スパダリ・ネバー・ダイ

私の彼氏はスパダリだ。

それは「うちの彼ピッピまじ最高オブ最高だし」とかいうことではなくて、本当にスパダリなのである。スパダリの定義が人により異なることはさておき、ひょんなことから付き合うことになった同じ高校の男の子がまさかのスパダリでちょっとばかり戸惑ってる。

そのスパダリこと木暮公延くんとは3年生になってから付き合い始めた。元々2年の時に同じクラスで、でもその1年間は特に距離が縮まることもなく過ぎていたんだけど、それは彼の所属する男子バスケット部が代替わりして「うちの彼ピッピ」が副部長に就任してから変わり始めた。

とはいえうちの運動部は全体的にパッとしないし、真剣にやっている部の方が少ないくらいだから、公延が副部長になってから数ヶ月の間にはその変化に気付かなかった。

そして2年生の修学旅行。たまたま班が同じになった公延は、それまでの「メガネで地味な目立たないバスケ部の男子」と一言で片付けるには物足りない男の子になっていた。

それには分かりやすい理由があって、公延の所属するバスケット部の現部長である赤木がとにかく厳しいと言うか軍曹というか、うちみたいな半分遊びみたいな部活ばかりの高校の中でひとり武士道じみた厳格な部長になってた。公延はそれを真横でサポートしてるうちに、飴と鞭の飴の方になっていた。

で、その赤木が身長190以上センチもあって、いつも怖い顔してて、その割に成績もいいとかいう修行僧みたいな状態だったものだから、みんなその隣の公延には目が滑ってたんだと思う。赤木に比べれば薄めであることは間違いないので。

修学旅行で同じ班になった女子は私を含めて4人。うち彼氏持ちはひとり。ひとりはメガネが好みではないと言い、ひとりは3次元のメンズに割く時間がないとのことだったのだけど、それでも全員「木暮って前からあんな感じだったっけ。いきなりかっこよくなったね」と認めていた。

そう、校内にいる時の公延の隣にはだいたい赤木がいて、公延も殆どの時間をバスケット部に費やしていたので、赤木じゃない男子の中に紛れている公延っていうのを長い時間見ることがなかった。

彼は男子4人女子4人の班をまとめ、羽目を外したがる子をうまく引き戻し、積極的に仲間に混ざりづらい子を呼び寄せ、班行動をスムーズに進行させていた。気付けばすらりと背が高くて腕が長くて、優しい喋り方をする人になっていた。

そしてとどめに神社の石段で蹴躓いた私をサッと受け止めてくれて、「大丈夫?」と微笑みやがったんです。割と顔も近かった。けど、この時の私は感心の方が強くて、本当にすごいなという気持ちで「木暮の彼女になる女の子は幸せだね」と言った。

ら、「そ、そんなことないよ。別にオレなんか」って照れたようにまた微笑んじゃった。

あれ? この子ってもしかして「隠れイケメン」なんじゃないの……? と思ってしまったが最後、もし好きな子とかいなかったら私はダメかな、とひとりで盛り上がってしまった。

しかし哀しいかな、バスケット部は弱小で部員もどんどん辞めていっちゃうのにハードな練習を毎日行っていて、距離を縮めるきっかけがなかった。ダメだ、このままでは時間が過ぎるばかりで何も進展しない! と意を決したのが翌年のバレンタイン。

義理と本命の中間に見える匙加減が難しかったけど、とにかく私は「実は本命狙い撃ちです」という意図を込めまくって、でもそれはそっと覆い隠して手作りのチョコレートをあげた。

公延は「こんなのもらったの初めて」と目を丸くし、そしてまた「いいのかな、でも嬉しい」とゆったり微笑んだ。どうやら手作りチョコレートなんてものをあげたのは私だけみたいで、勝った! と思ったんだけど、でも何しろ忙しいバスケット部、そして公延と私は連絡先を交換してもいなかった。

なので、新学期、3年生になって隣のクラスになったところで公延に呼び出されて、遅くなってごめんとペコペコ頭を下げる彼からホワイトデーのお返しをもらった。

でも3年生。クラスも離れたことだし、私はダメならダメではっきりさせたかった。なので、

「私、本当は木暮が欲しいんだよね。それがもらえないなら、これも受け取れない」

と言った。公延はまた目を真ん丸にして、だけど一呼吸おいてから音もなく微笑んだ。

「オレ部活ばっかりだけど……いいの?」
「いいの」
「いいのかな」
「いいの。木暮がいいなら」

そして彼は史上最大級の「にっこり」をぶちかまし、私の手を取って言った。

「じゃあ、もらってください」

それが、3年生になったばかりの頃。

そして現在7月、木暮公延は本当にスパダリになった。

というのも、弱小のくせにインターハイを夢見てるとか……とバカにされがちだったバスケット部は本当にインターハイ出場を手に入れた。しかもインターハイをかけた最後の試合、こともあろうに私の公延くんのシュートが勝敗を決めてしまった。

さらに、何故か喧嘩っ早い部員を多く抱えるバスケット部において公延はバランサーとして欠かせない存在になっており、ますますその人柄に磨きがかかる状態。

……スパダリってそういうことなの?」
「それだけでも充分にスパダリだと思うんだけど」
「いやえーと、それはあくまで彼女にとってどうか、なんじゃなくて?」
「それも完璧なんだって」

私は同じクラスの子と一緒にお昼を食べながら熱弁を振るっていた。というか4月からこっち、ことあるごとに振るいまくってきた。どうしてか、公延がスパダリだという私の主張が認められないからだ。

「例えばふたりでテスト勉強してる時に」
「それもう聞き飽きたって」
「じゃ何がダメなの」
「そもそものスペック?」
「低くないから」
「最近近くにいる比較対象がハイスペックだからなあ……
「あんなクソヤンキー早く退学しろって言ってたくせに」
「今はクソヤンキーじゃないもん」

そう、今年になってからバスケット部に復帰した元ヤンである三井は、突然更生して長い髪を切り落としたところ、べらぼうなイケメンだったことが判明、私が知ってるだけでも8人の女子が狙っている。でもそれは比較対象がおかしい!

「三井は勉強全然ダメじゃん」
「それを補って余りある顔、スタイル、立ってるだけでイケメン」
「中身クソかもしれないじゃん」
「同中の子によるとそれも平均点以上」
「別に勝負してるわけじゃないんだから」
「でも近くに三井とか流川がいると木暮は霞む」
「1年生まで引っ張り出すな」
「1年生だけど年下って感じしないもん」

うっとりし始めてしまった友達ふたりを睨みつけた私はため息をついて腕を組んだ。そうなのだ、今年バスケット部はなんだか目立つ部員が多くて、中でも件の三井に加えて1年生の流川とかいう子が大人気だ。寡黙なクールイケメンだとかで、校内は彼のファンだらけ。

私のスパダリくんはそういう上っ面ばかりを評価するボンクラ女子のせいでなかなか評価が上がらない。上がらないっていうか、未だに「木暮って誰だっけ」とかいうこともしばしば。

確かに公延は作り物みたいな造作の美形ってわけじゃない。だけど例の微笑みは病気が治るレベルだし、目鼻立ちのバランスは整ってる方だし、肌も荒れてないし、顔だけでもけっこういい方に入る。背だって春の時点で178あって、バスケット部の中では小さい方かもしれないけど、充分高い。

まあでも外見はこの際措いておこう。そこは好み。私にはテライケメンでも人によっては生理的にダメかもしれないし。それはいい。問題は公延がスパダリたる所以、そこなの。

放課後に練習終わりの公延と待ち合わせてた私はその思いを新たにした。

「ごめん遅くなって。これ、夏の予定表」
「これ、インターハイってずっと向こうにいるの?」
「ええとまあ、勝ち進むかもしれないから。ごめん」
「えっ、何が?」

こういうところが公延が私のスパダリたる所以なんだよ。

「夏休み、一緒にいられない時間が長いから。本当にごめん」

そもそも受験生、夏休みだからって遊んでる暇なんかないはずなんだけど。いくら付き合ってる人がいたって、そういうのはほどほどにしてちゃんと受験に備えなきゃいけないんだけど。しかも公延が不在の理由は全国大会に出場っていう何よりも優先されるべきもののはずなんだけど。

だけど公延は私の手を優しく包み込んで、誠実な眼差しで言う。

「でもインターハイは必ずここで終わるし、そしたらオレも引退しなきゃならないし、受験はまあ、あるけど、毎日24時間勉強してるわけにもいかないんだし、空いた時間があったら必ず埋め合わせするから……待っててくれる?」

私が静かに頷くと公延は辺りをキョロキョロと確認してから、今度は背中を抱き寄せて声を潜めた。

「今年こんなに忙しくなると思ってなくて……でもがいてくれて本当に感謝してるんだよ」
「な、なにを突然。私別に何も」
「いや、本当に。毎日充実してたけどストレスに感じることもあったから」

校門を出た辺りには誰もいなくて、公延は私の頭にそっと頬ずりをした。

といると、そういうの忘れられるから。がいるから頑張れるんだよ」

公延の低くて丸い声が私を蕩かす。私マジで本当に何もしてないんだけどね……

「だから引退、待ってて。今度はの支えになれるようになりたいから」

ねえ、普通こんなこと言う?

で、家まで送ってくれて、去り際にサッとキスとかしてくれて、家に戻ってからもメッセージとかちゃんとくれて。そのまま夏休みに突入して合宿やらインターハイやら、公延は毎日怒涛の忙しい日々を送っていたのに、朝昼晩必ずメッセージくれるし、寝る前に時間があると電話もくれて。

その後予定通り引退したらしたで、宣言通り公延は空いた時間を積極的に私と過ごすようにしてくれて、何度かふたりで遊びに行ったりもして、サプライズで親のいない日に家に呼んでくれて、とにかくひたすら甘やかしてくれて、それはもう夢見心地でお泊りもして。

ねえ、だからこれがスパダリでなくてなんなの?

そういうわけで私の熱弁は振るわれる頻度が増して、夏休みの間にお泊りしちゃった報告があったものだから友達も前より耳を傾けてくれるようになって。やっと公延がスパダリなんだっていう認識が浸透してきたかな、なんて私は満足しかかっていた。

ところが、10月。

気付いたら私のスパダリくんは「と付き合ってる木暮がスパダリらしい」ではなく、「なんか木暮って実はすごいハイスペらしい」という評判になってしまっていた。どういうこと!?

「三井が推薦決まっちゃったでしょ」
「ああ、国体ね」
「そしたらさらに女を寄せ付けなくなったとかで、部活ばっかりで」
「あいつ引退してないもんね」
「流川は元々誰も相手にしない上に全日本ユースだとかなんとか」
「らしいね」
「我に返って近くを見渡してみたらスパダリらしいという噂の木暮が引退済み」
「私の存在は!?」
「見当たらない」

友人の淡々とした報告に私は頭を抱えた。確かに、確かに私の公延くんはスパダリなのだという主張を聞いてもらいたいあまり、方々でそれを吹聴してきたけど、それは「私の彼氏」っていう前提がつくのに! ていうかスパダリってそういうことだろ! 既に誰かの彼氏!

というか私が春から地道に展開してきた公延くんスパダリキャンペーンの効果が今頃になって現れてしまったらしく、長い時間をかけてじんわり浸透していったせいもあって、その情報元が彼女だという肝心な部分が抜け落ちてしまったらしい。

なので今、巷は「確かに改めて見てみると木暮っていいかもしれない」という流れになっており、それをどうしたものかと私が手をこまねいている間に我が愛しの公延くんはなんと5人から告白されてしまった。5人ですよ5人。

「ちゃんと断ったって」
「それは疑ってない。私は自分のやらかしたことに絶望してるだけ」
「断ってるんだから気にしなくていいのに」

高3の秋なので我々受験生は遊んでる暇はない。けど、中学から都合6年間武士道赤木の超ハード部活に食らいついてきた公延はとにかく自己管理が上手い。無理のないように、だけど効率よくスケジュールを詰め込むのはめちゃくちゃ得意。

なので土曜日の午後をふたりで少しまったりしている。17時から予備校だからそれまでの間だけだけど、公延は私の予定を見ながらうまくふたりの時間を作ってくれる。しかも今日はふたりで一緒に食べよ、ってお昼まで用意してくれてた。自己嫌悪は募る。その上公延は、

がそんなこと言いまくってたなんて知らなかった。ちょっと嬉しい」

とか言いながらゆったり抱き締めて頭撫でてくる。怒らないの?

「そりゃの友達みたいに普通は三井や流川の方がかっこいいって思うだろうと思うよ。あいつらは目立つし、実際かっこいいし、モテるのわかるよ。だけどオレはにかっこいいって思ってもらえればそれで充分だし、そんな自慢にされてたなんて、照れるけど、嬉しい」

ネコだったら喉がゴロゴロ鳴りそうな公延はいっそうっとりと潤んだ目をしていて、罪悪感が増す。

……まあその、いきなり告白された時はびっくりしたよ。がいるのに何なんだって。だけどその子オレがと付き合ってるの知らなくて、スパダリって噂だけしか知らないっていうから、言ったんだよ。オレがスパダリだったとして、だけどそれはが彼女だからだと思うよって」

ああまた始まってしまった。

「ほら、が言ってた修学旅行の頃って、1番自信なくしてた時期でさ。部員は赤木に着いていけなくてどんどん辞めちゃうし、そんな時にも『赤木と宮城だけじゃ無理』なんて言われてて、副主将なんて肩書きだけは立派だけど何の役にも立ててないんじゃないかって」

実はこの話を聞くのは初めてじゃない。インターハイへの出場を勝ち取ったその日の夜に1度聞いたことがある。その時も公延は少し潤んだ目で少しずつ話してくれた。

「そんな時にが言ってくれたから、だからオレはずっと頑張ってこれたんだよ」

――あの時、修学旅行先の神社の石段で私を受け止めてくれた公延に、私は「木暮の彼女になる女の子は幸せだね」と言った。公延は照れて「そんなことない」と言った。でもそれは自覚のない自虐だって、私には確信があった。だからさらに畳み掛けた。

そんなことあるよ。私木暮ってすごいと思うよ。バスケ部だって木暮がいるから続いてるんだよ。

本当に私にはそれが真実だと思ったから。その証拠に大事な試合の1番大事なところで公延は勝利に貢献したでしょ。だから私は何も彼をおだてて気持ちよくさせてあげようなんてことは考えてなかったわけだし……

「それだけでも感謝してるのに、オレがほしいとか言い出すんだもんな」
「ウゼエって思われるかな〜って、賭けだったんだけどね……
……は、色んなものの影に隠れてたオレを見つけてくれた人なんだよ」

本人はそう言うけど、2年生の前半くらいまでの公延は赤木と一緒に努力しているようで、でも運動部員にありがちな「主役になってやる!」という意欲は見えない人だった。それがいつしか自分の役割、自分にしか出来ないことに不貞腐れることなく向き合える人になった……のは別に私のおかげでも何でもないと思うんだよね。

それを「が言ってくれたから」なんてマジで思ってるとしたら、やっぱりスパダリじゃない?

「三井や流川に手が届きそうにないから木暮にしようかな、なんて、そんなのオレだって願い下げだよ。は三井と流川がいなくたってオレがいいって言ってくれた。だからオレはがいいの」

目立つものに惑わされてしまった女子たちには申し訳ないけど、あの修学旅行で「もしかして木暮って……」と気付けるチャンスがあった私は幸運だったのかもしれない。誰かがもしかしてって思う前に、彼の魅力に気付けてよかった。

……また誰かに告白されても、変わらない?」

そんな試すようなことを言いたくなった。だけどスパダリだからいいの。

私だけの世界で一番素敵な彼氏だから、いいの。

「変わらないよ。誰が来たってより好きになる子なんて、いないから」

私だって。私だって公延より好きになれる人なんかいない。

だってそうでしょ、こんなスパダリ、逃がすわけないでしょ!

END