ルーザーズ&ラバーズ

Side-M 04

もちろんクラブ活動として認可を受けているけれど、何しろ中心的存在のバスケット部や吹奏楽部に比べたら、「お遊び」扱いで間違いなかった。実績はゼロだし、ダンス部軽音楽部アウトドア部、3つまとめて落ちこぼれ部の年間の予算は合わせて5万円しかない。

幸い、軽音楽部とアウトドア部は楽器やアウトドアスポーツの器具などの寄付があったので、現在のところ、それほど予算はかからない。その上どちらも大会やらコンテストやらにはあまり積極的ではない。

そんな中、ダンス部の方は特に「予算なんかいらないだろ」という見解を示されていて、年間の活動費は均等に割り当てられているけれど、そこに毎月部員の部費を足してもギリギリ。大会も毎年秋に近所で開催されるイベンター主催のものひとつしか許可が降りなかった。

ダンスなら体ひとつで充分のはず、と言われ続けて早数年。毎年部員たちはふざけんなと涙目になりながら部費をやりくりして衣装を作り、CDなどはレンタルで済ませたり、人から借りたりしてどうにか活動を続けている。

なので唯一出られる大会に参加しても、いつも海南ダンス部は地味。化粧もあまりできない。だけどずっと一生懸命やって来た。米松先生が細やかに心を砕いてくれるので、ダンス部員たちはとても元気だったし、卑屈にならなかったし、みんなどこかの部活から脱落してしまった物同士、結束も固かった。

だが、こともあろうにダンスの技術ではなくて衣装や見た目で優劣をつけられて負けた。その上「衣装なんかももう少しなんとかならないかな? ダンスっていうのは自己満足で終わっちゃダメなんだよ。人に見てもらうということをいつも意識してないと」と鼻で笑われた。

その上優勝した翔陽の女子には鼻で笑われた挙句、「ダサ」と言い捨てられる始末。

もちろん牧の言うように、この大会がおかしい。ただ、この大会は規定にはないはずのアイドル発掘的な目的が主らしく、高校生の青春ダンスバトルなど意図していない。だから、海南ダンス部は出る大会を間違えているのだが、何しろここしか許可がおりない。予算もないから勝手に出ることも出来ない。

そういう事情が幾重にも絡まり合って、結果として海南ダンス部は、そんな場違いの大会でも自分たちのスタイルを貫くことを選んだ。スカートは絶対に履かない、化粧は最低限、運動部脱落チームらしく、アクロバット的アクションを中心に。

いくら外部の大会がそこしかないからって、そんなにこだわることはないのでは? 主に部員たちの家族は最初にそう考える。だが、この大会がなくなってしまったら、ダンス部は発表の場がない。

文化祭にも、彼女たちの居場所はないのだ。

それは軽音楽部も同じで、大会や試合に出ないアウトドア部も結局は同じなのだが、例えば軽音楽部なら、卒業後にライヴハウスでのステージを目指すという手もあるし、アウトドア部の方は個人競技が多いので、本人が出ようと思わない限り、「結果を出す場」に固執することはない。

けれど、ダンス部は違う。大会も文化祭もないとなると、ただひたすら踊るだけの活動しか出来ない。達成感も勝利も努力の結果も、何一つ得られない。それじゃただのエクササイズ部じゃん、というわけだ。場違いでも必ず入賞できなくても、彼女たちはそのおかしな大会にしがみつくしかない。

「言われてみれば確かに、うちのダンス部は女子がミニスカートで歌ってたな」
「歌……踊ってたんじゃなくてか?」

藤真がダンス部の地雷を踏みつけてしまった翌日、使いどころが難しい1年生を中心に対戦させているコートの脇で、牧と花形が喋っていた。藤真はコートの中でげんなりしている。代表の中では小柄な方に入る彼は、あまり迫力がないので暴れる1年生に手を焼いているらしい。

「オレが見た時は歌ってた。昨日言ってたアイドルが出て以来、文化祭も客が多くて」
「文化祭か……それくらいあればな」
「文化祭も何もやらせてもらえないのか」
「文化部にもちょっと強いのがいるもんでな。場所がないんだ」

ただでさえ冷遇されているし、歴史はないし、予算はないし。文化祭なのだから文化部の出番のはずだが、運動部も模擬試合を披露したり、ちびっ子教室を開いたりと、体育館やグラウンドをがっちり占拠している。

「一生懸命な分、可哀想だな」
「そうなんだよな……。特に男子の多いアウトドア部はほとんど元バスケ部員なもんだから」

だが、現状いつかの主将くんのように直接的に協力を出来る立場にない牧は、ふうとため息を付いて首を傾げた。数日前のの言葉が耳に蘇る。何様のつもりよ。そう言いたくなるくらいのことを彼女たちに強いている自覚があるので、余計に気が重い。

自分たちのバスケットに関しては、どれだけ厳しくたって構わないと思っている。ついてこれなくなった者を支えてやって拾い上げてやるようなこともしない。海南のバスケット部というものはそうして神奈川最強の看板を守ってきたからだ。勝ちに対して意欲を失った者に戦う資格はない。

けれどそれを離れてまで同じことを強要するつもりは毛頭ない。脱落していったからとて、蔑んだりする気持ちもない。落ちこぼれ部でも自分の納得できることで頑張ればいいと思う。

なのに第三者は両者を優劣で分けようとする。こっちは勝ち組、あっちは負け組。

勝ち負けって何だよ。勝敗って、何なんだよ。

コートの中で湘北の1年を蹴っている藤真を見ながら、牧はまたため息を付いた。

相変わらずステージではダンス部、フロアでは国体神奈川代表、という日々が続いていた。藤真が地雷を踏んで以来、特に接触もなく、ダンス部の方も突っかかってきたりはしなかったし、代表たちも声をかけなかった。そんな夏休み最終日、8月31日のことだった。

この日、朝から練習していた神奈川代表たちはメンバーをふたつに分けて、紅白試合をすることになっていた。

選手たちの癖や相性も見えてきたので、試合をさせてみようという監督ふたりの判断だった。そんなわけで、海南の監督高頭チームと、陵南の監督田岡チームに別れての試合である。選手たちの技量を確かめ、より本番をイメージした試合のはずだが、かつてのライバル同士の試合の様相を呈してきていた。

どちらの監督も「あっちの采配は大したことない」から、「何が何でも勝て」と言い出した。代表くんたちは苦笑いしか出てこない。そんなことよりも、癖のある選手がちゃんと動いてくれるかどうかの方が問題だ。

今年の成績はとりあえず措いておくとして、学年や向き不向きの関係上、高頭チームは牧が、田岡チームは藤真がキャプテンに据えられた。夏に海南との対戦が叶わなかった藤真は意気が上がっている。代表中一番の問題児・湘北の桜木は高頭チームにいるし、そこがうまく崩れてくれれば勝てそうな気がする。

ホイッスルが鳴り、練習の一貫であるはずの試合は開始1秒で全員熱くなってしまい、コート脇で見ている方にもそれが伝染った。何しろIHを賭けた予選においてはほとんどの選手が敵でありライバルであり、そこには複雑な感情が混ざり合う。ていうかもう何でもいいから勝ちたい。

そして何より、それを指揮している監督同士が高校生の頃にそういう関係だったからさあ大変。

飛び交う怒号、予測の付かない相乗効果、当たり前のことがうまく行かず、試合はどんどんヒートアップしていく。そして交代無制限で始められた試合の、残り時間7分、という時のことだった。

この日は昼から体育館を借りることになっていたはずのダンス部がまたぞろぞろと体育館に入ってきた。彼女たちはいつもステージに近いドアから入ってきて、そこから帰っていく。体育館を横取りされたことへのあてつけか、そのドアからステージ以外の場所には決して足を踏み入れない。

ステージとコートラインまではかなり余裕があるので、代表たちが試合をしていても、ダンス部は邪魔にならなかった。熱戦が繰り広げられているのをちらりと見たけれど、彼女たちは細い列を崩さずにステージに続くドアへ向かってお喋りをしながら歩いていた。

代表紅白試合の方は残り時間が少なくなってきていたので、余計に盛り上がっていた。今のところチーム田岡が2点リードである。IHに行かれなかった田岡、そして藤真はますます集中する。海南ブッ潰す。

その時のことは、録画もないことだし、正確に何が起こったのかはわからない。ただとにかく、紅白試合は白熱していて、ギャラリーの方もぞろぞろと入ってくるダンス部になど気付かないほど熱中していた。そんな中、ゴール下でボールを奪い合っていた代表たちの手から、ボールが外れた。

ボールはポンポンと手の上を跳ね、そしていくつかの手に押し出され、コートの外へ飛んでいった。

「危ない!!!」

ボールの行方を目で追っていて声を上げたのは、コートの中にいた藤真だった。ボールは高度を下げながら飛んでいき、ちょうど人のいない場所をすり抜けていってしまった。コートラインの脇、コートの中で一番近くにいた流川と福田が走ったが、間に合わなかった。

!!!」
!!!」

ダンス部員の悲鳴、そして牧の声と同時に、ボールは藤真の声に振り返ったの顔を直撃、そのままぐらりと仰け反った。体育館の中にビターンと派手な音が響き渡り、顔にボールの直撃を食らったはバランスを崩して倒れ、頭から落ちた。首がしなって頭が跳ねる。ほんの一瞬だけ、体育館は静寂に包まれた。

、ちょ、しっかりして!」
!!!」

倒れたまま動かなくなってしまったにダンス部員が駆け寄り、数人がかりで肩を掴んで抱き起こそうとした。そのダンス部員たちの背中に怒鳴り声が飛んできた。

「動かすな! どけ!!!」
「えっ!?」

に寄り添っていたダンス部員が振り返ると、牧と藤真が猛ダッシュで飛んできた。近くにいた代表たちも慌てて駆け寄ってくる。顧問の先生は泡を食って体育館を出て行き、監督ふたりも待機を指示して様子を見に来た。はまるで眠っているみたいに動かない。

の傍らに滑りこんできた藤真はダンス部員たちをどかすと、の頭を両手で押さえて固定、牧は大声を上げた。ふたりのあまりの剣幕に、ダンス部員たちは真っ青。一塊になって震えていた。

、聞こえるか、 目、開けられるか!?」
「花形、手を押さえておいてくれ。牧、意識ないぞ、花形、時間見てくれ」
、聞こえるか!? まずいな、完全に頭から落ちた」

牧が肩を叩きながら声をかけ続けること1分ほどで、のまぶたが動いた。

「牧、気付いたぞ」
「藤真、1分15秒」
、聞こえるか。目、開けられるか?」
「牧――
「そうだ。、これ、見えるか?」

牧はの目の上に手をかざし、ひらひらと振る。

「牧の手……
「じゃあ、これ何本だ」
「3本……てか何これ、離して、痛い」
さん、頭打ってるんだ、動いたらダメだ。牧の言うこと聞いて」

藤真が先回りして花形に腕を固定させていたが、案の定はじたばたと動きたがるので、とうとう両足も押さえられてしまった。しかし意識が戻ったら何人もの男子に体を押さえつけられていたは暴れた。打った箇所が痛むのと、脳震盪による混乱とで余計に暴れる。

、頭打ったから動くな。落ち着いて、オレの目を見ろ」
「おい、保冷剤まだか。ペットボトルでもいいから早く!」

怒鳴る藤真に頭を固定されているの上に牧が屈み込み、の真上から覗き込む。

「何これ、私どうなってんの」
「自分の名前と、生年月日、クラスと出席番号言えるか? 言ってみろ」
「ちょ、何なの、私――
「言えないか? 言えるなら言ってくれ。名前、生年月日、クラスと出席番号」

混乱しながらもはぼそぼそとフルネームに生年月日、クラスと出席番号を言う。実のところ、牧はの誕生日など知らないのだが、同学年だしクラスはわかっているから、そこが正しく言えればそれでいい。は正確に答えた。

「牧、脈拍96、少し多いけど問題ない」
「藤真さん、保冷剤どうぞ」

脈拍を測っていたらしい花形の言葉に頷いた牧の後ろから、神が大量の保冷剤とタオルを持ってきた。が暴れなくなったので、花形と足を固定していた三井が手分けして保冷剤を首や後頭部に添える。

「よし、オレの質問に答えてくれ、痛いのは頭だけか?」
「頭も顔も痛いよ、てか手足も痛いんだけど」
「吐き気はあるか」
「ないって!」
「視界がグラグラするとか、耳鳴りは?」
「グラグラは……ちょっとする。耳は押さえつけられててわけわかんないよ!」
「藤真、離してくれ。、頼むから動かないでくれ、いいな」
「わかったってば、何なのこれ!」

やっと全ての戒めから解放されたは、牧の言葉を無視して起き上がろうとした。藤真が慌てて肩を押さえ、牧はの頬に手を当てる。混乱激しいは目を白黒させた。

、しばらくこのまま動かないでくれ。頭、打ってるんだ。何があったか思い出せるか?」
「わ、わかんない……
「すまない、ボールがすっぽ抜けて、顔に直撃したんだ。覚えてるか?」
……覚えてない」
「牧、オレも直後のことは覚えてない。インパクトの前までしか記憶ない」

藤真の言葉に頷いた牧は、またの顔を覗き込む。

、手は動かせるか? 上げてみろ。指は? 一本ずつ折って、そう、曲がるか?」
「平気だけど、ねえ牧、私どうなってんの、ここどこ?」
「次、足は? 持ち上げられるか?」
「ねえ、誰この人たち、何でみんなそんな怖い顔してるの、私どうなってんの」
「体の方は大丈夫そうだな、起こすか?」

怯えるに構わず、牧と藤真と花形は頷き合う。保冷剤が添えられたままのは、牧と花形に支えられながら上体を起こした。痛みはあるようだが、重篤な意識障害もなく記憶も少し飛んでいる程度、その他は概ね無事のようだ――そんな風に、起き上がったに全員がホッとしたその時だった。

は一声呻くと、自分の膝に向かって滝のように嘔吐した。ダンス部から悲鳴が上がる。

「タオル、早く!!!」
「監督、救急車呼んだ方がいいのでは……

藤真の怒鳴り声にタオルが宙を舞い、は全身をくるまれてぐったりと牧の腕の中に倒れこんだ。ダンス部は泣き出してしまっているし、体育館は騒然となった。そんな中、朦朧とする意識をなんとか保ちながら、も静かに泣き出した。こんな大勢の前で嘔吐するなど、恥ずかしすぎて耐えられない。

そのの体を牧は抱き締め、藤真が背中を擦った。

、念のため病院行こう。大丈夫だからな」
さん、気持ち悪かったら出していいんだよ」

しかし藤真は顔を上げると、牧に向かって囁いた。

「牧、オレは、吐かなかった」

吐瀉物に慌てる代表たち、ダンス部の泣き声、戻ってきた顧問と監督たちの大声、そんな騒ぎの中で、牧と藤真はひたと見つめ合い、息を呑んだ。1年前のIH、藤真も試合中の事故で頭を怪我した。傷は残ったが中身は無事で、検査の結果、事故後10日ほどで練習に復帰出来た。後遺症もなかった。

だが、外傷はなくとも激しい嘔吐と軽微とはいえ記憶が怪しいは、何日で戻れるだろう。

まだまだ完成形には程遠いらしいダンス部の演目、大会は1か月後に迫っている。は3年生、落ちこぼれのダンス部の部長、もし激しい運動を禁じられてしまったら――

を抱き締める牧の腕、背中を擦る藤真の手に力がこもり、ふたりは青ざめた。

のダンス部としての活動は、ここまでかもしれない――