星屑の軌跡

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スターダスト4

とにかくコスモに伝えるのには、極力子どもたちがいない時を狙い、出来るだけ大人数できちんと説明をし、なんなら大人なんてクソだと思われても構わないので、コスモを引き取るのは不可能だとはっきり言う方がいいのでは……という意見にまとまった。

8月も下旬のある日曜、清田家は前日から準備を始め、まずは一番コスモの憎悪が向いてしまいそうな尊と双子は外出してもらうことになった。これにはエンジュが一緒に行くと名乗りを上げ、アマナと寿里もお出かけ。水族館に行くことになった。

次に珍しく信長が休みだと言うので、カズサを連れ出してもらった。例の旅行以来カズサは父親に対して一定の尊敬と畏怖を持つようになったらしく、たまにはふたりでバスケの練習しないかと誘われて喜んでいた。これも問題なし。

それに比べるとツグミはまだ伝い歩きをしているくらいなので、リビングにいても意味はわからないわけだが、もしコスモがキレてしまったら手に余るので、こちらは新九郎と由香里が連れ出すことになった。あまり遠出をせず、話が終わり次第戻ればOK。

そういうわけで子供たちは全員外出、コスモの相手をするのは、頼朝、ウサコ、そしてセイラちゃんだけになった。理屈っぽい面子なのでぶーちんを呼んで宥め要員になってもらったら、という意見もあったが、セイラちゃんがコスモにそんな小賢しい真似は通じないと思うと言うので、このメンバーだけで挑むことになった。

と頼朝は次世代清田家のツートップでもあるので、話も早い。

いきなり人が少なくなってしまった清田家、そこに話があるからおいでと呼ばれたコスモは何でもないという顔をしていたけれど、少しだけ頬が引きつっていた。何やらよからぬ話をされるのだろうということはすぐに分かる。

「話って、なんですか」
「コスモ、じゃなくて古杉柚莉依さん、そろそろおうちに帰りませんか」

そう切り出したのは頼朝だった。相談の結果「悪役」を作ることになったのだが、それが頼朝である。幸い彼は優しさと温かみのない喋り方に定評がある。だったらいっそいつものように言いにくいことは全部頼朝に言わせて、たちはフォローに徹した方がいいのでは、という話にまとまった。

それでも一応優しげな声で丁寧に話しかけているのだが、凄まじい真顔なので意味がない。

なぜその名を知ってるんだ、という表情をしたコスモだが、ぐっと顎を引いて平静を装っている。

「か、帰るって、だからその、私は清田尊の子供なので」
「これは、DNA鑑定というものです。尊とユリイさんは、親子ではないと証明されてます」
「そんなの、本当かどうかなんて」
「これは裁判などでも使われる確実な方法なので、間違いはありません」

知能が高いだけに意味がわかってしまう。コスモは膝に両のこぶしを置いているが、少し震えている。

「なので、あなたは古杉さんのお宅へ帰らないとなりません。学校も始まっちゃうしね」
「ちょ、ちょっと待ってください、だけど、宇宙と彼方は」
……宇宙と彼方は、尊が引き取ります」

セイラちゃんが残る以上は自分も立ち会うとウサコが言うので、はその隣りに座って手をぎゅっと握り締めていた。一番の難所である。

「宇宙と彼方は、尊が昔から知っている友達の子供でした。だから、尊はふたりを引き取ることにしました。ユリイさんも知ってる通り、まだ小さな子供のふたりは、尊がパパだということしか知らないので、尊はパパになることを決めました。なので、ここに残ります」

万が一を考えて少し余計に説明をしながら伝えたわけだが、充分理解できたらしい。コスモの震えは腕を通って肩に伝わり、頬も震え出した。

「だけど、ユリイさんと尊は親子ではないし、ユリイさんのお母さんのことは、僕たち何も知らないんです。お名前すらわからない。こういう場合、ユリイさんはまだ社会の中で子供、未成年なので、お母さんに代わって親代わりをしてくれる人の家に帰らなきゃいけない決まりです」

一度養親を引き受けた以上は、今コスモの保護者は大叔母夫婦で間違いない。未成年が自分の判断で住む家を決められるわけでもなし、コスモは古杉さんがグズろうが何だろうが、送還されるのがルールなのだが……コスモの声が震え出した。始まったか。

「あんなの、親じゃない」
「親の代わりをしてくれる大叔母さんと大叔父さん、だね」
「私はあんなの、やだ」
「残念ながら、未成年のユリイさんに選ぶ権利はないんです」
「どうして!?」

知能は高くとも小学生である。コスモは肩を怒らせて声を荒げた。

「子供だからです」
「なっ……

今日はコスモが何と言おうと話す。そう決めていたので、頼朝は怯まない。

「この国では、今のところ20歳になるまでは子供です。0歳も19歳も同じ、子供です。子供なので、大人と違って、子供だけでやってはいけないこと、が法律で決まっています。保護者を選べないのもそのひとつ。今、ユリイさんの保護者は大叔母さんたちと決まっています」

尊の子だと言えば自分もこの家の子になれるかもしれないという期待だけで突撃してきたコスモは、淡々と逃げ道を塞がれていくので声が上ずってきた。あんな家には帰りたくないと思うけれど、自分が子供なせいで何ひとつ思うようにならない。

「だってそうでしょう。もし子供が親を選べたら、お金持ちの人や、有名人はきっと今頃、自分の子供ではないのにたくさんの子供を育てなきゃならないことになってる。それは困ります。基本的に、子供はそのお父さんとお母さんが育てるものです。だけど、たまにユリイさんや、宇宙と彼方みたいな子供がいるので、親代わりをしてくれる人が必要なんです。どうしてもいないときは、施設に入ります」

頼朝の話はもちろん隙もなく破綻もしないので、コスモは言い返せない。

「古杉さんにはユリイさんのお迎えを頼んでいます。学校が始まるまでには――
「嫌だ!!!」

セイラちゃんに肩を掴まれているコスモはしかし、両手の拳で膝を叩いて叫んだ。

「帰らない! 私は帰らない!」
「それでも、この家にはいられません」
「私を追い出すの!?」
「そうです」
「まだ子供なのに!? 子供なのに追い出すの!?」
「子供だから追い出すんですよ。おうちに帰るために」
「だからあんなの家じゃないって言ってるでしょ!」
「だけどこの家もあなたの家ではありません」
「どうして!? ひとりくらい増えてもいいでしょ! お金持ってるくせに!」
「あなたを育てるお金はありません」
「宇宙と彼方を育てるお金はあるのに!?」
「それは尊が出します。カズサたちの分は信長が、寿里はエンジュが、僕の子供の分は僕が出します。じいじやばあばたちは、僕たちを育てるためにお金を使ったので、もう使いません。この家に、あなたの親代わりとなってあなたを育てるお金を出せる人はいないんです」

カズサに見られたくないと最初に言い出したのは頼朝だった。こういう展開になるのがわかっていたんだろう。悪役を作った方が早いと言い出したのも頼朝だった。そして、やけに知能が高いというコスモ相手なら、「子供だまし」の嘘などつかず、真実を言った方がいいと言ったのも、頼朝だった。

子供だと思って嘘をついて誤魔化しても、コスモには疑心暗鬼しか残らない。嘘で誤魔化して古杉の家に戻しても、また脱走や逃走を繰り返すことになるだろう。その度に他人を巻き込んでますます養親に疎まれることになるのは本意ではなかった。

だが、夫が憎悪の視線をぶつけられているのが耐えられなかったウサコがつい口を開いた。

「ユリイさん、どうしておうちに帰りたくないの?」
……どうして? あんなのおうちじゃないから」
「どうして、おうちじゃないの? おばあちゃんたち、心配してるかもしれないよ」
「心配してたらとっくに迎えに来てるでしょ。そんなこともわからないの?」

頼朝が手を上げて遮ると、ウサコは口元に手を当てて黙った。

「ねえユリイさん、彼女は僕の大好きな奥さんです。その人に向かってそういう口の利き方をする人を、僕は家族だと思えないよ。この家には、家族に向かってそんな言い方をする人はいない」

これにはさしものコスモも反論のしようがなくて、歯をぐっと噛み締めて身を竦めたが、引く気はないようだ。まあ、正確に言うと由香里は信長やカズサあたりには似たような言い方をすることはあるけれど、それは嫌味ではなくて暴れん坊に対する落胆と、ある種の驚きだ。

「だ、だったら……私はどこに行けばいいっていうの。あの家にいたら、いたら、私は」
「古杉のおうちでは困る理由があるんですか?」
「あるに決まってるでしょ! だからこんなところまで逃げてきたのに!」

ただ関心がなく持て余されているだけならともかく、もしこれが虐待に類するようなことが潜んでいたなら話は別だ。すぐに児相に連絡をして精査してもらう必要がある。頼朝たちは黙って次の言葉を待った。何が嫌なんだ。

……私のお父さんは大学の先生だった。だけどお母さんじゃない人と結婚してた」

思わず驚いて全員少し腰が浮いた。セイラちゃんですら初耳だった。そこまで父親の方の事情がわかっていたのか。しかしということは父親はそれを理由に引き取らなかったんだろうか。

「私のお母さんは学校をやめて働いて、私がテストの点が良いと喜んでくれて、私が大きくなったら宇宙飛行士になりたいって言ったら、ユリイの名前は宇宙飛行士の名前から取ったんだよって、だから絶対なれるよって言ってたのに、働きすぎて、病気になっちゃって、だけどお父さんはどこにいるかわかんないし、今の家に来て、私が大学に行きたいって言ったら、おばあちゃん、笑って、そんなお金はない、中学を出たら働いておばあちゃんたちの面倒を見なさいって、私そんなの嫌だ!!!」

大人たちは全員目を丸くしてソファの背もたれにへばりついていた。何やら穏やかならぬ事情があるとは思っていたけれど、そういう理由だったとは。というかコスモの言うことが事実なら、彼女の母親は大学に在籍中に「先生」にあたる人の子を身ごもってしまい、それでシングルマザーになってしまったことになる。

両親とも向学心の強い人物であり、なおかつ本人もやたらと知能が高いというのに、母親を亡くしたと思ったら中卒で働いて大叔母夫婦を面倒見ろと言われてしまった――これをのちに尊は「そりゃキレるわ」と言って頷いていた。

すると、今日はじっと黙って成り行きを見守っていたセイラちゃんが身を乗り出した。

「コスモ、じゃなくてユリイ、今言ったことは誓って真実だな?」
「私嘘なんかついてない!!!」
「勉強したいんだな?」
「だからそう言ってるでしょ!!!」
「よしわかった、お前のことは私が引き取る」

セイラちゃんの言葉にとウサコの悲鳴が響き渡る。いきなりどうした!?

「私は尊くんと違って、あんたのことが可愛くて、それで子供にしたくて引き取るんじゃないぞ。その勉強がしたいのに出来なくて、勉強ができる頭を持ってるのに学校に行かれないのをもったいないと思うからだ。私がママになってあげたい、愛情を注いでやりたいなんて気持ちは今のところゼロだけど、それでもいいなら私の子供にならないか」

コスモの真向かいでセイラちゃんはまたジーンズの足を開いて真剣な顔をしている。尊が双子を抱き締めているときのような、夢見心地のような表情はない。だが、それを聞くなりコスモはボタボタと涙をこぼして泣き出した。

「私のお母さんはひとりしかいないもん! 私だってセイラに可愛がってもらいたいなんて思わないよ! だけど、だけど宇宙飛行士になるのはお母さんとの約束だから、私は絶対宇宙飛行士にならなきゃいけないの! セイラ、私のこと子供にして! 私、絶対宇宙飛行士になりたい!!!」

あまりの急展開にポカンとするしかないたちの目の前で、コスモはセイラちゃんに飛びつき、声を上げて泣き出した。ふたりともお互いに愛情なんかないという。それは嘘ではなかろう。だが、ふたりとも棒のような体型で細くて骨ばっていて、こうして抱き合っているさまは、まるで本物の親子のように見えた。

……頼朝さん、弁護士頼むわ。この子、私がもらう」
「わ、わかった、すぐに連絡する、けど、いいのか」
「ウサコの子を見たら、また日本を出ることになってるから、その辺に詳しい人頼みます」

セイラちゃんはコスモを引き剥がすと、顔を洗ってこいとリビングを追い出した。

「セイラちゃん……ほんとに大丈夫なの」
「今の時点で、あの子IQが138ある。将来的に落ちる可能性はあるけど、それでも中卒なんて論外だ」
……IQは70以下と130以上が異常値だからな」
「いきなり海外で生活させることになるけど、あの子ももう失うものはないだろ」

そこにコスモが戻ってきたので、セイラちゃんは隣に座らせて目を真っ直ぐに見つめた。

「ユリイ、君のお母さんが名前のもとにしたのはユーリィ・ガガーリンだな?」
「そう。初めて宇宙に行った人」
「私の名前、セイラは、星羅、と書く。すべての星を捕まえる、というような意味だ」
「すべての星を……
「宇宙飛行士になる目標、絶対に諦めるなよ。諦めたら親子やめるからな」

コスモ――ユリイはそう言われると、嬉しそうに表情を崩して笑った。

ユリイに話をするために子供を連れて外出していた人々は帰宅するなりそれを聞かされ、全員悲鳴を上げていた。あまりに超展開すぎるし、セイラちゃんとユリイという組み合わせに薄ら寒いものを感じたからだ。なんだかとても敵に回してはいけない組み合わせだ。偏差値と野生の暴力を感じる。

だが、その日の深夜、大人だけで酒を飲みながら話していたら、赤い頬をしたセイラちゃんがあまりにもサラッと言うので、また全員乾いた悲鳴を上げた。

「えっ? 星羅の話? ウソウソ。字は当て字。うちの母親夢見がちでさ。ネタ元は小公女セーラ」

古杉家はユリイの話を聞くとふたつ返事で親権を手放すことに同意し、天道家同様、少ないユリイの私物は大きな段ボールにぎゅうぎゅうに詰め込まれて宅配便で送りつけてきた。

ひとまずセイラちゃんはウサコの出産までは日本を離れないので、ほんの短い間だが、ユリイは信長の通った公立の小学校に転校である。その間に各種手続きを終えて、改めてセイラちゃんと日本を出る予定だ。セイラちゃんもユリイがいるなら今度は転々とせずに少し長居してみたいと言っている。

「で、結局こうなる」

そういうわけで、子供は誰ひとり減ることなく、この8月の清田家異常事態は続行である。リビングの片隅でがっくりと肩を落とした頼朝に、とウサコは苦笑いである。しかも元気を取り戻したユリイが遠慮しなくなったのでカズサとよく喧嘩をする。尊の天敵はセイラちゃんだが、ユリイはカズサの天敵となりそうだ。

尊と双子は夜になると部屋で一緒に過ごす時間が多くなり、休日は出かける機会も多く、3人はすっかり親子然としてきた。ついでにエンジュと寿里と出かけた際にゲイカップルに間違われたそうで、女性のパートナーを持たずに子供を育てる身であるふたりは「あれこれ詮索されたらその手でいくか?」と真面目な顔で言い始めた。

そしてユリイは夜な夜なセイラちゃんによる「講義」を受けていて、これも部屋に籠もることが多くなった。というわけで、日中はともかく、夕食が終わってしまうとリビングは静かになり、それはそれで新九郎と由香里がしょんぼりしていた。

しかしもうすぐウサコは出産であり、これは言わば「嵐の前の静けさ」であろう。

このいつでも慌ただしい清田家に、またひとつの新たな生命が誕生しようとしていた。