チェンジ・ザ・ワールド

04

何の理由もなく遊びに行こうよなんて言うものだから、最初は訝しそうな顔をしてた。の気持ちはわかる。いくら得体の知れないシンパシーを感じていたのだとしても、私は頑として自分のことを話さないし、昼間何をしているのかも説明していない。

だけど、それは想定済みだ。六星の近くに可愛いカフェがあったから、そこに行ってみたいんだと言うと、了解してくれた。可愛いカフェってのはいいんだけど値段が可愛くなくて、これは賭けにも等しい。表に出ていたメニュー看板によれば一番安いブレンドか紅茶で450円。バイトさえ出来ていたらと思うがしょうがない。

だがしかし、そこは運悪くツキまくっているミライちゃんなので、私には良い追い風が吹く。また朝っぱらからミライが遊びに来ていると思ったらしいおばあちゃんがお小遣いをくれた。仕事が忙しくてに目をかけてやれないから、そのくらいは、というところだろうか。ま、その上私は孫なわけだし。

はなんだか恥ずかしがっているけれど、私は店員に申し出てテラス席に座った。店内にいたら寿が通りかかってもわからないからね。おばあちゃんがお昼も食べておいでと言ってくれたので、ありがたくランチセットも頼む。昨日一昨日と毎食ほぼおにぎりだったので、パスタランチが嬉しい。小さいケーキも付いて超嬉しい。

はまだ居心地が悪そうだが、そんなことには構っていられない。

「わー、今通った人すごいイケメン」
「どれ?」
「あ、ほら、あの赤いキャップの……あー見えないね」

赤いキャップのお兄さんが本当にイケメンかどうかはわからないけど、利用させて頂きました。恋話に持って行くにも一手間だけど、そこは17歳のJK同士、きっかけさえ作っちゃえば後は早い。

この間も変なのに捕まってたし、ナンパとかよくされるん?」
「あれってナンパなのかなあ」
「えっ? だって声かけられて取り囲まれてたじゃん」
「だけど、なんか制服見てどこ高だ、誰々知ってるかとか、そんな話で――

マジか!

私はとんだ早とちりをしていたらしい。ということは、寿はナンパされてたを助けたわけじゃなかったの? もしかしてヤンキー同士の抗争とかそういうのの関係だったりした? いや、それはおかしい。だったら徳男のオッサンはそう言うはずだ。もう、どうなってんだよ!

「ミライこそどうなの。それだけ美人なんだから――
「ハァ!?」
「背も高いし、キリッとした顔してるし」

……ああ、この人は寿に惚れる女なのだ。寿に似てる私の風貌がよく見えるのは当たり前なのかもしれない。だけどね、きっとこの時代も私の時代も、背の高い女なんか何の得にもならないんだよ! ちょっといいなと思った子の身長を追い抜いた時のあの絶望感たるや、筆舌に尽くしがたいんだぞ!

「まあ、いくらかっこよくてもヤンキーじゃねー」
「怖いよねー」

思いついてカマをかけてみたら、面白い反応が帰ってきたので、私は少し身を乗り出した。同じヤンキーじゃないのだから、そういうの絶対嫌! とか、上から目線でああいうのは無理、っていう反応が出るのがまあ普通かと思うけど、怖いだけで終わってしまった。怖くなかったらヤンキーでもいいわけ?

「まあ、たまに陽気なヤンキーもいるけどねえ。はそういうの気にならないの」
「うーん、あんまり考えたことないかも。今のクラス、なんか妙に仲が良くてさ」

クラスメイトにヤンキーがいるけれど、普通に友達という感じがすると言うのである。

「放課後に駅でつるんでたりしてるのは、どこからどう見てもヤンキーなんだけど、別に学校では困ったことするわけでもないし、いじめとかもしてる感じしないし。面白くていい子だよ」

なるほどな、つまりはそのクラスメイトのおかげで、寿に対して警戒心がなかったのかもしれない。

しかし寿は通りかからないな……。私は話を延ばし延ばし、午後ナカくらいまで粘ったけど、寿は通りかからなかった。昔の三井の家からホワイトに行こうと思ったら、このカフェの前を通らなかったら行かれないはずなのに!

この日は結局不発に終わったけれど、そんなことでメゲていたら私は消える。はなんだかやっぱり納得の行かない顔をしていたけど、私は次の日曜もを引っ張りだして、同じカフェに行った。今度は昼過ぎから。昨日は私たちが帰ってから来たのかもしれないし、時間は被らない方がいい。

「ねえミライ、もしかして誰か探してるの?」

なんでわかった! いやそうか、この人私の母親だった。

「あはは、バレちゃった? ちょっとね、会えないかなと思ってる人がいて」
「この間の好きな人?」
「いやいやまさか! てか好きな人じゃないし」

嘘はついていない。私がここで探しているのは寿の姿だ。けれどは私の否定を照れ隠しと受け取ったらしい。途端に警戒が緩んで、何時間でもおしゃべりして行こうというようなことを言い出した。うん、それは有り難いんだけど、できれば早めに寿に会いたいよ私は。

けど、この日もなかなか寿は現れなかった。行き当たりばったりの賭けとは言え、私は迫り来る消滅の危機に頭痛がしてきた。だって他にどうしようもないじゃない。連れて寿の家に突撃しろっていうの? それで恋が芽生えるわけがないじゃない!

頭痛をに悟られないようにしながらカフェを出た私は、なんとなく自暴自棄になっているのを感じていた。どうせ消えてしまうのなら、と寿のことなんか構わずに未来に帰ろうか。その瞬間消えるのかもしれないけど、だったらあの公園で未来に戻ろうか、どうせ助からないなら幸せな思い出に包まれながら消えたい。

で、またちょっと泣きたくなっていた時のことだった。通りの向こうからサラサラのロン毛が歩いて来た。

誰だか知らないけどありがとう、私もうちょっと頑張る!!!

会計をしてくれてるを置いて、私は寿の前に飛び出した。

「うわ! 何だお前か、脅かすなよ」
「よっ! この間はありがと! 今日もあの店行くの?」
「は? いやまあ、適当に」

グレてダレてる人間のよく使う表現だ。特に何も決めてないけど、ひとりでいるのもつまらなくて家を出てきたんだろう。要するに暇なのだ。だったらさっさと更生すりゃいいのに、とは言えない。寿は来年の春頃に更生しなきゃいけない運命にある。それまではとゆっくり気持ちを育てていってもらわないと。

しかしこれでと寿は出会ったのだ。私の消滅の危機はひとまず回避された。私が邪魔してしまったのは出会いだけで、その他には影響を及ぼしていない。それが修正されれば、あとは同じように行くはずだ。

「ひとりで暇なんじゃないの? 遊ぶ?」
「なんでだよ」
「ミライ、おまたせ――あ、ごめん」

カフェから出てきたは、私と寿に気付くと、その場で立ち止まった。顔に「その人がミライの探してた好きな人なの?」と書いてある。違うから。

「いやいや、ごめんくないよ。この間変なのに絡まれてたのを助けてもらってさ。友達!」
「友達!?」
「あ、そうなの? なんか似てるからお兄さんかもとか思っちゃった」

それほんとやめて。マジでやめて!

「似てないから。なにひとつ似てないから。一緒にしないでくれる」
「お前オレになんか恨みでもあんのか」

あるわ! 寿は急に不貞腐れたけれど、なんだか目をちらちらと逸らしていて、私たちの方をちゃんと見ようとしない。あれ? もしかして可愛い? つい嬉しくなった私はの手を引いて寿の前に引っ張りだした。

「これ私の友達ー。っていうの、よろしくね!」
「ちょ、ミライ、何言って――
「てか名前聞いてなかったよね! ロンゲ太郎?」
「お前ふざけんなよ……

茶化したつもりが、寿は凶悪な顔になる。しまった、そういやこの人あんまり冗談通じないんだった。こうやってすぐ本気にしてカッとなって、それで自分の方がポッキリ折れちゃうんだよね。ほんと面倒くさいよね。お母さんがいなかったらマジでこの人どうなっちゃうんだろうってくらい。

「冗談だよ。そんなに怒らないでよ、が怖がるじゃん」

は本当に少しビビっている。だけど、寿の方はウッと詰まって黙った。可愛いに怖がられるのは嫌でしょうとも。素直になりなよ。しかし焦りは禁物です。お互いに情報を与えておかないと進展しないかも、と思った私は、ふたりに構わずベラベラ喋る。

「それで名前は? 高校は?」
「だから何でだ」
「こっちも名乗ったんだから名前くらいいいじゃん。男なら礼儀通せ!」

男ばかりの中で過ごしてきた寿はこういう押しに弱い。少なくとも私の知ってる30代からの寿はそういう人だ。

……ミツイ」
「ミツイ何?」
「ヒサシ」
「高校は? 陵南? 箕輪? 三浦台?」
「ショーホク」

寿は面白くなさそうだ。そりゃあそうだろう。名乗りたくもないのに名乗らされ、私が挙げた高校はこの頃も今も割とバスケットが強い近場の高校だからだ。徳男のオッサンの昔話では、当時湘北と戦ったのは海南と翔陽と陵南だそうだが、ここ何年かは入れ替わりが激しくて、絶対王者不在になってる。

「あっれ、湘北とか近所じゃん。この間近くの駅にいたよねー」
「え、ああ、病院ね」

あの時の駅でのほんの一瞬の邂逅を思い出さないかと話を振ってみたけど、さすがに無理か。寿が何も言わないので、私はの高校やら出身中やらをブチ撒け、今度みんなで遊ぼうよ! なんて言ってみたりした。

だって、本当に嫌だったら、そんなわけのわかんないこと言ってる女なんか無視してさっさと行っちゃえばいいでしょ。だけど寿は立ち止まったまま動かないし、やっぱりちらちらと目を逸らしてる。

本人は頑として言わないけど、徳男のオッサンとかその辺の人伝てに聞くところによると、を初めて見た時、寿は「守ってあげたくなるような感じがした」らしいんだな、これが。対するは、「ちょっと怖そうだけどちょっとかっこいいな」と思ったという。ほぼフォーリンラブじゃないかリア充め。

ふたりがもっとチャラい性格だったら、この場で連絡先でも交換させるところだけど、きっと私が邪魔しなくても出会ったその日に交換はしなかったに違いないし、それならばふたりの速度で進めていってもらえればそれでいい。だから、私にできることはもう何もない。ふたりは出会ったし、私はまだ消えてない。

私とと寿の将来は守られた。適当なところでしゅぽん! と未来に帰れば、あの鬱陶しいクソ親父とほっこり系のお母さんが待ってる。私は友達の誕生日プレゼントを持って学校に行き、そしてこの腕時計を返しに行く。

と寿、ふたりに会えてよかった。それはとても「いいこと」だった。

だけど、花びらはまだたくさん残ってるけど、タイムマシンなんて私には荷が重い。だから、無事に26年後に帰り着いたら、あのアンティークショップに返しに行こうと決めた。

「じゃまあ、寿は遊んでくれなさそうだし、帰ろっか」
「何呼び捨てにしてんだ」
「えー、嫌なの? 面倒くさいな、女の子じゃあるまいし」
「お前こそ女ならもうちょっと言葉遣い何とかしろ」
「お前じゃなくてミライね。てかあれな、ほんと寿ってヤンキーのくせにお堅いよね」
「余計なお世話だ!」

だけど寿はもう凶悪な顔をしてなかった。精一杯いきがってるけど、何しろ相手は将来の嫁と娘。何だかちょっと楽しそうにすら見える。まーあるよね! 気楽に喋れる女友達の横にいる子を好きになっちゃうと、女友達頼みになっちゃってってやつ。だけど私は帰るのであとは自分で何とかして下さい。

も私と寿のやりとりを見ながら笑ってるし、いやあ、いい感じ。

そうして寿と別れた私とは、の最寄り駅で別れることになった。私は自分の最寄り駅から未来に帰るつもりでいたし、名残惜しいけど、もうこの時代に残る理由がない。適当に言い訳をしたけれど、はしょうがないなあって顔で何も聞かないでくれた。

「まあそんなわけで、またいつかね」
「もー、ちゃんと携帯直してよね。私の連絡先、なくさないでよ」
「彼女か!」

けたけた笑うにぎゅっと抱きつくと、名残惜しいのと泣きそうなのを無理矢理振り切って歩き出した。が見送ってくれてるのはわかってたけど、振り返らないで改札に飛び込み、26年後の地元駅に向かう。

別にいつどこでタイムスリップしたっていいんだけど、私は1日前に戻るつもりでいた。なぜかといえばタイムスリップしてきた時、私の手には友達の誕生日プレゼントが入った紙袋がなかった。つまり、しゅぽん! した瞬間に落としたのだ。そして私だけ26年前に行っちゃった。それを回収しないとならない。

だから、私はあの日の私がタイムスリップした直後に戻る必要がある。だけど、同じ時間に戻るのは不可能だ。何故なら左は戻る、右は進む。私がこの26年前にタイムスリップしたのは朝の8時26分。8時は左半分なので、その時間にスイッチを押してもまた過去に戻るだけ。

一番近い時間に戻るとすれば朝の5時26分だけど、今日もまたの家に泊まって、翌朝その時間に合わせて家を出るとすると、どんなに遅くても4時起き。まあその、嫌だからね。早起き。

そんなわけで、私はタイムスリップした日の前日の、17時26分に戻ることにした。その時の私はちょうどあのアンティークショップでこの時計に出会っている頃だ。まあ、時計の方はすぐに返すのも何だから、それはまたあとでいい。とにかくちょっともったいないけど漫喫に一晩泊まって、そのまま学校にいく予定だ。

そうすれば、「私」が「私の生きている時代」からいなくなるのはほんの一瞬。と寿は無事に出会ったし、何も心配いらない。むしろ私がちょっと介入しちゃったことで、寿に何らかの変化が起きて、口うるさいこと言わないようになってたらいいなあ、とか思ってみたりしてるけど、その辺は期待してない。

地元駅についた私は、人混みを避けて、26年後のこの時間もまあまず人のいなさそうな場所に向かう。駅前のカラオケ店の外階段の下だ。ここは26年後も全くと言っていいほど変わってない。入ってるカラオケ店の名前が違うだけ。ついでに26年後はカラオケの上に泊まる予定の漫喫が入ってて一石二鳥。

外階段の影に隠れた私は、腕を持ち上げて時間を確認する。17時18分。あとちょっとだ。

私が26年前から持ち込んでしまったもので、この時代に置いていくものは何もない。この時代から26年後に持っていくものも何もない。あるとすれば、私の記憶だけだ。本来なら知り得ることのない母の姿、父の姿、そしてこの街の景色。改めて思うまでもなく、私は一生忘れないだろう。

ここから9年経たないと生まれてこない私が触れられるはずのなかった、17歳の母の手の感触を私は忘れない。

時計は17時25分57秒を通り過ぎた。日付はちゃんと1日前に戻してある。右は、進む。

私は17時26分3秒になったところで、左側のスイッチを押した。秒針がギュルギュルと回り始めると、ちゃんと帰れるんだという安堵で笑えてきた。そしてまた頭を掴まれ振り回されて――しゅぽん!

私はあっけなく26年後に帰ってきた。