エンド・オブ・ザ・ワールド

End of the World. supplement

新潟編2

(神社の境内、水の出てない手水舎の傍らのベンチにて。ここから樋口家が見下ろせる)
「叔母か……ここを出たのは小3になったばっかりの頃だしなあ」
「だけどきれいな石をプレゼントしたんでしょ」
「うーーーん、どうにもはっきりしないんだよな……その心臓患ってた人に石をあげたと思ったんだけど、一緒に暮らしてる叔母にそんなものやるか?」
「その人のことだけすっぽり抜けてるのか」
「いやその、ぶっちゃけここで暮らしてたときの記憶っつったら学校のこととか、山で遊んでたことくらいで、他のことはほとんど」
「あ、そっか、家にほとんどいなかったのか」
「家にいるのは朝少し、暗くなったら帰ってきて飯食って、テレビもあんまり見てた記憶はないし、風呂入ったら、あとは朝まで寝てる」
「その人にプレゼントあげた場所って覚えてる?」
「それはたぶん、家の前だ」
「じゃあ家の中で、例えば具合悪くて奥の部屋で寝てるところであげたとかいう記憶は……
「そういう記憶はねえな」
「うーん、じゃあ別の人だったのかな。転校したんだし、学校の先生とか」
「それもあるかも知れねえな。大人の女だってことは間違いないと思う。親やじいさんばあさんの記憶も怪しいくらいだけど……
「でもお母さんと一緒に神奈川に来たのは覚えてるんでしょ」
「それだってマトモに生活してたのなんて1年か2年、もったかどうか……
「ここに住んでる頃、ご飯は誰かと一緒に食べてたよね? その時のこと思い出せる?」
「飯時……飯作ってたのはたぶんばあさんだ。で、じいさんは必ず座卓の一番奥に座ってて、えーと、オレは1番手前、玄関に近いところで、玄関の土間挟んで反対側の離れた部屋がオレの部屋、オレの部屋は二階部分がなくて、台所の土間部分と繋がってた。居間に大きな座卓があって、テレビがあって、細い廊下を出ると台所、その奥が風呂、トイレは居間の向こうの廊下の先で、夜中にトイレ行きたくなると遠いのが面倒で窓から外にしてよく怒られて……
「それっててっちゃんの部屋だけポツンと離れてたってことだよね? あの手前のところでしょ? でもみんなは奥で寝てたりしてる」
……そう、そうだ。居間と台所の間に短い廊下があって、そこに階段があって、2階があって、たぶん親ふたりはそこで寝てた」
「おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「居間の向こうに廊下があって、コの字型になってて、途中にじいさんとばあさんのでかい部屋があって、そこに二階が乗っかってたな。で、トイレがあって、さらにその向こうにもうひとつ部屋が、今考えるとオレの部屋だけじゃなくて、その向こうの部屋も増築だな。そこに、心臓を患ってた人が」

「今の話だと、その心臓患ってた人はいつも食卓にいなかった?」
「あやふやだけど、たぶん父親と母親もいたりいなかったりだと思う」
「お母さんも働いてた? その頃って女の人働くの当たり前だった?」
「ていうほどでもねえな。主婦の方が多かったんじゃねえか」
「ちなみにお父さんのお仕事は?」
……わからん」
「ふぇっ?」
「とにかく父親の記憶がものすごく希薄なんだ。こうして家を目の前にしてるとじいさんばあさんは思い出してくるけど、父親は……
「まあてっちゃんも家にいなかったしね。一緒に遊んだ記憶とかある?」
「パチ屋に連れて行かれた記憶ならある」
……ダメ親父?」
「だと思う」
「じゃあお母さんはそれが嫌で……じゃなくて、亡くなってから離婚したんだったね」
「それは間違いない。ふたりだけで手持ちの荷物だけで新潟を出……
「どした?」
「小学生、転校するってのに、学校で何も、例えばお別れ会だとか、そういうのもなかった。そのあたり記憶が曖昧だけど、学校も行かずに何日かあの家にいたあと、手荷物だけで新幹線に乗って電車乗り継いで神奈川に」
……変だね」
「あ――記憶ねえなあ」
「今日はここまでにしようか。ご飯食べに行く?」
……ああそうだな」
「まだ気になることある?」
「思い出せないからモヤッとする」
「そうだよねえ。じゃあご飯食べてからホテル行って少しゆっくりしよっか」
「それはどうかな。お前の足をマッサージしなきゃならんし」
「おお、そりゃ暇ないわ」
……飯行くか」
「大丈夫大丈夫、時間はあるんだから!」

(最寄り駅付近の居酒屋にて)
「仲のいい友達とか、そういう記憶は?」
「いたはずだけど、神奈川に越してきてからのイメージと混ざってる気がする」
「そういう子たちともお別れとかしなかったの」
「これといって……記憶がない」
「おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「いなかった気がする。あの家に何日かいて、日中はひとりでいた気がするけど、それで急に出て行った感じだ」
「それも変だね。それじゃまるでお父さんだけじゃなくて、てっちゃんとお母さん以外の人が全員死んじゃったみたいだし、そんな風に誰にも会わずに出ていくなんて、てっちゃんたちが逃げ出していくみたい」
「言われてみるとじいさんばあさんのその後は知らんな……
「叔母さんの記憶もなかったんだもんね」
「妹がいるなんて聞いたこともねえしな……。まあ、神奈川に来てからあんまり話さなくなったけど」
……今は?」
「一応生きてるはずだけど、どうだかな。知ってる一番最後の男がかなり年上で、金持ってるらしくてその家に通ってたとかそんなんだ」
「連絡とか取ったりしないの」
「一応今の店は教えてあるけど、それだって16とかそのくらいの時に教えたきり会ってねえしな」
……寂しくない?」
「まさか。愛情に溢れた優しいお母さんてキャラじゃなかったしな。子供の頃からあんまり仲良くなかったはずだ」
……そか」
「親とそういう関係だったことが元でグレてたわけじゃねえよ、気にするな」
「う、うん」
「それはそれで楽しくグレてたんだよ。スタンドで仕事してんのも楽しかったし、バイク飛ばしてたり、喧嘩してる時の頭の中が真っ白になる感じが好きだったんだよな」
「寿とは違ったんだね」
「あいつはああしてバスケやってる方が本来の自分てやつだったんだろ」
「だと思う」
「マジメにお勉強して青春したかった……なんて思いもしねえし、だから後悔もねえよ」
「私は同じ高校で先輩のてっちゃんを追いかけ回してみたかったです」
「グレといてよかったな」
「よし、てっちゃん足だけじゃなくて全身マッサージの刑な」
「はいはい」
「それはともかくさ、てっちゃんが転校したのって、いつ頃のことかわかる?」
「だから小3」
「じゃなくて、時期的な、日付とか」
……ええと、どうだったか、ちょっとすぐには」
「そっかあ。ダイレクトに見るのが一番早いかと思ったんだけど」
「すまん」
「いや、謝るところ違うよ。んじゃ明日もうろついてみますか」

(神社の境内にて)
「朝9時から張ってるというのに、おじいちゃんとおばあちゃんしか見えないねえ」
「そりゃ朝9時じゃじいさんばあさん以外は出かけてるんじゃないのか」
「てっちゃんも学校だもんねえ。叔母さんが出てこないかと思ったんだけど」
「部屋からもめったに出てこなかったような気がするけど」
「あ、おじいちゃんだ。よっしゃ、ちょっと行ってくるわ」
「え」
「てっちゃんはここにいてねー」
(ミライ突撃、少し話して戻る)
「お前ほんとすげえな」
「今日はちょっと収穫あったよ。お昼食べ行こ。そこで話すね」

「なんだっけそれ」
「スマホ。スマートフォン」
「ああそうそう、電卓か?」
「そう。電卓アプリー。ええと今が……昭和で換算すると……
「何の話だ」
「よしよし、ええとね、まずおじいちゃん、大正生まれだったよ。おばあちゃんもギリ大正」
「何を仕入れてきたんだ」
「個人情報だよ。おじいちゃん、戦争行ってたみたいね」
「は?」
「おばあちゃんとは戦後に紹介されて結婚。おばあちゃんは再婚。前の夫に関しては不明」
「すげえところから話引っ張ってきたな」
「突っついたらなんか自慢気に話し出しちゃったんだもん。で、実はてっちゃんのお父さん、良和はおばあちゃんの連れ子で、おじいちゃんとは血の繋がりないの」
「え!?」
「あのおじいちゃん樋口さんは義理の父親で、だからてっちゃんも義理のおじいちゃんになるの。どうもおばあちゃんとは子供できなかったみたいで、だけどおばあちゃんは良和さん既に産んでるし、おじいちゃんすごい嫌そうな顔して『戦地が不衛生だったから子種が全部死んだ』ってぼやいてたけど」
「マジか……
「だから、おじいちゃん、あんまり家族が好きじゃないみたい」
「ああ、それはわかるわ。いつでも不機嫌そうで、楽しく喋った記憶がない」
「だけど……その叔母さん、春美さんて言うらしいんだけど、その人のことは、ちょっと好きみたい」
「えええ」
「おばあちゃん言ってたでしょ、男癖が悪くて酒浸りで、って。もしかしたら夜のお仕事してたんじゃないかな。だからお祖母ちゃんはよく思ってないのかも。そういうお仕事の人って黙って座ってるだけでも色っぽい人、いるよね?」
「いや知らんけど」
「だから責めてないって。てかてっちゃんキャバクラとか楽しいタイプじゃないでしょ」
「よくご存知で」
「てっちゃんはどっちかっていうとオールドアメリカンな感じのバーでバーボンとか」
「よしよし、それは後にしよう、帰ったら横須賀行こうか」
「うんうん、行く行く」
「よし、じゃあ続き話してくれ」
「ああ続きね、でね、てっちゃんのお母さんはあんまりかわいくないみたい」
「神奈川に来てからはえらく派手になってるけど……言われてみれば昔は地味だったような」
「でね、良和さんは、仕事を転々としてて、今は中距離のトラック運転手やってるみたい」
「そうだったか……?」
「最近始めたって言ってたから、もしかしたらまたすぐ辞めちゃうのかもよ」
「いやほんと、何の仕事してるとかまったく覚えてねえわ」
「で、お母さんは近くの工場で働いてるって言ってたけど、詳細は不明」
「それも覚えてねえなあ……
「だけどおじいちゃんは働いてないみたいだし、この様子だとてっちゃんのお母さんが家計を支えてるんじゃないの?」
「うーん、オレは何も覚えてねえけど」
「まだ良和さん生きてるわけだし、何も具体的にはわかってないけど、事情は少し見えてきたね」
「そうだな。ま、よくある感じだ」
「何か思うことある?」
……あまりにも自分の記憶がないことは正直ショックだな。よっぽどバカだったんだな」
「それだけ毎日遊んで食べて寝ての繰り返しだったってことなのかな」
「それはそう。ほんとに遊んで食べて寝るだけの365日」
「あれっ、下校始まってる。ちょっと行ってみようかな」
「どこに」
「てっちゃんち」
「また行くのか?」
「てっちゃんは神社にいてよ。私ひとりで行ってくる」
「え。大丈夫か?」
「もしてっちゃんがいて、それとマトモに顔合わせたら何が起こるかわかんないし。もし気になるなら遠くからね」
「それは任せるけど……ミライ」
「んっ?」
「前にも言ったけど、その、オレたちは結婚してあの時代で生きていくんだから、危なそうなことには首を突っ込むなよ」
「てっちゃん……
「気になるから追いかけるとか、そういうことはせずに、ひとつ調べ終えたら必ず戻ってこい。いいな」
「うん、わかった。約束します」

(下校してきた鉄男を待ち構えるミライ)
「(うわあ、本物だ……小学生のてっちゃんだ……)こんにちは!」
……誰?」
「覚えてない? 昔この辺に住んでて遊んだんだよ」
「しらねー」
「えっ、鉄男くんだよね」
「そうだけど」
「ほらやっぱり! おねーちゃん鉄男くんとよく遊んだんだよ」
「オレ女となんて遊ばねーよ」
「ちっちゃい頃の話だよ。てか別におままごとしたわけじゃないし」
「じゃ何したんだよ」
「なんでもやったよ、かくれんぼ、鬼ごっこ、ドッジボール、ドロケイ」
「ふーん」
「もう学校終ったの?」
「終わった」
「てっ……鉄男くんて今何年生だっけ」
「小2」
「だよねー。お姉ちゃんと遊んだのはもっと前のことだもん」
……また遊んでもいいけど」
「えっ、ほんと!? 今鉄男くんて何して遊んでんの」
……山に基地作ってる」
「え!? なにそれすごいね! もしかして、秘密基地ってやつ?」
「そう。オレとサトルとモトとイチで作ってる」
「すごい、秘密基地なんて作れるの。ねえねえもしかして鉄男くんてその仲間のリーダー?」
「別にそんなんじゃねーよ」
「かっこいいなー! すごいね秘密基地」
……女のくせに秘密基地とか好きなのかよ」
「当たり前じゃん! 女だって秘密基地好きだよ!」
「だけど木登りできねえだろ」
「えっ、できるよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ。お姉ちゃんなんでもできるんだから」
……ほんとに?」
「あ、信用してないな。お姉ちゃん足を怪我したから早く走るのは無理だけど、他は何でも出来るし、バスケは超うまいんだからな」
「へーバスケ上手いの」
「お姉ちゃんシュートすっごい上手いよ。ほとんど外さない」
「ほんとかよ」
「ほんとほんと。見せてあげようか?」
「うん、見たい」
「バスケットゴールあるところ知ってる? あとボールがあれば出来るよ」
「学校」
「おお、学校入っていいの?」
「平気だよ、みんな来てるし。オレ、みんな呼んでくる」
「おおオッケー! んじゃ学校の校庭でね!」

……お前何者だよ」
「遠くから見てるならそんなに影響ないと思うよ」
「通報されねえかな」
「声かけられたら転校したけど通ってたから懐かしいって言えば? そこは嘘じゃないんだし。あと普通に嫁が校庭で小学生と遊んでるって言えば。あとはミライちゃんにおまかせ」
「まあ、そうか」
「よし、じゃあ行こっか。この頃てっちゃんと仲が良かった友達も連れてきてくれるって言うから、見ててね」

(学校の校庭、小学生に囲まれるミライ)
「ほんとにシュート上手いの?」
「おいおいお前ら、お姉ちゃんのシュート見て腰抜かすなよ」
「3本入ったらほめてやるよ」
「ハァン? たった3本でいいの?」
「え」
「お姉ちゃんシュート外さないって言ったろ」
「じゃ、じゃあ10本! もし10本全部入らなかったらアイスな」
「よーし、いいだろう! 1本でも外したら全員にガリガリ君買ったるわ」
「ほんとに!? 外せ!!!」
「外せーー!!!」
「るっせーな黙ってろ!」
「あ、入った!」
「ほんとだ、お前すげーうめーな」
「ほら見ろ、お姉ちゃんは足を怪我しなかったら日本代表になってたんだからな」
「ほんとか!?」
「おうよ!!! 2本め! しゃー!」

(小学校付近にて)
……で、なんで10本全部決めたのに奢って帰ってきてんだ」
「そりゃあんなかわいいガキども、我慢できないでしょ」
「それにしてもオレはほんっと覚えてねえのな……
「あの子たちのことも覚えてなかった? サトル、イチ、モト」
「顔と名前が一致したくらいだけど、実物見てやっと記憶が繋がった感じだな。それにしても、こんな田舎町でこんな珍しいこと、相当インパクト強かったはずだぞ」
「そのへん少し探ってみたいと思います」
「どういう意味だ」
「明日も学校終わったら遊んでくれるって言うから」
「マジか」
「てっちゃんちょっと退屈でかわいそうだけど……
「いや、平気。なんなら自分でも少し歩いてみるし」
「了解。携帯ないし、もし何かあったら神社で集合ね」

(翌日、町外れの山の麓にて)
「登りやすそうな木だね」
「そりゃそうだよ、オレたちこんなの幼稚園の時には全員登れたもん」
「えー、もっと難しいの持ってきなよ」
「最初はここから始めるんだよ!」
「わかったよもー。よいしょっと」
「スカートじゃないのかよー」
「今のはモトだな? お姉さまのパンチラは1回一万円だぞ」
「たけーよ!」
「おいミライ、落ちるなよ」
(真下でミライを見上げている鉄男)
「なっ、なんだよ鉄男くん優しいじゃん! モトは鉄男くん見習え!」
「うるせー!」
(枝が細くなるまで登ってしまうミライ)
「ほれどうだ! 登れたろ!」
「降りる時が危ないんだよ、気をつけろ」
(ドヤ顔のミライに手を差し伸べる鉄男)
「りょーかい、キャプテン!」
「なんで鉄男がキャプテンなんだよー」
「キャプテンてのは優しいもんなんだぞ。覚えとけサトル」
「もう少し、ミライ、手掴まれ」
「ありがとー! ほらこういうのをかっこいい男っていうんだぞ!」

(木登りのあとは何をするかと尋ねるミライ、鉄男たちは秘密基地に行くと言う)
「えっ、秘密基地行っていいの?」
「特別な」
「その代わりアイスな」
「今のはイチだな? この野郎それがお金持ちのお姉さまに頼む態度かよ」
……ミライ、アイスはいいけど、基地のことは誰にも言うなよ」
「当たり前だろー! 誰にも言わないから秘密基地っていうんだよ。誰にも言わないと誓います」
「よし、じゃあ行こう」
「山の中なんだよね?」
「そう。道、ないから転ぶなよ」
(何も言わずにミライの手を取る鉄男)
「わ、手繋いでくれんの!? ありがとう」
……転んだらまた足怪我するかもしれないだろ」
「そしたら鉄男におんぶしてもらおうかなー?」
「いいよ」
「えっほんとに!?」
「ミライうるさい」

(秘密基地を見上げるミライ)
「まじか……ほんとにツリーハウスじゃん……
「ここまで作るのに1年かかったんだ」
「そうだろうね……
(秘密基地の中に入れてもらうミライ、鉄男とふたりきり、ミライに見せるため、サトルとイチとモトは外にいる)
「ミライが入ると狭いな」
「しょうがないだろ、大人なんだから」
……女臭い」
「それもしょうがないだろ〜。女なんだから。鉄男は女の子嫌い?」
……好きでも嫌いでもねーよ」
「好きな女の子とかいないの?」
「いない。そんないい女いねーし」
「いい女だったら好きになれそう?」
「オレは好きにならねえ」
「女の子が鉄男のこと好きって言ってきたらどうする?」
……お前オレのこと好きなの?」
「うん、好き!!!」
「え」
「だって鉄男かっこいいじゃん。お姉ちゃん鉄男みたいな男の子好きだよ」
……
「お姉ちゃんが鉄男とおんなじ2年生だったらなー。彼女にしてもらうのになー」
「彼女なんかいらない」
「同じ2年生でもダメ?」
……あいつらに笑われるよ」
「じゃあみんなに内緒にしてたら?」
……それならいいよ」
「ほ、ほんと!? やったー! ありがと!!!」
……ミライは木登りできるし、シュートも上手いし、だから特別に許す」
「うんうん、ありがとう、すげー嬉しい!」
……だから、ケッコンしてもいいけど」
「ふお!?」
「そしたらこの基地、いつでも入っていいよ」
「あり、ありがと、鉄男、お姉ちゃんマジで嬉しい泣きそう」
「その変な顔やめろよ。ケッコンしたかったら泣くな」
「はい、泣かないからケッコンして」
「いいよ」

(その日の夜、居酒屋)
「で、泣いてるのか」
「てっちゃん、ほんといい男過ぎない!?」
「酒も入ってるからな……
「私小2に抱かれたいと思ったの初めてだよ!!!」
「それが普通だ」
「てかこれも覚えてないのか」
「自分でもちょっとどうかと思うけど、覚えてねえんだよなこれが」
「それも今私たちが介入してるからなのかな」
「だけど今ここで過去が作られてるわけだから、オレが忘れなければ記憶としてすり替わるはずだろ」
……と思うよねえ」
「マジでバカだったんだなオレ……
「あ、いや、それがさ、そんなことないと思う」
「へ?」
「てっちゃんバカじゃないよ。あの中で一番バカなのモトだよ。次がイチ、その次がサトル。勉強の方はどうだかわからないけど、てっちゃんは一番賢い」
「そうか……?」
「いや、おだててるんでなくて、本当に。そういう取り決めしてないみたいだけどリーダー格だし、色々良く見て判断してる」
「そういう記憶もねえなあ……
「あとね、記憶ないかもだけど、ほんとにてっちゃん優しいよ。秘密基地の行き帰り、ずっと手を繋いで転ぶなよって気遣ってくれて、アイス買ってあげた時もね、私はあとでてっちゃんとご飯行くしいらないーと思って買わなかったの。そしたらお金足りなかったと思ったみたいで、オレの少し食べるか?って、ねえそれ小2!?」
「落ち着け落ち着け、ほれ」
「んぐぐ……はあ、お酒って思ってたよりおいしいね」
「飲みすぎるなよ」
「だから、てっちゃんが全然記憶ないっていうの、なんとなく違和感出てきたんだよね。今日みたいに山で遊びまくってたのは事実だと思うけど、そんなにバカな子じゃないよ」
……まあ記憶がないのは自分でも変な感じはする」
「あ、ごめん。ちょっと怖いよね」
「いや、怖くはねえよ。ただ、子供の頃のこととは言え、そんなに保存がきかないものか? 記憶って」
「そこなんだよね……
「引っ越した日付がわかればな」
「小3になってすぐって言ってたよね?」
「そう。神奈川に引っ越した後にGWがあった気がする」
「で、小3だった記憶もあるんだよね」
「なぜか転校初日、教室に連れて行かれた時に見上げたクラス表示を覚えてるんだ。3年2組だった」
「担任の先生覚えてる?」
「名前は忘れたけど、顔は覚えてる。おっさんだったな。えーと、白衣着てて、茶のサンダル履いてて」
「ちょちょちょ、ちょっと待った」
「あ?」
「小学校の先生で白衣はちょっとおかしいぞ」
……そうか。じゃあ誰だコレ」
「小学校で白衣っつったら保健の先生じゃない?」
「まあ、そうか」
「てっちゃん喘息とかあった?」
「いや、なんにも。確かこっちにいる頃はクラスで1番体がデカくて、風邪も引いたことなかった気がする」
「うん、そんな感じだった。だけどてっちゃんの記憶にある『神奈川の方の担任の先生』は白衣を着てる」
「そう、だな」
「だとすると、転校のあたりでてっちゃんは何か具合を悪くしたと考える方が自然じゃない?」
「うーん……確か小3で身長が一番高くて、オレの次に高いやつよりもだいぶ高くて、それをすげえ自慢してた記憶があるんだよな」
「それはこっちで?」
「そういうことになるだろうな。身体測定って新学期始まってすぐだろ」
「てことは身体測定の時はまだこっちにいて、少なくともGW前までには神奈川に越してたわけだね」
「そう……なるな」
「うーん、もう少しなんだけどな。ねえねえ、今あの子らと同じクラスだけど、小3の時ってどう?」
「ええと……ああそうだ、確かイチだけ分かれたんだ。それで秘密基地が秘密でなくなって、喧嘩したはずだ」
「てことは、4月に入って少しして、環境が変わってからのことだね?」
「そう……そうだ。4人だけの秘密の基地だったのに、他の子を連れてきたってんで、喧嘩になったんだ。それで、そうだ、殴り合いの喧嘩になって、だけどあの基地は確か家が材木屋のサトルが都合した資材が多かったから、サトルがそれを主張し始めて、ええと、それで、それでオレたちの方が正しいんだって結論になったけど、ある時不在の時に基地に入られて、部分的に壊されたんだ」
「イチたちに?」
「そうだろうな。だいたい土日はあんまり基地には行かなかったんだ。一応みんな家にいて、それで月曜になって基地に行ったら壊れてるところがあって、それでオレとサトルとモトが、交代で見張ろうって話になって……
「毎日行ってたの?」
「そう。それまでは行かない日もあったけど、毎日行くようにして、土日も行くようになって、それで確か、そうだ土曜の夕方にオレはそこで見張りをしてて、そのまま居眠りしてて、気付いたら真っ暗だった」
「4月で真っ暗じゃ6時以後くらいかな」
「だけど道を照らす明かりもないし山の中だし、しょうがないから一晩泊まったんだ」
「えっ、怖くなかったの」
「それは別に。月明かりはけっこう明るいから」
「てっちゃんも大概だね」
「それで翌朝目が覚めて腹鳴らしながら戻ったら………………
「どした? 大丈夫? てっちゃん」
「思い出した……
「なになに、なにがあったの」
「子供が行方不明だって大騒ぎになってたんだ」