ルーザーズ&ラバーズ

Side-M 11

今年のダンス部3年生は内部進学が殆どで、中にふたり、家業に就職と、親族の経営する専門への進学がいただけで、外部受験の生徒が一人もいなかった。それも幸いだった。たちはその時々で空いている場所ならどんなところでも借りて練習に精を出した。

今度はアクロバットにこだわることもない。衣装は可愛いのを着るらしい。それなら元気で明るく、友達や家族や、助けてくれた人々が喜んでくれるようなものを作らなくては。みんな、可愛いのがいいという。高校生の女の子が32人もいるのだから、精一杯可愛く、精一杯頑張る姿が見たいという。

今更恥ずかしいなどとは言っていられなかった。時間もないことだし、たちは馴染みのある練習曲を中心に組み上げ、振り付けも見ている人が簡単に真似できるような、楽しくて「ノれる」ものをどんどん突っ込んだ。

瀬田さんの援助が大きかったので、本人の希望通り化粧品も買えたし、神の母親の提案でトップスは無地のTシャツに「KainanUniv-DanceTeam」というロゴをプリントすることになったし、ボトムもスキニージーンズにツギハギのミニスカートを重ねることになったり、たちはどんどん可愛くなっていく。

時間がないので、資金が集まり次第ステージの制作も開始された。校長が押し切ってくれたようで、校内での作業許可も下りて、駐車場の近くの武道館の裏手にステージのパーツが運び込まれていく。

骨組みの段階からたちも手伝い、放課後の明るい時間は資材を運んだりしてお手伝いをし、薄暗くなってくると室内で練習をし、休みの日は朝から晩まで練習と準備に奔走していた。

そんな中、中間テストの時に事件は起こった。

ただでさえダンス部のことで毎日忙しい米松先生は、一報を受けるとお腹をぼよんぼよん揺らしながら廊下を走り、3年生のとある教室へ突っ込んできた。米松先生の視線の先には、苦笑いでおでこを掻いている、そしてその横には、なんとナナコがいた。ナナコ、1年以上ぶりの登校である。

しかしこの時既に3時限目と4時限目の間の休み時間。米松先生は昼休みに必ず自分の部屋へ来いと言うと、また走って去って行った。このクソ忙しい時に一体何なんだ。この間まで部屋からもほとんど出てこない状態だったのに、ナナコに何があった!?

そうして昼休み、米松先生は弁当を囲んで姉妹と向かい合っていた。

「大丈夫なの、ナナコ。怖くなかった?」
「平気。いるし」
「それにしても突然だったね。何か心境の変化があったの」

かつては合唱部の中心的存在だったナナコだが、今は見る影もない。声はガラガラ、真っ黒な直毛を肘のあたりまで伸ばし、前髪は鼻を覆い隠すほど長く、ほとんど日光に当たらずにいたので肌も真っ白、猫背で撫で肩、どこからどうみても幽霊だ。そのナナコはコーラをちびちび飲んでいる。そして昼食はチョコレートだけ。

……この間頭打ったじゃん」
「後遺症がなくてよかったよね」
「もう一回ぶつけたら50パーの確率で死ぬって聞いてさ、人間てそんなことで死んじゃうんだって思って」

は気まずい顔をしているが、ナナコは落ち窪んだ目をぎょろりと剥いて淡々と話す。

「そしたらさ、あいつらに会いたくないからって家にいるのがバカらしくなってきて」
「あいつらって、合唱部の?」
「そう。後輩はいるけど、タメのやつはみんな卒業していないんだし、歌いたくなったから」

傷もないのにが死にかけているように感じたのだという。そう考えたら自分の貴重な10代を無駄に浪費しているのがバカらしくなり、に誘われてライヴを見に行ったことで、また歌いたいという気持ちに火がついたという。そもそもナナコは合唱部のエースで、落ちこぼれ部とは対極にあった人物だ。

「歌いたいって……合唱部戻るの?」
「まさか。あんなところで歌ったって、面白くないもん」
「先生、ナナコね、音楽の趣味変わっちゃったの」
「そう。もうあんな声も出ないしね。だから先生、あたしを軽音に入れて」

米松先生の顎ががくりと下がる。一体この姉妹は何度自分を驚かせれば気が済むのだ。

「けけけけ軽音て、ナナコ大丈夫なの、今軽音は――
「知ってる。ナギがひとりでやってるんでしょ」
「いいの?」
「歌えればそれでいいから」

軽音楽部唯一の部員であるナギは吹奏楽部を辞めてしまった男子生徒で、このナナコのように髪を伸ばして顔を隠し、軽音の部室で延々ギターを弾いている。ちなみにナギはアダ名で、背が高くてガリガリに痩せていていかり肩で腕が長いので、最初は巨神兵と言われていた。そこから「薙ぎ払え!」という台詞を持ってからかわれるようになり、やがて「ナギ」になった。

……ん? だけど軽音は今のところ何も予定が――
たち、文化祭でステージやるんでしょ」
「ああうん、そうだけど……ってまさかええええええ」
「夕方から後夜祭まで突っ込んでやるんでしょ。1曲くらいいいじゃん」

米松先生はまただらりと顎を下げ、苦笑いのを見て、同じように力なく笑った。

時間もない上に事態はいよいよ混乱を極め、米松先生ひとりでは処理しきれなくなってきていた。だが、中間テストが終われば3年生の内部進学組は時間ができる。毎年のことなので、授業を潰して文化祭の準備をしていいよ、と言ってくれる先生も多い。

ダンス部は練習と準備とで毎日遅くまで居残り、ナナコが入ってきて突然活動を始めた軽音も居残り、米松先生もぐったりし始めていた。ダンス部だけでも忙しいのに、軽音部までステージとは。

そこへ練習を終えた牧が顔を出した。

「先生、大丈夫ですか」
「まあ何とかね。痩せたような気がする」
「変わらないような気がします」

米松先生はエヘヘと笑ってお腹を撫でる。

「予選の細かい日程を持ってきました」
「おお、いつ頃? あれ、結構時間あるんだね」
「はい。監督も国体の時のことは申し訳なかったと思っているらしくて、手伝っていいと言ってくれました」

そう、代表入りできなかった部員も含め、が飛んできたボールのせいで脳震盪を起こした時のことは、今も心のどこかに引っかかって抜けない刺のようなものになっていた。しかも主将の牧が率先して意識を改める姿勢を見せたので、協力したいと思い始めるのも早かった。

ダンス部が予算ゼロで大変らしい、みんな自腹切ってやってるらしい、マックスも今月の小遣い全部突っ込んだらしい、じゃあオレらも500円くらいでいいから協力する? そんな風に部員を誘導したのは神だったそうだが、嫌な顔をした部員はいなかったそうだ。

さらに、清田の父親がステージ設営を買って出て、人件費をかけられないし、男なら手助けしてやれ的なことを言い出したのだが、その親父さんが189センチ100キロ超で髭面という、説得力の有り過ぎるガチムチおっさんだったので、総勢50人近い男子は即頷いた。

それに、本来なら当日のんびりとやってきてはちびっ子教室をやり、あとはぶらぶらしているしかない運動部、手伝いとはいえ、海南始まって以来の試みに協力しているのは楽しかった。しかも落ちこぼれ部とはいえ、ダンス部は全員女子。楽しい。結構楽しい。

「もうパーツはほとんど出来上がってるそうだよ。は出来るだけ早めに組んで練習したいらしい」
「オレたちも練習がありますけど、その後なら構いません。寮生なら遅くまで残れますし」
「すまないねえほんとに。てか最近はどうなの、と一緒に帰ってる?」

ダンス部が遅くまで練習しているのでちょっと聞いてみただけだったのだが、牧ははちみつレモンを零し、勢い良くむせた。おやおやおやおや。米松先生は頬がぷるぷるしそうなのをこらえて、ティッシュを差し出す。

「いえ別に、そういうことは……
「だって前に一緒に帰ったって言ってたから」
「あれはたまたまで……今はお姉さんもいるし」
「ナナコは遅くなるとあの子たちのお兄ちゃんが迎えに来るからいいけどねえ」
…………は来ないんですか」
「うん。あそこん家のお兄ちゃんはナナコ溺愛してるから」

牧は不快な表情になるけれど、事実だ。家は長男長女次女の3人兄妹。その長男はとにかくナナコを可愛がっており、現在別居中だがナナコの世話だけは厭わない。基本的にナナコのためなら何でもする。

「もうそろそろバスケ部にも手伝ってもらうようになるし、部長同士たまに話しておいた方がいいんじゃないの」
「そう、ですね……

バスケットに関わることはまた別だが、それを離れれば牧は割と品行方正な生徒だ。本人も言うように、バスケットを理由に勉強を放棄するわけでなし、主将の座に就いてからも特に威張り散らすこともなく、厳しいのは部活中だけ、という人である。なので、先生の言うことは素直に聞く。

米松先生が下心を持って焚き付けているなんていうことには、気付いていない。

まあもちろん米松先生の方も、牧にしろにしろ、何かしらの「匂い」を嗅ぎとったが故の余計なお世話であり、後は本人たち次第なのだし、思惑通りに進むとは思っていない。けれど、先生のお話は基本素直に聞いてしまう牧なので、その日、練習終わりでよろよろ歩いていたに声をかけた。

「大丈夫か、そんなよろよろして」
「まあ、実際1ヶ月動いてなかったからね……響くもんだね」
「お姉さんは?」
「ナナコ? まだ残るみたいだけど。呼んでこようか?」
「いや、そういうわけじゃなくて」

練習や準備に気を取られているせいか、は普段より大人しい。疲れているのか、少しとろりとした目をしていて、話し方も覇気がない。牧は余計にひとりで帰すのは危ないんじゃないかという気になる。

はもう帰るのか」
「うん、あんまりやりすぎてもケガのもとだし、他にもやることいっぱいあるし」
……ひとりなら送ってくよ」
「まじかー。わーいありがとう、これ頼む! 荷物多くて〜」

ぼんやりした顔のはへらへらと笑うと、牧の胸にビニールバッグをボフッと押し付ける。

「何だこれ」
「作りかけの衣装。いやー、神くんのママ可愛いの考えてくれてさー」

疲れてはいるけれど、機嫌はいいようだ。牧は少しホッとして、並んで歩き出す。

「間に合いそうか?」
「うーん、ダンスの方は何とかなりそうな気がするんだけど、その他がね」
……ステージの方は手伝うよ」
「マックスに聞いたよ、大丈夫なのそんなことして。怪我したら大変でしょ」
「それは気を付けるよ。清田の親父さんもちゃんと指導してくれるっていうし」

文化祭前とあって、まだ校内には生徒がたくさん残っているが、それにもう帰れと先生が言って回っているような時間である。普段なら悪目立ちする組み合わせのと牧だが、今日は行き交う生徒たちみんなが疲れた顔をしていて、ふたりのことなど誰も気にしていない様子だ。

「そんならいいけど……特に牧は無理しないでよ、予選、近いんだし」
「大丈夫、空いた時間でやるようにするから」
「てか、お金も、ありがとね、あんなにたくさん」
「たくさんって言っても、ひとり500円だぞ。人数が多いからだよ」

疲れのせいなのか、話の内容のせいなのか、は少し首を傾げる。

「何だか――まだ夢みたいで」
「文化祭のことか?」
「大会が終わって、それを観客席から見てて、やっぱりどうしても泣けてきちゃってさ」

無理もない。例え評価されなかったとしても、あの場所に立ちたいということだけを目標にして頑張ってきたのに、ひとりだけ遠い観客席でそれを眺めていたのだ。

牧が黙って聞いてくれるので、は大会の日のことをぽつりぽつりと話した。大会の様子、仲間たちのステージ、自分はどこにいて、何をしていたか。どんな気持ちでいたか。静養している間に整理をつけたはずだったのに、消し炭のような燻る気持ちが消えなかった。

ぼそぼそと喋り続けているが、はぼんやりしているし、ひと駅とはいえ十分にラッシュだし、牧は勢い任せでの手を取り繋いだ。そうでもしないとフラフラとどこかへ流されてしまいそうだったから。

「どうやったらそういう気持ちがなくなるかなって毎日考えてたんだよね」

よほど疲れているのか、は瞼が重そうだ。牧に手を取られたことも、あまりはっきり自覚がないようで、引っ張られるままになっている。牧は出来るだけ混雑の少なそうな車両に乗り、またを庇ってひと駅やり過ごし、転がり出るようにして最寄り駅に降り立った。

「だから、文化祭でステージに立てるなんて、本当に、今でも信じられなくて」
……よかったな」
「うん、マックスと、みんなのおかげ。牧もありがとう」
……まだ何もしてないぞ」
「あー、500円」
「そのくらい、別に」

全国トップクラスの高校バスケット選手である牧、落ちこぼれ部の、海南の部活縦社会の中ではどうしてもギスギスした関係でしかいられなかった。だがどうだろう、今こうして手を繋いで歩いているふたりは、まるでどこにでもいる、夢中になれることに一生懸命なだけの、ただの高校生だ。

……だけど、楽しみにしてるよ。アクロバットはなくても、完成形、見たいと思ってたから」
「あ、そっか。一度見てるんだもんね。あれとはちょっと変わっちゃったけど、まあ見てってよ」

は本当に嬉しそうだ。幸せそうだ。牧はそれだけでも充分だった。そういうが見たかったのだ。

だから出来るだけ自分がしていることは、隠しておきたい。

牧ひとりだけ、500円でなくて5000円であることも。

「奇跡っていうのは起こるものなんだねえ」
「起こったから奇跡なんじゃないの」
「言うねえ

文化祭まであと10日というところの社会科準備室である。本日は迫る本番へ向けてのスケジュール確認のため、トップ会談である。つまり、米松先生、、牧、そしてナギが嫌がったのでナナコ。

「ってあれ、ナナコたちも衣装作ったの」
「衣装ってほどでは。たちみたいなTシャツを作っただけ」

ダンス部は白地にピンク文字、軽音ふたりは黒地に白文字。幽霊状態のナナコを初めて見た牧はいささかビビっている。確かに聞いた話では元合唱部の姫だったと聞いたはずなのだが……

「ええとね、先に当日周辺の確認しておくね。当日は14時までに駐車場が空くから、昼ごろから移動を開始して、車がなくなったそばから組み上げます。で、その後ステージのセッティングがあるから、バスケ部手伝ってもらえるかな? よし、で、その間ダンス部はおめかししててもらって、先にナナコたち演っちゃうから」

要するに前座だ。ダンス部のおめかしにしても、たちの「楽屋」は畳敷きの道場を貸してもらえることになったので、移動にも時間がかからない。格闘技棟は駐車場のすぐ近くだ。

「先生、オレたち機材のセッティングなんてよくわからないんですが……
「あ、そこは大丈夫。軽音に楽器寄付してくれた先生の友達が来てくれるから」
「それじゃ早くても16時始まりでしょ。照明どうしたの」
「清田くんのお父さんに伝手があるみたいだから大丈夫。予算内で収まるそうだし」

とにかくゴタついているので、連絡漏れも多い。ナナコはともかく、と牧は全部メモを取り、抜けがないように何度も確認し合った。部活同士の交流もない海南のこと、こんな風にふたつのクラブが協力しあうこともなかった。ノウハウがないという点では非常に危なっかしい。

「で、ステージの設営なんだけど、初日の夜にやるからバスケ部残ってね」
「時間によっては寮生と近所のだけでもいいですか」
「大丈夫だと思うよ。ダンス部や先生もいるんだし」

最後の仕上げは前日の夜だ。話がまとまってきたので、と牧はホッと肩の力を抜く。というか今も既に外は真っ暗、全員練習終わりである。打ち合わせが終わったので、米松先生は「さあとっとと帰りなさい」とお腹を撫でた。これで彼も帰れるので機嫌がいい。こう見えて米松先生は大変な愛妻家である。

資料やら荷物やらをバタバタとまとめ、帰り支度をしていると、準備室を出たところで牧の背後にナナコが寄ってきた。足音がしないので、気配を感じて振り返ったら貞子みたいなのがぼーっと佇んでいたので、牧はつい飛び退いた。いくらの姉とわかっていても怖い。

「バスケ部キャプテンの牧っていう人?」
「あ、はい、そうです。ええとその、さんの頭の件は本当に――
「たまにいるんだよねえ、君みたいな人」
「申し訳なく――はい?」

現在一応同学年だが、留年しているのでナナコはひとつ先輩になる。牧はその風貌にビビりながらも頭を下げたのだが、ナナコは聞いていない。猫背で首を突き出したナナコはぎょろりと目を剥いて牧を見上げている。

「この前、のこと送ってきたでしょ」
「ああ、何日か前に――
「そっちじゃなくて。最初の方」

牧はに聞かれるのじゃないかときょろきょろしていたが、は米松先生と何がないだのあれはどこいっただの騒いでいる。お姉さん一体何の話ですか。

「この海南でバスケ部の部長が落ちこぼれ部送って帰るとか、異常事態」
……そう、でしょうか」
のこと好きなの?」
「え!?」

ナナコの表情が変わらないので油断していた牧は、思わず身を引いた。

「ブツクサ文句言ってたけど、ちょっと嬉しそうだったし」
「そ、そうですか……
「そんな見てたら、学校行こうかなーって気になってさ」

妹の怪我と、そんな表情を見ていたら、家に篭っているのがつまらなくなってきた。たったひとりで登校していかなければならないのと違って、ナナコの場合は同じクラスにがいるし、ちょっと遊びに行ってみようかなと思ったらしい。どうせ卒業は出来ないのだから、嫌になったらまた引きこもろうと思ったという。

「たまにいるんだよね、そうやって人ひとり引っ張りあげてるようで、何人も引きずりだしちゃうような人。誰かひとり助けるのだって相当なパワーがいるのに。大切な人がふたり、崖から落ちそうになってて、どっちかだけ助けられます、みたいなのが通じない、ていうか。両方掴み上げられるし、崖も崩れないって感じ」

そんなことを言われても、と牧が返答に困っていると、と米松先生がやっと準備室を出てきた。

「もう真っ暗だからな、気をつけて帰れよ。あ、そうか3人共同じ駅だもんな、よしよし」
「あたしは車待つけどね」
「おお、そうか、じゃあ牧は先生が駅まで乗っけてってあげようか」
「迎えはあたしだけ。は歩き」
「はい?」

ナナコはそう言うとスタスタと去って行った。

……、大丈夫、君は愛されてるよ」
「はあ? 何言ってんの。ナナコは兄貴と食事するらしいから、私はそれ嫌だって断ったんだよ」
「君んちも相変わらず面倒くさいね」
「だけどそのおかげで好きなことできるよ。私かまってちゃんじゃないから」

少々げんなりしている米松先生だったが、それならほら、牧と帰りなとでも言いたげな顔でふたりを追い立てて、駅まで送ってくれるんじゃなかったの、と不満気なに構わず、職員室に戻ってしまった。

「牧だけだったら送るとかなんなのもう。しょうがない、帰るかー」
「本当に平気か?」
「えっ、何が!?」
「先輩だけなんて……

昇降口を出たは甲高い声を出した。すっかり暗くなった校舎に声が響く。

「だから私かまってちゃんじゃないんだって」
「それでも差別されたら寂しいだろ」
「それはうちの兄貴を知らないから言えることであって……私は行きたくないから」

が思い切り嫌そうな顔をするので、牧はそれ以上は突っ込まなかった。学校でも落ちこぼれ部、家では兄が姉だけ特別扱い、それはかまってちゃんじゃないからで済むようなことだろうか。この時牧は初めて具体的な言葉でを想った。

オレはお前と一緒にいたいけどな――