど、こんな緊急事態なのに、誰も助けてくれない。

このままここに転がってても死にはしないかもしれないけど……いや、このまま死んじゃった方がいいんじゃないのか。どうせ誰も気にならないんだろ。オレがいなくなったって、誰も困らないじゃないか。元々工務店はオレがいなくたってやってきたんだし、本当に誰も。

尊なんかちょっと風邪引いただけでもこの世の終わりみたいに憔悴して子供みたいに甘えるけど、みんなそれに付き合ってるじゃん。そもそもほとんど具合悪くなったりしない親父と母さんはともかく、が風邪ひけば信長が、信長が風邪ひけばが、最近じゃエンジュが具合悪ければと信長はふたりがかりで、そうやって助け合ってるのに。

なんでオレはこんなところでひとりで倒れて震えてるんだよ。

何で誰も助けてくれないんだよ。

そんなことで腐ってる暇があったらさっさと救急車を呼べという話だが、幸か不幸か頼朝も生来頑丈で体調不良に陥ることは少なく、慣れない苦痛に冷静な思考が出来なくなっているし、そんな状況で家の中に誰もいないことが余計に自虐を加速させた。

熱が上がってきたのか、眼球が燃えるように熱い。まるで、子供の頃に転んで怪我をしたときみたいだ。痛みを追いかけるようにして、眼球の後ろが熱くなり、涙が溢れ出る。そんな時の熱さによく似てる。頼朝はそんなことを考えていた。

すると、ぼやけた視界で煌々と照っていた携帯にポップアップ通知が現れた。

〈遅くなってすみません、再来月のお休み希望日です〉

ウサコだった。

今でも一応アルバイトのウサコに頼朝は「休日の希望はやむを得ない場合を除き前々月の下旬までに申請のこと」と言い渡してあった。なので普段ならウサコはギリギリでも25日あたりまでには休みを申請してきていたのだが、2月は法事があるとかで、しかもその日程が決まらず、特別に「出来るだけ年内に連絡しろ」と言っておいた。

それがこんな大晦日の夜だなんて一体何考えてるんだ。普段の頼朝ならそう考えて憤慨するところだ。だが、その通知は希望の光だった。頼朝は体を起こすと片腕でなんとか上半身を支え、携帯に覆い被さるようにしてメッセージを打ち込んだ。北見さんはオレがひとりなの知ってるはずだ。

〈すいませんのろになったみたいで
たすけてもらえませんか〉

変換すら出来なかった。途中に改行を挟むので精一杯。頼朝はまた廊下に倒れる。

ミエさんの後任が決まらずにイライラしていたところに由香里が連れてきたアルバイト、北見さん。彼女が初めて事務所にやってきたときのことはよく覚えている。ペコペコと頭を下げながら履歴書を片手にやってきた彼女を見て、頼朝は「うわあ」と思った。

典型的なこじらせ女じゃないか。喋らなくたってわかるわ。

それが第一印象だった。面接だっていうのに化粧もしてないし、なのになんで髪だけ染まってんのか意味わかんないし、胸はまあ大きめみたいだけど、肩丸いな〜自分のこと撫で肩だと思ってんだろうな〜。てか尊ってこういう女でもいいんだろうか。あいつどこまでセーフなんだ?

履歴書拝見しますと言いながら、頼朝が考えていたのはそんなことだった。

以降、自身のプロフィールについてはほとんど話をしないウサコだったが、それでも頼朝は言葉の端々に「キラキラ女子になり損ねて20年」というイメージを感じ取り、なぜだか無性にそれが鬱陶しく感じてきた。別に好みの女が来るとは思ってなかったけど、なんか嫌なんだよな、この人。

それをまたや由香里が「北見さんいい人だね〜!」なんて言いながら家の中に引き込もうとするものだから、あんなのがうちの中を毎日ウロウロするようになったら困る、他人と家族の区別はつけろと言い張ってきた。

ウサコが鬱陶しかったのは、自分の影だったからだ。

華やかな世界に縁遠く、友達は少なく、恋人もおらず、地元から出ることは滅多になく、心血を注ぐ趣味もなく、生き甲斐も、やりがいもなく、誰からも愛されない――

ウサコを見るだけでイライラしたのは、目を逸らしたい自分を見ているようだったから。

お前はこんな人間なんだぞ、と突きつけられているような気がしたから。

自分の送信したメッセージがしらじらと浮かんでいる。バカかオレは。さっきも言ったろ、何が悲しくて大晦日に他人のゲロと下痢に付き合わなきゃいけないんだよ。それも、意地悪く嫌味ばっかり言ってきたのに、ずっと、バカにしてきたのに、オレのことなんか――

メッセージに既読が付いた。そして返信が浮き上がる。

〈今すぐ行きます〉

誰もいない、つめたく冷えた12月の廊下に頼朝の涙がこぼれ落ちた。