ビー・ア・ヒーロー

4

「とりあえずチーム名はダサいな」
「しかも実際は9人」
「まあナインだと野球チームみたいだしな」

河原でのジャスティス7の「秘密会議」の翌日、歩は買い出しの手伝いに連行され、健司は歩の部屋でゲームでもやっててね、と置いていかれた。なので歩のベッドでのんびり携帯を確認していたら、「まだ2日目なのに定時連絡をすっぽかすとはいい度胸だな。オフショル女子のベッドで寝てるのか?」というメッセージが入っていたので、花形に電話をかけ、ざっくりと説明を始めた。

ぽかんとしていた健司に歩たちが説明してくれたところによると、ジャスティス7は人助けのための正義のヒーローチームで、主にこの街の中で起こるトラブルや困りごと、揉め事などを解決したり手助けしたり、あるいは目立たない規模でボランティアのようなことをしている仲間なのだという。

「というと……ゴミ拾いとか、そういうことか?」
「そういうのもやってるらしい。あとは高齢者多いから、なんかそういうサポートとか」
「それだけなら立派じゃないかと思うところだけど」
……最初は本当にそれだけのことで、もそのつもりで参加してたらしいんだ」
「おい何しれっと呼び捨てになってんだ何があった」
「最後まで聞けよ」

ジャスティス7は最初、久我伊織と田島昂誠のふたりが意気投合して結成された。ふたりは学年で言えば先輩後輩になるが、そもそもが狭い街のこと、ふたりは以前から顔見知りで、田島昂誠いわく「正義を求めて」活動することを念頭に手を組んだ。

その直後に田島昂誠が小学校中学校が同じだったと歩に声をかけ、花形が想像したようなゴミ拾いだとか、子守だとか、高齢者の買い物支援だとか、そんなことを細々とやっていたらしい。そこに伊織の幼馴染である岡本みちるが参加、ということは片山倫太郎も参加で、片山倫太郎は小学生の頃に同じ空手教室に通っていた菊名如人に声をかけ、菊名如人が七海兄妹を誘った。

「その片山倫太郎と、菊名如人と、ええと七海志乃が、格闘技やってるんだよ」
……お前のイトコもオールラウンダーで、同学年のやつもガタイいいって言ってたな」
「お察しの通り、かなりの戦闘力を持つチームになってしまった」

中でも菊名如人は空手だけでなく、テコンドーとボクシングとブラジリアン柔術もかじっているという完全なバトル要員。さらにまだ15歳の七海志乃もその菊名如人と互角に勝負できるレベルのファイターだそうだが、最初は彼らも大人しく清掃活動をやっていた。ところが、

「酒が入ったやつが集団で女の人を捕まえようとしてた現場に遭遇したらしいんだ」
「まあ、それを実際に目の当たりにしちゃうとな」
「それに車のナンバーが遠かったもんだから、普通にバトルになった」
「で、勝ったんだな?」
「圧勝だったらしい。ていうかそのまだ15歳の女の子がひとりで3人倒したらしい」
「なんだその化け物」

によれば、それでも何をしてるのかと声をかけたジャスティス7に対し、武器を持って攻撃してきたのは向こうの方だったのだという。だが運の悪いことに七海志乃は怒りを覚えた相手に対しては非情な性格をしており、躊躇なく返り討ちにした。

「で、それを見てた久我伊織がチームを自警団にすることを思いついた」
「うーん、正直犯罪ギリギリなのでは」
「ただ、その後ストーカー事件とかを片付けていて、実績が出来ちゃったらしい」
「それも逆恨みとかリスクが高い気がするけど」
「そうなんだよな……

だが、ストーカーも家庭内暴力もDVも詐欺も、なかなか警察が動いてくれないという如何ともし難い状況に陥った人々の求めに応じる形で手を貸すことになってしまい、困っている人々とチームの利害が一致してしまっているらしい。

「困ってる人はわかるけど、チームの『利』ってなんだよ」
……その伊織ってやつが、マジでヤバいやつみたいで」

健司の警戒センサーは正しかった。や歩たちは子供の頃からの友人なので気にしていないようだが、久我伊織は本気でジャスティス7を「正義のヒーローチーム」だと思っていて、弱きを助け強きを挫くを現実に実行しているのだと真顔で言っていた。

「その正義の理屈をけっこうマジで受け取ってるっぽいのが何人かいて、どうやらうちのイトコとかとかはそこまでのことと考えてないみたいなんだけど、特に今夏休みで時間があるからヒーロー活動が活発になってきてて、一緒にやらないか、と」

花形のため息が長い。

「ちゃんと断ったんだろうな」
「今から話す経緯で手遅れ」
「お前自分の立場わかってるだろ。何かやらかしたらまた全部台無しになるんだからな」

それは健司自身が一番理解しているわけなのだが、河原でそんなことを延々喋っていると、なぜだか体が熱っぽくなり、薄っすら眠気も感じて、ふらつくようになった。それでも隣のが色々話を振ってくれたり、チームのボランティア活動についてを教えてくれるので、黙って聞いていた。むき出しのの二の腕が焚き火に照らされて、唇を寄せてみたくなる。

座っていた位置が歩ととの間で、なので歩が他の仲間と喋っているとと話すしかなく、健司は心地よいふらつきの中で彼女と話していた。は反対隣の伊織には声をかけず、なんなら健司の方に体を向けて色々話してくれるので、それが楽しくて異変に気付くのが遅れた。

「いつの間にかペットボトルん中に酒入れられてたんだ」
「あのなあ、お前それ……
「といっても度数3パーセントの缶チューハイを注がれただけだから、量としては微量なんだけど」

しかし健司は飲酒の経験がなく、そもそも親がどちらも家では酒を飲まず、季節の行事や祝い事でもアルコールとは無縁だった。なので、アルコール度数3パーセントのチューハイを飲みかけのペットボトルに注いだ程度の酒でもよく効いてしまった。

「だから酔っ払ったってほどじゃなかったんだけど、フワフワでとろとろした感じになっちゃって」
「女子か」
「軽く酔うって気持ちいいのな」
「お前大学生んなったら気をつけろよ」
「で、そのあたりでリーダーのやつに仲間に入るかって聞かれて」
「OKしちゃったのかよ」
「らしいんだ」
「覚えてねえのかよ」
「だってオレが酒飲まされてるって気付いたが支えて送ってくれたんだよ」
「何ヘラヘラしてんだ」
いい匂いだった〜」
「ホンワカパッパしてんじゃねえよ」

健司の飲みかけの炭酸飲料にシトラスフレーバーのチューハイをチョロチョロと注いだのは、歩とリンと伊織だったそうだが、に夢中になっていた健司は気付かなかった。なので実際は3パーセントのチューハイを100ml程度飲んだだけだったのだが、が異変に気付き、健司はその場から連れ出された。なので歩も一緒に帰宅し、その道すがら、ほろ酔いでチームへの参加と、メンバーとはコードネームや呼び捨て呼び合うことと、翌日は伊織の秘密基地に行くことを約束してしまったと知った。

「やっぱあの子いい子なんだよな、歩たちのこと叱ってくれてさ」
「いや、てか全員アルコール解禁まだだろうよ……
「なんかタバコやクスリはだめだけど酒はOKって感じらしい」
「まあオレも正月は必ず一口飲まされるけど……てか何だよコードネームって」

健司は通話をスピーカーに変え、ブラウザで検索しつつ寝返りを打った。

「それがな、ヒーローチームは現場と本部の2班に分かれてて、実行部隊は本名で呼びかけるとマズいから、現場でのコードネームがあって、で、それが『七人の侍』から取られてて……えーと、そうそう、これだ、島田勘兵衛とか、菊千代とか。というかそれぞれ映画のキャラクターと同じ漢字が名前に入ってたりして、が見つけて、それを聞いた伊織が面白がってつけたらしいんだけど」

徐々に増えていくチームのメンバーの名を並べていて「七人の侍」を思い出したが伊織に教え、興味が出て「七人の侍」を見てみた伊織がドハマり。それに対応した名前でコードネームをつけた。なので以後はそれで呼んでほしいという。

「田島昂誠が名字をひっくり返すと島田だから、勘兵衛。菊名如人が菊の字で菊千代。うちの歩が林田だから平八。七海の妹が七の字で七郎次。ただし片山倫太郎は本人が『ゴロベエはやだ』って言ったから、名前を縮めてリン。あとは岡本がいて、久我の久の字が久蔵ってことになるらしい」

もしかしてみんな「七人の侍」になるね! と言い出したは自分を計算に入れておらず、伊織もそれに気付かず、なおかつ七海兄妹は同じ名字だからとふたりでひとりにカウントされたので実際は9人のジャスティス7が出来上がってしまったというわけだ。現在は健司を入れて10人。

「お前のコードネームはなんなの」
「オレはないだろ」
「まだあるじゃん、利吉とか与平とか茂助とか」
……お前黒澤映画好きだったのか」
「何言ってんだ『七人の侍』は全ての映画の中でもトップクラスの傑作だぞ」
「えっ、そうなの?」
「知らないのかよ!」

というか部活しかやってこなかった健司の場合、テレビで気楽に見られる娯楽作くらいしか見たことがない。なので花形の喚き声の意味は分からない。が、「七人の侍」との共通点を見つけたのはである。花形もも見たことがあるのに自分は何も知らないのは癪に障るので、あとで絶対見ようと心に決めた。ていうかと一緒に見ればいいじゃん。歩はどうせ退屈して寝るか出ていくだろうから、ふたりっきりで。

「だから今日はたぶん伊織の家に行くんだと思うんだけど、別にオレがバトルするわけじゃないし」
「本当に気を付けろよ。お前のことは信用してるけど、今のお前は信用できない」
……そういえば昨日、伊織に言われたんだよな」

いいね、ヒーローの目をしてる。今は、まだ。

伊織という人物への不審感に目を瞑れば、少しだけ今の健司が抱える正体不明の心のモヤモヤを少し言い当てられたような気がした。まだ自分は「ヒーロー側」でいられる。まだ間に合う。まだ引き返せる。そんなイメージが気持ちを軽くしてくれるような気がする。

「オレが毎日電話よこせって言った意味がわかったかよ」
「なんとなく」
「だったら警戒モードを解くな。そのって子のそばを離れるな」
「アニメとかに出てくる何も出来ない女の子みたいだなオレ」
「今のお前はそういう状態なんだよ! 自分の立場考えろ! オレも『七人の侍』やりたい!」

花形は暇なのだろう。健司は通話を切り上げ、タオルケットを肩にかけて寝返りをうち、静かに息を吐きながら目を閉じた。ジャスティス7、リーダーの勘兵衛、スポンサーの伊織、現場班の菊千代、平八、リン、七郎次、本部班の、みちる、千秋。メンバーの顔と名前を反芻する。ほろ酔いだったが全員覚えている。そしてふらつく自分を支えてくれたの体の柔らかさも覚えている。

ヘラヘラと悪びれない歩に対し、は何度も健司に謝り、しかし「悪い子たちじゃないんだけど……」と苦笑いだった。はっきりとした記憶はないものの、きっとはジャスティス7みんなのお姉さん的存在なのかもしれない。いいなあ優しいお姉さん。甘えたいし可愛がりたい。

ジャスティス7が「悪い子たちじゃない」のはそんなを見ていてもわかる。ちょっと特殊な匂いのする伊織はともかく、誰も彼も「よかれと思って」ヒーローチームなんてものを名乗っているんだろうということもわかる。これでも100人近い部員を預かる監督であり主将である。

厳しくていかつい勘兵衛、常にヘラヘラしている我がイトコでハトコの平八、ヤンキー臭いが物静かな菊千代、お喋りが多くてキャピキャピしたリン、クールで怒ったら怖そうなみちる、0か100で極端な体育会系丸出しの七郎次、それに寄り添う気弱で真面目な千秋、チームの精神的支柱である

チームのメンバーたちがどんな人物でどんな役割であるかは手に取るようにわかる。わからないのは伊織だけ。部活だけでなく、これまで生きてきてあれほど不審で奇怪な人物には会ったことがないので、無理に理解したいとは思わない。

でもが何も言わないってことは、あいつも悪いやつじゃないのかもしれない。

花形も言っていたように、今のところ完全に信用していいのは身内の林田歩こと平八よりもであり、余所者で期間限定の旅人である自分はの様子を窺いながら行動するのが安全なはずだ。そうやってに引っ付いているだけなら、ジャスティス7の活動を眺めているのは悪くないかも知れないと健司は思い始めていた。

この街も林田家もジャスティス7も、自分の日常の中にはないものだ。異質で違和感があって緊張を伴う。けれどそんな非日常がやがて自分のモヤモヤを忘れさせてくれるかもしれない。気付いたら一昨日までの自分はどこかに消えていて、部活に戻った途端、予選が始まる前の自分に戻れるかもしれない。

河原での「秘密会議」は、健司にそんな期待を抱かせた。

すると玄関の引き戸が開く音がして、誰かが階段を登ってきた。平八の部屋は2階への階段を上がってすぐのところにあるので、音がよく聞こえる。

何だよもう帰ってきたのか。てか買い出しの手伝いに行ったくせに、叔従母さんを置いて帰ってくるって平八それはどうなんだ。小さな頃は仲良く遊んだ平八だが、昨夜の酒の件といい、彼のあのヘラヘラした態度には少々引っかかるものを感じ始めていた。

まあ、そういう意味ではあいつも伊織みたいに読めないところはあるよな……

血の繋がった身内である平八に対して肌触りの悪い感触を得てしまった健司だが、その彼のタオルケットを被って彼のベッドで寝ているのはあまり違和感もなく、きっとあのヘラヘラした笑顔を見るとどうでもよくなってしまうんだろうな……と諦めのため息を静かについていた。すると、

「ちょっと、まだ寝てるの!? あんたが本持ってこいって言ったんでしょ!」

というの声とともに、タオルケットを剥ぎ取られた。

ごろりと仰向けに転がってホールドアップの健司、固まる

…………ご、ごめん! 平八だと思って! ごめんなさい!」
「い、いや……

固まっていたはすぐに体を反転させると、健司と同じようにホールドアップのように両腕を上げて上ずった声を上げた。無理もない、健司はTシャツに下着だけの姿だった。トランクスでよかった。

というか健司はそんなあられもない姿をに見られてしまったことに、自分でも驚くほど羞恥を感じなかった。確かに下はパンイチなのに、別にになら見られてもいいし、こんな姿だとしても気を使わない関係の方が魅力的に感じた。

「ほんとにごめん、読書感想文に使う本を貸してほしいって言われてて、それで」
「あれ、鍵は?」
「私ここん家の隠し鍵知ってて……小さい頃からよく来てたから……
「あ、そっか。驚かせてごめん」

手を伸ばして文庫本を学習机の上に置くの背中を眺めつつ、健司は体を起こした。今日のは半袖のロングワンピース。健司は頬に手をやる。朝起きた時にちゃんと髭を剃ったので、つるりとしている。パンイチである以外は清潔になっている。

「健司くんが謝ることじゃないって! ほんとごめん、すぐに帰――
「呼び捨てで呼び合うんじゃなかったっけ?」
「あっ」

くすくす笑う健司の声に、はこわごわ振り返る。余裕なお姉さんだと思っていたの慌てる様子も悪くない。健司は下半身にしっかりタオルケットを被せ、振り返ったに笑いかけた。

「ていうか……その、健司、具合はどう?」
「具合?」
「昨日のお酒」
「ああ、それはもう、全然。気持ちよく寝てたよ」

実のところ帰宅した頃には健司の酔いはすっかり覚めていて、やけに腹が減ったので平八とふたりで中華祭りの残りと袋ラーメンを食べ、ジャスティス7についての補足を聞き、シャワーで汗を流してから寝たのだが、またぐっすりと眠り込んで心地のよい夢まで見た。

「それならいいけど……今日も無理しなくていいよ、伊織の」
「大丈夫、無理はしてないよ。昨日も楽しかった」
……気持ちの具合の方は、どう?」
「それも少しずつ。でも今すごく楽。こんな風にダラダラするの、久しぶりだし」
「そっか。それなら。しんどくなったらすぐ言ってね」

がベッドの端に腰を下ろしてそんなことを言うので、健司はつい調子に乗った。

「ありがとう。もゴロゴロしてく?」

平八のベッドはセミダブル。ふたりで横になれるくらいのスペースはある。タオルケットが外れないよう押さえながら場所を作り、健司は空いた場所をポンポンと叩いた。まあそれはほろ酔い密着も含め昨夜の出来事が想像以上に楽しかったことからくる冗談でしかなかったのだが――

「そだね」

は何でもないという顔をして、健司の隣にゴロリと横になった。

えっ、なにこれ、どういうこと!?