美しきこの世界

03

やっと練習らしい練習も出来るようになり、大量の部員ひしめく体育館で毎日汗を流すのにも慣れてきた5月、花形は意図的に中間テストを適当に済ませた。答えがわかっている問いでも、配点を予想しつつ、わざと空欄で出したりもした。結果、順位は学年で30位程度に抑えられたので、ちょうどよくカモフラージュが出来た。

30位でも「部活やりながらすげーなお前」と言われたけれど、それもあまり深刻な受け止められ方ではなかったように見えた。むしろ自分のことをバカだの何だのと言っては笑っていた仲間たちも普通に問題のない成績で、花形は「これが噂に聞く『テスト勉強してない』現象なのか」と驚いた。

テスト勉強? 全然やってなーい! なんていう、言うなれば「謙遜自虐」、これは花形の出身中学ではあり得ない現象だった。やってないことはまったく自慢にならず、そんなことを言ってみたところで毎回テストは戦争状態、ガチガチに準備して来てるけどまだ不安が残る……と言いながらギリギリまで勉強しているのが普通。

何となく翔陽における「平均的感覚」がわかってきた花形は、この調子で「上の中から上の下」を維持していこうと決めた。何しろ部活は忙しいし、それが楽しいし、とりあえず勉強は適当で構わない。

一体花形がどれだけの点数を叩き出すのかと楽しみにしていた学校側から「もう少し頑張りなさいよ」とは言われたが、この成績じゃ特待生を途中辞退してもらうことになるよ、とでも言われない限り本気は出さなくても大丈夫そうだ。時間に余裕があるのでますますバスケットに熱が入る。

5月も半ばになるとインターハイの予選が始まり、1年生では唯一藤真がスタメンに加わるなど部内は盛り上がっていたし、その余波ですっかり仲良くなった5人は部の外でも一緒に過ごすことが多くなっていた。

と言っても夜な夜な街に繰り出して遊んでいるわけではない。例の隣の駅に深夜まで営業している有料のバスケットコートがあるのを見つけたからだ。先輩に聞いてみたところ、実家通いでないと使いづらいし、同学年で実家通いが固まることがなければあまり利用しないのだと聞かされた。

5人は多少距離に差はあっても全員実家通い。ラッキーだったな、などと言いつつ時間が空くと有料コートに集まるようになっていた。近くにコンビニはあるし、施設内に自販機もあるし、ちょっとばかり遅くなってしまっても高いフェンスに囲まれた中でバスケットしているだけなので、補導もされない。いいことずくめだ。

今年も県予選では2位に終わってしまった翔陽だが、それでもインターハイには出場できる。今のところ試合経験がないに等しい花形は、いきなりの大舞台に緊張と期待で爆発しそうな毎日を過ごしていた。

そんな7月のことである。

期末テストは調整がうまくいったので今回も28位とちょうどいい位置。私立である翔陽は期末テスト以降は基本的にテスト休みになっており、補習・追試・再試と同時に3年生だけは受験のための補講が開かれている頃である。そんなわけでテストの結果に問題がない1年生運動部員は毎日練習し放題。

朝から晩まで練習しては学校を出て、そのまま有料コートに流れるということも少なくなかった。何しろ腹は減るから、一度帰って食事を済ませてから戻ってくるなんてこともある。この日は練習が午後からだというので、朝っぱらからコートに集まっていた。

「合宿ってどういう感じなんだ? オレやったことなくて」
「合宿なかったのか。うーん、普通に朝から晩まで練習だけど」

日々の部活動ですら適当なのに、合宿などやる部はなかった。花形もそこまでは主張できなかったので、合宿未体験である。そこで花形は中学時代の夏休みを思い出す。ほんの数日だったけれど、学校の近くの塾の夏期集中講座を毎年受けていた。申請が簡単なのと費用が安価だったので、仲のいいメンバーで参加した。

そういえばその中にがいたっけな。毎年クラスで付き合いやすいメンバーが固まって参加するパターンがほとんどで、3年間クラスが同じだったので、とは毎年一緒に参加していたことになる。

告白されるまではまったく意識をしていなかったから何も感じなかったけれど、思い返してみるとその数日間はいつもすぐそばにがいたような気がする。すぐそばに、というか、となりに。

そういう時間がの気持ちを育てたのかもしれないなと思うと、やはり少し後悔が出てくる。あんな風に頑なでなかったら、きっと仲良く出来た気がする。もっと好きになれたと思う。それがわかるだけに、惜しい。

身勝手な願望でしかないけれど、もし今が翔陽に通っていたら、もっともっと毎日楽しかったんじゃないだろうか。その上付き合ってたら幸せだったろうな。そんなことを考えてしまった花形は、合宿あるある話で盛り上がる仲間たちをぼんやり眺めながら、少しだけ寂しくなってため息をついた。

「てかアレどうする、どっちでもいいって先輩たちは言うけど」
「あー、夏祭りな。彼女もいないのに野郎だけで行ってもな〜」
「でもちょっと屋台メシ食べたい気もするし」
「誘惑するようなこと言うなよ〜」

やっぱり楽しそうに話す藤真と高野と永野を見ながら、花形は浴衣姿のを想像して、慌てて打ち消す。とどこにでもいるようなカップルになれなかったことを惜しむ気持ちは確かにあるけれど、それを渇望するようになってはいけない。余計な執着が生まれるし、後悔が強くなるだけだ。

と、花形がそんなことを考えていた時のことだ。永野がひょいと顔を上げて、腕を突っついた。

「花形、アレこの間の子じゃないか」
「おお、怪しい子」
「花形、夏祭り誘ってみろよ」

わいわいとはしゃぐ仲間たちの声にげんなりしながら、花形は小刻みに首を振って唇に人差し指を立てる。余計なこと言うな、あの子とは関係ないんだから。だが、の方がこちらに気付いてしまった。

「騒ぐな! 中学の時の仲がいいグループの内のひとりだけど、あの子だけ第一志望落ちてるんだよ」

これは咄嗟に思いついた嘘だが、だからあんまり触りたくないんだと説明している間にはコートの横を通りかかる。気付いているのに無視するのも気まずい、という顔でのろのろと歩いている。ひょこひょこと藤真たちが首を伸ばすので、花形は余計なことを言われる前に口を挟んでおくことにした。

「よう、久し振り」
……久し振り」
「帰りか?」
「まあね」

の高校も私立である。ほぼ間違いなくテスト休み期間中のはずだが、制服姿だ。まさかに限って補習ということはないはずだが、もしかしたら余裕でトップを維持できるレベルなのが功を奏して部活を始めたのかも? そう考えた花形は少し気持ちが楽になった。が、それにしてはは顔色が悪い。

「今ってテスト休みか?」
……そう」
「えーと、大丈夫か? 顔色悪いな」
「別に。ちょっと寝不足なだけ」

純粋に心配してのことだったのだが、は不機嫌そうに俯き、声を潜めた。すると、花形の後ろから顔が3つ飛び出てきた。藤真と高野と永野である。マズいと思った花形だったが、手遅れだった。

「ちーす。暑いなー」
「は? ……ああまあ、暑いね」
「花形の友達? その制服って確か――
「おいちょっといい加減にしろよ、すまん

3人ともにこやかだしおかしなことは言っていないし、責められるようなことをしているわけじゃない。しかし何しろ特殊な状態にある子である。慌てて花形が止めに入ったけれど、また間に合わなかった。顔を上げたは冷徹な表情で花形たちを睨んだ。

……透、まだバスケやってるの」
「えっ、そりゃそうだよ。やめるわけないだろ」

スーッと息を吸い込んだは、吐き出すのに合わせて低い声で言った。

「くだらない。スポーツで生活できると思ってるの」

憎悪の固まりが飛んできたみたいだった。全員固まる。だが、効果がないのが約一名。藤真だ。

「えっ? してる人いっぱいいるよ!」

さしもの高野と永野も顔色が悪い。もちろん花形と長谷川は既に真っ青だ。ひとり藤真だけがきょとんとした顔をしている中、見る間に憎悪が膨れ上がるは花形に向かって唸り声のような声を浴びせかけた。

「部活なんてバカみたい。時間の無駄遣いじゃない」

言うなりくるりと振り返って立ち去ってしまった、とうとう言い返せなくなってしまった藤真も含め、5人はぽかんとしたままその後姿を見送った。そして、我に返った花形は体を折り曲げて仲間たちに謝罪した。いくらなんでも失礼が過ぎるし、を止められなかったのも申し訳なかった。

だが、藤真は落ち着いた表情でそれを押しとどめて花形の肩を掴んだ。

「お前が謝ることじゃないだろ。あんまりいい状態じゃないみたいだな、あの子。さっきの……ひとりだけ志望校落ちたってやつ、それだけじゃないんじゃないのか。別に詳しく話さなくていいけど……大丈夫か?」

花形も顔色が悪い。があそこまで拗らせているとは思わなかったからだ。

こんなことになってドン引きされるんじゃ……と考えた花形だったが、意外にも仲間たちは心配そうな顔をしている。これは事情を打ち明けておいた方がよさそうだと判断した彼は、昼食を取りながらざっくりと説明した。

「何だよ、やっぱり関係なくなかったんじゃん」
「その頃も今も関係はないよ。ただそういうやり取りがあっただけだって」
「エリートコースに乗るんだって思ってたんだろうなあ。それがお前のことも含めて全部飛んだ」

藤真が少々面白くなさそうな顔をしたけれど、それ以外は真面目に話を聞いてくれている。高野のまとめは正しい。有名な進学校に入学して成績も落としたことがなかったし、は努力さえしていれば高校も大学もちゃんとついてくるのだと信じて疑わなかったんだろう。

それでも思春期の心には恋心が芽吹き、しかしそれが自身の人生設計と一緒くたになってしまい、結果受験は失敗花形も進路を分かち、には絶望と憎悪だけが残った。

「高校入ってもリセットできなかったってことは、学校あんまり楽しくないんじゃないか」
「そんなにギスギスしたところだっけ?」
「そんなこともないよな。けっこうあの制服でその辺遊んでる子、多いじゃん」

高野と永野のやり取りを聞いていた花形と藤真はひょいと顔を見合わせてピンと来た。

「いや、だからなんじゃないのか。そういうのも時間の無駄遣いと思ったとか。どうよ花形」
……あり得ると思う。馴染めてないのかも」

本人を間近で見たことで、その仮説にとてもしっくりきてしまった5人は大きく頷いた。納得したところで、改めて藤真は花形の顔を覗きこんで首を傾げた。

「今でもお前のこと好きなのかな」
……さあ。あれ以来話もしてないし」
「お前も好きなんだろ」
「うーん」
「何だよ違うのか? さっき好きって言ってたじゃん」

どんどん藤真の首が傾いていくので、花形は水を一口飲むと同じように首を傾けた。

「まあその……友達としては仲よかったし、本来的には明るくて真面目ないい子なんだよ。だからそういう意味では好きなんだけど、何しろあれだろ。女の子としては好きでも、あれじゃ付き合えないよ」

全て納得がいったらしく、藤真は親指を立てて見せると皿に残っていたカレーの残りをかきこんだ。

藤真が納得してから約1ヶ月、インターハイを終えて帰ってきた翔陽バスケット部は3年生のほとんどが引退をするので、部員数がゴッソリと減る。全国区のチームとは言っても、そもそもの部員数がとても多いので3年間在籍しても試合経験殆どなしという部員も少なくない。そういう部員はインターハイを区切りとして引退していく。

また、きつい練習についていけなくなった1年生の退部がやっと落ち着くのもこの頃である。さらに、実力や人柄で学年の中のヒエラルキーが出来はじめる頃でもある。この年の1年生は当然藤真が頂点だ。ひとりだけ技量が抜きん出ているし慕われているし、2年後の主将は間違いないだろう。

そして例の5人組で言えば、花形が少しだけ頭を出した感じになっている。冷静だし動じないし、活動的な部活が嬉しいせいで練習に熱が入るから上達も早いし、藤真が少々特別枠だとするなら、花形はこの年の1年生のまとめ役になりつつあった。

夏休みの間も基本毎日朝から晩まで練習のバスケット部だが、翔陽の場合、男女の別なく運動部にマネージャーというものがいない。なので部員の誰かが少し早く登校して部室を開ける必要があるが、まだ1年生の花形が任されるようになった。一番しっかりしているからである。

ついでにさっさと練習も始められて一石二鳥。この花形の時間に合わせて登校してくるのは長谷川くらいなもので、なのでだいたい朝はふたりで練習していることが多い。

この日も既に蒸し暑く、花形は汗で眼鏡が滑り落ちそうになりつつ、翔陽の最寄り駅に降り立った。だが、改札に向かって歩いていたところでピタッと足を止めてずり落ちていた眼鏡を押し上げた。制服姿のがひとりで歩いていたからだ。

やっぱりはどことなく不機嫌そうだ。

胸を焦がすほど好きだという感触もないけれど、しかし好意的には思っている。そんながそんな顔をして歩いているのを見ると、やっぱり心が痛む。花形は少し息を吸い、自分の状態を確かめる。疲れてない、不安もない、言うほどストレスもない、部活は楽しい、仲間と一緒にいるのも楽しい。よし、大丈夫だろう。

、おはよう。早いな」
……おはよう」
「部活やってないんだろ。制服でどうしたんだ」
「学校行くからに決まってんでしょ」
「夏休みなのに?」

どうにも不機嫌顔が取れない。しかし花形はその態度に苛つくことなく、少し笑ってみせる。

「透だって夏休みだけど学校行くんでしょ」
「オレは部活だからそりゃ行くけど、は用ないんじゃないのか?」

花形が引き下がらないので、はハーッとため息をついて腕を組んだ。

「自由参加の補習」
………………補習!? 何でだ!」

完全に予想外の答えが返ってきたので、花形はつい大きな声を上げた。何が悪かったのか第一志望に不合格になってしまっただが、中学でも成績は上位、花形のような「先天性の高性能タイプ」ではないけれど、それでも滑り止めの高校で補習を受けるような頭脳の持ち主ではなかったはずだ。

「ちょ、騒がないでよ、誰が赤点で補習だなんて言ったんだ! 今から受験準備したい人向けの補習!」
「そ、そうか、そんなのあるのか、なんだ、びっくりした」
「夏休み前半は留学とか夏期講習とかあるから、後半に主要科目だけやるの。これでいい?」

はもういいだろうという顔をしているが、花形はまだ首を傾げている。

「今から受験準備って、1年生からかよ」
「別にそんなのおかしいことでもなんでもないでしょ」
……なあ、学校楽しい?」
「はあ?」

今自分がとても楽しい毎日を過ごしているので、つい言ってしまった。の「はあ?」は当然だ。

「いや、だって……そりゃ中学の時もそうだったけどさ、勉強ばっかりしてて、楽しいのかなと」
「勉強して何が悪いの」
「そういうことじゃなくてさ、なんていうか、高校生ってそれだけじゃなくないか?」
……透、部活ばっかりやってるからそんなにバカになっちゃうんだよ」
「どういう意味だよ」

再度はため息をついて、腰に手を当てた。

「勉強は遊びじゃないんだから、楽しいか楽しくないかは関係ないでしょ。自分の将来のために努力して何が悪いの。どうしてこう日本人は高校時代に青春しなきゃいけないみたいな信仰めいた妄想癖があるんだろ。いい年して青春恋愛ものとか見て泣ける〜とか言ってる大人ってほんと嫌い」

もっともな部分はあるけれど、花形が言いたいことからかけ離れているし、そうではなくて、

「勉強が楽しいか楽しくないかじゃなくて、勉強の他に楽しいって思えること、ないのかって話」

ゼロではないはずだ。中学時代に多少興味の引くことについては話した記憶がある。

「別に高校時代に絶対青春しないとだめ、出来なかったら問題あり、ってわけじゃないよ、そりゃ。だけど高校時代に限らず、社会に出るまでの間にそういう経験がなかった、っていうのは大人になってからものすごく深い傷になるらしいぞ。だから奨励するんだろ」

これは監督の受け売りの一節だ。彼は、練習の合間にほんのひと時でいいから友達と遊んだり、付き合わなくてもいいから出来るだけたくさんの女の子とも話す機会を作ろう、そういう日々の中で培われていくコミュニケーション能力はチームの中でも活かされる、と教えている。

個々の能力の上達はもはや当然のことで、団体競技である以上はコミュニケーションの上に成り立つチームワークが発揮されなければ、個人の能力も活かされない。それが彼の持論だった。幸い花形たちの世代は藤真というカリスマ性の高いエースがいるので、彼がその繋ぎ目になってくれている。

「それに、必死で勉強しなかったら何もかもすぐに滑り落ちるような状態だと大学から社会人になっても苦しいだろ。世の中にはトップレベルを維持しながら遊べる余裕のある能力を持つ人間だっているし、そういうのの吹き溜まりに入れられたら悲惨だぞ。高校時代の思い出が勉強だけなんて、それこそバカにされる」

花形は「先天性の高性能タイプ」である。入学の時点で既に選ばれし者である猛者たちの中で、毎日バスケット三昧でも成績はトップクラスだった。世は何かというと系統で人を分別したがるが、花形は文理関係なく不得意もない。強いて言えば技術家庭と英会話が苦手だった。手が大きいので細かい作業と発音が苦手。

対するは「努力型の高性能タイプ」である。それでも努力すれば結果がついてくるので平均よりはかなり優秀な頭脳を持っているはずだし、高校受験を失敗したのは鬼の霍乱としか思えない――のだが、それでも世に花形タイプの人間はけっこういるものである。ひとところに隔離されていて見えないだけだ。

だが、淡々と語っていた花形はの顔色に気付いた直後に後悔した。しまった、言い過ぎた。

「だから、なんなの」
「だから……
「遊ばなかったら、だめなの」
「そういうわけじゃ……
「その前に私が遊ぼうが遊ぶまいが、そんなこと透に関係、あるの」

どんどん目が釣り上がるに、花形は少し悲しさを感じた。

……心配に、なっただけだよ。ストレス、たまらないかなって」
「だからそれが何の――
「関係ないかもしれないけど、オレはお前が心から楽しいっていう時間を過ごしてて欲しいと願ってるだけだ」

一応両思いだったらしいが、付き合っていないし、どうにも溝が埋まらない関係なのは重々承知している。だが、だからといって、親しい関係であったのことはもうどうでもいい、という風には思えなかった。花形が知る限りでは、今のところ自分のことを好きになってくれたただひとりの女の子なのだ。

「大人になって、高校時代の思い出が何もありませんなんて、悲しいんじゃないかなって、思っただけだよ。勉強だけの高校生活を選んで、あとでつらい思いをしたり、後悔したりしないだろうかって、そういう心配があっただけ。そういう選択をして後悔する人、多いみたいだから」

の額に、花形の顎に汗が滴り、ぽたりと落ちる。

がそれでいいなら、いいんだよ。余計なこと言ってごめん」

本心では全くよくなかった。けれど、自分の考えを押し付けるのは好きじゃない。だからそう言ってしまって引き下がろうと思った。は険しい顔をして視線を逸らしているし、もう何を言ってもこじれるだけだ。険悪になりたいわけじゃない。のことは今でも好きだと思っている。

花形はバッグのストラップをかけなおすと、屈めていた背を伸ばして息を吸い込む。

「じゃあな。受験、うまくいくように祈ってるよ」

言いながらの傍らを通り過ぎる。それは嘘ではない。けれど、本音でもなかった。