ウェルメイド・フィクション

12

がヒコさんからの手紙を読み終えた時、部屋の中は静まり返っていた。宙を見つめたまま動かないケイト、その体を支えて目を伏せている高野、腕組みで頭を垂れていたオーナー。が、ヒコさんの友人である弁護士と、立ち会いの警察官が男泣きに泣いていた。弁護士の方はもちろん、警察官もヒコさんと同年代だった。

そして1分ばかり沈黙が流れただろうか。突然警察官が顔を上げて手を挙げた。

……いやあ、素敵な『小説』ですねえ、心を打たれました」
「はあ?」
「いや本当に、何と切ない『小説』でしょうかねえ、年甲斐もなく泣いてしまいましたよ」

が間の抜けた声を上げたが、ふたりはうんうんと頷いている。そしてオーナーも手を挙げた。

「まったくですな。実際ケイトちゃんはアナソフィアの出身ですからなあ、文才もあるとは」
「アナソフィア! いや本当ですか、私は初めてお目にかかりますよ」
「いやー、いいものを聞かせていただきました。おやもうこんな時間ですか、すっかり長居をしてしまいまして」

ぽかんとしているに構わず、オーナーが立ち上がってのそのそと出て行った。警察官もそれを追って出て行く。ドアが閉まると、弁護士が膝を進めてケイトの正面に座った。

「岡崎さん、私たちは『小説』を読ませてもらいました。あれは手紙ではありません。遺言書でもありません。中身はあなたの持ち物、元からあなたのものだった口座です。逸彦が遺言書に記した『遺産』にはなりません。『小説』の通り、好きなことに好きなだけお使いなさい」

そして空になった金庫を手に取ると、バチンと閉じてしまった。

「ですが、これは逸彦の私物ですから元ご家族に渡しますよ。いいですね」
「中身が入っていたことは知られているんじゃありませんか」
「そこはお任せ下さい。濃厚なラブレターがぎっちり詰まっていたとでも言っておきます」

そして、ケイトが呆然としているので、に名刺を差し出した。

「乗りかかった船です。後のことは私が請け負いますが、何かお困りのことがあればご連絡下さい」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
……私も4年前に亡くなった友人と再会した気分です。ありがとうございました」

涙の跡を残して、弁護士も部屋から出て行った。がベランダから外を覗くと、パトカーの中の親子に向かって弁護士が説明をしている様子が見えた。親子はまた暴れているようだったが、何しろパトカーの中である。やがてそのままどこかへと運ばれていった。

はカーテンを閉め、玄関ドアの施錠を確かめに行くと、まだ呆然と座り込んでいるケイトの正面に腰を下ろした。ケイトとの間には通帳とキャッシュカードと手紙が置かれている。

「ケイト、つらい?」
……つらくは、ない」
「高野も大丈夫?」
……たぶん」
「ご飯食べられる?」

ふたりがぼんやりと頷くので、高野を促してベッドに寄りかかって待つよう指示したは、ケイトと高野が買ってきた食材を漁ってキッチンで調理を始めた。その傍らテレビを付けてわいわいと騒がしいバラエティを流し、藤真に遅くなると連絡を入れる。

30分ほどでパスタの用意ができたはテーブルに皿を並べ、ケイトと高野の前に缶チューハイも置いてぺたりと座った。湯気の立つパスタの皿をケイトと高野はまだぼんやりと見下ろしている。

「温かい内にどうぞ。まあその、高野のお金で買ったものだろうけど」
……いただきます」
……のパスタ久し振り」

ぼんやりしていたふたりだが、をちらりと見ると、少しずつ食べ始めた。

「明日、無理しなくていいからね。時枝だっていないんだし。健司には説明しなきゃならないけど、来られなくてもみんなには黙っておくし。付き合ってることも自分たちで言いたいならそれも黙ってるし」

ケイトも高野も小さく頷いてはパスタを口に運ぶ。

「ケイト、通帳の件はいますぐどうこうしようとしなくていいんだからね。ゆっくり考えてね」
……うん」
「あとねケイト、ヒコさんには本当に申し訳ないんだけど、私これだけは譲れないのね」

ふたりの怯えたような目を見つめたは、きっぱりと言い放った。

「ケイトの一番の親友は私と時枝だから! ヒコさんは2番目! これだけはだめ! 」

ケイトはフォークを口に咥えたまま、べそべそと泣きだした。そして、高野に背中を擦ってもらいながら泣きながらパスタを食べた。泣きながら缶チューハイも飲み、パスタはきれいに平らげ、すっかり溶けてしまったデザートのアイスも食べ終わると、ようやく落ち着いた。

藤真が迎えに来るというのではそれまで待たせてもらうことにして、気持ちの疲労が激しい様子のケイトはシャワーに入れさせた。涙を洗い流し、今日はあまり余計なことは考えずに寝てしまうのがいい。は片付けを終えると、高野の向かいに座った。

「高野、本当に大丈夫? 薬飲まなくて平気? こういう時は無理しないでね」
「ああ、すまん。言うほどじゃない」
……だけどちょっと心配」

何しろヒコさんは全ての事態を読みきってケイトへ確実に遺産を残した。はちらりとしか見ていないが、7桁は確実にありそうだった。それを目の当たりにした高野もショックだろうとは思った。

「高野、ヒコさんは亡くなった時、あの手紙書いた頃はもう50代後半。あんたはまだ30にもなってない。やってきた仕事も、過ごしてきた時間の長さも全然違う。比べる意味なんか何もないからね」

ヒコさんの遺産が時を経てケイトの手に渡ることは良いことだ。しかし、ケイトと高野、ふたりのカップルにとっては性懲りもなく降りかかってきた試練と言える。用意周到な大人の心遣い、そして深い愛情が今またケイトを包み込んでいる。ヒコさんは死してなお、ケイトを救うことが出来たわけだ。

「今ケイトが好きなのはあんたなんだからね」
……、何で藤真と結婚しようと思ったんだ」
「一応プロポーズは向こうからなんだけどね」

高野は少し虚ろな目をしているが、はしっかりと目を見て言う。

「私も健司がいなかったら生きていけないから」

藤真の言葉が蘇った高野はぐっと顎を引いて目を見開いた。

「付き合う前から健司とは喧嘩ばっかりだし、今でも喧嘩するけど、私たちはどっちもお互いがいなかったらもうだめなんだと思う。ずーっとそうやって喧嘩したままだと思うけど、それでいいの。そうやってジジイとババアになろうって、そういう約束をした、それが結婚だったってこと」

それでも最近は前よりちょっと仲良くなったんだけどね、とは笑い、すぐに真顔に戻る。

「酷いことを言うようだけど、ヒコさんはもう何年も前に死んだの。今ここでケイトの隣であの子を支えていられるのは、生きてるあんたなんだからね。死んだ人に負けないでよ。もうケイトをひとりにしないでよ」

ケイトがシャワーから戻ったので話を切り上げたは、ケイトを抱き締めてぐりぐりやり、今日は早めに休むように言い聞かせて部屋を出た。ケイトのアパートの正確な場所がわからないという藤真が少し離れた場所で待っていると連絡を寄越したからだ。

高野が送ろうと言ったけれど、はこれを断ってアパートを出ると走りだした。そして、走って3分ほどで表の通りに出ると、車から出てキョロキョロしていた夫に飛びついた。藤真の方は暗がりから突然が出てきたので驚いて飛び上がった。

「おいどうした、ケイト大丈夫だったのか。高野はいるんだろうな」
「健司、私と結婚してくれてありがと」
「は?」

息が上がっているの背をさすりながら、藤真は声が裏返る。何の話だ。

「ずっと、ずっと一緒にいようね。ジジイとババアになっても一緒にいようね」
…………当たり前だろ」

藤真はまた辺りをキョロキョロと確認し、ひと気のないことを確認するとサッとの頬にキスして、ゆっくりと頭を撫でた。誰に聞かれても頑として言わない藤真のプロポーズの言葉は、あまりに簡単であまりに色気がなく、案の定喧嘩になりかけたものだった。

喧嘩もキスも相手がいなきゃ出来ないんだよな、、オレがいてよかったな。結婚するか?

だが、の心配通りに高野はケイトと距離を置き始めてしまった。それを聞いたはがっくりと頭を落とし、しかし告げ口のようで藤真に話す気にもなれず、実家に帰ってしまった時枝に話しても怒らせるだけなのでひとりで悶々としていた。

ケイトによると、ヒコさんの「遺産」は全部で500万弱。好きなものに好きなだけ使えと言っても、現状生活が困窮しているケイトにとっては万が一の命綱でしかなく、遊興費に大金を回そうとは思えなかった。

「あの日、夜ね、ぼーっとしてたし、言っちゃったんだよね」
「何をよ……
「いっぱいお金入ってたからさ、一泊くらい旅行行こっか、なんて言っちゃったんだよね」
……それの何がマズいの」
「ヒコさんのお金でふたりで旅行なんて、昭一のプライドに障っちゃったかな〜、と」

金曜の夜、今日は藤真の帰りが遅いとが言うので、ケイトは藤真家へやってきた。翔陽ではなくの職場の方が近いマンションである。常に憎まれ口を叩いている割に藤真は優先なところが多くて、ケイトはいつも笑いを堪えている。

「そんなカスみたいなプライドが何になるってのよ!」
「私の憶測だよ」
「んもー、あの手紙でケイトがやっぱりヒコさんの方が好きっ! なんて言った!?」

苦笑いのケイトはソファの上で膝を抱えて、少しだけ目を伏せた。

「なんかさ、ヒコさんが考えてたとおりになってたわけでしょ。遺産のことも、それから私が今昭一と付き合ってることも、まるでヒコさんが仕組んだみたいになってる。自分たちの意思で行動してると思ってたのに、ヒコさんには全部読まれてて、それもちょっとショックだったんじゃないかなあ」

しかしヒコさんはそもそもがテーマパークの運営会社でも要職にある人物で、先を読むことに関してはケイトたちなど足元にも及ばない経験と判断力を持っていた。そのヒコさんが「良いルート」だと予測した通りになったと思えば、ケイトは正しい判断をしたことになる。

「どうしてあんたのことだけ信じていられないの……
「そういうことなのかなあ」
「だってそうでしょ、今は高野が好きなんでしょ、ヒコさんは親友でしょ」
「うん、親友っていうの、今はすごくぴったり来る。親友だし、先生だったし、道標だった」

そういう風に自分など手も足も出ない大人の男性の隣に寄り添っているのが好きだったのだ。ヒコさんはそれを存分に満たしてくれた人物といえる。だけどそれは相手がヒコさんだったからであって、高野にそんなことは求めていない。少し考えればわかりそうなものだが――

「あの日の夜ね、私、生まれて初めて『愛してる』って言っちゃったんだ」

ケイトは膝を抱いたまま前後にふらふらと揺れている。

「実はね、ヒコさんにも言ったことなかったんだ。そう思ったことはあったけど、簡単に言えるような相手じゃなかったし、自分の気持ちをちゃんと表してる言葉だっていう自信もなかったから。だけど、あの時は本当にそう思ったんだ。私の人生の中に昭一っていう人がいてくれてよかったなって、思ったから」

しかしケイトの心からの愛の言葉はあまり高野に伝わらなかったようだ。場所は変わって都内の居酒屋である。

「あの状況で言われてもオレのことだなんて思えるわけないだろ……

藤真はに大学の先輩がどうしてもと言うので、と嘘をついたが、翔陽5人組久々の全員集合である。例の金庫騒ぎの翌日は結局ケイトも高野も飲み会に来られる精神状態ではなかったので、話が流れていた。からある程度話を聞いていた藤真が一計を案じ、まずは男だけで集まることにしたのだ。

がっくりと落ち込んで肩を落とす高野だが、それを聞いた花形は遠慮なくため息をついた。

「お前な、おか、ケイトがお前の向こうに元カレ見ながらそんなこと言うわけないだろ」
「まあ、そんなこと言われても鵜呑みに出来る状況じゃなかったのはわかるけどな」

容赦なく突っ込む花形に対し、隣に座った長谷川は静かな声で高野の肩を擦る。しかし花形先生は追及の手を止めない。高野の学生時代の話には大層同情して藤真と同じように後悔が残ると言った先生だが、このことは話が別だ。何しろ彼にとってもケイトは大事な友達なのだから。

「だとしても、だ。その元カレの御仁は自分の末期を悟って腹を決め、いつか現れるであろうお前にケイトを託す覚悟もして、何とか現金を残してやろう、元妻とドラ息子に取られるくらいならケイトとその新しいパートナーに有効に使って欲しいと思ったんだろうが。資産の有効活用だ。履き違えるなよ」

さすがに先生、言うことが理屈っぽい。

「だーかーらー、そういう高潔な意志を目の当たりにして意欲が湧き出るか?」
「それは単にお前がビビってるだけの話だ」
「そうだよ、ビビってんだよ。相手が悪いんだっつーの」

気心の知れた男ばかり5人なので、高野も遠慮しない。高野が開き直ったので、花形はふんと鼻を鳴らして腕を組み、隣にいた藤真の方をにぐりんと首を捻った。

「藤真、にプロポーズする時ビビったか?」
「まあ多少は」
「だけどどうせろくでもないこと言って喧嘩になったんだろ」
……何が言いたいんだよ」
「だけどしかいないと思ったからプロポーズしたんだろ」
「ま、まあな」
「永野!」
「今度はオレかよ!」

自分にとばっちりが来ないように気配を消していた永野は、名指しされると竦み上がった。

「たしかお前のプロポーズ土下座だったよな?」
……部屋で正座してて頭下げただけだつってんだろ」

こちらも付き合いが長いので突然の求婚ではなかったが、誠心誠意の言葉とともに両手をついて頭を下げたことに尾ヒレがついて、土下座で結婚してくれと迫ったという噂になってしまった。

「嫁が他の男好きかもしれないなんて疑ってたか?」
「まさか。いや、まあ、その推しメンは常に大量にいるんだけども……
「オレより推しメンの方が好きなんじゃないのか、なんて考えたか?」
「いや別に……てか推しメンの方が好きでも気にならないし」
「そこはお前も異常だ。次!」
「もういい加減にしろ花形」

真顔の長谷川に止められた花形は不服そうに鼻を鳴らして酒を煽る。

「つまりだな、そのおじさまがどうだとか、遺産がどうだとか以前に、お前がケイトを信じていられない方がよっぽど問題だって話だよ。藤真も永野も、嫁に背中を預ける覚悟をしたから結婚したんだろ。お前らは別に付き合ってるだけだけど、それだってもう少しケイトを信用してやったらどうだよ」

ケイトが答えの糸口を掴み、自分のおっさん趣味はともかくとしても、高野の気持ちに向き合いたい、ずっと想っていてくれたその気持ちに応えたいとして、「昭一のことが好きになりたい」と言い出した時はもっと自信があった。

天国にいるおっさんを思い、ケイトを託してもらえないだろうかと思ったし、おっさんのようにはなれなくてもケイトに見合う人間になりたいと思ったものだった。そのためにはもちろん努力をしようと思ったし、それをいつまでも続けていかれそうなら、藤真や永野と同じようにケイトと一緒になりたいとさえ思っていた。

だが、おっさんの粋な計らいを目の前で見てしまったら、いつかケイトに比較されて幻滅されるんじゃ、と不貞腐れる気持ちがむくむくと育ってきてしまった。長く付き合えば付き合うだけ互いの短所と感じる所も増えてくるだろうし、それを不満に思うことも増えるだろう。その時に「やっぱりヒコさんの方がいい」と思われたら――

いつか藤真が翔陽の監督を引き受けるかどうかで悩んでいた時と同じだ。考えすぎ。

それがありありとわかるので、かつての仲間たち4人はグズる高野を突っついているわけだ。そんな風に考えすぎてしまうのは、ケイトのことが大事だから。それを思い出して欲しい。

「高野、悪く思わないで欲しいんだけど、はずっと不審に思ってたんだ」
「不審?」

つい聞き返した花形に頷いて見せた藤真は、銀の指輪が嵌る左手をテーブルの上に置いて高野を見つめる。

「そう。高野がこっちに戻ってきた頃はケイトの元カレが闘病中だったし、お前も詳しいことは話さなかったから、もケイトと同じくらいお前とは久し振りだった。それが突然ケイトとのことで距離が縮まった。だけど進学で離れて以来、高野に何があったのか何も知らない、どうして六本木なんかにいたんだろう、なぜ学生時代からこっちのことを話さないんだろう。そう考えたら高野っていう人がわからなくなって、ものすごく心配になって」

高野だって隠してたわけじゃない。しかし気軽な笑い話でもなかった。というか一体何を隠しているんだとはケイトにも突っ込まれたことなので、高野は素直に頷いている。

「だけどさ、ケイト、言ってたらしいぞ。お前のこと信じてるって」

藤真の声に全員がサッと顔を上げて背筋を伸ばした。

「まだ付き合うとか付き合わないとかいう前の話だ。高野大丈夫なんだろうかって心配するに、ケイトは『長い時間を一緒に過ごした仲間だから、信じていたい』って言ったらしいぞ。あいつはオレたちのこと今でも仲間だと思ってて、だからどんな変化があったとしても信じてるって、そう思ったみたいだな」

ケイトが悩んだのはおっさん愛好症の自分についてであって、最初から高野のことは疑いもしなかった。

突然朝チュン状態になってしまったことも、酔っ払って記憶がなくても高野の言うことを全て信じていた。それは高校時代、ずっと楽しく過ごしてきた仲間だったから。そういう意味でなら、10年以上前からずっとずっと大事な人だったから、嘘をついて人を陥れようとするような人じゃないって信じてるから。

「そういうやつだろ、ケイトって。お前とヒコさん比べて優劣つけるような子か?」

またうんうんと頷く花形たちを確かめてから、藤真は柔らかく笑った。

「お前がケイトのこと好きならいいじゃんそれで。他に何がいるってんだ?」

また長谷川に肩を撫でられた高野も柔らかく笑い、しっかりと頷いた。

「そうだな。てかお前らいいのか、ケイトは大事な友達だろ。オレでいいのかよ」
「いいに決まってんだろ。オレたちが文句言うとしたらケイトを苦しめた時だろうが」
「まったく時枝が妊娠中でよかったよ。あいつが身軽な時だったらお前半殺しにされてたかもしれないぞ」
「そういや藤真は何回も技かけられてたな」

一応聞いてみた高野は花形と藤真に畳み掛けられて吹き出した。そうそう、時枝にこんな状態を見られたら説教されるに決まってる。しかしこんな風に喝を入れてくれる仲間がいるということに感謝もしていた。そうか、と藤真がそうだったように、仲間が見てるんだ。ちゃんと向き合わなきゃな。

心と体に重く伸し掛かっていた何かがかき消えたような気がして、高野は大きく息を吸い込んだ。10年の時を経て自分に舞い降りた幸運、それがケイトだ。失いたくない。ケイトはヒコさんを失ってしまったけれど、しわくちゃのババアになるまでそんな思いをさせてはならないのだ。仲間のためにも。