ウェルメイド・フィクション

07

実はこの日、午前中に入っているはずのカルチャースクールのお教室が休みになってしまった。そうすると1日空いてしまうケイトは、かと言って当日の朝に入れられる短期バイトなども準備がなく、そういう時は父方の祖父のところへ行く。癌の疑いがクリアになったことだし、顔も見たかった。

ちなみにこの父方の祖父は臨済宗の僧侶で、小さいながらも寺院の住職をしている。「慧登」という名を付けたのも彼だ。一見して外国人風のキラキラネームに思われがちだが、「慧」の字は仏教において真理を見通す力のことを指す。それに「登」を付け、現代風な名にしたのは祖父の茶目っ気であろう。

対外的にケイトやその兄の頭の良さは母方の祖母から来たものとされている。周辺地域ではあまりに有名なアナソフィアの出身だからだ。だが、ケイトは自分が勉強が得意だったのはこの祖父に似たからで、だから大学進学よりもダンスを選んだのだと思っている。

というか自分の「おっさん愛好症」はこの祖父から来ているのではないか、とケイトは考えている。ケイトの身近な人間のうち、この祖父ほど賢く優しく厳しくケイトを導いてくれた人はいなかったからだ。ケイトの中に「よい人間イコールおっさん以上」という刷り込みがあるのかもしれない。

精密検査で癌の疑いがなくなった祖父は御年83、毎日の務めで鍛えられたか異様に元気だが、それでも日々の掃除が負担になると常々零している。なのでケイトは時間が空くと掃除などの手伝いに顔を出すようにしている。こちらも祖母は既に故人で、祖父とその従兄弟のふたり暮らしだ。

いくら小さくても、絵本に出てくるような山のお堂とはいかない。ケイトはお教室が休みになると連絡を受けた木曜の午後に祖父に連絡を入れて、朝からそこそこ広い境内を掃除しまくってきた。一応このお手伝いはバイト代が出る。最初は遠慮したケイトだったが、祖父は無給だと手を抜く口実になると言って譲らない。時給850円也。

バイト代を貰う上に昼食までつくので、ケイトはしゃかりきになって掃除を頑張ってきた。というわけで、ちゃんと昼食を食べたにも関わらず、日が暮れるのと同時にケイトの腹は空っぽであることを知らせる音が断続的に続いていた。もっとも、昼食は爺さんふたりと一緒なので、ボリュームもなかった。だいたいいつも蕎麦。

そんなわけで、高野のことを「どうでもよくない」と心から思ってしまったケイトは、空きっ腹と一緒に高野を抱えてベッドに横たわっている。あんまり派手な音を立ててくれるなよ私の腹……と念じつつ、ケイトはぼそぼそ話す高野の頭を静かに撫でる。

部屋の中に引き入れられた高野が一気に憔悴して生気のない顔をしたので、勢いでベッドに倒れこんでしまったが、とりあえず何もしていない。玄関先でケイトが高野の首を引き寄せてキスしただけで、泊まりならわかってるだろうななどと脅してきた高野は何もしてこない。

「合わなかったんだよな、あの大学というか、チームが」
……合わなかったって、あんたが?」

ケイトは撫でる手を止めて聞き返した。高野は翔陽5人組の中でも特に明るく社交的な方で、これが他の誰かならそうかそうかとすぐに頷いてやれたと思うが、高野では「まさか」という印象の方が先立つ。

「高3の時に予選で湘北に負けてIHが飛んだあと、先生たちが頑張って推薦の口を色々探してきてくれてたんだ。藤真は元々決まってたし、花形もすぐに決まったけど、一志も少し時間かかったし、オレと永野は最後だった。オレの行ってた大学は、湘北の安西先生の紹介でさ」

その紹介を取り付けてきてくれたのが当時監督不在の翔陽バスケット部の顧問の先生だった。高さのある選手が欲しいというので、高野と永野、どっちかどうだ、という話だった。だが、ふたりとも身長は190を越していてそれほど差がないし、能力的にも言うほどの開きはなかった。

「だけど永野はどうしてもこっちを離れられないっていうんで、オレが受けることになったんだ」

家の事情もあって、結果として永野が千葉、高野は関西の大学へ進むことになった。とはいえそれは高野本人も望んだ進路であり、卒業の頃は新生活への期待でいっぱいになっていたし寮生活は既に3年やってきたし、自分が躓くとはこれっぽっちも思っていなかった。

「合わないって……まさかいじめとかそういう」
「そういうんじゃないんだけど、どうも話が噛み合わなかったり、意思の疎通が取れない感じ」
「嘘お」
「オレもびっくりした。自分は誰とでも適当に話せる人間だと思ってたから」

高校時代は確かにそういう人だったのだ。

「関西人がダメだったとか?」
「いや、それこそ色んな所から集まってたから、そういうことじゃない。監督は九州出身だったしな」

どうにもチームと足並みが揃わない違和感を抱えたまま、それでもバスケットが出来るのだからと高野は奮起した。バスケットで進学をすると決めた時に両親と絶対に留年をしない、きちんと勉強もするという約束をしていたので、そっちも頑張った。

「今から考えると、ものすごいストレスだった」
……ひとり、だもんね」
「そうなんだよ。翔陽の時は気の合うチームメイトが4人もいたんだ。ケイトたちもいて、毎日楽しかった」

少しくらいつらいことや苦しいことがあっても、仲間たちと一緒に過ごしていればそれもいつしか忘れられたけれど、気付けば高野はひとりきりになっていた。

「同期に北陸出身のやつがいて、そいつも何だか馴染めなくて、つい一緒にいるようになったんだけど、今思うとそれもダメだったんだろうなあ。寮生活だっていうのに、オレとそいつはいつもふたりで固まってて、他の部員とはあんまり喋ったりしなくなった。必要最低限のことだけ、って感じで」

高野はケイトの頬に額を擦り寄せると、目を閉じる。

「そいつもキツかったんだろな、2年になってすぐくらいか、突然退学して地元に帰っちゃった」
「え、それじゃあ……
「そう、ひとりで取り残された」

ケイトは想像しただけで身震いがした。元が陽気で元気な人が突然孤独なストレス環境に置かれた時の負担はいかばかりなものか。経験がないだけに、その苦痛は彼にとって相当な負担になっていたに違いない。

……翔陽にいた頃のことばっかり考えてた。特にその2年の時は主将がダメな感じの人でな〜。藤真の方がいい、あいつの下でバスケしたいとかグズグズ考えてたし、部屋でひとりになると、いつもケイトのこと考えてた。岡崎ちゃんに会いたい、岡崎ちゃんの笑い声を聞いたら元気が出るに違いない、情けないぞって背中叩いてくれるんじゃないかって、そんなことばっかり」

高野の頭を抱え込み、ケイトはゆっくり撫でながら額にキスをする。その頃ケイトはまだ専門時代、おっさんと巡り会う前だ。毎日踊りまくっては時間が空くとや時枝と会い、楽しく過ごしていた。藤真たちともたまに会っていたし、けれど高野どうしてるかね、なんて言わなくなってしまった頃だ。

……帰ってくればよかったのに」
「そこは体育会系の意地だな。そんな理由で逃げ帰るの嫌だったんだよ」
「だから成人式の時も何も言わなかったの」
「そう。だけどあの時は本当に楽しかった。よっしゃもう2年頑張ろうと思って帰った」

しかし彼はその頃から様子がおかしくなってくる。あまり眠れなくなってしまった。

「ちゃんと診断を受けたわけじゃないけど、ちょっと鬱っぽかったんだよな。食欲もなかったし、眠れないし、ベッドからどうしても出たくなくなったり。でも、あれ、オレちょっと変だなって気付いたんだよな。だけど病院に行って病名がついちゃったら困ると思って、そこから自力でどうにか出来ないかと思い始めて、それが転じて臨床心理士に興味が出たんだ。目指すものが出来たのもよかった。学校楽しくなってきたんだ」

臨床心理士を目指すために院に進みたいと両親に相談したところ、いい目標が出来たと喜んでくれたので、院に進んでバスケットもしなくなったけれど、高野は毎日頑張っていた。バイトを始めたり、ボランティアをしてみたり、関西にいる間ではその頃が一番充実していた。

「あのさ、北陸の友達が退学してからずっとひとりだったの? 彼女とか……
「え。それ聞きたいの」
「いや聞きたいっていうか、そんな長い間ひとりだったのかなって」
「まあ、適当な友達はいたし、彼女もうん、いたけど。友達付き合いと変わらない感じだったし……

そこで言葉を切った高野は、ケイトの体に巻きつけていた腕をぎゅっと締め上げて顔を上げた。

「誰と付き合ってても、ケイトの方が好きだった」

院を出て臨床心理士の資格を取った暁には意を決してケイトに連絡を取ってみようと思っていた。ケイトは常々理想のおっさん像を話していたけれど、そんなおっさんはそう簡単に転がっているとは思えなかったし、もう20代も半ば、おっさんじゃなくても大丈夫になっているかもしれないし。

「まあ、そんなことしなくてよかったけどな」
「その頃というと、そうだね、おっさん闘病中だったね」
「で、こっちも母親が倒れた」

風邪すらめったにひかない母親の緊急事態に、高野とその父親はパニックになった。母親の治療を支えるのはもちろんなのだが、何しろ父は仕事が忙しく、息子はバスケットで家を出て10年が経過していた。家の中のことがまったくわからない。何とゴミの日すらちゃんとわかっていなかった。

「月イチで入院費の精算をしたくても、どこに金があるのかもわからない有り様でさ」
「あー、あるよね。普段の様子なんかも近所のおばさんの方がわかってるとか」
「まさにそれ。だけど親父は仕事があるし、オレが家のこととか入院のこととかやることになったんだけど」

何しろ実家を離れて10年である。臨床心理士の資格試験を受験するどころの話ではなくなってしまい、右も左も分からない高野父子は右往左往しながら日々の生活と入院のサポートを続けた。だが、病に倒れた母親を間近で見続けた高野にまた異変が起こった。

幸い彼の母親は快方に向かい、今は通院をしながらもほとんど元通りの生活をしているというが、高野の方に後遺症が残った。また眠りが浅くなり、時折強い不安感に襲われて日常生活に支障をきたし始めた。

「そっか、昭一は出ちゃったんだね」
「ケイトは出なかったんだな」
「そういうのない? ってすごく心配されたんだけど、私はなんとかね。そっか……
「おかしなもんだよな。うちは無事に治ったのに」

患者家族に出るPTSDのようなものだ。高野の母も治療が完了した直後は心身ともに疲れ果てて気分が優れない日々が続いたというが、夫と息子の協力の下健康を取り戻していく過程で再び生きる気力をも取り戻した。

が、息子は目指していた道が途中で途切れてしまい、その上精神的に参ってしまって宙ぶらりんの状態。両親はまた資格試験に臨んだらどうだと励ましてくれたが、とてもじゃないが人の悩みや苦しみを聞いてあげたいという心境にはなりそうもなかった。聞いて欲しいのは自分の方だ。

「まだつらい?」
「いや、もうけっこう楽になってきてる。薬はまだ飲んでるけど、一時に比べたらずいぶん軽いのになったし」
……あれ、精神薬だったの」
「少しずつ減らしていこうって話になって、減薬始めて半年くらいか」

ケイトはまたたまらなくなって高野の頭を撫でて額に唇を寄せた。おっさんも症状が進行するにつれて眠れなくなったり気が立って落ち着かなくなったりしたので、気持ちを穏やかにする薬を飲んでいた。

「面白いよな、元の性格なんか何も変わらないのに症状だけが出てきてどうしようもなくなる」
「つらかったね……昭一もつらかったね」
……悪い、思い出させたよな」
「いいからそんなの。病院、合うところがあってよかったね」
「ああそうそう、だからその病院が六本木」
「え!?」

母親が世話になった病院は巨大な大学病院だったし、どこかいいところはないかと担当医と話していたら、知り合いが六本木で心療内科をやってると紹介してくれたということらしい。少し遠いが、月イチの診療なので遊びに行きがてらという気分で通っているという。

……あの時、ケイトだってわかってものすごく嬉しかったんだ。あんな風に心の底から楽しい気持ちが湧き上がってきたの、いつ以来だか思い出せないくらい久し振りだった。こっちに帰ってきてからも、今までどうしてたのかって話をするのが嫌で、藤真たちとも会いたくなかった。だけど、ケイトはそういう気にならなかった」

その上テーマパークでダンサーをしているとばかり思っていたのに、何だかこちらも不安定な状態になっていて、自分の話をしなくても済みそうだったのが余計に気楽だった。が、ケイトは楽しく酔っ払い、全てを任せきって甘えてきた。高野の浮き立った心にそれがグサリと刺さった。

「よく言うだろ、自分がつらい時って、逆に人助けをすると満たされた気になるって」
「困ってる人を助けることで目の前の苦痛が消えるからっていうあれ?」
「たぶんそんなところだろうと思うんだよな、オレの場合」

安定した夢の職場、完璧なおっさん。高校時代のケイトが望んだものは全て手に入った。そして、全て失った。自分も相当つらい状態にあると思っていたけれどケイトも中々に状況が悲惨で、無防備に甘えてくる彼女を受け入れて可愛がってやることで、束の間自分の苦痛を忘れることが出来た。

大学はあまりいい思い出がない、夢も絶たれた、仕事には就いたけれど、熱意を持ってやるような仕事という気はしない。そんな日々にあって、突然目の前に現れたケイトは高野の淀む心の中に光を投げかけた。

「週末のメシくらいだったとしても、オレが助けてやらなきゃと思うとやる気が出たし、オレはケイトに必要とされてるんだと思うと本当に嬉しかった。たちも助けてるのはわかってるけど、自分が一番助けてやれるようになろうとか思ったりして」

しかしそれは高野が自分にそう言い聞かせていただけの話。

「助けられてたのはオレの方なんだよな。ケイトと再会して以来、けっこう楽しくて」
……私も楽しいよ。ゲームも楽しい」
「だから例の『提案』の方はゆっくりやろうかな、と思ってたんだけど」

やっと表情の緩んだ高野は微かに微笑んでケイトの頬を撫でた。

「答え、本当に出たのか」
「たぶん。さっきも言ったけど、私、あんたのことどうでもよくない」
「わかりづらいな」

それはケイトも同じだ。まだひとつ糸口を掴んだに過ぎない。

「自分のおっさん好きは本当によくわからなくなっちゃってる」
「ケイトの基準ではオレなんかまだ若いんだろうけど、平気そうなのか?」
「まあ、少なくとも今こうしてくっついてるわけだし、嫌悪感があるわけじゃないし」

そこが謎だった。以前はおっさん好みなので若者は嫌いなのだと思っていた。今もおっさん好みに変わりはないのだが、別に高野とくっついているのが気持ち悪いわけではないし、むしろ目の前にあるのがよく知った顔なので安心感がある。思う存分わがままを言いたくなる顔だ。

「ただ……昭一の気持ちは本当に嬉しいし、それをいい加減に片付けたくなかったし、ちゃんと向き合いたいって思ってた。おっさんに恋してた時とは全然違うんだけど、何も話してくれないし、それが心配になっちゃって、どうでもよくないよ、昭一のこと大事だよと思って……

おっさんのスマートさにうっとりしていた時とは何もかもが違う。おっさんはケイトにとって完璧な大人だったから、彼のエスコートにきちんとついていければそれでよかった。病に倒れるまでおっさんの心配などしたことがなかった。おっさんの方が一枚も二枚も上手で、ケイトがする心配などいつもまるで無意味だったから。

しかし高野は違う。自分と同じように不安定で傷付いていて、背中には秘密を抱えていた。

「自分を大事にしてくれる人を、大事にしたいと思ったんだよね」
「答えが出たってほどでもなかったな」
「そんなことないって。自分では覚悟したつもりだったんだけど」

体を起こした高野の顔が目の前に迫る。ケイトは目を逸らさずに見上げる。

「ケイト、オレでもいいの?」
……でも、じゃなくて、昭一がいい」
「え」

ケイトはに言った言葉を思い出す。

――ケイトの方も高野だったからだと思う?
――そうかもしれない

誰でもない高野だったから、ケイトは答えを出すに至ったのだ。

「高校生の私なんて、あんたなんか興味ないっていう態度だったのに、30歳くらいになってもまだいいおっさん見つけられなかったら付き合ってよ、って言ってくれたから。それを10年経っても捨てないでいてくれたから」

高校3年生の夏休み、例年通りならインターハイへ行っている頃。合宿から帰ってきたばかりの翔陽5人組は昼間の練習が終わり、日が暮れて気温が落ち着くと有料コートに集まっては遊ぶのと練習の中間、というような夜を過ごしていた。

その頃勢いで付き合っていたケイトの後輩と別れたばかりの高野は、ひとりだけ早く到着してしまってぼんやりしていた。そこへの家に行くのだというケイトが通りかかった。最初は雑談をしていたのだが、話は徐々に恋愛の話になっていき、現状身近な素材なのでと藤真のことを喋っていた。

高野は自分も最近彼女と別れたばかりだということは黙っていた。彼女と付き合っていたことをケイトに言いたくなかったからだ。彼女の方もケイトには何ひとつ報告をしていなかった。理由は簡単、それは彼女の別れの言葉に集約される。ケイトの後輩である彼女はけろりとした顔で言い放った。

昭くんが好きなのはケイト先輩でしょ。私と付き合ってても、忘れられなかったでしょ。

高野がケイトに好意を抱いていることは知っていたので、怒りや悲しみはない。それでもこの関係に意味が見いだせない以上は別れるべきだと思うと彼女は言って、高野の元を去った。高野もその通りだと思った。彼氏彼女がいない者同士、パートナー欲しさに手を組んだだけの関係だった。

しかし相手は何しろおっさんフェチである。既に高3、部活が忙しいので時間もない。高野は1日考えると、こりゃ無理だな、と今すぐ特別な関係になるという欲求を諦めた。だが、ふたりきりで雑談していたせいで、諦めたはずの欲がまた湧き上がってきた。だから言ったのだ。

「なあ岡崎ちゃん、もしさ、30くらいになってもいいおっさんが見つからなかったら、付き合ってくんない?」

当時のケイトはゲラゲラ笑いながら、何で30なんだとか、その頃まであんたは相手いない前提か、などとツッコミまくり、全く本気にしていなかった。高野もヘラヘラ笑っているし、いつもの軽口にしか聞こえなかった。高野の中に、本気が隠れていたことなど、この歳になって再会するまで知らなかった。

その気持ちを投げ捨てるような真似は、したくなかった。ケイトは高野の頬に手を伸ばして微笑む。

「だから昭一がいい。私も昭一のこと好きになりたい」

ゆっくり重なりあう唇、静かな部屋の中、主の意思に反してケイトの腹は空っぽだぞと喚き散らしていた。けれど、おっさんを亡くして以来すっかり空っぽになってしまったケイトはこの時、空腹を忘れるほど満たされた。おっさんにしていたように高野に恋をしている実感はない。それでも構わなかった。

ケイトは高野をきつく抱き締める。彼と同じように、傷ついた自分ごと抱き締めているような気がした。