チェンジ・ザ・ワールド

01

翌朝、昨日友達と一緒に買ったプレゼントを紙袋に入れたまま私は家を出た。案の定クソ親父から何を買ったんだいつ渡すんだどこで渡すんだと集中砲火を浴びたけど、基本無視。なんで友達の誕生日プレゼントごときでこんな尋問みたいなことされなきゃいけないの。

家を出ればどんより曇った空で、またげんなりしかけたけど、そんな時はポプリさんですよ! デキるJKである私はポプリとハンドタオルをポーチに入れておいたので、香りが移ってるわけですよ。ハンドタオルを取り出して口元に当てると、幸せなラブ臭がする。ラブ臭ってなんかちょっと下品な言葉だけど、まあいいだろう。

だいたい、私が親戚とか小さい頃からよく知る大人に「ガサツ」とか「女の子なんだからもう少しエレガントに」なんて言われるのは親父のせいだ。親父がそういう人間だからだ。あの野郎、小さな女の子に自分の趣味でスポーツとかやらせやがって。私はピアノを習いたかったんだよ!

まあでも、そんなこと愚痴ってても始まらない。私は信号待ちの間に、腕時計を嵌めてみた。昨日もらった箱も入ったままになってて、バッグの中をゴソゴソやると薔薇とラベンダーの香りが立ち上る。

「あれ?」

つい声が出ちゃったけど、私は文字盤の左側に突起があるのに気付いた。時間合わせのリューズかなと思ったけど、それらしいのは右側についてる。じゃあ何だろ。文字盤の右側に日付の窓があるけど、右のリューズを引いたら二段になっていたので、そこで調整するはずだ。文字盤自体は至って普通。時間は8時26分。うん、これはちょっと遅刻だ。

気になって携帯を取り出してみたけど、時間は間違ってない。しかしなんだろうなこの突起。

信号はまだ変わらないし、私はついその突起をいじくっていた。すると、突起はポチッと簡単に沈んだ。何かのスイッチ、そんな感じだった。その瞬間、ゆっくりと回っていた秒針がものすごい勢いで回り始めて、次に長針、短針とギュルギュル音がしそうなほど回り始めた。

「え、ちょ、やだ」

腕時計がそんな狂ったように回り始めたら誰だって怖いでしょ。私は慌てて腕時計を外そうとした。だけど、出来なかった。次の瞬間、私は頭を大きな手に掴まれてぶん回されたみたいな感覚に襲われて、思わず悲鳴を上げた。バッグのストラップをギュッと掴んで、私は悲鳴を上げ続けた。

やだ怖い、何これ、誰か助けて! 私まだ死にたくないよ、ねえ、エッチもしたことないんだよ! 海外旅行も行ったことない、ブランドバッグだって、カウンターコスメだって、全部全部何も一度も知らないまま死ぬのなんて嫌だ!!! 誰か助けて!!! ……という割と恥ずかしいことを考えてた。

しゅぽん!

そうとしか形容しようがない音と共に、私はどこかに放り出された。硬い地面らしきところに私が転がってる他には異常はなさそうだ。目を開けると、異常が起こる前と変わらない明るい光が体を照らしていた。がばりと身を起こすと、私は同じ交差点にいた。

周りはスーツのリーマンとか同じような高校生とかがぼーっと突っ立ってて、地面に転がる私になんて誰も気付いてないみたいだった。途端に恥ずかしくなったので、慌てて立ち上がったんだけど、私は異様なものを目にして後ずさり、真後ろにあったビルの壁に激突した。

交差点の景色が変わってる! 駅の方向の角にあるのはドラッグストアのはずだし、その対岸は携帯ショップのはずだし、その2店の間からは駅ビルが見えるはずなのに、ない、ない、何もない! ドラッグストアはメガネ屋だし、携帯ショップはファストフードだし、何よりその間に見えるはずの駅ビルが、ない!

どうなってるの、なにこれ、ここ、毎日通る交差点に似てるけど、別の場所? だけど、私が激突したビルの1階に入ってる蕎麦屋さんはそのままだ。すっごく古くて、おじいちゃんが若い頃からあったらしいし、間違いない、同じ店だ。だけどなんかおかしい。

信号が変わって、私はわけがわからないというのに、人の波に流されるようにして駅の方へと歩き出した。横断歩道を渡り切って、ドラッグストアのはずのメガネ屋を通り過ぎる。まだ開店してない。メガネ屋だっていうのに、ショーウィンドウには時計がズラリと並んでいて、つい手を上げて腕時計を確かめた。

ギュルギュルがおさまっている腕時計の時間は、ショーウィンドウの時計と同じ。8時29分、あれから3分しか経っていない。というかさっきのギュルギュルは一体何だったの。このおかしな街は一体何?

私はなんだか気持ち悪くなってきて、人の波を逸れてふらふらと街灯に寄りかかった。吐きそう。わけがわからなくて吐きそう。だけど、朝っぱらからクソ親父がうるさかったから、何も食べないで出てきてしまった。吐きたくても戻すものがない。

だけど俯いていると余計に気持ち悪くなって来て、私はのろのろと顔を上げた。というところでまたおかしなものを見て、今度は本当にこみ上げてきた。地元の夏祭りのポスターだ。街灯のとなりの電柱に貼り付けられていた。そこに書いてある開催日を見て思わず「おえっ」と言いそうになってしまった。

年月日が、26年前だった。

いやあ、私が元気な頑張る系女子でよかったと思うのですよ。26年前の年月日にピンと来た私は、吐き気と戦いながら駅まで走った。そして駅前のコンビニに駆け込むと、新聞を掴んで日付を確かめた。やっぱり26年前の「今日」だった。一面にはよくわからない事件がどうだとか書いてあるけど、それはどうでもいい。

そして元気な頑張る系女子であり、だけど冷静な状況判断には自信のある、クソ親父の友達のおじさんに言わせると「可愛げのない」女子である私は、意外とあっさりとその事実を認めた。

私、26年前の世界にタイムスリップしてきたんだ。

それがわかってしまうと、吐き気はなくなった。とりあえずコンビニはコンビニだし、なんかちょっとダサい感じがするけど、ペットボトルの棚にはコーラも烏龍茶もあるし、それを26年後から持ち込んだお金で買っても怪しまれなかった。とりあえず烏龍茶を買った私はのろのろとコンビニを出て、何故か駅に向かった。

というか、26年前にタイムスリップしてきたのはわかったけど、なにをどうしたものやら。

そしてぼーっと駅の改札を通りすぎようとして足を止めた。まだICカードの時代じゃないのか! 慌てて改札への流れから飛び出し、券売機の方へとこそこそ逃げる。見慣れた券売機だった。ただ、ICカードの差込口がないだけ。そうか、26年前から直してないわけね。まあ、駅なんてそんなに簡単に変わらないか。

さて、どこに行こう。こんな制服のままウロウロしてるのもアレだよね。家に帰るったって、今の家は私が小学校に入る頃に引っ越してきた家で、てか26年前じゃ親、結婚してないよ。この間結婚20周年やってたくらいなんだし。…………親、この頃何歳なんだろう。

あんまり定かでない記憶を何とか引っ張りだす。お母さんが私を産んだのが確か26歳の時で、私が17歳だから、今43歳なわけでしょ。親父も同い年で、それが26年前だから、あれっ、17!? 同い年!?

これぞ超展開、なんだか可笑しくなって来ちゃって、私は俯いてニヤニヤしだした。

時代が違いすぎるから、携帯を引っ張りだすのをやめて、私はただの見栄っ張りアイテム状態の手帳を取り出し、計算を始めた。両親の誕生日や私が生まれた時のふたりの年齢だのを書き出して逆算していくと、やはりこの時ふたりは高校2年生、今の私と同じだ。そこでまた私はニヤーっと笑った。

時代はまさに、クソ親父がグレてた時代! 私に偉そうに説教する親父がグレてた時代!!

いやあ、ぜひともその様子を見てみたい。そして何か弱みを掴んで帰りたい。と思ったところで手が止まった。あれ? あのふたりって確か、高校生の頃に知り合って、それでそのまま結婚したんじゃなかったっけ? ついこの間もお母さんに「刷り込みって恐ろしいね。他にいくらでも男いたんじゃないの?」って言ったばかりだ。

高校生の時に知り合って結婚した、ていうのは簡単だけど、その高校時代の殆どを親父はグレてたわけでしょ。だけどうちのお母さんはそーいうのとは無縁な穏やかな人で、真面目って言うほど硬くないけど、それこそちょっとドジっ子だけど色々一生懸命な人で……いやほんと親父の何がよかったのよ。

知り合ったのは高校の時だっていうのは何度も聞いた。だけど、いつ付き合うようになったのか……なんだったっけ、確か親父の友達に聞いたことあるんだ、あんまり興味なくて聞き流しちゃったんだけど、なんだっけなんだっけ……親父はグレてて、だけど高3の時に突然更生して、その後――

記憶の再生でいっぱいになっていた私は頭が重くなってきちゃって、ふと顔を上げた。見上げた駅のアナログ時計は、9時を過ぎていた。やっばい! 制服でウロウロしてたらマズいんじゃないのか。だけど行くところなんてない。この時代、JKが朝っぱらからファストフードとかで時間潰してても平気なのかな。

散々迷った私は結局、駅を出て26年後の自宅とは反対方向の出口に向かった。そこから少し行くと、市立図書館がある。そこに行こう。勉強してれば何も突っ込まれないだろ!

で、結局そこで昼頃まで粘ったんだけど、何しろお腹へった。何か買って食べればいいじゃんて思うじゃん? だけどさ、元の時代に戻れるのかどうかもわからないのに、ただでさえ少ない所持金をホイホイ使えないでしょ。だけど食べなきゃ死ぬじゃん。

それをどうしようかと考えてた私は、腕時計を付けたままだったことを思い出して、バッグから箱を取り出した。なんとなく気持ち悪いし、だけど捨ててしまうのは悪いような気がして、箱に戻そうと思った――んだけど、木箱をパカッと開けると、箱に敷き詰められてる赤い布みたいなのの端っこが削れてるのが目に入った。

爪でガリガリやったような跡だ。それに気付いて改めて見てみると、箱の厚みと中の深さが合わない。私はすぐに爪で同じ所を引っ掻いてみた。すると、薄っぺらいボール紙の上げ底がスポッと外れた。上げ底の下に隠れていたのは、昨日のお店の3割増しファンタジーな金属のプレートだった。

ものすごいファンタジックなデザインだけど日本語だ。黒ずんだ金のプレートに金の枠、文字も金色が浮き彫りになっている。私はついきょろきょろと周囲を見回してから、顔を近付けた。

「右は進む、左は戻る、1から60まで、花びらの数だけ旅をどうぞ。 よい旅を!」

……はい? 腕時計を外し、見比べてみる。花びら、ってのは当然この薔薇のことだよ――ね、って嘘!? 私はつい悲鳴を上げそうになって手のひらをバチンと口元に叩きつけた。文字盤の上の方の薔薇の花びらが不自然に欠けていた。こんな風に1か所もげたみたいになんかなってなかった、絶対。

てことは、私が1度タイムスリップをしてるから、花びらが欠けたってこと? よしよし、それはいいだろう。花びらの数だけタイムスリップできちゃうのね、オッケー! じゃあ、それ以外のところ、その前は?

1から60ってのは分数だよね、長針。花びらがタイムスリップの回数なら、あ、そっか、もしかして移動する量? 私確か8時26分にタイムスリップして、26年前に来たから、たぶんそうだ。てことは、この進むと戻るってのは、過去と未来? そうか、これ、この腕時計タイムマシンの取説なんだ!

私あったまいいわー。すぐわかっちゃった。つまり、アナログ時計だから昼夜は関係ないけど、0時から6時までは未来へ、6時から0時までは過去へ戻れるようになってるってことだ。私は日付をいじらない状態で8時26分だったから、左半分で過去の――26年前の同じ日に戻った、っていうことだ。

じゃあ、今11時53分だから、あと30分も待てば元の時代に戻れるってことじゃん! 12時26分に左側の突起をポチッとやって、またギュルギュルして、しゅぽん! てなれば時間旅行完了!

なあんだー! あーよかったー、ちゃんと帰れるっぽい。

……と思ったら、もう少しこの時代を見てみたくなった。タイムスリップものの映画みたいに一刻も早く帰らなきゃとか、帰る手段を見つけなきゃ、なんていう必要はないんだし、花びらはいっぱいついてるし、のんびりして行ったっていいよね? てか何か見てみたかったらまたしゅぽん! したらいいんだしね。

気が楽になった私は図書館を出てコンビニでおにぎりを買って、図書館の外のベンチで食べた。最初に買った烏龍茶を飲んでホッとしたところで時計を見たら、12時28分だった。ここでボタンを押したら28年後に行っちゃうのか。ここから28年後っていうと、私は19歳かあ。彼氏、いるのかなあ。

とりあえず12時26分は逃したから、今日この後未来へ戻るチャンスは5回。そのどれかでギュルギュルすればいいんだから、余裕! だけど何しろ自分が生まれる前の世界だし、ピンポイントで何かの事件が見たいわけでもないし、やはり身近な人々の過去くらいしか思いつかなかった。

おなかがいっぱいになって気が楽になった私は、初志貫徹、あのクソ親父がグレてたのを見に行くことにした。親父の友達によれば、ちゃんと学校には来てたらしいから、親父の出身校である湘北に行けば遭遇できる確率は高い。てかあいつグレてたくせにちゃんと卒業してその上大学まで出てんだからわけわからんわ。

さて、そんなこんなで切符をちゃんと買って電車に乗り込んだ私は、のんびりと26年前の世界を楽しみながら湘北へ向かった。待ってろ三井寿、絶対弱み掴んで帰ってやるからな! はっはっはー!

いねえじゃんよ……

どうにか湘北までたどり着いた私は、正門のあたりで延々張り込んでたんだけど、そろそろ下校する生徒もいなくなってきた様子。今日に限ってサボりだったか親父のやつ……

しょうがないから私はまた来た道をトボトボと歩き出した。時間は15時37分、ギュルギュル可能タイムまでしばらくあるし、なんだかせっかくタイムスリップしたっていうのに、知ってる人を誰も見ないで帰るのがもったいなくなってきた。この辺て誰かいないのかな。

お母さん、三井、じゃなくてが通ってた高校はもう少し離れてるから、この辺なんか歩いてないし、部活はやってなかったはずだから、今から向かっても帰った後かもしれない。じゃあおばあちゃん家? いや待て、今のおばあちゃんの家はお母さんが結婚後に引っ越した家のはずだ。その前の家は、やばい、知らない!

あと、この時代に生きてる人で知ってる人って言うと……なんかそれほど気になる人もいない。せめて自分が生まれた後なら、友達のちっちゃい頃とか見てみたい気もするけど、別に親戚とか親の友達とか近所の人とか、どうでもいいじゃん、普通。

せっかくタイムマシンを手に入れたって、これじゃあね。よく人生やり直したいとか言う人いるけど、それってタイムマシンじゃ無理じゃない? 戻れたり進んだりするだけじゃなあ。私の人生、そう言う意味じゃどんな時に戻っても何も変わらないし。てなことを考えてる内に駅についた、ら!

目の前をものすごくよく知ってる顔が通りすぎた。

お母さんだー! ちょ、何あれお母さんめっちゃ可愛いー!! やべえー!!!

県立高校の制服着たお母さんはめっちゃ可愛かった。何で私はあんな風にならなかったわけ? くそ、やっぱり親父のせいだ。お母さん可愛いよ〜可憐だよ〜私が男だったら放っておかないよあんなの〜。

……そうか。これにクソ親父は目をつけたのか。んでもって純情ガールのお母さんはまんまと騙されたとかいう話? そうだとしたらほんとマジ許さないけど親父! だけど悲しいかな私はあのふたりの子供で、もしふたりが出会わずに結婚もしなかったら、私は生まれない。映画みたいに、消滅しちゃうんだろうか。

親父はまだわかるよ、お母さんあんなに可愛いんだもん。だけどさ、お母さん、クソ親父の何がよかったんだろう。なんであんなのと結婚しようって、いやいやそれ以前に、なんで付き合おうなんて思ったんだろう。

帰ったら聞いてみようかな。将来酷い父親になる男を見抜く参考になるかもしれないし。

お母さんがなんでこの駅にいるのかはわからないけど、なんとなくその後ろを追いかけていた私は、お母さんが改札を抜けたらそれでやめようと思っていた。時間は16時12分、もうちょっと待てばギュルギュルタイムが来る。

なんか大変だったけど、ちょっと楽しかった。誰にも信じてもらえないだろうけど、私きっとこの日のことは忘れない。あの可愛いお母さんの姿、絶対に忘れない。――と感慨に浸っていたら、その可愛いお母さんが目の前で古臭いリーゼントのヤンキーにとっ捕まってしまった。やばい!

そりゃああんな可愛い子、ナンパしたくなるのはわかるが、そんなことは許さん!

頭に血が上った私は、困った顔してリーゼントに囲まれてるお母さんのもとに突進していった。速度は遅いけど、これでもクソ親父に散々スポーツやらされた経験があるから、体力その他にはちょっと自信がある。ついでにリーゼントとかオールバックとかはクソ親父の友達で慣れてるから平気!

「ちょっと! おか――その子になんか用でもあるの!?」
「は? 誰だあんた」

ヤンキーだけじゃない、お母さんもポカンとしてる。私はずかずかとお母さんとヤンキーの間に割って入った。

「ナンパ? そんならお断りだ!」
「ハァ!?」
「この子に用があるなら私に許可を取れ!」
「何でだ!」
「何でもだ!!!」

ちなみにこれまた残念なことに、私は親父に似て身長がちょっと高い。ので、ひ弱な女の子には見えないはずだ。しかも訳の分からない理由で妨害してる。ヤンキーたちは気味悪がり始めた。

「どうしたよ、何の用? お困りならお力になりますけど!?」
「いや、いーよもう」

よっぽど私が気味悪かったんだろう。ヤンキーたちは冷めた目で退散していった。アイム、ウィン!

「あ、あの、ありがとうございました」
「おお、いいよそんなこと。大丈夫だった?」
「はい、平気です。本当にありがとうございました」

ペコペコと頭を下げてるお母さんは本当に可愛い。いやあ、無事で何よりよ。

「そんなに気にしなくていいって! 同い年なんだしさ!」
「え?」
「あー、えっと、まあ覚えてなかったらいいんだって。でしょ」
「そうだけど、ごめん、どこで」
「いいのいいの、前にちょっと、本当にちょっと会ったことあるだけだから」

あなたが今から9年後に産む一人娘だよ。心の中で私は呟いて、そして意を決してお母さんの肩に触れてみた。

「可愛いんだから、気を付けなくちゃ」
「そ、そんなこと――
「この辺てああいうの多いの?」
「そ、そうかな? 私ここにはたまにしか来なくて」

そう、やっぱり湘北の最寄り駅なんか用がないはずだよね。何やってたんだ? まあいいけど。

「えっと、ごめんなさい、お名前も」
「えっ! あー、私、うん、未来。ミライ」
「ミライちゃん……

まったく記憶にないって顔してる。そりゃそうだよね。

「気を付けて帰りなよ。遅くなるの?」
「ううん、そんなには。ミライちゃんは家、近いの?」
「まあ、そこそこ。私はもうすぐ帰るから大丈夫だよ 。ありがとね」

帰ったらまた会おうね。ふふふ、お母さん、私のこと覚えてないんだろうなあ。

「じゃあまたね!」
「うん、ありがとう!」

そう言ってお母さんに向かって手を振った時だった。私はお母さんの少し向こうに、またよく知った顔を見つけて血の気が引いた。変な髪型してるけど間違いない、あれ、お父さんだ!!!

「あれ、ミライちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ」

振っていた手をそのまま伸ばしてお母さんが私の腕を撫でる。そりゃ顔色悪くなるよ、思い出したんだもん。

「おか、、もしかして、これから総合病院行くところだった?」
「えっ!? なんで知ってるの?」

最悪だ、どうしよう、どうしたらいいんだろう。

「やだ、ミライちゃん、本当に大丈夫!?」

――お母さんは17歳の時に99歳のひいおばあちゃんを亡くしてる。もう少しで100歳に手が届くところだったのにってよく言ってる。だけど、たった2ヶ月の入院での大往生だったって、学校帰りに何度かお見舞いに行ったんだって、言ってた。入院してたのは湘北の最寄り駅近くの総合病院。

親父の友達の声が蘇る。「お前の母ちゃんが駅で困ってたところを、父ちゃんが助けたんだよ」
お母さんの声が蘇る。「お父さんと知り合ったのも、ちょうどその頃だったんだよね」

どうしよう、私、ふたりの出会いの邪魔しちゃった。このままじゃ私、消えちゃうよ!!!