セブン・ワンダーズ [清田]

私、。最近不思議に思ってることがある。

清田がいつも手首につけてるアクセサリー、誰かにもらったのかな。

あいつは髪もボサボサ長いし、一応校則違反てわけじゃないけど、「清潔に保つこと」っていう一文には大いに反してると評判で、夏頃から一本にまとめることも多くなってた。だからまあ、チャラめに思われてたりもするんだけど、海南のバスケ部ってのはすごく厳しいので、その辺は言うほどじゃない。

だけど手首にはいつも色んな素材のブレスレットが最低でもひとつ、多い時だと3つも4つも付いてて、それがまた可愛かったりかっこよかったりするデザインのものばっかりで、それがなぜか不思議で。

別にあいつがアクセサリー付けてても不思議なことなんかないんだけど、そういうの学校にまで付けてくるタイプって、ピアスとか指輪とかネックレスとかもしてるじゃん? だけどそれはなし。髪はボサボサと長いし、普段から態度でかいしヘラヘラしてるけど、その手首にあるブレスレットだけが妙に浮いて見えて。

まあその、ただ手首にアクセサリー付けるのが好きで、だからいつもしてるっていうのでいいんだけど、してないところを見たことがないし、たまに指で触ってたり撫でてたりするし、よっぽど大事なんだなって思ったら、なんかチクッと来た。

ビーズとか石とかはいつも鮮やかな色のものが多いし、なんとなく、女の子にもらったものなんじゃ、って思っちゃって、そしたら余計にチクチク来た。

どっちかっていうとアホキャラだし、自分で自分のこと海南始まって以来のスーパールーキーだとかしょっちゅう言ってるし、だから目立ってモテてる風じゃないけど、だけどそこは県下最強の海南バスケ部でスタメン勝ち取ってるんだから、彼女くらいいても不思議じゃない。

でも、それと私がチクチク来ちゃうのはまた別の話だ。私だって超仲いいってわけじゃないけど、清田とは最寄り駅が一緒で、海南て名前の通り海が近いもんだから防災訓練が多いんだけど、この時の組み分けがクラスごとに自宅エリアでざっくりと分けられてて、だから同じ班なんだよね。

ちなみに今のクラスにご近所さんはいなくて、防災訓練の時はいつも清田とふたり。チクチク。

「訓練訓練言うけど……とにかく走って逃げろでいいんじゃねえのか」
「避難ルートとかちゃんと決めておかないとダメなんじゃないの」

防災訓練は入学以来何度もやってるけど、これまでは校舎に残る場合とか、火災の場合とかが中心で、学校を出て移動することを想定した訓練は今回が初めてだった。具体的に何かするわけじゃないけど、なぜか体育館。班ごとに分けられて徒歩帰宅マップをもらったところ。

「地震だったら電車って止まるよな?」
「だから自宅まで歩いて帰るルートってことでしょ」
「オレはまあ歩こうと思えば歩けるけど、お前じゃキツいだろ」
「休みながら帰るしかないと思う……

学年主任の先生が徒歩で帰宅する際の注意点なんかを説明してるのをぼんやり聞きながら、私と清田はしゃがんでボソボソ喋っていた。先生の説明は配布された地図に書いてあることを読み上げてるだけで、参考になりそうもない。徒歩帰宅に備えてスニーカーを用意しましょう、って私たち体育用のが常に置いてあるって。

そんなこと喋ってる間にも、清田は手首にあるブレスレットを指でなぞってる。今日は赤のレザーに天然石とビーズが付いてる。全体的に暖色系でまとめられてて、清田のでっかい手の下についてても、いかつい印象はない。むしろ可愛い。チクチクもするけど、こういうの欲しいなとか思っちゃう。

「一応駅まではチャリだから、駅まで行かれれば……
「それじゃ途中でルート外れるだろ。遠回りにならないか」
「一応最短ルートで自宅まで歩くよりは近い」

私たちの地元近辺と海南は国道2本で繋げられる。まあもちろん、その国道に出て、また国道から逸れるわけなんだけど、ルートとしては難しくない。ただ普段長距離を歩いたり走ったりし慣れないから、キツそうだなーっていう気しかしない。

「しょうがねえなー、歩けなくなったらおぶってやろうか」
「はあ?」
「そんな嫌そうな顔しなくても」
「そういうわけじゃ……てかこれって今日一緒に歩いて帰るの?」
「えっ、違うの?」

いやいやいや、私普通にローファーだから! 今既に5限潰したLHR扱いだから! 今から歩いて家まで帰ったら日付変わるんじゃないの!? てか清田は部活でしょ? まだ帰れないじゃん。

つい焦っちゃったけどもちろんそんなことはなかった。各班ルートを確認し合って、一度は歩いてみるなりすること、と先生はまとめてるけど、隣の班が真顔で「無理」って言ってる。無理だよね……電車だけで1時間超の遠方班だし……。だからまだ私たちはマシな方なのかもしれないけど……

「無理して歩かなくたって、チャリでもいいんじゃねえの」
「学校までチャリ持ってくるのが大変じゃない?」
が出来そうならオレはやってみてもいいけど。歩き」
「そりゃあんたはいいだろうけど……

一緒に帰るのはちょっと嬉しい。チクチク。だけどこんな距離、歩いて帰れるのか自信ないよ。

「ダメそうだったら途中でバス乗るとか、そういうんでもいいじゃん」
「まあそうなんだけど」

清田は地図を見ながら楽しそうな顔になってきてる。冒険気分なのかもなあ。

「だから歩けなくなったらおぶってやるって!」

それは冗談なの本気なの、軽々しくそんなこと言わないでよ。チクチク。

災害に備えてというより、やっぱりみんなちょっとした冒険気分で「徒歩帰宅」を試したい気になってる。特に最寄り駅沿線住みは近くて気楽だから、班ごとにああだこうだと相談してる。無関心なのは遠方組だけ。ここはもう乗換駅だけ同じであとはバラバラだから、学校に泊まることにしたらしい。

「って清田部活は?」
「この訓練全学年だから休み」

ちょっと面白くなさそうだ。

「だから徒歩やってみるなら付き合うけど」
「丸投げしたな!」
「しょーがねーじゃん、ふたりしかいないんだから。ひとりでやるのもつまんねえし」

そういう言い方はチクチクくるからやめてクダサイ……。私は地図を見ながら、まあいいかという気にはなってきてた。何しろ今日は金曜で明日は土曜で、歩いて帰っても一応丸2日休める。チクチクはしちゃうけど、一緒に帰りたい気もするし。

「ほんとに途中でリタイアしてもいいの?」
「いいよ。別にどうしても徒歩で帰らなきゃいけないわけじゃないんだし」

有事には学校泊と決めた遠方組が、つまらないので学校泊準備で盛り上がり始めてる。ヤケクソ気味に校庭でキャンプファイアだと笑ってる。私はちらりと清田の手首を見下ろして、覚悟を決めた。

「わかった。やってみる」
「おし、じゃあこの一番簡単なルートでやってみるかー」

授業が終わると、遠方組はさっさと普通に下校。近距離組もさっさと出て行く。その中で靴だの道中の水だのでわたわたしてたのは、私たちみたいな中距離組だ。中距離組が殺到したせいで水が買えなかったんだけど、清田がクラブ棟の自販で買ってきてくれたりして、チクチクが加速する。

清田は部活で外を走るとき用のスニーカー、私は体育用の運動靴で学校を出る。ちょっとダサいけど歩きだから人の目に止まることもない。というか帰宅ルートは延々国道沿いだから車は多いけど人は少ない。

「なんかちょっと緊張するな」
「どっかおかしくなったらすぐ言えよ」
「うん、限界まで我慢してその場で倒れる」
「そーいうのが一番ダメなんですけどねさん」

そんなこと言い合ってヘラヘラ笑いながら歩き出す。チクチクするけどやっぱりちょっと楽しい。学校を出るなり縛ってた髪を解く清田の手にブレスレット。この徒歩帰宅の間にこのこと、聞けるといいんだけどな――

「へえ、シード校だと予選1戦だけでいいんだ」
「オレはそーいうのあんまし好きじゃねえんだけど、まあそういうもんだからなー」

夏のインターハイ予選が終わったらしい清田は練習が休みになるのがもったいないとブツブツ言っている。

「予選決勝かあ。じゃあ帰ったら個人練習とかするの」
「今日はどうかな、疲れたらしない。早く寝て明日朝早めに行ってもいいんだし」

ボリボリ頭を掻いてるその手首にブレスレット。ああやっぱり気になる。それにしてもおっきい手だな。私の頭くらい片手で掴んで振り回せそうなくらい大きく見える。日頃からのチクチクと、今日のこのイレギュラーな徒歩帰宅と、赤のレザーが全部混ざって、手を繋ぎたい衝動に駆られる。

足痛いって、具合悪いって言ったら繋いでくれるかな。それともおんぶされちゃう? それは恥ずかしい。

言っても海南じゃ一番実績のあるバスケ部だし、そこに選ばれて入ってきたような人だし、そりゃ女の子に取り囲まれてたりはしないけど、友達は多いし、そういう意味なら人気者って感じだし、勝算なんかゼロどころかマイナスに等しいんだし、こんなチャンスもうないかもしれないよ?

そんな風に自分を追い詰めてみたけど、どうしてもビビっちゃってダメだ。言えないよ、無理。

凝視したつもりなんかなかったけど、一部で野生児扱いになってるくらいの清田なので、私の視線が手首に行っていることは早々に気付かれた。手を浮かせてにんまりと目を細めてる。

「いいだろ、これ」
「うん、可愛いなあと思って。色の組み合わせがすごくいい」
「そうだろそうだろ」

清田は腕をぐいっと伸ばして袖から押し出すと、私の方へ手首を突き出した。絞ってある赤のレザーが2本、先端で天然石とビーズが揺れてる。またチクチクするけど、それ以前にほんとに可愛い。石は詳しくないんだけど、たぶんこれはタイガーアイとかいうやつだ。

ちらと見上げると清田は「えっへん」て顔してる。よっぽど気に入ってるんだね……

「こーいうのってどこで買ってるの。地元?」
「知りたい?」
「えっ、うん……

清田がぐいっと顔を寄せてくるから、つい逃げちゃった。ニコニコにんまり、清田はものすごい笑顔だけど、私はチクチクが頂点に達してて、正直頭が痛かった。そんな私の目の前で、清田は戦隊物のヒーローみたいに腕をシャキーンと伸ばしてまた折り曲げると、ニカッと笑った。

「これ、オレの手作り!」

は?

その「は?」ってのが顔に出てたんだと思う。清田はその場でカラカラと笑うと、ブレスレットを引き絞ってるビーズを緩めて外し、指で摘んで私に差し出した。手作りって……え?

「清田信長ブランドのブレスレット第37号、勝利と成功を呼ぶタイガーアイブレス」
「はあ」
「女子のくせに反応弱いぞ、ほらほら、よく見てみ」

反応が弱いのは私が女子だからじゃなくて、これが清田の手作りだっていうことがスムーズに頭に入ってこないからだよ。手作りって手作りだよね? うちにも手芸部あるけど、そこで大量生産されてるアクセサリとかと同じってこと? それを清田が?

「なんで?」
「混乱するのはわからないでもないけど、なんでってのもすげえな」

だけど清田はヘラヘラ笑いながら咳払いをひとつ。

「あー、あれは小5の頃でございました。夏休み、オレは宿題なんかそっちのけでバスケばっかりやってて、ミニバスの合宿でも宿題タイム抜け出して練習してたりして、親と担任が諦めるくらいバスケしかやってなかったんだな。そしたら夏休み明け、オレ、カタカナが書けなくなってたんだ」

さらっと言うけど……それちょっと怖いよ。書けないって何。

「全部忘れてたわけじゃなかったんだけど、たまたま『ネ』が思い出せなくて、そしたら1学期に習ったはずの漢字まで出てこないことに気付いて、ものすごい怖くなっちゃってさ。だけど勉強しようにも、バスケやっててテンション上がった頭をクールダウンさせる方法が当時はよくわからなくて」

無心になれることを探していた清田少年は、最初はプラモデル作ろうとしたらしい。だけどこれは時間がかかりすぎて、やめどころがわからなくなってしまった。でも、そういう細かい作業が頭をクールダウンさせることに気付いた清田は、紆余曲折を経てアクセサリー作りに行き着いた、ということらしい。

「プラモほど複雑じゃないし、どうせ自分しか使わないから失敗しても気にならないし」
「それでブレスレット……
「ブレスだけじゃないぜ。ペンダントとかストラップとかも作る」
「へええええ」

あんまり意外なんで、私は情けない声で感心してしまった。そういうイメージ、まるでなかったから。

「これがけっこうハマるんだよな。今度はピアスと指輪作ってみたくてさ」
「す、すごいね。ネットとかで売れそう」
「はは、まさか。こんなの売れるレベルじゃないって」
「そうなの!?」

手作りの世界も奥が深いようで……。というかそんな話で盛り上がってたせいか、気付くと徒歩帰宅ルートは既に3分の1くらい過ぎていて、思ったよりは疲れてないし、足も痛くなかった。

その上、ブレスレットが女の子からの貰い物じゃなかったとわかって、チクチクはどこかに飛んでいった。楽しい。手作りアクセとは意外だったけど、それと知らずに褒められた清田は上機嫌だし、ほんとに楽しい。

手のひらの上に乗せてもらった清田手作りのブレスレットをつまみ上げて、私はそれを凝視していた。勝利と成功を呼ぶとか言ってたし、こういう天然石の効果とかそういうのも詳しいのかな。――なんて考えてたら、思いっきり躓いて、ぴょん、て前のめりに飛び上がった。

「お、おい! 何やってんだ」

やばいコケる! と思ってギュッと目を閉じたら、次の瞬間清田が腕をガッチリ掴んでくれて、私は転倒を免れた。だけどびっくりして心臓バクバク。そうしたら急に疲れてきた。

「ご、ごめんありがと、つい夢中になっちゃって」
「お、おう、大丈夫か」
「平気。これ投げ出しちゃうところだった」
「いいよそんなの。てか疲れてきたんじゃないのか」

ブレスレットを返すと、清田はちょっと眉間にしわを寄せて首を傾げた。

「そうかも……この辺てバス通ってるのかな」
「いや、駅に行く路線はまだ先。ちょうど中間ら辺になるから」

うーん困った。近くにバス停でもあればそのまま移動しちゃうんだけど……。このまま歩いてたらどんどん速度が遅くなりそうな気がする。清田はまだ疲れてないだろうし、わざと鈍く歩くのはつらいよね……

清田はポケットから徒歩帰宅マップを取り出して唸ってる。

「まあ無理しない方がいいよ。今日はもう切り上げようぜ」
「そだね。一番近いバス停ってどの辺? 路線は――
「いや、お前あそこで待ってろ」

ひょいと清田が指差した先にはファミレスがある。……どういうこと?

「オレん家方面のバスならあるから、チャリ取って戻ってくるよ」
「は!? いいってそんなの。てかそのバス乗り継いで駅行くからいいよ」
「バス停だってまだちょっとかかるぞ。大丈夫か?」
「そのくらいは頑張る」

土日を捨てると思えば何とかなる。清田のチャリ後ろに乗って帰るのも捨てがたいけど、バスとチャリの往復で一体どれだけ時間がかかるのかもわからないし、清田はまたチャリで帰らなきゃいけなくなるわけだし、そんなのだめ。チャリに乗せてもらうのは捨てがたいけど……

「またもつれたら今度こそおんぶだからな。ほら、それ貸せ」
「ううう、ごめん」
「でももう3分の1以上は来てるんだから、よくやったよ。……ほれ」

清田は荷物を持ってくれて、褒めてくれて、その上ひょいと手を差し出してくれた。マジか。

「ころ、転んだら大変だからな」
「ありがとう……
「てかこれ何度か練習したら全部行かれるんじゃねえの」
「そうかな」
「そうだよ。その内、またやろうぜ」

ええと、これはちょっと私、ほっぺたが緩んでしまいそうで我慢できないんですけど、いい感じとかいうやつなのかな。いや、いい感じに決まってるよね? だって手繋いで歩いてんだよ?

で、そのままバス停まで歩いて行って、バス乗って、清田の家方面に向かって走りだした。清田の家を通りすぎて終点のバスの営業所まで行けば、最寄り駅方面のバスが出てる。それに乗れば私の家は10分くらいで帰れる。――はずだったのに、なぜ今私は、清田の部屋にいるんでしょうか?