エンド・オブ・ザ・ワールド

End of the World. supplement

新潟編1

「もしふたりで飛ぶのが可能なら、スイッチを押すと、頭掴まれてぐりんぐりんぶん回されてポーンと放り出されたような感覚になるけど、その時だけだから安心してね」
「お、おう……
「じゃあ念のため、てっちゃんは私をしっかりぎゅーしてください」
「何かで繋いでおいた方がいいんじゃないのか」
「うーん、移動してる間はぐらぐらするけど、その時だけで実際は特に動いてないんだよね」
「けど念のためだ。ほらこれ、ベルトのところに」
(スチール製のカラビナ)
「鍵くっつけるやつだ。おっけー。じゃあ行きます……1年前の8月20日、過去なのでこっちの時間内、1分の時にポチッとやれば……行かれるはず」
「てことは去年の8月20日の11時1分に行くわけだな」
「そう。それで0時……12時1分にまた未来へ戻るの」
「1時間は待たないとならないのか」
「だからこの時間帯が1番使いやすいの。よし、そろそろだ、行くよ」
「お、おう」

……出来た、のかな? 部屋の中は確かにちょっと違うけど」
「ほんとに頭掴まれてぶん回されたな」
「てっちゃん、1年前だってわかること確かめて」
「あ、ああ、そうだなええと何がいいんだ」
「えーと、新聞取ってないしテレビじゃアレだしうーん……あ、てっちゃん、お給料って銀行振込?」
「ああそりゃもちろ……なるほどな、通帳か」
「旅行に通帳は持って行かないじゃない?」
「お前頭いいな」
「えへー」
(頭にチュッ)
……よくできましたのチューとかそんなさり気なく出来る日本人なかなかいませんよ鉄男さん」
「はいはい。うわほんとだ、去年の7月の給料が振り込まれたところで止まってる」
「タイムスリップ、出来たね」
……やっぱりどこかにまさかって気が残ってたんだが」
「そりゃ仕方ないよ」
「お前、本当にあいつらの子なんだな」
「うん……
「過去に帰って、何か変わったか?」
「そうだね、それまではお父さ……寿のこと大っ嫌いだったんだけど、そうでもなくなった」
「だけどもうあいつとは……
「たまにそれを思い出してマズいことしたかなって気がすることもあるよ。だけど、てっちゃんがそばにいてくれるからいい」
「過去に戻って、知らなかったことを知って、後悔、ないか」
「私はなかった。怖かったこともあったけど、でもいいことしか残らなかったよ」
「そうか……
「曖昧なままになってる過去を見るの、怖い?」
「怖いというよりは…真実がクソくだらねえもので、見なきゃよかったと思うようなものだったら、行かねえ方がいいんじゃないかという気はする」
「嫌な記憶になるなら、ってこと?」
「そういう逃げみたいなところはある」
「最終的な決断はてっちゃんの思うままでいいと思うよ。私はついていくし、もし嫌なもの見ちゃったら私が忘れさせてあげるから」
…………
「あ、きゅんて来た?」
……まーな」
「よしよし、じゃあ新潟、いつ行こうか?」
「もう少ししたらシフト相談するから、連休取るよ」
「向こうに行ってる間は何日いても変わらないよ」
「まあそれはそうなんだけど、ついでに旅行でいいんじゃないかと……
「ほんと!? わーいてっちゃんと旅行〜! 服買わなきゃ〜! ……ってあ!」
「何だ」
「タイムスリップして当時の事調べるならてっちゃんも少し目立たないような服用意しないと」
……ああそうか」
「うーん、こりゃ旅行の前に買い出しに行かないとね」
「目立たないってどういうのがいいんだ」
「よっしゃ、ミライちゃんが選んだげるよ! おまかせあれ!」

「てっちゃんかっこいい……!」
(目が輝いている)
……楽しそうで何よりだ」
(目が死んでいる)
「なんでそう自信ないの! んもーこんなにかっこいいのにー」
「自信とかいう問題かよ」
「まあいいけど。もし私の目がおかしくててっちゃんがブサイクだったとしたら、それってつまり他に女が寄ってこないってことでしょ。やっぱり俺得なんだよなあ」
……ミライ」
「ま、てっちゃんの魅力は私だけが――はい?」
「お前もかわいいよ」
「ふあ!?」
……最初からいい女だなと思ってた」
「さささ最初って」
「ハデスにブチのめされそうになってた時」
「ほんとに最初じゃん。ブチのめされそうな女が好みだったのか」
「手ェ掴んで引き上げた時に、な」
「ブラトップ1枚のJK可愛かった?」
「見てねえと言えば嘘になるけどそこじゃない。変な感じがしたんだよな、アレこいつ誰だっけ、っていう……前にも会ったことがあるような」
「ナニソレ運命の恋人じゃん……
「そんなようなもんだろ。お前未来人なんだし」
「まじすか。抱いてください」
「ゴフッ」
「真顔で吹き出さないでよ」
「真顔でボケるからだろ」
「ボケじゃないもん本気だもん」
「言ったな」
「言いましたとも。オサレてっちゃんかっこよすぎるのでこのままお願いします」
「旅行の時に着ていくんじゃねえのか」
「少し慣らした方がいいって」
「何の慣らしだ。しょうがねえなもう……ほれさっさとベッド行け」
「えー、なんでてっちゃんそんなテンション低いの〜」
「うるせーな、文句言うとやらねえぞ」
「てっちゃんこそ文句言わずにチューしろ!」
……本当にあの時はかわいいなこいつと思ったんだよな」
「なにその今はそうでもないみたいな言い方」
「そりゃそうだろ。あの時より今の方がかわいいと思ってる」
「ヘァッ!?」
……バイクの後ろに女乗せたことなんかなかった」
「最初の時の話?」
「大事なバイクだし、女なんか乗せてベタベタ触られても嫌だったし、だけど、つい」
「てっちゃん……
「なんか全然ビビらねーし、急に抱きついてくるし、熱出したから来てくれとか言い出すし……
……その時、どう、思った?」
「深く考えてなかったな。意味不明なこと言うし、変な女だなと」
……未来のことは、またいつか話すね。私が生まれてくるはずの未来だから」
「そういうことって知らない方がいいんじゃないのか」
「だけど、私が生まれてくる以上はざっくりと知っておいた方がいいと思う。もしそのうちどこか遠くへ引っ越して二度と寿とに会わないようにする、っていうなら話は別だけど」
「そうか、距離がな」
「だけどとりあえず私が生まれてくるのは8年後、まだ余裕あるから平気」
……そういうのも、考えていこうな」

……は? ラブホ? 何でわざわざ」
「今からさらに12年前か。ちょうどいいところあるかな……。ラブホならもしタイムスリップやなんかで時間がごたついても好きなときに入れるじゃん」
「まあそうか」
「旅館とかそーいうの泊まりたかったの?」
……まーな」
「それはそれでまた行こうよ。頑張ってお金貯めてさ、内風呂のある離れとかでさ、浴衣で」
「ていうのを考えてた」
「おおー! ミライちゃんてっちゃんのことよくわかってるー!」
「じゃあ新幹線でまず」
「そう。当時の交通事情を調べるのも大変だし、過去と未来の境目が面倒だから、昼前までに現地到着して、ご飯食べたらすぐに過去に行って、まずてっちゃんのお家があったところに行ってみたらどうかなと」
「同じ場所にしか飛べないんだよな?」
「そう。だから、できれば近くまで行ってから飛んだ方がいいと思う」
「大きい駅からは距離があるから、早めに行った方がいいんじゃねえか」
「そだね。そしたら普通に朝イチで行っちゃおうか。なんならお昼は過去に行ってからでもいいわけだし」
「お前最初に過去に飛んだ時ひとりだったんだよな」
「そう。学校行こうとしてて時計触っちゃってさ。8時26分だったの。だから26年前の過去に。ビビったよ〜」
「つええなほんとに……それでふたりの出逢いを邪魔した、と」
「セイトが手下使ってを拉致ろうとしてたんだよね。本来ならそれを寿が止めるはずだったんだけど、駅だったし、そこまで具体的にふたりの出会いの話聞いたことなかったから、ついカッとなって助けに入っちゃったんだよね……ってなんで笑ってんのそこ」
「セイトの手下があの子を取り囲んでたところに入っていくか普通」
「そらのピンチだもん入るわ」
「おまえはほんとに……もうそういう危なっかしいことするなよ」
「えっ、心配?」
……そのニヤニヤ顔やめろ」
「えへへへー」
「えへへじゃねえ。この時代に残ってオレと一緒に生きていくんならもう少し自覚持て」
「はーい……
「オレもちゃんと過去と向き合って、それで仕切り直したいんだ。その、オレたちは」
「うん」
「だからその、結婚、するんだろ」
「ふぇっ」
「だから、もう危ないことはするな。オレも、もう暇だから喧嘩したいとか、そういうのはないから」
「喧嘩より私と一緒にいる方がいいもんね〜」
……ああ」
「えっほんとに!?」
「なんでそんなこと嘘つく必要があるんだ」
「私もちゃんとする……
「でもお前まだ17なんだし、深く考えるなよ。旅行とか、そーいう遊びにも行こう」
「うええてっちゃ〜ん」
「だからいちいちその顔やめろ」

「ずいぶん遠いね…」
「田舎だって言ったろ」
「ミライちゃんバス停まで3分の住宅街育ちだからさ……
「最寄り駅からまたバスに乗って、バス停からさらに歩く」
「ふおおおお……ミニバスの合宿思い出すわ〜」
「あ、お前足悪いんだったよな」
「ああ、歩くくらいは平気」
「無理するなよ。夜さすってやるから」
「あわわまじすか何そのお姫様扱い」
「いやならやらねーぞ」
「うわわいやじゃないですいやじゃないですどうしよ、そんなのぞわぞわきちゃう」
「好きなだけぞわぞわしとけ」
「やだー跪いて足にキスしてー」
「はいはい」

(育った町に到着、1番大きな交差点にて)
……懐かしいな」
「何か思い出した?」
……景色見てたら、少しな」
「あんまりいい思い出じゃなかった?」
「いや、そういうんでなくて……怒るなよ」
「えっ、うん」
「女の人が記憶にあるって言ったろ」
「心臓患ってる人だっけ」
「たぶん、初恋の人だ。好きだったような気がする」
「そのお姉さんが?」
「川で拾ったきれいな石を、あげた記憶がある。宝物だったんだけど、彼女にどうしてもプレゼントしたくなって」
「てっちゃん……
……すまん」
「いや怒ってないって。9歳で既に女の子にプレゼントあげたいってほんとにてっちゃんてば……
「プレゼントするってのは、おかしいか?」
「そーじゃなくて、やっぱりてっちゃん女たらしだよ」
「なんでそーなる」
「いくら9歳の男の子からだって、そんなものもらったらキュンキュンきちゃうって」
……今年のクリスマス楽しみにしとけ」
「だからああああ!!!」
「結婚指輪な」
「ううう幸せです……
「そりゃよかった」
「てっちゃんも幸せにしてあげるからね」
……もうしてもらってるよ」
「あっ、てっちゃんしばらく黙ってて。私心臓止まる」
「アホか」

(かつての自宅付近で)
「住んでたお家、今どうなってるのか見てみる?」
「もう少し行った先にあるはずなんだが……。その頃は家の前の通りはほとんど舗装されてなくて、向かいに空き地と、その隣に少し高くなってるところがあって、そこには神社があって」
「聞いてきてみようか。伊佐木は母方の名字でしょ? ここにいる頃はなんて名字だったの?」
(現在は伊佐木鉄男)
「ええと、樋口」
「最初は樋口鉄男だったんだね」
「その記憶もほとんどねえんだけどな」
「おっ、いかにも昔を知ってそうなおばちゃんハケーン! すみませえーん!」
「え、おいマジか」
「あの、このあたりに樋口さんていうお宅……はい、たぶんそうだと思うんですけど。いえいえ、昔遊びに来たことがあって、今どうしてるかなあと思って。えっ、いいえ、知りません。そうですか、はい、ありがとうございます……
「どうした。大丈夫か」
「うん……なんかあんまりいい顔されなくて」
「どういうことだ?」
「あんなことがあった家に行きたいの?って言われちゃった」
「あんなこと?」
「てっちゃん、どうする? 見たくなかったらやめてもいいんだよ」
……いや、ここまで来たんだ。見届けて帰るよ」

「それにしてもお前ほんと怖いもの知らずと言うか」
「えっ、何が?」
「いきなりその辺のおばちゃんに突撃とか」
「そうかなあ。おばちゃんは別に何も怖いことないと思うけど」
「まあひとりで倉庫に突っ込んでく前科があるしな」
「そのおかげでミライちゃんに会えたんだからいいじゃん」
「まあな」
「さてじゃあ行ってみようか。この先に酒屋さんがあって、その角を右の方だって」
「酒屋は少し記憶にあるな……。でも昔より家も店も増えてる気がする」
「あんまり変わっちゃうと記憶も戻りにくいよね」
……親ふたりは、あんまり仲が良くなかった気がする」
「え?」
「今改めて考えてみると、雑な夫婦なんじゃなくて、いがみ合ってたような感じがする」
……今はさ、そういうのも虐待だよね」
「自覚はねえけどな」
「てっちゃんは優しいお父さんになりそうだね」
…………
「どした?」
「オレが父親とか、想像つかねえけど」
「子供はどう? 好きとか苦手とか」
「そもそも触ったことがない」
「あ、そうか」
………………お前、子供、欲しいのか」
「欲しいっていうか……まあそうだね、そういうことが可能な状況になれば欲しいと思うけど」
「父親が、オレでいいのか」
「てっちゃんはいい加減しつこいと思うんだけどね」
「話のレベルが違う」
「自分は絶対立派な親になれるって思ってる人の方がおかしいよ」
「それはそうだけど」
「寿と思い出してよ。はともかく、寿はフツーにクソ親父だったからね」
「ゴフッ」
「焦るようなことじゃないし、てっちゃんが私と家族になってもいいなって、そう思えるようになったら、きっと授かるよ。それはその時考えよ!」

(かつての自宅前にて)
「こ、ここ…!?」
「ああ、これだな」
「廃墟じゃん……
「誰も住んでないからじゃないか。家自体はこれだ。懐かしい、あの頃のままだ」
「えっ? 何も変わってないの?」
「ああ、さっきまで記憶がぼんやりしてたけど、ハッキリしてきた。本当にそのままだ」
「それおかしいでしょ」
「何で」
「てっちゃんが神奈川に来た後も、ここにはおじいちゃんおばあちゃんと、その心臓患ってた人が住んでたはずでしょ。そしたらそのままってわけには」
「引っ越したのかも」
「老夫婦と病人、家をそのまま残してどこに引っ越すっていうの」
…………そうか」
「それに、もしこの家がてっちゃんのお祖父ちゃんのものだったら、売るとかするよね?」
「じゃあ借家だったのか。ここの手前の部屋がオレの部屋で、明らかに増築なんだが……
「ねえ、あの向かいの神社も変わってない? 古そうだけど」
「外から見た感じでは何ひとつ変わってねえな」
「じゃああそこで飛ぼう。基本無人の神社ならほとんど変化はないよね」
「お、おお、そうだな」
「よし、念のため引っ越しの前の年に行こう!」

(神社から樋口家を見下ろして)
「これだ……これは記憶にある。オレの子供の頃の町だ」
「ちゃんと来られたみたいだね」
「そうだ、この自宅前の道を向こうに行って、それで坂を上がったところに学校が」
「見に行ってみる? ああでも、自分に会わない方がいいんだっけ」
「いや、別に自分のことはどうでもいい」
「よし、じゃちょっと家の前まで行ってみようか」
(樋口家の近くまで移動)
「おお、さっきと違って人が住んでる感じ」
「人がいるな。あれは……ばあさんだな。あんな小さかったのか」
「この頃って、てっちゃん8歳か、結構お年を召したおばあちゃんだったんだね」
「言われてみればそうだな」
「おかあさんててっちゃんと何歳違い?」
「あー……はっきり覚えてねえけど……中学入ったくらいで40ちょいとか多分その辺」
「だとしたらやっぱりかなり高齢な感じだよね」
「じいさんもあんな感じだった気がする」
……いやいや私何言ってんの、あのおばあちゃんはてっちゃんのお父さんのお母さんだよね?」
「そう。あ、そうか、ええと親父は年はちょっと……。でも、もしかしたら親父はかなり年行ってたかもしれない」
「そか。年齢差のある夫婦だったのかもしれないね。おばあちゃんあれ何してんの」
「ああしてなんか1日中ゴチャゴチャやってんだよな。草むしったり何か物を移動させたり」
「よっしゃ、ちょっと突撃してくるわ」
「おいまじか」
「てっちゃんは神社に戻ってて。もしお父さんとそっくりだったら大変だからね」

「ただいま」
「大丈夫だったか」
「ええとね、やっぱりおばあちゃんかなりお年な感じだね。挨拶した感じであんまり話通じなさそうだったから、最近役所に入りましたって言ったら信じた」
…………マジか」
「んで、おばあちゃんご家族はお元気ですかーつったらゲロった」
「お前すげえな」
「まず、おばあちゃんとその夫、おじいちゃんだね、それからてっちゃんのお父さんかな、良和」
「おお、そんな名前だった気がする」
「それに嫁。てっちゃんのお母さんのことだね。で、孫、これがてっちゃんだよね」
「そうだな」
「それから、最初は黙ってたんだけどちょっと突っついてみたらゲロった」
「何が」
「例の心臓患ってた女の人」
「おお、やっぱりいたのか」
「あれ、てっちゃんのおかあさんの妹だって。心臓悪くて奥でずっと寝てるって」
「叔母……
「だけどねてっちゃん」
「ん?」
「おばあちゃん、あんまりその人のことよく思ってないみたい」
「どういう……
「最初は黙ってたからさ、もうおひとりいませんか、若い女性がいるとお聞きしたんですけどって言ったら、苦虫噛み潰したような顔してさ。男癖が悪くて酒浸りでその上心臓まで患って行くとこなくて住まわせてやってるのに寝てばかりで何の役にも立ちゃしない、あの穀潰しがいるおかげでうちはこんな貧乏暮らし」
……なに?」
「おばあちゃん、そう言ったの。なんか、ちょっと雲行き怪しくなってきたね」