チェンジ・ザ・ワールド

07

椅子から生えた女の子になってしまった私は 、アンティークショップを飛び出し、一気に駅まで走った。その途中、サイクルショップの前を通りかかった所で足が止まった。そういえば前回はチャリ借りたんだったな。そしてバッグの中の金の入った封筒をちらりと覗き込む。またサイクルショップを見る。

「調子が悪かったらすぐに来てくださいね。ありがとうございました〜」

買っちゃった。だって一番安いチャリが8960円だったんだもん。だけどこれで移動は全部OK。それこそウィークリーとかマンスリーのアパートとか借りられればいいんだろうけど、さすがにそこまでの資金はない。またに頼み込みつつ、漫喫とか、最悪野宿。まあまだそれほど寒くない。

しかし携帯は無理そうだよなあ。存在しない人間で、しかも未成年だし。誰か代わりに買ってくれたらいいだけなんだけど、生憎この時代の知り合いはと寿で、どっちも未成年だ。あとはレンタルだけど、これも飛び込みでそのまま借りられるかどうか。割高かもしれないし。

そんなことをぼんやり考えつつ、私はチャリでとりあえずホワイトのある駅まで来た。現在18時51分。はとっくに家に帰ってる。急に訪ねて行ってもいいもんだろうか。というかと寿年表のまとめも終わってない。おっさんの話を録音した携帯とレコーダーは人目につく場所で出せないというのに、私も迂闊だった。

……の電話番号知ってんだから、かければいいじゃんて思うじゃん? 携帯ないじゃん? 公衆電話使えって思うじゃん? 私、使ったことないんだよね! 未来人でメンゴ!

未来人はメンゴとか言わないのは重々承知してます。家電すら殆ど使わないから、なんとなくあの公衆電話ってのが怖いんだよね。でもそんなこと言ってられない。駅ビルの影にチャリを停めた私は公衆電話を探して歩く。あれって小銭? この時代にない硬貨は避けたきり直してないから大丈夫だよね、電話っていくらかかるんだろう。

そんな風に公衆電話ごときにビビってウロウロしてたら、不運なラッキーガール・ミライちゃんはとても素晴らしいものを見つけて飛び上がった。これはもう運命としか言い様がない!

「よー! 久しぶりぃー!」
「うわっ、ちょ、誰……お前か!」

寿だった。

制服でとぼとぼ歩いていた寿に私は飛びつき、歓声を上げた。寿はびっくりして怖い顔を作る余裕もない。鳩が豆鉄砲食らったような顔してる。

「ていうか離せバカ」
「照れない照れない!」
「照れてねえ! 重いんだよ!」
「貴様一番言っちゃならねえことを」
「お前はほんとに口が悪いな」

そりゃああんたの育て方が悪かったんだよ。しがみついて離れない私を、寿は振り回す。思いっきり不貞腐れたヤンキーが女の子に纏わりつかれて焦ってる、それはもうかっこ悪く感じるに違いない。しばらくいじめたいところだけど、気を悪くされても困るので、解放してやった。

「元気だった!?」
「そりゃまあ……
と連絡取ってる!?」
「は!?」

いやこれはね、私本当に何も考えてなくて、口が滑ったんですよ。一番気になってることがそれだったから、わーい寿に会えたよっていうテンションでつい言っちゃっただけだった。だけど、寿は狼狽えてぶわっと顔を赤くした。――マジデスカ!

「な、何だそれ、お前しばらく」
「うん、ちょっとこの辺離れてたけど。私もと連絡取ってなかったんだよね」
「へ、へえ、そうか」

それで済むと思ったか? 甘い。甘いぞ寿。

「あれっ、もしかしてちょっといい感じになってる?」
「ハァ!?」

その大袈裟な反応が自爆の証拠だからな? まあ、ふたり揃ってファーストインプレッションはいいわけだから、邪魔でも入らない限り順調に行くのは当たり前なんだよね。だから本来の歴史では結婚して、20年経っても仲良くしてるわけだし。しかしその反応は捨て置けないぞ。

「えー、いい感じなのにまだ付き合ってないの?」
「な、なんでそうなる」
「付き合ってマズいことでもあんの?」
「いやだから、なんで付き合う前提になってんだ」

付き合う前提じゃねーわ。結婚前提だバカ! なんて突っ込んではいけないので、私はきょとんとした顔になるように頑張って少し首を傾げる。

可愛いし、いいじゃん。好きって言ってくれるの、待ってるかもよ?」
「お、お前何なんだよ、そんなオレは別に」
「あのさあ、そんなオロオロしてしどろもどろで、何もありませんなわけないじゃん……

寿はがっくりと頭を落として俯いた。現在高2の秋、本来の歴史では付き合いだしたのは来年の夏だから焦らすことはないんだけど、進捗状況は気になるんだよね。

「寿、ご飯食べた?」
「あ!?」
「食べてなかったらなんか食べようよ、何がいい?」

これが私やじゃなかったら、怒鳴って威嚇して場合によってはちょっとどついたりして撃退したんだろう。だけど、悲しいかな私は娘。だけじゃなくて、寿も何かを感じ取っていて、どうしても私を無下に出来ない様子。制服の袖を引っ張った私にも、嫌な顔はするけど振り払ったりはしない。

オレ何でこんなことになってんだろう、という顔をした寿を向かいに置いて私はファミレスのテーブルに座った。金がないという理由で逃げようとした寿だったが、残念でした。金ならある。私とご飯なんて面白くないだろうけど、奢りには勝てなかったらしい。その腹いせか、寿は随分高いものを頼む。

「てかあの時連絡先とか交換しなかったよね、また会ったん?」
「まだその話すんのかよ」
「他に何か話すことある?」

ない。諦めろ。

「夏休み、にな」
「どっかで会ったの?」
「なんでそんなこと知りたいんだよ」
「女子高生だから」

反論できまい。寿はまたがっくりと頭を落とし、バサリバサリと髪をかきあげている。邪魔なら切ればいいのに。

「また絡まれてたんだよ」
「助けてあげたん? 偉いじゃん!」
「べ、別に偉いとかそーいうんじゃ」
「それで連絡先交換したの?」
「オレがちょっと怪我したから、お詫びしたいとか言い出して……

ニヤついたら全てが終わるので、私は心を半分だけ間違った未来に飛ばしてクールダウン、本当に感心しているように真面目な顔を作る。というかこれで出会いに関しては完全にリセット出来たんじゃないだろうか。

「デートしたの?」
「なんでだよ」
「いや私別におかしなこと言ってないと思うけど」
「のり……仲間と一緒に飯おごってもらっただけだ」

おっさん!!! 着いてってんじゃないよ!!! 何やってんの!!!

いや待て、それは徳男のおっさんが空気読めないんじゃなくて、ひとりじゃ行かれないからとかそういうアレ? でもまあ、こんな風になっちゃうくらいだから、本当に徳男のおっさんはふたりのことをすぐそばで見てきたんだな。

「で、それ以来連絡取り合ってる、と」
「ていうほどでもねえよ」
「で、今度はふたりで会いたいけどどうしたらいいかわからない、と」
「お前ふざけんなよ!!!」

図星だったらしい。いやあ、寿、あんたヤンキー向いてないわ。更生してよかったね。

「こんなところでキレるなよ。別にいいじゃん、遊びに行こうって言えば」
「なんでそうお前は単純なんだよ」
「寿がひとりで勝手に難しくしてるだけだ」
「なん……
はヤンキーだから嫌だとかいうような子じゃない。あっちだってただ少し恥ずかしいだけだ」

可憐なを思い出してみろ。うぇーい寿ーオケ行かーん? とか言うような女に見えるか?

「それでなくともあんたの周りには怖いのがいっぱいいて、言い出せないのはの方だ」
……関係、ねえだろ」
「なんでもいいけどよく覚えとけ。はずっと待ってるからな」
「何でそんなことがわかるんだ」
「そりゃあものすごく大事な人だから」

娘だからね、とは言えないけど、つまりそういうことだ。まあ、いじめるのはこのくらいにしておいてやろう。来年の夏、は待って待って痺れを切らして連絡を寄越すことになる。どうせならお前が言ってやりなよ、という気持ちを込めて締めとさせて頂きます。

「てかそっか、の連絡先知ってるんだよね? 私携帯壊れててさ、ちょっと連絡してよ」
「何をだよ」
「何をって、私がいるんだって言ってくれればいいんだけど」

寿はテーブルの上に投げ出してあった携帯を引き寄せて渋い顔をした。中継してやるのは癪だけど、かといってじゃあこれ使えよと携帯を差し出すのも嫌だ。そんな顔だな。まあどっちでもいいんだけどね。テキトーにの地元駅とかに出てきてもらうだけでもいいんだけど。

「お前、なんだっけ」
「ミライ!」

携帯を渡したら悲惨なことになると思ったんだろう。諦めのため息とともに寿は携帯を操作して、電話をかけた。いやいやいやいや、文字でいいんだけど! 何電話かけてんのさ!!! 私は吹き出すのを我慢して水を飲む。そしてもすぐに出た。我慢我慢。頑張れ私。

……悪ィ、急に。……ミライって覚え――いやだから、今そいつに会って、携帯壊れてるから連絡取れって言わ……いやまだ駅だけど。いや、目の前にいる」

が騒いでいるようだ。髪で顔を隠してるけど、お前口元が緩いぞ。そして携帯を私に差し出した。

久しぶりー! 元気だっ――
「何ヶ月経ったと思ってんの!!!」
「ええええ」
「すっごい心配してたんだからね! 携帯まだ壊れてるって直しにも出してないんでしょ!?」

ああお母さん怖い。

「泊まるところあるの?」
「えへへ、なーい!」
「三井くんに会えなかったらどうなってたと思うの! 私駅まで行くから!」
「えっ、いいよ来なくて。私が行くから。チャリだし」
「じゃ、三井くんに替わって」

さすがに母上だな……私は素直に寿に携帯を返した。

「どうし――は!? いやその、そうじゃなくて、ああ、わかった、はいはい、じゃあな」
「そんなわけでんとこ行くわ。食べ終わったら出るよ」
「ウチまでお前を連れて来いってよ」
……はい?」

そんなこと言ってたのか? てかそんなこと頼めるなんて、もう普通に仲良しじゃんか。

「チャリっつってたな」
「まだ新しいピカピカのチャリだよ」
「さっさと食え。遅くなる前に行くからな」

しかめっ面してるけど、それはアレだよね? 棚から牡丹餅でに会えるから嬉しいのを隠してるな?

ともかく、このホワイトのある街からの家までは、大きな国道に出ちゃえば意外と距離がない。寿もチャリなんかーまああの鉄男みたいにバイク買う金はないしなーと思ってたら、ニケツだった。まあその、見つかったら寿を囮にして私は逃げよう……

それにしても、チャリを漕ぐ寿の背中は変な感じだった。とにかく細い。43の寿も別に太ってるわけじゃないんだけど、やっぱりそこはまだ10代ってことなのかな、細いっていうかヒョロい。だけどそれはも同じか。もう身長は同じくらいだったけど、何しろウェストがなかったし、指とか首のあたりがやっぱりちょっと子供っぽかった。

私は寿の肩にもたれかかりながら、少し突っ込んだ話をしてみることにした。

「ねーねー、寿ってなんでヤンキーやってんのー?」
……なんでそんなこと知りたいんだよ」
「この間のボクっていたじゃん、怖いの。あれは生まれつきの悪魔って感じがしたけど、寿はそういうのないもん」

もう一応知ってるけど、私にこんなことを突っ込まれた寿はどんな反応をするのかが気になった。

……つまんねーからだ」
「何が?」
「全部」
「面白いことがないってこと?」
「まあな」

だけど寿、ちゃんと見てみろよ。お前の怪我した足、すいすい自転車漕いでるじゃん。私を後ろに乗せてるけど結構なスピード出てんじゃん。不貞腐れてるのは頭だけで、足はもうとっくに立ち直ってるのに。

徳男のおっさんにざっくりと聞いた話では、こうやって寿との距離は本当に少しずつ縮まっていったんだけど、翌年、年明け頃に喧嘩したそうなんだ。理由は話してくれなかった。たぶんおっさんも知らないんだろう。ともかくそれで寿は落ち込んだ。落ち込んだというか、荒れた。

その苛々を抱えた状態で、これまた後輩にバスケの上手い元気な子がいたもんだから、寿が言い出しっぺになり、徳男のおっさんたちと一緒に「シメる」とか言って喧嘩ふっかけたというわけだ。

「ねえねえ、寿、私もさ、すんごい面白くないことあったわけよ」
「ふーん」
「それで家族ともなんかおかしくなっちゃったりしてるんだけど、死ぬよりはマシだからね」

私にもヤンキーになっちゃいたいくらい「つまんねー」ことがあったけど、消滅の危機、そして捻じ曲がった世界に比べたら。だから43歳の寿に、父親にこうして話をしようと思ってた。だけど、お前、大分に行っちゃってたんだ。てかもう、家族ですらなくなってたんだ。私はそれを取り戻したい。

「だからさ、学校のこととかのこととか、もっと自信持ちなよ」
「なんでオレが自信ないことになってんだ。さっきから前提が全部おかしいだろ」
……迷う気持ちは、わかるから」

それは正直なところだ。揺らぐはずのないことが揺らぎ、あるはずの未来が突然消えてしまった時、自分がいったいどこを向いているのかすらわからなくなるあの感じ、よく知ってる。寿も多分そうだったんじゃないかな。自分からバスケがなくなるなんて、思ってなかったんでしょ?

だけど大丈夫、バスケももちゃんと手に入るし、それはなくならないし、こんな可愛い娘まで生まれるんだから、あんたの未来はまあまあ悪くないと思うよ。徳男のおっさんだって未だに三っちゃん三っちゃん、もうきっと一生の親友だろ。だから大丈夫、もっと自分を信じろ。

「迷ってんのか?」
「ちょっと前までね。今はそうでもない」
……ふーん、そりゃよかったな」

期待したほど話は伸びなかった。だけど、父親とちゃんと話をする予行演習になったみたいで、私は何だか嬉しくなって、それ以上は何も言わずに寿の背中に寄りかかっていた。

そして家に到着。いやー、私、道案内しませんでしたよ。来たことあるわけね。

「じゃーな」
「ちょちょちょ、なんで帰るんだ。呼んでよ、携帯ないんだってば」

寿は面倒くさそうに唸って携帯を取り出した。お前それ演技だろ? に会わずに帰るつもりなかっただろうが。で、時間にしてほぼ1コールで着信に出て、10秒もかからずに外に飛び出してきた。

「ミライ! あああ本物のミライだ……!」
「心配かけてごめんねー」
「もうずっと心配してたんだよ、三井くんにも、もし街で見かけたら教えてねって」

ちらりと目を向けると、寿はまたむず痒そうな顔をしている。イジってイジってイジり倒したいけど、それでとこじれては困るので、ここは我慢する。だけど私のご両親は爆弾投下をやめてくれない。

「三井くん本当にありがとう、てかチャリ1台しかなかったの?」
「重かった」
「女の子にそんなこと言ったらダメだよ! じゃあ帰りは歩き?」
……鉄男のスタンドが近いから」
「あ、そっか、そうだったよね。じゃあこれ、はい」

寿の方が押され気味だ。だけど私にはとても馴染みのある光景で、43歳のふたりが重なる。はお礼のつもりか、ペットボトルのお茶を差し出した。もー、ってば可愛いんだから。それは寿も同じだったらしく、またむず痒そうな顔でペットボトルを受け取った。

「帰り、気を付けてね」
「ああ……別に何もねーと思うけど」
「嘘。この間家の近くで喧嘩になったって堀田くん言ってたよ」
「それはオレがふっかけたわけじゃ……

はともかく、寿は私をチラチラ見てる。悪かったな、邪魔で。

そんなわけで、私は無事に2度目のタイムスリップでもふたりに会うことが出来た。はまだぶちぶち文句を言っていたけれど、今日もおばあちゃんは夜勤らしいし、私はまた家にお世話になる。ほんの数日過ごしただけの家だけど、もうずっと長いこと住んでいたみたいな感じがする。

てなわけで、私は今度はを尋問することにしたわけです。