エンド・オブ・ザ・ワールド

End of the World. supplement

リリー・ローズ編2

(例のアンティークショップ、「リリー・ローズ」にて、深夜0時)
「ここに全てを書き記しておいたわ。私に出会ったらこれを渡して、『セルマからの手紙を預かってきた』って言ってちょうだい」
「セルマ?」
「私が子供の頃に空想の中で自分につけた名前よ。今初めて口にしたし、人に教えたわ。それに私にとってセルマは特別な存在なの。そのことも書いてあるし、一発であなたのことを信用すると思うわ」
「てか本当に動かないんだね、これ……
「私が力を与えてやったってのに、失礼な話よね」
……最初、私がこの腕時計を手に取った時、私より前にこれを使った人がふたりいたって言ってたけど」
「うーん、未来の話だからよくわからないけど、あなた以外の人の手に渡っても仕方ないものだし、嘘じゃないかしら」
「やっぱりそうか」
……オレも使えなかったからな」
「あら、試したの? じゃあふたりで飛べたっていうのは、奥様が使ったからだったのね。まったく何がそんなに気に入ったのかしら……
「時間移動の機能が付いただけじゃないの? 何その擬人化」
「そういうのを感じるんだからしょうがないでしょ。あなたのこと好きみたいだから」
「意味わかんないから……
「だってもう、何年一緒にいるの? 出会ったその時から惹かれ合って一緒に過去の世界を旅して……仲良しになっちゃったんでしょ」
「そ、そういうことにしておきます……
「じゃあもう一度確認するわね。あなたが飛ぶのは今から10年前の世界、私が中学2年生、兄が高校2年生……になったばかりの春。兄は高校をやめてガソリンスタンドでアルバイトを始めたところ。家にはほとんど帰らず、ゴールデンウィーク頃にルイと知り合って、夏までには付き合うようになるわ」
「本来なら、あなたがそれを知るのは夏休みになってから」
「そう。その夏休み頃にハデスと知り合ってるはずよ」
「りょーかい。じゃ、てっちゃん、後はよろしくね」
……ああ、気をつけて。無茶するなよ。マズいなと思ったら一旦帰ってこい」
(鉄男に抱きつくミライ、当座の滞在のために大きな荷物を背負っている)
「帰る時はここに、この時間に帰ってくるからね。ここを動かないでね」
「わかった。てかいいのか、行くときもここで」
「月曜は休みよ。ご覧の通り鍵は古くて開店当時から変えてないの。そのまま外へ出て鍵を閉めてしまえばわからないわ。帰りも同じ。深夜に店の裏ででも飛んでくれれば。今もうそこにいたりしてね」
「はいはい、じゃ行ってきます。てっちゃん、あとでね」
「ああ、待ってる」
(抱き合ってキスするふたり、ため息の百合)
「人目があるところでよくやるわ。洋画の見すぎじゃないの」
「いちいちうるさないもう。じゃ行ってきます!」
「セルマよ! 忘れないで、セルマからだって、必ず言うのよ!」
「わかったってば!」
(かき消えるミライ)
「何だよそのセルマって」
「だから私が空想の中で自分自身につけた名前よ。分身みたいなものかしらね」
「意味がわからん……
……空想の中で私は『百合』ではなくなる。プロフィールはほぼ変わらないけれど、もう少し奔放になっているかしらね。セルマになれば何でも出来るの」
「空想っていうか、妄想だろそれ」
「どっちでも同じことよ、私の脳内にある世界だもの。そこでは――兄と結ばれることも出来る」
「なっ……
「戸籍がないくらいで悲劇のカップル気取らないでほしいわ。私の方が困難な恋をしてるのよ」
「あんたそこまで……
「でも安心していいわよ。兄が健康体になっても私がこの思いを兄にぶつけることはないわ」
「どういう安心だよ……

(2分後、店のドアが勢いよく開く)
「ただいまー!!!」
「ミライ!」
(ヨレヨレしたミライ、鉄男に抱きつく)
「てっちゃーん!!! 無理ー!!!」
…………失敗したわね」
「いやあんたそんな私のせいみたいな顔しないでくれる? あんたの兄貴死ぬほど頑固だし、中2のあんたも言うこと聞かないにもほどがあるわ。てっちゃん、あのね、樹さんとルイさん、ものすごく愛し合ってる。ありゃ無理だよ。引き離そうすればするほどお互いのこと好きになっていくし、樹さん、妹のことは大事に思ってるけど、他の同年代の子みたいに過ごしてほしいって考えてる」
「あー、色々思い出してきたわ。あんたもまあ色んな所にぐいぐいと顔突っ込んで……
「無茶したのか」
「し、してないよ! だけど樹さんふつーにヤンキーだし、ルイさんなんかめちゃくちゃレディースだし、そこに関わってかなきゃいけないんだから」
「でも、失敗はしたけど、要点は見えたわね」
「要点?」
「そう。ふたりが知り合ったのはGW中にお互いの友達と連れ立って海に行ったから。そこから付き合うまでには2ヶ月以上かかる。しかも最初はかなり軽い感じで付き合ってた。でも夏休みになってからふたりでいる時間が増えて、急に親密になっていった。その決定打が9月。ルイの家に泊まりに行って一線を越えてからはもう手がつけられなかった。つまり、夏休みまでがリミットだと思うのよ」
「ちょっと待て、お前向こうで何ヶ月過ごしてきたんだ」
「えっ、そんなにいないよ。まず最初に春の百合に接触して手紙渡したらすぐに信じたから、そこからすぐ秋に飛んだの。で、ざっくりとした経過を聞いて、またその要所要所に戻って、を繰り返したから、うーん、都合1週間くらいかなあ。ちゃんと百合の家に泊まってたから、食べるのもお風呂も困らなかったよ。むしろなんか毎回フレンチのフルコースとか懐石料理みたいなの食べてた」
「またこの人よく食べるのよ……
「日中走り回ってんだからしょうがないじゃんね。この人金持ちのくせにケチでね」
「じゃあどうするんだ。オレの記憶は樹さん大怪我っていう状態だけど何か変わったか?」
「ううん、変わってない。私ちょっと寄り道して樹さんがボコボコにされてる現場確認してきた」
「ちょっ、おま、そんな危ないことを!」
「外からそーっと覗いてみただけなんだけどね。てっちゃんの言う通り、拷問に近かった感じがする」
「おーまーえーはー」
「ただ、日時と現場がわかったから、直前に間に合うように通報することは出来ると思うんだ」
「あ」
「あ」
「だから、ちょっと時間の関係で一旦帰ってきちゃったけど、次のタイミングで百合に知らせてくる。それまで休憩! てっちゃん、ぎゅーして、ぎゅー。会いたかった……
「じゃあお茶入れるわ」
「あ、いらない。あんたのお茶何が入ってるかわかんないもん」
「お茶は普通のお茶よ!!! てかあんたが毎日ガブガブ飲んでたフォートナム・アンド・メイソンのダージリンよ!!! 失礼な!!!」
「あっ、あれは好き! ちょうだい!」
(文句を言いながらキッチンに立つ百合)
……大丈夫だったんだろうな」
「ほとんど百合と一緒だったから、実際それほど危険なことは。樹さんにもちらっと挨拶しただけで、少ししか会話はしてないし。ただ……ハデスに顔を見られたかもしれない」
「なっ……
「大勢の中に紛れてただけだから記憶に残るほどではないと思うんだけど、もしかしたらかすかに面影が残っていて、それでたちの事件に繋がるのかもしれないとは思った」
……もうややこしくてわけがわからん」
「行ったり来たりしてるからね〜。でもてっちゃんと会えない方がつらかったよ。百合に知らせたらすぐに帰ってくるから、そしたら帰ろうね」
「ああ、少し休もうな」

(1時間後)
「ただいま〜! どう? 樹さん無事!?」
……ボコられて大怪我。なんか変わったか?」
「えっ、どういうこと!? 百合!!! 教えたでしょ!!!」
「通報したわよ!!! だけど取り合ってくれなかったのよ!!!」
「は? 白鬼母の倉庫で人が乱暴されてますって電話したんでしょ? なんで?」
……私中学生だったのよ、あんたもちゃんと指導していきなさいよね、事件の前日に通報しちゃったのよ」
…………ふざけてんの?」
「子供なんだからわかるわけないでしょ! 兄が襲われるってわかってて、いてもたってもいられなくて、それで電話したけど、じゃあ見回りしますからね〜って言われて終わりよ!!!」
……見回りって実際してくれたのかな。百合、それって何日のこと?」
「事件の日? 16日」
「やっぱり!!! 私が報せに行った日付は14日! その通報でハデスは日付をずらしたんだ。えっ、待って、場所は?」
「A町の倉庫でしょ」
「それも違ってる! 私が最初に確認してきた現場はB町だもん」
……簡単に変わっちまうんだよなあ」
「あんたがアホな通報するから警察が一応巡回してくれて、それに気付いたハデスたちが予定を変更して2日後の別の倉庫で樹さんをボコったわけだ」
「じゃあどうしたらいいのよ!!!」
「中学生にもなって通報ひとつ出来ないアホが招いた事態なのに私にキレないでくれる?」
「だ、だって、これじゃ何も」
「てっちゃん、実際あのふたりを別れさせるのってすごく難しい状況にあるよ」
「オレの知る限りではふたりともいつもギスギスしてたんだけど」
「うーん、でもさ、ちょっとしたことでも喧嘩した後って盛り上がらない?」
「あー、まあな……ってそれで?」
「もちろんそれが全てではないと思うけど、ていうかルイさんもどうやら古くて厳格なお家の子みたいで、樹さんとは境遇も似てるし、ルイさんのチームのヘッド? とかいう人が間に入って知り合ったみたいで、だからまず私みたいな赤の他人が突然現れて出会いを邪魔するのがものすごく難しい。ふたりが付き合うことになったのも、そのレディースのチームのリーダー格数人と樹さんの悪仲間みたいなのが絡んでるもんだから、阻止しようと思っても本当に手段に乏しいの。その上、樹さんと仲はいいけど、この妹が何を言っても聞きゃしなくて」
「だからそれはあの女が」
「違うよ。樹さん私が挨拶したときにも『百合は変わった子で友達が少ないので仲良くしてやってほしい。このままでは恋人も出来ないんじゃないかと心配してる。もし流行に詳しいなら色々教えてやってほしい』って言われたんだよ。あんたのお兄さん、そのままのあんたを受け入れられてない。その辺の女子中学生みたいに『普通』になってほしいって思ってる。だからあんたがキーキー喚き立てて『あの女と別れて!』って言っても響かないんだよ。夢見がちな中学生の妹のわがままくらいにしか思ってない」
「樹さんの心を変えるのは無理か」
……そもそも、それって他人が干渉するようなことじゃないでしょう」
「だけど……だけどじゃあ兄があんな姿になるのを黙って見過ごせっていうの!?」
「それは過去に干渉して、あんたが未来を知ることになったから、そう思うんでしょ? 普通人間は事件が起きてからしか事件を知れないのに」
「え、偉そうに言わないでよ、あんただって時間移動して過去をいじくり回したじゃないの」
「私は意図的にいじくり回したんじゃなくて、なんとか元に戻そうとしたの。変わらないようにしただけ。それに、時間移動は可能だったけど、私は目の前で起こった出来事に全力で立ち向かっていっただけ。今みたいに、ほんの一言が、ほんの一瞬の行動が未来を捻じ曲げちゃうって、わかってたから」
……ともかく、1週間も付き合ったんだ。一旦休ませてくれ」
……いいわ。だけど私はまだ諦めてないの。1週間後にまた連絡するわ」
「百合、だけどやり直すなら出発点をずらすしかないよ。1時間でも過去に遡ればやり直しが出来るけど、その度に世界が生まれて、いくつもの時間軸が生まれるんだよ。今のところ結果が変わってないから、ここにたどり着く道筋がひとつ増えたに過ぎないけど、それだって平行世界だよ。それ、よく考えてね」

(帰宅後)
「いやー、百合ん家ほんとに豪邸だった。古臭かったけど、それでもお風呂とかすっごいでかくて。なんかうちのお風呂がすっごく狭く感じちゃった」
「ほれ」
「んっ? なにこれ。あっ、ウメッシュだー!」
「疲れてるだろうと思って」
「ううう、てっちゃんの優しさが身に沁みます……
……ミライ」
「んっ、なーに?」
「平行世界、ってどういうことだ?」
「んー、ええとね、百合ん家に図書室があって、待つしかない時にそこでSFっぽい本があると読んでたんだけど、それによるとね、私たちが過去を変えると、現在が変わるんじゃなくて、新しく世界が生まれる、っていう考え方があるらしいのね」
「生まれる?」
「つまり、変わる前の世界ってのは消えたわけじゃなくて、もうひとつの別の世界が新しく生まれて、同時に進行していくの。元の世界という時間軸、変化が起こってしまった時間軸。例え私が過去に降り立ってただボーッと5分突っ立って帰ってきたとしても、もうその世界は前の世界とは同じ世界じゃない」
……こんがらがってきた」
「図にするね。出発点はここ。ここから普通は一本線の世界が続いていく。だけど、時間移動でいるはずのない人間が介入をすると、分岐が生まれる。分岐はそのまままっすぐ続いていく」

……平行、か」
「そうなの。だから、これを繰り返すと、分岐がいくつも生まれて木の枝みたいになって、余計にややこしくなるし、介入したらしただけ平行世界が増える。間違いを正そうとしても、どこに手を付ければいいのかわからなくなっちゃう。しかもそれだけじゃなくて、時間移動する人物はこの分岐を飛び越えて点々とするけど、同時に全ての分岐に干渉出来るわけじゃないから、たくさん世界を生み出しても、二度と触れなくなって放置、という分岐をいくつも作ることになるの」
「その世界では問題は何も解決を見ない」
「そう。私は既にいくつもの分岐を作ってて、まずは土台となる最初の世界、これはてっちゃんが愛知にいる世界。ここから26年遡ったことで分岐をして、寿とが離婚しちゃう世界。そして私がここに残留したこの世界」
「まず3つ」
「それから、てっちゃんの過去に干渉した世界。これは結局今に繋がってるけど、子供の頃にミライに出会わなかった世界もきっと存在してるはずだと思うのね。それは私がタイムスリップする前の世界の中にあるかもしれないけど、可能性としてはこれで5つめ」
「そうか……もうそんなに……
「さらに今回の件で、私と百合が出会う分岐、そして百合が事件の前日に通報してしまう分岐、ふたつ」
「それだけで分岐が生まれるのか」
「そう。事件当日が14日の世界と、16日の世界が生まれたことになるの」
「確かにこれは……あまり繰り返さない方が」
「なんか百合ん家で本をたくさん読んで少し賢くなったかもしれない。当時の百合が子供で助かったよ。百合にはわからないように、ハデスに触らないように、してる」
「それはもちろん……
「ううん、そういう意味じゃなくて、例えばこの件でハデスが何かしら道をそれることがあっちゃダメなの。そしたら私とてっちゃん、出会えないから」
「ああ、そうか」
「今回の件では唯一ハデスは私たちの世界を作るのに必要なパーツだから、絶対に干渉しちゃいけないし、なんなら私は樹さんはやっぱり今のままの方がいいと思ってて」
「腕時計の件か?」
「それもあるけど、ルイさんとの馴れ初めから追っていったけど、なんというか、あのふたりは激しく愛し合って、そして別れる運命にあるような気がして。だから、そりゃもちろんハデスが悪なのは変わらないけど、樹さんとルイさんは今のこの未来に向かって行ってしまうというか。私たちがそれを変えようとして圧をかければかけるほど、本来の世界に戻ろうとすると言うか……
「だからあの魔女は余計に頑なになるんだろうな」
「ちょっと異常なほど兄貴のこと慕ってるけど」
……どうやら家族としてではなく、ひとりの男として見てるらしい」
「あっ、そういう……そうか……ほんとにあるんだねえ、そういうのって」
……もう関わらないというのは」
「難しいね。そう簡単に諦めてくれるとは思えないけど」
「家族な上に恋愛対象としても見てるからな……
……まあ、気持ちはわからないでもないけど」
「そうか?」
「都合1週間くらいだけど……てっちゃんに会えなくてほんとにつらかった」
「え」
「私もだいぶ重症だなって思い知らされたよ。やっぱり私は未来には帰れない、寿とに会いたい気持ちはあるけど、それよりもてっちゃんと一緒にいられない方がどれだけつらいのかってこと、わかったから」
……きっと、オレも同じだよ」
「てっちゃん、ぎゅーして。1週間分」
「ああ、そうだな……

(1週間後)
「もう1回試すわ」
「百合、私言ったよね」
「わかってるわよ。だから今回試すのは別の可能性」
「別の……どういう意味?」
「これを、届けて」
……何をするつもりよ。これ、なんなの? あんたこれ、恋愛のお守りだなんて、嘘だったわけね」
「なんだそれ。薔薇の……花びら?」
「薔薇とラベンダー。それを乾燥させたポプリっていうやつなんだけど……私ももらったの」
「それは未来の話でしょ。私がなんて言ったのか知らないけど、それをここで持ち出されても困るわ」
「あのね、百合。あんた私に協力してほしいんでしょ。だったら隠し事するのはやめなよ」
「隠し事?」
「私、この時代に来る前に百合からこれとほぼ同じものをもらってるの。それ自体は途中でにあげたんだけど、私が寿との件で走り回ってる頃、何度も薔薇とラベンダーの匂いを嗅いだことがあった。手に持ってたわけでもないのに、風に薔薇とラベンダーの香りが混ざって、通り過ぎていくことがあった」
……それが?」
「理屈はよくわからないけど、これ、媒介にするつもりなんじゃないの?」
「媒介?」
……まだ可能性の話よ。この間、あなたが帰ってきたあと、私は私を感じたの。それは確かだった。あなたに過去の私の何かがくっついて一緒に戻ってきたの。だから、試してみたいのよ」
……つまり、どういうことだよ」
「このポプリを過去の百合に渡して、現在の百合と過去の百合が繋がれるように、する」
「出来るのかそんなこと」
「だから可能性だって言ってるでしょ。そうしたらあなたはもう何もしなくていい。私が時間を遡れなくても干渉出来るようになる」
「ねえだけど、この間言ったじゃない平行世界って。そのポプリを持った百合の世界に必ず干渉できるとは」
「私が繋がるのはこのポプリよ。過去の私じゃない。だからどれだけ平行世界が生まれようと、私はこのポプリさえ見失わなければその持ち主の意識に働きかけることが出来ると思うのよ」
…………だからこいつにプレゼントしたんだな?」
「今それを聞いて私も確信したところよ。一度成功してるから、未来の私はあなたにサシェかなんかにして贈ったんでしょ。それであなたが何をするのか、ずっと監視していた」
「だとしたら百合、将来あんたの本懐は遂げられることになるってことじゃないの? 私の結末はこの時代に残ることだったけど、それは破綻した運命じゃなかったはずだよ。寿とは今でも付き合ってるし、それは私が消えてないことからも明らかだし、てっちゃんの過去に干渉したことは全て現在に繋がってた。何も矛盾しない。だから私が本来いたはずの時代の、今から20年くらい先の百合は、ポプリを通じて監視はしてたけど、私がこの時代に残ることは見逃したんじゃないの?」
「破綻してるのはあなたの方よ。それはあくまでも未来という過去の出来事、今この私の運命にあっては、今この時が1番新しい現実なの。あなたが経験してきた未来という過去は、まだ作られてないのよ!」
……またこんがらがってきた」
「まあね、私もこの時代で歳を重ねてるわけだから、ここは過去であって過去でなく、私にとっては未来になるわけだから、あんたの理屈もわからないわけじゃない。だけど、もし今この時に過去への干渉が成功してあんたの目的が達成されたんなら、私は消えてもおかしくないんじゃないの。あんたは腕時計をタイムマシンにするかもしれない、それを店に置くかもしれない、だけど私はそれに惹かれないかもしれない」
「おいちょっと待てふたりとも。もうどこが本当のスタートなのか……
「ミライが腕時計と初めて出会ったのが最初よ」
「えっ?」
「そこがすべての始まり。それは間違いないわ。今ここで一瞬一瞬新しく作られている私たちの現実は、20年先の未来で撒かれた種によって芽吹いてるの。それは認めるわ」
「だとすると……
「そうよ。あなたの過去もミライが過去に干渉したことで生まれた可能性があるわ。もしかしたら別の世界には過去にミライなんていうお姉さんは現れなかったあなたが存在してるかもしれない」
「百合、だったら……
「じゃあ目的をもうひとつ付け加えてあげる。いい、ここで『テスト』するのよ。でなかったら20年後に私はあなたを追いきれずに見失うかもしれない。その時にあなたは気付かなくても私が何かしらの干渉が出来てサポートしていたのだとしても、それは不可能になるわ。だからお願い、試したいのよ」
……いいけど、条件がある。既に私と接触を持ってる百合のところにしか行かない。ポプリを手渡したら、私は何も干渉することなく帰ってくる。それでもいいなら」
……いいわ。事件までは充分な時間があるもの」
「OK、じゃあ今から行ってくる。ポプリを渡すだけ。それでいいね?」
……ええ」
「ミライ」
「百合がいる時間に百合んちに行くから、滞在時間は長くても2時間程度。すぐ帰ってくるからね」
……ああ」

(ミライ、再度過去に行ってポプリを渡し、帰ってくる)
「じゃあもうこれで用はないんだな」
……頼み事はないわ」
……他にはあるのかよ」
「まあまあ、てっちゃん、私たちの事情を全部知ってる唯一の存在だし、共犯者みたいなものだよ」
「失礼ね」
「何かあったらすぐにお互い連絡が取れるように。それだけは守ってよ」
「わかってるわよ。ていうか私はここから離れられないの。知ってるでしょ」
「そうだったね。じゃ、頑張って」
(さっさと店を出るミライと鉄男)
……これでよかったのか?」
……過去に干渉する練習は出来た方がいいと思ったし、過去に戻れない百合に、実際にどれだけ干渉しようとしても、樹さんとルイさんの運命はそれを跳ね返すということを身をもって思い知ってほしいの」
「ミライ、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「平気。私たちの生活は守られてると思う」
「だけど」
……ただ、ひとつ、可能性に行き当たっちゃって」
「可能性? なんの?」
……確かめたわけじゃないから、ごめん、もう少し待って」
「いいけど……
「不安にさせてごめん。でも大丈夫、私たちには直接関係ないことだから」