はとこの君が好きでたまらない

つまりオレはずーっと勘違いというか思い違いをしていたというわけだ。

オレの母親との母親は、いとこ同士で同い年で小中高とずーっと一緒でしかも仲がいいという関係で、なおかつ結婚したのも同じ年なら結婚した相手の職業と年齢と出身地まで同じだったって言う、なんだか変な人たちだ。けど、生まれた子供はうちが男で向こうは女。

でもそんなことは関係なく、オレとはよちよち歩きの頃からしょっちゅう一緒に遊んでた――んだけど、あれはいくつの時だったか、とにかくの親父さんの転勤では遠くへ引っ越してしまった。たぶん小学生の時だったと思うんだけど、同じ学校じゃなかったから、その辺の記憶は曖昧だ。

で、そのが帰ってくるらしいと聞かされたのは1年生の5月だったか6月だったか……母さんズはふたりとも翔陽出身なので、編入願いを出すだの出さないだのって話をしていたような気がする。へえ、帰ってくるのか、今の高校に残ったりとかしないもんなんだな、なんてぼんやり考えてた。

はひとつ年上なので、もう1年以上も通った高校を途中で去るのは面倒だろうな、なんて思っていたら、1年の秋頃には本当に帰ってきた。しかも、同じ学年に。

「え、なんで1年?」
「なんでって、同い年だからでしょ。あんた何言ってるの」
「同い年!? いやはひとつ上じゃ……
……まあ昔のあんたじゃが年上に思えても仕方ないけどね」

朝、今日が編入してくるからよろしくねと母親に頼まれたオレは、ひとつ年上だと思っていたが同い年だったことに驚きすぎて、母親がぼそりと付け加えた言葉をあんまりちゃんと聞いてなかった。

「へえ、はとこ。はとこって……
「親がいとこ同士」
「それって結婚できんの?」
「いとこが出来るんだから出来るんじゃねえの」
「可愛い?」
「小学校低学年くらいまでの記憶しかないから何とも……でもお前にはやらねえ」

朝練が終わった後、オレはが見たいといって自分の教室に帰らない花形と喋っていた。母さんの言いつけ通りに編入してくるはずのを教室の前で待ってるというわけだ。オレはともかく花形は目立つし邪魔なので、ふたりして壁に寄りかかってしゃがんでいる。

「なんだよ、そんだけ会ってないってのに、好きなのか」
「なんというかいわゆる憧れのお姉さんだったんだよ。同い年だったけど」

そこで家を出る前に母さんが何か言ってたなと思い出したオレは、ついでに影の薄〜い子だった自分の過去も思い出す。いじめられたりはしなかったけど、自分でも驚くほど何も考えてない子供だった気がする。そのせいで根暗の根性なしだと思われていた時期がある。

はそんなオレの目を覚ましてくれた頼りになるお姉さん――のはずだったんだけど。

「あっ、いたいた、健司!」
「嘘、やだほんと、健司ー!」

廊下の向こうから黄色い声が響いてきた。母だ。やっばい懐かしすぎてなんか泣きそう。

「小母さん、!」
「きゃーやだあ、健司大きくなってちょっと何かっこよくなっちゃって何よ」
「お母さん落ち着いて」

なんとなく気恥ずかしいとオレを他所に、母はテンションマックス、オレの顔やら腕やらを触りまくっている。ていうか小母さんあんまり変わらなくてちょっと怖い。しかも小母さんが騒ぐから遠巻きに野次馬が。おいお前らあんまりじろじろ見てんじゃねえ。

「小母さん、オレさ、のことひとつ年上だと勘違いしてた」
「あらそうなの? 同い年だし生まれた産院も一緒なのよ」
「なんかそんなんばっかりだねうちって」

最初はすごく違和感があったけど、ふにゃっと笑うの笑顔はあの頃のままで、オレは胸の辺りがむずむずしてきた。影が薄かった割には甘ったれで、お姉さんだと思っていたによく抱っこしてもらっていた記憶が蘇ってきた。いやあ、これは恥ずかしい。

その上はちゃんと可愛くて、オレの斜め後ろで突っ立ってる花形の無言の声が聞こえてくるような気がした。気持ちはわからないでもないけど、こればっかりはダメだ。お前にはやらん!

「ああでも健司がいるから何も心配ないわ〜! 頼むね」
「はーい。なんか昔と逆だね」
「あらやだほんと! いやだそうよ、逆じゃないやだあ」
「お母さんいい加減静かに……
「ああそうね、じゃ私このまま健司ん家行くから、じゃああとでね!」

母は興奮冷めやらぬまま慌しく帰って行った。まだ朝のHRまでは時間がある。

「うるさくてごめん、あと久しぶり!」
「おー、久しぶり! なんか小さくなったな」
「健司が大きくなったんでしょ。お母さんじゃないけど、ほんとによくここまで……
「そりゃあ鬼軍曹のおかげです」
「ちょ、それは忘れて」
「あっのー」

ついわいわいと喋ってしまっていたとオレの間に花形が割って入ってきた。

「あ、悪ィ。、オレバスケやってるの、知ってるよな」
「そりゃもちろん。なんか強いんだって?」
「そうそう。で、これ、同じバスケ部の花形っていうんだ」
「隣のクラスです。藤真は遠いから困ったことがあったら言って」
です。ありがとう」

何ポイント稼いでやがんだお前は。やらねえって言ってんだろうが。

、昼とかどうすんだ」
「とりあえず持って来なかったんだけど、買うところとかある?」
「購買か学食かちょっと出てコンビニか」
「コンビニってどこ?」
「じゃあ昼になったら迎えに来るよ」

昼も出来れば自主練が望ましい高校バスケットの名門翔陽だけど、まあ今日はいいだろ。れっきとした親戚が転校してきちゃったもんで。しかし変な感じだ。頼もしくてちょっと厳しいお姉ちゃんだったはずのが目線の下にいて、しかもなんだかやたらとちっちゃく見える。

緊張気味のを残して行くのは忍びなかったけど、まあそこはしょうがない。花形の言うようにちょっと遠い教室までオレはダッシュ。たぶんこの調子だと昼になってを迎えに来ると、花形が先に来ているという状況になっているだろう。こういう予想は外れたことがないんだよな。

「ほらやっぱりな」
「何がだよ」
、どうだったよ。平気だった?」
「うん、なんかみんな優しくてちょっとびっくりしちゃった。てかあんた有名なんだね」

花形が横であーとか間の抜けた声を上げてる。まあオレだけじゃなくてバスケ部はみんな目立つからしょうがない。部員も多いし。誘った覚えはないんだけどなぜかついてくる花形と3人で外へ出て、コンビニに向かう。

誰にも昼一緒に食べようとか言われなかったのかと聞くと、とりあえず今日のところは親戚がいるからと断ってきたらしい。まあそうだよな。親戚。うん、身内だ。それにしてもは少し疲れているようだった。まあ、無理もないけど。高校で転校なんてストレス溜まるよな、可哀想に。

昼なんか普段なら教室で適当に済ませてるけど、今日は教室と言ってもどの教室にすればいいのかよくわからない。オレと花形が一緒だと変に目立つだろうし。だもんで、結局あんまり人のいない体育館の舞台袖まで来てしまった。ちなみにここは体育館競技部の縄張りであり、まあ要するに溜まり場だ。

「なあ、さっきの鬼軍曹って何?」
「そんなこと覚えてなくていいのに〜」

花形がパンをかじりながらに首を傾げて見せた。かわいくねえから。

「話さなかったか。オレ昔静かすぎる子供だったって」
「ああ……そうだったっけか」
「それをビシバシ鍛えてくれたのがこの軍曹ってわけだ」
「なんで軍曹なのさ〜」

はパックジュースのストローを咥えたまま俯いた。何で軍曹なのかはよくわからないけど、とりあえず厳しくしごいてくるのは軍曹ってことになってる気がする。実際の軍曹がどうだかは知らないけど、まあこの先生も鬼のようだったんだよ実際。

「よく公園に丸くて低い山があるだろ、あれの頂上から何度も蹴り落とされたりな」
「は!?」
「獅子は子を谷に落とすのアレだよ。登っていくと蹴られて、の繰り返し」

は両手で顔を覆っている。が、事実なので仕方ない。

「あとは縄跳び振り回しながら追いかけられたりなー。アレ痛いんだよ」
「もうやめてよそんな昔のこと」
「そうそう、おやつ投げってもあったな。口でキャッチしないと食べさせてもらえない」
「筋力、持久力、動体視力瞬発力、だな」

花形は淡々と言うけど、はとてもそんなサディスティックなことをするようには見えないだろうな。今本人を目の前にすると、オレも正直記憶を疑いたくなってくる。まあその、身内ながら、可愛いから。

「だってさ、健司ちっちゃい頃は本当に静かで何でも言うこと聞くし、頭大丈夫かなって」
「それはだけじゃなくて親もそう思ってたらしい」
「でしょ。だから頭バカならせめて忍者みたいになれればとか思って」
「体も小さかったはずだよな」
「私の方が大きかったよね」

どんどん記憶が掘り起こされる。とにかくオレを忍者にしようと思ったらしいは、会う度にミッションを課しては、出来なかったらもう遊んであげない、とオレを突き放した。何も考えてなかったけど、そう言われれば考える。と遊べなくなるのはいやだ。じゃあ言われた通りにする。それだけのことだったな。

「引っ越す時も、ねえ」
……なんだっけ?」
「あれ、覚えてない? じゃあ思い出さない方がいいよ」
「じゃあ後でオレにこっそり教えて」
「花形お前ふざけんな」

はけたけたと笑っているけど、ええと、オレ何か言ったのか? まずいな、本当に覚えてない。しかも思い出さない方がいいなんて言われたら余計に思い出したくなるじゃないか。

この日、結局何も思い出せないままのオレは部活が終わるとまっすぐ家に帰った。案の定母がいて、ダイニングで昔のことを喋ったり近況を話したりと母ふたりは話が終わりそうにない。なのでオレはリビングにと移動して学校のことをあれこれ喋っていた。

早速部活の勧誘攻めに遭ったらしく、どこがいいかと聞くから、バスケ部のマネージャーをやれと言ったんだけど、それはあっさり却下された。けど、そんなことをだらだらと喋っていても、が引っ越す時に何があったかはまるで思い出だせそうになかった。

母さんに聞いてみようかとも思ったけど、もし本当に思い出さない方がよかったようなことだったとしたら、母親の口からは聞きたくない。だから何とかして自力で思い出さないといけないんだけど……無理!

思い出せないせいでちょっと寝不足のオレは、翌朝のろのろと部室に入った。先に来ていた花形に声をかけると、なんだか妙な一瞬の間があってから挨拶が返ってきた。なんなんだよ一体。

「いや、思い出せたのかな、と」
「まだだけど、そんなに気になるか?」
「オレは気にならない。……昨日教えてもらったから」

は!?

オレが目をひん剥いたからか、花形はにやりと唇を歪めてる。ていうかお前いつそんなこと聞いたんだよ。オレが見てないと思って勝手にに突撃しやがって。ていうかも何も言わなかったじゃねえか。なんで隠すようなことするんだよ……花形には話すのに、オレには話さないのかよ……

柄にもなくちょっと傷ついてしまった。と思ったら、花形のヤツも薄っすらため息なんかついてる。いやそれオレの方だから。なんでお前がふうやれやれみたいになってるんだよ。

「まあなんだ、お前らの関係というか、そういうのはよくわかったよ」
「なんだよ何聞いたんだよ」
「それは自分で思い出せ。オレはもう邪魔しない」

邪魔しようとしてたのかよ。

しかしそれはともかく、ここからオレは何ヶ月もそれが思い出せなくて、そのせいでやたらとを意識してしまって、好きなら好きでいいんだけど、はとこを好きになってもいいのかどうかいまいち自信が持てなくて、だけど近くにがいることが嬉しくて、結局何かとにちょっかいをかけ続けた。

転校から1ヶ月も過ぎた頃になると、がオレを鍛えたという話がすっかり広まってしまって、ふたりは師匠と弟子みたいなキャラになってきた。なのでそれをいいことにオレは師匠に纏わりつき、でたまに師匠キャラになりつつオレを敬遠するというおかしな関係になってきた。

それを経て、オレがとうとう引越しの時のことを思い出したのは、1年生も終わりの3学期末のことだ。引退した先輩たちの卒業を間近に控えて、部室ではしんみりと真面目にバスケット論など語り倒してみるなどという青臭いことが行われていた。その中でたまたまバスケットを始めたきっかけの話になった。

バチン、と頭の中で回路と回路が接続されたみたいな衝撃だった。

全てを思い出したオレは、しかし部員の前で話せるような内容でもなくて、その場は適当に誤魔化して、にやつく花形を一発蹴って、部活が終わったらダッシュでの元に向かった。は仲良くなった子の誘いでクラフト同好会に入っていて、この日は同好会の不定期活動日だった。

部活動が盛んな翔陽だけど、あんまり部活に興味がないのも一定数いて、そういうのは適当に同好会作って遊んでたりする。が参加したクラフト同好会もそのひとつで、なんかビーズのアクセサリーとかそういうのを作ってるって話だった。手芸部と何が違うのかよくわからない同好会だ。

ともかくオレはそのクラフト同好会の遊び場――もとい、活動場所である視聴覚教室前のロビーに全速力で飛び込んだ。はロビーに置かれたテーブルで女子数人となにやらちまちましたパーツをいじくっていて、突然ハアハア言いながら現れたオレに驚いて飛び上がった。

、思い出した!」
……は?」
「引っ越した時のこと、思い出した! 全部!」

駆け寄ってまくし立てたオレに、はまた竦みあがった。慌てて立ち上がると、オレを押し返す。クラフト同好会の子たちがなんだか楽しそうな顔で一塊になってそれを見ている。はそれが気になるんだろうけど、オレはそれどころじゃない。

「思い出さない方がいいって言ったじゃない、ていうか今ここでするような話じゃないでしょ!」
「いやいやいや別にいいだろそんなことは! せっかく思い出したのに!」
「せっかくって何だ! 帰ってからでいいでしょ、そんなことは!」

オレを追い返したいと今すぐあの時の話をしたいオレは、両手をガッチリと組み合ってギリギリと押し合いをしていた。今となってはオレの方が強いに決まってるんだけど、も必死だ。土俵際の力士みたいになかなか引き下がらない。

「話聞いてくださいって師匠!」
「それもやめろ! ていうか本当にもう帰ってよ!」
「いーやーだー!」

この時のはそれはもう粘り強かったんだけど、そこはオレも名門校の運動部で1年からスタメンという実績があるわけで、押し合いをしていた手を急に緩めて引いてみた。ありったけの力でオレを押し返していたはふわりと浮き上がって、そのままオレの胸に飛び込んできた。

クラフト同好会の子たちが黄色い歓声を上げる。

、約束、ちゃんと守ったよ、オレ」
「わかったから離してよ!」
「ほんとにわかってんの?」

をそっと抱き締めて切ない思いに浸っていたら、突き飛ばされた。ロビーと階段の最上段フロアを繋ぐ3段の段差をオレは転がり落ちる。思い出すなあ、公園での日々。

軍曹に言われるまま鍛錬に励んでいた健司少年は、が引っ越してしまうことになって目的を失いかけていた。鍛錬してもしなくてもはいなくなってしまうのだ。それを察知したは、このままだとオレがまた元に戻ると思ったらしく、引っ越す前にオレを正座させて言い放った。

「けんじ、がいなくなっても練習サボるなよ。サボったらもう絶対口もきいてあげないからね」

それは困る。健司少年はがいなくても鍛錬に励もうと心に決めた。とはいえ何をすればいいのかわからなくなったオレは、翌年あたりに面白そうだなと思ったバスケットを始めたというわけだ。だから、きっかけはてことになる。そんなこと堂々と言えないけど。

「わかった。が遠くに行ってる間に、オレ強くなっておくね」
「えらい! ほら、あれ、甲子園とか行けるくらいになっててね」

幼稚園では忍者、小学校低学年では甲子園が精一杯だったに違いない。まあ、バスケットなのでインターハイでいいだろう。去年既に行ったので、約束はちゃんと果たされたというわけだ。そして健司少年は寂しいあまり、におねだりをしたのだ。

「ちゃんと強くなったらさ、、結婚してくれる?」

きっと当時のオレの感覚としては、ずっと一緒にいる、イコール結婚だったんだろうと思う。お姉さんだと思っていたが遠くに行ってしまって、もうしばらくは遊べなくなるというのがたまらなく寂しかった。もう抱っこもしてもらえないのかと思うと、ちょっと泣きそうだった気がする。

そんなオレの頭を撫でて、は確かに言ったのだ。

「いいよ!」 と。

だからといって、そりゃあもちろん今すぐ結婚しろとかそういうことじゃない。だけど約束は果たされたし、オレは師匠が真っ赤な顔をしているのがたまらなく可愛いし、花形のため息の意味もわかったし、もういとこだろうがはとこだろうが、どうでもいい。

段差の上で仁王立ちのは、いっぱいいっぱいの頭で過去に戻ってしまったんだろう。立ち上がりかけたオレをビシッと指差し、混乱した様子で言い放った。当時のもよくオレをこうして躾けていた。

「健司、おすわり!!!」
「ワン!!!」

これに何も疑問を感じなかった健司高校生は、以後人目も憚らずに師匠をさらに追い掛け回すことになる。師匠と弟子が、師匠と犬になり、はますますオレを避け、終いには学校でバッティングすると逃げるようになった。けど、だからなんだ。オレたちは親戚、身内。に逃げ場はない。

部屋にまで押しかけて好き好き言い続け、を陥落させたのはそれから半年後のことだった。

ちなみに、おすわりとワン、は今でもやってます。

END