チェンジ・ザ・ワールド

13

で、結局どういうことだったのかっていうのは、その後数日かけて徐々に判明した。

もちろん白鬼母兄弟はクスリの件で逮捕。ボク――セイトの方はたまに打ってたくらいだったけど、ハデスの方は売買もやってたし、ここ3年くらいの間にこの辺の地域で逮捕されてたヤク中にクスリを流していたのもハデスだった。ていうかハデスは28歳だったらしいんだけど、セイト、ボクがたちよりひとつ年下だった。

そんなわけで、匿名の通報による逮捕劇で、しかも地元の名士一族からとんでもないのが出てきてしまって、白鬼母系企業は大パニックになった。その上、この騒ぎに乗じて内部告発が出て、本家筋が経営していた会社で脱税が発覚、白鬼母一族は一瞬で壊れた。私の経歴に「企業破壊」という項目が追加されました。

さて、あの日、寿に呼び出されたはものすごい浮かれてしまい、私の想像通りに何を着て行こうか迷いまくった。結果的にパフスリーブのワンピースを選んだんだけど、頭がどうにもならなくて、美容院に行ってしまったのだという。

「それもあのゴタゴタで崩れちゃったけど、可愛かったんだから!」

確かに倉庫にいたの頭はヨレヨレになっていた。寿が「そこまでしなくたって……」と呆れたような顔をしながら言うもんだから、要するにこれを訳すと「美容院なんかわざわざ行かなくても、はそのままで可愛いのに」っていう意味だと言ってやったらキレた。は悶絶してた。くっそ爆発しろ。

で、その美容院がホワイトのある街だったわけだ。可愛く着飾ったを見かけたボクが発情、ちょうどホワイトに溜まってたヤンキーくんたちをけしかけて追いかけさせ、を脅して誘い出した。

あのサシェは寿を待つが勇気が挫けないように元から手にしていたらしい。ちょっと予想とは違ったけど、だけどその先はビンゴ。咄嗟にその場に落として行ったのだという。

ここからの話は徳男のおっさんが仕入れてきた話なんだけど、最初に私がボクに絡まれた時、あいつ腕に怪我してたでしょ。あれの治療をしてた病院ていうのが、例の99歳で大往生したひいおばあちゃんの入院してた病院だったんだって。つまり、私の推測通り、寿と知り合うより前にに目を付けてたそうな。

あの「間違った未来」では40過ぎてもに執心してたんだから、ボクっていうのは相当しつこいたちだったんだろう。だけどこれであの「間違った未来」の脅威は取り除かれたと思っていいんじゃないだろうか。だって、元凶たる白鬼母兄弟はふたりとも逮捕されちゃったからね。

ていう話を、私は何日かかけてのベッドで聞いてた。熱出ちゃって。

とおばあちゃんに超怒られた。寿にも怒られた。熱でくたばる私に見舞いの品と優しい言葉をかけてくれたのは徳男のおっさんとてっちゃんだけだった。てかまさかてっちゃんが来てくれるとは思わなくて、私はもうデレデレ。まあそれが伝わったんだろうね。てっちゃんは私が臥せってる間に、2度も来てくれた。

「ミライってヤンキーとかああいうの、嫌だったんじゃないの?」
「いや別に私あの人が好きなわけじゃないんだけどね」
「遠慮すんな、取り持つぜ」
「寿、顔寄越しな、もう1回前歯引っこ抜いてやっから」
「お前なんでそれも知ってんだよ……

寿のニヤニヤ顔が腹立つわー。そりゃ子供心にてっちゃんのことは大好きだったけど、すっかり元気になっていい仕事してて、可愛い奥さんもいるっていう、そんな風にてっちゃんが幸せでいてくれることが私は嬉しいんだから、いいんだよ。てっちゃんのバイクの後ろに乗せてもらったことは、一生忘れないさ。

「ねえ寿くん、ハデスの方ってやっぱり――
「そう、全部こいつのせい」
「寿お前二度とバスケ出来ないようにしてやろうか?」

これも徳男のおっさん情報らしいんだけど、ハデスというのは、人が、主にまっとうな人だった男が転落していくのを見るのが何より好きだったのだという。だからクスリを流していたのも全員男。そして、そいつらに普通の女の子が乱暴されたりするように仕向けるのが、「生業」だと言っていたらしい。完全にキチガイだ。

だもんで、寿なんかパーフェクトな獲物だったわけだ。時間をかけて堕落させていき、二度と明るい場所に出られないようにして、場合によっちゃクスリ漬けにして、そうして仕上げにどこかの女の子をあてがうつもりでいたんだろう。だけど、私と出会って寿は少しだけ変わってしまった。

「ホワイトの窓、あれ外からは中が見えないけど、中からはよく見えるんだ」
「じゃあ私がアホな顔して覗きこんでたのを見られてたってこと?」
「そう。ボクに絡まれてたのも、オレが割って入ったのも見てたらしい」
「アホな顔のところは否定しろよ」

まさか寿が邪魔をするとは思わなかったハデスは、その上、寿が私と楽しそうに喋っているように見えたんだとか。せっかく転落させ甲斐のある高校生が現れたのに、私がそれをブチ壊したように見えたんだろう。さらにほとんど私の紹介状態でとも知り合ってしまった。そのせいで寿はどんどん変わっていく。

秋ごろにが寿や徳男のおっさんたちに助けてもらって、それでご飯奢ったっていう、あの頃にはもう、兄弟の中で利害の一致が見られていたそうだ。弟はが欲しい、兄は寿を転落させたい、その機会をずっと伺ってた。だけど寿は突然更生しちゃってホワイトには来なくなるし、ハデスの憎悪は増すばかりだった。

「オレが行かなくなったから徳男も行かないし、鉄男もオレが戻ってからはほとんど行ってなかったらしい」
「手下と思ってたのがごっそり減っちゃった感じだったのか」
……へそ曲げた高校生なんて毎年いくらでも湧いて出るのにな」

去る者追わずで新しい手下を増やす――ではなくて、一度目を付けた獲物が逃げていくのが許せない、というタイプなわけだ。あの兄弟、どっちも異常な執着心を持つ人間だったってことだね。

で、ここからはてっちゃんの予測。

を拉致ったのは、ボクがを欲したからだけど、倉庫やホワイトにいたヤンキーくんたちを使っていいと言ったり、ハデスはとても協力的だった。ボクにを与える目的だけではなかったに違いない。いずれ寿も呼び出して、寿の目の前でに乱暴するつもりだったんじゃないか――

というかてっちゃんによれば、実際にそういうことをやった過去があるらしいんだな。てっちゃんの先輩とかいう人がハデスに楯突いて、彼女を乱暴された上に、自分もボコボコにされたそうだ。それと同じだったんじゃないかっててっちゃんは言ってた。まったく迷惑な話だよな。

「だけどもう心配いらないね。ふたりがくっついてくれてホッとしたよ」
「何でお前がホッとすんだよ」
「え? 理由が聞きたい? 去年の春頃からのこと話してあげようか?」
「えっ、なになに、聞きたい!」
「いやもういいから!」
「えー、どうして! ちゃんと寿くんの話聞きたいんだけど」
「こいつがいるところでは絶対しねえ!」

お父さんとお母さんだ――私は熱でボーっとした頭でへらへらと笑った。こんな風に3人揃ったのはものすごく久しぶりな感じがする。冗談通じなくてすぐカッとなるんだけど、には頭が上がらない寿、そうやって上手に寿をコントロールして私との間をうまーく取り持ってくれる、その間で私は寿をからかったりと女子トークしたり、そうやって毎日過ごしてたはずだったんだよね。

もう白鬼母兄弟はいないし、私にできることは何もない。そろそろ帰ろうかな。熱がある間はちょっとに甘えることにして、なぜか呼んでもいないのに寿が毎日来るし、少しだけこの奇妙な「ほぼ同い年家族」を楽しんでから帰ろう。私の家に、お父さんとお母さんのいる家に帰ろう。

そこにはきっと、元通りの世界があると信じてる。

聞くも涙語るも涙とはよく言ったもので、つまりその、との別れはあんまり話したくない。ただふたりでワーワー泣いてただけだから。もちろん本当のことなんか言えないから、私はがついた嘘の通り、海外で待つ親元に帰るんだと説明した。そして、たぶんもう帰ってこない、とも。

は「そうなるんじゃないかっていう気はしてた」と言いながら、まともに喋れないくらいしゃくり上げて泣いてた。私もつられて泣いてた。おばあちゃんまで泣いてた。

だけどおばあちゃんは「家族と一緒にいられるのが1番」と言って、を宥めてくれてた。そう、この家も今家族がバラバラで、全員が揃うことがなかなかない。おじいちゃんは全国を飛び回る仕事をしているし、伯母さんは風まかせ人生の人だし、おばあちゃんは仕事が不規則で忙しい。

未来のが「基本専業主婦」を選んだのは、こういう理由があってのことだったのかもしれない。

ところで私、例の「間違った未来」からほぼ勢いで飛んできてしまったので、制服を持ってない。その上、私が本来の25年後から消えたのは、1度目のタイムスリップの時点で、その後は1度も戻ってないことになる。これってどうなるんだろう。私の制服は「間違った未来」に置いてきてしまった。

だけどその辺はもうどうにもならないから、大人しくこのまま家に帰ろうと思う。というかなぜか友達の誕生日プレゼントはバッグの中に入ったままだったから、帰ったらそれも渡しに行かなきゃならない。忙しいな私。

それから、寿と話もしなきゃいけないし、この時計も返しに行かなきゃいけないし、あと何だ。ああそうだ、徳男のおっさんだ。理由を考えなきゃいけないけど、遊びに行くって約束したからな。

大泣きでに別れを告げた日、私たちはまたベッドで寄り添って眠って、翌早朝、私はまだ寝ているを置いて家を出た。未来へ戻るには右半分、だけど午後に帰ろうとすると決意が鈍るから、私は意を決して超早起きした。夏の朝は明るいな。

ほんの十数日の相棒であった自転車に跨がり、私は朝っぱらから蝉の声が聞こえる街を走り抜ける。25年前の世界だっていうのに、写真や動画の過去の世界はいつでも褪せた色をしていたのに、何も変わらなかった。空は青いし雲は白いし、夏は暑くて冬は寒かった。そういう世界でお父さんとお母さんたちは生きてきたんだ。

25年後に帰れば、そういう世界が私を待ってる。私はその世界がいい。

家からはちょっと距離があるけど、私はまた汗かきながら自転車漕いで、また途中でスポドリ補給して、目的地に辿り着いた。――神奈川県立湘北高校。寿に会いに来た。

懐かしいボールの音を頼りに、体育館を探した。休みが明けたらまた朝練を再開するって言ってたし、あいつはよく「オレが高校生の時は朝5時からひとりで練習してた」ってふんぞり返ってたから、ここにいるんじゃないかな、とね。帰る都合があるからタイムリミットは6時だけど、少しでいいからサシで話したかった。

「あ、いた」
「な!? どーしたこんなところまで……てかお前はほんとにどこでも顔突っ込んで」
「いきなり小言かよ」

まあ確かに部外者ですけども。普通にシュート練習してた寿はボールを拾い上げてしかめっ面をした。

「何だよ、ん家にいたんじゃないのか」
「うん、昨日も泊まったよ」
…………帰るのか」
「うん。たぶん今度は戻らない」

ボールをバウンドさせてた寿は手を止めると、ちょっとだけ体育館の床を見つめて、それから体育館脇のドアのところにいた私の前までやって来た。私は体育館を背にしてぺたりと座る。寿もその隣に座った。蝉の声と、夏の風と、どこからかラジオ体操の音が聞こえてきてる。

、怒らなかったか」
「怒らなかったけど、超泣かせた」
「眉毛抜きの刑だな」

私と寿はへらへら笑い合う。そう、に頭が上がらないのは寿だけじゃない。25年後の三井家のオピニオンリーダーはであり、お父さんと私はその手のひらの上で転がされているに過ぎない。なぜかというと、私もお父さんも、が好きだから。ふたりで取り合ってる状態ともいう。

普通、嫁を差し置いて娘が可愛くなるだろうって? ところが私とこの父親の場合、父娘であるだけじゃなくて、バスケットの師弟でもあるので、普通の父娘とはちょっと違うよ。てか今日はその話をしに来たんだよ。

「あのさ、寿って確か、足、怪我してたよね」
「ああ、高1ん時な。それでグレたんだよ」
――私も足、怪我したんだ。12歳の時」

寿の視線が刺さる。けど、私は寿の方を見ないで続けた。

「実はさ、私のバスケの師匠って父親で、寿みたいにシュートの上手い人だったのね。小さい頃から父親に習ってバスケしてて、ミニバスにも入ったけど、すぐにゴボウ抜きしちゃうくらい上手くなってて、さすがにあのお父さんの娘だね、なんて言われて、私も親父みたいなシューターになろうって思ってた」

その分、ミニバスに入ってからバスケ始めたような子やその親には僻まれたけどね。特別な環境の特別製が入ってきたせいで、上級生までとばっちりがいっちゃったりもして。だから入ってすぐからしばらくは男子と一緒に練習してた。ていうかその辺の男子よりも上手かったからなあ、私。

だからそれはもう調子に乗ってたよ。親父仕込みのシュートは本当に上手かったし、親父の知り合いが東京の女子校でバスケットの監督してて、学費のことなら学校に掛け合うし、是非私を受験させてくれってわざわざ家に言いに来たくらいだったしね。私もその気になってた。

「6年生の時、怪我、したんだ。しかも、昔お父さんが怪我したところと全く同じ所をやっちゃった」
「親父さんも怪我してたのか」
「まあ、父親の方はちゃんと治ったんだけど、私はダメだった。競技出来ない足になっちゃった」

倉庫で見せた通り、三つ子の魂百まで、私のシュートは今でも美しい。だけど走れないんじゃバスケットは出来ない。狭い世界で天狗になってた私はその鼻をボッキリと折られたわけだ。もちろんミニバスは辞めたし、中学に入ってもバスケなんかやらないし、ていうか運動部自体無理だから、文化部を転々としてた。

「そこから父親が異常なまでに厳しくなってさー友達とかそういうのにも干渉しまくってきて」
「バスケ、出来なくなったからか?」
「それはどうだったんだろう。直接言葉では言われてないけど、きっかけは怪我だったよ」

つまり寿は、バスケがなくなったことで出来てしまった「暇な時間」を私がどんな風に使うのか、ということに対して、過剰反応をするようになった。折しも私は思春期真っ只中、特に交友関係は厳しかった。それはつまり、自分のようにグレた道に落ち込んでしまうんじゃないか――そう思っていたんだろう。

これは、17歳と18歳の寿に出会って、一緒に過ごして気付いたことだ。

「寿みたいにグレたりしちゃうんじゃないかって心配してたのかもしれないんだけど、12歳の私には、バスケの出来ないお前が気に入らないって言われてるみたいに聞こえてた。私のやること全部把握して、お父さんの気に入らない過ごし方をしてないかどうか、監視されてるようにしか感じなかった」

そしてそういう関係のまま5年も経ってしまった。

「私はさ、バスケ出来なくなって残念だったけど、早く走れないけど歩けないわけじゃないし、また何か夢中になれるもの探そうよって、バスケじゃなくたっていいよって、そう、言って欲しかった――

額から流れでた汗と一緒に、涙が頬を伝った。

「お父さんにとっての私の価値はバスケしかないのかって、そんな風に言われてるみたいで、だけど私の足は今の技術では元に戻らないし、自分の生きる道を探したいのに、あれもダメこれもダメ、バイトもダメ、友達は誰だ、男じゃないだろうな、早く帰って来い――お父さんのことなんか大っ嫌いだった」

こんなこと18歳の寿に話したって何も変わらない。だけど、私は18歳の寿に聞いて欲しかった。

……この間オレが言ったみたいに、バスケ出来なくなったお前もやっぱり、自分をなくしたみたいで、それを埋めるために『キャラ』を作ってたんじゃないのか。オレがグレたみたいに、お前は自分を偽ったんじゃないのか」

私は大きく頷いて、洟をすすり上げた。

「寿とかお父さんは足が治ったからまだいいけど、私は治りようがないしさ、だったら女子高生らしく過ごそうかなって、そう思ってたんだよね。友達と遊んで、彼氏がいて、ちょっと危なかっかしいこともしちゃったりして」

だけどそれは「本来の私」じゃないことをお父さんはわかっていたんだ。方法は果てしなく間違ってたと思うけど、たぶんお母さんもそれ込みでわかってて、私とお父さんを徹底的に悩ませることにしたんだろう。こういうのは理屈じゃないから。だからずーっと私たちの間でニコニコしててくれたんだと思う。

「彼氏欲しいんじゃなくて、お前ちゃんと好きなやついたんじゃないのか」
「うん。そのミニバス時代に一緒に練習してた子。だけど今じゃ名門校のスタメンなんだもん」
「そっ、それは、キツいな、うん……

そいつへの誕生日プレゼントがバッグの中に入ってる。お父さんもよく知ってる。ずっと好きだったけど、私がバスケ出来なくなってから、まともに話もしなくなって、今もなんとなく友達ぐらいになっちゃってる。

ある程度言いたいことを言い終えた私の目の前に、スッとボールが差し出された。横を見たら、寿がなんだかものすごい優しい顔で微笑んでた。だったら腰抜かすんじゃないかっていうくらいの笑顔だ。

「走れないかもしれないけど、打てるだろ。もう1回見せてくれよ」
……しょーがないなー、今回だけ特別にだよ」

靴を脱いだ私は湘北の体育館に上がり込んで、ボールを構えた。あの時怪我さえしなきゃ、どこかの名門校でこうしてたかもしれなかったのにね。そして、寿の目の前でボールを投げる。きれいな曲線を描いて、ボールはネットに吸い込まれていった。

「本当にきれいなフォームだな……お前みたいなシュート、打てるようになりてえな」
「へっ?」
「遠くへ行っちまうのが惜しいな。近くにいたら教えてもらうのに」

寿が真面目な顔でそんなことを言うもんだから、私はまたぶわっと来て、もう我慢できなくて、寿に抱きついた。寿の方も黙って抱き締めてくれて、泣いてる私の頭を撫でてくれた。お父さん、どうしてあの時、こんな風にしてくれなかったの。私の頭を撫でてくれたのは、とてっちゃんだけだったんだよ。

「ミライ、元気でいろよ。もう怪我とかするなよ」
「うん、大事にしてよ、もあんたのこと一番大事に思ってるから」
「おう、任しとけ。お前もちゃんと親父さんと話して、好きなやつんとこ行って来い」
「そうする。ちゃんと話す。好きだって言ってくる」
「大丈夫、お前ならやれるよ、絶対やれる」

大丈夫だ、――ならきっとうまくやれる、オレの言うことを信じろ!

いつでも私に勇気をくれたのは寿のこの言葉だった。だから大丈夫、きっとうまくやれるって、そんな気がしてる。自分のこともお父さんのことも、全部。私は身を引いて、寿を見上げた。寿もちょっとつまんなそうな顔してくれてる。ありがとな、ほんとに。

「色々ありがとう、寿も元気でね」
「そりゃオレの方だ。感謝してるよ、ありがとう」
「私、寿とのこと大好きだからな」
……ああ、オレもだよ」

私はニカッと笑って寿のTシャツの襟首を掴み、ほっぺにチューしてやった。私が「てっちゃんのお嫁さんになる」と言っててっちゃんのほっぺにチューした時、寿はマジ泣きしたらしいし、たぶんバスケの師弟になった4歳くらいから、こんなことしてなかったからね。

驚いて「バカ」とか言ってる寿に手を振り、私は体育館を出た。もう長居は無用だ。いつまででもこの世界にいる理由はない。私は私の時代を生きなきゃならない。

今度こそ私はこの世界の記憶だけを持って、未来に帰る。さあて、まだまだ忙しいけど、帰りますか! 久々のしゅぽん! ですよ! 25年後の最寄り駅、カラオケ店の外階段の下に潜り込む。ちょっと自転車だけ放置で申し訳ないんですが、後のことはよろしくお願いしまーす!