ルーザーズ&ラバーズ

Side-M 19

「やっぱり私は別に顔出さなくてもいいんじゃない?」
「ここまで来て何言ってんだ。恥ずかしがるようなことか」
「だって一応まだ知った顔がいるわけだしさ……
「だから何だ」

あたりをきょろきょろしながらは背を丸め、小さな歩幅でちょこちょこと歩いている。牧はその隣での手をしっかり掴みながら悠々と歩いている。手を繋ぐというより、確保といった感じだ。気を付けないと逃げ出しかねない。

「何でそうメンタル強いの」
「お前だって別に弱くないだろ。どうでもいいことばっかり恥ずかしがるだけだ」
「いやそんなことないと思う。私全然平均的だと思う」

はああだこうだと反論するが牧は取り合わない。ふたりが向かっているのは、海南大附属高校の文化祭である。牧がのためにステージを用意した文化祭から2年、あの時飛び入りで参加した清田が3年生の年である。ふたりは米松先生においでよと声をかけられ、牧は自主的に、は引きずられてやってきた。

ということでふたりは現在大学2年生、住まいは少し離れてしまったけれど、関係は良好なまま続いている。

「そうか、あの子が主将かあ。なんか歴代の主将とはちょっと違う感じ」
「ところがそうでもないらしいぞ。あれはほら、ガキ大将みたいな感じだ」
「ああ、そういう……。うちの方は確か元吹奏楽の子だ」
「文化部は珍しいんじゃないのか。なんで軽音じゃなくてダンスに来たんだ」
「ナギが怖かったらしい」

牧はゴフッと吹き出した。軽音楽部のナギは彼らの世代の落ちこぼれ部の中で最も激変、飛躍した。都内の専門学校に進学した彼は原宿でファッションに傾倒、半年も経たないうちにモデルにスカウトされて、現在メンズファッション誌でモデルを務めている。同学年の女子たちは若干の後悔に苛まれている。

「でも軽音増えたらしいよ〜。あのステージ見て入りたくなった子がいっぱいいたらしくて」
「まあそうだろうな。マックスが元イケメンてのも誰も信じてなかったけど、今はみんな知ってるだろ」
「ダンス部が増えてないっていうのが納得行かないんだけどね」
「あのアクロバットじゃなあ……

どこかの部を脱落しても、落ちこぼれ部に入るなんて嫌だと帰宅部になる生徒も多い。だが、文化祭のステージ以来落ちこぼれ部でも楽しく活動できるのかと認識を改めた生徒が増え、まずは軽音が大増員したという話だ。

だが、落ちこぼれ部はダンスにバンドにアウトドア、文系の受け皿としては非常に弱かった。そんなわけで米松先生は最近新たに体を動かしたり人前に出るのが苦手な生徒のための部を新設しようと丸い頭を悩ませている。というかその相談もしたいから来てくれと言われたというわけだ。

「マックスまたドラム叩くんじゃないのか?」
「まあそれでも昼頃までは特にすることもないしね」

が伝え聞くところによると、あのステージ以来、それまで癒しのベイマックスだった米松先生は一転、ドラム叩かせたら激かっこいいベイマックスにジョブチェンジしたらしい。それまでも生徒から大変愛されてきた米松先生だが、ますます人気が上昇、おかげで脱落していない生徒からも面談を頼まれるようになったそうだ。

だが、恋バナ好きは変わらず、と牧は卒業してから洗いざらい話すよう言われたり、以降もどうなの最近どんな感じ? とちょくちょく連絡が来るのでがげんなりしていた。

海南の校舎が見えてくるとは余計に歩みが鈍くなり、牧が抱っこするぞと脅してようやく正門から敷地内に足を踏み入れた。ふたりとも卒業以来の母校訪問である。

文化祭自体はパッと見たところ変化がないように見える。正門から昇降口に続く通りに模擬店がいくつか、案内状を見る限りでは2日目なのでバザーとフリマ、あちこちの競技場ではちびっ子教室が行われているらしい。だが、ふたりは昇降口の来客用玄関の入り口で足を止めてポカンと口を開けた。

文化部最凶の吹奏楽部のポスターに並んで、ダンス部のポスターが貼られていた。しかもカラー刷り。

「どうなってんのこれ……
「おい、ここ見てみろ、会場!」
「会場? ……グラウンド!? なんで!?」

ふたりはそのまま走り出し、グラウンドに急いだ。文化祭2日目、例年通りならバザーとフリマである程度は埋まっているはずだ。しかし、バザーとフリマの影はなく、グラウンドの西側に見覚えのあるステージが完全な形で設置されていた。T字の花道もそのまま。

ただし、観客席に当たる仕切りはたちがステージを踏んだ時の軽く3倍はあり、しかも既に最前列を確保している生徒や来客が座り込んでいる。一体どうなってんだ!? だが、ステージを眺めていても答えは出ない。ふたりは方向転換すると足早に社会科準備室へ向かった。

「おおー! ふたりとも久しぶり!! 元気だった? 仲良くしてる!?」
「先生あれ何、グラウンド、ステージ!」

米松先生は部屋に入ってきたと牧を歓迎して両手を広げたが、は泡を食ってまくし立てた。

落ち着け、先生ご無沙汰してます。お元気でしたか」
「そりゃもう見ての通り、おかげさまで色々頑張れてるよ! も元気だった?」
「元気元気! ナナコも元気だよ」

家は父と長男が決裂したことで離婚に踏み切り、の卒業後に父が家を追い出される形で一件落着と相成った。ナナコは軽音でステージをやったことがきっかけで不登校を克服、翌年もう一回高校3年生をやって卒業した。現在は長男の勧めで短大に通っており、バンドを組んで地下活動中。

「いやー、驚いたでしょ。バザーは今年第3を使うことになってね」
「色々驚いたけど、とりあえずアレ何よ」
「エッヘッヘー」

は冷めた目で壁を指差した。社会科準備室の壁にはやたらとでっかい合皮のTシャツとカーキのカーゴパンツ、そしてアクセサリーがじゃらじゃらとぶら下がっており、どう見ても米松先生のステージ衣装だ。今年もやはりベイマックス・オン・ステージがあるらしい。

「ああ、場所取りしてる子たちね。今日、ナギも来てくれるんだよ」
「えっ、ステージ出るの?」
「そう。だから女の子が詰めかけてるんだけど、客席が足りなくなったのは去年からだよ」

予想外に楽しいルーザーズのステージにかける翌年の生徒たちの期待は半端なかった。米松先生のドラムも見たいし、ダンス部のアクロバットも少ししか入れていなかった割にはとても好評で、たちが卒業した後の落ちこぼれ部は手のひら返しに戸惑うほどだった。

そしてまたそれを聞きつけた親方がステージに使用した資材をそのまま残しておいてもいいと言い出して、米松先生はなんとか海南の敷地内に場所を確保、翌年も白いカーテンが翻り、紫地に黄色文字のルーザーズの横断幕がかかることになった。

「何しろ君たちふたりが色を入れた横断幕だからね。いつもは部室にかかってるんだよ」
「へえ……部室!?」

事も無げに言う米松先生だが、これまで落ちこぼれ部に部室はなかった。一応この社会科準備室が部室ということになっていたけれど、部室として機能したことはない。軽音も活動がない日の放送室が練習場所だった。

……予算が大幅に上がったんだ。待遇も去年よりさらに良くなってね」
「先生、大会はどうなんですか? まだあの大会に出てるんでしょうか」
「あれはやめたよ。次の年から出てない。だけど、大きな大会はまだ。ちゃんとした指導者もいないからね」

目下のところ米松先生はダンス部に指導者を探している最中で、しかしダンス部は隣の市の商工会のイベントで行われるステージや、巨大ショッピングモールの夏のイベントなどで発表の場を得た。それは順位や勝ち負けのある大会ではないけれど、ダンス部員たちはもうそれには固執しなかった。何しろ文化祭がある。

「しかし何よりのトピックは今年のダンス部かな〜」
「何かあったんですか?」
「エヘヘヘヘヘ、男子が入ったんだよ! ま、バスケ部辞めた子だけどね」

だけでなく、牧も身を乗り出した。

「だからますますダンス部は盛り上がってる。今年は4月に1年生が何人か入ったし、男女混合だし、だけどバスケ部は清田が主将でしょ。なんかもう文化祭の準備に関しては部の境目が曖昧というか、みんな仲良くて、逆にカップル成立が起こらないっていう事態になっててね」

米松先生は不満げに頬を膨らませた。今年もバスケット部協力の下でルーザーズのステージが実現するようだが、それは2年前に牧がへの気持ちひとつで推し進めたものとはすっかり様変わりしているようだ。

「じゃあもうルーザーズなんて名前使わなくたって……
「何を言ってんの! あの時の1年生が今年3年だからね。あの名前に誇りを持ってるんだよ」

米松先生は大きく息を吸い込み、大きなお腹をぶわっと膨らませた。

「去年も今年も、瀬田くんと君たちふたりのことは必ず話して聞かせてる。落ちこぼれ部なんて呼び名がまかり通っていたこと、グラウンドでステージが出来るのはなぜなのか、どうしてダンス部と軽音とアウトドアは僕ひとりが面倒を見ているのか、忘れないようにね。そのためにもルーザーズの名前は必要なんだよ」

ルーザーズなんていう名前を思いつき、勝手に横断幕など作ったのはナナコだが、と牧がそう思ったように、今でも多くの脱落者を抱えるダンス部たちには好意的に受け入れられている。落ちこぼれ部なんて不名誉な名を冠さなくても、自分たちの名はルーザーズでいい。

「ステージ、見ていくんでしょ」
「もちろん。先生もまたドヤ顔でドラム叩くんでしょ」
「というか先生こんなところでのんびりしてていいんですか?」
「大丈夫、今の3年生は慣れたもんだし、ステージは設置済みだし、14時くらいに行けば平気」

だから色々話して行ってよ、という顔だ。そもそも米松先生はふたりに文化部の子を受け入れる部のアイデアを求めていたのだし、ついでにふたりの惚気話も聞きたいのだし、はちみつレモンならいくらでもある。

「ていうか牧、社交ダンス始めたんだって!?」

懐かしい味に浸っていた牧は、勢いよくはちみつレモンを吹き出した。

米松先生が準備に向かったので、と牧は校内をぶらついて時間を潰し、ダンス部と軽音部のステージが始まるという16時頃になってグラウンドに向かった。観客席は既に満杯、ふたりはだいぶ離れた場所から見ることになった。静かな風に白いカーテンがはためいている。

「さっきは気付かなかったけど、ステージ少し大きくなってないか」
「奥行きが増えたのかな。てかマックスのドラムスペースがずいぶん広くなってるね」

日中は温かいのに日没を過ぎると急に気温が低下する秋、うっかり薄着をしてきてしまったは、牧に上着を借りて、その上ぺたりとくっついて身を縮めていた。徐々に日が落ちていくステージに、2年前よりも明るい照明が落ちる。白いカーテンがその光を反射して、眩しいくらいだ。

16時を少し回ったところで、客席の前方から悲鳴にも似た歓声が上がった。ナギだ。

……誰だあれ」
……人間変わるもんだね」

長く伸ばした髪にファッション誌からそのまま飛び出てきたようなスタイリング、愛想がいいなんていうことはないけれど、ナギにはもう巨神兵の面影はなかった。今年の軽音部の構成はギターがふたり、キーボードがひとり、というところらしい。米松先生がいるからいいようなものの、リズムパートが弱い。

2年前と同じように、米松先生はやけに通りのいい声でカウントを入れる。観客エリア前方のナギ目当てはともかく、たちの近くにいる海南の生徒たちは米松先生の勇姿に沸く。興奮状態で大笑いしているのは恐らく1年生だろう。平時の米松先生からこのドラマーベイマックスは想像がつかない。

ナギのおかげもあって軽音部のステージは大盛り上がり、2年前ナナコとナギと米松先生で3曲ばかりやっただけの晴れ舞台はダンス部と同じ5曲に増え、大歓声を浴びていた。

さて、ダンス部である。舞台の袖に集まる部員たちを見て、は歓声が涙声になった。今年は男子も数人いるダンス部、彼女らはまた揃いのTシャツを着ているが、胸にはルーザーズの文字、そして配色はバスケット部のユニフォームと同じ色だった。

しかし、感涙のの隣で盛大に吹き出してむせたのは牧である。

「清田あのバカ! なんで1曲目からステージに乗ってんだ!」
「やっぱり掛け持ちになったんじゃないの?」
「そんなことじゃ主将は務まらんだろうが……

しかし楽しそうだ。男子の部員に紛れてぴょんぴょん飛び跳ねている。

「だけど……私たちもそうだったけど、みんな楽しそうだね」
「こうしてると本当に部活とか関係ないよな」
「まったくもー、紳一さんてばすごいこと成し遂げたねえ」
「もういいよそういうのは」
「何を照れておるのだ」

元気いっぱい楽しく踊っている後輩たちを、と牧は感慨深く眺めていた。自分たちの時はただただ無我夢中で、牧はのために、は3年間の全てをぶつけるために、ひたすら毎日を精一杯過ごしていた。あの子たちはどうだったんだろう。このステージで得るものがあればいいのだが。

ダンス部のステージが終わると、2年前と同じようにアンコールが出た。はつい嬉しくなって一緒にアンコールをし、後輩や清田の名を叫んだ。すると、ダンス部員たちはさっさとステージに戻ってくる。今年はもう予めアンコールの用意もしてあったというんだろうか。

だが、始まったのはたちがアンコールでやったのと同じ曲、米松先生の思い出の曲で、軽音部の練習曲だ。その少し古臭いイントロに、は口元を覆って泣き出した。2年前のことがありありと蘇る。あの時は楽しくて楽しくて、泣きたいと思っていた気持ちはどこかへ飛んでしまっていた。

2年の時を経て、やっとは泣けたのかもしれない。そんなを抱き寄せたまま、牧は頭をわしゃわしゃと撫でる。彼もまたとナナコの記憶が蘇り、胸が締め付けられた。自分がやりたくてやったことなのに、姉妹は彼に感謝をして礼を言った。それが嬉しくもあり、どこかで切なくもあった。

そんな風にふたりが浸っている中、アンコールは終了、やっぱりど真ん中で目立っていた清田は、今年の軽音のボーカル担当からマイクを受け取ると、ステージの前方に出てきた。一応今年の海南バスケット部の主将なので、校内ではあまりに有名人……のはずだ。牧は少し青くなる。何やってんだあいつはほんとに。

「今年もルーザーズのステージを見てくださってありがとうございます! 皆様ご存知、日本最強海南バスケットボール部の主将、清田でございます! ありがとうございます!」

げんなりしている牧の腕にすがりながら、は吹き出した。選挙演説か。

「今年で3回目を迎えるルーザーズの公演ですが、以前は文化祭に発表の場がありませんでした」

一転、真面目な話になってしまったので、アンコールで温度が上がった観客はポカンとしている。

「ついでにダンス部と軽音部、それからアウトドア部は『落ちこぼれ部』とか言われて、影でこそこそバカにされていました。だけど、そんなのおかしいだろ、って思って、行動を起こしてくれた人がいました。ダンス部に文化祭でステージをやらせてあげたいって、手を差し伸べた人がいました。そのおかげでこうやって公演が出来るようになりました。それ以来バスケ部とダンス部は仲良くなりました」

しん、と静まり返るグラウンドに清田の声が響き渡る。

「もう落ちこぼれ部なんて言う人、いないんですよ、牧さーん!!! 先輩!!!」

清田が叫びながら手を大きく振る。彼の背後にいたダンス部も飛び跳ねながら手を振る。その視線を追って、観客が一斉に振り返り、寄り添っていたと牧を見た。ふたりは真っ青、体を引いて固まっている。

すると、ふたりの背後からワッとダンス部員が押し寄せ、もはや恐怖の表情を浮かべていると牧を取り囲んでぐいぐいと押し始めた。為す術もなく追い立てられるふたりは、ステージまで運ばれていく。

「先々代のバスケ部の主将と、ダンス部の部長です。この横断幕もふたりが作ってくれたものです。今日見てもらった楽しいステージは牧さんと先輩がオレたちに残してくれたものです」

顔面蒼白のと牧は、無理矢理押し出されてステージの上に運ばれてしまった。花道のダンス部員に煽られた観客から歓声が上がり、は3年生のダンス部員に熱い抱擁をもって迎えられ、牧もまた清田とバスケット部員に迎えられた。

そして、まだ呆然としているふたりをそのままに、清田はニヤニヤしながらマイクに叫ぶ。

「おふたりと一緒に、もう一回アンコールいくぞー!」
「ちょ、清田オレは無理だ!」
「えー、牧さん最近競技ダンスもやってるって聞きましたけどー」
の練習に付き合ってるだけだバカ!!!」

すっかりダンス部員たちと楽しくなっているはすぐに踊り出し、牧はすごすごとステージの後方へ下がった。だが、牧は楽しそうに踊る後輩たちの背中を見て息を呑んだ。ステージから遠い場所では、見えなかった。揃いのTシャツは海南カラー、胸にはルーザーズのロゴマーク。

そして背中には、Undefeated、無敗の文字があった。

ルーザーズとアンディフィーテッド、敗北と勝利はいつも表裏一体だった。もちろん牧は今も優れたプレイヤーだけれど、その敗北と勝利の間で空腹を抱えて戦っている。結局競技ダンスを始めてしまったも同じように戦っている。けれど、ふたりはもう負けることから逃げたりはしない。それは常に勝利の隣にあるものだから。

牧は後輩たちと踊るの背中を眺めながら、満足そうに微笑んだ。

そして、無理矢理と踊らされた。

現在海南大学の競技ダンス部にいるは、時間が出来ると帰ってくる牧に練習相手をさせることが増えていた。何しろダンス部出身と言っても、競技ダンスはド素人。の練習は初歩の初歩から始まり、それに付き合っていた牧もイチから練習状態になり、結局少しばかり身についてしまった。

そればかりか、そうやってに付き合っていたらあっさりと筋肉痛になってしまい、全身バランスよくしっかり鍛えられていると思っていた牧はショックを受けた。バスケットだけでなく、サーフィンだってやってるのに、踊っただけで筋肉痛だなんて!

以来、の練習に付き合うだけとはいえ、元が真面目な彼は隠れダンサーになってしまった。

「ていう話をマックスに聞いてたもんですから」
「だからって……

全てのステージが終わり、例によって楽屋代わりの道場である。お着替え中の女子部員を待つ間、牧はげっそりした顔で清田を睨んでいた。が、2年前とは違って身長を追い越されてしまったので、ちょっとばかり見上げている。そもそもが図太い神経の持ち主なので、清田は堪えていないらしい。

「いやー、しかし牧さん社交ダンス似合いますわー。オールバックしましょうよー」
「藤真と同じこと言ってんじゃねえ」

競技ダンスに興味があると漏らしたに、牧にもやらせろと最初に提言したのは藤真である。それを真に受けたが練習に付き合って、と牧を誘ったわけだ。しかもどこから漏れたのかそのことを藤真は知っていて、こともあろうに試合前にイジられた。オールバックしないのか、というわけだ。

とはいえもちろん牧は本気で競技ダンスをやりたいとは思っていない。がやっているから付き合っているだけで、どれだけ藤真に突付かれようが、頑として取り合わなかったし、オールバックもやらない。の試合を見に行ったら想像以上に衣装が派手で、絶対に無理、と言い張っている。

唇を尖らせながらちくちくとイジってくる清田を無視していると、道場の中からお嬢さん方が一斉に出てきた。マックスの主義もあるので、片付けはさておき、制服に着替えて後夜祭に行くのだ。

ダンス部員に囲まれてまたわいわい騒がれたと牧は、米松先生が終わってから飲みに行こうというので、こっそり校内に残ることになった。社会科準備室である。2年前、後輩や姉のお膳立てで校舎の最上階から眺めていた後夜祭、あの日と同じようにグラウンドではキャンドルの光が優しく揺れている。

「早いもんだな……もう2年も経つのか」
「まさか紳一が大観衆を前に踊る日が来るとはね」
「それはお前と藤真が悪い」

牧はいつかのように隣に並んだの頬をニュッと引っ張った。まあまあ伸びる。

神はちゃんと黙っていてくれたのだが、他でもない藤真本人が冬の決勝戦を一緒に見たんだなどとバラしてしまった。付き合い始めて以来仲良くやっていると牧だが、その時だけはだいぶ険悪になっていた。これは結局火種を撒いた藤真が間に入って収まるという、米松先生が大喜びしそうな結末に終わった。

「でもよかったな、2年越しで泣けて」
「エヘヘ、なんか自分でやってた時よりグッと来ちゃって」

窓にもたれながら、は牧の腕にするりと絡みつく。

……あの頃、何でだろう、何でバスケ部助けてくれるんだろうってずっと思いながら、ステージのことしか頭になくて、だけどどうしてもその真ん中に紳一がいるような気がしたんだよね。だからお願いだからって頼み込んでUndefeatedも入れてもらって、たぶんそういう風に表すしかなかったんだと思う」

少しずつ育っていった牧への気持ち、それはほんの数ヶ月前ならあり得ないことだったから。

……頭打ってひっくり返った時、気がついたら目の前に紳一がいて、藤真くんに頭押さえられてたからずーっと紳一の顔見てたんだよね。今にして思えば、あの時から何か始まってたのかもしれない」

腕に絡むを引き剥がすと、牧は両腕にしっかりと抱き締める。

……それが終わらないといいんだけどな」

2年前と同じように寄り添うふたりの向こうで、夜空に大輪の花が咲いた。