カサンドラのとなりに

11

……オレの考えてること言っていい?」
「顔見ればわかるから言わなくていいよ」
〜最近エンジュ辛辣じゃね!? お前オレのこと好きだったんじゃないの!?」

カズサのちびっ子バスケ教室に一緒に出ていた信長はその夜、自室のソファの上で胡座をかいて腕組みをしていた。とエンジュに話を聞いていたら、珍しく尊が酒を手に顔を出した。なので彼は遅れて話に混ざった者として意見を述べようと思ったのだが、エンジュににべもなく流された。

同居をはじめてもうそろそろ1年が経過しようとしているエンジュは、最近では信長に対して割とドライになってきてしまい、どちらかというとの方が仲がいい。

「そりゃ好きだけど、嫁としてはちょっと……と思うところが多々ありますので」
「嫁目線かよ」
「ていうかそのニヤニヤ顔引っ込めなよ。みこっさんも!」

とエンジュはそこそこ真面目に頼朝を案じているし、それ以上にウサコも気にかけているが、とりあえず弟たちは兄のことはそれほど真剣に受け止めていない。大層な学歴を持っている割にすっかりこじらせ30代になった兄の豹変はほとんどネタだ。

そして「同族嫌悪」だとして尊は苦手だと言っていたエンジュだが、実際に同居してみると気にならなくなってきた模様。ウサコの件でもそうだが、女性観がかなり近いので、や由香里、または将来のアマナに関することでは意見の一致が見られるので結託しがち。

「いや〜無理だって〜。YOU言っちゃいなよ」
「えっ、言っちゃっていい? 言っちゃっていい?」

こうした次男と三男の悪ノリを目にすると、由香里は「妹を見てるみたいで腹が立つ」と言って怒る。由香里の妹は姉いわく子供の頃からお調子者ですぐふざける性格だったらしい。それが少々甥っ子たちに受け継がれた。信長はニヤニヤ笑いの頬をさすりながらフラフラ揺れる。

「なんかさ、それって、ウサコのこと好きみたいじゃね!?」
「だーよーねー!」
「ふたりともほんとそういうのやめて」

それにしかめっ面なのはである。彼女はこの中では誰よりも義兄とウサコのことを心配しているので、このふざけて茶化した件がもし頼朝の耳に入ったら、と思うと気が気じゃない。

「それならそれでいいじゃない! そういう風にからかうのやめてよ」
「いや別にオレたちそれをダメだなんて言ってないだろ」
「そうそう。そんなの本人の自由。すっげえウケるけどね〜!」

清田家の次男と三男はソファにうずくまって笑い転げている。

「だってさ〜具合悪いところを助けてもらって意識が反転するとか中学生じゃあるまいし」
「ナイチンゲール症候群だっけ?」
「あ、それ逆。それだとウサコの方が好きになっちゃうやつ」
「でもウサコって前からやけに頼朝のこと好意的に言うよな」
「あれっ、こじらせ30代同士、春が来ちゃう〜!?」
「いい加減にしてよ! この酔っ払いが!」

堪忍袋の緒が切れたが尊を、エンジュが信長を、それぞれクッションでボフッと殴った。信長と尊は頼朝のネタを肴にだいぶ酒が進んでいる。とエンジュも飲んでいるが、ネタが楽しいので兄弟の方が酔いが回るのが早い。楽しい酒はおいしい!

「いいじゃん、もウサコだったらいいでしょ〜?」
「それとこれとは別。みこっさん、ウサコと話したんでしょう? よくそんなことが言えるね」
「言えますとも。だってウサコって頼朝のこと王子様みたいに言うもーん」
「おう――はい?」

に叩きつけられたクッションを抱っこした尊は、またグラスを手に取って傾けながら、ピンク色の頬でニコニコ顔だ。酒に酔った尊は少々幼くなるので、これまた母性本能をくすぐられるのに弱い女性の秘孔を突きまくる。動作も可愛らしくなる。

「そりゃあ、かっこいいですよねとか、そんな風には言わないよ。でも、頭いいし何でも知ってるし仕事も早いし、凄い人ですよねみたいなことを真顔で言ってたからね。いくらオレが弟でも、ウサコは一生懸命ヨイショするような子でもないじゃん? つまり、本音」

しかも尊を目の前にしてモッサリが加速する嫌味ばかりの頼朝を褒めるなんていうことは、中々難しい。殆どの女性は目の前で柔和な微笑みを湛えている尊の方が人格者だと勘違いしがちだ。

「だから、オレたちはこのくらいのテンションで生ぬるく見守るくらいがちょうどいいんだよ」

もし万が一ふたりにそういうつもりがあるなら、それはもちろん構わない。構わないというか、それがふたりの心のままであるなら、何より素晴らしいことだ。しかしそれを焚き付けたりだのからかったりは言語道断。そういうつもりのは、生ぬるく見守るという点には大いに納得できる。

だが、兄弟のニヤニヤ顔は腹が立つ。はもう一度クッションで殴った。

バレンタインの当日、平日のため日中はお菓子作りをしている暇のないウサコは早朝からの準備に参加し、昼休みも少し手伝い、そして仕事が終わってから改めてバレンタインパーティに参加した。今年のメインはチョコファウンテン。

しかしもちろんこれは子供たちが中心のイベントであって、新九郎や頼朝には甘さを極力抑えたナッツチョコを用意してあったし、とウサコとぶーちんの力作デコレーションケーキなどはもはや自分たち用。チョコレートを食べたいという欲求の前には、もう男も女も関係ないのである。

そうやってチョコレートを楽しんだウサコは、また送っていくという頼朝の車に乗って自宅に向かっていた。頼朝は元々「可能な限り公共交通機関を使う」という主義だったのだが、実家に帰ってからはどうしても車の必要が増え、結局1年と経たずに車を買うことになる。黒のコンパクトカーだ。

夜に真っ黒な車に乗ると、その暗闇に溶け込んでしまいそうな錯覚を覚える。走行中は青白いLEDだけがぼんやりと浮かび上がって、まるで子供の頃に空想した宇宙船のコックピットを想起させる。最初はそれすら死ぬほど緊張して、ウサコは真冬だと言うのに冷や汗が止まらなかった。

頼朝が家まで送っていくと言い出してから約1ヶ月、緊張しているのは今でも変わらない。

しかし、少しずつ少しずつ、清流に岩が削られていつか滑らかな肌になるように、ほんの30分か40分の道のりは楽しいけれど、騒がしい清田家とウサコの現実をゆったりと切り替える優しい時間になりつつあった。緊張はするけれど、もう怖くない。

そしてそれは、簡単に感謝に変わった。

「あの、さっき散々チョコレートだったので、食べ物ではないんですが」
「はっ?」
「えっ、あの、バレンタインなので、日頃の感謝といいますか、その」

ウサコの自宅近くに車を停めた頼朝は、小さな包みを差し出されて声がひっくり返った。ウサコの言うように今日はもうチョコレートは散々食べた。だからそれで全て終わりだと思っていたのに。アマナにチョコレートの付いたマシュマロを鼻にぐりぐり押し付けられるだけで終わるはずだったのに。

「あっ、そんな大したものじゃありません! ユキちゃんたちの散歩で手が冷えるって言ってたので」

しかし手袋などファッションのうちとなるものは絶対NG。ウサコは充電式のカイロを選んだ。またこの充電して繰り返し使えるというところがエコにも過敏な頼朝にはちょうどいい。特に清田家は新九郎と由香里が省エネ省資源にはズボラなので、頼朝は厳しくなりがち。

……わざわざ、すみません」
「い、いえいえ、味気なくて申し訳ないんですが」
「そんなこと……

態度が軟化してからも、頼朝は話すとなったら淀みなく流暢に語り倒してきた。だが、今は思うように言葉が出てこないらしい。ウサコに手渡されたプレゼントを手にぼんやりしている。だが、ぼんやりで沈黙のままはつらい。ウサコはドアに手をかける。

「で、では、ありがとうございました。帰り、気をつけてくださいね」

頼朝は家の前まで送ると言うけれど、いつもウサコは遠慮してきた。狭い路地に入るし、自宅はそんな狭い路地によく似合う、築40年のボロ屋だったからだ。可能な限り家を見られたくない。だから少し離れた場所で降ろしてもらうようにしてきた。

すると、車を降りようとしたウサコの手を頼朝が掴んだ。

「えっ、あの――
「あの、ありがとう。お疲れ……さまでした」

無意識に掴んでしまっただけだったらしい。頼朝はそれしか言えることがないと気付くと、すぐに手を離した。ウサコは一瞬固まっていたが、やがて頭を深々と下げると、車を飛び出て足早にその場を去っていった。遠ざかる足音、頼朝の手のひらは高熱を出したときのように熱くなっていた。

この日以来、頼朝はウサコを知ろうとし始めた。

それはほとんどの場合において、一般的な雑談であり、他愛もない日常のことであり、ほんの些細な心の欠片でしかなかったけれど、人は大抵日常の中に生きるのであり、人の在りかは心の中であり、つまりそれは日々を生きるその人そのものであることになる。ウサコはそこにいる。

好きな食べもののひとつやふたつも知らずに、そんなことすら気楽に話せないような間柄でありながら、それでもウサコは頼朝を「凄い人」だと言うし、経験があるとは言え、ノロウイルスをものともせずに助けてくれた。

ウサコに、「上司だから従う」ではなく、そんな服従めいたことではなく、同世代の人間として一緒に食事に行ってもいいなと、思ってほしかった。上から上司の命令でやむなくではなく、日常の中にある食事、その1度くらい、何も考えずに共に出来る関係になりたくなったのだ。

そのためにはウサコを知らなければ。

そしていつか自分のことも、知ってもらえるなら。

「この年になると新しく趣味を始めるというのもなかなか難しいですよね」
「そもそも、人に言える趣味、っていう前提があるのが困ったところだよな」
「広く浅くでも楽しめることがあればいいのでは、と思いますけど」
「オレもそう思うけど、一言で言い表せて聞こえのいい趣味を持っていないとってなりがちだよな」
「人に自慢できるかどうか……が基準な趣味って、趣味じゃないですよね」

ウサコと頼朝、育った環境も辿った道筋も、共通することは何もない。しかし敢えて共通点を挙げるとしたら、とにかく「これといった趣味がない」のだった。ふたりとも一般的な娯楽は何でもそこそこ楽しめる方ではあるが、心血と財布の中身を注ぐような、確固たる趣味はない。

例えば頼朝はコーヒーが好きで、好みの豆を買ってきて挽いて飲んだり、コーヒーを淹れるのに必要な道具にはこだわったものを揃えたりしている。だが、そこまでだ。豆は近所で買えるものだし、道具も常に最新の動向をチェックしているわけじゃない。美味しいから飲んでいるだけだ。

例えばウサコは音楽が好きだが、聞くものは色々様々、誰かの熱烈なファンというわけではない。従って、地方に遠征してまでライヴに行ったりとか、そんなこともしない。以前はCDを買っていた。最近ではそれがDLになり、ストリーミングとかいうやつがいいらしい、と噂に聞く程度だ。

「たまに趣味の多い友達なんかが布教をしてくることもあるんですけど……
「ああいうの、10代の頃とかならいいけど、ちょっともう足を踏み入れづらいよな」
「そ、そうなんですよね。みんなもう趣味歴が長くてディープになっちゃってるし」
「そこにいきなりド素人で混ざるってのも……楽しめそうにないよな」

布教してくる側は、そんなことない、我々はご新規さん大歓迎なのだと両腕を広げてくれるが、その布教している本人がガチ過ぎて踏み込みにくい。ひとりで出来るものならいいけれど、最初からおひとり様のハードルが高いものは特に難しい。

「でもなあ、うちの母親とかもそんな感じだよ」
「言われてみればそうですねえ」
「尊はインテリアとか家電とか異様に好きだし、信長はバスケ人生だし、親父は仕事が趣味だけど」
「ぶーちんもだぁも趣味は緩いですよね。漫画とかは好きみたいだけど」

ごく身近な人物だけに絞ると、趣味欄に一言で好きなものを書けるのは尊と信長くらいなものだろうか。しかしこのふたりは趣味を超えて職業にもしてしまったわけだし、これをウサコと頼朝のいう「趣味」と括るのは正しい表現ではない。

「何かやってみたいこととか、ある?」
「うーん、あると言えばあるんですけど、焦って始めたいと言うほどでもなくて」
「あはは、わかるなそれ。興味が沸くことはたくさんあるんだけど、緊急性はないよな」
「あー、でも旅行は行きたいなあと思うんですけど、時間が」
「それもわかるな〜。最近はひとり旅とか盛んだから、行きやすいはずなんだけど」
「行ってみたいところって、ひとつやふたつじゃないですもんね」
「別にカズサたちはオレの子じゃないんだけど、結局あの子たちの生活に合わせちゃうんだよな」
「小さいお子さんがいるとどうしても家がそれを中心に回りますよね」

いつしか頼朝は仕事を離れると普通にウサコと喋れるようになってきた。仕事の最中も以前のようにわざわざ嫌味を込めて注意したりはしなくなった。なぜならそんな必要もないから。今となってはなぜあんなにウサコに対してイライラしていたのかよくわからない。

頼朝にとっても、このウサコを送っていく間の1時間にも満たないひと時は子供たちの声のないゆったりした時間で、その上重要性など欠片もない雑談は、常に頭を回転させているタイプの彼にとっては良い「ガス抜き」になっていた。全て「どうでもいい話」だ。

それがとても自分を楽にしてくれる。そのことに気付いたのは早かった。尊はどうにかしてからかってやろうという意識が見え隠れしていたし、逆にやエンジュは少し大袈裟なほど心配していたけれど、頼朝は既に打ちのめされた後だったのだ。

あのまま廊下に転がっていても死ぬことはなかったかもしれない。朝にはが着信に気付いたのだし、そうしたら尊は新九郎に怒鳴られて帰ってきたかもしれないし、由香里がぶーちんに懇願したかもしれない。だから、ウサコに助けを求めなくても何とかなったかもしれない。

けれど、ふいに現れたポップアップに縋るようにして、プライドや高い意識を振りかざす余裕もない頼朝は助けを求めた。正直、苦痛にのたうち回っていた状況では、助けてくれるなら誰だってよかった。お向かいの梶原さんだって構わなかった。だけど、誰が大晦日の夜に助けてくれるだろう。

頼朝がしてきたことを考えれば、ウサコはこの世で1番助けてくれる可能性の低い人だった。この世で1番、頼朝を助ける義理はない人だった。それを頼朝はわかっていた。だから、「今すぐ行きます」の文字を見た瞬間、ノロウイルスの苦痛よりも激しい後悔が襲ってきた。

苦痛に正気を保てない頼朝の脳裏に去来したのは、母と祖母の姿だった。

頼朝が幼い頃は祖父が健在で、幼稚園に上がる頃はその祖父がまだ社長で親方、新九郎はあくまでも跡継ぎだったし、新九郎の弟である叔父や、他にも親戚に相当する従業員がたくさんいた。そんな大所帯を切り盛りしていた中心は祖母であり、母・由香里もまだサポートに過ぎなかった。

そんな忙しい家だから、祖母と母は毎日料理だの掃除だの洗濯だの、とにかく駆けずり回っていた。祖母は派手好きで毎日化粧も濃かったけれど、それでもそんな装いで遊びに出かけるわけではなく、まさに身を粉にして働いていた。それとジャージ姿のウサコが重なって見えた。

祖母も母も幼い頼朝が風邪をひくと忙しい中を出来るだけ一緒にいてくれた。ごくごく幼い頃は父も仕事から帰ってくると頼朝の布団の隣で晩酌をしていた。頼朝はそれが嬉しくて、胸にヴィックスヴェポラップを塗られるのが嫌いだったけれど、たまに風邪を引くのもいいなあと思っていた。

それを思い出して、苦痛と共に、胸が押し潰されそうになった。

この世にどれだけ性能の良い人間がいるか知らないけれど、その中にどれだけ大晦日の夜にノロウイルスを発症した嫌味な上司を助けるために飛んできてくれる人がいるだろうか。心細いからそばにいてくれと伸ばした手を取ってくれるだろうか。

元日の朝、症状が緩和してきた頼朝にウサコは「年の始めから最悪でしたけど、その代わり残りの364日全部今日よりマシな日になりましたね」と言って笑った。残りの364日をマシな日々にしてくれたのは、そのウサコの言葉だと思った。

以来、どうにかしてウサコに報いる方法を探している。本来なら送るついでに自分が癒やされている場合ではないのだ。母や義妹はミエさんのようにウサコが長く勤めてくれることを願っているし、体が動かなくなるまで清田工務店を続けていきたい頼朝にとっても大事にせねばならない人材だと思えるようになっていた。だから、どうにかして彼女に報いる方法はないものだろうか。

どうでもいい雑談をしている間にウサコの自宅の近くに到着する。自宅前まで送ることを本人が遠慮するので近くで降ろすけれど、時間が遅くなったときなどは少し心配なんだよな……と思いつつ、今日もウサコは狭い路地が幾筋も連なる通りの入口で降りていった。

もしかしたら本人は恥ずかしがっているのかもしれないが、職業柄、近隣の地域の住宅事情には詳しい。昭和時代の住宅が多く残る地域だということは住所を見ただけで見当がついた。大きな地震が来たらぺしゃりと潰れそうな古い家が多い辺りだ。

清田工務店ではそういう、延命処置より安全なものに建て替えるか引っ越した方がいいと思えるような家のリフォームでも請け負っている。そのたびに新九郎は補強はするけど危ないことには変わりないよ、としつこく念を押す。しかし依頼主はそれでいいと言って聞かないので、最低限の直しを行う。そういう仕事は慣れている。だから、恥ずかしがることないのに。

またそんなことを考えつつ車を反転させようとしていた頼朝は、助手席にウサコのマフラーが残されていることに気付いた。このところ毎朝首に巻いて出勤してきていたものだ。一瞬迷ったが、頼朝は車を停め、マフラーを掴んでウサコの後を追った。

送っていくだけだから、と黒いコートを羽織っただけの頼朝は、間口が狭く、隙間が殆どない家々が立ち並ぶ路地を小走りに追いかける。2月の冷たい夜に白い息が流れていく。そして、見慣れたウサコの後ろ姿に迫ろうというところで、声をかけた。

「えっ!? ど、どうか――
「これ、忘れ物」
「あっ! なんか寒いと思ったら! わあ、すみません……!」

マフラーを巻いていなかったことに今気付いたらしいウサコは、手で首のあたりを触るとまた焦ってペコペコと頭を下げた。その間にウサコの傍らをちらりと見ると、歪み始めているブロック塀に「北見」の表札があった。玄関周りに土のこびりついた植木鉢やゴミが散乱している。

「ていうか頼朝さんそんな薄着で! 風邪引かないでくださいね」
「今度はインフル流行ってるしね」
「そ、そうですよ、そしたら今度は庭に隔離されちゃいますよ」

薄情にも兄を見捨てた尊に、由香里とは「もし尊がノロウイルスを持ち込んできたら庭に小屋を立ててその中に隔離してやる」と憤慨していた。ウサコが真面目な顔をしているので、頼朝はつい吹き出す。そして、ちょっと言ってみたくなった。

そしたら北見さん、また助けに来てくれる?

だが、口が疼いた頼朝の背後から、聞き慣れない声が聞こえてきた。一瞬でウサコの顔が蒼白になる。

「なんだよウサコ〜いつの間に男が出来たんだ」