ハッピー!

(……きこえますか……きこえますか……みなさん……です…………あなたの……心に……直接……呼びかけています……こんなもの……読んでる場合じゃありません……今すぐ……今すぐに私を助けるのです……お姉様ふたりです……健司くんいません……いいですか……この状況で健司くんいないんです)

「ところでさ、姫は進路どーすんのよ。健司はどうせバスケでどっか行くんだろうけど」

寒さに弱く暑さにも弱いは、夏期講習の帰りにぼんやりと歩いていたせいで、藤真のどこに出しても恥ずかしい姉ふたりに捕獲されてしまった。それというのもと藤真の家は大きな通りを挟んで並ぶ住宅街の中にあり、駅からの帰宅ルートは殆ど同じ。

逃げ口上がまったく思いつかなかったは酒の買出しに出ていた姉ふたりに捕まり、そのまま藤真家に強制連行された。酒を強要されるようなことはなかったけれど、瀟洒なリビングで姉ふたりに挟まれているはエアコンが効いているというのに、ずっと汗をかいている。

またこの日藤真家は両親が泊りがけで留守にしていて、姉ふたりはそれを口実に休みを取り、昼間っから酒を浴びるように飲んでいた。これまたふたりは酒に強く、キッチンは既に缶やビンで溢れかえっているが、どちらも頬が少し赤いというくらいで、酔っ払った様子はない。

「は、はい、受験です、今日も夏期講習で……

右にはオフでもスプリングのような巻き髪の藤真家長女、千代子。左にはプラチナブロンドボブの藤真家次女、八重子。姉たちの身長が高いせいではどっちを向いてもふたりの胸の辺りが視界に入る。そこには自分の顔ほどもありそうな胸がふたつも聳え立っている。しかもノーブラ。

化粧もほとんどしていないように見えるのに、千代子も八重子もドキドキするくらい美しい。立ち振る舞いも言葉遣いも、何一つ藤真と共通するものはないのだが、顔だけは同じ血を引いているのだとわかる。

普段藤真と接していると、自信家で明るくてほんの少し甘えん坊な彼を、元気な男の子だなあとは思うのだが、姉ふたりを目の前にしてしまうと、藤真など子ウサギだ。ハムスターだ。当然姉は大型肉食獣、ないしは恐竜、怪獣、とにかく藤真が可憐で脆弱な生き物に思えてくる。

「そっかー、姫は受験かあー。健司とイチャコラしてる暇なくなっちゃうねえ」
「いっ、イチャコラなんて私その」
「えっ、してないの!? なんで!?」

藤真はについての余計な情報は漏らしていないのだが、姉ふたりは自然とを「姫」と呼び出した。それを居心地悪く感じているだが、当然反論は出来ない。その上一番触れられたくない話題になってしまった。は汗の量が一気に増える。

「ななな、なんでと言いましてもその、あの」
「え、まさかと思うけど健司、手ェ出してこないの?」

は目が回りだした。姉たちにとってのイチャコラとはどの程度なんだろう。どこからどこまでがイチャコラで、例えば高3のと藤真であれば、どの程度が望ましいというんだろう。姉たちの基準に合わせる必要はないのに、はふたりの意に沿わないことを言ってはならないような気がしてしまっている。

一方で、可愛い彼女に手を出さないのは逆に失礼という感覚の姉ふたりは、割と深刻な顔をして真っ赤になっているを覗き込んだ。事と次第によっては弟を締め上げなければならない。

「いやいや姫、照れてる場合じゃねえし。え? ていうか姫はイチャイチャすんの嫌なの?」
「はあああ!?」
「八重子、これちょっと重症じゃねえか」

が重度の緊張しいだということを差し引いても、姉ふたりの感覚と乖離しすぎていて、余計に深刻な認識のずれが表面化してきた。しかもはあがり症でもあるので、ちゃんと話が出来ていない。というか藤真とも最近になってようやくまともに話せるようになったくらいだ。

「姫、いやちゃん、ちょっと落ち着いて。別に襲おうってわけじゃないんだから」
「は、は、はい」
「別に嫌々付き合ってるわけじゃないんだよな?」

自分たちが威圧しすぎていることにようやく気付いた姉ふたりは、少しから身を離して声も落とし、出来うる限り優しく言葉をかける。も気を遣ってもらっているのがわかるので、それが緊張に拍車をかける。

「はい、はい、嫌ではないです……その、私なんかがと……
「あー、それはちょっと措いとこうか。ちょっとそういうのは一旦忘れよう、なっ?」
「千代子、ちょっといいか。ちゃん、私、八重子。はい、リピートアフターミー」
「はい!?」
「おう、そうだな。私、千代子。リピートアフターミー!」

年齢のことに触れると地獄の釜の蓋が開くと藤真に聞かされていたので、は千代子と八重子の正確な年齢を知らない。ただそれでも、ひとつやふたつの差ではありえないだろうから、いきなり名前を呼び捨てろと言われても、出来るわけがない。

ちゃん、失礼なんじゃとか思ってるかな? だけど私たちは親しみを込めて名前で呼んで欲しいと思ってる。健司の彼女でいてくれてる間、仲良くしたいなと思ってる。それはわかってくれてるかな?」

千代子がゆっくり丁寧に話すので、は素直に頷いた。藤真が、は照れているだけで仲良くできると確信したように、千代子と八重子も弟の可愛い彼女と仲良く出来ると思っている。がまだまだ自虐の沼に片足を突っ込んでいる状態だというだけだ。

「よし、じゃあこうしよう、私たちは君をと呼び捨てる。君は私たちを千代子姉、八重子姉と呼ぶ。これならどうだ? もし身内でもないのに姉と呼ぶのがむず痒かったら、ちゃん、でもいいけど」

にとっては「さん」と「様」以外は全てハードルが高いのだが、さすがにそれでは親しみより敬いが勝る。

「わ、わかりました、それ、それで……
「オッケー、、私は?」
「ち、千代子姉さん」
「わ、私は」
「やっ、八重子姉さん」

普段弟の健司には白い目で「姉貴」と呼ばれているふたりは、頬をピンクに染めたがやや上目遣いでそう呼ぶのを聞くと、奇声を上げてソファにひっくり返った。両手で顔を覆って足をバタバタさせている。まあ、は外見だけなら昨今では珍しい天然清楚少女なので、それはもう可愛い。

「はぁはぁ、アカン、動悸が激しいわ。ありがとうごちそうさまです」

勢いよく立ち上がった千代子はキッチンからビールを2本とペリエを持ってきて、にペリエを投げて寄越すと、八重子とふたり、ビールをぐいぐいとあおった。それで落ち着いたらしい八重子がソファの上で胡坐をかき、に体を向けて腕を組んだ。

「さて、じゃあ話を元に戻そうか」
「も、戻しちゃうんですか」
「こーいう話苦手?」
「あの、その、恥ずかしいです……

そう言ってもじもじしているお前が可愛いくてこっちが恥ずかしいわバーカ!!! ……と叫んで床を転げまわりたい気分の姉ふたりなのだが、それでは話が進まない。むしろもう温泉にでも拉致って裸でしっぽりと話をしたいところだが、まあそうもいかない。我慢我慢。

「その恥ずかしいってーのはさ、そんな破廉恥なこと考えてるなんて! っていうアレ?」
「それともまあ、今更だけど私らが健司の姉だから?」
……どっちもです」

そりゃそうだ。

「後者はどうにもならんけどさ、前者の方は慣れの問題じゃないかい?」
「そ、そうでしょうか……
「だって考えてもみなよ、愛する人に触れたいって思うのは、生物として当たり前のことじゃない」
「それをたまたまこの国では秘めたるが良しとされてたせいではイケナイことだと思ってしまった」
「ただそれだけのことだよ。当たり前のことで、恥ずかしいことなんかないんだってわかれば、何てことはない」

さあだから君らの恋愛事情を包み隠さず話すんだ。の両肩をふたりの大きな手がグッと掴む。千代子は金と青、八重子はどす黒い赤の爪がギラギラと輝いている。は自分のカサついた爪に目を落として、俯いた。その理屈はわからないでもない。

「に、苦手なんです、自分の思うことを、話すの、うまく出来なくて」
「うまくする必要なくね?」
「は、え!?」
「まあ見るからに文系だもんなあ、言葉はきれいに正しく使わなきゃって所かな」

もはやそれは信号の赤は止まれと同じくらいに守るべき概念だと思ってたは、目を丸くした。

「いーじゃん別に、上手に出来なくたって。話してくれないより下手でも話してくれた方がいいじゃん」
「だ、だけど、上手に出来ないと、笑われたりして、色々言われたりして、それが――

要するに口下手で要領が悪いだけなのだが、それで何かをしくじると、大抵の人間は指を差して笑う。そうすると顔が赤くなる。余計にからかわれる。というプロセスを経て、のような人間はコミュニケーション能力を育てられないまま挙動不審に陥る。

「よーし、目を閉じて思い出してみよう。ウチの愚弟、健司を思い出してみよう。バスケばっかやってて主将だかなんだか知らんが甘ったれのくせして偉そうにふんぞり返ってる健司を思い出してみよう」

朗々と語る千代子の声に、は小さく吹き出す。やっぱり藤真は甘ったれなのか。

「ヤツと話したり、一緒に勉強したり、帰ったり……そんな風に笑われたことはあったかな?」

の目がバチンと見開かれる。思わず千代子を見上げると、どろりと溶けてしまいそうなほど美しい微笑が近くにあった。よく見ると千代子も瞳の色が薄くて、下睫毛の量が多い。藤真姉弟の特徴のようだ。

も健司をそんな風に笑ったことはあったかな?」
「い、いえ、まさか……
「ほーら、な?」

なんだかうまく丸め込まれたような気がしないでもないだったが、それはそれとして、このふたりをとても好きだなと思い始めているのを感じていた。藤真のようにちょっと強引で派手で緊張はしてしまうけど、こうしていると、本物の姉が出来たみたいで、少し嬉しい。

「んー、まあ私らはちょっと興奮して騒ぐから笑ったりしてるみたいに見えちゃうかもしれないけど、可愛いのそーいう話聞いてると楽しくてハッピーになるので、勘弁してくれると嬉しい」

自覚はあったらしい。八重子が咳払いと共に胡坐のまま頭をぺこりと下げる。

「そ、そんなこと……私ひとりっ子なので、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいです」

なぜだかこれは恥ずかしくなかったので、はつい正直に言った。これに姉ふたりはとうとう爆発、ソファから転がり落ちて「ごめん」と言いながら悶絶しまくった。そしてぜいぜい息を荒くしながらに縋りつくと、手を取ってギュッと握り締めた。

、もし健司と別れても私らとは仲良くしてね!!!」
「そう、健司はとりあえずどうでもいいから今度温泉行こう、受験終わったら温泉!!!」
「お、おおお落ち着いてください!」

またビールを持ってきて一息ついたふたりは、顔をごしごし擦って深呼吸。なんと言ったらいいかわからないけれど、は嬉しくなって、しかも緊張していない自分に気付いて、驚いていた。素敵なお姉さん、私なんかと仲良くしたいって言ってくれて、かっこいいな、きれいだな、優しいな。

「さあ、今度こそ話を元に戻そう。とすると、要するにはイチャコラも何かしくじるんじゃないかと思うと気が気でないし、そんなことに積極的になったらみっともないんじゃないかっていう、そういうアレか?」

八重子の指摘はそのものズバリで、はまた頬を赤くして頷いた。

「チューは? そのくらいはまあ、そんなでもないでしょ」
「あわわ、は、はい、に、2回だけですけど……
「えっ……確かもう付き合って2ヶ月とか3ヶ月とか経つよね……?」

姉ふたりは遠くを見て哀れむような目をしている。

「はわわ、ま、まずかったですか、どのくらいが普通なんですか」
「い、いや、普通とかそーいうのはともかくだな、うん、弟が思った以上に我慢してると思ってな」
「が、我慢させてしまってるんですか!」

この子本当に現代人だろうかと疑問に感じてきた姉ふたりだが、それはそれで可愛いし激レア物件なので黙っておく。というか我慢をしている弟を哀れに思う反面、こりゃあ我慢する価値のある可愛さだなとも思っている。

「まあそりゃあ、さっきの話に戻るけど好きな子に触れたいと思うのは当たり前だし」
「だけどが嫌がることはしたくないんだろうし」
「嫌われちゃたまんないからそんなこと言わないしなあ」

またふたりは暴れたくてうずうずしている。

「あの、私どうしたらいいんでしょう」
「どうしたらって――
「あの、あの、私、健司くんには感謝してるんです」

どうアドバイスしたものかと首を傾げた姉ふたりは、の言葉にピタリと止まった。

「私、本当に自分に自信、ないです。子供の頃からずっと笑われてばかりで、特技もないし、流行ってるものもよくわからないし、好きなのは日本史だし、友達もあんまりいないし、だけど、でも、それなのに健司くんは私のこと、す、す、好きって言ってくれて――本当に、感謝してるんです」

水滴がついたペリエのビンをあらん限りの力で締め付けながら、真っ赤な顔のは言い切った。

「だからその、本当なら、健司くんが望むようにしたいです。だけど、どうしたら上手に出来るかわからなくて、もししくじったら嫌われちゃうんじゃないかって、そう思うと、怖くて――

またも大暴れしたい衝動を飲み込み、姉ふたりはの背中や肩を擦った。

「ねえ、、チューした時どう思った? まあ恥ずかしかっただろうけど、そのほかに」
「えっ、えええ、ええと、その、くらくらしてしまって……
「うんうん。その日、寝る前とか思い出さなかった?」
「はわわ、お、思い出し……ました」

顔も耳も、首まで赤いは両手で顔を覆ってかくりと頭を落とした。湯気が出そうだ。

「う、嬉しかった、です」

このあたりではよく爆発せずに耐えたと後でふたりは肩を叩き合った。

「ほらな? ハッピーじゃん! それでいいじゃん、ハッピー大事だよ!」
「そ、そうです、よね?」
が嬉しいのと同じだけ健司も嬉しいんだと思うけどな」
「そうなん、ですか?」

爆発したいのを我慢する代わりに、千代子はぺったりとに抱きついた。

「ほーら幸せ、私もハッピー。もし万が一上手に出来ないからって健司が笑ったら、殴ってやるから安心しな」
「そうそう、そーいうごと好きになれないようなら、付き合う資格ないからな」

ふたりの素敵な姉に両側から抱きつかれて、は照れ笑いをしつつも、ハッピーが中毒性の高い薬のように全身を駆け巡る感覚に襲われていた。ああどうしよう、今もしかしたら健司くんより千代子姉さんと八重子姉さんの方が好きかもしれない。健司くんごめんね。

と弟のイチャコラ話を聞きたかった千代子と八重子だが、内情はキス2回のみにとどまっており、何かを引き出そうにも在庫がない。そんなわけで、化粧だのファッションだの食べ物だのと女好みのトークに花が咲き始めた。本気で温泉に行きたいと姉ふたりが言うので、も少しその気になって来たりもした。

そしてとうとう藤真のご帰還である。

両親の不在にあわせて姉たちが休みを取っているのはわかっていた。だから、食事を取ったら有料コートに逃げるつもりでいた藤真は、玄関になんとなく見覚えのあるサンダルを見つけると、慌ててリビングに飛び込んきた。

「おい、姉貴、まさか――って何やってんだよー!!!」
「キャアアアア!!!」

藤真がリビングに飛び込むと、そこには姉ふたりにベビードール風のナイティを着させられているがいた。というか今いる場所が彼氏の家だということを思い出したらしい。がばりと床にうずくまると、頭を抱えて震えだした。藤真も慌てて体の向きを変えて見ないようにする。

「なんだよ早かったなあ、もーちょっと遅いかと思ってたのに」
「ていうか何でがいるんだよ、お前らに何したんだよ!」
「楽しくお喋りだバーカ! 女子トークめっちゃ盛り上がってんだかんな」
「ふたりとも飲んでるだろ!? まさかに飲ませてないだろうな!」
「当たり前だろうが! お姉さまナメんな! てかお前とりあえず出て行けよ、動けねえだろうが!」

彼氏なのになんでこんな扱いを受けなきゃならんのだと思うが、とりあえず藤真はのためにリビングから出て自室へ向かい、着替えて戻ってきた。その間にも元の私服に着替えていた。顔は真っ赤なままだが、様子がおかしい。藤真がいるのに、は姉ふたりの間に座ったままだ。

……で、延々喋ってた、と。、家は平気なのか」
「へ、平気、親仕事で遅いし」
「あっれ、そうなん? んじゃゆっくりしていきなよ、ご飯食べていったらいいじゃん」
「あのなあ――
「いいんですか、わー嬉しい」
!?」

がすっかり姉ふたりに懐いているので、藤真はひっくり返った声を上げた。何これどうなってんの。

「おーよ、こちとら女子同士だからよ。分かり合っちゃったんだよなあ、ハッピー!」
「ハッピー!」
「ハッピー!」

いや意味わかんねえよハッピーってなんだ気持ち悪ぃ!

大事な可愛い彼女であるが姉ふたりにくっついて離れないので、藤真は久しぶりに不貞腐れまくった。こう見えて下の姉・八重子は料理が得意なので、に冷製パスタを振舞ってやり、それをまたはにこにこと嬉しそうに食べていた。完全に仲間はずれの藤真はパスタを音を立てて啜り、千代子に殴られた。

有料コートどころではなくなってしまった藤真は花形に連絡を入れると、海外旅行をしたことがないというにあれこれ話をしている姉ふたりを監視の名目で恨めしそうに眺めつつ、20時半頃に送りに出た。家を出る際もと姉ふたりはぎゅうぎゅうハグをして別れていた。どうなってんだよ。

の家まではゆっくり歩いても30分くらいで着いてしまう。だらだらと歩きながら、藤真はわけがわからなくて、また自分がどれだけ頑張ってもあれほど心を開いてくれないに少し苛立ち、それが転じて少し悲しくなっていた。オレとはあんな風に仲良くしてくれないのに、なんでよりによって姉貴たちなんだよ。

がっくりしながら歩いていた藤真だが、自宅が見えなくなるあたりでに手を取られて心臓が止まるかと思うほど驚いた。何やってんのさん!? 藤真がこんなに驚くとは思わなかったはぽいと手を離す。

「ごごご、ごめんなさ……あの、その、私」

だけど、驚いただけで、の方から手を繋いでくれるなんて、そりゃあ嬉しいに決まってる。藤真はどきまぎしているの手を取り直して、指を絡ませた。もしっかりと握り返してくる。

「急にどうした? あいつらになんか変なこと吹き込まれたんじゃないのか」
「へ、変なことなんか何もないよ、お姉さんたち優しくてかっこよくて、すごく楽しかった」
「優しい!? いやそれなんか企んでんじゃないのか……
「ち、違うよ、いっぱいお話してたくさん色んなこと教えてもらって、嬉しかった」

こんなに楽しそうで嬉しそうなを初めて見る藤真は、なんだか泣きそうになってきた。

「千代子姉さんも八重子姉さんも大好き」
……大好きなんだ……

藤真はもう少しで本当に泣くところだった。自分は好きとも言われたことないのに。だが、今日のはこれまでとは違う。レーザービームのような強い光を放つ姉ふたりの言葉が、微笑が、にかつてない勇気を与えたのである。は繋いだ手を引いて足を止めた。

「だけど! い、一番、す、好きなのは健司くんだから!」

そして、超展開についていかれずに呆然としている藤真に抱きついた。

「わた、私こんな変なのに、好きだって言ってくれて、嬉しいって、ずっと言えてなくてごめんなさい、私も、私も好きですってちゃんと言えなくてごめんなさ――

一生懸命考えながら言うを引き剥がした藤真は、そのまま唇を押し付けた。はそれをちゃんと受け入れ、藤真の首に手をかけて爪先立った。何度かキスを繰り返したところで、藤真は改めてを抱き締めた。これにもちゃんとは抱き返す。

「やっぱりなんか吹き込まれたんだな」
「そ、そうかもしれないけど、無理にしてるわけじゃなくて、その――
……も、こうしたかった?」

ぶわっと音が聞こえてきそうなほど、は一瞬で赤くなる。しかし、生まれ変わったはちゃんと藤真の目を見詰めながら、頷く。藤真の頬もゆるりとピンクに染まる。

のこと好きだからさ、くっつきたいって、キスしたいって、それ以上のことだってもっとって思うよ。そういうの、きっとはつらいんだろうけど、何をどうするとかじゃなくて、そういう風に思ってるの、知ってて」

しっかりとが頷くので、藤真はギュッと抱き締める。

「辛くないよ、そういうの、嬉しいって、思ってます――

今度は違う意味で泣きそうな藤真は、夢中での体を抱き締めてキスを繰り返した。

9月。国体に出場することになった藤真と花形と長谷川は、普段より有料コートに行く回数が増えていた。そんなある夜のこと。花形が有料コートにやってくると、藤真が地面に胡坐をかき、フェンスに背中を預けてがっくりと項垂れていた。ボールを抱っこして、そこに額を乗せている。

真正面にしゃがみこんだ花形は、一呼吸置いてから笑わないように気をつけて声をかける。

「今度は何だ。姉ちゃんらか、それともか?」
……両方」

藤真は顔を上げる気力もない。

、巴御前に洗脳されてたろ」
「洗脳……まあ、多大なる影響を受けてはいたよな。最近薄れてるみたいだけど――ってまさか」
「そのまさかだよ何なんだよわけわかんねえよ」

藤真はボールを手放すと、両手で顔を覆って髪を振り乱した。

「親が仕事で遅いからって姉貴たちが家にいるとしょっちゅう遊びに来てて勉強教えてもらったりもしてて今日なんかいってらっしゃーいとか言われて今度の休み模試の後3人でメシ食いに行くとか言っててその日オレ国体で試合だってのに!!! なんでだよ! 彼氏よりその姉の方優先とか意味わかんねえよ!」

目も当てられない。花形もがっくりと項垂れた。

「姉貴たちに焚きつけられたせいか、最近は普通にくっついたりとかも出来てたのにこれだよ」
「またくっつけなくなっちゃったのか?」
「いや、そーいうわけでもないんだけど」
「なんだよ、じゃあいいじゃないか」
「だけど受験クリアして春休みになったら温泉行こうとか言ってんだぞ、オレを差し置いて!」
……まーなんだ、可哀想だがオレにしてやれることは何もない」

それが現実だ。花形はボールを拾うと、また藤真に抱かせる。藤真は抱っこしたボールに顔をうずめて覇気のない声で唸った。やっとと彼氏彼女っぽくなってきたというのに、前途は多難だ。

(……きこえますか……きこえますか……みなさん……藤真健司です…………あなたの……心に……直接……呼びかけています……こんなもの……読んでる場合じゃありません……どうして……どうしてオレが仲間外れにされてるんですか……彼氏はオレです……いいですか……と付き合ってるのはオレです……なのになんでは姉とばかり会ってるんでしょう……もう一度言います……彼氏は、オレ!です!)

END