スパダリ・ネバー・ダイ

私の彼氏はスパダリだ。

それは「うちの彼ピッピまじ最高オブ最高だし」とかいうことではなくて、本当にスパダリなのである。スパダリの定義が人により異なることはさておき、ひょんなことから付き合うことになった同じ高校の男の子がまさかのスパダリでちょっとばかり戸惑ってる。

スパダリというのは普通、恋人に対して良い彼氏であるという意味のことだと思うけど、その「うちの彼ピッピ」はちょっと違う。違うっていうか私にとってもちゃんとスパダリなんだけど、それが困ってるっていうか、たぶんアレは生まれつきのスパダリなんだろうなあ。

うちの彼ピッピこと同じクラスの清田信長は、誰にとってもスパダリだ。

人懐っこいと言うのは簡単なんだけど、でも実際誰とでも仲良くなれる人なんて滅多にいないでしょ? 仲良くしてるふりをするのが上手い人はいる。誰にでも適当に合わせて心にもないこと言って広く浅く。だけど信長の場合は、ちゃんと誰とでも仲良くなれちゃう。

そりゃ信長の元気過ぎるところとか、自信過剰なところを煙たがる人はいると思う。だけど「清田? あいつ嫌いなんだよ」みたいな嫌悪感は誰からも向けられない人……という感じ。

信長の方も、波風を立てないように本音と建前を使い分けて誰とでも仲良くなれる自分ていうものを演出してるんじゃなくて、こっちはもう本当に天然。良くも悪くも裏表がない上に、程よく他人への興味と無関心を両立させてる。

かといって信長は正義の味方ってわけでもない。トラブルとあれば顔を突っ込んでいってもっともらしく説教したりとか、そういうことはしない。ただ彼は「みんなで楽しくやった方がよくね?」という平和主義的なパーティ体質なんだと思う。

その上に全国でも屈指のバスケット強豪校であるうちの本年度唯一の特待生。チャラくてよく喋るお調子者ルーキーだけど、そのトップオブトップなチームで1年生から主力選手なので、努力も怠らないタイプでもある。だからみんな余計に仲良くなれるんだろうなあ。

でもそれを微笑ましく思って眺めていられたのは付き合い出す前と、付き合い出してからの1ヶ月くらいだったかな。ただそれも嫉妬とかいうことではなくて、これ、このまま放っといていいんだろうか……という疑問の方が先だった。

さっきも言ったけど信長の場合、私にとっても充分過ぎるくらいスパダリだったので、信長自身に不満がなかったから私の反応が遅れたというのもある。

そもそも私たちが付き合うようになったのはむしろスパダリどころの話じゃなくて、売り言葉に買い言葉ってやつだった。事の起こりは6月のインターハイの予選。クラスの子数人が信長の口車に乗せられて応援観戦に出かけたんだけど、その中の女子が他校の選手にハマって帰ってきた。

それが信長が一方的にライバル視してる中学時代からの因縁の相手だった。

それが珍しく堪えたらしい信長は予選を全勝で突破しておきながら、めちゃくちゃ不貞腐れた。そんな時にたまたま日直でペア組まされた私は1日中その愚痴を聞かされ続け、ていうかあんたそういう湿っぽいところ皆無なチャラめ男子じゃなかったの? という驚きとともにカッとなって怒鳴った。

「うるさいな、もう! 朝から同じこと何回も何回も聞き飽きたから!」
「何回言ったって面白くないもんは面白くないんだよ!」
「クラスの女子が自分のファンにならないからって、そんなの勝手じゃん!」
「だからって対戦相手のファンになってくるとか冷たすぎるだろ!」
「だからそれを何で私に愚痴るんだ!」
「今日ずっと一緒だからだよ!」
「迷惑!」
「お前までそんなこと言うの!? 冷たい!」
「ふざけんな! 今だって充分モテてんだからそれで満足しなよ!」
「いやモテてねえから!」
「無自覚か!」
「事実だって! 誰も告りに来ない!」
「無理だと思ってるからでしょ! あんたみたいなリア充!」
「どこがだよ!」
「バスケ部! 特待生! 陽キャ!」
「それだけで付き合いたいと思うわけねーじゃん!」
「いや思うだろ!」
「じゃ付き合ってよ!」
「いいよ!」
「えっ!? いいの!?」
「あれっ!? 私今なんつった!?」

バカですよね。

このあと20分くらいお互いグズグズ言った挙げ句に付き合うことになったわけなんだけど、そうなってみて改めてじっくり信長を取り巻く環境というものを観察してみたら、確かにまだ本人の言うように「モテてる」と言うほどではない様子だった。

この頃というのは1年の6月末くらいなので、同じ中学から進学してきたのでない限り、みんなまだ知り合って3ヶ月ってところ。気の早いカップルはゴロゴロいたけど、同時に即破局カップルがちらほら出てきてた時期でもあるし、そもそも信長は忙しいので女子が追いかけ回す時間はほとんどなかった。

その上予選を見に行って対戦校の選手のファンになってしまった女子たちが彼を絶賛するものだから、相対的に信長は「そうでもないのかも」という印象操作が進み始めていた。

というわけで「オレバスケ部のゴールデンルーキーで特待生で1年スタメンで誰とでも仲良く喋れるのに誰も告りに来ない」という、まあ若干イラっと来ないでもない期待はずれにガッカリしていた信長は私が売り言葉に買い言葉でもすぐに付き合ってもいいと言いだしたので、それはもう喜んだ。

喜んだというか「彼女がいる喜び」みたいものをしみじみと感じたらしく、その嬉しさの方向が私に向いた。加えて、元々の体質。そりゃもう、大変なものでしたよ。

付き合い始めたのがちょうどテスト期間だったから、一緒に帰って一緒にテスト勉強して、お互いそんなに焦らなくても大丈夫そうだと分かると帰りに少しお茶してみたり、そういうこともしてた。私はこの時まだ軽い気持ちだったし、まあ意地悪な人じゃないのは知ってるし、背が高くて手が大きくて、そういう彼氏ってのは嬉しいかも、くらいにしか思ってなかった。

だけど信長ってのは、人から好かれるのが好きで、その分他人に対して積極的に距離を詰めていくようなところもあるから、手を繋いだり肩を抱き寄せたり、そういうことをごく自然に、サラッと出来ちゃうのね。で、私がちょっと戸惑うとパッと離れる……んじゃなくて、それはもう嬉しそうににっこり笑うの。オレ嬉しー! って顔すんの。

で、テスト勉強一緒にやってて、休憩中、そりゃこういうシチュエーションになれば次はチューが来ますわな。それもさ、ちょっとドキドキしつつ、エヘヘなんて言いながら――までは良かったんだけど、ちゅっと初めてのキスをしまして、離れて、目を開けたら、またあの嬉しそうな顔で

「どーしよ、すっげえ嬉しい……

って至近距離で言われて、さらにその上に重ねて

、大好き」

て言われたのね。これは刺さるでしょ。

刺さりまくるでしょ。

これが付き合い始めて1週間くらい、というところなので、あとはもう転がり落ちるように。しかも信長はテストが明けたら以後はインターハイまっしぐらなので時間もないし、余計にふたりで会える時間を大事にするようになって、だけど夏休み突入と同時に合宿だし、ほぼそのままインターハイだし、ものすごく盛り上がり始めたところで引き離された。

引き離されたことで気持ちも離れて……となってもおかしくなかったんだけど、離れてる間の私たちは「会いたい」「会いたい」「チューしたい」「ぎゅーしたい」のやりとりが加速。JPOPか。

なもんで、インターハイ帰ってきた信長は冬眠明けのクマみたいになってて、だけど私も似たようなもんだったから、夏休みの間はそれはもう好き放題やってた。

――という夏休みを過ごしたせいで信長の「とにかくたくさんの人にモテたい」という欲求はほぼ消滅。欲求が満たされたおかげか以前より落ち着きが出て、その分甘すぎるスパダリが加速してた。

だけど信長ってのは元々誰にでもスパダリっぽく振る舞っちゃうようなところがあった。それ自体は褒められこそすれ問題になりようがないはずだったんだけど、夏休み明け、私と信長が付き合ってるってことが浸透し始めた頃にとんでもない噂が立った。

愛されてない疑惑だ。

話は簡単、実際は相思相愛の彼女がいることで精神的に安定してた信長は誰とでも仲良くなれるし誰にでも親切に出来るし、気持ちの余裕からか1学期までの「ダンスィ」がちょっと落ち着いて急にイケメンぽくなってきた。なので、彼女いるのにあいつ、いいのアレ、というわけで。

確かに私も誰とでも親しげに接してる信長をちょっと心配してたけど、何しろ実際は愛されてないどころか、ちょっと口に出すのは憚られるレベルで仲良しだったもんで、気付かなかったんだよね。どれだけ信長が他人に親切にしていても、私はその何十倍も愛されてたから。

だけどとうとうそんな疑惑があることを耳にしたのは秋の国体の頃だったと思う。やっぱり例の対戦校の選手のファンの子たちが観戦に行って、帰ってきて、翌日「清田、他の高校の女子とすっごい仲良さそうだったんだけど……」なんて言いまくってしまった。

そりゃ仲良くするだろうさ、その女の子って信長のミニバス時代からの幼馴染で、やっぱり女子の神奈川代表になってる子で、県内の強豪校のチームにいる優秀な選手なんだよ。同じフィールドで戦う家族みたいな幼馴染だってことは私も聞いてたし、なんなら会ったこともあるし。

「えっまじでノブと付き合ってんの、ありがとう、よろしくね、迷惑かけるけどごめんね、困ったら言ってね、私が殴るから」とか言ってくれる子で、だけどそれがマウントに感じない子で、だからそれは別に仲良くしててもおかしなことはないんだけど、疑惑を余計に強めてしまった。

それが例えば「可哀想」という方向に出てくれれば、私は「そんなことないよ」と訂正するだけでよかった。だけど噂を中継した人々にとって「愛されてない疑惑」はそうではなくて、「まあじゃそれもしょうがないか、ちょっとつり合ってないし」だった。

どこから突っ込めばいいんだこれ……

自分の気持ちを納得させるだけなら「ふん、信長が急にイケメンぽくなったからって僻んでるんじゃないの」で済ませればいいんだけど、どうしたことか特に男子から風当たりが強くなってしまった。噂をざっくりまとめると、私は愛されてないのに勘違いしてる女なんだそうで、つまり信長の親切に寄りかかって惰性で付き合ってもらってるだけの女ということになってしまってるらしく……

好きでもない女と惰性で付き合ってる信長って今私のパーカーん中に頭突っ込んで「ここで寝たい」とか言ってる人のことですか。中間直前で国体に行ってたから余裕がないのに30分に1回くらい「泊まりたい」って言い出す人のことですか。

当然信長はそんなこと耳にしてないみたいだし、スルーしちゃえばいいだけの話なんだけど、私はなんとなく面白くなくて、パーカーの中の信長の頭をギュッと締め上げた。

「ちょ、死ぬ! 激しい愛情表現は歓迎だけど首絞めて気持ちいい趣味はないよオレ」
「そっちの話からそろそろ離れようか」
「えっなんで」
「テスト前だから」
「秋ってマジで忙しいのな……国体中間文化祭終わったらもう予選始まる」

そう、改めて秋は忙しい。その間に修学旅行が挟まる2年生はもっと時間がないと今から信長は嘆いてる。だけど彼の言う「時間がない」というのは「とふたりになる時間が少ない」という意味なので、ああ、あの僻みっぽい疑惑はどうしたらいいんだろうか。どうにかしなくてもいいんだろうか。

パーカーから頭を引っこ抜いた信長は私の腕を掴んで自分の両肩に乗せる。

「なあ、出来るだけ時間作るから」
「無理しなくていいのに。疲れが残ると怪我もしやすいんじゃないの」
「それはそうだけど、でも少しでもと一緒にいたいの」
……なんでそんなに私のこと、す、好きなん」

こんな状態だから、信長に愛されてないとは思ってない。それはもう浴びるほどの愛情をもらってる。だけどそこはちょっと疑問だった。ので、ちょっと恥ずかしかったけど聞いちゃった。

「なんでって言われても……好きで付き合ってる彼女なんだし」
「でも最初は売り言葉に買い言葉だったよね」
「まーな。でもすぐに仲良くなったじゃん。はぴったり合うんだよ」

言いながら顔を寄せてきた信長はまたいつもの、あの嬉しそうな蕩けるような表情。

「ぴったり、合うから」

そして唇もぴったり重ね合わされて、それが幸せすぎて私は疑惑のことを忘れた。

疑惑のことを信長が知るのはそれから3週間後のことだった。中間が終わって今度は文化祭。うちのクラスは海をテーマにしたデザインのミニゲーム、というアトラクションになってた。なのでベニヤ板やダンボールをペンキとか絵の具でペタペタ塗りまくる作業がしばらく続いてた。

換気は窓全開でしっかりやってたんだけど、それでも至近距離で塗っていればどうしても塗料のきつい匂いをずっと嗅ぎ続けるわけで、私のとなりで珊瑚の色を塗ってた女子が突然ゼイゼイ喉を鳴らしてうずくまってしまった。あとで聞いたところによると化学物質過敏症とかいうやつだったらしいんだけど、とにかくその子は揮発性の高い速乾性塗料を吸い込みすぎて発作を起こしてしまった。

だけどつまり「自分は化学物質過敏症だから塗料は困る」と言えないような大人しくて真面目な子だったので、突然倒れられてびっくりした私はつい信長に助けを求めた。信長はちょっと離れたところで天井からぶら下がるクラゲを作ってたところだったんだけど飛んできて、事情を察すると倒れた子を抱えあげて私と一緒に教室を出た。

途中から私は担任か副担任を求めて信長とは別れ、ふたりでダッシュしてあとは先生におまかせ、というところまでやったんだけど、その間に教室は「普通は彼女いるのに他の女子をお姫様抱っこしない」とか「倒れたのが女子なら普通彼氏には頼まない」とかいうひそひそ話でいっぱいになってた。

そしてとうとう信長は「愛されてない疑惑」を耳にしちゃった。

「はあ? なんだそれ、なんでそんなことになってんだ」

ごもっとも。

すると、さも「自分はそういう噂信じてないけど」って顔した男子が疑惑の原因となる数々のエピソードを挙げて、と付き合ってんのは知ってるけど彼女いるやつのすることじゃないよなって言うやつが多いんだよ、と説明した。

「てかその勝手な想像で勝手なこと言ってんのって誰よ? どこから聞いたの?」
「いや知らないけど……
「知らないのになんで知ってんだよ」
「いやなんでオレが責められるんだ。忘れたよそんなの、よく聞くし」
「よく聞くのに覚えてねえのかよ。知ってた? 知ってたの!? なんで言わねえんだ」

なんでって言われても、今君の目の前にいる男子みたいに無責任な疑惑を噂するようなのが多いし、君が私のこと大好きなのはよく分かってるから。とはここでは言えないじゃんよ……

「ていうか逆だろ。彼女がいようがいまいが、具合悪くなった子が目の前にいて助けないで放置な男の何がいいんだよ。そんなの彼氏以前に人として終わってるじゃん。それにだって、オレを呼んだのはオレを信頼しててオレならすぐに助けてくれるって信じてくれてるからじゃん。彼女のこと好きならそれに全力で応えるもんなんじゃねえの?」

すいませんそこまで考えてませんでした。でもどうよ、このスパダリ。やばいかっこいいわ……

「それに何だその愛されてない疑惑って。オレたちがお前らの見てないところでどれだけ――
「うわ、ちょ、やめ!」
「なんだよ、この際だからはっきり言っちゃった方がいいだろ」
「いや、もうそこまででいいと思う。具体的なことは何も言うな」
「やだ、言いたい。そんな疑惑我慢ならん」
「言わなくてもわかるから!」
「わかんないからこんなことになってんだろ!」

嫌な予感しかしなかった私は信長が赤裸々な解説をおっ始めないうちに何とか黙らせようと、焦って彼の周りをぐるぐる周ってた。ら、いつの間にか静かになってたので振り返ったら、クラスは今度は何だか呆れたような顔の群れになってた。

「え、ええと……
「わ、わかったからもういいよ……作業戻ろ?」
「だ、だよね、エヘヘ、そういうことで忘れてくれると……

こちらは本当に下らない噂に乗っかったりしなかった女子がうまく口を挟んでくれて、この微妙な空気は「なあなあ」で終われそうになってた。疑惑に乗っかってた男子は興味を失ったみたいだし、これでたぶん丸く収まる。このくらいで済むなら結果120%!

なので私はホッとして信長から目を離しちゃったんだよね……

「無視すんな! オレがどれだけのこと愛してると思ってんだ!」
「うわ、ちょ、待っ――

丸く収まりかけてたのにまだ何かあるのかよ、とちょっとげんなりした静かな教室、塗料の匂い、天井からぶら下がるポリ紐、その中にテレビだったら「ピ――」という音が重なりそうな言葉をいくつも並べた信長の声が響き渡った。

いえその、それでも信長は私にとってスパダリだということに変わりはない。

普段はやっぱり私を甘く蕩かしてくれる大好きな彼氏です。

ただこの「清田バカップル通り越してバカ」という風評はこのままでいいのだろうかと……

END