ビー・ア・ヒーロー(場外乱闘)

「みんなそう言うの。幼馴染って中学生くらいで急に意識したりすんの? って」
「ないから。マジでないの。でも誰も信用してくれない」

ジャスティス7本部、テーブルの上には山盛りのファストフード、壁の巨大モニタは発売されたばかりのゲーム画面。そして時間は深夜。高校生諸君は期末テスト目前という時期だが、そんな時に高校生最後の全国大会予選を終えた健司が遊びに来たので、特別に集まっている。

最初は確か「身近な夫婦ものはどこで知り合ったカップルか」という話だった。それぞれの親や親戚、学校の先生やバイト先の店長まで、まだ高校生の彼らが知る限りの結婚までいったカップルのスタート地点はどこぞ、なんていう話をしていた。だいたいみんなどのへんで知り合った人と結婚するのか。

という話の流れから、幼稚園時代からの幼馴染であると平八、伊織とみちるはお互いを意識したことがあるのか、という話になった。どちらも答えは「NO」。特にと平八はその話題が特に不愉快そうである。

「中学生くらいで急に意識したりするのか以前に、小学校高学年くらいから周囲に『相手のこと気にならないの』とか『実はこっそり付き合ってるんじゃないの』とか、言われすぎて本当に鬱陶しかった」

そのせいだけではあるまいが、も平八もお互いのことは家族同然に思っているので、まずそういう発想がなかった。それに昔からは真面目、平八はヘラヘラしていて、お互いときめく要素がなかった。だが周囲があまりにしつこいので、

「ほんとに中1、確認の意味も込めて抱き合ってみたんだよね」
「え」
「しかも中学のジャージでうちの居間だったよな」

の隣でシェイクを啜っていた健司は目を丸くして隣の彼女を凝視した。しかしふたりは同時に両手を上げて「やれやれ」というポーズを取ってため息をつく。

「なかった」
「完全になかった」
「ただの
「ただの歩」
「照れもなかった」
「自分でも気持ち悪いくらい無反応」

それを聞いた菊千代が珍しくブハッと吹き出して俯き、肩を震わせて笑った。

しかしと平八の「幼馴染恋愛幻想との戦い」はまだ終わらず、ふたりは身を乗り出し、まるで社会正義を議論しているかのような顔つきになってきた。

「オレが中2の時の初カノもさ、まーのこと敵対視してさ」
「でも私、彼女出来たなんて知らなかったんだよ。クラスも遠かったし」
「てかオレだってが幼馴染だなんて説明してないんだぞ」

だが当時の歩の彼女は話したこともないに嫉妬の炎を燃やし、平八に対してとの接触を控えるよう訴え続けていた。

「でも無理じゃん! うちと家の垣根が曖昧なのは根が深いんだし」

も腕組みで深く頷いている。

「そう、うちの母親が具合悪くなったのはうちらがまだ年中さんの時で、記憶も怪しい」
「オレは小学4年生くらいまで家は本当に親戚だと思ってた」
「また始まったよ林田家家物語」

みちるが呆れた顔でナゲットをソースに浸すが、平八とは聞いていない模様。

「だいたいうちと家ってのはの母親の病気がきっかけで急に距離が縮まったから、色んな段階を踏んでないんだよ。本当に小母さんが入院した直後、の幼稚園のお迎えがうまく行かないことが多くて、幼稚園でも先生たち困っちゃっててさ」

当時の母親は専業主婦だったので、基本的に日中の子育ては全てひとりでやっていた。それが突然行動不能になってしまったので、あとに残ったのは残業ありありの父親と、正社員で働いていた祖父母のふたり。のお迎えの時間は通常、全員仕事をしていた。

だが幸いの母親の急病は不治の病ではなかったし、体を休める期間も含めて1〜2ヶ月耐えればなんとかなる――はずだったのだが、まず祖父がそもそも昭和の亭主関白気取りで子育てをしたことがなく、いきなり幼児を預けるのは危険が伴った。ので、父親か祖母が交代で仕事を都合つけながらお迎えという話になったのだが……

「父親と祖母ったって、そこ親子じゃないのよ。ん家は父親が実家遠くて、姑と婿。だから報連相はちゃんといかないし、相手がしくじれば余計に怒るしで、一度すげえ喧嘩になって、が泣きながらうちに逃げてきたことがあって、そんでうちの母親がキレて怒鳴り込んでさ」

例の元ギャルだという平八の母親に怒鳴り込まれた家は恥ずかしいのと他人に怒られて面白くないのとで、を預かってもらえる便利さには代えられなかったものの、その時点では林田家に対しては遺恨があったのだそうな。特に父親は余剰にお礼をしたら関わりを減らしたいと思っていたとか。

「でもズルズルと預かり合いをしてたんだよね。特に母親同士が親しくなっちゃったから、私たちも何も気付かずに親しくしてた。そしたら今度は林田の小父さんが失業でしょ。さすがに歩が可哀想になったのか、珍しくうちの父親が誕生日プレゼントは何がほしいのかって聞いたことがあったんだよね」

今では考えられないが、当時の平八は純粋な目を潤ませ、真面目な顔で「ぼくのプレゼントを買ったら、お父さんとお母さんと一緒に暮らせなくなるから、プレゼントはいらない」と言い出した。

「それでうちの父親が泣き崩れて、以来基本的に私たちの誕生日は両家参加の一大イベント」
「いつまでやってたっけ、あれ」
「あれもたぶん中1の時にもうやめてほしいって頼み込んでやめた気がする」

なので平八が彼女に「さんと仲良くするのやめて」と言われたところで、自分の一存ではどうにもならない問題だった。子供同士は出来るだけ家の行き来をしないように気を付けていたけれど、やれ法事だから子供の夕飯頼むだの、やれお母さんの誕生祝いだから外食をしようだの、強制的に連行されることもしばしば。親にとっては中学生などまだ「子供」でしかない。本人たちはともかく。

「で、その初カノどうしたの」
「結論から言うと、別れた。けど、それはのせい」
「ちょっと! それは違うでしょ! 自分で余計なこと言ったからじゃん!」
「そんなことないって! 普通彼女以外の女のこと褒めたらそっちの方が怒られるだろ!」
「おーい、話見えないぞー」
「順番に話せー」

言い合いの間で健司と勘兵衛がツッコミを入れてやっとふたりは姿勢を元に戻し、咳払いをした。

「まあそれは偶然だったんだけど、その彼女と私、たまたま校外学習の時にトイレで一緒になったの。全然知らない子で、名前も知らなかったんだけど、急に生理来ちゃったみたいで、すごく慌ててて、でも友達が助けてくれなかったみたいで、ひとりで涙目になってた。だから私が声かけて、まあ持ってたナプキンあげただけなんだけど、そしたらいきなり涙目で歩と付き合ってるって言い出したんだよね」

まだ中学生だからと言っていいものかどうか、ちょっと厄介な困りごとを目の当たりにした時、関わりたくないので逃げる、という選択をする人は多い。友達だと思っていた子たち全員に逃げられた歩の彼女はの親切に半泣きで自己紹介をした。

「でも初耳だったし、てことは歩はちゃんとこの子のこと大事にしてるんだなって思ったから、私に特別な感情はないってアピールした方がいいと思ったし、弟みたいなものだから可愛い彼女が出来て嬉しい、よかったらいつまでも仲良くしてね、って言ったの」

そこで平八ははぁ〜と大きくため息をついてのけぞった。

「そしたらどうなったと思う。コロッと手のひら返してに入れあげちゃったんだよ」

今日はやけにツボに入りやすいらしい。菊千代がまた吹き出して俯いている。

にひどく感心してしまった歩の彼女は、親切にしてもらったことを正直に報告し、これまでのことを謝った。だが、そこで「彼女以外の女は例え家族でも褒めると機嫌を損ねられる」と思い込んでいた平八は、を小馬鹿にしてヘラヘラと笑った。

「で、その場でフラれた」

とうとう菊千代が声を上げて笑い出した。

「菊千代笑いすぎじゃね?」
「む、無理、無理」
「褒める対象がどうとかじゃなくて、言い方なんだけどね。そこは普通に平八がバカだと思う」
「みちるまでそういうこと言う! おかげでキスもしないまま別れた初カノ」
「ね、だからこれ平八の自業自得でしょ」
「いやのせいだって!」

健司はひょいと屈み込み、に顔を寄せて「は悪くないよ、あいつがバカなだけ」と言って微笑みかけた。付き合い始めてからというもの、以前は意識していなかった健司のわざとらしいスマイルにすぐやられてしまうは、照れて彼の腕に抱きつく。

「おーい、そこー! イチャついてんじゃないよ、話終わってねえんだから」
「まだ何かあんのかよ」
「次はお前も知ってる話だよリーダー、中3ん時のの初カレ」
「えっ」

照れる彼女を抱き寄せてニヤニヤしていた健司は聞き捨てならない台詞にを放り出して身を乗り出した。昔のことなのであれこれ言いたくはないが、捨ててはおけない。

「あー、あいつか。健司、心配するな、本当にバカなやつでは騙されただけ」
「それもなんか腹立つけど……
「大丈夫、手繋いだくらいで、大した付き合いはなかったから」
「なんで勘兵衛がそこまで知ってんの……
「それはしょうがない。今学校同じ、1年の時同じクラス、本人が言ってた」

抗いようのない地元蟻地獄、はそう言えばと呻きながらのけぞる。

「で、よ。まあちょっとアレな初カレだったわけよ、は。でもそいつ付き合うまではマジでいいやつだったから、みんなその後の豹変に引いてたんだけど、まあオレの初カノと同じで、オレのこと敵視し始めてさ。それをすぐに察知したが距離を置き始めたんだよな」

するとすぐに「やっぱりと林田は付き合ってる」という噂が流れ始めた。どう考えてもの彼氏の仕業なわけだが、その噂は学年中に一気に広まった。だが、問題はここから。

「なあほんとおかしくね? マジでおかしいんだよ。そしたら例のオレの初カノが『林田はともかくさんは絶対そんなことしない』って言い出しやがったんだよ! オレはともかくってどういう意味だってんだよ! なんでの揉め事なのにオレが公開処刑食らってんだ!」

菊千代がゲラゲラ笑い転げ、さしもの健司も横を向いて口元を押さえていた。

「そういうわけで中3、残り少ない中学生活、なぜかオレが針の筵。完全にのせい」
「完全に平八の自業自得」
「自業自得だな」
は悪くないだろう」
「その頃からヒーローだったんだね
「お前ら!!!」

そんなジャスティス7たちの優しさに顔を綻ばせただったが、直後にまた険しい顔をして平八を指差し、低い声を出した。

「そして高1、早速彼女が出来た平八、またヘラヘラと付き合ってて今度は略奪女子に狙われる」
「お前ほんとなんなの……
「いや、だからオレ悪くないだろ! 略奪女子がおかしいだけだろ!」

不幸にも平八はヘラヘラしている点を除けば文武両道であり、ルックスもいい方という恵まれたスペックを有していたので、略奪女子でなくとも憧れていた人は多かったはずだ。たまたま入学直後に親しくなった女の子と気が合ったので付き合ってみただけなのだが、ここから平八の地獄が始まる。

「まあ確かにあの略奪女子は早めにカウンセリングかなんかの必要があると思う」
「高1でそれじゃなあ……
「そしてあいつらはオレの知らないところで喧嘩を始める」
「うわ、それはわかる……!」

見に覚えのありすぎる健司はつい手を伸ばして平八と固く握手をしたが、おかげで全員から白い目で見られた。お前らそれ嫌味にしかならんけど分かってんだろうな?

「まあこの人たちはそういう星の下に生まれたんだろうけど、だからって、その彼女と略奪女子の間で板挟みになって面倒くさかったからって、よりにもよって『実は近所の幼馴染が本命なんだ』とか言い出したお前を私は許さない」

ジャスティス7の白い目が一斉に平八の方に向く。特に健司と七郎次は目がマジだ。

「お前それ何の解決にもならないって分からなかったのかよ」
「ブチ切れ女子の間から逃げ出したい一心で何も考えてなかった」
「というわけでそのブチ切れ女子がウチまでやってくるわけですよ」
「平八……お前いいやつだって信じてたのに……
「菊千代、言いながら指鳴らすのやめて。七郎次〜誤解だよ〜」
「それどうやって収めたんだよ」

呆れた勘兵衛のため息にもため息で返す。

「いや、もう当時の友達とその彼氏が心配してくれて、彼氏が私の彼氏のふりをしてくれて、それでなんとか私への攻撃はなくなったんだけど、確か平八は1年の秋頃まで逃げ回ってたはず」

それに嫌気が差したのではあるまいが、以後平八は特定の恋人を作らず、今に至る。だがそこはの今カレである健司はスルーできない。

「こんなところで言う話じゃないけど……本当にに何も思ってないんだろうな」
「さっき言ったじゃないか。ただの。それ以上でもそれ以下でもない」
「今でも?」
「もちろん。そしてジャスティス7のセクシー担当はオレ」
「えっ、セクシー担当って勘兵衛じゃないの!?」
「は!? なんでオレ!?」
「腹筋割れてんじゃん!」

リンと勘兵衛が言い合いを始めてしまったので一瞬で話が飛んだが、まだ少し不安そうな顔をしていた健司の袖を引き、はそっと手を繋いだ。

「心配しないで。歩は家族。もし好きになれるならとっくに付き合ってるよ」
「それはわかってるけど……
「健司は自分のこと棚に上げすぎ。私の方がよっぽど心配」
「えっ、別にオレそういう、なんかやましいことは何も」
「そんなに狼狽える方が怪しい」
「ち、違、オレは歩とは違う」
「お前さんら、オレを馬鹿にするのもいい加減にしろよ」

イチャイチャとなじり合いをしていたカップルの間に入ってきた平八はしかし、困ったような笑顔で軽くため息をついた。本音なのか演技なのか、このヘラヘラ平八はあまり物事を引きずらない。

「色々揉めたけど、オレの方も心から人を好きになったことがないんだよ、しょうがない。そんな上っ面だけの付き合いよりも、ジャスティス7の方が楽しいしな。それに、オレたち3年世代が卒業したらどうなるかわからないぞ、ジャスティス7なんか」

平八の潜めた声に、健司とは頷いた。このジャスティス7は勘兵衛と伊織が中心になった組織だが、当の勘兵衛が進学予定で遠方の大学への入学を希望しているので、リーダーがまず消える。

そしてチームの精神的支柱であるも進学なので、今までと同じように時間を割けるかどうかはあやしい。余暇が少ないなら当然健司との時間を優先するのだし、チーム内のモラルの両柱であるふたりが消えてしまった時、果たしてジャスティス7はジャスティス7でいられるかどうか。

ついでに平八も進学である。同様自宅から通学なので勘兵衛ほど関わりを断つことにはなるまいが、実質チーム内で一番の「遊び半分」なので、いてもいなくても変わらない。

「さてオレたちがごっそりいなくなったジャスティス7、残った狂犬どもを千秋ひとりに丸投げしなきゃならないのは如何ともしがたい。ていうかもう誰も伊織を止める人がいない。どうしたらいいんだかね」

そう言われると血の気が引く。健司とは俯いて唸った。確かに3年世代が消えてしまうと、あとには狂犬の群れにポツンとひとりモラリストな千秋だけ。過酷。

「でもま、その時はその時。永遠にこの街でヒーローやっていられるわけでもないし」
……お前は特にそういうところ薄情だよな」
「前向きでポジティブって言ってくれる?」
「軽薄でデリカシーがないの間違いでしょ」
「だからさ健司、オレこんなの絶っ対好きにならんからマジで安心しろよ」
「私だって絶っ対ないから。無人島にふたり取り残されても100パーない」
「ねえな」
「ない」

また言い合いに発展しそうになってきたので、健司はの肩を抱き寄せて納得してやった。

それに、同意するのは癪だが平八の言うことにも一理はある。年が明け、と平八と勘兵衛が志望校に合格したらジャスティス7はその屋台骨を失い、伊織の財力だけではチームを支えきれず、早晩活動が滞ることになるのは目に見えている。

や勘兵衛は伊織にとって都合のいいメンバーだった。そんな人材がすぐに見つかるわけもないし、今さら新メンバーを迎えたところで、それらが馴染んだ頃には次の3年生世代が受験や卒業になる。そもそもジャスティス7は有限の理想と正義だったのだ。

引退した健司のチームのように、新たなリーダーの元で目標だけを引き継ぎ始動するほどのものでもなし、助けを求める人の声は消えないだろうが、ジャスティス7にも限界はある。

たまたま時間が取れたので遊びに来た健司だったが、こうして全員で集まるのはおそらくこれが最後になるだろう。と平八以外のメンバーとは連絡を取り合う用がなくなるし、それぞれの道に進んだ先で生まれる交友関係が中心の生活になっていくはずだ。

それを考えると少しだけ胸が疼いた健司だったが、それは新しい世界に踏み出そうとしている証だ。

笑いさざめく本部は任務もなく、ただ遊んでいる高校生の集まり。その体の中にたくさんのものを抱えながら、雑踏の中に紛れ込んでいるヒーロー。いつかそれに郷愁を感じなくなる日も来るだろう。

過去が過去になるだけ、自分たちは新しい明日を迎えられるはずだから。

END