セブン・ワンダーズ [木暮]

私、。最近不思議に思ってることがある。

最近木暮が変なビルにコソコソ入っていくのを見ちゃったんだけど、あんな所で何してるんだろう。

そりゃ木暮はずーっと一貫して真面目だし、人が減ってくばかりのバスケ部で部長の赤木と一緒にコツコツと努力してきたような人だから、いかがわしそうなビルにコソコソ入っていったからって、木暮自身が悪いことしてるんじゃないか、とは思わない。

むしろ逆。まさか悪いことに巻き込まれてるんじゃないだろうなって。世間知らずに見えるわけじゃないけど、それこそ毎日のように部活で3年間通してきた人だから、遊び慣れてないだろうし、騙されて変なことに足突っ込んでたらどうしよう。

ていうかそもそも木暮は受験のはずで、夏休みも半分部活で潰しちゃったんだから、ボンヤリしてる暇ないんじゃないの。それほど難関狙いなわけじゃないなんて笑ってたけど、だからって。

だけど木暮がコソコソ入っていったビルは本当に怪しくて、後を追いかけて入っていく勇気はなかった。古くてボロくて、1階には何をしてるところなのかわからないような、社名だけがポツンと掲げられてる会社が入ってるし、ビルの1番大きな看板はキャバクラだ。

バッグを抱えてコソコソ入ってく木暮は制服のままだったし、まさかキャバクラに入って行くわけはない。けど、でなかったらこんないかがわしいビル、一体何の用があるっていうんだろう。

私はこのビルの前を通った先にある駐輪場を借りてるから、学校帰りはいつもここを通るけど、確か木暮は2つくらい離れた駅だったはずだ。

ぼーっとそんなことを考えてた私の視界に、キャバクラ関係の方としか思えないような派手なお姉さんが現れて、ビルに入っていく。お姉さんは今にもパンツ見えそうなミニスカで、風に乗って濃厚な香水の匂いが漂ってくる。――もしかして、ああいう人と付き合ってるのかな。

そんな発想に至ったところで、私は驚いて早足で歩き始めた。ものすごくがっかりしたからだ。

別にああいうお姉さんと付き合ってるって決まったわけじゃないのに、木暮に彼女いるかもと思った瞬間にがっかりが来た。うーん、そういうことだったのかな。完全なる真面目くんだと思ってた木暮が怪しそうなビルに入っていって、キャバ嬢みたいなお姉さんと付き合ってるかもっていうことじゃなくて?

私は早足で駐輪場に駆け込んで、自転車を引っ張りだすと全速力で帰った。だけど考えれば考えるほど私のがっかりは増すし、それは真面目くんだったからじゃなくて、たぶん木暮だったからっていうことで間違いないと思う。それをどこか他人事みたいに、なるほどなー、なんて考えてた。

そのくせ、翌日顔を合わせた瞬間にまたがっかりが来て、素っ気ない態度を取ってしまった。木暮はちょっと疲れてるみたいで、それが頭の中で「キャバ嬢と遊んでたからじゃないの」なんていう考えすぎ、そして勝手な思い込みに変換されたせいで、自分自身にもがっかりした。

例えば「同じクラスの男の子が好き」っていう場合、ドキドキしたりキュンキュンしたり、そういうのが普通なんだろうけど、そういうのはなぜかなくて。ただ気付いたら私の中に「木暮の場所」っていうものが出来てて、その中には怪しげなビルやキャバ嬢なんかいなかったから、それが居心地悪いみたい。

だからまた木暮が怪しげなビルに入っていくところを見てしまった時、私はほぼ無意識でその後を追いかけていた。木暮が消えた階段に小走りで近付いて行って、そっと覗き込む。木暮は2階を通り過ぎてまだ階段を登ってる。なんで古いビルの階段て変なグリーンのマーブル模様なんだろう……

木暮は3階まで上がって階段を折れていった。それを確かめてから階段の入り口あたりにびっしりくっついてるポストを見てみた。3階は3つ。加藤企画、オフィス高木、SilverGlass……これだけじゃわかんないよ。

別に木暮がここで何をしてても、私には関係ないことだし、例え怪しいビルで怪しいことしていたんだとしても、犯罪でもしてない限り、わたしはそれをどうすることもできない。クラスが同じなだけで、友達って言うほど友達でもない気がするし。

――ただ、この強烈な「がっかり」を抱えたままでいるのは苦しかった。

私はバッグを胸に抱えると、音を立てないようにしながら階段を駆け上がった。

3階まで登りきり、フロアに顔を突っ込む。フロアは3面にドアが3つ。一番手前は加藤企画。茶色の鉄のドアにプレートが掛かってるだけ。一番奥はオフィス高木。インターホンに直に書いてある。そして加藤企画の正面にあるのがSilverGlassらしい。

SilverGlassはドアの横に黒板が立てかけてあって、枠がぐるりと樹の枝とか蔓とかで囲われていて、チョークで何か書いてある。ちょっと細かくて読めないなと思って首を伸ばしたその時、SilverGlassのドアがギィッと開いたもんだから、私は慌てて階段を登って4階方向に逃げた。

女の人の楽しそうな声が聞こえて、しばらくするとふたり連れのお姉さんがフロアから出てきて階段を降りていった。顔が見えないけど、たぶん20代とか30代とかそのくらいで、誰かを心配しているというようなことを話しながら外へ出て行った。なんなの、わけわかんない。

それが過ぎると静かになったから、私はまたフロアを覗きこむ。誰もいない。コソコソと忍び足でSilverGlassの前まで行ってみる。ここは看板が出てるから何をしてるところかわかりそうだし、普通のお姉さんが出てきたくらいだから、怪しいところでもなさそう。なんだろう、お教室とかかな――

「執事喫茶 SilverGlass

その時の衝撃をどう言ったらわかってもらえるかな。こんな普通の街の普通の駅前にそんな店があることも驚くし、その上私は一瞬で「あ、木暮ここにいるな」って思って、ポカンとしてた。で、そのポカンとした私の目の前でドアが開いて、木暮が出てきた時の衝撃は、悲鳴を上げるくらいでしか表現できない。

――うわ、!?」

木暮も一瞬で真っ青な顔になってるけど、それは私も同じだったろうと思う。お互いを見つめ合ったまま黙って血の気が引いてたのは、たぶん1秒くらいだったはずだけど、なんかもう1時間くらいそうしてたような感じだった。私は冷や汗までかいてた。

「公、じゃなくてセドリック何してんの」
「わ、ちょ、それは!」

木暮の後ろからきれいなお兄さんがひょいと顔を出して、やっぱりポカンとしたあと、にやーっと笑った。

「制服、湘北じゃん。彼女?」
「いえ違います、これはその」
「入ってもらえばいいじゃん、ミサコさんいないんだし」
「だけどこれ郵便局に」
「オレが行ってくるからいいよそんなの。さあお嬢様、お帰りなさいませ」

きれいなお兄さんは木暮を押しのけ、私の手を引いて店の中に引き入れてしまった。上手く足が動かなくて蹴躓きながら顔を上げると、そこは外国だった――

不思議の国のアリスだってこんなに驚かなかったに違いない。私はまだ冷や汗が引かないまま、レジに一番近い席に座らされて俯いてた。床は臙脂の絨毯、窓には重そうな深緑のカーテン金のタッセル付き、テーブルも椅子も全部猫足で、椅子は全部ゴブラン織りみたいな布張り、天井にはシャンデリア。

そして湘北の制服の私は、ザ・場違い。

店内はテーブル席が4つあって、それぞれが家具とか花で適度に仕切られてて、そこに座ってるのは全員オトナのお姉さんだ。しかも髪から服からアクセサリーから全て高そうな、そういうお姉さんたち。なんとなく痛い視線を感じるような気がするけど、気のせいかな。気のせいじゃない気がする。

しばらくすると、私は小さな声で「」って超高速で名前を連呼されて、顔を上げたら木暮がすぐ脇に立ってて、レジのテーブルの後ろを指さしていた。そこに来いって言ってるみたいだったから、無言で頷いて静かに歩いて行く。木暮がカーテンをめくるとドアがあって、その中に入るように促された。

外国にテレポートしてしまったかと思ってたけど、ドアの向こうは完全なる「バックヤード」で、私はハーッと息を吐いた。灰色のロッカーが愛しい。後から入ってきた木暮もハーッと肩で息をしてる。


「は、はい」
「すまん、このことは内密に頼む!!!」

怒られちゃうんじゃないかって思ってビクついてた私の目の前で、木暮は手を合わせてがばりと勢いよく頭を下げた。その合わせた手には白い手袋で、ほとんど黒に近いグレーのベスト、ネクタイ、ポケットには懐中時計。それを木暮が。灰色のロッカーのおかげで我に返った私はちょっと可笑しくなってきた。

「ここでバイトしてるの?」
「そうじゃないんだ、ここ、叔母の店なんだ」
「お、叔母さん……
「いつもここで働いてる人が急病で入院しちゃって、人手が足りなくてどうしてもって言われて」

木暮は目を合わせようとしないで超高速でまくし立ててる。まあ、恥ずかしいか……

「自分でやりたくてやってるわけじゃないし、その、あんまり言いふらさないでもらえないかな……
「いや私言いふらそうと思ってないって……
「えっ、そ、そうだよな、すまん」

気が抜けたのか、また木暮は肩で息をして、顔だけなら教室で見慣れてるものと同じになってきた。

「あのさ、セドリックって……
「それは!!!」

突っついたらいけないところだったか。木暮は慌てて手を上げたり下げたりしている。てかこんなに落ち着かない木暮初めて見たよ。だいたいいつもゆったり構えてて、バスケ部のことでもフォローばっかりしてる感じなのに。こんな風に照れたり慌てたりするんだね。まあ、当たり前なんだけど。

「ごめん、つい気になっちゃって」
「いやが悪いわけじゃないだろ、これはその、源氏名とかいうやつで」
「みんなそういう名前を付けられてるの?」
「そ、そう! 別に自分で考えたわけじゃなくて、叔母さんの候補の中からみんなが選んで」

じゃあさっきのきれいなお兄さんもそういう名前が付いてるってことか。

「さっきの人は?」
「あの人はユリシーズさん」
「へえー」
「他にはアーネストさんとロイドさんがいて、1番人気のアーネストさんが急病で」

言いながら木暮はしょんぼりした顔になっていく。アーネストさんが急病さえ起こさなかったらこんなことにはならなかったのに、って顔に出てる。そりゃそうだよね、受験なんだもん。いや、てか受験でしょ!? いくら急病だからって受験生担ぎ出すなんてどういう神経してるの。

「平気なの、予備校とか」
「それはもちろん。予備校がなくてもここは19時までっていう約束だし」

なんとなく納得出来ないけど、元々木暮と赤木のバスケ部コンビは自己管理の鬼だって話だし、そういうところ要領よくやっちゃうのかもしれない。心配、いらなかったな。執事風の木暮、ちょっとかっこいいし、私は少し得しちゃったかもしれない。――なんて思ってたら。

「お、まだいたのか。セドリック、もう17時だしこっちでお茶出してやりなよ」
「へえ、ほんとだ。湘北の制服とか懐かしいな」
「あれお前湘北だっけ?」
「いや、高2ん時の彼女が湘北だった」

突然お兄さんがふたり顔を突っ込んできてベラベラ喋りだした。私と木暮はちょっと固まってオロオロしてる。ひとりはさっきのお兄さんだ。ええと、ユリシーズさん。だからもうひとりはロイドさんてことになる。けど、執事喫茶の執事さんにしてはなんか軽い。

「木暮、私帰るからいいよ」
「そ、そうか、わかっ――
「何渡りに船みたいな顔してんだ、お茶くらい飲んでいけばいいのに」
「17時から18時半までは閉店だから誰もいないよ、おいでおいで」

ホッとしてたセドリ――木暮は押しのけられてしまって、私はユリシーズさんとロイドさんに連れられてバックヤードを出る。ドアを開け、カーテンをめくるとまた外国だ。

「さあお嬢様、こちらにおかけなさい。荷物はこちらに置きましょうね」
「今日の授業はいかがでしたか。紅茶は何にしましょうか、スコーンは? それともサンドウィッチ?」

ふたりは完全に面白がっている。普段からこんな接客なわけないでしょ……。その向こうで木暮が泣きそうな顔してるし、こういうの板挟みっていうんじゃないのかな。だけどロイドさんはメニューをぐいぐい突き出してくるし、ユリシーズさんは私の脇で跪いておしぼり出してくるし、どうしたらいいの。

「あの、私お金ないです」
「お金? お嬢様は自宅で食事するのにお金払うんですか」
「お嬢様は黙ってお茶選びなさい」
「なんだそのドS執事はよ」

お兄さんふたりはゲラゲラ笑ってる。セドリック助けてよ!!!

ほんとごめん、平気ならお茶だけでも……
「だけどほんとにお金ないんだって!」
「それはいいから」

泣きそうな顔してた木暮だけど、今は頼れる元バスケ部副部長の顔してるもんだから、私はつい頷いてメニューを手に取った。というかユリシーズさんじゃないけど、本当にメニューには料金が書いてない。だけどだからってタダでお茶や食べ物が出てくるわけじゃない。

「じゃあ、これ、アールグレイを」
「お茶だけでよろしいのですか?」
「お、お腹減ってません!」

またふたりはヘラヘラ笑いながら別のドアの向こうへ消えていった。それを確認すると、木暮が疲れきった顔をして向かいの椅子にどさりと崩れ落ちる。だから疲れてたのか……

「メニューに値段なかったけど……アールグレイでよかったかな」
「ああ、うん、なんでもいいよ」
「必要なら後でちゃんと払うからね」
「いや、大丈夫」

げんなりする気持ちはわかるけど、それは私も同じなのにな。そりゃ追いかけて来ちゃった私も悪いのかもしれないけど、心配してのことだし、別に店の中に入るつもりなんかなかった。看板見てここが何なのかわかればそれでよかっただけなのに。だからその生返事はちょっとどうなの。ねえ、

「セドリック」
「ちょ、それやめてくれ!」
「大丈夫? 顔色悪いよ」
……ごめん、疲れてて。てか、ここに来るつもりだったのか?」
「ううん、そういうわけじゃなくて」

嘘ついてもしょうがないし、私は正直に木暮がこのビルの中にコソコソ入っていくのが見えたから、心配になって追いかけたんだってことを話した。木暮は肩を落として「そっか」って言ったきり黙っちゃった。うーん、これはやってしまったのかもしれない。怒らせちゃったのかも。

一応、だけど入るつもりはなくて、確かめようとしただけだったんだと付け加えたところで、お兄さんふたりが戻ってきた。と思ったら頼んだのは紅茶だけのはずなのに、サンドウィッチが大量に出てきた。何事!?

「17時から18時半まで閉店なのは休憩と夜営業の準備だからね。これはオレらも食べるの」
「てかふたり揃って何をそんな腐りきった顔してんだ」
「セドリック、お嬢様ビビっちゃってんじゃん。その顔やめろよ」
「いやあの私別にその……

木暮の隣に座ったロイドさんは私を遮って木暮の背中をビシッと叩く。

「仕事関係ねえぞ。怖い顔して女の子ビビらせるなんてな小せえ男のやることだかんな」
「ところでお嬢様は何ちゃん?」
「え!? わた、私その、執事喫茶に来ようとしていたわけでは」
「だろうねその制服じゃ。で、名前は?」

ロイドさんはワイルド系で、ユリシーズさんはちょっとチャラい。私がぼそぼそと名乗ると、ふたりは普通に本名を名乗り返してきた。日本人だった。いや当たり前なんだけど。だけどなんか刷り込みっていうか、ふたりとも完全なる日本人て顔してるけど、私にはもうユリシーズさんとロイドさんとしか見えない。

だからちょっと可哀想なんだけど、木暮も半分くらいセドリックになっちゃってる。

ロイドさんに突付かれたセド、じゃなくて木暮は一応背を真っすぐ伸ばして咳払いをしたけど、まだ顔が固い。ユリシーズさんとロイドさんはバクバクとサンドウィッチ食べてるけど、木暮は手を伸ばそうともしない。

「てか今日ほんとにミサコさん帰ってくんの?」
「来ないかもな。まあいいんじゃねえの、予約2件しか入ってないし」
「アーネストさんどうなん、具合」
「え、いやオレは聞いてないです」
「そーなん、アーネストさんに死なれるとここ潰れるから困るんだけどなあ」
「そ、そんな縁起でもない……

そして話についていけない。アーネストさんはそんなに重病なのか。

「おおそうだ、だから今日は夜の準備終わったら帰っていいよ」
「え。叔母さん言ってました?」
「いや、言ってないけど、19時と20時に予約入ってるだけだし、平気だから」
「だけど勝手に帰ったら……
「お前はほんとに鈍いな、ちゃん送ってってやれっつってんだよ」

ロイドさんの言葉に私は危うくアールグレイを吹き出すところだった。なんでそんなことになってんだ。

「そんな、平気です、ここ地元駅だし、自転車だし」
「えー、そんな遠慮することないのに! アフターだと思えばいいじゃん」
「あふたー?」
「ユリシーズさん、うちはアフター禁止です」
「客じゃないじゃん」

アフターの意味がわからない私にユリシーズさんが説明してくれたけど、なんで執事喫茶なのにキャバクラみたいなことになってんだ。というかそもそも長居するつもりなんかなかったんだよ。木暮があんまりげっそりしてるから可哀想になってきたし、本当にもう帰らないと。

「あの、ごちそうさまでした。本当にひとりで帰れますから、ありがとうございました」
「マジか。またおいでよ、公延の友達ならミサコさんも割引してくれるよ」
「是非ご指名はユリシーズで」
「ふざけんな、ちゃん、ロイド一択で!」

お兄さんふたりがヘラヘラ笑ってそんなこと言ってるけど、私は愛想笑いで席を立った。タダお茶は心苦しいけど、明日学校で木暮に直接払ってもいいわけだし。と思ってたら、その木暮が勢いよく立ち上がった。

「いや、、送ってくよ、待ってて」

そう言ってバックヤードに入っちゃった。いや、いいって言ってんのに……

ちゃん、本当に彼女じゃないの」
「はい、違います」
「だけど追いかけてきたんでしょ」
「普段……真面目すぎるくらいの人なので、怪しいビルで何やってんだろうと思ってしまって」

ユリシーズさんがフッと吹き出しつつ、私を見上げる。

「確かに疲れてるみたいだけど、体力的な問題じゃなくて気持ちの方みたいなんだよね」
「木暮――くんがですか」
「送ってくって言ってるし、ちゃんが嫌じゃなかったら優しくしてあげて」

優しくって……。ユリシーズさんはにこにこしてるけど、私が優しくしたところで何も変わらないんじゃないかな。ていうか木暮の疲労を加速させたのは私なんじゃないのかな……。いまさら後悔しても遅いけど、まあそういう意味でなら申し訳ないと思ってるから、優しくと言うか、気遣うくらいならできると思う。

部活で慣れてるからか、木暮はすごい速さで着替えて出てきた。あ、いつもの木暮だ。

「じゃあお先に失礼します」
「おう、またなー。ちゃんもまたね」
「ごちそうさまでした」

お兄さんふたりの隠し切れないニヤニヤ顔に見送られながら、私たちはビルを出た。