隣の席の君が好きでたまらない

これは小学生の時からずっとなので、割と当たり前というか、もう気にならない。たまにすごく申し訳なさそうな顔をされるけど、いや別にいつものことなんで、って思うだけ。

何って、席の話。

小学6年生の時に170を突破して、180も超えたのは確か中2。高校入学時にはほぼ190だった。そのせいで、小学5年くらいからオレはクラスで最後列以外の席に座ったことがない。4年生くらいの時に160に届いた時は、まだどこでもよかったんだけど、後ろの子に遠慮して体を曲げてたら腰痛になった。

だからオレは最後列でいいし、担任にも最初からそう言ってあるし、翔陽入学直後は名簿順だったけど、オリエンテーションが終わるとオレはさっさと最後列に移動した。申し訳ないんだけど、いえいいんです、なんていうやり取りも面倒くさい。

翔陽の場合、席替えはクラスごとに自由に行ってる感じで、隣のクラスは1年の4月5月は毎週替えてたって話だ。で、うちのクラスはというと、一応1年の1学期だけは1月ごとにしようと担任が言い出した。まあオレの場合それもあんまり関係ないんだけどな。横の配置以外、指定席だから。

と思ってたら、なぜかもうひとり最後列指定席がいた。だ。

3回目の席替えになる6月末、インターハイ予選が終わった頃の席替えで、またと隣の席になった。毎回最後列なので優遇してもらうことになってるオレは、6列あるうちの窓側から3番目で、は4番目で、気付いたらもうずっと隣の席だった。というかふたりだけ最初の席替えから動いてなかった。

の身長は、普通。高くも低くもない感じ。サバンナ育ちで異常に目がいいってわけでもなさそうだし、なんで毎回最後列なんだ? と考えていたのが顔に出てしまったらしい。移動の手間がなくて、机に肘を突いたは俺の視線に気付いて顔を上げた。

「花形も指定席状態だねえ」
「オレはまあ、しょうがないからな。けど――
「ふふん、聞いて驚け、チョークアレルギー」
……え?」

机に肘を突いて手のひらで頬を支えているはニヤリと目を細めるとそう言った。

「去年急にね。それから指定席なの」
「チョークアレルギーなんて、そんなのあるんだな。これくらい離れてれば平気なのか」
「まあ一応ね。去年は担任が粉の飛び散らないチョークに替えてくれたけど、ここはどうかなあ」

アレルギーと言えば花粉に食べ物くらいしか馴染みがないオレはなんだか不思議な世界に迷い込んだような気がしていた。というかじゃあ掃除も出来ないし、教室の前半分には基本的には近寄れないじゃないか。

「そう。くしゃみくらいならまだいいけど、発作起こしちゃうからね」
「昼とかどうしてんだ」
「事情話して部室使ってる」
「部活、何やってんだっけ?」

はまたニターっと笑う。

「廃部寸前の合唱部」
「え、廃部?」
「現在3人。合唱ってかただ歌ってるだけ。カラオケ部みたいな感じ」

言いながらは笑ってる。確かに失礼ながら合唱部の存在すら知らなかった。

「へえ、って歌うまいの?」
「うまいよーちょーうまいよー」
「いやバカにして言ってるんじゃないぞ」

はけたけたと笑った。あんまり気にしたことなかったけど、笑うと可愛い。というか今気付いたけど、てことは1年の間はたぶんほとんどと隣の席ってことになる。最後列を気にしたことなんかなかったし、これからもずっと一番後ろで構わないんだけど、隣がこんな風に可愛い子なら、少し嬉しい気がした。

その時はそんな程度だったんだけど、終業式の日に面倒くさくて大変なことが起きた。いや、面倒くさくて大変なのは主にオレだけなんだけど、とにかくそれでオレの世界は一変した。いや、大袈裟じゃなくて。

終業式の日は部活がない。ないというか出来ない。それどころか午後から学校全体が閉鎖。終業式恒例の校内検査日なんだそうだ。そんなわけで、部活もこの日は必ず休みなのだとか。おそらくそれを嗅ぎ取ったんだろう、なぜかオレはカラオケで合コンに誘われた。合コン?

どうやら誘ってきた連中は藤真を呼んで欲しかったらしい。オレたちはいつでも部活漬けだから、こんなチャンス滅多にないと思ったか。が、申し訳ないけど藤真は来ない。なぜならヤツは歌うのが大っ嫌いだからだ。音痴なのかどうかは知らない。こと歌となると頑として口を開かないから。

だから諦めろ、適当に行きたいやつだけで行けばいいんじゃないかと思っていたら、合コンに行くらしい集団の中にがいるのを見つけてしまった。どう考えても人数合わせだ。本人も浮かない顔をしている。こんなの、付き合わなくたっていいのにな。

は少し可哀想だったけど、オレは帰るつもりでいた。――のに、そうなると男子がどんどん減ると言って解放してくれない。こんなことになると思ってなかったから、今日はもう用はないと先に言ってしまった。なんで校内同学年だけで合コンなんかしなきゃいけないんだよ、それって合コンじゃなくてただ遊びに行くだけだろうが!

それはもう死ぬほど面倒くさい展開で、正直に白状すると、がいなかったら無視してでも帰りたかった。それをまあいいかと思いとどまったのは、と、カラオケ。オレの好奇心を適当にかわして、ちょーうまいよーなんて言ったの、本当の歌声を聴いてみたかったんだ。

……何してんのよ」
「押し切られて」
「断ればいいのに」
「今日暇? って聞かれたから、そうだって言っちゃったんだよな」

カラオケに移動する間、案の定集団からはみ出たオレとは、面倒くさそうな顔をしたまま、ぼそぼそというよりぶつぶつ言いながら歩いていた。確かと仲がいいという女子はドえらく可愛いと噂になるような子だったはずだから、きっと藤真の餌にされたオレと同じのはずだ。

「どっちも友達あてにされて、だけど帰っちゃダメなんて、面倒くさいね〜」
「やっぱりもか。本人に言えってんだよな」
「結局どっちも来ないんだしねえ」

の友人であるドえらく可愛いという女子は幼い頃からバレエ一筋で、今日もさっさと帰ってしまったそうだ。そう、たまたまオレは休みだったけど、夢中になってるものがあるなら、こんな風に遊んでる暇、ないんだよな。何にも一生懸命取り組んだりしてないからこうやって暇をもてあます羽目になるんだよ。

「こんな風にグダグダしてるなら、なんか部活でもやりゃあいいのにな。合唱部入ってやればいいのに」
「こんな根性なさそうなの、いらなーい。合唱もさ、筋トレとかするからねえ」

もけっこう言いたい放題だ。というか歌うのに筋トレとは。また知らない世界のことに興味が湧いたオレはに絶滅危惧種合唱部の活動内容を色々教えてもらいながら、翔陽最寄り駅から2つめの駅にやってきた。翔陽から一番近くて大きな駅だ。学校帰りに遊ぶならこの界隈らしいが、オレは来たことがない。

もう前を行く集団に着いていくだけのオレとは、大部屋が開いてないと言うので2つに分けられたグループの、どう考えても残念な方のグループに割り当てられた。おそらく半分以上が人数合わせというか、ただ来いと言われたから来ただけのような面子だった。

都合のいい顔ぶれだけで固まって部屋に入っていくグループを見ながら、オレはこっそり帰ってもバレないんじゃないかと提案してみた。が、そんなことをしたら後で何を言われるかわからない、せめてカラオケ終わるまでは帰りたくないと言われてしまった。なんだよそれ、取り巻きか。

「2時間付き合えば何も言われないでしょ。それまで適当に喋ったりしてればいいんじゃないの」
「それで2時間てのもなあ」
「ひとり壁に向かって筋トレしててもいいよ」

は自分で言って自分で吹き出してる。オレにも一応プライドというものがあるのでそんなことはしない。

だけど、中学に入ってからずっと部活漬けだったオレは、また知らない世界を垣間見ることになった。ご主人様待機の取り巻き集団状態だったグループBのはずなんだけど、部屋に入ったらご主人様のランクらしきもので序列ができはじめて、突然好き放題仕切り出すのが現れた。なんだこれ。

体育会系もたまに無意味な精神論に囚われて迷走するけど、こっちはこっちでなんかおかしい。日本人て番号振って並べるの、本当に好きだよな。序列どころかそもそもご主人様不在であるオレとはドアに近い場所にちょこんと座ってぼんやりしていた。やることがない。

かといって携帯いじったりでもしようものならああだこうだと文句言われるのは目に見えてる。ああ面倒くさい帰りたい。それはたぶん隣のも同じはずだから、もうほんと連れて帰りたい。の歌聞いてみたいとか思った自分が恨めしい。

そうこうしてるうちに、妙な盛り上がりを見せ始めたグループBは、まるで参加していないオレとに突っかかり始めた。1曲くらい歌えというのだ。こんなことになってしまって、それでが合唱部だというのは、ある意味では本当に不幸だった。うまいんでしょーとか言われたは思いっきり苦笑いだ。

それでもがいたおかげでオレは歌えと言われずに済んだので、それは助かった。藤真ほど歌うの大嫌いというわけじゃないけど、キメ歌があるわけでもない。があれを歌えこれを歌えとか言われてるのが可哀想だったけど、オレにできることはない。

は渋々マイクを取ると、うまいんでしょ歌ってみなよという、いじめギリギリみたいなリクエストに応えることになった。選曲はいわゆる帰国子女系シンガーのバラード。もちろん難しい。高い。英語も多い。普通なら百発百中で音を外して声が出ないようなセレクト。だったんだけど――

の歌はうますぎて、全員絶句。

難しいどころか楽勝。は気まずそうな顔をしてるけど、今の彼女の気持ちはよくわかる。体育の授業でバスケットやらなきゃいけないとして、だけど仮にも翔陽バスケ部員は授業のレベルじゃないから、たぶん1対5でも相手が出来る。そんなことしないけど、やれと言われたら手なんか抜かない。それと同じだ。

というかもう、おそらくの場合、下手に歌おうと思っても下手に歌う歌い方がわからないだろう。そんなことはしたくもないだろうし。の威を借るオレはちょっと気分がいい。残念な方に押し込まれたは、普段からグダグダしてないで細々とでも合唱頑張ってるんだ。お前らとは違うんだ、って言いたくなった。

なのに、ご主人ランク上位はまだを突っつく。じゃあ今度はあれ歌ってよこれどうよと畳み掛ける。もう歌っちゃったもんは仕方ないは、大人しくそれに従う。いやあ、タダで聞いちゃっていいんですかっていうレベルでした。ぶっちゃけオリジナルよりうまいんじゃないかってのもあって、耳が気持ちいい。

国内のめぼしい難曲をふっかけるネタも尽きてきたご主人様ランカーは、セリーヌ・ディオンというリーサルウェポンを引っ張り出してきた。しかもタイタニックの方じゃない。音楽の知識が乏しいオレでもさすがにそれは、って思うくらい難しいとわかってる、「To love you more」だった。

さん、なんでそんなに歌うまいんですか……

確かに、たまにこういう人いる。親戚のおじさんとか、なんでか妙にいい声ですっごい歌うまいおじさんとか、たまにいる。だけどそれが同じクラスの隣の席の、実は笑うと可愛い女の子だっていうのがもう不思議でしょうがなかった。「To love you more」はの圧勝を飾るラストソングになった。

大変言いにくいことだけど、これがきっかけでオレはが好きになってしまった。歌うまいから好きっていうか、たぶんそこじゃない。このグダグダな集まりの中で、自分が頑張っているものを大切にしているものを、大袈裟に言えばプライドを守った。急に威張りだしたやつらの挑発に屈することなく返り討ちにした。

それが共感できて、かっこいいなと思って、そう思ったらゾワッと来た。こうしてオレは非常に面倒くさい展開の中で、隣の席の女の子が好きになるという大変な状況に陥ったわけだ。の歌声に誘われて世界が一変してしまったオレは、グダグダのまま解散したその場からとふたりで離れた。

こんなことはたぶん生まれて初めてだった。それはおそらくの歌声に刺激されて妙に興奮してしまっていたんだろうと思う。とにかくオレは自分でも可笑しいくらいに饒舌になっていて、をいいなと思ってしまったことも、隠そうとしなかった。

「合唱部ってコンクールとか大会とか、そういうのないのか?」
「そりゃあるけど、うちは出られないよ」
「なんで? あんなにうまいのに」

によれば、3人しかいない部員の内訳は3年ふたり1年ひとり。なんとは1年唯一の合唱部員だった。だけど問題はそこじゃない。2年生がひとりもいない。ただ歌ってるだけなのだとしても、3年生は引退時期だ。

「まさかもしかして……
「そのまさか。先輩たち引退したら私ひとり、廃部決定〜」
「もったいねえ!」

あまりにもったいない。というか軽音部じゃだめなのか。入学後のオリエンテーションで部活紹介の時にバンド演奏してた軽音楽部よりの方が全然うまいのに。あとはなんかないのかよ、歌う部活とか、なんか。

「なあ、廃部になったらもう歌わないのか?」
「まあ合唱部としては歌わないよね。来年になって合唱やりたいって子がたくさん入ってくれば別だけど」
「マジかよ、でも歌やめないよな? オレの歌もっと聞きたいんだけど」
「ちょ、花形どうしたの、落ち着いてよ」

これが落ち着いていられるかってんだよ。がもう歌わないなんてものすごい損失だぞ。

「別に私、歌うの好きだけど合唱にこだわってるわけじゃないし、いいんだって」
「いやそういう問題かよ。てか、インターハイ帰ってきたらまたカラオケ行こうぜ」
「はあ!?」
「おごるから、また歌ってよ」

は頬を染めてもじもじしてるので、少なくとも花形気持ち悪いとは思われてない様子。なのでオレはますます調子に乗る。なんというか、好きと併せてのファンだなこれじゃ。べつにそれでいいけど。

「てかすげえかっこよかったよな。あんな安っぽい挑発スルーしたっていいのに、真正面から受けて立って、それで勝っちゃってんだからなあ。合コンとか死ぬほどめんどいと思ってたけど、の歌は聞けてよかった」

はもう真っ赤だ。少しやりすぎかもとは思ったけど、正直なところだし、この際だからがギブするまでいいやと思ったオレは、を追い立てて駅ナカのカフェに入ると、無理矢理ケーキをおごった。

「もうなんなの……花形普段こんな人じゃないでしょ」
「まあ少しテンション上がってるとは思うけど、中身はこんなもんだよ。まあ、あとはの歌のせいだな」
「いい加減それやめてよ〜」

の方も妙な展開になって歌ったはいいが、隣の席の男が急に熱狂的なファンみたいになっちゃったもんだから、混乱してるに違いない。だけど、オレはどうしてもカラオケデート――この際だからデートということだと勝手に思っておく――それを取り付けたくて必死。照れるを口説きまくった。

だってそうでもしないと明日から夏休み。オレは8月の半ばまでのことなんて考えていられない日々が続くし、とりあえず近いところで言えばお盆の頃に部活が休みになる時くらいしか時間もない。

そりゃあ新学期になればまた隣の席の毎日が待ってるだろうとは思う。だけど、そんなの待ってられない。さすがにドン引きされるだろうから言わないけど、ぶっちゃけの歌を録音していつでも聞けるようにしておきたいくらいなんだよ。

「わかったわかった、じゃインターハイ帰ってきたら連絡してよ」

オレの粘り勝ち。そんなわけでメアドもゲットしたし、オレは大変気分よく夏休みに突入した。が、ここでオレは重大な失態を犯す。このことを藤真に知られた。いや、知られたって構わないし、だから話したんだけど、の話をしてしまったところで、とんでもない事実が発覚した。

藤真は歌うの大好き。小学3年生まで市の合唱団所属。声変わりで思うように歌えなくなって以来、ちょっと歌うのが苦痛。だけど本当は歌いたくて仕方なかった。……なんだその衝撃の告白。

で、お盆休み。オレはの歌が聞けてふたりっきりになれるはずのカラオケで、上機嫌の藤真と楽しそうなが歌う「荒城の月」を静聴する羽目になった。たぶんオレはこの「荒城の月」を一生忘れない。ていうかさっきから学校唱歌みたいなのばっかりだ。

さすがに悪いと思ったのか、それとも思いっきり歌ってすっきりしたのか、カラオケを出ると藤真は用があるとか言い出してさっさと帰っていった。時間はまだ遅くなかったから、どこかに移動したってよかったんだけど、カラオケ出てしまったらどこに行けばいいのかさっぱりわからなくなった。

とはいえこのまま帰したくないので、とりあえず食事してなんとなく喋って、ファミレスを出たらやっと暗くなってきた。既に19時。あんまりしつこくしてもと思ってたから黙ってたけど、こうなったらもう一度カラオケデートを取り付けるしかない。今度は藤真抜きで。ふたりで。

「なあ、今日は急に藤真も来ちゃったんだけどさ」
「藤真くん合唱部入ってくんないかなあ。女の子殺到しそうじゃない?」

は藤真目当てに部員が殺到する様を想像しているらしい。唇が歪んでる。いや、そうじゃないんだ、藤真は今いいから。気持ちはわかるけどヤツはあれでもバスケ部のエースなので。

「藤真目当てじゃ根性なしかもしれないよ。それでさ――
「まあその根性なしの中から数人やってみよっかなーて思う子が出てくればさ」

……あれ、これオレ、もしかして話遮られてる?


「別に『荒城の月』みたいなのばっかり歌うわけじゃないしさあ」
、聞いてよ!」

花形ウザいと思われているかもしれないことは努めて頭から締め出した。もしそうだったらメシなんか付き合わないで藤真と同じタイミングで帰れたはずだから。もしそうなら今日だって来てくれなかったはずだろうから。

「な、なに……
「また誘ったら、一緒にカラオケ行ってくれる? 今度は、ふたりで」

は息を呑んで止まった。

「もう一度ちゃんとの歌、聞きたかったのに、藤真来ちゃったから」

または照れて頬がピンクに染まる。だからオレは、夏休みだしこの際だから調子に乗ろうと思って、の手を取った。小さな手がピクリと震えて、だけど振り払われることはなかったから、ゆっくりと握り締めた。

……?」
「花形、大袈裟だよ、私の歌なんか――
「そんなことないよ、もっと聞きたいんだって」
「やめ、やめてよ、そういうの、私――

やめてって言いながら、は真っ赤な顔してオレの手をギュッと握り返してくる。もう片方の手も取り上げて包み込んで、引き寄せる。少しだけ屈み込んで、距離を縮めてみる。

「恥ずかしい?」
「だって――だって、歌ってると、花形ずっと私のこと見てるから」

いやそりゃそうだろ。見るだろ。ていうか歌って欲しいって言ってるのオレなんだから。

「あんな風に見られたら、変になるよ」
「変、って?」

また手を引いて距離を縮める。もうあんまり隙間は残ってない。

「だ、だからその、ドキドキ、しちゃうから」

そんなのオレだって同じだよ。が歌ってるの見てるとドキドキする。変になるよ。

「オレも、してる。今もしてる。もしてるの?」

の前髪を揺らすほどの距離で言ったオレの手がきつく握り返される。そして、は小さく何度か頷いた。具体的なことは何も言ってないけど、それはもう、色々OKだってことでいいよな。突然手を解放したオレは驚いて顔を上げたに抱きついた。なにぶん身長差があるのでは爪先立ってる。

しばらくすると、の腕が背中に回されて、ぺたりと頭がくっついてきた。

「オレ、の歌も、も、どっちも好き」

時は夏、日は夜だけど、神空にしろしめす、世はなべてこともなし。こんなことになるとは予想もしてなかったけど、オレとしてはこれで満足、全部全部丸く収まった。の歌もも好きだから、これ以上何も望まない。の歌があれば、幸せだと思う。

だからさっそく翌日、仕切り直しでまたカラオケに行った。今度こそふたりきり。の歌声独り占め。ついでにキスも。まあほら、暗い個室にふたりきりなのでそれは仕方ないだろ。

そうして2学期、また隣の席になったオレたちだけど、は同じクラスでオレの隣でいる間、オレの視線に晒され続けることになった。なんか視姦とか言われたけど失礼な。の全部、いつでも近くに感じてたいだけだよ。

なあ、照れてないで、こっち向いてよ。の視線と声で、ドキドキ、させてよ。

END