続・七姫物語 神編

09

様の言ったとおりになっちゃいましたね」
「そうかなあ。財産全部没収で放逐だから、亡命すると言ってもねえ」

叔父上の話だ。現在国外追放の方向で話が進んでいる。

そもそも彼は現在の国王の腹違いの弟で、その息子である神が生まれる前に兄が死ねば、そのまま国王の座についていた、という立場の人であった。しかし当時は分家の攻撃が勢いを増していた頃だったし、殺されるよりはまし、と王位につくことは最初から諦めていた。

しかし、王太子は無事に育ち上がったけれど嫁が来る気配もないし、自分と兄は20近く年が離れている。このまま王太子が妻帯できずにいれば、そしてやがて兄が死ねば短いながらも自分の統治の世がやってくるかも……と淡い期待を抱いていた。なので貴族には積極的に娘を差し出すなと警告してきた。

ところが、分家は倒れるわ王太子は嫁を連れてくるわ、しかもそれが国内の縁故ではなく観光業頼みの小国の姫ときた。やがて神が国王に即位すれば、その小国の姫はそのまま王妃である。そこに男子が生まれればどんどん自分の格付けが下がる。我慢ならなかったらしい。

その上がいくら妨害しようとしても倒れないので、最終的にその恨みは神に向いた。彼が母親に守られなければ、兄の息子が無事に成人しなければ、自分が次の王だったのに――と深みにはまっていった。

ことのあらましを聞いた総隊長はばあやの縄張りである館の厨房でゆっくり食事を取りながら、と神の話に耳を傾けていた。まだ肩も痛むし、医者の見立て通り右腕が動かしづらいらしく、食事にとても時間がかかる。と神はお茶を飲みながら、まるで家族のようにのんびりとお喋りをしている。

「南町の方の騒ぎは大丈夫なんですか」
「大丈夫、かなり落ち着いてきたよ」
「一時は様を女王に! なんていう騒ぎもあったそうですわよ」

狙ったかのような最高の見せ場を披露してしまったことになるので、まあこれは仕方ない。神は総隊長の体調が気になりながらも、きっちり事態の収束に務め、南町はかなり落ち着きを取り戻している。

「要は、が神格化されなければいいわけだ。人間に見えればいい」
「また南町の観衆の前でキスさせられてしまったんですのよ……
「だからさっきから黙ってそっぽ向いてたんですね」

どうにもは人前でイチャつくのが苦手で、例えばそれが結婚式ならともかく、民衆に見せつけるために、というのは疑問も感じるし、余計に恥ずかしい。しかしそうやってが恥ずかしがって真っ赤になるので、彼女への過剰な神聖視はすぐに薄れていった。

というかはそういう理由のためのキスをしようとしている時の神が楽しそうなので、それもちょっと気に入らないのだ。自分が恥ずかしいから嫌だと言っているのに、あんたは何でそんなに楽しそうなんだ。暗黒王太子全然残ってるじゃないか。

「反対派宣言に署名していた47人のうち、家格降格や喜捨に応じた者は半年の謹慎でおさめることになったし、戦車競走で妨害した連中は投獄したけど、が恩赦を与えたがっていると吹き込んでおいたら泣いてたらしいから、そこも問題なし。全部丸く収まりそうでよかった」

こういう時には神の黒さが遺憾なく発揮され、またを白く保つことで神格化はさせずに民衆の心を捉えて離さないでおける。一方の自身は叶うなら故郷にいた頃のように直接南町と触れ合う機会が欲しいと考えていて、そのためにも今は恥ずかしくても我慢している。

「だから後はもう結婚式を残すのみですわね」
「お針子組、もう準備始めてるよ」
「ていうかそれもさっさとしないとお前の父上帰ってくれないしな」

わくわくしているばあや、当日までにしっかり準備しなきゃと張り切っている、舅を早く家に帰すためにもさっさとしなければとため息をつく神。総隊長はそれを眺めながら目を細めた。ここは超大国の王家の跡取りの館のはずだが、まるで南町の家庭の中のようで、なんだかこそばゆい。

そしてぼんやりと考えてしまう。もし彼女と結婚していたらこんな家で生活していたんだろうか――

しかし、それを悔いる気持ちはない。肩に矢を受けたあの時、確かに自分の中は全て空っぽになってしまったのだ。それは過去に囚われていた自分からの解放でもあった。こんな時間にわけもなく幸福感を感じ、それがまたくすぐったい。頬も緩む。

……どうしたよ、珍しいなニヤニヤして」
「いえ、早く結婚式をなさらないと、様のお腹が大きくなってしまうなあと」
「えっ!? 妊娠した!?」
「してないよ! 総隊長、この間からそればっかり!」
「なんだよ、びっくりした。総隊長、頑張って協力してるから気長に待ってくれ」
「宗一郎!!!」

結婚に障害がなくなってからというもの、神はに対してやや暗黒面が戻ってきているが、その分がまた強くなってきて、総隊長やばあやから見ると釣り合いの取れたふたりになりつつある。今もに昏々と説教されている神だが、少し嬉しそうだ。

そしてがカイナンにやって来てから実に4ヶ月、やっと結婚式が実現することになった。

大陸にその名を轟かす超大国の王太子が結婚、法による国王への即位の条件を全て満たすことになった。なおかつ長く王家で抱えていた内紛の件も解消され、まだ年若いながらも王太子が次の国王となるのは確定と言っていい。なので、結婚式と言っても、だいぶ規模が大きい。

一応結婚式に関するあれこれは当人たちが準備しなければならないわけだが、ここまで来るのにだいぶ金をバラ撒いてしまったので、また経理が悲鳴を上げていた。国からも予算が出るが、それはあくまでも補助であって、全額国庫からとはいかない。カイナンは超大国で金持ちだがこういうところは厳しい。

予算は厳しいしここまで来るのにだいぶ揉めたし、というわけで、半泣きの経理を交えて何度も会議を重ねた結果、と神は史上初の「南町挙式」という策に出た。

王族の挙式は王宮内の聖堂、というのが当たり前であった。が、聖堂の中で北町相手に式をやるとなると、やれ前夜に晩餐会だの当日は舞踏会だの大挙して押し寄せる北町の金持ちに金のかかった記念品を贈らねばならないだの、経理が「死にたい」と言い出したので、これを回避する方向で話が進んだ。

その上王太子自身は婚約者の意向を汲んで南町との距離を縮めたいと考えており、南町側を優先すると結果的に諸費用が抑えられることもあって「南町挙式」を断行するに至る。

初めてこの国にやってきたがあまりの大きさに驚いたように、南町の中央通りは広く長く王宮に向かって続いている。神はこれを利用することを思いついた。ちょうど真ん中辺りには環状交差点があり、大店や役所などが軒を連ねる商業地区の中心になっている。これが挙式会場だ。

は父親とともに城下の正門から入り馬車で、神は王宮を出て馬車で、それぞれ中心に向かって進み、環状交差点にて合流、挙式、という流れだ。環状交差点自体はとても大きいので南町の人々が押し寄せてもかなりの人数が収容できる。周囲の建物にも入る。

これに向けてまたお針子組が張り切っていたが、今回は神陣営全員がほぼ休みなくこの「南町挙式」に向けて頑張った。それもそのはず、王太子の家臣と言っても、そのほとんどは南町の出身である一般階級の人々だ。これまではどこかの遠い出来事でしかなかった王家の慶事が南町で行われるなんて!

そんな彼らの頑張りもあって、結婚式当日はよく晴れた空の下、中央通りに王太子と王太子妃ふたりの紋章の垂れ幕が翻ることになった。南町は当然のことながら、北町の住民もこそこそとやって来ていて、中央通りは人だらけ。警備もしっかり敷いてあるが、とても和やかだった。

「何だかの国みたいだな」
「そうですね、いずれここも様の国になるわけですし」
「まあな。てか親父のやつ本気なんだろうかあれ」

出発前、王宮の門の内側で神は堅苦しい正装の襟元に指を突っ込みながら、総隊長と馬車を待っていた。今日は総隊長もばあやも正装、みんなゴテゴテの衣装である。お針子組渾身の神陣営おめかしには経理も文句ひとつ言わずに予算を回してくれた。

神はやや呆れた顔でため息を付いたが、実は父親である現国王がこの2年ほどの騒ぎの中ですっかり気力を失い、その上とどめにあのの奇跡を見てしまい、生前退位したいと言い出したのである。だが、年齢的にはまだ若く、ただ気弱なだけなので、神は同意する気はない。もう少し働け。

「本気にしても冗談にしても、殿下が国政に参加するようになるのはいいと思いますよ」
「まあそうだな……少しずつ仕事を交代していけばいいか」
……様も少しずつ政を覚えていかれればそれに越したことはありません」
……なんだよ、総隊長もか」

神はニヤリと笑ってやってきた馬車に乗り込む。父親が政を助けて欲しいと言い出してから、神はにも参加させようかと考えていたのである。それは総隊長も同じだったらしい。現状王妃や王太子妃が政に口を挟むという習慣がないが、それを禁ずる法はない。今のうちだ。

「お子様ができても、政は戦車競走ほどは危険がありませんからね。様なら良い執政者になるでしょう」
……総隊長が言うなら、大丈夫だな」

ふたりが乗り込むと、馬車が走り出す。そろそろ頃合いだ。

「ねえ、つらいことがあったらいつでも帰ってきていいんだからね」
「うーん、あんまりなさそうなんだけどな」
「お父さんはたまには帰ってきて欲しい、と言ってるの」
「父上が来れば? こっちから行くと大移動になって大変だから」
ひどい」

一方こちらはとその父である。父上の方はそわそわしていて落ち着きがないし、も頭の中が段取りでいっぱい、幸せで夢見心地――ではなく、割とピリピリしていた。自分と神の結婚騒動最後の締めくくりの結婚式である。一応政略婚という側面もあるので、今後のためにもちゃんと成功させたい。

「自分の結婚式で花嫁さんだっていうのに、なんでそんな怖い顔してるの」
「失敗しないかと思うと気が気じゃないし、長丁場だから髪をきつくまとめすぎて頭痛い」
「もっと幸せそうな顔しなきゃ〜愛し愛されての結婚なんだから〜」
……一応政略結婚なんですけど」

一応最初の婚約の時に交わした「男子がふたり以上生まれれば世継ぎにしてもよい」という契約は生きているし、の国は独立自治が保たれた状態の、しかしカイナンの属国扱いとなる。神とが生きている以上は特に変化はないが、まずはそれを記念して「王立記念病院」が出来る予定だ。

「ああ、だけどが結婚かあ。お母さん喜んでるだろうなあ」
……お母さんて、どんな女の人だったの」
「そりゃあお前、優しいお母さんだったんだぞ。お前が生まれた後も――
「そうじゃなくて。母親としてじゃなくて、父――お父さんにとってどんな妻だったの」

だらりと目尻を下げていた父上だが、の言葉に背筋を伸ばすと、咳払いをひとつ。

「最初はね、故郷に帰りたくて泣いてばっかりだったんだ。だけどお父さんは可愛いお姫様が来てくれたので嬉しくて、毎日散策にでかけたり劇場に行ったり、なんとかして笑ってもらおうと必死でさ。そうしてるうちになんとなく仲良くなってきて、半年くらいしてかな、この国と、エフン、あなたが好きになりました、って言ってくれたんだよ」

父上は頬を赤くして目を細めている。には母親の記憶がないので、これも初めて知る母の過去だった。

「とっても優しくて素敵な女の子だったよ。が出来た時も、ものすごく喜んでた」
……お母さんのこと、好きだった?」
「そりゃそうだよ! 彼女が具合が悪くなって倒れた時は一緒に死にたいと思ったくらい、好きだったよ」

は頷き、ヴェールの中からそっと微笑みかけた。

「話してくれてありがとう。私もそういう風に、お父さんとお母さんみたいになりたいと思ってる」

この一言で父上は涙腺崩壊、出発前の馬車の上で「うええええ」と声を上げて泣き出した。しかし本日は泣くような感慨のないは無視、まずは無事に環状交差点まで行き着かねばならない。ゴロゴロと走りだす馬車、うえうえ泣いている父上と、沿道に手を振るは環状交差点へ向かってひた走る。

沿道に詰めかけるカイナンの人々は皆、手に白い花を持って打ち振っている。この国の王太子妃になるにあたり、定められたの花である。今日はこの花が街中いたるところに飾られている。さらに人々は親愛をこめての名を呼び、手を振り帽子を振り、馬車の後を何とかして追いかけようしてくる。

やがて環状交差点の向こうに神の馬車が見えると、御者は速度を調節し始め、どちらもぴったり同じ時に挙式のために造られた祭壇に到着するように速度を落とした。環状交差点は既に人で埋め尽くされ、隣の父上の嗚咽が聞こえないほどの大歓声だ。馬車はぴったり同時に祭壇前に到着した。

例の戦車競走に耐え切ったお針子組代表に付き添われながら、はゆっくりと神の元へ向かう。本日お針子組渾身の衣装は長くひきずるウェディングドレスだが、背中に軽い素材の生地で2枚の羽が縫い付けられている。これが風に舞うと、戦車競走の時の奇跡を彷彿とさせて、観衆はまた大歓喜。

と対面した神は少し体を屈めていたずらっぽく微笑む。

……やっと会えましたね、姫」
「まったくですね、宗一郎様。中央通り長すぎ」
「こんな時に可愛くないこと言うんじゃない。てかやめるならまだ間に合うぞ」

この挙式にこぎつけるまでは大変な苦労があった。それを思うとつい憎まれ口を叩いてしまうふたりだったが、神の問いにはにやりと笑って答えた。

「もう遅いよ。私、宗一郎じゃなきゃだめだもん」
……では王女様、参りましょうか」
「宗一郎は?」

大歓声の中、の手を取って歩き出した神は、少し頬に照れを浮かべて懐かしそうに目を細め、微笑む。

「言っただろ、15の頃からオレはだけなんだよ」

背中の羽が翻り、またふたりは歓声に包まれる。祭壇を進み、国王の前へ進み出る。

「永くこの地にて我が血統を共に紡いでゆかんことを。我が子たちよ、ふたりに祝福を」

国王の祝福の言葉を受けた神は、のヴェールをまくり、そっとキスをする。今日は恥ずかしいキスは厳禁、と事前に念を押されていたので可愛らしいさわやかなキスである。しかし観衆はまた大爆発、環状交差点に白の花びらが舞い踊る。

これで晴れて王太子妃となったは、夫とともに祭壇を降り、ぐるりを回って観衆の声に応えていた。

が、その時である。突然前のめりに傾いたは、そのまま膝をついてしまった。慌てた神が支えるも、は頭を下に向けてうずくまったまま動けない。環状交差点に悲鳴がこだまし、神陣営の家臣たちが方々から飛び出してきた。馬車を引き、警備の騎馬隊に並走させながら、ウェディングドレス姿の王太子妃を乗せた馬車はまっしぐらに王宮へと駆け込んだ。

南町はもう大混乱の大恐慌である。死に別れた妻のことを思い出していたの父も、あまりのことにその場で昏倒、こちらは南町の病院へと担ぎ込まれた。王宮前には人々が詰めかけ、この数ヶ月ほどですっかり彼らの心を奪った王太子妃の無事を祈った。

そんな大事件の翌朝のことである。

「おめでとうございます、ご懐妊でございます」

医師からこう告げられるや、今度は神の館内が大騒ぎである。まさか死の病ではあるまいな、こんなに沢山の人に愛されてるので嫉妬した天が連れて行ってしまうのではないか――そう皆が心配し、神は恐怖のあまり一晩中真っ白な顔になっていたが、まさかの妊娠である。疲労が重って、の体が悲鳴を上げたらしい。

「お医者様がわかるくらいですから若、やっぱりレースの時はお腹にいたのですね」
「それを考えるとまた血の気が引くからやめてくれ」
「先生、どちらも大丈夫ですか」

めでたい報告を受けたというのにまだ真っ青になっている神とばあやの横で、総隊長はぼそりと付け加える。

「それが……
「な、なんだ、何か問題でもあるのか。まだ今の段階ならを優先して――
「殿下、落ち着いて下さい」

医師が少し難しい顔をしたので、神は焦った。だが、彼は意を決したように口を開いた。

「それが、私の見立てでは、おそらく双子ではないかと……
「双子!?」
「確かなことはまだ言えませんが、殿下の叔母君が双子を妊娠した時によく似ておりまして……

時期的なことを考えても医師の診断は「もしかして」という程度に過ぎない。が、これでも彼はこの国1番の名医なので、まあ、彼の「勘」と考えておいてもいいだろう。双子だからといって何か影響があるわけでなし。というかかつてはさっさと神との結婚を終わらせたいあまり、は双子を授からないかと願ったものだった。

「殿下の叔母君、従兄弟にあたられる方も双子を授かっています、この王家で双子は珍しくないんです」
「そう言われればそうですわね……
「なので症例の記録は多く、私も何度も双子の妊娠出産に立ち会ってきました。お任せ下さい」

しかしそれはそれ、慌ただしくてには負担が大きいけれど、神と総隊長とばあやは気が緩んで笑い出した。やっと嬉しさが追いついてきたのだ。王太子妃とその子が一緒にやってきた。

「あら私としたことが。殿下、おめでとうございます」
「おめでとうございます。こんなに早く夢が叶うとは思いませんでした」
「そ、そうだな、ずいぶん早かったな」
様と再会してからは4ヶ月くらいですかね」
「まあまだお若いですし、若は様をたいそう可愛がって――
「ふたりともちょっと黙ろうか! 先生! もう入っていいか!?」

ばあやと総隊長はデレデレと目尻を下げ、にこにこしている。が、医師も大勢いるし家臣たちもいるので、急に真っ赤になった神は医師に許可をもらい、が休む部屋の中に逃げた。はベッドの上で少しぼんやりしていた。急いで駆け寄った神は、少し体を起こしていたをそっと抱き締める。

「大丈夫か、つらかっただろ」
「もう平気。心配かけてごめんね」
「結婚式、中途半端になっちゃったな」
「お金あんなに使ったのに、ごめん」
「そんなこと気にするな。が無事ならそれでいいんだよ」

言いながら、神はふいに顔を歪め、今度は目を赤くした。何年もかけて命がけで戦った末にやっと平穏な日々を手に入れられると思ったのに、やっとたどり着いた結婚だったのに、それを一瞬で失うのかと思って過ごした一晩の恐怖は筆舌に尽くしがたい。神はやっと安心して気が緩んだ。

こうして血の気が引いてしまうこともあるけれど、結局のところ、いつでもがくれるものは「幸せなこと」ばかりだ。つらいこと苦しいことはそりゃあしんどいけれど、がくれる幸せには叶わない。

「そ、宗一郎、大丈夫?」
「ごめ、こんな慌ただしいことばっかりだけど、、オレ、嬉しくて」
「謝ることないでしょ、私も嬉しいよ」

涙に潤んだ目尻にの指が触れる。棒を振り回していた割にはきれいな手だ。神はふにゃりと笑うと、そっとの腹に手を添えた。この中に人間がふたりも入っているなんて信じられないけれど、何よりも愛しいものが3つに増えた。幸せも3倍。

「お前も、子供も、オレがずっと守っていくから」
「そんなに気負わないで。一緒に守っていこうね。大丈夫、私強いから!」

ニカッと笑うに抱き締められた神は、何度も頷いた。静かに泣きながら、何度も何度も。

華やかな結婚式が一転、恐怖の一夜を過ごしたのは南町北町も同様で、しかし翌朝にの懐妊が伝えられるとこちらも大騒ぎ、不安に苛まれていた夜が歓喜の朝に変わった。商業地区や歓楽街では昼間から酒を飲む人が続出、この日の夜中までお祭り騒ぎは続いた。

衝撃のあまり倒れたの父親も目が覚めて落ち着いたところでそれを聞き、久し振りに許容量を超えて熱を出したが、ベッドでまたうえうえ泣いていた。僕おじいちゃんになっちゃったと言いながら延々泣いていた。

さて、こうして紆余曲折を経て夫婦となり家族となったと神は、やがて王となり王妃となり、この国を家として末永く生きていくことになる。そしてこの大騒動の中発覚した妊娠により誕生したのは女の子の双子で、やがてこの大陸に双子の女王がそれぞれ治める国がふたつ誕生することになる。

しかしそれはまた別のお話。

ひとまず、みんな幸せに暮らせることを祈りつつ、めでたしめでたし――

END