ガールズ、レディ!

3

露天風呂からは星空と箱根の山が見え、そして3月の冷たくもどこか丸い柔らかな風が吹き付けている。

「こうしてると……世界で1番強くなった気がしないか……
「しない」
「ツッコミ早くなったな

は八重子と並んで湯船に浸かりながら、テラスの外に向かって仁王立ちの千代子に冷徹なツッコミを放った。千代子は露天風呂で温まった体を冷ますと言って、全裸で夜空を仰いでいる。はもう遠慮せずに千代子の盛り上がった尻を見ている。白くてきれいなラインだが、攻撃力が高そうだ。

18歳、一応修学旅行では同級生の女の子たちと一緒に大浴場に入ったし、家族旅行でも見ず知らずの他人と同じ浴槽に浸かったことはある。だが、今日この夜、は初めて「おっぱいは浮く」ということを知った。千代子と八重子のおっぱいは湯にふよふよと浮いている。

は努めて自分の胸部を見おろさないようにしつつ、浮いたおっぱいをつい凝視した。あんな重いものがなぜ、浮くのだ……。そして「なんだよおっぱい触るか!?」とふたりに手を掴まれて強制的に触らせられたのだが、しっかり形を保っている割にふんわり柔らかくて、とうとうは自分の乳を掴んだ。

ふたりの凶器、いやおっぱいに比べたらちょっと固いと正直に漏らしたところ、八重子が「固いおっぱいなんかない。それは老廃物が溜まって凝り固まってるだけ」と言ってまた強制的にマッサージ。最初こそ悲鳴を上げたけれど、結果的にの固めおっぱいはマシュマロのようにふわふわになった。固いおっぱいなんかない!

そして健司と事に及ぶ時は事前にこれをやっとけと言われても、素直に頷いた。なんだこのふわふわおっぱい。

さらに、千代子も八重子も、毛がなかった。それも初めて見るはつい自分の体を丸めて隠した。焦ることはない、自分でどうしても気になるならやればいい、とふたりは言うが、産毛の残る自分の腕とふたりの肌が並ぶと今すぐにでも引っこ抜いてしまいたい気になる。

裸の千代子と八重子という破局的大災害は続く。

そうは言っても初めて一緒に旅行に来た仲だし、も当然気恥ずかしさがあるし、3人とも順番に内風呂で髪だの体だのは洗ってから露天風呂に入ったのだが、初めて千代子と八重子のオールすっぴんを見たはウッと息を呑んで目を泳がせた。

右を向いても左を向いてもおっぱいついてるきれいな藤真だった。

千代子はきつい巻き髪とセクシーお姉さまメイク、八重子はプラチナブロンドにくっきりロック系メイク、しかしどちらもそれらを全部落としてしまうと、弟によく似た下睫毛が多めのキリッとした面差しの美人が出てきた。凶器じみたおっぱいを見なければ、背も高いしそれはそれで美形の少年にも見える。

特に八重子はショートボブなので、それをぐいっとオールバックにしているとかっこいい。

落ち着け、これは健司くんのお姉さんで千代子姉さんと八重子姉さんで健司くんではない、だけどなんだろうこのかっこいい感じっていうかドキッとする感じっていうか、健司くんに似てるからだろうか、いやでもちゃんと見れば女の人だしおっぱいついてるしあわわわわ

内心動揺しまくっているをよそに、藤真似の美女ふたりは念願かなってと露天風呂なので非常に機嫌がいい。マッパで仁王立ちの千代子に素早いツッコミを入れたを八重子が嬉しそうに撫でている。

「さあ、じゃあ話してやるか」
「あれは千代子高3の夏のことでございました……
「あの頃私は女テニの部長で、影では千代姉様と呼ばれててな」

ニヤニヤと思い出話を始める千代子に、はまた内心「だろうな」とツッコミを入れる。

「その頃の千代子姉さんて、もう今みたいな感じだったの?」
「体はもうこんなもんだよ。でも化粧してないし、今よりは焼けてたし」
「SPF30++を大量にストックしてしょっちゅう塗りまくってたから他の子よりは白かったけどな」
「えすぴーえふさんじゅうぷらぷら……

だいぶ感化されてきているとはいえ、実は家、化粧にはめっぽううるさい家で、はことメイクアップ系統のことについては未だに疎い。その辺大学生になってから様子を見て姉ふたりに指導してもらうつもりだが、日焼け止めすら母と一緒でなければ買えなかった。勝手に買うと後でうるさいのだ。

「親父と見に行ったんだけどさ、出場者の中でひとりだけ背が高くて胸とケツが出てておまけに白いんだよ」
「優勝したの?」
「まさか。まあ、自分でも力任せだったなとは思うよ。姫より小柄な子に負けて敗退」

だが、どこまで勝ち進めるかわからない以上、宿はインターハイ終了まで押さえてあるし、それは父親と八重子も同じだったし、途中で敗退した千代子は翔陽女テニTシャツに制服のスカートという出で立ちで翌日からあちこち観戦していた。

試合を見たのか観戦しているところを見たのか、とにかく千代子にはインターハイ開催期間中に割と真顔のナンパが3件発生した。しかしその時は自信満々で出場したところをあっさり敗退して千代子はそれどころではなかった。神奈川に戻ったら引退して受験かと思うと気も重かった。なので適当にあしらったのだが、

「これがまた全員近所だったんだよな。東京と、静岡と、埼玉」
「夏休みの間に会いに来ちゃった」
「えええ」

インターハイが終わって引退しても辞めきれなかった千代子は、様子を見るだの受験の相談だのと、ちょくちょく翔陽に来ていた。そこにナンパ3人がそれぞれ突撃してきた。

「それ、どうしたの」
「全員マジな様子だったから、とりあえずひとりずつデートしてみたんだよな」
「そんで全員不合格食らって追い返された」
「不合格」
「ま、高校生だからしゃーないわな」

姉ふたりはケタケタ笑っているが、しかしそれでは大して面白い話ではなくないか……が首を傾げていると、それを察した八重子が咳払いを挟んで続ける。

「ところでこの頃、千代子には因縁のライバルがいて、翔陽入学以来犬猿の仲だったんだけど」
「女テニの人?」
「いんや、男子空手部の主将。普通に喧嘩してた」
「えええええ」
「ところがそいつ実は千代子のこと好きで」
「ええええええええ」

は千代子と八重子を忙しなくキョロキョロしてはえーえー言うだけになっている。

「3人の襲来に触発されたんだろうな、あれは」
「それでオレにしろって詰め寄って来たから殴ったんだけど、聞かなくてな」
「面白かったぜ〜。腕相撲で勝負しろ、オレが勝ったら付き合えってなってさ」

そして千代子はその勝負で初めて負けた。腕相撲なんて何度もやったことがあるのに、簡単に負けてしまった。彼はずっと手加減していたのだ。当然といえば当然だが、仮にも空手部の主将なわけだし、普段の喧嘩も千代子が勝つことも負けることもないようコントロールしていた。

「初めて心から人を好きになった瞬間だったね……負けたよ、ってな……
「そこ!?」

結果千代子は犬猿の仲が一転付き合い出すという漫画じみたカップルになったわけだが……

「でも別れちゃったの?」
「それでも受験挟んで1年ちょいくらいは付き合ったんだけど、あいつモラハラ野郎でな」
「最初はラブラブだったんだけど、途中からボロが出たよな」

凶暴である点を除けば割と完璧超人である千代子を下に置きたがり、それは大学生になってから顕著になり始め、何を思ったのか、千代子に対して「一歩後ろに下がってついてくる」パートナーを求め始めた。無理です。

「そっかあ……上とか下とか、そういうのにこだわる人もいるんだね」
「むしろそういうヤツの方が多いんじゃないのか」
「八重子姉さんもそういうのに当たったことあるの」
「そこまで極端なのはないなあ」
「八重子は年下多いんだよな。自分が下でいいです! みたいなM臭いのがすぐ寄ってくる」
……でしょうね」

真顔でぼそりと突っ込むにふたりはまたケタケタと笑う。そうは言っても、千代子と八重子を比べると、八重子の方が性格も趣味も思考も比較的男性的。千代子は軟弱なタイプがとにかく苦手らしいが、八重子は別段気にしないという。

「でも平気っていうだけで入れ込んだりはしねえんだけどなあ」
「結局、どういう人がいいの?」
「最低限私に勝てるやつだな」
「なんでも言うこと聞くやつだな」

前が千代子、後が八重子。はもうツッコミすら出てこない。

「まあまあ、優しくて私のことなんでも察して先回りして気遣ってくれてかっこよくて貧乏じゃなくて背が高くて声が良くてしかもちょっとSっぽい人〜なんていうのは私らの中にはないよ。まずだいたい身長は日本では相当ハードル高いんだよな。それを海外に求めたこともあったけども」

確かに日本人の平均身長で言うと、随分伸びたとはいえ女性は未だ160の壁を出られない。姉ふたりは推定176センチだが、その時点ですでに男性の平均身長を上回る。姉ふたりはよく海外旅行に行くが、まさかナンパ目的だったとは。

……もしかして、だから花形くん」
「おお、そうだよ! あんな風に爪先立って腕を目一杯伸ばして抱きついたのなんか久しぶりだったよ」
「中身は大して面白みのないやつだけど体はいいよな〜! 体幹しっかりしてるしよ」

実は中身に興味がないということは心の奥に大切にしまっておこう、と固く誓っただったが、確かに花形ならさすがの姉ふたりよりも20センチ以上高いので、背の高い男、という欲求は満たされるだろうと納得した。

花形自身は「どちらも大変魅力的なお姉様だと思うけど、どうあがいても顔が藤真なので怖気が立つだけです」な上に、有無を言わさず千代子に齧りつかれて奪われたファーストキスはノーカンになっている模様。

「ええと、今ってふたりとも彼氏はいないんだよね……?」
「まあ、決まった相手はな」
「彼氏っていう感覚のはな」
「そうじゃないのはいるわけね」

このところがいいタイミングでツッコミを入れてくるようになったので、ふたりはまた大笑いしている。

「不特定多数なんて、って顔してんな?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……
「大丈夫だよ、何も捨て鉢になってあれこれつまみ食いしてるわけじゃねえし」
「それに昔から私も千代子も恋愛第一主義じゃねえんだよな」
「人の恋愛には興味あるのに」
「そりゃお前、単にかわいい女の子がピュアラブってんのがクソモエるだけだよ!」

私だって恋愛第一主義なんかじゃないけど……と思いつつ、はそっとふたりの横顔を見る。こんなにきれいでかっこよくて何でも上手にできちゃうような女の人だけど、恋愛どうでもいいみたいなのって、ちょっともったいないように感じるな。ふたりがそれでいいなら、構わないけど――

3月の風が通り抜ける露天風呂、髪をぐいっとかきあげた八重子は鼻で笑って付け加える。

「第一主義じゃねえけど『いい恋愛』ってのには興味あるよ。恋愛って、心にも体にもいいもんだからな」

ゆっくりと露天風呂に浸かった3人はやがて部屋に戻り、白ベビードールと黒ベビードールとメイド服という状態でリビングに落ち着いた。まだ時間は22時半。黒ベビードールの八重子がキャリーカートを引っ張ってきて開くと、酒が出てきた。

……それ全部お酒だったの」
「まあほら、好みの酒の方が気持ちよく飲めるからな」
「それ一晩の計算なの」
「ま、そうだな。少し少なめってとこか」
「それで少なめ」

夕食の時も散々飲んでいたが、ふたりはケロッとしているし、延々飲み続けても泥酔して記憶を飛ばしたりしないのはもよく知っているので、呆れたけれど黙っておく。ハタチ過ぎたら飲みに行こうな! といわれているが、姉ふたり大好きでもそれはちょっと、と思う気持ちを新たにした。

「いやー、温まりすぎて暑いからベビードールちょうどいいな」
「氷とかなくていいの?」
「酒はな、何でもキンキンに冷やして飲みゃいいってもんでもないんだよ」

そもそもこうした飲食物の持ち込みが可能なのかどうかも疑わしいだったが、もはや手遅れ、ベビードールのふたりはぐいぐいと飲み進めていく。まあ、酒乱にならないことはわかっているので、酔いつぶれたら自分が片付ければいいか、と考えてはジュースのペットボトルを開ける。

「ねえねえ、じゃあふたりとも結婚とかって」
「それな」
「ほんとそれな」

試しに振ってみたら意外と食いつく。恋愛第一主義ではないけど結婚は別なのか?

「いや、例えばこいつしかいねえって男が見つかったとする。それはいい。だけど入籍だのなんだのってのはめんどくさすぎてやってらんねえよ。いいか、世の中は多大なる勘違いをしてるんだよ。結婚てのは『制度』なの。恋愛の発展型じゃないの。この国の法律で定められた制度であり権利であり、契約なの」

八重子は顔をしかめて首筋をかきむしる。軽い気持ちで話題にしてしまったは早くも後悔している。

「よく考えてご覧、愛し合っていなくても、条件さえクリアした男女なら誰でも結婚出来る。愛情は数値化出来ない、ゆえに結婚の届け出を申し出てくる男女の間に確たる愛情が存在するか否かの判定は不可能、つまり結婚とは愛情を基準とした着地点、という意味じゃない。殆どの人がそれを理由に契約を結ぶ、というだけなんだよ」

あれ、この人アルコールガブガブ飲んでたんじゃなかったっけ? と首を傾げるほど、ふたりは淡々と持論を展開していく。まあ理屈としてはそうなります……か? はさらに首が傾く。

「たまにいるだろ、結婚したはいいけど失敗して別の相手に走って、挙句、不倫は純愛とか言い出すやつ」
「へ、へえ、そうなんだ……
「純愛かどうかは知ったこっちゃねえんだよな。要するにそれは契約違反だってことなんだよ」
「かように恋愛性愛と婚姻制度の線引きが出来ていない手合が多いんだよな」
「ええと……それでふたりは……

またふたりは「それな」とを指すと、グラスをくいっと傾ける。

「結婚をすると何が変わるかって言うと、様々な権利を手にすることが出来るわけだ。簡単なところで言うと遺産。夫でも妻でも、財産は夫婦の共有になるから、親兄弟を差し置いてパートナーに権利が来る。パートナーに対する様々な権利の筆頭になる、それが結婚てことだ。私ら、それどーでもいいんだわ」

千代子の言葉を受けて八重子がイヒヒと笑っている。本当にどうでもいいらしい。

「人を愛する大いに結構、だけど私も八重子も自由が一番好きなんだよ。自分が縛られるのも嫌、愛する人を法律で縛り付けるのも嫌、プロポーズ、指輪、入籍、親族顔合わせ、披露宴、新婚旅行、新居転居各種届出変更届、ご挨拶ご挨拶お礼にご報告にあれこれあれこれ……無理、めんどくさすぎて死ぬ」

ふたりはゴッと拳を打ち合わせると、また酒を煽る。

「権利はいらない、パートナーとの間に愛があればいいよ」

自由だ……は返す言葉がなくてギュッとペットボトルを握り締めた。

「そういや八重子はちょっと前まで子供欲しいっつってたよな」
「私が欲しいっつーより、親に孫抱かしてやりたいと思ったことはあったんだけど」
「もういいの……?」
「まあほら、このまま上手くいけばが健司の子産んでくれそうだし、そしたらいらねえかなと」
「ハァ――!?」

は久々に頭が爆発してすくみ上がった。けけけ健司の子って何それ何それ私子供なんてそんな

「子供なんて私らに取っちゃリスクでしかねえからなあ〜」
「え、そ、そうかな、将来とか……
「あのな、家族は自分の老後の面倒見要員じゃねえんだぞ」
「いや、そ、そうだけど……
「安心しろよ、年取ってもに泣きついたりしねえから」
「そ、そういうわけじゃ……

ふたりはニヤニヤ笑いのまま新しい酒の瓶を開ける。いつの間に。

「まあしかし、そろそろめんどくさい年齢になってくるし、潮時かなとは思うんだよな」
「色仕掛けが効く間になんとかしたいよな」
「ん? どういうこと?」

ふたりは咳払いを挟むと、居住まいを直して背筋を伸ばした。

「どうにもこの国はある程度の年齢になっても結婚をしない人間に対して風当たりが強いからな。私らどっちもザックリ言って会社員だけど、そういう仕事に関係のないフィルターはこれからどんどん増えていくし、でも、かといってそれに甘んじてまで殉じたい職でもないんだよな、これが」

それは、わかる。も藤真と付き合い出す前は、そうやって歳を重ね、歳を重ねるごとにダメな人間というシールをペタペタ貼り付けられて、もう貼るところがなくなったところで社会から追い出されるのだろうと思っていた。なるべく早く死ななきゃな、とすら思っていた。

「だからさ、おっぱい寄せて谷間チラ見せすれば値引きしてくれるようなバカがいる間に、今の仕事辞めて商売始めようかと思ってんだよ! これでも貯金はあるし、まだ助けてくれる男はいるし、今のうちだと思うんだよな」

その谷間にクラリとなった男の娘であるは苦笑いだ。いますね、はい、確実に。

「商売って?」
「八重子が料理好きだし、ふたりとも酒が趣味みたいなところあるし、ダイニングバーとかどうかなって」

も背筋を伸ばして目を開いた。それは……いいんじゃないか? こんな素敵なお姉さまがふたりもいるバーなんて、私だったら絶対通っちゃう。八重子姉さんの料理も本当においしいから、きっと女性が入りやすいお店になるはず! も少し興奮してきた。

「まあそんなことを言うとすぐに『自営舐めるな』みたいなことを言ってくる輩もいるけどな」
「そんなこと……私そのお店に行きたい」
「おうよ、みたいな子でもひとりで気軽に来られる店がいいよな」
「それいいな千代子、そしたら女の子の恋バナ聞きたい放題だぜ」

ふたりの目がきらりと輝き、ベビードールの下のおっぱいがぷるんと跳ねる。

はそんなふたりを眺めながら、もわもわと膨らんでいく妄想の中で、ふたりの営むダイニングバーのドアを開いた。落ち着いた照明、優しい音楽、いらっしゃいませと声をかけてくれる千代子はアップスタイルにタイトなスカート、こちらへどうぞとカウンターを指し示す八重子はオールバックでバーテンダースタイル。

あああかっこいい! 千代子姉さんも八重子姉さんもそれ最高! 無理!

妄想にどっぷり浸ってわなわなと震えたは、メイド服のスカートを掴んで顔を上げた。

「わた、私にできることがあったら手伝います、だからそのお店、本当に」
「メイド服でウェイトレスでもやるか?」
「えっ!? そ、それはちょっとあの非常に厳しいと思うけどでも」

狼狽えるの頭やら肩やらを撫でたふたりは、藤真によく似た美しい顔でにっこりと微笑むと、顔を寄せてきた。ちょっと酒臭いが、それすら甘美な千代子と八重子に、は改めて目眩がする思いだ。

「ありがとな。なんかちょっとやる気、出てきたよ」
も新しい世界へ踏み出すんだもんな。私らもグズってらんねーわ」

そうか、来月から大学生になる私と同じように、千代子姉さんも八重子姉さんも、次のステップに進むってことなのか。は改めて乾杯をしているふたりを見ながら、藤真のことを思い出していた。

が新しい世界へと足を踏み入れるきっかけをくれたのは藤真だった。見かけはオドオドしつつ脳内ではネットスラングでツッコミしてばかりだったは、フィールドワークの帰りにたまたま行き会った藤真をきっかけにして思いもよらぬ世界へと飛び込んでしまった。

新しい世界は、悪くなかった。楽しかった。こんな素敵なお姉様との出会いもあった。

そっか、これって、健司くんがくれたものだったんだ――