エンド・オブ・ザ・ワールド

End of the World. supplement

ミライと未来編4

「僕は元々信仰心なんかないし、それでなくともこの間の事件でこの国における宗教や信仰というものは凄惨な事件を思い出すトリガーのような言葉になってしまったし、地震と合わせて確かに世界は変わってしまった――けど、僕は人々が太古の昔から人ならざるものに畏怖の念を抱き、祈り続けてきたということには、何か理由があるんじゃないかと、思わざるを得ないよ」
(ミライと鉄男のアパート、茶封筒を差し出す岩田氏)
「開けて、いいんですか」
「確かめてご覧」
「嘘……
(戸籍抄本の写し、ミライと1歳違いの女性、氏名が「浅井未来」)
「未来……
「まあ、その人はミキさんだけどね」
「この人は……
「それはわからないよ。気になるのはわかるけど心を鬼にして、彼女のことは一切詮索しちゃダメだ」
「は、はい……
「それから、生年月日と両親の名を早く覚えること。こっちは僕が行ってきた現地の資料。これを頭に叩き込んで、一応君はここに近寄らないこと」
……はい」
「これで、結婚や免許が取れるんですか」
「結婚は大丈夫。だけど免許はしばらく先だな。郵便局に転居届を出してきたから、そうだな、5年は待ちなさい。それで運転免許更新のお知らせが来なかったら教習所に行くといい」
「お知らせが来たら?」
「来たら、ペーパードライバーを装って、更新しようとしたら免許証を紛失していることに気付いた、引っ越しの時に捨ててしまったかもしれないとか何とか言って住民票と共に更新と同時に再発行、のちにペーパードライバー講習を受けに行けばいい。取得時期にもよるけど、もし18になってすぐくらいなら病気してほとんど覚えてないとか言ってしまえばいい」
「わ、わかりました」
「ミライちゃん」
「はっ、はい」
「これでもう君は、未来人なんかじゃなくて、この世に生きるひとりの人間だ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「ミライ、婚姻届、書いちゃわない? 私たちが証人になるから」
「あっ、そ、そう、だね」
(オロオロしはじめるミライ)
「どうした。大丈夫か」
「え、あ、あの、なんかいきなり色んなことが、私、三井じゃなくなるんだなって、ほんとにミライになって、結婚するんだなって、思っ……
(はらはらと泣き出すミライ)
「ミライ……
……鉄男、コンビニ行ってくるわ。あなた、ちょっと出ましょう」
(春美と岩田氏が出ていく)
「ご、ごめ……
「つらかったら入籍はもう少し伸ばすか?」
「えっ、でも!」
「これはあくまでも『存在する人間』として生きていくための手段であって、オレはもう何年も前にお前と結婚したつもりでいるから気にならないけど、お前の場合は気持ちがついていかれないこともあるだろうし、それはいつでもいい」
……うん」
「でもな、ミライ」
「は、はい」
「お前があのふたりの間に生まれて光という名前を授かって生きてきたことは、消えないんだぞ。こんな戸籍があったって別にお前が本当にミキに変わるわけでなし。それに、こんな言い方良くないかもしれないけど、オレはお前がミライだろうが光だろうがミキだろうが、どれだって何も変わらないし、お前が納得出来ることが大事なんだから、そこは自分で決めていいんだからな」
「うん……そう、だよね」
……ただ、その、これを使えば、子供は、作れる」
「てっちゃん……
「まあそれだって必ず出来るとは限らないし、可能になるというだけの話だけど」
……家族に、なれるんだね」
……ああ」
「てっちゃんと、家族、かあ」
「実感とか何もねえけどな」
「てっちゃんがお父さんで、私がお母さんになっちゃったり、するのかあ……
……ミライ」
「ん?」
(いいづらそうな鉄男、少し声が上ずっている)
…………きっと、た、楽しいぞ」
「てっ……
「まだ、先は長いけど、長くなきゃ困るけど、楽しいこと、生きててよかったって思うこと、たくさんあると、思うぞ」
(顔が赤い鉄男、思わず飛びつくミライ)
「そういうの、一緒に」
「うん、そうだね、そうだよね、私もいつの間にか何でも悲しく考えるようになってた、そんなのダメだよ、私もてっちゃんと楽しく生きていきたいよ」
「お、オレが! 幸せに、するから!」
「てっちゃん!?」
(真っ赤になっている鉄男)
「あわわ、てっちゃん無理させてごめん、ほんとごめん、柄じゃないのにつらかったよね」
「すまん、無理だった、想像以上に恥ずかしい」
「無理しないで、でもありがとう、死ぬほど嬉しい。よし、てっちゃんのことは私が幸せにしてあげるからね!」
……もう、してもらってるよ」
「じゃあ、もっと! もっともっと! もういらないっていうほど!」
(笑いながら抱き合って床に転がるふたり)
「えへへ、てっちゃん……結婚、しよっか?」
「しようか」
「しよっか〜!」
「明日にでも提出しに行くか」
「そうしよう! 私明日からほんとに伊佐木未来! てっちゃんの奥さん!」
「じゃ、奥さん。婚姻届、書きますか」
「書きます! めっちゃ書きます! 書くぞー! 私、幸せになるぞー! てか今でも幸せだ!!!」

(2年後、ミライ24歳、鉄男27歳、リリー・ローズにて)
……あなたたちが揃って顔を出すなんて、嫌な予感しかしないんだけど」
「まあ、間違ってない」
「妊娠しました」
……はあ、そう、よかったわね。なんでそれを知らせに来たのよ。もう保険証は自分で持ってるでしょうが」
「いやその、いざほんとに妊娠したら心配になってきて……
「何がよ」
「ええとその、来年私が近くで生まれる」
「そうね」
「そうね、って」
「しょうがないでしょ、私は別に魔法で何でも解決してくれるフェアリー・ゴッドマザーじゃないのよ。子供が親より先に生まれてくることで何か影響があるのかなんてこと知りようがないじゃない」
「それはそうなんだけど」
「だけどまあ、フィクションなんかでは近寄らないに越したことはないってのがセオリーよね」
「別に近寄りたいとも思ってないんだけどね」
「今までニアミスしたことあったの?」
「私が自分で把握してる限りでは、ない」
「オレはやむなく少しだけ。あっちの結婚式と、うちの店に父親の方が何度か」
「ああ、バーを始めたんですってね」
「百合もおいでよ」
「行くわけないでしょう……? んん、それで今まで何か影響らしいものも出てないし、私の感覚では特に問題ないようだけど……それでもミライ自身同士はもちろん、あなたのお腹の子と祖父母にあたるふたりとは接触がない方がいいでしょうね。なにか起こってからじゃ遅いもの」
「そうだよね……
「引っ越せば?」
「うちの店、ここの店!」
「あんた以外にも助けてくれる人が多いもんでな」
「まあ、緊急時はここに来てくれても構わないけど……
「やっぱり避難所ってあった方がいいのか?」
「そりゃあそうでしょう。ていうかそんなリスク抱えた状態でよくもまあ自営業なんか始めたものだわ。これだけ携帯電話が普及してきてるっていうのに、私だったらさっさと遠方に引っ越すけどね」
……楽しく生きようかと思ってな」
「バッカじゃないの!? ああどうしてこんな人たちに使えて私には使えなかったのかしら……自分で過去に行ければこんなこと」
「ねえ百合、ちなみにもし自分で過去に行かれたら、樹さんの件、どうするつもりだったの」
「何なら関係者全員殺してもいいかと」
「あんたそれ腕時計の方が正しいわ」
「ふん、聖人ぶってんじゃないわよ。というか避難所、ここ以外に心当たりないの?」
「いや、少し考えてある」
「じゃあそれでいいじゃないの。今までもニアミスはなかったんだし、以後もそれを徹底して、もし何か異変が起こったら私に相談する前にこの場を離れなさいよ」
……うん、わかった」
「もう時間を移動したくないのかもしれないけど、本当に危険な状態になったら一時的にでも30年くらい過去に戻るのも手よ」
「30年?」
「私たち、誰も生まれてない」
「ああ、そうか」
……面白いくらい、順調ね」
「そうでもないぞ」
「なぜ」
「あと2年くらいでオレは体を壊す」
「あらまあ、そうだったの。なのに子供なんか作ったの。無計画ね」
「出来ちゃったんだもん。年内には生まれるよ」
「自業自得ね。あんたも天使を授かって文句を言うようになるのかしら、やだやだ」
「はいはい、あんたには絶対言わないようにします〜」
……異変が起きる可能性が高いのは、あなたの出産よりも、あなたが生まれてくる方だと思うわ」
……だろうな」
「どうしても時間移動はしたくないのね?」
「出来れば」
……何もないとは思うけど、その時だけはここに来なさい」
「わかった」
「あとは好きにしなさい。いい子が生まれてくるといいわね」
……うん、ありがとう」
(しばし沈黙)
……百合」
「何よ」
「来月うちの店開店一周年記念」
「行かないって言ってるでしょ!!! 何よそのふたり揃って幸せそうな顔! さっさと帰って!」
「うん、そーしよう。またね百合」
「またな」

(同年末、長男誕生、春美と岩田氏の命名で「志鶴」と名付けられる)

(翌年、ミライが誕生。異変なし)

(更に翌年、ミライの記憶通り鉄男が発病、のちに無事退院、静養しつつ、外出できるようになってからたまに三井家を訪れるようになる。長く準備をしてきた甲斐あって、予後は順調)

(長男誕生から4年後、次男誕生、社長とクミさんの命名で「礼央」と名付けられる。この年、特徴を隠したミライ、暗いバーの店内で遠くから父親に再会、言葉は交わさずに会釈をする。異変なし)

(のち、岩田氏の支援を受け、新潟の借家を土地ごと買い取り、避難所とする。夏休みになると帰り、子供たちは父親たちの作ったツリーハウス改で遊んで過ごす。また、鉄男の念願であったバイクショップも開業、それを機にバーは人に任せ、さらに数年ののちにミライがカフェを開業、これらが成功し、やがてふたりはバー3軒、カフェ1軒、バイクショップ1軒を抱える事業者となる)

(2015年)

「もしもし? どうしたの、あんたから連絡来るなんて」
「ねえ、何か異変はない?」
「何よ急に。何もない……と思うけど」
……帰ってきたのよ」
「は?」
「あなたが、帰って、きたのよ!」
「はあ?」
「だから! 26年前に行ったはずの! あなたが! 帰ってきてるのよ!!!」
……は!?」
(日没後、リリー・ローズにて)
「どういうことだ。だったらここにいるコイツはなんなんだ」
「知らないわよ! ていうか腕時計は持ってきたんでしょうね?」
「持ってきたけど……あんたずっと監視してたんじゃないの?」
「それだって限度があるわよ! 26年前で何日滞在したと思ってるの!」
(腕時計を手にしてしばし俯いている百合)
……あなた、分裂してたの?」
「はあ?」
「26年前、あなた、高熱を出したって言ってたわよね?」
「高熱……ああ、うん、過去に残るって決めるちょっと前に、確かに熱は出してた」
「あの時、あなた、分裂したみたいよ」
「ぶ……え!?」
「どういうことだ」
(立ち上がり、いきなりミライの頭を掴む百合)
「おい、何する――
(百合の体から黒いモヤのようなものが出てきて絶句する鉄男)
「こっちが本体ね。帰ってきたのは……
「おい、ちゃんと説明しろ」
(百合が手を離すとモヤが消える)
……あなたは、26年前、ふたつに分裂した。過去に残ったこっちが本体よ」
「どういう……
……あなた、本当はご両親のところに帰りたかったのね?」
「えっ……
「親のところに帰りたい、親の暮らす世界が自分の正しい世界なんだと本能で分かってたのね。だけど、まあ、あなたはこの人恋しさでそれを切り離したんだわ。無理矢理引きちぎって、親への思いと、自分が生まれた世界で生きなきゃいけないという、存在としての本能を未来に向かって捨てたのね。だから帰ってきたんだわ。この時代に帰りたいという、あなたの一部だけが」
……私の一部が、私の姿で、帰って、きた?」
「あなたの中に、親への思慕というものがほとんど残っていない。あなた26年前からこっち、親や友人や、その例の幼馴染に会いたくなって泣いたり喚いたりしたこと、なかったんじゃないの」
「そ、そんな、泣き喚くなんて、私はちゃんと……
「帰ってきたのは、そういうものの塊ね」
「なんでそんなことが……
「犯人はこれ」
(腕時計を掲げる百合)
「あなたが家族と好きな男との間でふたつに裂けそうになってたから、手伝ってあげました、てなところかしらね」
……問題はないのか」
「だからわからないわよ、そんなこと。私だって今朝帰ってきたことに気付いたんだから。というかあなたは分裂してから25年が経過してるけど、あっちは分裂して数日ってところなのよ。何が起こるか私にも……
「考えられることは?」
「そうね……でもあんまり近寄らない方がいいのは変わらないんじゃないかしら。本体はこっちだけど、どちらかが相手を吸収したがるかもしれないし、そうしたらあなたの25年も、ちゃんと帰還してきた17歳のあなたも、全部水の泡よ」
……うん、気をつける。自宅の場所とか、学校とか」
「それはオレが調べておく。お前はしばらく店と家以外ではあんまりウロつくな」
「そ、そうする」
「26年前の騒動のせいで、あなたの記憶と違うことになってるかもしれないからね」
「そ、そうだね……てかそうだ、てっちゃんがまず全然違うもんね」
……もしかしたら、帰ってきたあなたは、この人への恋心を失くしてるかもしれないわよ」
「えっ?」
「26年前の姿を見て日が浅いから影響はあると思うけど、帰ってきたあの子は両親や幼馴染への思いの塊、あなたの夫への愛情は全部あなたが持ってる、だからあの子はいずれ初恋の人を遠い記憶だけに残して忘れるんじゃないかしら」
「そんな……
「そんな、って何よ。それでいいでしょうが」
「大事な……思い出なのに」
「だからそれはあなたが持っていればいいことでしょうが! いいこと、よく肝に銘じておきなさいよ、あの子はあなたであってあなたではないわ。分裂はしたけど分身ではないの。あなたとはまったく別の人生を送る他人よ。あなたが世界の理を無視して過去に残ったのと同じように、あの子は勝手に生きていくの。それを忘れないでちょうだい」
「わかった……
「それから、ここから先のことは本当に誰も知らない未知の世界、何が起こるかわからないのだから、慎重に過ごしてちょうだい」
……ああ」
……まったく、まさかこんなことになるなんて」
「でも、私の親は、娘を失わずに、済んだんだね」
(腕時計を手に持って額に当てるミライ)
「それだけで、充分」
「ふん、好きなだけ浸ってればいいわ。私たちはこのまま終われないかも知れないわよ」
「どういう意味だ」
「こんなにも世界を捻じ曲げたんだもの、ろくな死に方をしないと思うわ」
「死に方って」
「むしろ、死ねればいいけど」
「百合、大丈夫?」
……またポプリを持たせておくわ」
「あの子、ここに来るのか?」
「おそらく、腕時計を返しに来るはずよ」
……その時はよろしくね」
「せいぜいもっともらしく素晴らしきかな人生とでも言っておくわよ」
「お願いね百合、ハデスもセイトも死んだんだから、私を、少しでいいから、褒めてあげて――
……うまく出来るかわからないわよ。私、そういうのよくわからないから」
「それでもいいから、お願い」
「わかったわよ。もう、世話が焼けるんだから……

(数日後、リリー・ローズの店内に制服姿の男女がひとりずつ)

「どうした? やっぱり帰る?」
「えっ、ああごめん、平気。ちょっと色んなこと思い出しちゃって」

(店の奥からそれを確かめると、出ていく百合)

「あら、いらっしゃい! まあ、本当にお友達を連れてきてくれたの? やだ、ごめんなさい、彼氏ね?」

END