ビー・ア・ヒーロー

6

現在の久我家の当主は伊織の祖父で、この巨大な邸宅の「母屋」に相当する建物にはその祖父と祖母が暮らしている。その長男が伊織の父で、彼の家は敷地内の東側の一角にあり、伊織の母親もそこに住んでいる。他にも伊織の叔母家族が暮らす家と、使用人たちが暮らす家がある。

そんな久我家の城は高さ3メートルはあろうかという白い塀でぐるりを囲まれていて、通り過ぎただけでは中がどうなっているのかはわからない。健司はと平八の後を追いつつ、こんな別世界に生まれた伊織がなぜあんな風に育ってしまうのか首を傾げていた。

当然彼らは「孫の友達」という立場になるわけなので、正門からかなり離れた通用門から中に入った。

健司はまた驚いて足を止める。敷地の中は、まるで外の世界から隔絶された小都市のように感じられた。道があり、街灯があり、自動販売機まである。塀が高いせいで、その向こうに当たり前に広がる住宅街の存在が急に消失してしまったような気がしてくる。

――もしこの家が危険な場所だったら、生きて帰れないんじゃないか。

「健司、大丈夫?」
「あ、ごめん、びっくりして……
「だよね、でも伊織のガレージはこんな高級感ないから大丈夫だと思うよ」
「ガレージ?」

自転車を押しながら歩く健司は顔を上げての横顔を見つめた。すると進行方向に賃貸アパートなどでよく見かける屋根付きの駐輪場が現れた。既に自転車が6台停まっている。伊織の分がないと考えると全員揃っているらしい。というか通用門で訪いは入れていない。セキュリティどうなってんだ。

自転車を停め、平八の指す方を見ると、ガラス張りの豪邸から渡り廊下が伸びていて、その先にコンクリート壁の建物が繋がっていた。母屋などと比較すれば建物面積はそれほど大きくなく、1階は半地下、2階と3階はやや小さく、屋上と思しきてっぺんからアンテナがいくつか覗いている。

「これがガレージ?」
「伊織がそう呼んでるだけ。あの子が引きこもってる『離れ』なの」
「これで離れ……
「久我家って本当に古い家柄みたいで……何の仕事してるのかとかは私も知らないんだけどね」
「金持ちの友達がいると助かるよな〜!」

平八はまたヘラヘラ笑いながら、敷地内のゴージャスさからは異質なグレーの鉄のドアに手をかけた。どちらかと言えばそれは倉庫や機械室についているような無機質なドアだ。当然「ギィーッ」と効果音のような軋みとともに開く。

「おっ、やっと来たかー!」
「ねえもうお腹ペコペコなんだけど」
「急かして悪いけど伊織がデリバリー取ってくれるって言うから決めてくれ」

数段階段を降りて中に入るなりタブレットを突き出された3人は、慣れたファストフードなので素早く希望を伝える。そこで顔を上げた健司はまた違う世界に放り出されたような気分になって目眩に襲われた。本人が言うように、ここは確かに「ガレージ」だ。

室内もコンクリート壁、窓は最低限の採光と換気くらいにしか使えそうにない大きさ、しかししっかり涼しく湿度も快適なレベルに保たれており、明かりは強くも弱くもない昼光色で、こんな急展開でなければ安らげる場所だったかもしれない。

インテリアはガレージの名に相応しいインダストリアルデザイン、何もかもが金属調で揃えられており、ところどころにダメージも見受けられるが、それは本物の経年劣化ではなく加工のように見えた。

そして最も目を引くのがドアから見て一番奥にあるコンピュータ群。モニタだけで8台、雑然としたデスクの上にはキーボードやらマウスやら何かの入力デバイスやらが散らばり、ケーブル類も隠すことなく伸ばし放題。かと思えばコンビニに置いてあるような複合コピー機が置いてあったり、先程手渡されたもの以外にもタブレットがいくつもスタンドに乗せられているし、コンピュータに気を取られていて気付かなかったが、片側の壁には巨大なテレビがへばりついていた。一体何インチあるんだよこれ。家電量販店でしか見たことないぞこんなの。

「ここ、ジャスティス7の本部も兼用なの。だからどんどんこんな風になっていっちゃって」
「うちのリビングよりデカい……

金に物言わせた伊織の城といった雰囲気だが、落ち着いて周囲を見回せばジャスティス7のメンバー、夏休みで暇な高校生がお菓子やジュースを片手に雑談をしたりゲームをしたりしているだけで、健司はやっと気が楽になってきた。新しい扉が開くのはいいが、ちょっと刺激が強すぎる。

今日のメンバーたちも河原パーティーの時と大差ない。に促されてソファに腰を下ろすと、隣に千秋、向かいに勘兵衛がいて、そのまま部活の話になった。河原ではとしか話していなかったし、健司の見立て通り勘兵衛は真面目な競技選手といった雰囲気で話しやすい。千秋は大人しくて声も小さいが、常識的な人物らしく、こちらも話しやすい。

そこに菊千代も混ざってきて、特に彼のようなタイプは慣れないので慎重に返答しなければ……と身構えていたのだが、

「マジっすか。監督ってマジすか。選手だけでもキチぃのに監督ってすげえっすね尊敬しますわ」

気が抜けた。この菊千代くん、見た目は完全にヤンキーなのだが、虚勢を張るという機能がついていないらしい。というか健司のプライベートなことだけでなく、ジャスティス7のメンバーに対しても年上には尊敬を持ち、年下には責任感を持っているようで、どうやらこのチームが大好きな様子。なんと微笑ましい。突っ張っているけど根は素直な子なのだろう。そういう不器用くんなら慣れてる。

「そっす。オレはガキん頃から誰とも上手くやれなくてはみ出し者だったんすけど、でもここにいるとそういうのなくて、誰でも自分の好きな自分でいていいんす。だァらオレはチームが何より大事なんす。ほんとマジでチームのためなら命賭けられるんで」

勘兵衛はため息、千秋と健司は苦笑い。するとそこに空気を読まないフリーダム平八が混ざってきた。

「なあ菊千代、もし健司がか七郎次と付き合ったらどうする?」
「おい」
「それは本人の自由じゃないすか」
「平八、オレはそんなつもりは……
「でももし泣かしたらそん時は覚悟してもらうことになるっす」

自分を厄介者扱いしない大事なフレンズ……! という感情が育ちすぎた様子。学年的に後輩にあたるので怖くはないのだが、菊千代の拳にはだいぶ説得力があるので甘く見ない方がよさそうだ。まったく平八が余計なことを言うから……と彼を小突いていると、今度はみちるが大きな声を上げた。

「ねえねえ、伊織が健司の動画見つけたって!」
「動画?」
「バスケの試合みたいだけど」
「そんなの……

そんなもの部としては公開していないし、記録として撮影が行われることはあるが、健司自身に覚えはなかった。とすると部員の家族や親しい人物が無許可で公開しているとしか思えない。「良いものはシェアすべき」という感覚なのかもしれないが、その映像の中の選手のひとりが「翔陽高校の藤真健司」だと判別できる状態なら対応しなければならない。

何やら操作をしていた伊織がゲームチェアでくるりと振り返ると、壁にへばりついたテレビに荒い動画が映し出された。確かに翔陽の試合動画のようだ。上からのアングルで手ブレがある。やはり観客か。

だがジャスティス7は大盛り上がりだ。健司が見たところ、これは去年の冬の大会の予選らしい。選手兼監督になったばかりで、今思い返すと後悔の残る采配もあった。選手にも監督にも集中しきれず、自分の全てを注ぎ込まなければと覚悟した試合でもあった。

「嘘ー! なんであんなところから投げて入るの!?」
「てか健司くんこの中じゃ小柄なのになんで誰も止められないんだ」
「いやマジすげぇっす……やべえっすわ……
「半信半疑だったけど、健司お前ほんとにトップクラスの選手なんだな」

ジャスティス7への印象操作にはなったかもしれないが、どうにも歓迎出来ない健司は自分でも動画を検索してみた。投稿者は当然ニックネーム、自己紹介もなし。他にもいくつかの試合動画を投稿しているが、出場校に一貫性はなく、趣味の観戦が疑われる。

コメントを覗けば「この4番、藤真だな。見たことある。チビだけど顔がいいから女に人気なんだよ」だとか「高さのあるチームを活かしきれてない。監督がクソ」だとかいう批評が続く。よく聞く内容なので怒りや落胆はないけれど、つまりこいつらも翔陽の人間でない可能性が高い。

こんな風に自分の預かり知らないところで動画が公開されていて、閲覧数は無慈悲にも数万。数百でも困るというのに……というのが顔に出ていたのだろうか、気付くとが隣にいて、そっと背中に触れていた。また闇に飲まれそうになっていた心がサッと晴れる。

「あ、えっと……
「あんなすごい舞台で活躍してる選手だったんだね。なんか上からアドバイスしちゃった」

はどうやら健司の「日常」が想像の遥か上をいっていたので恥ずかしくなってしまったらしい。初日につい突っ込んだアドバイスをしてしまったことを悔いているようだが、健司は「オレのことをよく知りもしないくせに」などとは一度も思ったことがなかった。

平八も含め全員が体ごとテレビ画面の方を向いているので、健司はそっとの手を取り、首を振った。そばにいてくれるだけでいい、なんていう台詞はフィクションの中だけの白々しい作り物だと思っていたけれど、はまさにそれだった。だから言葉など気にしなくていい。

「そんなことない。全部嬉しかった」

無意識に微笑んでしまった健司だったが、の方も初めて照れたような表情を見せた。全体的に平八に似ているので意識したことがなかったけれど、今朝もキス未遂があったし、間近で見る健司のスマイル攻撃に少しだけキュンと来たのかもしれない。

その証拠にも手を握り返してくれたのだが、そこへ警報音のようなサイレンのような音が聞こえてきたので、健司は驚いて腰を浮かせた。だが、どうやらいわゆるチャイムのようだ。デリバリーが届いたらしい。歓声を上げたリンと平八と菊千代が飛んでいった。

ソファは全員が座れるだけ用意してあり、テーブルもそれに合わせて大きなものだが、それがハンバーガーやポテトで埋め尽くされるのは中々壮観だった。何しろ全員腹ペコ世代、一番少ないみちるでもハンバーガーはメガサイズ。

それに齧りつき始めたので高校バスケットの試合のことは一瞬で忘れてくれたらしい。またとりとめのない雑談になっていった。だが、ジャスティス7に関わる話題になると健司はちんぷんかんぷん。それでも本人は構わなかったのだが、や千秋がそれを注意するので、勘兵衛が解説を始めてしまった。

「通報システムがあるんだよ」
「そんな大層なものじゃないけどな。ガラケー時代のスレッド式掲示板」

ニヤリと不敵な笑顔の伊織が説明してくれたところによると、主にガラケーからの閲覧を想定した掲示板が今でも生きていて、その中にこの地域の生活情報についてのスレッドがあるらしい。ここに事情を書き込むとジャスティス7が助けてくれることがある……というのが口コミで広まり、ごく狭い地域の中で活用されているとのこと。

「そういうのって、嘘の場合もあるんじゃないのか」
「だからオレたちが名乗って書き込んだことはないし、もちろん調査してからの判断だよ」
「それで本当に出動したことは……
「もちろんあるよ。迷子とか、犬の脱走とかも見捨てないからオレたちは」

勘兵衛はそう言ってハンバーガーを食いちぎった。彼も本気で善行を行使する目的でチームをやっているようだ。確かにそういう「本当に深刻な事態になっているかどうか分からないけど、急ぎ誰かに助けてもらいたい」という時には機動力の高い地元民であるジャスティス7は天の助けに違いない。

「今のところ悪意のガセネタに引っかかったことはなくて、でもそれはこのスレッドが本当にこの近辺に暮らす人々の間で口コミで広がったに過ぎなくて、助けを求める人たちも地元の人で、そもそもこんな放置状態の掲示板、偶然迷い込む人がいないからだと思う」

どうせ悪さをするならたくさんの人が見ているところでやりたいのが心情だ。誰も見ていない誰も困らない悪事はやっても意味がない。なので悪ふざけで閲覧している人がそもそも存在せず、口コミということは実際にジャスティス7に手助けしてもらった人々から広まったことになるので、今のところ空振りだったりすることもないようだ。

健司の脳内には「裏掲示板」なんていう曖昧な表現が浮かんでいたが、実際にURLを教えてもらって覗いてみると、書き込みのひとつひとつはユルい感じのものばかり。スレッドタイトルからして「【マジで何もない】A市生活情報全般スレ176【モールはB市】」という有様なので、ガラケー時代から数えて176スレッドしかない時点でお察しである。

だが、そのユルい書き込みの合間に「【捜索要請】おじいちゃん脱走、見守りカメラで確認。仕事でまだ帰れないので、頼みたい。捜索範囲は本町交差点を中心に2キロ。保護したら本町交番に行けば近所の人に連絡してくれると思う」なんていう書き込みがあり、おじいちゃんの特徴が細かに記されていた。

「おじいちゃんおばあちゃんの徘徊捜索は多いよ。特に深夜はオレたちの方が頼みやすいし」
「みんな親切なんだよな。お礼をしてくれることもあるし、誰も素性を聞いてこない」
「バレてないのか」
「まあ実際は顔バレしないように隠してるけど、それでも黙っててくれてる」

今までにもらったお礼の品、一番すごかったのは現金10万円、一番嬉しかったのは真冬の豚汁だとメンバーたちは盛り上がっている。こんな話を聞いていると、花形と「犯罪ギリギリの違法な自警団」だと思っていたことを申し訳なく感じてくるが、かといってその仲間であるが不安を感じているという事実もあるので、健司はまた距離感に悩んだ。

「ストーカーとかDVとか虐待とか、そういうのは実際すごく少ないんだよ。普段はこういうのばっかり。バトルになるのも向こうが手を出してきたときか、誰かを攻撃しているのを確認出来たときだけ。それ以外では手出し厳禁だし、任務遂行と身バレ回避が最優先」

勘兵衛の性格を考えると納得のルールだ。しかも彼がリーダーであり現場に出ているので、これが無視されることはない模様。スレッドをスクロールしていくと、おじいちゃんが無事に保護された礼を綴る書き込みが出てきた。他にも「日常の困りごと」が依頼されては礼が書き込まれている。

中には「深夜は無理かなと思ったけど本当に出動してくれて助かった。おばあちゃん怪我してたけどおぶって届けてくれて、玄関開けたら顔も見えない黒ずくめの若い子が5人ずらっと並んでたからびっくりしたけど、いきなり全員が頭を下げておばあちゃんを渡してくれて、報酬のことを聞いたら首を振るし、だから無理やり手持ちを掴ませて果物とか押し付けちゃったけど、深々と頭を下げてそのまま帰っちゃった。これぞ『ご当地ヒーロー』、本当にありがとう」なんていう書き込みもあった。これはまさに勘兵衛の流儀だと思われる。

とまあ、こういう書き込みが続くので、頼み事をしたいんだけど……という書き込みに対しては経験者たちがアドバイスをし、本当に必要なトラブルにのみ出動してくれるだとか、互いが身バレしない方法だとか、そんな話題で誘導しているようだ。

勘兵衛は初期メンバーでもあるし、こうした姿勢の「正義のヒーロー」なのだとしたら、が軽い気持ちで参加したのは想像に難くない。始めは現場も本部もなく、身バレ防止の覆面もなく、直接困りごとを耳にしては手を貸していたのだろうから。

印象深い出動で盛り上がっているメンバーたちを横目に、健司はさらにスレッドをスクロールしていく。現行スレッドは今年の5月に作成されたもののようだが、さすがに現場でバトルが発生した案件について触れた書き込みはない。あるいは春以降はそういう依頼がないのだろうか。

「出動は通報が来たときだけ?」
「いや、日常で耳にした問題とかに手を貸すこともあるよ」
「通りすがりとか」
……それもある」

さすがに「今のところいい話ばっかりだけど、暴力沙汰になったケースは?」とは聞けなかった。暗に健司がそれを疑問に思っていることは勘兵衛も気付いているらしい。返事には少しだけ「間」があった。だがそこで指をペロリと舐めた平八が何やらビニール袋を投げて寄越した。

「なにこれ」
「お前の制服」
「制服?」
「出動する時の」
……え、オレ出動すんの?」

それまで楽しげに喋っていたメンバーたちも「じゃあ何しに来たんだ」という顔になったので、健司は酔って参加すると言ってしまったことを思い出し、そそくさと袋を開いた。中身はとにかく真っ黒な布。いくつかに分かれているが、どうやらパーカーとインナーとパンツらしい。

さらに平八がテーブルの上にステンレスのトレイを投げ出す。海外の映画とかドラマで見たことある雰囲気のステンレストレイだけど、これって料理で使うやつじゃないのか。

「これがイヤホン、スマホ、グローブ、催涙スプレー」
……これも制服?」
「支給品だよ。他にもあるけど、あとこれ、ここに入るためのキーレスキー」

健司の戸惑いを見て取ったのか、あらかた食べ終わった勘兵衛が立ち上がるとタブレットを持ってきて健司に手渡し、ドリンクカップを片手に足を組んだ。

「今日の任務は直接被害者と連絡取れてるケースで、監視と尾行。写真、スクロールしてみてくれ。そのレベルの落書きがもう3ヶ月以上も続いてるんだ」

健司が手元に目を落とすと、スプレーによる酷いいたずら書きの写真があった。スプレーアートっぽくなっている箇所もあれば、ただ文字やマークを書いただけのものもあり、しかしとにかく広範囲でびっしり塗り込まれているので、これを落とすのには大変な費用がかかると思われる。

「場所はここからチャリで15分くらい。民家3軒と会社2つ、お寺ひとつ、倉庫ひとつ。ほぼ壁が繋がってるんだけど、落書き被害が終わらなくて、お寺の住職が困ってるって話を聞いてな。だからこれはスレに書き込まれた依頼じゃない。会社と倉庫は夜になると無人だし、民家は高齢者世帯がふたつ、深夜帰宅の共働き夫婦の世帯ひとつで、なかなか現場を押さえられないらしい」

あるいは寺院の住職は高齢で小柄、もし現場を押さえられたら決して責めたりせずに諭すつもりでいるが、有無を言わさずに暴力を振るわれてしまったらと悩んでいたらしい。確かに落書きの内容は暴力的で、しかももう3ヶ月も放置状態なので図に乗っている模様。

「監視と尾行っていうのは……
「単に犯人の身元特定。それさえ分かれば撤収。こっちが勘付かれなければバトルになりようがない」

健司は「まあそれなら……」という気にはなっていた。3ヶ月ということは、おそらく既に警察へは通報済みで、しかし24時間張り込みなんてことはやってくれないし、住職のようにもし武器を携帯した若い男性だったらと思うと怖くて行動を起こせない……といったところだろう。

「でもそれが今夜必ず現れるとは……

今度は伊織がポテトのケースを手にニヤリと笑って足を組んだ。

「住職に許可を取って監視カメラを取り付けてある。それから8月に入ってから落書きを諫めるような張り紙を貼り付けて、しばらく様子を見てたんだ。そしたら昨日、それをじっと覗き込んでるやつが現れた。夜22時5分、張り紙をしばらく見た後、すぐに携帯でどこかに電話をして、去り際に張り紙を剥がして壁を蹴っていった。それでやめるつもりがなければ絶対に今夜、挑発に乗るはずだ」

大方の予想通り、監視カメラに映ったのは若そうな風体の男性で、塀の高さと比較すると身長176センチくらい。オーバーサイズの服を着ている可能性もあるが、痩身小柄というわけでもなさそう。住職たちの不安は遠からずだったようだ。

「監視カメラの映像からすると複数犯のようだし、その中のひとりでもいいから身元を突き止めるのが任務。住職は話し合いでカタをつけて改心してもらいたいようだけど、優しいおじいちゃんに諭されて心を入れ替えるくらいなら3ヶ月も続けないし、社会的に痛い目を見てもらうしかない」

ということは警察か。健司はギクリと肩をすくめた。それってジャスティス7の存在が公になるんじゃないのか。ていうか自力で犯人突き止めましたと通報して対処してくれるものだろうか。

「それは大丈夫。今回オレたちが関わることになったのは、そもそも被害に遭ってる会社の社長さんがオレたちのこと知ってたんだよ。でも掲示板のことは知らなくて、それを住職に話したらしく、さらに住職が『ああいうのが助けてくれれば……』って言ってたって話を聞いて、それでこっちから連絡したんだ。社長さんは住職と違って改心は期待してないらしいんだけど、オレたちの安全も考えて証拠を押さえるだけにしたいってことで、今回の任務」

やはり「ほとほと困り果てているが誰も助けてくれないし逆に暴力を振るわれたら怖い」なのだ。その気持ちは理解できる。それに伊織ですら「映像を確保して通報」が目的のようなので、健司はまた「まあいいか……」と思っていた。

もしバトルに発展しそうになったら自分だけ逃げてこよう。走るのは得意だから。