続・七姫物語 神編

04

「もちろん宗一郎殿に頼まれた木を運ぶのが主だよ。だけど舞踏会が控えてるって聞いてさ」
……陛下がそれほど舞踏会がお好きとは知りませんでした」
「ううん、舞踏会はそれほどでも」

翌朝、病弱で知られるの父は何だか妙に血色のいい顔でカイナンに現れ、正式な訪問ではないからと国王に報告をしただけで神の館に引きずり込まれた。朝日の差しこむ厨房ではにこにこ顔の父上、そしてどんよりした娘とその婚約者、真顔のばあやと総隊長、という図だ。

「じゃあ何なのよ」
「だってこんな大きな国の舞踏会、しかも王太子の花嫁、娘の晴れ姿を見たくて」
「てか何でそんな元気そうなの」
「やっぱりって疫病神なんじゃない? がいなくなってからお父さん元気になってきてさ」

ジュースの瓶を振りかぶったを神と総隊長が慌てて止める。

「じゃあ、舞踏会が終わったら帰るのね?」
「いや、どうせなら結婚式が終わるまでいる」
「しばらく先だけど!?」
「僕が不在でもいつも通り、それが世界に誇る我が国だよ」
「そんなもの誇らないでよ!!!」
、落ち着け」

というか国王がいてもいなくても変わらないのは何代も前からずっと同じ。美しい景観の最高級静養地なので、そこに揉め事が起こってはならない。この国の方も余計な下心を持たずに淡々と生きるのを好む。じゃあ王政やめたら? という話だが、それはそれで愛すべき象徴なので特に異論は出ない。

「では、外国人居留地区に家を手配します。皆様そちらで――
「えっ、ここでいいよ! 僕贅沢言わないから」
「陛下、お忘れかもしれませんが、私たちは新婚です」
「え〜……ばあやさんとかもいるじゃない……
「ばあやたちは使用人部屋を使ってるの。父上はそういうわけにいかないでしょ! 体弱いくせに!」

父上はしばらくゴネていたが、何しろたちは結婚反対問題を抱えているし、それを知ったらまた具合が悪くなるかもしれないし、そういう意味では大変忙しいので、長居する気なら外国人居留地区で大人しくしていてもらわなければならない。せっかく木も来たけれど、贈呈式には出られません。

「陛下には話を通してあるけど、舞踏会の準備にはまだ時間が掛かるし、ゆっくりしてて」
「全部でええと……30人ですか、ではこちらからも人を手配します」
「もしやこれ、某国の王様がお忍びで休暇とかそういうアレだね」
「そうね、そういう感じで遊んでてくれると私たちも安心」

総隊長の案内で王宮を出て行く父を見送ると、は体を2つに折り曲げて神に謝った。

「ほんとにごめんなさい、まさかあんな元気になるとは」
「やっぱりがご両親の生命力吸い取ってたのかもな」
「いじわる……
「ごめんごめん、怒ってるわけじゃないよ。もしかしたら舞踏会は楽になるかもしれないし」

ついからかった神だが、は本当に申し訳ないと思っていたのだ。がしょんぼりしてしまったので、神はまた膝の上にいざなって抱き締めてやる。ばあやも歩み寄ってきて背中を撫でてくれる。

「どういう意味?」
「どれだけ小馬鹿にしていても君のお父上は国王だ。礼を失する方が問題になる」
「父君もあんな風におどけてらっしゃるけど、その場になれば威厳のある振る舞いをなされるはずですわ」

それには大いに疑問が残るだったが、ひとまず父親は総隊長がなんとかしてくれるようだし、うじうじしていられない。舞踏会用のドレスの仮縫いに行かなければならないし、それが終わったら昼過ぎからは木の贈呈式だ。前回のお披露目が好評だったので、公式に南町に降りることになった。

とは言え中央通りを行くだけでも相当な距離になるので、ドレスの仮縫いを終えたは略式の装いで神とともに馬車で王宮を出た。警護の者たちは先に住宅街に入らせてあるし、植樹の件はちゃんと国王に許可をもらってある。

さて、あのナッツと酒バラ撒きお披露目から数日、南町の人々の反応は主に「様かわいい」「王太子殿下嫁好き過ぎ」「ナッツうまい」「酒うめえ」この4つであった。もちろん好印象だ。姫が可愛いのは大変結構、最近分家をぶっ潰した暗黒王太子は彼女にメロメロのようだし、ナッツも酒もうまい!

というか早速商業地区の製菓店からの故郷に取り次いでほしい、ナッツ買いたい、という申し出が役所に殺到したそうなので、ナッツ作戦は思った以上の効果を上げている。

の故郷から持ち込まれた春になるときれいな花をつける木は、住宅街の目抜き通りとでも言うべき幹線道路沿いに等間隔で植えられる予定になっていて、それらは順次行われるが、本日はまず贈呈式と南町の住民たちとの初めての交流である。

南町の各地区それぞれの代表5人に木の贈呈を行い、最初に植えられる木の根元に土をかければ式典は終了だが、正直言って、住宅街の広場に集まった人々の目的はとの触れ合いである。お姫様近くで見ても可愛い! 王太子様マジで姫から手離さない!

今日は昼間の住宅街ということもあって、を待ち受けていたのは主に子供たちである。お姫様お菓子ありがと、とたどたどしいお礼をしてくれるので、は嬉しくなってしまい、しゃがんで子供たちをぎゅうぎゅう抱き締めた。いつか一緒にお菓子を食べましょうねと言って指切りまでした。

「殿下、さすがですな」
「やっぱりにしてよかったな。きっといい王妃になると思ってたんだ」
……何を仰いますか、最初から様が目的だったくせに」
……総隊長、ばあやの真似なんかしなくていいんだぞ」

にこやかな顔で剣呑なことを話している神と総隊長だったが、はまだ楽しくおしゃべりしている。体調が優れず、比較的空気の綺麗な住宅街に立つ療養所で生活をしている人たちとの交流ではまさに本領発揮、長年父親の面倒を見てきた経験から様々な提案をしたり励ましてみたり、好感度は上がる一方。

さらに本日式典の警備に就いている南町の警護隊は今年から入隊した新人が派遣されていて、皆一様に緊張した面持ちで長い棒を持って気をつけをしていた。槍術棒術といえば心得のあるはもうたまらなくなって、自分の師匠に教えられた心得を興奮気味に伝えてぽかんとされていた。

そんなわけで、は南町ではすっかり人気者、可愛くて気さくなお姫様として知られることになった。ついでにその勢いに乗っかった王太子様も好感度がぐんぐん上がる。ツンと澄ました貴族や王族ではなく、このお姫様を選んだ王太子様も目が高い! というわけだ。皆考えることは同じ。

「殿下、またこうしていつでも南町にいらして下さいませ」
「いつでも歓迎いたします。ぜひぜひ王太子様とお忍びでいらして下さい」
「ありがとうございます。殿下のお暇があればぜひ」

上機嫌な各地区の代表たちに、そしてもはや「様またねー」の子供たちに見送られてふたりは住宅街を後にした。馬車の中では水を飲んで一息つくと、満足そうに椅子にもたれた。

「もちろん全部がこのようにはいかないだろうけど、やっぱり私はこういうのが合ってる気がする」
「南町相手はずっとこれでいいんだよ。、ほんとにすごいなお前」
「ほ、褒めても何も出ないけど」
「何言ってるんだ、本当に自慢の妃だよ。オレはあんなこと出来ないからな」
……でしょうね」

しかし分家をぶっ潰した暗黒王太子も以前とは比べ物にならないくらいに慕われ始めている。分家と武力衝突を始めた時は非難も浴びたが、その結果主権を巡る諍いはなくなったし、想像だにしなかった可愛い嫁まで連れてきた。しかもその姫にベッタリときている。効果で神も評価が改められた。

神と総隊長、そしてばあやの読み通り、民衆相手には強すぎる。結婚の件がもし裁判所まで持ち込まれたとすれば、その時こそこの民衆の支持がものを言うはずだ。

というところで、次は舞踏会である。波乱もなく終わればいいのだが……

様の父上が急遽お見えになったことは陛下の方でも調整を取ってくださったようです」
「そういや、ほとんど会ったことないんだよなあのふたり」
様の印象が良いですから、歓迎の意を表されているそうです」
「まあそうだな。どう考えても同類だし」

の支度が終わらないので、神と総隊長はまた厨房の片隅で温かいものを飲みつつ、コソコソ話していた。の父上はあれでも一国一城の主なので、富裕層向けという名目の舞踏会では主賓になり、例えば格付けをするなら神の父であるこの国の国王と同等の扱いをしなければならない。

総隊長の言うようにが好印象だった陛下は突然の乱入にも不快な顔をせず、急ぎ万端整えるように指示した上、ふたりでゆっくり話がしたいと言っているらしい。神の言うように非常に似た性質の国王ふたり、気が合うかもしれない。

……反対してる奴ら、どうなんだ」
「まだ動きはないようです。元々本家と分家の対立の中では我関せずで無関心を決め込み、何とか巻き込まれないようにすることだけを考えてきたような連中ですから、小賢しい手を使ってくることはないのでは。ただ先だっての裁判所まで持ち込む件は充分可能ですから、それを止めるよりは民意で翻す方が得策なのは変わらないと思います。今日改めてその手で行くしかない、しかし一番確実な方法だと確信いたしました」

総隊長の淀みない言葉に神はフッと息を吐き、しっかりと頷いた。ここで総隊長の顔が曇るようだと問題だが、彼がこのままでいいというならそれでいいのである。総隊長は神の側近で部下であるが、いつでも神の頭脳となり考え得る最善の道を示してきた。

そういう意味では、ばあやが母親なら、この総隊長は父親にも等しい存在だった。

「いいだろう。あまりの父上の滞在が延びても困る。結婚式の方は進めよう」
「かしこまりまし――
「お待たせしました」

総隊長が少し頭を下げたところでの声がしたので、ふたりは揃って顔を向けた。先日もこの国の正装をしていただったが、今日は舞踏会なので、略式だが豪華できらびやかなドレスを着ていた。宝石がきらめき、だけでなく自身が輝いているようにも見える。

「すごいな、似合うじゃないか。よく似合ってる。きれいだよ」
「そう? えへへ」
「あんまり時間なかったのに、お針子たち、頑張ったな」

神陣営専属のお針子組は結婚の妨害が発覚してからというもの、血眼になってのドレスを作り始めた。分家が倒れるまでの苦しい日々、それがようやく報われようとしているというのに、我らが主君の姫君を愚弄するとは、という気持ちを針にぶつけていた。結果、ドレスは会心の傑作である。

「あの、それでお針子さんたちにこっそり特別手当をあげたいんだけど、いい?」
「ああ、もちろん。まだ花嫁衣装も待ってるしな」

かくして数日後、男女合わせて10人のお針子組はから故郷の木工細工の針箱と金貨が贈られ、改めて主君とその嫁に忠誠を誓い、史上最高の花嫁衣装を作ってやると奮起していた。

「では行こうか、姫」
「はい、殿下」
「お父上ももうすぐ到着なされるはずです。一緒に入りましょう」

と神はしっかり頷く。今日の父親が来ていることは知られていない。吉と出るか凶と出るか、しかしなんとか有効活用してこの舞踏会も無事に乗り越えたい。踊らなければならない都合上ひらひらと軽いスカートを翻したは、また緊張を飲み込んで館を出て行った。舞踏会? いや、戦いである。

「なんて美しいんだ……!」
「宝石よりもきらきら輝いているようだ!」

どちらも一国一城の主であるふたりの父親たちである。ふたりはをそう言って褒め称え、揃って涙目になっていた。神の言うように、本当に同類だ。陛下には丁寧に礼を述べただが、父親は無視。突然やってきて国王と並んでご満悦なのがなんだか腹立つ。

「ところで宗一郎、例の件は大丈夫なのか。反対してる割にみんな来てるけど」
「あっ、父上その件は――
「反対って?」

きょとんとした国王ふたりにその子供ふたりはため息を付いて肩を落とした。まさか結婚を反対されているなんてことは知らない方がいいだろうとの父上には隠しておいたのだ。具合が悪くなっても困るし、逆に激怒されても厄介だ。だが、完全に同類の陛下の口が滑った。しかも本人はそれがマズいとは思っていない様子。

仕方ないので、「ごく一部の」王族と貴族が私欲のために無理な反対を表明している――ということを説明した。あくまでも陛下はこの結婚を歓迎しているし、法的にも問題ないし、当人たちも決意は揺るがないし、ということを強調して。が、の父上はじわじわと顔が赤くなっていく。マズい。

「一体あのひと月の間に何があったと思ってるんだ。ふたりが心を通わせ、命の危機に晒されながらもこうして手を取り合う決意を固め、宗一郎殿はそのために長い戦いを終わらせてを迎えに来たというのに」
「はい、そうです。そうですね、その通りですね、愚かなことですね」
「だからまた宗一郎と総隊長が頑張ってくれてるんだし、そんなにカッとならないで――

娘が城を出てからなぜか元気になってきた父上は顔を赤くしてギリギリと悔しがっている。それを一生懸命宥めていたと神だったが、そうこうしている間に舞踏会を始める喇叭が鳴り響いた。国王ふたりは玉座と主賓の座にかけたまま、大広間の来客は2つに割れて頭を下げる。

自分が余計なことを言ったせいでの父に火をつけてしまった、それがやっとわかった国王が青い顔で挨拶を述べ、改めて神とが2つに別れた広間の真ん中に出る。まずはふたりだけで踊るのだ。

広間の片隅では件の反対派がニヤニヤと小馬鹿にしたような顔で何やら囁き合っているようだが、甘い。の父の背後に控えていた総隊長は厳しい顔ながらも自信に満ち溢れていた。何しろは文武両道、体を動かすのは得意な姫である。この国様式の踊りはすぐに覚えた。

「さてお姫様、一勝負といきましょうか」
「せっかくの舞踏会なのに、色気がないなあ」
「そういうのはまた今度な」

そう囁きあったと神は、音楽に合わせて一歩踏み出した。途端に広間に溢れる感嘆の声、ざわめき、そして反対派の愕然とした顔。総隊長は声を上げて笑ってしまいたかった。慣れている神はもちろん、の踊りは完璧だった。武道と同じだと言って練習を重ねたの身のこなしは美しく、来客を魅了した。

お針子組渾身のドレスは柔らかな光にきらきらと輝き、しかしもう婚約中の身なので大人の色香が垣間見られるような仕立てはまさに舞踏会の華。オロオロしていた陛下と怒髪天を衝いていた父上もご満悦である。

曲が終わり、拍手喝采の中、上座まで戻ってきたふたりは父ふたりに挨拶をすると、一旦広間を出た。にこやかに平静を装っているが、気合を入れて踊りすぎたので息が上がっている。まともに話せない。総隊長が素早く退路を確保してくれたので、控えの間にさっさと逃げていく。

「つか、疲れた……
相手に踊るの疲れる」
「どういう意味よ」
「お前運動能力高いな〜。こんな元気な姫と踊るの初めてだ」

ふたりしてソファにぐったりと身を投げ出して息を整える。特には体をコルセットで締め付けているので苦しい。総隊長が持ってきてくれた水を流し込み、窓を開けて外の空気を一気に吸い込む。

「しかし大成功です。反対派はともかく、来客は皆様の踊りに魅了されていましたよ」
「それならいいんだけど……
「これで北町の住民がに傾いてくれたらいいんだけど……そんな都合よく――

いくかな? と3人が笑いかけたその時である。何やら広間の方からひときわ大きなざわめきと、人が走る音、そしてかすかに女性の悲鳴が聞こえてきた。総隊長が慌てて控えの間から顔を出すと、ビクリと体を震わせてすぐさま出て行ってしまった。と神もまた水を煽ると、慌てて駈け出し、扉を勢い良く引いた。

「ちょ、何やってんの!?」

つい王女らしからぬ声を上げてしまったは神と共に走って部屋を出た。ふたりが少し席を外した舞踏会、上座ではの父上と神の叔父が取っ組み合いの喧嘩をしていた。

「父上、落ち着いて下さい、お体に障ります!」
「叔父上おやめ下さい、陛下に何ということをなさるんですか! 立場をわきまえて下さい!」
「止めるな宗一郎、先に手を出したのはこっちだ!」

一応病弱な父上なので、こちらは神の父とのふたりで取り押さえ、叔父上の方は神と総隊長が無理やり引き剥がす。そうは言っても片や国王片や何の役職にもない王族、本来なら戦争勃発ものの無礼に当たる。

だが、ふたりは歯を剥いて唸っている。まるで小動物の喧嘩だ。

「陛下、止めてくれるな。僕は父として娘をコケにされて黙ってるわけにはいかないんだ」
「歴史が古いだの何だのと、ほら見ろ、親子ともども無教養の野蛮人ではないか!」
「初対面の相手の娘を貶す方が無教養だろうが!!!」

ふたりを止めつつ、と神は真っ青になってきた。なんとなく、自分たちの結婚がうまくいかないのはアホな大人たちのせいという気がしてきて呆れるし、これをどう収集つければいいものやら、まったく先が見えない。

そしてじわじわと離されていくふたりはまだキィキィ言い合いをしていたが、止めに叔父上が「そんな貧乏でブサイクな女が王妃なんて認めない」と言ってしまい、の父は真っ赤になって叫んだ。

「いいだろう、戦争だ!!!」