やっぱり君が好きでたまらない

湘北の校舎には東棟と西棟と、あと通称プール棟ってのがあって、屋上が広くて人の出入りが多いのは東棟。プール棟はその名の通り屋上にプールがあるから、普段は勝手に立ち入り出来ない。で、西棟も屋上があるけど、殆ど人がいない。なんでかと言えば、職員室からよく見えるから。

だから特にやましいことがない健全な生徒が昼にメシ食ってたりとか、そういうことはある。だけど放課後に賑わうのは東棟で、西棟はいつも静まり返っている。

そこでに出会ったのは、怪我をするほんの少し前だった気がする。

この頃のオレというのはいつも同中の取り巻きみたいなのに囲まれてて、だけどそれは中学の時からずっとそうだったし、ちやほやされてて当たり前で、だけどそんなのが続いていたせいで少しひとりになりたかった。その日はたまたま部活まで少し時間があったせいで、オレはふらふらと西棟の屋上に行った。

少し離れた東棟の屋上で3年のヤンキーどもがうろうろしているのを横目に見ながら、少し歩いたところで顔に何かが貼り付いて、驚いたオレはなっさけない声を上げて尻餅をついた。

「ごめんなさい、大丈夫ですか」
「え!?」

また急に視界が開けたオレは顔を忙しなく払いながら声のした方に顔を向けた。確か、同じクラスの――

「えーと、だっけ」
「あれ、ええと、ああそうだバスケ部のスターとか言う」
「三井だよ」

バスケ部のスターまで出てきて名前が出てこないって。ちやほやされるのにうんざりして屋上まで来たっていうのに、オレはそれに少しカチンと来ていた。ていうか何が起こったんだよ今。とにかく、どうなってるんだと言おうとしたオレの目に、床の上ではためく何枚もの紙が飛び込んできた。

「何だこれ、何やってんだ」
「えーと、部活」
「部活? 何部だよ――ってこれ半紙か?」

どうやらオレの顔に貼り付いたのは風に飛ばされた半紙だったらしい。重石を載せてある紙は全部半紙で、文字だの絵だのが書かれていた。は面倒くさそうに首を掻いている。

「うーん、説明しづらいんだけど、まあ言うなれば書道部」
「書道部って屋上が活動場所なのか?」
「まあうん、決まってないけど今のところ」
「なんだそりゃ。てか、え? ひとりかよ」
「まあそうだね」
「じゃあ部にならないじゃないか」
「そう。だから、そうだね、書道部みたいなものて感じかな」

湘北のクラブ活動は最低5人の部員がいて初めて認められる。つまりがいくら書道部と言ってもそれは無認可、同好会ですらない。ちなみに同好会は3人いれば場所を借りられる。

「湘北って書道部なかったのか」
「まあ私も高校入っていきなりやってみたいと思っただけだしね。先生がここ使っていいって言うもんで」

確かに放課後の西棟は人気もないし、座っていればベスポジの職員室くらいからしか見えないし、半紙が風で飛ぶとか雨の日は活動できないとか、そのくらいしかデメリットもない。オレは納得して床に散らばる半紙を覗き込んだ。書道というか、文字を使った絵というか――

「思っクソ自己流って感じだな」
「好きなように書いてるだけだからね」

は所定の位置に戻ると、オレの顔に貼り付いた半紙を畳んで重石の下に入れ、また墨をすり始めた。風に乗って墨の匂いが漂ってくる。そういや書道なんて中1の授業以来やってないな、なんて考えていたオレは、が墨をすって筆を浸し、半紙に落とすまでずっと眺めていた。

「面白い?」
「えっ、ああ、悪ィ、なんとなく。てか何書いてんだ?」

首を伸ばして覗き込むと、の周囲にはよくわからないセレクトの文字が散乱していた。

「黒猫、メンチ、蘇我馬子、つり銭切れ、ってなんだよこれ――おいおい!」
「朝から頭に残った言葉を書いてるだけだもん。これは今目の前にあるから」

は半紙いっぱいに「バスケ部のスター三井」と書いていた。改めて文字にされるととてつもなくかっこ悪い。

「書くだけ?」
「そう。書くだけ。気が済んだら帰る」
……ふーん」

オレが横でそれを眺めていても、は気にしていないようだった。当たり障りのない適当なことを喋りながら、はその会話の中で出てきた言葉やら、連想される言葉、たまに絵なんかを次々と書いていった。時間が来たオレが立ち上がった時も、じゃーね、なんて言いながら、まだ書いていた。

それからオレが怪我をするまでの間に、何度かこうして屋上で「書道部」をしているに遭遇して、他に誰もいなければ、オレはすぐ隣でが書をしたためるのを眺めていた。ひとりで「書道部」なんてのをやってる割にははごくごく普通な感じの子で、適当に話しながらリクエストしてみたりもしてた。

「じゃあ、全国制覇」
「せいは、の、はの字ってどんなんだったっけ」

携帯をいじって文字を調べ、は半紙いっぱいに文字を書く。覇の字だけが異様に大きくなってる。

「次は、MVP」
「エムブイピー」
「カタカナかよ」

オレの手元には、「全国制覇」「エムブイピー」「日本一」「インターハイ優勝」などのによる作品が次々と送り込まれてくる。その間に頼んでもいない「スター三井ファンクラブ」だの「目指せバレンタイン100個」だのが入ってくるのも可笑しくて、後から思うと、すごく楽しかった。

だけど怪我をしたオレは退院してもすぐには屋上になんて行かれなかったし、同じクラスにがいたって、書道部のことなんか思い出しもしなかった。思っていたより入院期間が長かったから、ちゃんと予選に間に合うのかどうかなんてわからなくて、ずっと不安で不安で押し潰されそうになってた。

屋上では普通に喋ったりしてたも、教室では話しかけてくることもなくて、挨拶すらもしなくて、つまりオレは屋上にいるとしか話したことはなくて、というのは、それが全てだったんだ。

それからしばらくして、足の治療が県予選に間に合わなかったオレは、まだ痛む足を引き摺って西棟の屋上に向かっていた。なんだかもう、何もかもが面白くなくて、苛々して、がいるかなとかそんなことは頭になかった。最初の時と同じ、ただひとりになりたかった。

放課後の西棟の屋上ということは、がいるんじゃないかと思い出したのは、屋上のドアを開けてからだった。やっぱりは屋上に出てすぐの定位置に座っていて、墨をすっていた。

「あれ、大丈夫なの、足」
……関係ねーだろ」

まだ松葉杖をついていたオレは、の顔も見ずに歩き出そうとしたんだけど、足元にの書が散らばっていて、進めなかった。それを踏みつけてやりたい衝動に駆られたけど、そんな風に女に当り散らすのも嫌だったオレは、その場に崩れ落ちてばったりと倒れた。

「まだこんなことやってたのかよ」
「部活みたいなもんだから」
「くだらねー」
「ほんとにねー」

オレが嫌味を言っても、は動揺しない。黙々と墨をすって、筆を動かしていた。見れば、の書は初めて見た時よりも少し上手くなっていて、それがまた癪に障って、何の理由もないのに頭に血が上って、オレは松葉杖を床に叩きつけた。

「三井も書いてみる? 気分が落ち着くよ」
「やらねえよ。なんでオレがそんなくだらねーこと」
「まあそうだね」

きっとは自己流でも書をしたためることで得られる精神統一ってヤツを上手く使っていたんだろうと思う。オレが何を言っても穏やかなままで、それがまるで構ってもらえない子供と大人みたいで、オレの苛々は募るばかりだった。

「部活とかバカじゃねーの、そんなもん何の意味もないのに」
「三井、相当ストレスたまってるね」
「ああそうだろーな、腹立つことばっかりだ、面白いことなんかひとつもねえよ」
「そっか、まあ、気が済むまで吐き出していきなよ」

それはの優しさだったはずなのに、上から目線でナメられたと思ったオレは、痛む足を投げ出したまま這いずってににじり寄り、筆を落とそうとしていた半紙の上に手をついて顔を近付けた。

「慰めてくれるってのかよ」
「慰めるにしても、事情がよくわからないけど。話を聞くとかなら――
「それで済むと思ってんのかよ」

真面目な顔のが真面目な声で言うから、それも面白くなくて、オレは手をの首に手を伸ばして、少し引き寄せてみた。は抵抗しない。表情も変わらなかった。なんでこいつこんなに余裕なんだよ、抵抗とかするだろ普通、なんでさっきからずっとオレの目を見てるんだよ!

そのの目に見詰められているのが耐えられなくなったオレは、断りも入れずにキスした。

「な、慰めるって、こういうことだろうが」
……気が済んだ?」
「なっ――

これでもは怒ったり動揺したりしなくて、それどころか、まだ至近距離にいたオレの頭を撫でた。

「三井、怒らないで。傷つくのは三井の方だよ」
「なん、何でそんなことお前に、知りもしないくせに、偉そうに」
「怒らないで、お願い」

口ではに文句を言いながら頭を撫でる手を振り払えなくて、オレはまたの唇に食らいついた。ヘッタクソなキスを乱暴にしてたはずなのに、はずっとオレの頭を撫でてくれていて、それが腹が立って、情けなくて、恥ずかしくて、オレは突然を解放すると、出来る限りの速度で松葉杖を手繰り寄せて、屋上から逃げ出した。

それ以来、オレは西棟の屋上には寄り付かなくなった。

が好きだったんだと気付いたのは、それからずっと後のことだった。

学校はなんとか通ってたけど、もうバスケットなんかボールを見るのですら嫌で、だけど全中の時の写真は捨てられなくて、そうやって荒れる一方の中で何人かの女と付き合うだの付き合わないだのっていう話になったこともあって、実際に付き合ったのもいたけど、誰も長続きしなかった。

荒んだオレに寄ってくるくらいだから、そういう女だった。もちろん書道なんかしないし、傷つくから怒らないでなんて言うわけもなかった。それが、どうしても心に引っかかって、好きになれなかった。どんな可愛くても長く一緒にいると離れたくなって、結局嫌になって別れた。

じゃあまた西棟の屋上に行けばよかったんだろうけど、もうそういう素直な気持ちっていうものをオレは失くしてしまっていて、皮肉なことに、東棟の屋上で喧嘩したり授業サボったりすることの方が増えた。4階建ての西棟に対して東棟は5階なので、西棟の屋上はよく見えた。だけど、ずっと目を逸らしてた。

が西棟の屋上にいるかもしれないと思いながら、1年が終わり、2年になってクラスが離れて、3年になるまでの間にオレは意識してを忘れるようにした。オレとは種類の違う人間で、もう友達にもなれないんだから、忘れろ。の文字も墨の匂いもキスも声も――

だから、バスケ部に復帰してすぐ、オレは西棟の屋上に向かった。

バスケ部に戻ることになって、髪を切りに行った。そこで長く伸ばした髪を切っている間、ぱらぱらと白い床に散らばる自分の髪を見ていたら、のざっくりした筆遣いを思い出したんだ。よくわからない基準で選ばれた言葉が半紙いっぱいに書かれていて風に翻っていた、その景色が浮かんできた。

どれだけ怒ってもグズっても決して呆れたりせずに、ただそこにいてオレの苛立ちを受け止めてくれたに無性に会いたくなった。今も西棟の屋上にいるかどうかもわからない。だけど、正直、クラスがどこなのかも知らなかったから、屋上を覗いてみるくらいしか思いつかなかった。

西棟の屋上へ続くドアを開け、勢いよく吹き込んでくる風に身を立てて足を踏み出す。もう痛くない。

「久しぶり。髪、切ったんだね」

あの頃とまったく変わらない場所に座って、はオレを見上げていた。

、その――
「座れば? 東棟から見えるよ」

2年前には床に広げられた書道セットと半紙がはためいていただけだったが、だいぶ荷物が増えていた。言われるままにぺたりと座ったオレの前に紙コップに入ったお茶とクッキーが出てきた。なんだこりゃ。

その様子にぽかんとしながら辺りを見渡してみると、半紙より大きな紙が増えていて、書かれているものも言葉ではなくて文章になっていた。しかも、2年前に比べるとえらくきれいな字になっていて、なんだか胸の辺りがザワザワする。

「どうも路上詩人かなんかと思われてるらしくて」
……ああ、そういう」
「まあいいかと思ってたら本当に深刻な話が出てきたりもして、悩み相談所とも思われてるらしくて」

だけどは請われれば詩を書いてやり、そのついでに話を聞いてやり、話が深刻になってきてもずっと付き合ってやって、それでもそれを遠ざけたりしないでお茶とお菓子まで持参するようになっていたってわけだ。オレは近くで半乾きになっている紙を取り上げてみた。

「それは2年生の女の子のリクエスト。振られたって言うから」

紙には「痛いの痛いの飛んでけ」って書いてあるもんだから、つい笑っちまった。その周りをハートマークが埋め尽くしてて、隙間には大好きとか可愛いとか、ありとあらゆる女の子に対する褒め言葉がびっちり書かれていて、なんだかサービス過剰な感じもする。

「私別に詩とか得意じゃないんだけど、なんでか人が切れなくて」
……に話、聞いてもらいたいからじゃないか」
「まあ、私でいいんなら気が済むまで話してくれればいいんだけど」

2年前と同じこと言ってる。それを思い出して、オレは手を止めた。

、本当に書道やりたかったのか?」

も手を止めた。ゆっくり筆を下ろすと、空を見上げる。あの頃みたいに風が吹いて、半紙がはためく。

「ていうわけでもない」
「そうか。そんな気がしてたんだ」

確かに2年前に比べたら、のしたためる書は格段に上手くなっていた。だけど、それは書道として鍛錬を積んだからじゃなくて、単に何度も書いたせいで上達しただけに見えたし、決まっていないと言っていた活動場所は結局ずっとこの西棟の屋上だった。

の話を聞いたり詩を書いてくれるやつはいないのか」
「うん。そんな暇人、私くらいなもんだよ」
「オレも今、暇だけど」

本当は暇じゃない。復帰間もないんだし、本当はどれだけ時間があったって足りない。だけど、の話を聞いておきたかった。オレが今でもどこかでのことを好きだって思ってるのは措いておくとしても、いつもここで誰かの話を聞いているだけのの話を、言葉を聞きたかった。

……高校入る直前にね、友達が、病気で」
「え?」
「ずっと病んでたから、急なことじゃなかったんだけど、それに比べたら何もかも些細なことに感じて」

真っ青な空を見上げたは穏やかな顔をしていた。声も同じ。むしろ予想外の話が飛び出てきて、オレの方が焦った。そうは言うけど、だったらお前なんであんなに普通だったんだよ、オレの八つ当たりなんか、それこそくっだらない子供の駄々みたいなもんだろうよ。

「急に話し相手がいなくなっちゃって、その子と話してたようなことは誰と話せばいいのかわからなくなっちゃって。だから出来るだけ空に近いところで、手紙でも書こうかと思ったんだ」

黒猫、メンチ、蘇我馬子、つり銭切れ――どうでもいい日々の一瞬をここでしたためていたのは、その子に話しかけていたのか。よく見ると、は少しだけ笑ってる。胸のザワザワが今度は締め付けに変わってきて、喉の辺りが少し苦しい。

「それなのに、お前人の話聞いてたのかよ」
「まあうん、それで気が楽になるんだったら、それでいいじゃん」
「相手はそりゃすっきりするだろうけど、お前はどうなんだよ、話を聞いてもらいたいとか、なかったのかよ」

はまだ空を見上げたまま、にっこりと笑った。

「聞いてもらってたよ。文字でだけど」

……クソ、なんでオレが泣きそうになってんだよ。ていうか、もうこっち向けよ、今度はオレが話、聞くから。文字じゃなくてちゃんと言葉に出して話して、オレもお前みたいに、話、聞くから。

、最初の客のよしみで、なんか書いてくれ」
「いいよ。リクエストは?」
「おまかせ」

路上詩人用の大きめの紙じゃなくて、半紙を取り出してる。そう、オレは半紙に一言だったもんな。

また半紙いっぱいの言葉が送り込まれてくる。祝・復帰、脱・ロン毛、ブランク明け、栄光と挫折、陽はまた昇る――オレも笑ってたけど、も笑ってた。3年目の正直、いっちょやるか、不死鳥、クラスどこだっけ、下の名前も知らない――もうふたりで声上げて笑った。

その次にひらりと滑り込んできた半紙を見て、またオレは手を止めた。

実はファーストキス

「す、すまん、あれはその、ええとだな」
「一番荒れてた頃だもんね」

恐らく誰が見てもオレが一番荒れてたのは喧嘩の頻度が増した2年の後半からだって言うだろう。だけど、精神的に一番辛くてしんどくて荒れてたのは、に八つ当たりしたあの頃だった。はそれをわかってて、それで頭を撫でてくれてたんだろう。

忘れられなかった。実はオレもファーストキスだったからとかそういうことじゃなくて、そんな風に苛々をぶつけたっていうのに、オレが傷つくから怒るなって、そう言いながら撫でてくれたあの時のを忘れられなかった。

別の女と付き合うとかいうことになっても、どうしてものあの手が忘れられなくて、うっかりするとああして撫でてもらいたいと思ったりもして、こうやって晴れた空の下で話をしたくて、それはつまりが好きということで、今でもそれは同じで――

、筆、貸して」
「おお、書いてみる気になった?」

筆を受け取って、半紙を一枚引っ張り出し、床に直に置いて半紙いっぱいに書く。字なんか超きったねえけど、いいんだそれで。読めればそれでいいし、きれいに書くのが目的じゃない。

「はい」
「え、くれる……の」

半紙を受け取ったは目を落として黙った。半紙いっぱいの「好きです」。こっ恥ずかしいけど後悔はない。が固まってるから、また半紙を出してざくざく書く。

片思い3年目、こっちむいて、話して、3組、怒りません勝つまでは。てところでがつい吹き出したから、最後に自分のフルネームをでかでかと書いて突き出した。きったねえ字だけど、それはそれでなんだか味があるように見えてきて、なんだか楽しくなってきた。

「これ、受け取ってくんないか」
……もらっちゃっていいの」
「できれば今すぐにもらって欲しいんだけど」

オレの雑な書を両手で抱えていたが、やっとオレの方を向いて笑ってくれた。怪我もなくて、ただ他愛もないこと喋ってたあの頃みたいに、は笑った。そして、オレが突き出していた半紙を受け取って束に重ねて、抱き締めた。風が吹いて、半紙との髪がひらめく。

「ありがとう、大事にするね」
、じゃなくて……

2年前みたいに、またにじり寄って行ってキスした。止まない風に煽られて、墨の香りが立ち上る。

何も言わなかったのに、、じゃなくての手が伸びてきて、なんだかまだ自分でも違和感がある髪の短い頭をゆっくりと撫でてくれる。もう何も腹立つことはないし、不安も言うほどじゃないし、だけど体の中に残ってるモヤモヤしたものを、この手が全部吸い取ってくれてるような気がした。

だから、空に向かって手紙書いてるばっかりのの頭をオレも撫で返した。

……自分がやられると恥ずかしいね」
「えっ、悪ィ、つい」
「ううん、そうじゃなくて、嬉しいよ。ありがとう」

の手が頭から滑り降りてきて、今度は頬に落ち着いた。顔はさすがにドキっとするな。

「このことを手紙に書いたら、ひとり書道部、廃部にするよ」
「廃部って、だけど――
「私も同じ。いつまでも昔のことに縛られてたらだめだから。上ばっかり見てないで、前を向くよ」

至近距離でふにゃっと笑うが可愛い。えーと、またチューしたらだめなのかこれ。

「助けてくれて、ありがとう」

何言ってんだ、それはオレの方――と言おうとしたのに、の方からキスされて、オレは頭の中真っ白。やばいなー、なんだか色々加速してる気がする。それをグッと堪えているオレから離れたは、するすると筆を走らせる。

「これで書道部は終わり」

の手にはためく半紙。そこには「☆☆☆」。スターが三つて、もう少し気の利いた言葉とかないのかよ。思わず吹き出したオレは、笑いながらを抱き寄せて、目を閉じた。

END