スパダリ・ネバー・ダイ

私の彼氏はスパダリだ。

それは「うちの彼ピッピまじ最高オブ最高だし」とかいうことではなくて、本当にスパダリなのである。スパダリの定義が人により異なることはさておき、ひょんなことから付き合うことになった同じ高校の男の子がまさかのスパダリでちょっとばかり戸惑ってる。

スパダリというか、それ以前に「うちの彼ピッピ」は「高性能」で知られてる。ハイスペックでは表現しきれてないと思うのか、「高性能」という人が多い。同じ意味だけどね。

元々うちの彼ピッピこと花形透は全国大会にも出場する名門バスケット部の主力選手ということでよく知られてた。2年生の間に身長が197センチに到達した透は年末には副主将に就任、ただデカいだけじゃない実力を備えた選手として余計に有名になった。

だというのに、この人学年1位取れる頭も持ってるんですよ。ずるくないですか?

しかも、3年1学期の中間までは20位から50位くらいの間をウロウロしてるだけだったのに、インターハイ予選で敗退という最悪の状態で臨んだ期末で突然の学年1位。驚きや称賛よりも先にツッコミが出てきたよね。どういうこと!? って。

そしたら本人なんて言ったと思う。インターハイないからテスト前練習出来なかったし……て。

通常テスト期間は部活禁止ということになっている。でも例年通りならインターハイを控えた部――まあバスケット部しかないんだけど、そこだけはテスト前でも放課後に練習していいことになってた。それがインターハイ行かれないから暇で勉強してたら学年1位ですってよ。

これには彼女である私もついチョップで脇腹を何回も突っついた。マジで高性能か。

運動部の優秀な選手で暇だから学年1位で、天は二物を与えずっていうけどあれ嘘だよね。で、これで性格最悪のクソ野郎だったらまあ、そんなもんかなって思うけど、これがまた頼れる副主将で……

その上スパダリとか、たまにこの人精巧なロボットなんじゃないかと思ってしまうほどで。

で、なんで戸惑ってるのかというと、あまりに高性能な花形くんの彼女はやっぱり同様に高性能なんだろうな、というよくわからない噂が広まっていたからだ。私たちが付き合い始めたのは2年生の時で、だけどそれが周知されるまでには少し時間がかかった。

なので、3年になってから一気に知れ渡ってしまった時にはたくさんの沈黙と意外そうな目に晒されてしまった。どうやら大多数の生徒にとって透の「相手」はやはり高性能な数人の女子ではないかと長く予想されていたらしい。

ところが蓋を開けてみたら「そうでもない」私。

どういうわけか現実の他人に対してカップリング思考を持つ人というのは少なくないみたいで、「女子成績1位で体操部エースのあの人かと思ってたのに」だとか「吹奏楽部ピアニストで文学賞に入選したあの子とくっついてほしかったのに」なんていう苦言がよく流れてきてた。

まあ最悪そこまではいいとしよう。誰が言ったのかもわからないような噂に過ぎない。

だけど、親しいと思ってた人にまで「あんな高性能と付き合ってたら自分のダメさで凹まない?」と言われたところで私は完全に腐った。なんで私がダメな前提なんだ。

私は普通! 自分なりに頑張って毎日を生きてる普通の人! 透が異常値なの!

まあまあ親しいはずの子だったので、カチンと来た私は「なにそれ嫉妬?」とニヤニヤしながら言ってみたんだけど、ガチな真顔と「いや、あんな高性能無理」という低い声が返ってきてしまった。

いやいや、こんなことで腐るな私、この子がそう思うだけで別に他の人は……と思ってたんだけど、その後も何人かに同じことを言われてしまい、部屋で机に向かって腕組みをする時間が増えてしまった。

家族には引かれてるけど机の上のフォトフレームにはマイダーリンの顔写真。私は割と大人っぽい人が好きなので、透のこの幼さを感じさせない顔の輪郭とか、甘さのない唇の感じなんかがすごく好きなんだけど、まあそういう意味では私は子供っぽいのかもしれない。

でも逆。私一般的なJK。透がちょっと一般的なDKじゃないだけ。

さっきも言ったけど例えば部活。元々うちの高校は昔からバスケットが強かったらしくて、そんな名門チームに憧れて受験する人も多いらしいし、そこで3年目にナンバー2に上り詰めただけでまず充分すごい。ナンバーワンでない件についてはナンバーワンもちょっと異常値な人なのでスルー。

2年の途中までは「身長が高いだけ」って言われることも多かったけど、結局私たちの世代の主力選手たちは揃いも揃ってみんな高さがあったから、やっぱり透が副主将になれたのは本人の努力やセンスや競技への向き合い方なのであって、身長だけでナンバー2になってるわけじゃないと思う。

というか主将は透より20センチ近くも低いのでそこは関係ないはず。

その証拠に透は2年の間に2度もスカウトが来た。どっちも話はまとまらなかったらしいけど、まだ2年で試合出場時間は少ない方なのに評価されてる。というか今年に入ってスカウトまでいかないような「お話」はもう3回もあったって話だ。

この時点で既に普通じゃないでしょ。こういう人学校に何十人もいる? いないよね。

で、ここにあの若干腹立つ頭脳が乗っかってるわけです。

本人はしれっと「オレの勉強の仕方が学校のテストに向いてるだけ。クレバーなタイプじゃない」とか言いやがるんですが、クレバーじゃない人がなんで学年1位取れるんだ。

とはいえそこは男子あるあるで理系で稼いでるだけで文系はそれほどでも……ってタイプならまだ可愛いけど、透の場合苦手な教科は「特にない」。ねえこれ脇腹チョップしても許されるよね……

一応主要教科以外、例えば美術とか音楽とか、その辺の選択授業は1年で終わっちゃってるという前提はあるけど、聞くところによると美術を選択した透、絵画は苦手らしいけど造形の方はやたらと得意なんだそうで……音楽も音楽室で合唱のテンションが好きじゃないだけで音楽史なら問題ない、子供の頃ピアノ習ってたことあるとか言い出すし。

一体この人の成績表どうなってんだろうという興味はあるけど、むしろこれだけは見てしまったら確実に凹むと思うから見たいとは思わない。

その上、実は透は私のパソコンの先生だったりする。というかそれがきっかけで付き合い始めた。

2年の時にいかにもギークっぽい物理の先生が「今は何でもかんでもタッチデバイスだから、むしろパソコン使えると将来有利かもよ」なんて言い出したもんで、私が興味を持ち始めたんだけど自宅にパソコンがない。そしたら当時席が近かった透が古いものでいいなら譲ろうかと言ってくれた。

別に使い方勉強したいだけだったし速攻で飛びついたんだけど、何しろ小学生の時のパソコン授業以来触ってもいなくて、パソコンだけもらってもコンセント繋ぐまでが限界だった。それがたまたまテスト前で部活が短縮になってた透はセッティングもやってくれると言い出した。

まあその、自宅がけっこう近かったからね。チャリの距離。

安直なんだろうけどさ、やっぱりさ、機械をテキパキとセッティング出来る男子ってときめく……よね? 別に私も機械まったくダメってわけじゃないんだけど、透の場合そもそもインテリメガネだし、腕も指も長いし、それがこうササッとケーブルとか捌いてると、きゅんと……

無事に電源が入ったので、ふたりでワー! とか言いながら拍手したんだけど、私、そこから先は手も足も出ない。まさかの完全ド素人に透はちょっと笑いたそうな顔をしてたけど、そのままネット接続から本当に基礎の基礎を教えてくれた。マウスって使うの難しいよね……

そんなことしてたらどんどん時間が遅くなっちゃって、「まだパソコンやってたの!?」と驚いたお母さんが「ご飯食べていきなさいよ」となり、透は結局23時近くまでうちにいた。

このあたり、透がスパダリたる所以なんだけども、どこから見ても「文武両道」の透の場合、その穏やかで落ち着いた雰囲気とは裏腹に体育会系歴は既に9年目、しかも中学時代が前時代的な厳しさの部だったそうで、いきなりご飯食べていけと言い出したクラスメイトの親への対応も完璧。

普通、母親はともかく父親はちょっと警戒するでしょ? しかも部屋にふたりっきりでこもって何時間も出てこなかったら「おい母さんどうなってんだ」的なこと思うでしょ。実際1度は思ったらしいんだけど、食卓についた透のそつのない受け答えにすっかり警戒解除。

だけでなく成績はトップクラス、部活は名門チームで次期副主将、セッティングの礼を繰り返す母親には「僕も久しぶりの作業だったので、かえって思い出せてよかったです」と言い出す始末。

当然母親は「あんたあの子フリーなら捕まえといた方がいいんじゃないの」と言い出すし、父親の方も「今時珍しい好青年だな」とか感心してるし、私は私で透のケーブル捌きにきゅんときた直後だったもんで、家族揃って乗り気になってしまった。

その辺は多分に乗りかかった船だったとは思うんだけど、これがきっかけで透は時間が出来るとパソコンの家庭教師をしながらうちでご飯食べていくようになった。聞けば透の家は家族全員が寝に帰るだけの家なんだそうで、本人もんちでご飯食べたいとか言い出すようになり、透を獲得せんがため手招きしている我が家に彼は自ら足を踏み入れ続けてた。

でも別に私がパソコン教えてもらいながら色目使ったとかいうわけではない。ここ大事なところ。

実はこの年のインターハイ、透たちは2年生のエースの怪我が元でトーナメント敗退して帰ってきた。だけど普通インターハイも冬の大会も、これが最後である3年生が主体になる。結果、夏の大舞台を後輩の怪我で終えることになった3年生と、まだ冬も来年もあるさという前向きな2年生が険悪になってしまった時期があった。

この時既に3年はほぼ引退していて、部内はすっかり透たち次世代が中心になり始めていた。それは1、2年生の総意だったわけだけど、そりゃ3年は面白くない。その間に挟まり続けてたのが透で、2年の秋頃の彼は学校でもうちでも疲れた顔をするようになってた。

透が高性能なのは元々よく知ってるし、だけどパソコン教わるようになってから知った彼の中には「普通の高校生」なところもちゃんとあって、子供っぽいところとか、抜けてるところとか、周りが作り物のロボットみたいと思い込んでるよりずっと人間臭かった。

だからちょっとでも元気づけられたら、とこの頃の私はめちゃくちゃ透を気遣ってたし、うちの親は甘やかしてた。それがとどめになったのかどうか、私がコンビニ行きたいから途中まで一緒に行こうと送りに出た時に、まさかの向こうから告白だった。

というか透の話を聞きながら元気出して的なことを言ってたら帰るきっかけを失ってしまい、コンビニ近くの公園の角でダラダラと話し込んでた。そしたら急に「ごめん」と言い出した透は私をぎゅっと抱き締めて「ごめん……ちょっとこうしてていいかな」とか囁いてきやがったんです。

実際、透とは「いい感じ」だとは思ってなくて、こっちは家族揃って両手広げてるけど向こうはそうでもないだろうなあ、なんてどこか他人事みたいに思ってたから私もキュン死。なんだろう、なんでも出来ちゃう高性能が弱ってるから色んな所をくすぐられたのかもしれないんだけど、でもキュン死。

というわけで親公認スパダリの完成です。

親公認って、強いよね……。それはもう秋というかだいぶ寒くなってきた頃のことだったんだけど、まんまと透をゲットできて達成感に包まれたうちの親は私の部屋にこたつを買ってくれた。そこでパソコンでも勉強でもしなさいよ、というわけだ。そりゃもう透が入り浸りまくる。入り浸りまくれば当然パソコンや勉強そっちのけでイチャつきまくる。でも親公認。つよい。

でもスパダリくんはテスト前になるとちゃんと私を誘導してテスト勉強一緒にやってくれて、分からないところは丁寧に教えてくれて、のちに「性能格差カップル」とか言われ始めるけれど、実は私の成績はじわりじわりと上昇を続けてる。親大歓喜。

……という付き合いが未だに続いてるわけなんだけど、3年になってから性能格差に対する忌憚のないご意見が多いと言うかなんというか。今年も公式戦で悲惨な目にあった透はしかし去年よりは落ち着いていて、私の方がどんよりしてた。

「あれ、なんなんだろうな。誰が誰と付き合おうが勝手だろうが」
「私も理解出来ないけど、誰々は誰々と付き合ってほしいみたいなこと言う人結構多いんだよね」
「百歩譲って芸能人とかならまだ分かるけど」
「芸能人感覚なのかもしれないよ、バスケ部」
「オレは違うだろ」
「その辺はもう少し自覚した方がいいと思う」

自分が名門チームのナンバー2だということにはちゃんと自覚があって、コートの中での役割をしっかり弁えている透は確かに部内でも県内でもスター選手だ。だけどそれは部活内での話に限られるはずだ、というのが微妙に自分を解ってない本人の認識。

だったら何で私がおかしなイチャモンをつけられてるんだ。

とイラつきそうな私を察したか、透は私を膝の間に招き寄せて頭を撫で始める。夏になったのでこたつはないけど、明日から合宿の透はやっぱり自宅ではなくてうちで過ごしてて、今日もご飯食べて帰る予定。というか合宿でしばらく会えないからたっぷりイチャついておく予定。

「期末で頑張らなきゃよかったな」
「それも微妙にイラッときますな?」
「だって別にたかが学校のテストだ――痛った!」
「私だからこの程度で済んでるんだぞ……

たかが学校のテストとは聞き捨てならない。私はつい脇腹を人差し指で刺した。

「だーかーら、いつも言ってるだろ。オレは出された範囲内で習ったことを脳内にまとめて置いておけるだけなんだよ。それを活用して何か新しいものを作り出すとか、新しいアイデアをひらめくとか、そういうのには向いてない。応用は出来ても道を切り拓くのは下手なんだよ」

それでもまだ高校生、習ったことを脳内に置いておける能力が将来的にブレイクスルーなクリエイティブ思考へと昇華するんじゃないの、と思っちゃう。点数で上から順番に格付けされて、下に行くほど低品質なんだって毎日刷り込まれてるから。

「性能格差とか勘違いも甚だしいぞ。はオレより全然すごいのに」
「はあ?」
「な、自覚のないこと指摘されるとそう思うだろ? でもそうなんだよ」

私が透よりもすごいことって……寝相の悪さくらいじゃないの……何言ってんだこいつ……

「さっきも言ったけど、オレは壁を壊すようなことは得意じゃない。それは子供の頃から言われてたことだったけど、でも努力すれば壁を壊すことだって出来るようになるはずだと思ってた。誰だって1番になれるって。だけどそういうの、藤真を見た瞬間に全部諦めたんだよ」

確かにその藤真、バスケ部の主将はまた透とは違った意味で「異常値」の人だけど、だけど彼は高性能とは言われない。バスケットと女子人気以外は至って普通だって聞くけど……

「努力とかそういう問題じゃない、こういうやつがトップに立つ人間なんだって一瞬で解ってしまって、実際その通りになってるけど、改めて自分の役割ってものを探すのはしんどかった。藤真は道を切り拓いていくやつだけど、オレには何が出来るだろうって、ちょうど悩んでた頃だったんだよな」

言われてみると、透以下バスケット部員は仮にも同級生である主将を監督として従い、その采配には逆らわず、正規の監督が不在でもきちんとチームとして機能してた。それは2年の時点で次期ナンバー2確定だった透が主将を上に立てて組織づくりをしたからだ。それは聞いたことあるけど……

がパソコン覚えたいって言い出した時、ちょっと離れた席にいたやつが今時パソコンのキーボードカチャカチャなんか役に立つかよみたいなことを言って、笑ってたんだよな。だけどはあんな先生の雑談みたいな一言を捕まえて、自分の将来の活路にしてみたらどうだろうかって、そういう勇気を持ってた。今時パソコンなんかダサくね? みたいに思ったりせずに挑戦することを選んだ。それはオレがずっと探してたもので、道を切り拓くために1番大事なものだったんだよ」

自分の彼氏のことは正直大好きで、他人から言われるまでもなく世界一のスパダリだと思ってるけど、ゆったりと抱きかかえられて頭撫でながらこんなこと言われたら、目頭が熱くなりませんか……

「そういうのって、教科書の中身を脳内に置いておけても手に入らないんだよ。ずっと探してたけど教科書になんか書いてないし、自分で見つけなきゃいけない。だからそれを手にしてるはオレなんかよりずっとすごい。パソコン譲ろうかって言ったのも、その手助けになるならと思ったから」

きゅっと絡みついてきた透の腕を抱きかかえた私は涙が零れ落ちそうになるのを必死に我慢してた。自分が褒められて嬉しかったからじゃない。高性能という言葉で縛り付けられた透が可能性を探して苦しんでた、そのしんどさがわかるし、過ぎたこととは言え正直に振り返れる彼がすごいと思ったから。

高性能でもそうでなくても、道を探すことに努力を傾けている限り、私たちに「格差」なんかないはずだ。透は確かに異常値だらけの人だけど、それでもずっと自分の行く先を模索している点では私と何も変わらない。透はの方がとか言うけど、どっちがすごいとかそういう問題じゃない。

高性能で親公認のスパダリでその上謙虚とか、どうしたらいいんでしょうね?

「オレは運が良かった。っていう人が近くにいて運が良かった。それだけ」
「い、言い過ぎじゃないの……泣きそうなんだけど」
「泣いてもいいよ。ずっとこうしてるから」

私なんかケーブル捌きにきゅんときただけだったのに、こんな風に透の腕に甘えまくっていいんだろうか。もしかして彼女になれるかな、なんて家族全員で下心丸出しだったっていうのに、透はこんなにも誠実な思いを持っていてくれたなんて。

自分に勇気があるなんて思ったことなかったけど、だけど、だけど透がそう言うなら私も道を探そう。失望されないように、やっぱり格差あるななんて思われないように、透みたいに誠実な思いを持てる人になろう。私だって運が良かった。

透の甘ったるく低い声が私の胸をきゅんきゅん言わすので、涙の引っ込んだ私はもっとぎゅっとくっつく。明日から合宿なんてキツいけど、その分帰ってきたら嫌になるくらいベッタリくっついてやる。

「あ、もう1個だけ」
「えっ?」

急に普段の声になったから顔を上げると、いたずらっぽい透の笑顔が目の前にあった。

「でも、と付き合いたいなと思ったのは、単に女の子として好きだからだよ」

そういうこと、言いますか、ねえ、私もう無理。

結局いつもこうやって透のキスにうっとりしちゃう。成績とか部活とか、もうどうでもいいわ。

END