ウェルメイド・フィクション

02

思わぬ出会いによって納豆ご飯を免れたケイトは上機嫌である。昼に菓子パンを1個食べたきりだった彼女は、高野が奢ってくれるというので、どんぶり飯をかき込んでいる。味噌汁も漬物も小鉢もたまらなく美味しい。の米ももちろん美味しいけれど、何しろおかずがいつも貧相なので、せっかくのご飯が寂しい味になりがちだ。

向かいの席に座っている高野は、そんなケイトを眺めながら目を丸くしている。

「そりゃ誰だって何で辞めたんだって言うよ。たち何も言わなかったのか」
「事後報告だったし、辞めることになったいきさつは元々知ってたから」
「だったら藤真も知ってたんだよな? あいつ何も言わねえから……
「まあわざわざ話すようなことじゃなかったからでしょ。藤真らしいじゃん」

目一杯ご飯を頬張りながら、ケイトはにこにこ顔である。あんまりケイトが腹を空かせているので、高野は何でも好きなのを頼めと言い、ケイトも遠慮なくおかずを2品オーダーした。焼きサバとヒレカツでご飯が進みまくる。焼き魚も豚カツも何ヶ月ぶりだろう。高野もしまほっけ定食を突ついているが、ケイトの勢いに圧されて箸の進みが遅い。

「てかその藤真もしばらく会ってないからなあ」
「えっ、そうなのー。私もから話はよく聞くけど、1年くらい会ってないかな〜」
「えっ、岡崎ちゃんもそんなんなのか? オレもざっくりとしか知らないけど……
「えーと、たぶん4年前くらいならそれぞれ聞いたような気はするんだけど」

何しろその頃と言えばケイト本人が仕事で忙しく、と時枝と連絡を取り合うので精一杯。高校時代から今でも付き合っていると藤真だが、それはそれ、わざわざケイトとと時枝の女子会には顔を出さない。から近況らしきものを聞くけれど、それもあまり変わり映えしない。

「藤真は去年引退しちゃったじゃん」
「引退試合は見たいと思ってたんだけど、行けなかったんだよな」
「花形は就職したって聞いてそれっきりだし、一志は知らないし、永野は……永野も知らないかも」
「えーと、花形はそのままだな。一志は先生になったよ」
「ハァ!? 大丈夫なの、喋れるのあの人……

花形は学生時代に怪我でバスケットを続けられなくなり、バスケットとは関係ない職についた。長谷川も「天井が見えてしまった」という理由でバスケットは学生までと決め、教職を志した。今は高校で体育の先生をしている。

「で、そうそう、永野は去年結婚した」
「嘘ぉ!? それはまた意外なところが早かったね……
「だよなー。あんまり意欲的じゃないのが早く結婚して、藤真たちはまだグズグズ言ってる」
「ほんとそれ。絶対と藤真が一番に結婚するんだと思ってたのに」
「まさか緒方が一番乗りとはな〜」

ふたりは箸を突き出し合いながら、けたけたと笑った。仲良しグループ8人中、一番最初に結婚することになったのは女子校にて年間平均6.4告白を誇った時枝であった。ついでに1年前には第一子を出産、本人は今でも宝塚の男役のようなイケメン女子だが、それでもお母さんである。

どうなん、もう付き合い始めてから10年じゃないか」
「付き合ってる、って肩書きがついてから10年、その前のゴタゴタしてた時期入れたら13年」
「まあ、付き合うのにも3年かかったわけだから、遅いのは仕方ないかもしれないけど」
「たぶん付き合いが長すぎてきっかけがないんじゃないかな。その上藤真引退しちゃったでしょ」
「結婚どころじゃないか……

と藤真は高校卒業と同時に恋人同士になり、以来その関係のまま10年である。そろそろ他人がどうなのと声をかけるのも憚られる頃合いになってきた。そんなわけでケイトと高野もつい下を向いてしまい、無意味に料理を箸で突っついた。

「まああのふたりはいいよ、あんたはどうなの。いつこっち帰ってきたの」
「えーと、25の時だから、3年前か」
「じゃあ向こうで就職してたの?」
……いや、大学残ってた」
「残ってた? ああ、バスケ部の指導者とかそういう……
「いや、修士課程」

焼きサバを箸で口に運んだまま、ケイトは一瞬きょとんと固まった。修士課程?

「あんたってそういうタイプだったっけ」
「向こうにいる間に興味が出てきたことがあってさ」
「何」
「臨床心理士」
……へえ〜」

あまりに高校時代の高野のイメージからかけ離れていたので、ケイトはまだ箸の先を唇にひっかけたまま間の抜けた声を上げた。翔陽5人組の成績は確か花形がとにかく優秀で、他はテスト前になると花形に泣きついてなんとかクリアしていたはずなのに。

「臨床心理士って資格取るのすごく難しいんじゃなかった?」
「まあ、結局取れてない」
「あ、そ、そうなん、ごめん……
「いやいいよ。修士課程終わってよっしゃ受験だと思ったら母親が倒れてさ」
「え!? 大丈夫なの」
「おかげ様で。まあだから、それで戻ってきた」

そんなわけで臨床心理士への道が途中でうやむやになってしまった高野だが、そもそもがスポーツ学科だったので、長谷川のように教員資格も一応持っているし、ある程度の運動系の職なら何でも就ける状態ではあるらしい。ただ、当時は家族の一大事にそれどころではなくなってしまい、しばらくはアルバイト生活だったという。

「うおお、身につまされる……てかもう大丈夫なの。こんなご飯タカっちゃってごめん」
「いやごめん、うち、親父が高収入だから金には困ってな――その顔!」

高野はケイトが点と線で出来たような顔になったのを見て盛大に吹き出した。まあでもそれはちょっと考えれば予測できる話だ。息子を高校も大学もスポーツで進学をさせて、その上修士課程まで面倒を見て、それも神奈川の自宅から遠く離れた関西で一人暮らしをさせて、だ。今のケイトのようなド貧乏では無理な話である。

「今は一応就職してるよ。地元の……市営の総合体育施設にいる」
「修士課程まで出ててちょっともったいないねえ、それ」
「そんなこともないよ。うちは言うほど忙しくないし、休みもちゃんとあるし、うまく行けば施設長コース」
「何だコラ貴様人生イージーモードかよ」

ケイトは割り箸を噛み締めて高野を睨み上げた。だが、高野はひょいと首を傾げて腕を組む。

「もったいないのは岡崎ちゃんの方だろ。あんなパーフェクトな職場、何で捨てたんだ」

ほぼ完食したケイトは箸をパチンと置き、はーっとため息をついた。高野の言う通り、テーマパークは完璧な職場だった。花形が就活している頃、口利いてもらえないかと連絡を寄越したくらいだから、理想的な会社であることは間違いなかった。本当なら辞めたくなかった。けれど、ケイトは辞めざるを得なかったのだ。

……金に困ってないんでしょ。場所変えない?」
「いいけど……時間大丈夫なのか」
「大丈夫に決まってんでしょ、私は週末教室ないし、帰ってアイドルのDVD見るくらいしか予定ないもん」

ふんぞり返ったケイトに高野はうんうんと頷き、伝票を取るとケイトの重いバッグを掴んで肩にかけ、さっさと席を立った。美味い飯にありつき、その上酒まで飲めそうなのは本当に嬉しいけれど、テーマパークを辞めた話をしなければいけないのは気が重い。それでも高野だから話すのだ。青春時代の親友には、隠し事をしたくない。

「あんまり大きな声で言えない話か?」
「まあそこそこ」
「じゃあ騒がしそうな居酒屋かなんかにするか。それでいい?」
「ゴチになりまーす!」

ペコリと下げたケイトの頭を、高野の巨大な手がワサワサと撫でた。

専門学校を卒業したケイトは何とかテーマパークのダンサーとして職を得た。夢にまで見たレビューの世界、当時のケイトはもう有頂天、起きている間は空腹を感じないくらいダンスのことばかり考えていた。練習練習また練習、寝ても覚めてもダンスに夢中だった。

とか時枝から連絡来ても、一週間くらい返信しないこともザラだった」
「まあ、忙しいのわかってたろうしな」
「うん。てか初めてのショーの時、ふたり揃って見に来てくれてたらしくて、後で聞いて超泣いた」

ケイトの初舞台を見ていたと時枝も号泣だったらしい。ふたりは性能の良いカメラを借りて来てケイトの初舞台に臨み、その時の写真を今でも大事に持っている。しかしこの頃、ダンサーとしての華々しい一歩を踏み出すと同時に、ケイトはテーマパークをやめるきっかけにも足を踏み入れていた。

素敵なおっさんがいたのだ。

「最初の研修の時にお世話になったんだけど、まあこれが理想のおっさんで」
「岡崎ちゃんの理想っつーと、グレーの頭で真っ直ぐな体、で、インテリだっけ」
「まさにそういう人だったわけよ」

おっさんは50代に差し掛かったばかり、当時は新人教育の担当になっていたが、そもそもは社内でも要職にある人物で、物腰もスマート、頭も切れる、そして何より高野の言うようなケイトが理想とするルックスをしていた。

しかし長年おっさんとの恋愛にまで至らないままのケイトは、彼と特別な関係になるために何かしようとはしなかった。そういうおっさんはだいたいちゃんと家庭があるからだ。けれどケイトはこれまた過去の例に倣い、そのおっさんのファンを自称し始めた。

これはだいたいどんな時でも有効な手段で、当時まだ20歳のケイトであるから、素敵なおじさまのファンです! と言ったところで、誰も不快感を示さないし、言われた方も滅多なことでは嫌がらない。というか普通に喜んで可愛がってくれることが殆どだ。恋愛関係になったりは出来ないけれど、親しくさせてもらうことは出来る。

「そういうのって本当に好きじゃなくてもよくあるよな。課長かわいいーとかって」
「でしょ。だから最初はそういういつものノリだったんだけどさ」

研修も終わり初舞台も踏み、就職から1年が経った頃、ひょんなことからおっさんが独身であることがわかった。

「結婚しなかった人?」
「ううん、離婚。だから子供もいたし、元奥さんもいたし」

それでも法的に彼が独身者であることには変わりなく、ケイトの恋心は一瞬で燃え上がった。理想的なおっさん、社会的立場も年の頃もプロフィールも完璧。その上仕事もできるし部下に慕われるし人格も申し分ない、非の打ち所のないおっさんだった。

「そんなおっさんならすぐ再婚しそうなものだけど」
「と思うじゃん? ところが、ものすごい仕事人間だったんだよね」

おっさんは仕事大好き仕事命、おかげで嫁子供に反旗を翻され離婚させられたわけだが、おっさんは仕事が第一なのでそれほどダメージも受けず、むしろ独身の方が仕事が捗ることに気付いて、以来独身で通してきたという。だが、その点はケイトなら何も問題がなかった。

何しろ恋心が大炎上しているとはいえケイトも忙しかったし、こちらもダンサーは一度もブレたことのない大事な夢である。おっさんの仕事を邪魔しようがなかった。むしろおっさんの仕事を支える部下的立場である。

「それで告白したの?」
「もうファンですってのは言いまくってたし、その流れでほんとに好きですってさらに言いまくった」
「根負けか」
「最初はね〜」

そう、ケイトが自分は同世代の人間と恋愛ができないのだということを繰り返し説明したおかげか、半信半疑ながらおっさんはケイトを受け入れてくれることになった。ケイト21歳、生まれて初めての彼氏であった。

それでもおっさんはまだどこかで「金目当てなのでは」とか「社会的地位が高い男性ばかり狙う子なのでは」と疑う気持ちが取れなかったそうだ。おっさんは自分が平均的な50代の中では突出してイケメンであることにまったく自覚がないタイプだったらしい。

だが、たまたまケイトの夏季休暇とおっさんの海外出張が重なるということがあり、ケイトはいそいそとその出張に同行、付き合い始めてから半年、初めておっさんとベッドを共にすることになった。

この期に及んでもまだケイトに対して疑いの気持ちがあったおっさんだが、ケイトが処女だとわかると、一転コロッと態度が変わってしまい、以来ケイトを最愛の女性として大事にしてくれるようになった。ケイトのことを信じてあげられなかった自分が腹立たしいと言い、ケイトが驚くほどラブラブになってしまった。

「海外だとさ、それほど目立つカップルでもないでしょ、おっさんと若い子って」
「まあそうだよな。イチャイチャしてても日本にいるよりは自然だろな」
「ついでに私、アナソフィアでしょ」
「おっさん、やっとその価値に気付いたわけか」

どこに連れて行っても完璧な振る舞い、誰と引き合わせても粗相をすることもなく、卒業して3年とはいえ、アナソフィア女子としての頭脳は健在、どんな話にもケイトはついてこられるので、付き合いが1年に差し掛かる頃になると、思いの強さは逆転、おっさんの方がケイトに心酔し始めた。

「アナソフィア女子ってのはほんとにもー」
「それが可愛くないっていうのもいるんだからいいじゃん。日本だと頭のいい女は好かれないんだし」
「まあ確かに……みたいなのはちょっと怖いよな」

当然この状況はふたりに結婚を考えさせ始めた。おっさんが仕事人間で離婚歴があるということはケイトも重々承知しているし、おっさんの方もケイトがダンサーとして働くことにまったく異論はなく、結婚自体には何も問題はなかった。しかしお互い忙しい身だし、ラブラブでも結婚は中々話が進まなかった。

「テーマパーク辞めたのって……
「退社したのは26の時だから、約2年前かな」
「そりゃまた全然話が進まなかったんだな」
「うん……それがさ、おっさん、癌だったんだ。退社の2年前、かな」

騒がしい居酒屋のテーブルにゴチンとグラスの底が当たり、それを慌てて支えた高野は息を呑んでケイトを見つめた。ケイトは少し遠い目をして白桃サワーを傾け、テーブルに肘をついて手で顎を支えた。

「日本てさ、30代でももう年寄り扱いされることってあるじゃん。だけどさ、癌て病気は50代でも若いことになってて、どんどん進行しちゃったりする病気じゃん。健康診断の合間におっさんは手の施しようがなくなってた」

おっさんはしかし、自身の体が病に蝕まれていることがわかった時にも絶望したりせず、ケイトのために治療を頑張るのだと奮起していたという。この頃ふたりは半同棲状態であり、ケイトはおっさんの闘病を働きながら必死に支えた。治療が終わったら今度こそ結婚しようと約束をし、前向きに治療に励んでいた。

一度は治療の効果が出て完治目前までいったおっさんだったが、弱っていても50代でも若い体に癌はあっさりと再発、転移。いよいよおっさんは難しい状況に立たされた。それでも前向きに治療を続けたし、おっさんが病院で意識を失うまでケイトは彼の完治を信じていた。

「おっさんもそう考えてると思ってたんだけど、どうも違ったみたいでさ」
「違った?」
「おっさん、遺言書残してたんだ」
……嫌な予感しかしないな」

げんなりした高野の言葉通り、これが元でケイトは齢25歳にしてとんでもない修羅場へと叩き落とされた。

約1年間の闘病の末におっさんが亡くなると、彼の友人だという弁護士がケイトのもとにやって来て、おっさんがケイトを遺産相続人と指定していると言い出した。ただでさえおっさんを失って傷心のケイトは事態がよく飲み込めず、弁護士の説明にも返事をするのが精一杯だった。

すると、その翌日にはおっさんの実子であるひとり息子を連れた元妻が会社まで押しかけてきて、ケイトを出せと大騒ぎした。これが元で、ケイトがおっさんと深い関係であったことが公になってしまった。その上話が勝手に大きくなり改変され、ケイトが病身のおっさんに遺産を寄越すよう仕向けたという噂が大流行した。

「うわ〜……
「それでも1年近くは頑張ったわけよ。でももう限界でさ」

何しろおっさんの息子はこの時30歳で、それが母親と一緒になって「お父さんのお金が欲しかったんだろう、このメス豚!」と罵ってくるのだから堪らない。ケイトはこの地獄から逃れたい一心で相続を放棄、退社もしてしまった。実家へ4割の金を入れていたのと同じだ。恐ろしい現実から逃げるための代償だった。

「おっさんはもっと早く結婚して子供を作っておけばよかったって後悔してたけど、私に残ったのはこれだけ」

ケイトの左手で銀のバングルがきらりと光る。Kate Oz、この名を使い始めたのは最近になってからだが、元々はおっさんとふたりで雑談の中から考えた名だった。海外で名乗るのにもちょうどいい名前だとおっさんも気に入っていた。そしてこのバングルを作ってプレゼントしてくれたというわけだ。もう何年も前の話になる。

「それだけ!? ほとんど同棲してたんなら他にも色々あるだろ」
「と言っても私は住民票移したわけじゃなかったし、マンションは依然おっさんの名義だったし」
「そーいうのも全部残してくれたんじゃなかったのか」
「うん、凄かったよ。マンションに車、貯金、その他諸々全部合わせれば1億くらいあったんじゃないかな」
「いちおく!!!」
「持ってるアンティークに中々いい値がついてたみたいでさ〜」

この話を聞いた時枝も高野と同じように悲鳴をあげていた。頭に血が上りやすい彼女は、なぜ言わなかった、どうして戦わなかった、遺言書はおっさんの心そのものだったのに、と顔を真っ赤にして悔しがっていた。

……こういう性癖だからさ、もう二度とこんな人とは出会えないと思ったんだよね。巷の女の子たちみたいに彼氏遍歴で自慢し合うような人生はないと思ってたし、だからおっさんと一緒になりたかったし、おっさんに先立たされても、籍を抜いたりしないでずっとおっさんの嫁でいようと思ってたんだけどね」

おっさんは完璧だったのだ。そのままのおっさん以上に望むものは何もなくて、例え短い間でもおっさんの妻になりたかった。しかし、非情にも運命はケイトからおっさんを奪い、おっさんがケイトに残したいと願ったものは全て元妻と息子の手に渡ってしまった。

「私さ、おっさんの入院から死後の始末、納骨まで全部やったんだよ」
「おっさん自身の親族は?」
「いたけど、そっちも私が遺産をせしめてると思ったみたいで……

手間のかかることだけケイトに押し付け、しかし位牌は当家に置くのが当然と言ってそれも奪われた。そこにきてケイトは、自分はおっさんの持ち物が好きだったわけじゃない、おっさん自身が好きだっただけだと悟るに至る。

「彼には申し訳ないんだけど、もういっそ全部無くそうと思って、これ以外全部処分したんだ」

写真、思い出の品、ケイトの実家にわずかに残っていたおっさんに関わるものは全て処分した。本当にケイトの元にはバングルしか残っていない。あとはケイトの頭の中に残る記憶だけだ。

「おっさんによく言われたんだ。ケイトのダンスは元気が出る。きっとお客さんもそう思ってるはずだって」

アナソフィア時代もケイトは踊っていた。や時枝や高野たちも彼女のダンスが大好きだった。

「だから私、ダンスだけは絶対に手放したくないんだよね。踊るのを、やめたくない」

ぽたりとテーブルに雫が零れ落ちる。俯いたケイトの肩を抱き寄せ、高野はよしよしと頭を撫でた。

「岡崎ちゃん、つらかったな」
「うん」
「まだつらいよな」
「うん」
「でも後悔はしてないだろ」

ケイトは顔を上げて高野を見つめると、大きく頷いた。

「もちろん。みんなと過ごした高校時代と同じ。本当に幸せだったから、後悔はしてないよ」