エバー・アフター

05

なんだか赤木と美須々がいい感じになりそうだから、というのが始まりではあったのだが、本人たちにその気がないのを無理に焚きつけるのも余計なお世話だ。も公延も、そういう裏工作をしようなどとはまるで考えていない。みんなで海に遊びに行った時も、赤木と美須々の間にはトピックになるようなことは発生しなかった。

しかも途中から清田と牧が混ざり、そのあたりから男子と女子が分離してしまい、バスケバカは浜であれこれとバスケットの話で盛り上がっていた。それが面白くないのはと晴子で、ふたりは散々4人に文句を言った。

「なんかさ、こうやって全員並ぶとさ、ベルちゃんが一番かっこいいよね!」

ぶうたれていた晴子が何の脈絡もなくそんなことを言い出し、明らかにカチンと来ている清田に気付いたもそれに乗る。実際問題、例え今ここに藤真がいたのだとしても、顔面偏差値で美須々の上を行く人間はいない。

「まあ、顔よし頭よし、中身もキュート、背も高いし、総合点は高いよね」
「ちょっとちゃん晴子ちゃん何言って――
「さすがにそりゃーねえんじゃ……
「私、清田くんに口説かれたらウザいけど、ベルちゃんにやられたら正気でいられる自信ないよ!」

これにはと牧が大笑い、そこから面白くない清田が散々ゴネて、話が二転三転した挙句、なぜか男子4人のビーチフラッグ勝負になり、この手の瞬発力では群を抜く清田が圧勝、それが面白くないが桜木を呼ぶと言い出し、慌てた公延のとりなしにより、なんとか解散となった。

あとでが振り返ってみても、赤木と美須々は殆ど口も利いていなかった。

リーグ戦で忙しいはずの公延からの元に着信があったのは、休みも終わって数日経った頃のことだった。新学期が始まったというのに、美須々が学校に来ていないという。同じ学部の知り合いに聞いてみても、一度も見かけていないというのだ。

「何か聞いてるか? 具合悪いとかそういうんじゃなきゃいいんだけど」
「何も……確かにここ半月くらいは連絡取ってなかったけど」

公延も赤木も美須々ももう誕生日が過ぎているので、二十歳になっている。しかも美須々の場合は実家住まいなので、学校に数日来なかったからと言って騒ぐのも大袈裟かもしれない。と公延はそうは言いつつも、学業に限らず全てにおいて厳格であり怠慢をよしとしない美須々から何も連絡がないのを不安に思った。

しかも、万が一深刻な体調不良であったなら、美須々は絶対に連絡を寄越さないだろう。

「公ちゃん、ベルちゃん大丈夫だよね」
「そう、思いたいけど――

と美須々はもう公延や赤木関係なく友人だが、美須々の方から何も連絡がないのに「なんで学校休んでるの」などとは突っ込みたくない。は公延の声になんとか不安を飲み込み、通話を終えた。

そうしてと公延が通話を終えたちょうど同じ頃、ひとり個人練習を終えた赤木は帰り支度を済ませて、すっかり暗くなったキャンパスを歩いていた。目の前にふらりと出てきた影に驚いて足を止めると、最近学校に来ていない美須々がとぼとぼと歩いている。

「宗像か?」
「えっ、あ、赤木くん! こんな時間に……
「オレはだいたいいつもこんなもんだけど」

そこで赤木は美須々の異変に気付いて、ぎくりと肩を強張らせた。だいたいいつもかっちりした服をきちんと着ている美須々だが、まるでが着るような柔らかい素材のワンピースを着ていた。これまた常にビシッと整えられている艶々の黒髪はゆるく纏められていて、なんだか美須々によく似た他人といった感じだ。

「ずっと休んでたろう、具合でも悪かったのか」
「そ、そうじゃないんです、ご、ごめんなさい――
「いやなんでオレに謝るんだ」
「そ、そうですよね、あはは、つい」

美須々は笑顔で誤魔化したつもりになっているようだが、どうも様子がおかしい。

……何かあったのか?」
「えっ、そ、そんな、何もないですよ。はい、何でも!」

慌てて手を振りつつ否定した美須々だったが、その持ち上げた手が以前よりずいぶん細くなっているのに気付いた赤木は、一歩足を進めて声を落とした。

「本当に大丈夫なんだろうな。ちゃんと家帰ってるのか?」
「どうしてそれを!?」

まさかとは思いつつも、赤木は美須々が遊んでいたのじゃないかと疑っていた。に触発されて、美須々は急激に世俗まみれになっていった。それがだけでとどまっていられればいいが、いつかこんな風に道を大きく踏み外すようなことになるのではと危惧していた。それは当たってしまったのだろうか。

「オレらが口出しするようなことじゃないが……無理をして他人に合わせる必要はないんだぞ」
「えっ!?」
や、まさかとは思うが晴子に何か吹きこまれたんじゃないよな」

もし万が一妹やのせいで美須々が堕落する羽目になったのだとしたら、どうしたらいいんだろう。晴子ならこんこんと説教できるが、には一応そんなことは出来ない。だが困った顔をしている赤木をよそに、美須々はきょとんとした顔をして首を傾げた。

ちゃんたちは何も……あの、赤木くん、私、何も遊び歩いているわけじゃないです」
「えっ、そ、そうか」
「そんな風に思ってたんですか。……確かに自宅には帰ってませんけど、叔母の家ですから」

それなら晴子やを責めずに済むとホッとした赤木だったが、親戚の家にいるだけでなぜ学校に来ないということになるのかわからなくて、彼もちょっと首を傾げた。美須々はそれに気付くと、赤木を一瞥してから歩き出し、自販機の隣のベンチまで移動した。赤木も黙って着いてくる。

「何か、飲みますか」
「じゃあ、これ」

美須々は、赤木が指したお茶とミルクティーを買うと、ベンチに腰を下ろした。赤木も少し遅れて隣に座る。自販機の明かりに照らされた美須々は、いつもより顔色が悪いように見えて、また赤木は肩がぎくりと強張る。カラフルなワンピースに可愛らしいサンダルを履いているが、美須々自身はどこかぼんやりしていて、色がない。

「話、聞いてくれるんですか」
「まあ、オレでいいんなら」

美須々はミルクティーを開けようともせずに、両手でくるんだまま、少し俯いている。

「先月末、父の友人が長い海外生活から戻ってきて、うちに数日逗留したんです」

宗像家は23区を外れた古い街に本家がある。大きな敷地内に、当主である宗像美須々の祖父が済む本宅、一応隠居の身の曽祖父宅、美須々の家、美須々の叔父の家、そして昭和の中頃まで曽祖父の使用人を務めていた夫婦の家があり、敷地の外の近所にも親類縁者が多く住む。

それだけの敷地を未だに保持しているので、宗像家周辺は駅から遠く、町外れに位置する。その中心にあるのが祖父がいる本宅で、何かというと宗像ファミリーはこの本宅に呼び出されることになっている。その美須々の父の友人も宗像家とは浅からぬ縁があり、挨拶に来たところを本宅に呼び出された。

「私はもちろんご挨拶だけして失礼しました。だけどその後、祖父や両親、叔父叔母たちの様子がおかしいような気がしたんです。何か変だなと思っているうちに、その方は引っ越しのために一旦海外へ戻ることになりました。向こうへ発つ前夜、席が設けられたんですが――

この場合、宗像家では本宅で一族全員出席でディナーということになる。美須々も末席につかされた。

「そこでなぜか私の話になりました。父の友人は、私を可愛げのない女に育ったなと言いました。今思えば、私と弟は宗像家の人間としては適格ではないというような話だった気がします。そうしている間にも、祖父や父の発言がいつもと違う気がしてきて、だけどそれがなんなのかわからないまま食事が終わって……

美須々はがくりと頭を落とした。板でも入っているのかと思うほど常に姿勢のいい彼女の背中が丸くなっている。

「本当にわけがわからなくて……だけど、後から考えると、私が受験生の時に、高校の担任や予備校の先生に『もっと高いところを目指せ』と散々言われてきたのが面白くなかったようなんです。だけど私は宗像家の決まりとしてこの大学に入りました。それが気に入らない、そうとしか思えない感じでした」

美須々の手がミルクティーのペットボトルをぎゅっと握りしめている。手もなんだか青白い。

「驚いて、つい反論してしまいました。宗像家の人間は全員この大学に入ると子供の頃から耳にタコが出来るくらい聞かされてきました。それの何が問題なんですかと――

美須々はその決まりを守り、なおかつ優秀な成績を保持している。だが、現在の当主である美須々の祖父は、億劫そうに手を払い、だからお前はいかんのだ、と大声で言い捨てたという。

「これからの時代、言われた通りのことだけやっていては一角の人物にはなれないと言うんです。人とは違う発想を持ち、意表をつくアイディアに溢れた柔軟な思考力が求められる時代だと、そして私はそんな時代を逆行していると、期待していたのに、どうにもお前は、それに応えてはくれなかったなと――

少し言葉が震えていた。赤木も大きくため息をついた。言っていることが支離滅裂じゃないか。きっとその外国帰りの誰だかに感化されでもしたんだろう。赤木はその外国帰りにと同じ匂いを嗅ぎ取って、少しだけ苛立った。吸引力の強い人間は、そうやってすぐ他人を影響下に置いてしまう。

おそらくは潜在的に、一族の中でも特に優秀な美須々に対しての嫉妬があったのだろうが、それが外国帰りの来客というきっかけで吹き出したのかもしれない。

「両親もそれに賛成のようで……あまりにも辛くなってしまって、その日の内に家を出ました」

誰も追いかけて来なかった。長女夫婦の長女である美須々が急に退席しても、父や母が様子を見に来ることもなく、ずっと本宅でディナーに興じていたわけだ。最初の晩はビジネスホテルに宿泊した美須々だったが、それをずっと続けられるほど持ち合わせがなかった。

のことも考えたが、自分の家の問題なので頼りたくなかった。そこで美須々は数年ぶりに埼玉にある父方の祖父母の家を訪ね、事情を話して頭を下げた。だめでもともとと思っていた美須々だったが、意外にも祖父母や叔母夫婦は彼女を歓迎してくれて、今はその叔母夫婦の家に厄介になっているのだという。

「2日くらいして、弟から連絡がありました。祖父の伝言でした。頭を冷やして来い、と――
「いやなんでお前が悪いみたいになってるんだ」

とうとう我慢できずに赤木は声を荒らげた。

「さすがに弟も言いづらそうでした。けど、祖父や両親たちはしばらく帰ってこなくていいと――
「宗像、それでいいのかお前。お前は家の方針に忠実に従っただけだろう」
「もちろんそうです。だけど、こんなことは生まれて初めてで、何をどうしたらいいのかわからないんです」

話してしまって気が楽になったのか、美須々は体を起こしてベンチの背もたれに寄りかかる。やっとミルクティーを開けると、少し飲んで、大きくため息をつく。

何をどうしたらいいのかわからない――それは赤木も同じだ。憤りは感じるけれど、相手は急に感化されて正常な判断が出来なくなっている旧態依然とした一族だ。怒ったところでどうにもならない。その上、具体的な打開策が見出せない以上は、むやみに美須々を正当化して慰めるのも違うと思った。

……少し、オレの話をしていいか」
「え? はい」
から聞いてるかもしれんが、オレの夢はバスケットで全国制覇することだった」

その辺りの事情は美須々も聞いている。最初に赤木抜きでと公延と会った時だ。具体的に何をしたのかは聞いていないけれど、とにかく練習ばかりではずいぶん寂しい思いをしたのだと聞かされ、当時美須々はそれに少し呆れたものだった。今もまったく同じ状態だと思ったからだ。

「中3の時には身長が190に届いてて、バスケットをやっている以上、こんな有利なことはないはずだった。だけど、神奈川だけとってみても、その時点でオレより上手くてどこの高校も喉から手が出るほど欲しい人材はたくさんいたんだ。オレはその中には、入ってなかった」

美須々の視線を感じたが、赤木は足を組んで前を向いたまま、淡々と話す。

「この間海で会った牧というやつがいただろう。あれなんかどこでも欲しがる人材、その代表格だ。神奈川で一番強い高校に入り、怪物と呼ばれて、神奈川の頂点を独走してたようやつだ。もちろんバスケットに限れば全国レベルで有名だったし、高3の時に至っては、3回しか負けてないんだ」

夏のインターハイ、秋の国体、冬の選抜、それぞれ1度ずつ負けただけで、牧は高3の年のそれ以外の試合に全て勝利している。またあちらこちらの大学が喉から手が出るほど欲しい人材になっていた。

「まあ、当時のオレは背が高いだけで、そういう人材を欲している人たちの目には、魅力的に映らなかっただろうことは今ならわかる。けど、その時はずいぶん卑屈になっていて、いつか見返してやる、弱小チームでも、絶対に自分の力で全国制覇してやる、それだけを考えてた」

それが報われることになったのは、インターハイ出場が決まった直後のことだった。全国制覇の足がかりを掴むわ、大学日本一のチームからスカウトが来るわ、まさに赤木のバスケット人生はピークに向かって急な坂を駆け上がっている状態だった。自分の信じてきた道は間違っていなかった。それが証明された。

「確か、強いチームに勝ったとか――
「そう、毎年必ず優勝しているようなところを、初出場のオレたちが負かしたんだ」

なんとなく聞いてはいたが、やっぱり華々しい活躍じゃないか。美須々は今の自分の話と何も重ならないような気がして、少しだけ気が重くなった。だから諦めずに頑張れとでも言うんだろうか。もう何を頑張ればいいのかわからなくなってしまったというのに。努力でどうにかなる話じゃないのに。これだから体育会系は――

「だけど、それはオレがいたからじゃなかった」
「え?」
「その証拠に、怪我でひとり欠員が出たオレたちは翌日すぐに負けた。推薦の話も立ち消えた」

そこで始めて赤木は自嘲気味に笑った。

から聞いてるかもしれんな。湘北ってチームは、すごく強いチームだった。だけど、誰がひとり欠けても100パーセントの戦力を維持できない側面もあって、5人揃ったから山王に勝てただけで、オレだけでは絶対に勝てなかった。個々の能力で言ったら、後輩の方が上手かったかもしれない」

確かには湘北はすごく強いんだと嬉しそうに話していた。可愛がっている後輩がいるらしい彼女はあまりバスケットについては詳しくないようだったけれど、そう言われてみれば、バスケットのことで赤木や公延を褒めていたことはなかったような気がする。彼女が自慢しているのはいつも後輩のことばかりだ。

「オレは間違ってなかった。だけど、正しくもなかったんだ」
「そ、そんな――
「正しい道を歩いていると思っていたのに、やっぱり必要な人材ではなかった。その気持ちはよくわかる」

推薦が立ち消えた赤木は、以後一切のスカウトを断り、この大学を目指して受験生になった。

「必要とされてない、何かしらの基準に満たないと思うと、自尊心がひどく傷付けられるからな。自尊心は強くても弱くても困るが、大事なものだ。しかもこれが自分では修復しづらいときている」

ようやく自分の話に近寄ってきたので、美須々は小さく頷いている。

「とはいえ、オレの場合はそれで2度目だったからな。もう卑屈になったりはしなかった」
「すぐに立ち直ったんですか……?」
「その前に落ち込まなかった。色々自分というものが見えてきたばかりで、納得もしてたから」

自分はチームの主役じゃなかった。ピンポイントで欲しがるには、この年の湘北には目立つ選手が多過ぎた。

「宗像」
「は、はい」
「勝つ必要はないぞ」
「え?」

やっと美須々の方に向き直った赤木は、相変わらず厳しい顔をしていた。

「この状況はつらいだろうが、抵抗したり立ち向かったり、そういうのはどうでもいいことだ」
「だけど――
「こんな状況、相手にしなくていい。そんなことで疲れてる暇があったら、他のことに使え」
「他のことって……どういう意味ですか」
「いいチャンスじゃないか。本当に自分が今の道でいいのか、自分とじっくり話をつけろ」

美須々は目を丸くしている。まだ少し意味がわからない。

「向こうはお前が逃げ出したと思っているだろう。そうじゃない、お前がおかしな世界から距離を置いただけだ。誰だって身の回りに危険があったら避難をする。それと同じだ。その間に体を休め心を休め、危険が過ぎ去るのを待ち、それからのことは自由に決めればいい。もう宗像家はお前を縛れないんだから」

なんとなく理屈はわかったけれど、どうにも馴染みのない感覚で、美須々は頬を擦る。

「そんなこと……していいのかしら」
「例えがおかしいが、自宅の前に武器を持った不審者がいたら、それに立ち向かっていくか?」
「いいえ、そんなことは」
「まずは身の安全が確保できるところに移動するだろ。後は通報してプロに任せる。そういうことだ」

自分で言っておきながら、赤木はその「プロ」にを想像してしまい、口元を歪めた。なら宗像家でも懐柔できそうな気がする。だが、そんなこともしなくていい。宗像家など後回しだ。まずは美須々本人がどうしたいのかを決めてからで構わない。

「刷り込みもあったろうが、本当に小さい時から司法試験だけが夢だったのか」
「ええと、10歳位の時にはもうそう考えていました」

子供の頃の強烈な刷り込みは人生を左右しかねない。赤木も小学生の時に見た雑誌の表紙を思い出している。

「でも、はい、確かにそれ以前にひとつ、ありました。獣医さんになりたいと思ったことがあります」
「獣医?」
「たぶん小学校低学年の頃だと思います。先ほどの父の友人が海外に拠点を移すことになって」

彼の子供が飼っていたウサギを預かったのだという。美須々と弟は一瞬で夢中になった。だが、彼女たちの親は友人の頼みだから預かることにしただけで、適切な飼育方法を教えてやることもせずに、子供に任せたきりで、関心を持たなかった。結果として、そのウサギは1年と経たずに死んだ。原因は今でも分からない。

「動物病院というものの存在を知ったのは、ウサギが死んだ後でした。親に病院に行ったら死ななかったんじゃないかと言ってみたんですが、ウサギはだめだろうなんて適当にあしらわれまして。本当にどうでもよかったんでしょうね。その時、自分がウサギの医者だったらよかったのにと思いました」

だが、つまり宗像美須々はとても素直で従順で、大人の言いつけをよく守り、真面目に勉強に取り組むハイパー良い子だったわけだ。ウサギの医者になりたいと思ったことなど引き摺らず、あの中学、あの高校、あの大学に入らなければ、と日々を努力してきた。

「そんなことも、ありました」
「そういうの、ゆっくり考えてみたらどうだ。時間はあるんだし、帰ってこなくていいんだし」
「はい、そうします。あの、赤木くん、ありがとう」
……気にするな。また何か困ったらにでも言えよ」
「はい。ちゃんは不思議な人ですね、わけもなく惹きつけられます」

それがあいつの恐ろしいところなんだと思いながら、赤木は立ち上がる。美須々も立ち上がってミルクティーのペットボトルをバッグにしまうと、またぺこりと頭を下げた。緩く纏められた黒髪がはらりとこぼれる。

「明日から、学校ちゃんと来ます」
「今日は何してたんだこんな時間に」
「祖父の後輩が教授をしていて、ちょっと相談を。だけど、祖父の手前何も言ってはもらえませんでした」

言いながら、美須々はにっこりと笑った。もう宗像家もそれに気を使っている教授も怖くない。おかしな世界の人たちだから、関わり合いにならない方がいい。その笑顔の意味がわかった赤木もつられて微笑むと、美須々の背中をぽんぽんと叩いた。

赤木の大きすぎる手が背中に触れたその時、美須々の全身に感じたことのない痺れが駆け抜けた。

今のは一体なんだろう? その正体を彼女が知るのは、もう少し後のことだ。