スパダリ・ネバー・ダイ

私の彼氏はスパダリだ。

それは「うちの彼ピッピまじ最高オブ最高だし」とかいうことではなくて、本当にスパダリなのである。スパダリの定義が人により異なることはさておき、ひょんなことから付き合うことになった同じ高校の男の子がまさかのスパダリでちょっとばかり戸惑ってる。

いや、厳密に言うと「うちの彼ピッピ」こと三井寿はちょっと前までお世辞にもスパダリなんて言えない人だった。スパダリどころかなかなか重症のヤンキーで、流血するレベルの喧嘩なんか当たり前みたいな人で、どうしても必要があって声をかけるのですら躊躇してた。

ただ、彼と同学年以上の生徒の中には、そういうヤンキーになる以前の彼を知っている人も多くて、むしろそのギャップで余計に敬遠していたのかもしれない。

そう、寿はヤンキーになってしまう前にもスパダリだった経歴を持っているのである。

これを第一次スパダリ期とすると、私はこれについてはよく知らない。中学生の時の話で、高校で言えば1年生の4月だけだったから、当時の彼がスパダリの名に値する男子だったというのは、同じ中学出身の子に聞いただけ。

それでも特に女子は「中学の時も人気あったし、彼女がやっぱりスパダリみたいなこと言ってた気がする」と言ってた。そんなスパダリと付き合ってた彼女とは進路別れだったらしいけど、とにかくそういうわけで寿はスパダリから末期のヤンキーを経て、またスパダリに戻った。

なので以後の話は第二次スパダリ期ということになる。

寿と私は同じ学校に通ってるけど、それ以前にちょっと繋がりがある。私の幼稚園の頃からの幼馴染で親同士が仲がいい男の子が、寿のいとこ。その繋がりで会ったことがあるとかではなかったんだけど、高校が決まったら幼馴染に「お前と同じ学年にすごいバスケ上手いやつが入るから、よろしくな」とか言われて、それが寿だった。

でもそれで親しくなって付き合い始めたわけじゃない。寿は入学1ヶ月くらいで怪我から立ち直れなくてヤンキー堕ち、悪化のスピードが早かったせいか、幼馴染にちらっと聞いたところによると三井家はそのことでずいぶん長く揉めてたらしい。まあ、そりゃそうだよね。

だけどこの件で私が闇堕ちヤンキーの寿に対して他の人より嫌悪感がなかったのは、やっぱりこの幼馴染が寿のことを「あれは本当の寿じゃない、傷が深すぎるだけなんだ」ってよく零してたからだと思う。同年代で寿の気持ちがわかるのと親たちの苦悩の間で彼も板挟みだった。

でも寿のヤンキー化は悪化の一途。また私はこのヤンキー期でも最悪の時期に当たる2年生が同じクラスだった。誰も寿に声をかけたり近寄ったりはしなかったし、だけど激しくグレてる割に退学する気がないみたいで、彼は毎日ちゃんと学校来てた。

というわけでヤンキーだろうがなんだろうが、教室にいる以上は学校行事には参加しなきゃならないじゃないですか。2年は修学旅行もあるし、他の学年より伝達事項多いじゃないですか。当時の私は進級した直後に「三井は幼馴染のいとこでさ」なんて口走ったことを呪ったものだった。

まず押し付けられたのは委員会参加。部活やってない生徒はなるべくやりなさい、くらいの緩い活動だったんだけど、不幸なことにこの時のクラスは半分以上部活やってて、実は退部してなかったらしい寿も練習に参加してるわけじゃなかったから、あいつに何かやらせろ、と押し付けられた。

寿が怖いのは分かる。だって本当に怖かった。よく喧嘩してたし、髪を伸ばしてたから顔が見えなかったし、背は高いし、同じような怖い系といつも一緒にいたし。それに委員会やらせろとか先生も無茶ぶりが過ぎるよ。やらせたいんだったら自分で指導すればいいじゃん臆病者!

でもまあ、私には幸い幼馴染という武器があるので、彼に一筆書いてもらった。彼は、「オレの幼馴染でお前に関することを色々押し付けられてるだけだから、怖がらせないでくれ」って書いてくれて、私はそれをヤンキー集団の中にいる寿に手渡した。怖くてチビりそうだったけど頑張った。

当然寿の仲間たちは口笛とか鳴らしながらラブレターか、なんて囃し立てた。けど、ただの折りたたんだメモだし、寿はそれに目を通すと低い声で「わかった」とだけ言った。

その時の寿を今でも鮮明に覚えてる。顔をしかめて睨みつけてるとか、凄みを利かせてあざ笑うとか、そういう寿なら何度も見たことがあるけど、その時の寿は完全なる無表情で、怒っても苛ついてもいなくて、だからかちょっと優しい表情に見えて、驚いた。

いとこの手紙は効果抜群、私も本当に用があるときにしか声をかけなかったから、寿は私には余計な威圧をかけてこなかったし、いとこレターマジックでなら三井が言うこと聞くって味をしめた先生や同級生たちはますます寿に近寄らなくなった。まあ、委員会は無理だったけどね。

で、そういう日々の中でお互い思いを寄せ合って……というわけではない。全然ない。用があって声かけた時に「殺すぞバァカ」とか言わないだけで、それ以外では凶悪になる一方だったから私も普通に怖かった。幼馴染も心配し続けてたけど寿は誰の言葉も聞かなくなってた。

それが急展開で付き合うようになったのは、唐突に寿が更生したからだ。ほんとに突然だった。その直前まで喧嘩が原因で入院までしてて、いよいよそのせいで三井家は離散の危機かもしれないと幼馴染が遠い目をし始めていた頃のことだった。

そのきっかけはやっぱり喧嘩だったらしいんだけど、とにかく3年の5月、幼馴染に用があって家まで行ったら、なんとバッサリ髪を切り落として顔に傷テープベタベタ貼り付けてる寿がちょこんと座ってた。息子が突然更生したことで三井家は一家離散問題回避の方向に向かっていたそうで、何か用があったのかもしれないんだけど、私はいきなり別人みたいになった寿に驚いてつい悲鳴を上げた。

そこで幼馴染が威圧するなレターを思い出したか、コンビニ行ってくる、と出かけてしまった。ちょっとまって超展開すぎてついていけないんだけど何話せばいいっていうんだ、とオロオロしてたんだけど、超展開はこれだけじゃなかった。寿は私に向き合うといきなりガバッと頭を下げてきた。

いわく、怖がらせて悪かった、という。以前の寿の怖さは何もされてなくても充分な説得力があったし、本人もそういう風に他人を牽制したがってたと思う。だけど……厳密に言えば私への対応はそれほど怖くはなかった。だって何もしないし、余計なことは言わないし。

なので、そんなことないよ的な遠慮をしていたら、闇落ちしてる間の後悔とか、なんで突然更生することになったのかとか、ぽつりぽつり話してくれて、それは幼馴染が言うように、ものすごく深い傷を負っていた間のことで、傷だらけの寿の顔が余計に痛々しく見えてきた私はつい、もらい泣きをしてしまった。いや、もらい泣きっていうか別に寿は泣いてないんだけど。

こういう感じ方はよくないのかもしれないけど、第一次スパダリ期の寿も、ヤンキー期の寿も、それを抜け出た寿も、可哀想だったなあって思ってしまって。幼馴染や、幼馴染の家族――つまり寿の親戚にあたる人たちが心配してたのも知ってるし、よかったなと思ったから、つい。

本人はケロッとしてるのに私だけめそめそと泣き出してしまい、ああやばい、これはドン引きされるわ、幼馴染にも引かれて私終了……とか思いつつも涙が止まらなくなってた。ら、「ごめん、悪かった」とか言いながらふんわり抱き締められちゃった。

まあ「そんなつもりないけど」と突き飛ばさないほどには、私にも好意らしきものがあったみたいで、私は寿にぎゅーっとしがみつきながら余計泣き出した。何が悲しいとか嬉しいとかわからなかったけど、もう幼馴染たちが心を痛めることも、寿が喧嘩で傷付くこともないんだと思ったら、ホッとして。

聞けば突然の更生からほどなく全国大会の予選が始まるとかで、まだ涙と鼻水でグズグズ言いながら応援するねと言った私を、寿はまた抱き締めてきて「オレだけ応援してほしい」とか言い出した。それってそういうことだよね……? と狐につままれたような気がしつつも、私は何も考えずに頷いてた。

それがスパダリになるとは思わないでしょ、普通。

ていうか実際学校では更生したこと以外はそれほど変わらなかった。私にベタベタひっついてくるわけじゃないし、ただでさえ寿は目立つ存在になってしまったので私もそういうことはしなかったし、だけど更生後の寿がやたらとかっこよくなったので急増した告白には「彼女いるから」と断ってたくらい。

ほんの数日前まで極悪ヤンキーだった寿の「彼女」が私だとは誰も思うまい。というか同じクラスの子にまで「なんか三井すっげえかっこよくなってたけどやっぱ彼女いんだね。ヤンキー時代から付き合ってんのかな。じゃギャルか〜」とか言われてしまい、余計に本当のことが言えなくなった。

それに、付き合い始めてから知ったことなんだけど、寿は何でも理想が高い人らしかった。理想というか、目標や、目指すところが「まず目の前のひとつひとつを」というより「常にてっぺんを狙う」というタイプ。だからこそ第一次スパダリ期の頃に優秀な選手だったんだろうけど。

というかそこは更生後も変わってない。オレが復帰したんだからインターハイ優勝しかない、なんてことをブランク2年のくせに本気で言ってた。ただ私は第一次スパダリ期の寿を知らないので、あんまり信用してなくて、予選を見て顎が外れるほど驚いた。一緒に見てた幼馴染がニヤニヤしてたけど、寿は本当にすごい選手だった。ブランクって何?

だから余計に彼がスパダリ化したことと、なんで私なんだろうっていうのはずっと疑問に思ってた。

普段の付き合いは順調というか、ヤンキーという壁をなくした寿はかなり素直な性格になってしまい、それも幼馴染に言わせれば元々だそうだけど、思ってることや感じたことを飾らずにぶつけてくれるので、私の方もどんどん心を開いていった。というかまあ、けっこうラブラブです。

でも今、寿は何よりも部活を大事にしてるし、復帰までには色々あったから、自分は人の何倍も努力してチームに貢献しなきゃならないって口癖みたいに言ってるけど、だとしたらどうして私と付き合うことにしたんだろう、っていうのも疑問に思ってた。

必要なかったのに、どうして私と付き合おうと思ったんだろう。なんで私だったんだろう。

そしてこのスパダリ化は一体どういうことだろうか。

寿がスパダリ化したと気付いたのは、付き合い始めて本当にすぐの頃だった。まだ付き合ってる実感なんか全然湧かなくて、ていうか寿ビフォーアフターにもまだ馴染めてなくて、自分的には流されてOKしちゃったみたいな始まりだったんだけど、寿の方はいきなりスロットル全開だった。

毎日練習で遅くまで学校にいるから、一緒に帰ったりとかそういうことはしてない。けど、帰宅後はちょこちょこ連絡くれるし、なんなら寝るまで電話してることもあったし、ちょっとでも時間出来ると会おうって言ってくれたり、まずこれが戸惑った。そういうキャラだと思ってなかったから。

予選ブロックを突破した時も、幼馴染が気を利かせてくれて夜に少し会ったんだけど、健闘を称えまくる私にちょっと照れた様子の寿は「自分では後悔の残る試合だったけど、そう言ってもらえるとやる気が出る」とかはにかみ始めた。あのね、これめっちゃ可愛かったの。

「自分でもやる気はあるけど、が応援してくれてるって思うと、もっとやろうって気になる」

そして私の背をそっと引き寄せまして、顔を近づけまして、

「今日頑張ったご褒美と、明日からのやる気、もらってもいいか……?」

とか言い出しましてね……。後日幼馴染に「あいつ天然タラシなところあるから覚悟しとけよ」なんて言われたけど遅いわ! もっと早く言え! チューひとつで陥落だよ! 真っ逆さまだよ!

寿の場合、何もなくてもプレゼント攻撃してくるとか、オリジナル曲を作って生歌披露とか、または何でもやってくれるとか、なんかそういう類のスパダリなのではなくて、とにかく彼女を可愛がってくれるタイプのスパダリだったと言えばいいのかな……

可愛がるってなんかちょっとエロい言い方だね。でも近いんじゃないかな。

そりゃ猫撫で声で赤ちゃん言葉使ってくるようなことではないけど、例えばインターハイ終わってほんの少し休みが出来たときのことだったんだけど、初めてに等しいデートをしたわけですよ。だけどお互い何をどうしたものやら、変に意識してしまって無駄に緊張してた。

そこでまずは「付き合ってんだから、いいよな」とか言いながら手を繋がれまして、つい照れて顔を背けてしまった私の視線の先がアイスクリームショップだったんだけど、繋いだ手をぐいぐい引っ張ってアイス買ってくれて、ヤンキー期のことを考えると寿なんかこんなポップな店しんどいと思うんだけど、「食べたかったんだろ、遠慮するなよ」とか言いながら微笑むっていう……

緊張はしてるけど念願のデートだったし、寿はインターハイ終えたところで年末まで引退しないことを決めていたし、せっかくの休みは出来る限り一緒にいたかった。それもちらっと言ってみたら、「じゃあ今日はの門限ギリギリまで一緒にいよう」って言ってくれて、あとで思い返すと私が望む「寿とのデート」っていうものを優先してくれてた。

短い休みが明けて練習がまた始まっても積極的に時間を作ってくれてたし、夏休みが終わりに近付けば近付くほど私たちはどんどん盛り上がっていっちゃって、幼馴染にとうとう「お前らちょっと自重しろよ」とか言われてしまうくらいにはベッタリだった。

だってしょうがないよね。お互い幼馴染・いとこん家っていう最強の身元保証があるから、お家デートもお泊りも難しいことじゃなかった。幼馴染も自重しろよとは言うものの、私たちが仲良くしてること自体は歓迎してくれてた。

ところが、夏休み最終日に私はまた突然戸惑うことになった。

この日は寿が別の高校で何だかの合同練習だとかって話で、19時頃に駅に戻るというので迎えに行こうと思ってた。翌日から学校だからそんなに遅くはなれないけど、この特別な夏休みの最後はふたりで過ごしたかった。ので、駅前で寿を待ってたら、見たことある顔が目の前を通り過ぎた。

向こうも私に気付いて足を止め、なぜか間には不穏な空気が漂い始めた。その人はそう、確か寿がヤンキーやってた頃の仲間とか友達とかそんなんで、でも学校は同じではなかったと思う。

なぜ私がそんなのに顔を覚えられているかと言えば、例のヤンキー寿を押し付けられている頃の文化祭に、この人違う制服で来てた。その時も私は三井にクラス展示を手伝わせろミッションを課せられていたから、他校のヤンキーとたむろしてる寿に声かけなきゃならなった。

……あんた確か、三井の」
「えっ、ああ、そう、湘北の」
「この間もここで三井と会ってたよな」

学校は違くても地元の人だったか。私は冷たい無表情の彼の目が怖くて、残暑の熱風の中でも冷や汗をかき始めてた。寿が更生してからヤンキーと接する機会なんてゼロになってたから、忘れてたなこの感覚。こっわ。恐怖の怖さじゃなくて、嫌悪感の怖さだ。

「付き合ってんの?」
「まあね」
……あいつがおかしくなったのって、お前のせいか」
「はっ?」

一瞬意味がわからなかったからつい声がひっくり返っちゃったけど、何を言い出すのかこの人は……。おかしくなったっていうのは、更生したことだろうか。

「私は何もしてない、けど」
「何もしてなくてもお前のせいだろ。つまんねえ人間になっちまってよ」
……つまんないって何」
「部活? バスケ? くだらねえにも程があるだろ。ガキかよ」

冷たい無表情だった彼はそこで顔の半分を歪めて笑った。それがたまらなく嫌で怖かったはずなのに、どうしてかこの時の私は頭に血が上ってしまったのか、怖さを忘れて一歩踏み出してた。相手が寿ほど背が高くなかったせいもあるかもしれない。

「誰が何に夢中になろうと勝手でしょ。それにガキの遊びレベルじゃないから」
「は? なん――
「湘北は日本で一番強いチームを倒してきたし、寿は日本で1番シュートが上手い人だし」
「それが何だよ関係ねえだろ!」
「あんたみたいなのと一緒にしないで! 寿は誰よりもすごい人なんだから!」

最近合同練習に通っている寿は別の高校にシュートが上手い後輩がいて面白くないと言ってたけど、私は詳しいことは知らないのでそういうことにさせてもらいます。去年まで日本一だったチームに勝ってきたのは事実だもん! こんなところで不貞腐れてるあんたがバカにしていいような人じゃないから!

私に反論されたのが面白くなかったのか、彼は顔半分を歪めた状態のまま歯の隙間からスースー息を吐きながら顔を近づけてきた。煙草臭い。肌が汚い。何でこんな人に寿を悪く言われなきゃいけないの。

これ、たぶんあと2秒過ぎてたら私は突き飛ばされるとか殴られるとか、してたかもしれない。だけど私はひょいと肩を引かれて後ろに一歩下がった。

「えっ、あ、寿」
「こんな駅前で女ビビらせてんじゃねえよ」
「この女の方が喧嘩売ってきたんだっつーの」
「先に突っかかってきたのはそっちじゃん!」
「うるせえなクソ女!」

寿が来てくれて安心した私がまたつい噛み付いてしまったので反撃を食らった――と思ったら、寿が豹変した。ヤンキー時代にも私は見たことがないような冷たくて暗くて重苦しい目をして、相手の喉元に人差し指を突きつけた。

「ガキじゃねえんだから、ムキになるなよ」

寿のことを部活なんてガキっぽいことに夢中になってるとバカにしてた彼は途端にぐっと喉を詰まらせたけど、顔が見る間に真っ赤になっていった。恥ずかしかったんだな……

「お、お前だってちょっと前まで」
「オレはそういうガキ臭いことは卒業したんだよ。もう充分遊んだからな」

そう言われてしまうと、どう反論しても自分を正当化出来ないもんなあ。彼は「うっせバァカ!」と言い残して立ち去った。寿ってこんな風に冷静に言葉で片付けられるようになってたのか。昔は言葉で煽るだけ煽ってあとは殴りかかるばかりだったって、言ってたのにね……

「大丈夫か、遅くなってすまん」
「いや私もついカチンと来ちゃって……ごめん」

何だ何だヤンキーが喧嘩か? という視線が増えてきたので寿は私の手を引いて駅前から離れていく。ほんとはふたりでカフェでまったりしたかったけどしょうがない。メインストリートから1本ずれた通りの公園にたどり着くと、寿はジャングルジムの影で抱きついてきた。

「本当に怪我とかないか」
「それは何も。でも寿があと2秒遅かったら何かされてたかも。ごめんね」
「だからお前は悪くないだろ」
……ちょっと前までだったらすぐに殴ってた?」

寿本人も、幼馴染も、少々短気なのは子供の頃からだと言っていた。頭に血が上ると勢いで手が出てしまう。それはもちろん良くないことだけど、それでも生まれつきの性格だったんだとしたら、それを抑え込んで穏便に、だけど決して下手に出たりせずに返り討ちに出来るようになるって、ものすごく大変なことだったんじゃないのかな。

「そういうのは、もういいんだ」
「卒業したから?」
「というより……オレはそうじゃない方法を探すことにしたから」

どういう意味? 首を傾げる私の髪を指で梳いて、寿はちょっと視線を外した。

「春頃の自分と比べて、今のオレが変わっちまったのは自分でもわかってる。でも、バスケ部戻ったからいい子にしてなきゃな、ってことじゃなくて、今の自分をどこへ持っていこうかって考えた時に、もう過去の自分ていう選択肢がなかったから」

まだちょっとよくわかんない。ので私も意味もなく寿の頭を撫でた。ら、照れた。かわいい……

……中学ん時の調子に乗ってたオレも、ヤンキーやってたオレも、どっちもオレなんだけど、今はどっちも少し違う気がするし、バスケ部に戻ってからは自分がどういう人間なのかってことを探しながら、それを自分に言い聞かせながら戦うしかなかった」

両極端な自分を抱えてバスケット部に戻った寿は寿で、自分は何者なのかってことを模索し続けてた。それは私もよく知ってる。自分の高い理想通りに試合に貢献できないことを誰より寿本人が悔しがってた。過去の栄光と現実と悔恨の中で寿は「今の三井寿」というものをずっと探してた。

「それが、見つかったの?」
……バスケしてる時はいいんだけど、普段の生活に戻ると、もっと自分がわからなくなって」

まだバスケットをしている間は「戦って」いればよかった。それは第一次スパダリ期もヤンキー期も同じだ。寿はずっと何かと戦ってきた。だけどそれを離れると最近の寿は穏やかな時も多くて……

「だけど目指すものとか方向が見えないのも落ち着かなくて、インターハイ決まった頃に考えたんだよ。オレはに見合う男に、に相応しい男になろうって」

1秒挟んで私が「は?」と言ったのは言うまでもなく……なにそれ。

……喧嘩で入院した時、オレの親は『もう勘弁してくれ』と言って、病室にすらほとんど顔を見せなかった。ずっとオレのことを見捨てなかったのは、お前といとこだけで、お前なんかオレに関することを押し付けられちゃ毎回ガタガタしながら、それでも逃げずにオレに向き合ってくれてた」

正直そこまで真摯な気持ちで向き合ってたとは言えないんだけど、だけど、ヤンキー仲間はともかく幼馴染と私の他に一定の距離を保ち続けてた人は確かに、いなかったかもしれない。ヤンキーやってた間にぽつりぽつりと周囲の人々は寿を拒絶して、否定して、切り離していってただろうから。

「しかも『つらかったね』とか言いながら泣かれたんだ。入院するほどの頭突きよりよっぽどひどい衝撃だった。オレの周りにはもう、こんな風にオレのために涙を流してくれる人なんていないと思ってたのに。だから、バスケやってない時のオレは、全部に預けようって決めたんだよ。それにはもっとにとって『最高の男』じゃないと。今のオレは、それに向かって進んでる途中」

揺らぎながら後悔しながら、寿はそうしてひとつずつ「自分」を作ろうとしてるのかもしれない。私に相応しいなんて、今でも充分だと思うけど、きっと寿はスパダリなんじゃなくて、そういう人になることを選び、その道を歩いてる途中なんだ。

そんな寿をすごいなと思うと同時に、ということはまだこのスパダリ化は発展途上ってことだよね?

これ以上スパダリになっちゃうの?

……にいつまでも好きで、いてもらえるように」

そんなの想像しただけで目眩がしちゃう。でも、そんなの簡単。

私当分寿が好きなだけで精一杯だよ。

END