時織り

04

2年生 12月31日

も高校2年生、年越しのカウントダウンは友達と過ごしたい。彼女は相変わらず高1の時の仲良しグループと付き合いが続いていて、昨年の初詣はその4人で出かけた。

が、悲しいかなを除いた3人はボーダーである。4人のうちともうひとりは受験なので、今年がラストチャンスだからスキーに行きたいということは夏頃から言われていた。は滑れないことを繰り返し主張したが、現地で教室に入って滑れるようになればいいと言って聞かなかった。無茶言うな。

仲間割れになってしまうのは嫌だったが、今は同じクラスでもないし、滑れないスキーのために何万もかけて雪山に出かけていくのはバカらしい。どうして全員が楽しめることにしようと思わなかったんだろうか。そんな憤りだけを残して、はひとり地元に残った。3人は親戚の家泊によるスキーカウントダウンをやってくるらしい。

気の合う仲間だと思っていた。喧嘩もしたことないし、三角関係に陥ることもなかったし、高校でこんなに仲良くなれる友人が3人も出来るなんて運がいいと思っていた。きっと高校を卒業して進路が別れても、例えば家庭を持っても、ずーっと友達でいられると思っていた。

それなのに、自分たちだけが楽しめることを強要してくるような人たちだったとは。

カウントダウンが迫る中、はマフラーに顔を半分うずめながら、ぽっかりと心に穴が空いたような気がしていた。他に友達がいないわけではないけれど、あの3人は親友だと思っていた。だけど、彼女たちはそんな風に思っていなかったんだろう。こんなの、親友に対してすることじゃない。

それと同時に「来年は受験だからラストチャンス」という名目だったこともの心の穴を大きく押し広げる。ずっとずっと、大人になっても親友だと思ってたけど、こういう風に少しずつ壊れていくものなのかもしれない。変わっていくものなのかもしれない。

ふん、女の友情なんてそんなもの、ってことか。

ちょっとだけ大人の階段を登ってしまった気分で白い息を吐いたは、顔を上げて、そして慌てて立ち止まって青くなった。家族で二年参りに来ていたはずなのに、その家族がいない。はぐれた。

いい年して迷子とか何なの……はよろよろと人の波から外れ、またため息をついた。確かにこの神社は毎年人出が多くて混雑しているけれど、だからって高校生がはぐれるか普通! 自分が俯いて考え事をしていたせいなのはよくわかっているので、余計に情けない。

早めに連絡を取ってカウントダウンまでに合流しなきゃ、とが携帯を取り出して操作していた時のことだ。

「あれ? じゃないか」

はるか頭上の方からズンと重い響きの声が聞こえてきては手を止め、顔を上げると目を丸くした。首を目一杯曲げて見上げたところに赤木の顔があったからだ。なんでこんなところに、と一瞬考えたが、彼も中学を卒業する前に引っ越したので割と家が近いのだということを思い出した。

「どうした、ひとりで」
「あー、えー、そのー、家族とはぐれて、しまいまして」
「大丈夫か?」
「これから連絡取ろうとしてたところ」

赤木が目の前にいるおかげで人の波が避けていく。は苦笑いで携帯を振り、首が疲れるので少し戻した――ら、今度は木暮の顔があったので、は固まる。文化祭以来、教室ではまさに「当たらず触らず」状態、怪しまれない程度に挨拶などはしても、目も合わせなかった。

だが、それを知ってか知らずか、赤木はちらりと相棒を振り返って事も無げに言う。

「こんな時間にひとりじゃ危ないだろ、混んでるし」
「でも二年参りだし、早く合流しないと間に合わないよ」
「じゃあオレらと一緒に行こう。その間に連絡取っておけよ」
「ファッ、そ、そうだね」

赤木は女の子がひとりで危ないだろうという厳しい顔をしている。が、と木暮は顔が引きつる。

「木暮、いいよな」
「えっ、ああ、もちろん。大丈夫か
「へ、平気……こんな、いい年して迷子なんて恥ずかしいんだけど」

赤木の巨大な手に背中を押されたはふたりの間に挟まれてまた人混みの中に戻った。というか人混みなので赤木と木暮のバスケット部サンドである。その上赤木は190以上、木暮もだいぶ背が高くなってしまったのでは間に埋もれる。不可抗力とはいえ密着しているのもなんだか照れる。

「ふ、ふたりは何をお願いするの」
「お願い? 、参拝は願い事を言い捨てるためのものじゃないぞ」
「えっ、そうなの!?」

何とか場を和ませようとして尋ねてみただったが、厳しい顔をした赤木に一蹴されてしまい、狼狽えた。何やら赤木は初詣とはああだのこうだのと講釈を垂れているが、あまり頭に入って来ない。口元が遠すぎてたまに聞こえないからだ。

そんな風にしてのろのろと人の波の中を歩きつつ家族に連絡を取ったのだが、の家族はもう既に本殿が見える場所に来てしまったと言い、が友達と偶然会ったから一緒にいてもらっていると報告すると、じゃあお友達とお参りしてくれば? と返されてしまった。

友達と言っただけで、男の子とは言わなかった。それを言うとややこしくなりそうだし、そこで友達より家族の方がいいと言うのは、普段の自分とあまりにかけ離れていて口にしづらかった。なのでは仕方なくそれを了解し、ため息を付きながら通話を切った。

「連絡ついたのか」
「うん、だけど友達と一緒だって言ったらじゃあ友達と遊んでくれば、になっちゃった」
「おいおい」
「ご、ごめん、お参りまで混ぜてもらってもいいかな……

きょろきょろと左右を見上げていたの頭上で赤木と木暮はちらりと顔を見合わせ、そしてひょいと下を向くと微かに微笑んだように見えた。

「そりゃ構わんけど、お前はいいのか」
「えっ、うん。なんかごめん」
「別に謝ることないだろ。オレらでいいんなら」

親友だと思っていた友達3人に置いていかれたばかり、ふたりの優しさが身に沁みる。はありがとうを連呼しつつ、ふたりに挟まれて参道を行く。その上途中押し出されてしまいそうになってからは赤木に掴まっとけと命じられて赤木と木暮両方の袖を掴んで歩いた。まるでお父さんふたりと子供だ。

だけど、こんなカウントダウンも楽しかった。女子だけの時とは話す内容も笑えるポイントも違う。バスケットの話も色々してもらったし、進路の話や中学の頃の話まで、思っていたより話題はたくさんあった。

社殿が見えてくる頃になって年が明け、は意外な道連れとともに新年を迎えた。そして赤木の指導のもと、修学旅行でもやった二拝二拍一拝で参拝し、甘酒をもらって参道を外れて歩く。友達にハブられて家族とはぐれたことは不運だったけれど、悪くないカウントダウンだ。結構楽しい。

「ふたりはこのあとどうすんの」
「どうすんのって、帰るけど」
「え、ほんとにお参りだけ!?」
「そりゃそうだ」

家族に遊んでくればと言われたし、参拝までの道中楽しかったし、すっかり遊んで帰る気になっていたは声が裏返った。だが、どちらも部活と学校で手一杯の優等生である。深夜に遊ぶという発想がない。神社の敷地を出たところで甘酒の紙コップを捨てると、はそっとため息をついた。やっぱりひとりか。

だが、真顔の赤木がビシッと木暮を指さす。

「木暮、送ってってやれよ」
「ファッ!?」
……おう、そうだな。こんな時間にひとりじゃ危ないよな」

慌てるを他所に赤木は、今年は全国制覇だオレは2日から練習始めだけどお前どうするなどと木暮に確認を取ると、あっさりと去って行ってしまった。後にはポカンとしていると無表情の木暮だけが残された。

「あ、あの、近いから大丈夫だよ、寒いし、遅いし、悪いし」
……だからだろ。新年早々危ないことしない方がいいって」
「だけど何で木暮だけ……
「赤木もいた方がいい?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて、違くて、木暮が押し付けられたみたいじゃん」
「そんなことないけど」

声色はいつもの木暮だ。だけどなぜかの方を向かずに真正面を向いている。

「電車、なくなるまえに帰ろうか」
「う、うん……

二年参り帰りの人々が神社から続々と流れ出てくる。その人の波の中をふたりはとぼとぼと歩き出した。

はひと駅、木暮は3駅の距離だ。赤木の都合でこの神社になったんだろうか。というかいくら部活でコンビ状態だといっても、ふたりにもそれぞれ友人がいて、だけどやっぱり勝利を願いに来たんだろうか。はそんなことをぐるぐる考えていたが、やがてばからしくなってやめた。

「木暮は、受験?」
「一応その予定」
「でもさっき赤木全国制覇とか言ってたけど……
「インターハイのことだよ。夏にある全国大会」
「それから受験か。急に切り替えるの、大変だね」
「予選で負けたらそこまでだけどな」

やっと木暮が鼻で笑ってくれたので、はホッとして気が緩む。

「私インターハイとか全然わかんないんだけど……
「5月頃から県予選が始まって、まずは県内で1位か2位にならないとインターハイには出られないんだ」
……県て、神奈川県で!?」
「そう」

木暮はさも当たり前という顔をしているが、は「今まで予選で勝ったことあるの?」という一言を慌てて飲み込んだ。そんなこと本人たちが一番良くわかっているだろうから。

「てことは、インターハイってそういう学校が集まるってこと? 県で1位とか2位の」
「そう」
「うわあ……
……勝てないと思う?」

やっとの方を見た木暮はどこか冷たい目をしていた。は一瞬ぞくりとして、けれど目を離せなくて、しずかに首を振った。というか木暮たちの試合自体見たこともないのだ。勝てるかどうかなんて素人のに判別がつくわけないじゃないか。

……木暮たちの試合なんて、見たことないし」
「見に来る?」
「いつ?」
「だから、5月」
「あ、そうか、そうだね、行かれたら……

木暮、怒ってるのかな……はそんなことを考えて今度は悲しくなってきた。高校生にもなって家族とはぐれたのは確かにみっともないだろうし、せっかく友達同士でお参りにきてたところに乱入しちゃったのは悪かったけど――とどんどん悲観的になっていた。

駅につくと木暮は黙りこんでしまい、ホームに降りたは彼の少し後ろで俯いていた。その時である。

「オレは勝てると思ってるんだよな」
「えっ、あ、うん……頑張ってるもんね」
…………これもあるしさ」

木暮は俯くの前にスッと左手を差し出して、袖を捲り上げた。

「叶う輪……

呆然とするの髪を舞い上げて、電車がホームに滑りこんでくる。電車が停止し、一瞬の静けさの中で木暮は袖を戻し、ぼそりと呟いた。

「応援、してくれる?」
……うん。勝てるよ、だから頑張って」

何も考えていなかった。がそう言うと、木暮はの右手を叶う輪の嵌る左手で取って繋ぎ、扉の開いた電車の中に引っ張っていった。二年参りやこれから初詣に出る人で電車は中々に混雑していて、はつい繋いだ手をギュッと握り返す。その手を木暮はしっかりと支える。

そしてひと駅過ぎればの最寄り駅である。最初は駅まで送ってもらえば充分、と思っていたけれど、木暮は手を離さないし、一緒に降りてくる。改札を抜け駅舎を出ると、ロータリーは新年で浮かれた人々でちょっとした騒ぎになっており、木暮はさっさとそれを避けて駅を離れる。

「歩いて帰れる距離?」
「15分くらいかかるけど」
「家まで送って行こうかと思うんだけど、いい?」
「うん、ありがと」

手は繋いだままだ。はちらりと目を落とし、木暮の大きな手にくるまれている自分の手を見ながら少し首を傾げた。不思議な眺めだった。木暮の手に叶う輪、が斜めがけにしているバッグのポーチの中にはもちろん媛守が入っている。修学旅行が遠い昔のことのように感じる。

「実は、1年にマネージャーがいるんだけど、その後輩が湘北受験するらしいんだよ」
「へえ」
「そいつ、ものすごく上手いらしいんだ」
「えっ、よかったじゃん」

は内心「なんでものすごく上手いのに湘北なんだろう」と思いつつも、それで木暮や赤木の夢が叶うなら、と思い始めていた。叶う輪があったって、例えば部員が木暮と赤木のふたりしかいなかったら試合にも出られない。彼らの夢は様々な条件が重なり合って初めて良い方向に向かう。

「だけどあんまり上手いのばっかり入ってきたら困っちゃうんじゃないの」
「ま、そん時はそん時。試合に勝てないで終わっちゃうより全然マシ」
「欲があるのかそうでないのか、よくわかんないね」
「自分ではある方だと思ってるんだけどな」

木暮はやっといつもの様子に戻って眉を下げて笑った。

「ただ……あんまり同時に何でもかんでもこなせるほど能力高くないし、部活と勉強でいっぱいいっぱいなところもあって、前に言ってたよな、夏休みとか遊べなくて後悔しないか、って。後悔はしないと思うんだけど、もうあと1年で終わるんだと思ったら、少しそういうこともしてみたいっていう気にはなってきた」

既に高校2年生の1月、3度しかない高校生の夏休みを木暮は2度部活で消費している。

「インターハイっていつなの?」
「夏休みの間。8月入ってすぐかな」
「どのくらいやってるの」
「んー、でも1週間くらいじゃないかな」
……じゃあもし全国制覇したとしても」
「そうだな、8月の中頃には引退してるだろうな」
「じゃあ遊べるじゃん」
……そっか」

今初めて気付きましたという顔だ。というかそんなこと具体的に考えたことなどなかったんだろう。

「そりゃ受験もあるけど、何も東大目指しますってわけじゃないんでしょ。だったら1日くらい」
「うん……そうだよな」
「もしかして大学もバスケで選んだ?」
「あはは、実はそう。だけどうん、そんな超難関校とかいうわけじゃないよ」

繋いだ手をふらふらと揺らして木暮は笑った。なんだか楽しそうだ。

「そうだな、夏休みの間に1日くらい、いいかもしれない」
「赤木だって引退でしょ、急に受験モードになるのって結構大変だと思うよ」
「遊び方がわからない気もするけどね」

弾んだ声でこんなことを言われたら、ずっと微妙な関係のまま2年生も終わろうとしている今なら、そして繋いだ手がふたりの間にあるこの時なら、でなくとも「一緒に遊ぼう」と誘ってしまったに決まっている。は繋いだ手を引いて木暮を見上げ、そう言おうとした。

だが、木暮はの方を見ないまま白い息とともに吐き出した。

……それまでは、もっと集中しないとな」

ずっと夢に見続けている全国制覇、それを成し遂げてもやがて訪れる引退、それまではよそ見をしない。そんなに簡単に掴める夢じゃないから、いくら左手に叶う輪があったとしても容易に手が届く場所ではないから。

は言いかけた言葉を飲み込み、ただ「そうだね」と返事をして、少しだけ距離を縮めて歩く。

の家が見えてくる。時間はとっくに1時を過ぎている。冷たい空気が肌を刺す真夜中、「」と表札のかかる家の前でふたりは足を止めた。手を繋いだままで楽しそうに喋っていたのに一度もの方を見ないままだった木暮はまた白い息を吐きながらゆっくりと向かい合う。

……じゃあ、また新学期」
「うん、送ってくれてありがとう。帰り、気をつけて。赤木にもお礼言っておいてね」
「おお、伝えておくよ」

そうして距離が開いていき、繋いでいた手が離れそうになった瞬間、は手を勢いよく引かれてたたらを踏んだ。慌てて顔を上げると、すぐ近くに木暮の顔があった。もうふたりの間にはほとんど隙間がなかった。白い息だけが吐き出されては消えていく。は何も考えずに目を閉じた。

だが、非情にものコートのポケットの中で携帯が喚き立てて、ふたりは飛び上がって驚き、手も離れてしまった。携帯を取り出すと親からの着信である。無視はできない。

「お、親だ」
「そ、そうか、じゃあな、暖かくして寝ろよ!」
「う、うん、ごめん、ありがとう」

もうほとんど目も合わせなかった。着信に応じなければと焦るを玄関ポーチに押し込むと、木暮はそのままくるりと背を向けて走り去った。白い息を忙しなく吐き出しながら、どんどん速度を上げて走って行く。

叶う輪が揺れる左手が燃えるように熱かった。