セブン・ワンダーズ [藤真]

私、。最近不思議に思ってることがある。

こいつ、なんでいつもここで弁当食べてるんだろう。

「まあ、必ずしも豊玉がインターハイに出られるとは限らないわけだし、リベンジが目的じゃないし」
「豊玉……ああ、例の」
「今年大阪は大え……別のとこが強いって話だしな。あ、その玉子焼きひとつくれ」
「やだ」

ここは我が英会話部の部室、そして私の目の前で弁当がつがつ食べてるのは藤真健司バスケ部部長。

まあその、英会話部とは名ばかりで、この翔陽高校における帰宅部の代名詞、それが英会話部。高校にしては珍しく部活動参加必須である翔陽だけど、もちろん高校生にもなると興味ないとかバイトしたいとかで、部活なんかやらない人も多いでしょ。その掃き溜めが英会話部。

で、私は一応その部長。他の部員はそんな面倒なこと嫌だって言って、引き受けると言った私に感謝してくれたくらいだけど、私だって善意でこんなこと引き受けたわけじゃない。ひとつには推薦のため。希望してる進路が文系なのでちょっとでも得になるかなと。

もうひとつは、部長を引き受けると、この部室の鍵がもらえる。だから使い放題。

なので毎日昼はここでのんびりしたり、友達と放課後ここに篭って喋ったり、親しい友達カップルに賄賂もらって貸したりとか、部長になって以来、それはまあ便利に使ってた。

それが藤真にバレたのは2週間くらい前だっただろうか。3年間同じクラスで若干腐れ縁みたいになってきた藤真は、部室使い放題なんだって? とニヤニヤしながら声をかけてきて、その翌日の昼には弁当持参で乗り込んできた。以来、なぜか毎日のようにここで昼を食べてる。

「ケチ。じゃあそっちのナゲットでいい」
「それもやだ。はい、これあげる」
「パセリなんかいらねーよ。それ、食べたくないだけだろ。好き嫌いするなよ」

ところでこの藤真、翔陽にはスカウトの末にスポーツ推薦で入ってきて、1年からバスケ部のエースで、3年生になった現在は部長で主将で監督という翔陽内でも特に目立つ人物である。その上、顔が可愛いというかきれいというか、非常に整っているものだから、とにかくモテる。

それがヘラヘラとこうやって居座るようになって以来、ここには人が来なくなってしまった。校内一モテるバスケ部部長がいるんだから逆に人が増えそうなものだけど、藤真の場合色々突き抜けてるというか、隙がないもんだから、女子は特に遠慮しがちになる。この通り、遠慮するようなやつじゃないんだけどね。

「こんなちっこいパセリひとつ食べなくたって何も変わらないよ」
「そんなこと言ってると大きくなれないぞ」
「もう大きくなる必要ないから。てか大きくなる必要があるのはあんたでしょ」

けど、別に藤真も小さいってわけじゃない。充分背が高い。だけど今年のバスケ部の中では高くない。何しろ巨大なのが4人もいるから、その中にいると小さく見える。藤真は手にした箸をチッチッと振ってみせる。

「別に大きければいいってもんじゃない。高さだけに頼ると技術が疎かになるからな」
「ふーん。まあどうでもいいけど」
「どうでもいいとか言うな」
「だってどうでもいいもん」
「よくないだろ、自分の学校のチームの話だぞ」

そういう意味でなら応援したい気持ちはもちろんある。けど、それとこれとは別だ。藤真はほぼ毎日ここで弁当食べつつ、この私にとって「どうでもいい」話をベラベラとしたあげく、だいたい大あくびをしてソファの上で昼寝までしていく。私の私物状態だった部室は、日々藤真に侵略されつつある。

ウザい。なんで私がこいつの話聞いてあげなきゃいけないの。

それなら部室でお昼を食べるのをやめたらいいんだろうけど、これでも一応「部活で部室を使うために鍵を預かっている」ので、開かずの部室には出来ないし、開けないでいると、藤真が開けろとうるさい。いやあんたも部長で部室は使えるでしょうが……

と毎回思ってるのに、ついつい付き合ってしまっている私も何なんだろうとは思うけどさ。

、何かお菓子とかないのか。ちょっと足りない」
「あるわけないでしょ。てか足りないなら買ってくればいいじゃん」
……それは面倒臭い」
「じゃあ知らない」

翔陽の購買は品揃えが豊富だし、県立なんかではありがちな、売れ残りを出さないために仕入れが少なくて争奪戦になる、ということもない。だから弁当だけで足りないならパンかなんか買ってくればいいだけの話だ。それだってここからは遠くないし、まだ昼休みは残ってる。

「足りなくなるなら多めに持ってくればいいのに」
「今日体育があったの忘れててさ。てか体育あったのによくそれで足りるな」
「私は朝練もしないし体育で我を忘れたりもしないからね」

本日3限の体育、男子も女子もサッカーだった。藤真は同じクラスのサッカー部の子に張り合って夢中になり、途中で派手に転倒、やっぱり同じクラスのバスケ部の子にすっごい怒られてた。そりゃそうだよね、これから予選なのに部長で監督でエースが怪我なんかしたら全部台無しだ。やっぱりバカだなこいつ……

「我を忘れるって何だよ。オレは王蟲か。勝負に全力になって何が悪い」
「悪いなんて言ってないじゃん。だから昼はこれで足りるんだって話」
「あー、なんか足りない。眠い」
「聞けよ」

藤真は弁当を片付けると、またソファにごろりとひっくり返った。

「また昼寝? 自分とこの部室ですればいいのに」
「生憎バスケ部は3学年で100人以上、朝も昼もうるさくて寝られない」
「それ以前に寝るな」

ジャケットを脱いでソファの背に投げ出し、藤真はシャツの襟元のボタンを外してあくびをしている。イケメンで通っている藤真がこんな様子なので、特に大人しい子なんかは本当に逃げ出す。

ここで藤真を置いて出て行くのは簡単だ。だけどそうしたら昼休みが終わる頃に戻ってきて鍵を閉めなきゃならないし、部員でもない藤真がぐうすか寝ているのが先生にバレたら、私の部室私物化ライフが終わってしまう。解決法としては藤真が来なくなるのが一番早いんだけど、どうしたら上手に断れるんだろう。

まあそんなことはしないと思うけど、もし二度と来るなと叩き出したとして、藤真がそのことでへそ曲げて方々で私のことを罵倒したとする。私と藤真じゃ、藤真の方を信用する人の方が圧倒的に多い。何しろ色んな意味で藤真は「1番」の人だ。あ、成績以外は。

「てか中間目の前だけど寝てて平気なん?」
「平気なわけないだろ。バスケ部3年は基本的に勉強は花形頼み」
「自信満々で言うことか」

一応強豪校のキャプテンなわけだから、下から数えた方が早いとかいうわけではない。けど、本人が言うように決して良くもない。文武両道の針が振り切れてる副部長・花形がいなかったら今年のバスケ部はもっと悲惨なことになってたんだろう。

じゃなくて。

「だったらこんなところでだらだら寝てないで花形んとこ行ってくればいいのに」
……だから眠いんだって」
「まあ別に藤真が追試になって部活する時間削られたって私はどうでもいいけどね」
「お前はほんとに意地悪だよな」

部外者を居座らせてやって、昼寝までさせて、それでこの言われよう。そろそろ怒ってもいいよね。

「だったら出てってよ! 昼寝したいなら保健室でも行けば!?」
「なんだよ、急にキレんなよ」
「何度も言ってるけど、ここは帰宅部の憩いの場! バスケ部はバスケ部の部室使って!」

よろよろと立ち上がった藤真に、私はジャケットを投げつける。

「だいたい何で毎日のようにここでお昼食べてんの。あんたの部屋じゃないんだから! あと足りなかったらさっさと購買行って! 昼寝は教室とか部室とか保健室でやって! 」

言いながら、私は藤真の弁当やら携帯やらをその手に押し付け、部室を追い出した。

これで普通の友達みたいに接することは出来なくなっちゃうかもしれないけど、それはもういい。元々藤真は色んな意味で「トップ・オブ・翔陽」なのだし、私はその他大勢のひとりで、帰宅部のエースではあるけど、穏やかに高校生活を全うしたいのだ。

藤真はずっと派手な道を行けばいい。私はそういう道は歩きにくいから。

…………どういう神経してるの」
「そんな激弱メンタルで選手兼監督が務まると思うなよ」

翌日の昼、藤真は何事もなかったかのようにやってきて、弁当を食べ始めた。信じられない。

「じゃあ食べたら帰ってよ」
「誰か来るのか」
「あんたが来るようになってから誰も来なくなっちゃったんだけど」
「じゃあ結局誰も来ないんじゃん」

また私の弁当に箸をつけようとした藤真の手をぴしゃりと叩き落とす。

今日はさすがに来ないだろうと思ってた。だから購買に寄ってお菓子買ったりして、のんびり部室に来たら、部室の前でこいつが待ってたというわけ。で、友達からは「藤真がいたから教室帰るわー」と連絡が来た。ええと、私、藤真のせいで友達がいなくなりそう。

「ここ、気楽なんだよなー。どうせ部長はお前だし」
「いい迷惑なんだけど」
「お前な、人の好意はありがたく受け取るもんだぞ」
「ありがた迷惑って言葉知ってる?」

私はもう不機嫌だって顔を隠しもしないで返事してるんだけど、藤真はずーっとへらへら笑ってて、まったく効いてない。なるほど、これがメンタル強いってことか。面倒だなほんとに……

しかもさっさと弁当を食べ終わった藤真はまたソファにどかりと腰を下ろしてあくびをしている。

「昼練とかしないの?」
「ていうけどさ、飯食ってすぐ運動もあんまりよくないだろ。だから昼練は各自自由」
「だけど3年で部長なら部室自由にできるでしょ」
「そりゃそうだ。だけど今は花形が勉強教えてるから」
「いやそれあんたも行きなよ、何こんなところであくびしてんの」

私は席を立って、テーブルの上に置きっぱなしだった藤真の弁当と携帯をぽいぽいと放り投げた。が、それを膝と腹で受け止めた藤真はひょいと手を伸ばして私の制服の袖をつまむ。

「何でここにいたらダメなんだ」
「逆じゃない? だいたい、なんでここにいる必要があんの」
と一緒にいたいから」

はい?

「バカじゃないの、私と一緒にいても中間の成績は上がらないんだから、さっさと――
「そういう意味じゃないんだけど」
「じゃあどういう意味よ?」
「オレがのこと好きっていう発想にはどうしてもならないわけね」
「ハァ!?」

そういう発想をしろという方が無理が――はい?

「な、またそんなふざけて、別に私そんなことで舞い上がったりしな――
「ふざけてないけど」
「いや、なんでよ。あんただったら他にいくらでも女の子いるじゃん」

この3年間、藤真狙いだった女子は腐るほどいる。成否のほどは知らないけど、とにかくみんな藤真が好きだった。これも直接聞いてはいないけど、そういう女子の中からよさそうなのと付き合ってるもんだとばっかり思ってたんだけど――

「いるから何」
「別に私じゃなくたっていいじゃん」
「やだ」
「だから何で」
「だってお前、オレのことどうでもいいだろ」
「まーな」
「だから好き」
「ハァ!?」

理由になってない! あんまり藤真がアホなこと言うから私はまた声がひっくり返って、その隙に藤真は私の手首を引っ張って、不意打ちを食らった私はソファに座る藤真の膝に倒れこんだ。

「ちょ、待ってそれ好きとかいう話じゃ――
「なんていうかさ、オレって『追いかけるタイプ』なんだよな」
「何の話だ」
「最初っから尻尾振って来られると何か無理。だけどお前はちっともこっち向いてくれないから」

するりと背中を撫でられた私は腕を突っ張って逃れようとした。けど、藤真は離してくれない。

「それ、好きじゃないじゃん、ただ単に陥落させたいだけで、そんなの好きじゃないじゃん」
「そうか? ……一緒にいたい、くっついていたいって、そういうのって、好きじゃないのか」
「ふ、振り向かせたいだけなんでしょ! 振り向いたらもうどうでもいいんでしょ!」
「そんなこと言ってないだろ、失礼だな。こんなに好きなのに」

藤真の指が頬に触れたので、私は転がり落ちるようにして逃げた。

「わか、わかったわかった、わかったからもう帰りなよ」
「しょうがねーな。そんなにパニック起こすなよ」
「てか何その自信、私があんたのこと好きになるって決まったわけじゃ」
「そりゃそうだ。だから毎日来てるんじゃないか」

そのために毎日しつこくここでお昼食べてたっていうのか……

「あと、オレが来るようになったから女子が来なくなったと思ってるだろ」
「そうだけど」
「それ違うからな。みんなこのこと知ってて協力してくれてるだけ」

悲鳴を上げた私の正面で藤真はカラカラと笑ってる。なんだこの悪魔!

「じゃ、また明日の昼にな。一緒に食べようぜ」

晴れやかな笑顔で英会話部の部室を出て行く藤真の背中に私は叫んだ。

「二度と来るな――!!!」

だけど正直、いつまで持ち堪えられるか、自信はない。

END