キアロスクーロ

7

神奈川はとにかく山坂が多い。海の際からすぐに山、というところも少なくない。

リセの自宅もそういう坂の途中にあった。山の上、という感じはなかったけれど、ちょこまかとゆるい勾配を繰り返した先に住んでいた。湘北へはまずその坂を降りてから、バスに乗り、電車に乗って通っていた。

まだふたりが毎日制服を着ていた頃、リセを送っていった水戸はもっと坂を登っていったらどうなるんだと聞いてみたことがある。すると彼女は、家があるだけだよ、と笑いつつ、だけどちょっとだけ見晴らしのいい公園があると言い出した。興味を惹かれた水戸はそのままリセの手を引いて公園に行ってみたことがある。

悲しいかなその時はまだ日が高く、公園の隅っこに入り込んでみても、大量の家が見えるだけの景色だった。ただ斜面を駆け上がる風が心地よかっただけで、絶景と言うほどでもなかった。

電話でそれを誘うのはちょっと気恥ずかしかった。なので、文字であの公園で会いたいと呼び出す。

月イチで永源に通ってきていたらしいと信長に再会してから、3ヶ月以上が過ぎていた。その直後にアンリと出会い、そこから転がるようにして水戸の日々は目まぐるしく変化をしていった。詐欺事件を境に停滞していた水戸自身もまた動き始めた。

そんな中で唯一変わることのなかった、そして変えるつもりのなかったもの、最後に残ったのはリセだけだった。

アンリがなんのつもりであんな条件を出してきたのかはわからない。けれど、リセを最後に水戸はすべての過去のしがらみから解放されるのではないかという気になってきていた。過去の自分過去の事件どうやっても消えないもの、だけどただの足枷でしかないもの。それを振り切れる気がした。

すっかり冷えるようになってしまった空の下、水戸は公園のブランコの柵に腰を下ろして待っていた。一番明るい場所なので、そこで携帯でもいじっていれば不審者と思われて通報されることもあるまい。

指定の時間10分前から待っていた水戸だが、リセは時間ピッタリに現れた。

「どうしたの、急に。何かあったの?」
「あったあった。だからこんなとこまで来てもらったんだけど」

心配顔のリセは水戸の前に歩み寄ると、ちょっとだけ首を伸ばして胸の前で手をギュッと握りしめている。寒いのだろう、手が真っ白だ。すると彼女は首に巻いていたクリーム色のマフラーを解き、水戸の首にふんわりと巻き付けてきた。リセの体温で暖められたマフラーが暖かい。

「洋平くん、鼻真っ赤だよ。下まで降りてドトール行こうか?」
「えっ、いやいや、平気、すまんありがとう」

ゆるい勾配の坂を降りていくと、いくつかの飲食店やスーパーがまとまっている区画がある。水戸とリセ、妙な付き合いが始まってからは、その中のドトールで過ごすことも多かった。しかしまさかドトールで話はできない。に勧められた通り景色の良さそうなところにしたというのに、それじゃ台無しだ。

水戸は納得していない様子のリセの手を取り、何も言わずに引っ張ってその場を離れる。

「最初に連れてきてもらったの高校の時じゃなかったか。景色がいいって」
「懐かしいね。でもあの時昼間だったから全然……
「夜に来たの初めてだけど、どうなんだろうな」

斜面にへばりついている公園の奥は低木の生い茂る植え込みで、水戸は辺りを確認してからその中に踏み込んでいく。繋いだ手がじわりじわりと暖かくなって、色々考えてきたあれやこれやを早く言いたくなってくる。

「おお、けっこうきれいな夜景じゃん!」
「うわ、ほんとだ……! こんなの始めて見た」
「地元民なのに」
「危ないから入っちゃダメだって言われて育ったから」

そういうルールが一度頭に入ったら最後、逆らおうという気が起きないのがリセだ。水戸はそれを噛み締めつつ、繋いだ手を解くと、そっとリセの背中に触れて少しだけ抱き寄せる。

……どうしたの? こんなところまで来て」
「あのさ、3年前に貯金持って行かれて以来、どうにもやる気なくしてたんだよな、オレ」
「えっ? ああ、うん、そうだったよね……

直後に被害にあったことを話したら、リセは生活費に困るようなら援助する、と真顔で言ってきたものだった。しかし当時リセは就職したばかり、それに金をせびる気にはなれなかった。プライドもあった。だからお前だって貯金なんかねえのにそういうこと言うな、と一笑に付してしまった。ありがとうと言えなかった。

「詳しいことはまた話すけど、最近また色々やってみるか、って思えるようなことが続いてさ。何年もだらだらと惰性でぼんやりしてたけど、そーいうのオレらしくねえよなって、改めて思うこととか、あって」

アンリとかとか、そういうのはまたちゃんと話すから、それよりも。何を言われるんだろうと緊張している様子のリセに、水戸は精一杯微笑みかけてみる。うまく出来てるかどうかは分からないが、しかめっ面で言うことでもないはずだ。

「それで、何を今更って思うかも知れねえけど、リセ」
「は、はい」
「こんな中途半端な関係のまま6年もすまん。だけどオレ、終わりにしたくない」

リセの眉がかくりと下がる。泣きそうな顔をしている。

「いつまでもお前を振り回してないで解放してやれって何人にも言われたけど、ごめん、出来そうにない。だからその、遅えよって話なんだけど、改めて、付き合ってもらえねえかなって――

水戸が言い終わらないうちに、目を真っ赤にしたリセが飛びついてきた。水戸の肩に顔を押し付けて、嗚咽を飲み込んでいる。そのリセの体を水戸はゆっくり、けれどしっかりと抱き締めた。

……高校ん時に言えなくて、ごめん」
「いい、そんなの、いい」
「オレはヤンキーだし、お前は普通の子だったし、好きになったらダメだって思ってた」

リセは水戸の体をぎゅっと締め上げると、首を振る。

「知ってた。洋平くんがそういう風に思ってるの、知ってたから」
……そっか」
「だから、洋平くんが答え見つけるまで、このままでいいかなって、私も放置してたから」

たちと違ってこんなにすぐそばにいるのに、オレたちは心の距離がものすごく遠くて、そういう遠距離恋愛をしてたのかもしれねえな。リセはそうやってずっとオレを待っていてくれた――

初めて心からリセに感謝をした気がした。改めて、終わりにしたくないと思った。

「リセ、オレ、今から準備始めて、2〜3年後くらいに店を出そうと思うんだ」
「えっ、ほんとに?」
……店の名前、ライズ、にしようと思ってるんだけど」
「ライズ?」
「そう、ライジングのライズ。上がるとか、登るとか、そういう意味の」

水戸は身を引いてリセの手のひらを持ち上げ、アルファベットを指で示す。ライズ―― rise

「よ、洋平くん……
「ローマ字読みだと、どうなる?」
「わた、私の、名前……
「借りてもいいか?」

リセは口元に手を当てて真っ赤な目のまま、少し震えていた。

「最初は水戸屋とか雑なのしか浮かばなかったんだけど、名前って大事だよな、そんな店の名前じゃ愛着湧かねえなって。それで思いついて調べてみたら、英語でもいい意味だし、好きな女の名前看板にしてたら、死ぬ気で守っていける気がしたんだ」

水戸なりの「覚悟」だった。桜木、アンリ、そしてリセ。全部死ぬ気で守っていくという覚悟の象徴。

「いいのかな、私の名前なんか……
「だからリセ、ずっと一緒にいてくんないか」

顔を跳ね上げたリセは、はらりと涙を頬に伝わせて静かに頷いた。返事をしたいのに、口を開いたら声を上げて泣いてしまう、そんな様子だった。固く引き結んだ唇が震えている。水戸はその唇に指で触れ、頬にキスを落とす。1度、2度。次は瞼に。額に。そして唇に。

何度キスしてもぎこちなかったリセの唇はしなやかに水戸を受け入れ、それに煽られた水戸が少々荒々しく捏ね回してしまっても逃げることがなかった。

……リセ、好きだよ」
「私も、私も好き。ずっとずっと大好き……

安堵の息を吐きつつ、けれど嬉しくてふたりは抱き合って笑い合う。ずいぶん遠回りしてしまったけれど、丸く収まったのならそれでいいのだ。丸く収まることはいいことだ。

「もう6年だもんな……困らせて悪かった」
「そんな。私も最近は合コンとか増えてたしそんなことは」
「はははそうだよな……って合コン!?」

いやちょっと待てリセは真っ白でまっさらの無垢な、合コン!? 完全に明後日の方向から被弾したので水戸は目を真ん丸にして身を引いた。合コンて合コンて合コンですよね!?

「えっ、だってほら、付き合ってないわけだし、誘われても彼氏いるって言えないわけだし」
「そ、それはそうなんだけど、合コンとか行くタイプだったのか……
「ていうわけでもないけど、もっと色んな人と話してみた方がいいかなとも思ったし」
「お、おう、そうだよな……
「勝手に洋平くんにしがみついてるのも良くないなと思ってたし」

リセは穏やかな笑顔で言うが、水戸は冷や汗をかく思いだ。危ねえ。もう少し遅かったら……

「5人くらいデートしたかな? だけど、えへへ、洋平くんの方が、好きだったから……

危ねえ――!!! 水戸は一緒に笑ってやりつつ、目が笑えていないのを自覚していた。自分の方がいいと思って頂けて大変光栄ですが、一歩間違えたら合コンで知り合った男にかっ攫われていたわけですな?

「そ、そんな怖い顔しないで。ご飯食べてお話ししただけだよ」
「えっ、いやそういうわけじゃ」
「洋平くんだって高校時代いっぱい彼女いたじゃん」
「何で知ってんのそれ!?」

そこそこ予定通りかっこつけてマジ告白したと思っていた水戸は口をパクパクさせている。

「そりゃわかるよー。いつも違う色んな匂い、してたからね」
「す、すまん……
「平気。私それもわかってたし、でもたぶん私が1番なんじゃないかなって、思ってたから」

リセは水戸が思っているよりずっと強かで、芯も強かったらしい。だけど、そんなリセも悪くない。水戸は自分ばかりが強くて逞しいと思っていたのだと気付いて、リセにそっと寄りかかった。もちろんリセのことが好きだけれど、死ぬ気で守っていきたいと思うけれど、それと同時に彼女に愛されてみたいと思った。

……そう、1番だよ。高校出て全員切れたけど、リセとは切れなかったから」
「私も洋平くん1番だからね」
「ありがとう、リセ、オレ――っクション!!!」

好き好きゲージが一気に上昇して頭がボーッとしてきたな、と思ったら派手にくしゃみが出てしまった。すると、リセはとろりとした表情が一転、真顔で水戸の手を掴んだ。

「大変、洋平くん手がものすごく冷たい。うち、行こ?」
……は!?」
「お茶飲んで行って! 温まったら私駅まで送っていくから」
「いやいや大丈夫だって! 家は! それはマズいだろ!」

抵抗してみせた水戸だったが、リセは手をぐいぐい引いて植え込みを飛び出し、ずんずん歩いて行く。

「ちょ、リセ! こんな時間だし親とかいるだろ!」
「別に平気だよ〜。もう子供じゃないんだし〜」
「いやいやそういうのは段階踏んで少しずつ地ならししてから」
「まだ元ヤンだってこと気にしてるの? うちの親そういうの気にしないよ」
「お前は気にしないかもしれないけど!」
「洋平くん往生際悪いよ」

やっと素直になってカップルになれたことだし、6年もキスだけの関係だったんだし、なんか目一杯好き好きモードになってるし、どうですかこのままホテルでも……などと考えていた水戸はそれこそ全身冷たくなって汗が吹き出してきた。やっとカップルになったと思ったらいきなりご両親とか! マジかよ!!!

ゆるい坂の上、水戸はリセのマフラーを首に引っ掛けたまま引きずられていった。

「フラフラしてないでちゃんとひとりに決めなさいよって言ってたのよ」
「すごいじゃないか、その年でもう自分の店を考えてるなんて」
「ト、トンデモアリマセン……

予想を遥かに上回る歓待であった。水戸はリセのご両親を前に蒼白の冷や汗ダラダラ、ひとりの時に何人ものヤンキーに囲まれた時だってこんなに緊張しなかった。丸くなってしまったからこんなにビビッてるんだろうか。

「もー、ふたりとも、あんまりぐいぐい来ると可哀想だよ。風邪引くと困るから暖かいの飲もうね」
「あら、じゃあココアか何か入れてあげるわよ。お部屋にいたら」
「ス、スミマセン」
「帰る時は言いなさい、送っていってあげるから」
「ヘァッ!?」
「それも私が行くから平気! さ、洋平くん行こっか」

リセが背中を押してくれたので、そそくさとリビングを出た水戸は、勢いよく息を吐いた。なんだこの歓迎ムードは。しかもなんだ、親父さんまでウェルカムとか意味わかんねえ。普通娘の彼氏とかって腹立つもんなんじゃないのか? てか素性もロクに聞かないうちから軽率なんじゃないのか。

驚くあまり目眩がしてきた水戸は、リセの部屋に通された瞬間、床の上にガクリと崩れ落ちた。疲れる。

「ねっ? 何も言わなかったでしょ、うちの親」
「そ、そうだけど……

リセが水戸の方を振り返りつつ、ドアを閉めようとした時だ。廊下の奥が視界に入ったリセが声を上げた。

「あ、お兄ちゃん」

やめろォ――!!! 水戸はそう叫びたかったけれど、声にならなかった。例の優しすぎるお兄ちゃん。リセが子供扱いと感じるくらいに妹を大事にしているお兄ちゃん。お父さんはウェルカムでもお兄ちゃんはそうではないかもしれない。また水戸の背にピリッと緊張が走る。

だが、ドアの隙間からお兄ちゃんの顔がちらりと覗いた瞬間、藤井家に男の絶叫がふたつ、こだました。

「洋平!!!」
「アンリくん!?」

リセを子供扱いしている優しすぎる兄は、アンリその人であった。

10分後、藤井家のリビングでは5人が揃って神妙な顔をしていた。

「最近夜になると出かける回数が増えたなと思ってはいたんだが……
「ご飯いらないって言うことも多くなったし、心配してたんだけど、まさかこんなことだったとは」

ご両親は不思議な偶然に首を捻りっぱなしだ。

藤井家はきょうだいふたり、兄の安理、妹の理世。お母さんがフランスっぽい名前がいいと命名。不思議なこともあるもんだ……と変に感心している両親、あまり気にしていない様子のリセ、その中で水戸とアンリだけが顔色が悪い。まさかの兄上、まさかの妹彼。

「それじゃあアンリと一緒に店を出すって感じでいいのかしら」
「そ、そういうことになるかと……
「だけどその店長さんと畑もやるんだろう?」
「いやその、それもまだ先の話で……

水戸とアンリはしどろもどろだが、藤井父母と娘はなんだかニコニコしている。水戸はなんとかして落ち着こうとホットココアをグビグビ飲んでいるがまるで効かない。カカオポリフェノール仕事しろよ。

だがどうだろう。アンリの自称「早く出てけばいいと思ってる家族」は水戸がどうこうではなく、アンリの出資で事業が興されることを喜んでいるようだ。特にご両親は感慨深げである。いい家族じゃん、と水戸が考えていると、藤井父が身を乗り出した。

「水戸くん、と言いましたね」
「は、はい」
「リセのことはよく知ってるようだからそれはいいとして、アンリはこう、ちょっと個性的な子なもんで、どうしても私たちも過干渉になってしまって、困ることがあれば助けになりたいと思うあまり余計なこともしてきたと思うんだけど、どうですか、一緒にお仕事をしていかれそうですか」

ずいぶん遠回りにアンリのプライドに触らないような言葉を選んでいる。きっとこういう腫れ物にさわるような優しさが余計にアンリを頑なにさせたんだろうな、と思いつつ、水戸は何も考えずに頷いていた。

……アンリくんがひとりで貯めた金で店を出させてもらうのはオレの方です。なんでそんなことしてくれるんだろうと不思議に思ってるのもオレの方です。だけど、その分絶対アンリくんに損をさせないように、死ぬ気で働こうと思ってます。その、皆さんにも来ていただけるような店にしたいと……

母上は薄っすら涙ぐんでいる。こりゃあアンリくん中々激しくこじらせてたな……と思いつつ、水戸は「ライズ」に対する熱意が前より強くなっているのを感じていた。これは負けらんねえぞ、という闘志がじわりと湧き上がる。

藤井父母が席を立つと、アンリが一気に息を吐き出す。

「そっかあ、洋平くんとお兄ちゃんがお店出すのか」
「ま、まだ先の話だよリセ、それに僕はお金を出すだけだからね」
「そうなの? 一緒にお店で働くんじゃないの?」
「そんなこと僕に出来るわけないじゃない。リセがいらっしゃいませ、ってした方がかわいいよ」
「洋平くんがいいって言ったら私も手伝いたいな〜!」

水戸がガブガブ飲むのでココアがすっかり空だ。リセもにこにこしながら席を立ち、キッチンへ行ってしまった。リビングに取り残される水戸とアンリ。水戸はリセの姿が消えたのを確認すると、素早くアンリの隣に移動して詰め寄る。アンリは思わず手を上げ、水戸はその手に手を重ねて組み付いて、ギリギリと迫った。

……アンリくんアンリくん、いつもとずいぶん雰囲気違うんじゃないの、ねえ」
「うるさい余計なこと言うな。てかリセが高校時代からズルズルになってる相手ってお前だったのかよ」
「聞かねえオレもバカだなと思うけどオレの話で察しろよ何で気付かねえんだよ」
「リセとお前を結びつけるパーツが何ひとつなかったじゃないか。そっちこそ湘北だって早く言えよ」
「何が本音では出て行けと思ってる、だよ、親も妹もすんげぇ甘やかしてんじゃねーか」
「人んちの内情に口出すな、てかマジでリセ泣かしたら金出さないからな」
「既に親と妹泣かしてる状態のアンリくんに言われたかないね」
「泣かしてなんかいない!」
「昼間も外出て野菜食え! てか店長と一緒に畑やれよ!」
「やだ!」

しかし何しろ藤井父母とリセがキッチンにいるのである。水戸とアンリの言い合いは後日永源で、と持ち越され、水戸はあれこれと手土産まで持たされて藤井家を出た。リセの運転するタウンカーである。公園でくしゃみをするまではホテルとかどうよと思っていたけれど、もうそんな気力もない。

「なんだかまだ私の知らない話がいっぱいありそうだね」
「そりゃあもう……
「洋平くん、私も手伝うからね」
「ああ、ありがとう」

確かにこれでは近いうちに時間を作って全てきちんと説明しなければ。アンリにもきっちり話をつけておきたいけれど、それはまあ、適当でもいい。まずはリセの方が優先だ。

「でも不思議。基本家から出られないお兄ちゃんと洋平くんがあんなに仲いいなんて」
「え。仲いいっていうかその……仲いいのかアレ」
「お兄ちゃんがあんなに自然に誰かと話してるの、初めて見たもん」

どうにもアンリに嫌悪感を感じなかったのは、リセの血縁だったからなのではないだろうか……という考えが頭をよぎる。アンリが自分にとって虫の好く相手であったとは思いたくないが、今のところはそれでいい気がした。どちらとも仲良くやっていかれればそれでいい。

「まあそれでいいんじゃないの。いずれお兄ちゃんて呼ばなきゃならなくなるんだろうし」

水戸が言うなり車はフラフラと蛇行し、後続車がいなかったので路肩に急停止した。

「おい大丈夫か、危ないだろ急に!」
「運転してる時にそんなこといきなり言うからでしょ! な、なに、それ!」
「なにそれって、ああ、まあ、そんな感じでいいんじゃないのって思って」
「そんな軽いノリみたいな、大事なことなのに!」
……ダメ?」

ハンドルを掴んだまま狼狽えるリセに顔を寄せて水戸は声を潜めた。

ああ、こういうことか。と信長が抱えてる気持ちって、望むことって、こういうことだったんだな。オレはきっとリセとライズを守るためなら、冗談でなく死ぬ気で頑張れると思う。が高2ん時にした「覚悟」って、こういうことだったのか。水戸は脳裏によぎる高校時代のリセを思い出しながら彼女の頬に触れた。

……ダメじゃ、ない」
「じゃあ、そういうことに、しといて下さい」
「はい」

静かに重なる唇、夜の闇の中で、水戸は夏の日差しを思い出していた。

END