エンド・オブ・ザ・ワールド

End of the World. supplement

ミライと未来編1

(百合の事件から2年後、ミライ21歳、鉄男24歳。相変わらず貯金生活)

「ねえ、またクミさんに言われちゃったよ」
「クミさん年々しつこくなってくるな」
「今度は家だよ。貯金生活が裏目に出たね」
「そう来たか」
「子供なんか気付いたら授かってるってこともあるんだし、ローンなら若いうちに組んどいた方が楽よ、ってなんか突然そう思っちゃったんだろうね。今月2度目。7丁目のあたりに最近分譲住宅がたくさん出来てるみたい」
「あー、あのあたり去年古い工場が潰れたんだよな。土壌大丈夫なのか? 社長んとこは下の子が最近彼女と遊んでばっかりで家に寄りつかないって言ってたから……その彼女が気に入らないとかで苛ついてんじゃねえのか」
「えー、だけど確か下の子の彼女って黒ギャルじゃん。昔レディースだったクミさんが言えたことじゃなくない?」
「それは自分で言えよ」
「私、内政干渉はしないの。しかしこっちも年々『結婚してるのに子供を作らない、家も買わない、そもそも結婚式もしてない』というのを誤魔化す手段が乏しくなってきたね」
「結婚式は反省してます」
「お金ないから豪勢な披露宴はやりません、て言えるうちにやっときゃよかったねえ」
「今その辺ケチったらまた色々言われそうだよな……
「地味婚が流行ってるとかテレビで言ってるけど、回りの大人たちが派手婚世代ばっかりだからねー」
「かと言って今いきなり派手婚してもな」
「私もそもそもああいう披露宴は興味ない。てか育った年代がアレだから何でもダサく見える」
「ドレス着たいんじゃなかったのか」
「ドレスは着たいけど披露宴は無理。だいたい私の親族席ひとりもいないんだし」
……そうだよな」
「それに、寿や徳男のおっさんには絶対にバレないようにしないと」
「あいつら、そろそろ結婚か?」
「あれっ、そうだったっけ? そしたら寿が引退するまではちょっと離れたところに引っ越すはずだ」
「徳男は実家から出ないんだったよな」
「そう。堀田板金を継いで、いずれ社長に」
「ま、遊び場が広いタイプじゃないからあいつは大丈夫だろ」
「徳男のおっさんは嫁が怖いって話だったしね。どうする? 家と子供はまだ私ならいくらでも誤魔化せるけど、結婚式となるとてっちゃんにも矛先が向くよ」
……考えるか」
「さっきも言ったけど、私ドレスが着れればそれでいいからね」
「その辺はそっちで調べてくれ」
「てっちゃん」
……なに」
「私、ドレスが着たいんです。お嫁さんやりたい」
「だからそうしようかと」
「ドレス!」
……1着じゃ物足りねえ、と」
「イエーイ! 正解ー! 私白の他に花がついたのと青のドレス着たいの! シンデレラやりたいの!!!」
「だからそれはそっちで調べておけよ」
「いいの!?」
「それで身近な人だけ招待してパーティみたいにすればいいんだろ」
「やったー!!! それがいいー!!!」
「どういうのがいいのかは任せる」
「ありがとー!!! わああいてっちゃあああん好きいいい」
「わかったわかった」
「てっちゃん愛してるううう」
「オレも愛してるよ。愛してるからそろそろ飯食っていいか」
「飯はまだ出来てませえええん!!!」
「おい、今日はお前の当番だろ」
「クミさんの『そろそろ家買いなさいよ』に付き合ってきたから帰り遅かった」
……そりゃ災難だったな」
「だけどその代わりクミさんの料理いっぱいもらってきたからそれでご飯にしちゃおう」
……ミライ、ビール」
「ダメです」
「たまにはいいだろ」
「ダメです。臭い」
「そういうとこばっかりクミさんとかはるに似るなよな……
「残念でしたービールが臭くて嫌いなのは似ですー」
「くっそ」

(半年後、パーティスタイルの、いわゆる人前式に)
「私たち世代の感覚から言うと、ずいぶん慎ましいなあと思っちゃうけど……
「私の時なんかウェディングケーキ3メートルあったのよ」
「まあまあ、その予算がドレスになったと思えば!」
(白のウェディングドレス、1度目のお色直しで花だらけの黄色とピンクのドレスから、2度目のお色直しでブルーのドレスになって上機嫌のミライ、春美、クミさん)
「まあそうね。あなたスタイルいいからドレスがほんとに似合うし」
「やっぱそう思う? 私もなんかどのドレス着ても似合うな〜って思ってたんだよね……
「むしろ鉄男のスーツが色んな意味で凄まじいわね」
「えっ、そう? かっこよくない!?」
「いや別にかっこ悪いとは思ってないけど……ほら」
「イヒヒ、クミさんはてっちゃんがおイタしてた頃をよく知ってるからねぇ」
「ああ、ほんとにご迷惑をおかけして……
「あらやだ、そう言う意味じゃないのよ。私も昔はヤンチャだったし」
「やだ、私もろくな人生じゃないのよ」
「んふふ、みんないろんな過去があっていいじゃん」
「幸せの絶頂って顔してるわね」
「そりゃーそうでしょー。憧れのドレスは全部着られたし、てっちゃんはかっこいいし」
「実の甥ながら、未だにあなたがそこまで鉄男にぞっこんなのは不思議でしょうがないわ……
「なんでよー!」
(そこに割って入ってくるサトル)
「ミライちゃん、このドレスでまだ写真撮ってない人いる?」
「あれっ、どうだったかな。えーと、はるもクミさんも撮ったでしょ」
「ヒヒ、青のドレスでもう1回キスしてる写真撮るか?」
「うわ、ちょ、サトルくんそれ早く言ってよ撮る撮る」
「イヒヒ、鉄男また目が死ぬぜ」
「チューする時は目を閉じてんだから平気平気! 行こ行こ。ていうかよく考えたらピンクの時にお姫様抱っこしてもらうの忘れた! あー! やってもうたー!」
「んじゃ、お姫様抱っこしてチューにすれば?」
「ひゃあああそれがいいいいい」
(慌ただしく去っていくミライとサトル)
……親族がひとりもいないっていうのに、明るい子だわ」
「鉄男や、春美さんたちを家族だと思ってるのよ」
「それはおふたりも同じよ。鉄男の親がしてあげられなかったことを、してくださったんだもの」
「そんな大袈裟なことじゃないわよ。うちにバイトで入ってきた頃の鉄男なんて、ほんとにこの子犯罪を犯さないで生きていかれるのかしらって思ったものだったけど」
「私も詳しくは聞いてないけど、スレスレのところにいたんじゃないのかしら」
……ギリギリ未成年だったっていうのもあって深刻な事態にはならなかったけど、危ないことは何度もあったのよね。その後とうとう成人して、旦那とふたり、すごく警戒してた。だけどその頃に、ミライが現れたのよ」
……鉄男を救ってくれたのね」
「私もそういう風にしか思えなくてね。記憶喪失だったこと、失ってた記憶のこと、春美さんたちが知ってる子供の頃の鉄男を全部取り戻せたのはミライがいたからなんだもの。あんなタキシード着て花嫁とキスしてるところ写真に撮られてるなんて、ほんの数年前なら考えられないことだった」
「それは子供の頃もちょっと無理だったと思うわ……
「でもミライにねだられると渋々でも付き合ってやるんだもの。知ってる? あの子私に習って料理もするし、家事はふたりで分担してやってるのよ。ちょっと笑っちゃう」
「やだー、また泣けてきた」
「春美さん今日は泣いてばっかりね」
……どうしてまだ生きてるのに姉がここにいないんだろうって、だけど私がここにいられることが幸せだし、ミライに感謝する気持ちとか、全部混ざっちゃって」
「遠くの親戚より近くの他人とも言うわよ」
「ミライに関してはほんとにそんな気持ちよ。ここにいられなかったあの子の母親に代わって……というのは少し大袈裟だけど、私が出来ることならなんでもしてあげたいの」
「うふふ、私たち姑同士みたいね」
「あらやだ、ほんとね」
「今後ともよろしくお願いしますね」
「こちらこそ! 改めてよろしくお願いします」

(結婚式からさらに数カ月後、1995年1月17日、朝)
「おはよー」
「あれ? お前まだ出かけてなかったのか」
「寒いんだもん……
「まだ正月気分抜けてねえのかよ。遅刻するぞ」
「うううコタツから出たくないよう」
「てか今日洗濯しねえとだけど雨振らないよな? 天気予報やってっかな……
(テレビをつける鉄男、途端にとりとめのない焦ったアナウンサーの声が響いてくる)
「何だ……?」
「えっ、どしたのこれ」
「地震があったみたいだな」
「えっ、なにこれひどい、どこで?」
「ええと……
(チャンネルを変える鉄男、画面の右上にテロップのあるチャンネルで止める)
「大阪……か?」
「大阪……
「ひでえな。マグニチュード7とかマジかよ……ここは神戸か?」
「神戸……
「どうした」
「阪神淡路大震災だ……
……何?」
「1995年、1月、そうか、その時にいるんだ私……
……知ってたのか」
「中学の授業で習った。その時の社会の先生、この頃大学生だったとかで、ボランティアに行ったんだって、話をしてくれて、この地震、ほんとにひどい地震だったんだって」
「そうみたいだな」
「それに……なんだったっけかな、阪神淡路大震災の年には他にも大事件があって、悲惨な年だったんだって、大人はみんなそう言ってた。あの年は本当にひどかったんだって」
「なんだよその大事件て。近くで起こることか?」
「ええと何だったかなあ……何だっけ、でもこのあたりのことではなかったはず」
「それならいいけど……こういう地震とか、災害なんかは思い出せるなら」
「でも私が知ってるのって、2015年の春までのことだしなあ」
「なにか覚えてるか?」
「うん、東北に大きな地震が……あ、そうだ、新潟、新潟も大きな地震来るよ確か」
「え!?」
「ええと、中越ってどの辺?」
「いやちょっとそれはすぐには……
が話してたのを聞いただけだから細かいこと覚えてないけど、そんな場所だった気がする。新潟中越地震じゃなかったかな。あーもうほんと遅刻する。その辺は後でまた話そうね。寒いけど行ってきます……
「気をつけろよ。危険なのは自然災害だけじゃないんだからな」
「はーい」
「寒いなら今日は鍋にするか」
「えへへ、嬉しい。てっちゃんのご飯最近ほんとおいしい」
「オレ今日上がりが22時だけど平気か」
「待ってる。一緒に食べよ」
「OK。じゃ行ってらっしゃい」
(キスして頭を撫でる)
「行ってきまーす!」

(のち、3月中旬)
「ねー、てっちゃん、はるが買い物付き合って欲しいっていうから、明日出かけてくるね」
「お前は休みか。了解」
「はるの買い物だから時間かかるかもしれない。ご飯適当でいい?」
「適当以前にどこかで食べようとかなるんじゃないのか」
「それもありそう」
「オレはえーと、17時上がりだな」
「じゃあはるがどっかで食べようって言い出したら連絡しよっか」
「それはどっちでもいいけど」
「おっけー」

(翌日、鉄男が帰ると春美が来ている)
「あれ? 出かけたんじゃなかったのか」
「今日イワさんいないんだって」
「たまには親戚ヅラしてあまーい生活を邪魔しようかと思って」
……それでこのケーキの山」
「まあまあ、色々デパ地下グルメも買ってきてるから!」
「ミライ、ビール」
「しょうがない、今日は許してやろう」
「えっ、何よ……あんたビール禁止されてんの……?」
「そんな顔が歪むほど笑い堪えるなよ」
「だって臭いんだもーん」
「やだーミライがやだって言えばビール我慢するのね、やだー!」
「うるせーな……
(しかし久々にビール許可が下りて機嫌のいい鉄男、ミライと春美は食事もそこそこにスイーツ三昧)
「買い物って何買ってきたんだ」
「はるのお洋服〜」
「今度お世話になった方のお見舞いに行くのよ」
「見舞いのためにわざわざ服とか大変だな」
「しょうがないわよ。ホステス時代にお金でもすごくお世話になった方なの。もうお年でね。最後になると思うし、きっとその人にとっては私はまだホステスという印象しかないだろうから、少し着飾っていかないとと思って」
「んふふーはる今でもすっごくきれいだもん、その人きっと元気になっちゃうよ」
「やーだあんたに言われたくないわー! メイクも服も、ほんとに個性的よね」
「ホステス時代に世話になったってことは、長岡まで行くのか?」
「ううん、お子さんが東京にいるとかで、もう何年も前にこっちに引っ越してたのよ。それをこの間人づてに聞いてね」
「まあそれなら服くらい、か」
「てか私東京あんまり行ったことないんだけど、日比谷線てどこで乗り換えればいいのかしら」
「病院てどこなんだ」
「聖路加病院」
「せいろか……?」
「聞いたことねえ病院だな。日比谷線てええと……
「ひびやせん……
「てか地下鉄自体ほとんど乗らないから全然わかんないのよね……ちゃんと行けるかしら」
「地下鉄……
「路線図どこだったか……ああこれだ、日比谷線……
「築地で降りるんですって」
「阪神淡路大震災……
「築地か。帰りに何か買ってきてくれよ」
「えっ、築地って市場でしょ? 個人が買い物出来るところなの?」
「いや、知らん。山手線なら恵比寿か……
「出来れば品川乗り換えにしたいんだけど」
「そりゃそうだよな。じゃあ……
「はる、ダメ!!!!!!」
(突然叫ぶミライ、驚いて手に持っていたものを放り投げる鉄男と春美)
「なっ……
「はる、だめ、それ絶対行かないで! 行ったらだめ!」
「え!?」
「ちょ、ミライ、落ち着け」
「てっちゃん、だめ、日付は思い出せない、だけど日比谷線は、地下鉄はダメ! 絶対ダメ!」
「ど、どうしたのよミライ」
「お願いはる、お見舞いはもう少し待って、お願いだから東京の地下鉄には乗らないで!」
「え!? ど、どういうこと?」
「おい、ミライ、待てお前、そんなこと」
「てっちゃんこれだけはダメ、取り返しのつかないことになるかもしれないから、私そんなことになったら耐えられない、やっちゃいけないことなのかもしれないけど無理だよ、阪神の年は、地震のあった年の東京の地下鉄はダメなの!!! カルト教団が毒ガスを撒くの!!!」

(ひとまず春美は帰宅)
「お前、自分が何を言ったかわかってんのか?」
「わかってるけど、これだけはダメ。はるの命に関わることだから」
「だからって、あんなにハッキリ言ったらもう誤魔化しようがないだろうが」
……そんな怖い顔してもダメ。私が正確に日付を覚えてない以上、阪神淡路大震災のあとに東京の地下鉄、日比谷線も含めていくつかの路線で毒ガスが撒かれて何千人もの人がそれで被害に遭う、ということしかわからないから、はるを守るには『事件が起こるまで東京の地下鉄に乗らせない』という方法しかないの」
「だけど」
「事件が起こればてっちゃんもわかるよ。私のいた時代、20年先の未来でもこの事件のことはよく報道されるし、今この時代を生きてる大人はみんなこの時のことをよく覚えてて、阪神淡路と合わせてひどい年だったって、それくらい悲惨な大事件が起こるの。もよく言ってた。地震と合わせて、世界が変わったんだって。それくらい大変なことなの」
「それにはるが巻き込まれるかどうかは……
「院長のインタビューを見たことがあるんだけど、毒ガスでものすごく負傷者が出て、それをたくさん受け入れた病院があって、それが、聖路加」
「なっ……
「ごめん、てっちゃん。だけど私、はるの身に危険が降りかかるかもしれないとわかってて無視できない。てっちゃんのことは誰よりも何よりも大事に思ってるし、世界で1番愛してるけど、はるは見捨てられない。てっちゃんと生きていきたくて残ったこの時代の、お母さんみたいな人なの。私がもう、にしてあげられないことは、はるに全部してあげたいって、思ってる」
(涙ぐむミライ)
「ミライ……
「ごめんなさい。だけど、お願いだから、錯乱したミライのうわ言にはしないで。はるを失いたくない」
……未来人だと、知られてもいいのか」
「正直に白状するならそれでもいい。誤魔化したいなら実は霊視が出来るとか、超能力あるとか、そんなネタにすり替えても構わない。私が変な人で済むならそれでいいから」
(大きくため息をつく鉄男)
…………私のこと、嫌になった?」
「えっ?」
「ふたりでコソコソ生きていこうって決めて貯金してきたのにこんなにあっさりバラすなんて、って怒ってる?」
(鉄男が黙ってるので声が上ずるミライ)
「てっちゃんがもうこんな女やだって、思ったら、別れても、いいよ。ふたりで貯めてきたお金は全部あげる。だけど、お願い、はるを、東京には行かせないで。てっちゃん、はるを守って、お願い」
(すがりつくミライの腕を掴み、そのまましっかりと抱き締める鉄男)
「てっちゃん……?」
「オレは、もしこのことで、お前と一緒にいられなくなるなら、はるの身の安全くらい、やむを得ないと、思ってる」
「なっ、だ、だめだよそんな……
「最後まで聞け。オレはお前を失いたくないってことしか、考えてないからな。それが守られさえすれば、他のことは正直どうでもいい。だからそこまで言うならはるにバレても構わない。だけど、もしこのことでオレたちの生活が危うくなったら、ここから消えなきゃならんぞ」
……まだ一緒にいてくれるの」
「悪いな、オレは死ぬまでお前と離れるつもりはねえんだよ」
「てっちゃん……
「さあて、どうなるかな。こんな時の逃げ場は用意してなかったな」
「てっちゃん、私てっちゃんと一緒ならどこでも平気だよ」
……それはオレも同じ」
「ごめんなさい」
「謝ることか? はるを、オレの叔母をそこまで案じてくれて感謝してるよ」
「だって……
「オレが未来に行かず、お前が過去に残ったのは、このためもあったかもしれないな」
「えっ、どういう……
「初まりは魔女の復讐だったかもしれない。でもお前がやったことは、三井を勇気づけて、ハデスたちを監獄送りにして、オレの記憶を取り戻して、やがて生まれるユヒトを守り、はるも守った。そういう役目だったのかもしれねえなと」
「だけど、私がここに残ったことで」
「だから愛知の話はするな。それは平行世界だろ」
……てっちゃん、ごめんね、こんな、捻れた世界に巻き込んで」
「自分で望んで飛び込んだんだよ。もう謝るのやめろ」
(ぎゅっと抱きつき、何度も頷くミライ)
「はるに、なんて話そうか、考えようか」
「うん……