セブン・ワンダーズ [牧]

私、。最近不思議に思ってることがある。

牧、なんで最近部活終わるとマッハでコソコソ帰るんだろう。

「あ、牧お疲れー」
「おうお疲れ、また明日なー」

1年生なんかまだ着替え終わってもいないのに、牧は部室を飛び出していく。ついこの間までは後輩に色々教えてやったり、監督と個別にミーティングしたり、私とは帰る方向が一緒だから、遅くなると一緒に帰ったりもしてたんだけど、今は部活終わったら慌てて部室を飛び出していく。

「最近牧って異様に早く帰るよね」
「彼女かなんか出来たんじゃねえの?」
「にしては顔があんまり楽しそうじゃないから」
「そういやそうだな。妙に焦ってるというか……必死な感じ」

私は冷蔵庫からスポドリ取り出してガブ飲みしてる武藤と揃って首を傾げた。

「なんか家族が具合悪いとか、そういう話あった?」
「いや、この間試合の時親父さんに送ってもらったけど、そういうのはなかった」
「ははは、牧が遊んでくれなくなったから寂しいんじゃないのか」

後ろから高砂にからかわれたけど、そんなことはない……と思う、たぶん。

まあでも最寄り駅が隣だから帰り道はほぼ一緒、そのついでに寄り道したりとかそういうことはある。特に部活の後はお腹すくし、お茶して帰ることもあるし、そういう流れでテスト前になると一緒に勉強したりってことも珍しくない。というかマネージャーとしてバスケ部に入ってからずっとそんな感じだ。

だから遊んでくれないからっていうより、隠し事をされてるみたいで、そっちの方がなんかショック。何か困ってるのかもしれないし、マネージャーなんだから何でも話して欲しいのになあ、なんて思ってたら、また後ろから背中をポーンと叩かれた。やっと着替え終わった宮益だった。

「宮」
「別にわざと隠し事してるわけじゃないと思うよ」
「まあそうなんだろうけど」
「だけどちょっと寂しいよな。なんかいつも一緒にいるから余計だろ」

まあそうなんだけど、これにどう返事したらいいのか私は迷った。

「しかし何なんだろうな。困ったらに最初に言いそうなものだけど」
「困ってないなら別にそれでいいんだけどね」
「だけどなあ、あの顔……試合でも見ないよな、あんな焦った顔」

てか試合で焦る牧なんて滅多に見られない。負けてしまった試合の、更に試合終了間近でないとあんな顔出てこない。だから余計に心配なんだけどな。それでなくても予選が近いんだし、何か大変なことにならなきゃいいんだけど――

私だけじゃなくて、他の部員にも心配されてるっていうのに、牧はそれからも毎日慌てて帰っていく。何かあったのかって聞きたくても、部活中は余計なお喋りをしないし、終わったら終ったで牧は急いで帰っちゃうしで、一体牧がそんな風に焦って帰る理由が何なのか、私たちはまったくわからなかった。

だけど本当に予選は近いし、いよいよ私は気になってしまって、ある日の部活後、頑張って急いで着替えて牧を尾けてみることにした。そのことは前持って3年生には話しておいたので、この日の部室の後片付けなんかを引き受けてもらえることになった。みんな優しい。

だけでなく、もし牧がどこかへ走って行ってしまったら私の足では追いつけないっていうんで、神が自転車を使ってくれなんて言い出した。用が済んだら駅の駐輪場を使って、明日返してくれればいいなんて言ってくれた。牧って愛されてるんだなあと思ったけど、みんなも気になってるみたいだな……

だけど牧は早足で歩いて駅に向かってる。私はそのまま歩いて追いかけ始めた。これなら神もちゃんと自転車で帰れる。歩きなら、と油断してた私は、途中から牧の早足をほぼ走って追いかける羽目になった。まあ、足の長さが違うよね! あと速度も! キツい!!

牧はまっすぐ駅に向かい、普通に帰宅ルートを行く。電車に乗って、牧の最寄り駅で降りる。私の最寄り駅と隣だけど、2駅間はそれほど離れてない。だからほぼ地元のようなもの。改札を出た牧はちゃんと自宅の方の出口に向かう。それにしても速度落ちないな……私は息が上がってきてるけど……

駅を出た牧はそのまま帰り道をどんどん行く。

駅から5分くらい歩くとドラッグストアがあるんだけど牧はそこに入ってく。これは追いかけてもしょうがないから、店内には入らないで呼吸を整える。少しゆっくり買い物してくれたら私も休めるんだけどな――って思ったらもう出てきた! 早いよー!

買ったものはバッグの中に入ってるらしく、荷物は増えていない。またスタスタと歩き出す牧の尾行を再開したけど、それにしてもキツい。これがどのくらい続くのかわからないけど、同じ速度で追いかけ続けるのは無理なんじゃないかな……

今のところ牧の自宅方面に向かっている。というかそろそろ牧の家に着いちゃう。やっぱり家族が具合悪いとかそういうのだったのかなと思い始めていた、その時。牧は急に道を反れて小走りになった。ちょ、走るのは勘弁して、絶対追いつけないから! ていうかもうハァハァ言いそうで尾行バレそう!

口呼吸したらバレると思ったから、ずっと口は閉じてた。そのせいでえっらい苦しい。そんな私の目の前で牧は小走りのまま公園に入っていった。なんというか普通の、児童公園。こんなところに何かあるの……? やっぱりデートとかそんなんじゃないのかな。

だけどそういう考えに行き着いた途端、なんだか悲しくなってきた。いやいや、別に牧に彼女がいたっておかしくないけど、私がそれをどうこう言うのはおかしいでしょ。部活帰りに遊んだりできなくなるのは寂しいけど、それはしょうがない。しょうがないんだよね。

私はなんだか急にがっくり来てしまって、気を付けないと泣いちゃうんじゃないかって気がしていた。

あれっ、何これ、私、牧に彼女いるかもってだけでこんなにショックなんだ。それって――

そうやって児童公園の入り口でひとりぐちゃぐちゃになってたら、公園の中のガゼボみたいなところに牧が駆け込んで、そのままがっくりと膝をついた。まさか具合が悪くなったのかと思って、こっそり尾行してたことも忘れた私はダッシュで公園を駆け抜けた。

牧がむっくりと立ち上がる。私は慌てて足を止める。だけどその音で気付いた牧が振り返る。

!? ここで何やって――

牧の胸には、なんと小さな猫が抱かれていた。嘘ぉ……

「野良猫みたいなんだ」
「それをここで飼ってたの?」
「連れて帰りたいけど、うち、母親が猫アレルギーなんだよ」

野良猫公園でこっそり飼うとか、小学生か。私は笑いたいのを我慢し続けてる。ていうか神奈川で1番上手いバスケット選手のはずの牧が、公園で子猫抱っこして若干赤ちゃん言葉とか笑うしかないんだけど。これはこれでツラい!

私はガゼボの椅子に座って、猫の面倒見てる牧をぼんやりと眺めてた。変な光景だ。

「1匹だけ?」
「元は向こうの道の側溝の蓋が外れてて、そこに落ちてたんだ。親猫も探したんだけど」
「はぐれちゃったのかな。もう10日くらいになる?」

妙に必死な顔でダッシュで帰っていくようになったのがその頃だ。

「だけどこのままってわけにもいかないでしょ。里親探さなきゃ」
……ああ、そうだな」

猫は生まれたてというほどでもない。というかうちにも猫がいるけど、うちの子の飼い始めの頃と比べると、2ヶ月過ぎたかな、というくらいな気がする。牧は子猫用のウェットフードを買って来ていて、それを食べ終えた猫の口元をウェットティッシュで丁寧に拭いている。だからドラッグストアだったわけね。

「早く言えばよかったのに。まだ部員多いし、みんなに聞けば早く見つかるかもしれないよ」
……ああ、そうだな」

何だこの生返事。あれっ、まさかもしかして――

「牧、この子の名前は?」
「タイガー」

牧はしまったという顔で私の方を向いたけど、もう遅い。てか確かに茶トラだけどさ、こんなちっこいピーピー言ってる子にタイガーって。情が移っちゃったわけね……

「いやあの、それはな」
「気持ちはわかるけど、このままここで飼うのは無理だよ」
「そ、そうなんだけど」
「病院も行ってないんじゃないの。そろそろワクチンの時期だろうし、ちゃんと打たないと」

もし私の見立てが正しくて、この子が2ヶ月過ぎくらいだとしたら、最初のワクチン接種時期としてはぴったりだ。それに、野良猫だったんだし、今は元気みたいだけど一度ちゃんと診せた方がいい。だけど、自宅に連れて帰れない牧にはどうすることも出来ない。バイトもしてないのにそんなお金あるわけないしね。

「ねえ、一緒にいたい気持ちはわかるけど、その子のためにもさ」
「あ、ああ、そうだよな。すまん」
「私も手伝うから、ちゃんとこの子を飼ってくれる人探そ?」
……てかワクチンの時期とかずいぶん詳しいな。飼ったことあるのか?」
「あるっていうか、今も飼ってるけど」

私も言ってからしまったという顔になってたはずだ。牧がやたらときらきらした目で私を見ている。マズい。

「も、もう一匹どうだ」
「いやちょっと待って、確かに1匹飼ってるけど私が勝手に増やすわけには」
「1匹も2匹もそんなに変わらないだろ」
「変わるよ! それこそワクチンいくらすると思ってんの!」
「そこはオレも手伝うから!」
「何言ってんの落ち着いて!!!」

私だって部活漬けでバイトなんかしてないし、独断で猫連れて帰れるわけないじゃん! だけど、牧は手のひらの中でポヤンとしてる子猫を私の目の前に突き出してくる。やめろ、そういう情に訴えるのは卑怯だ、猫飼いが子猫可愛くないわけがないじゃないか!

「ピャー」
「ピャーとか言わないでえ!」
「ほら可愛いだろ、大人しくていい子だぞ。野良猫だけど顔もかっこいいし」
「ちょ、やめ、抱っこはダメ!!!」

ホールドアップして逃げていた私の手を牧が掴んで無理矢理タイガーを抱かせてくる。あっはあ、暖かい! 柔らかい! ウチの子のちっちゃい頃思い出す助けて!!!

んところにいたらオレも会いにいけるし、様子もいつでも聞けるし」
「ううう、自分の欲を優先したな……! あーん可愛いよー」

私の手の中でちっちゃいタイガーはまたピャーと鳴いた。ううう、どうしよう。牧じゃないけど、いきなりこれ連れて帰って怒られるのは私だ。ていうかウチの梅さん(5歳メス・キジシロ)がどんな反応するか! だけどこの子と離れたくないっていう牧の気持ちもわかる。

「じゃあ、これからウチまで来て」
「えっ」
「で、ウチの親に事情話して」
「オレが!?」
「そう。それが無理だったら諦めて。この子は私が預かって明日みんなに話す」

本気でこの子と離れたくなかったら、そのくらい出来るはずだ。猫飼いとしても、人間のエゴでこんな公園飼いなんて認められないし、この子の為を思うならちゃんと里親を探すべきだ。意地悪に聞こえてしまうかなと思いながら言ってみたけど、少し置いて牧は大きく頷いた。え、マジか。

「わかった。今から行こう」
「え、ほんとに?」
「ああ、オレがちゃんと話す」

……そういやこの人海南の主将だったな。覚悟が決まればやる人だ。