ラヴ・ミー・ドゥ!

3 - 藤真

そこはそれ、オレはこれでもバスケ強豪校の主将で4番で監督でもあるので、練習が疎かになったり、コートの中にまでプライベートなことを持ち込んでぐずぐず言ったりはしない。その間はたぶん性格もちょっと変わっている気がする。言葉遣いが荒いのも自覚してる。

だからを家に呼んだ時のことは部活中考えてないし、主将で4番で監督として問題はないはずだ。

問題があるのは、そう、

「いつまでヘラヘラニヤニヤしてんだよお前らは!」
「我らがキャプテンがこの件にケリをつけるまでだよ」

栄誉ある翔陽スタメンのはずのこいつらだ!

文武両道で見た目も悪くないというのにどうしようもないバカである花形は、オレがに逃げられ姉ふたりにボコボコにされ、半泣きで泊めてくれと騒いだことを吹聴しまくった。それを聞かされた側の部員は幸いバカではないので触らずにいてくれたが、当の花形と高野永野、伊藤が楽しそうだ。

「オレを変な目で見ないのは一志、お前だけだな」
「元々変だと思ってるから今更なあ……
「一志ィ!」

この時の一志の氷のような目をオレは一生忘れない。

そんなことはともかく、あまりにも腹が減ったので何か食べて帰りたいと言うと花形が乗ってきた。オレと花形の場合、有料コート近くの古い喫茶店と決まっている。開店15時閉店2時の大盛りメニュー豊富という有難い店だ。

「ところでには今日も逃げられたのか?」
「ああ、休み時間にチャイムダッシュしても間に合わないし、メールもだめ」
「しかしあの見た目で自覚が伴わないってのはすごいな」

あの騒ぎから2日、オレは花形んちに寝泊りしていて、その間部活を離れている間はずっとのことを考えていた。正直言って、あの日と自分の間にどんな行き違いがあったのか解らなかったからだ。

「ちょっと小耳に挟んだんだが、歴史部の部長って巴御前なんだってな」
「ウフォ!?」

懐かしのナポリタンを口に詰め込んでいたオレは、嘘、と言いたかった。

「巴御前がを大層可愛がってるらしいから、その影響かも知れんな」
「うう、あいつかよ」

巴御前はもちろんあだ名だ。身長がオレくらいあるくせに運動部に入りたがらず、歴史部を創設したのが由来だったらしい。見た目もきれいなのでどことなく姉を想起させて怖い。その上女の子が好きという倒錯気味の巴御前は1年の時に同じクラスで、オレが女の子からの告白を断ったと知って殴りかかってきた、いわば天敵。

なるほど、がパニック起こした時の喋り方なんかは巴御前に似ている気がする。

「まあの代わりに巴御前が出てくることはないだろうが、どうするんだ。諦めるか?」
「ていうかオレの方がまとまってない。ちょっと自信喪失気味だし」

なぜを好きになったのか、わからなくなってしまった。本音を言えば今でも好きだと思っているけど、所詮オレはの麗しい見た目だけが好きだったのかと思うと凹む。確かには見た目も可愛い子だけれど、日本史教えろとか言い出したオレのために手作りで年表とか作ってくれる子なんだ。中身だっていい子なのに。

「そこは今のお前の精神状態と噛み合わないだけだろ」
「どういう意味?」
の言動がどうとかじゃなくて、拒否られた理由が超勘違いだったせいでを信じられなくなってる」

バカだがやはりこいつは頭、いいんだろうな。なるほどそう言われればしっくり来る気がする。

「そっか。ああそうか、そうだよな、オレ、まだ好きだなと思ってたんだよな」
「いい感じだったんだろ、誤解が解ければそれだけでいいんじゃないのか」
「問題はそれだよ。それがさっぱりわからん」

何しろオレの気持ちの問題なので、それを証明しろと言われても方法がない。

「わからんて、なんとかして話すしかないだろ。自分の考えは自分でまとめろ」
「それがちゃんと伝わるかどうか自信ねえし」
「そんなの誰にもどうしようもないことだ。がお前のこと本当に悪く思ってないなら伝わるんじゃないの」

冷たいヤツだと思ったけど、正論なので反論できない。なんかいい方法はないもんかな。

色々考えてはみたものの、ちゃんと文章になるような、理屈のような結論なんか出てくるはずもなかった。だけど、お手製の日本史年表を見る度にが好きだって再確認したりしている。

だから、見た目とか中身とか、もうそんなことに振り回されるのはやめた。言葉で明確に表せる「理由」なんかなくたって、そう、五感いっぱいでオレはが好きなんだって、やっとわかった。直感で惚れてるって言えばいいか。オレはが好きだし、だって絶対オレのこと好きに決まってるからな。

ちなみにちゃんと自宅にも帰ってる。ぎゃあぎゃあうるさい姉ふたりは、「落とすために頑張ってんだよ悪いか!」と言ったら珍しく黙った。要するに、恋愛に対してアグレッシヴであることが彼女らにとっては何より大事なようだった。以来顔を合わせると「襲え」とか「拉致れ」とか言ってくる。それは犯罪です。

それよりも問題なのは、学校でもメールでもいっこうにを捕まえられないことだ。とは5クラス離れていて、なおかつ廊下を挟んでいるので授業が終わった瞬間に走ってもは逃げている。学校中探して回るわけにも行かないし、どこ、なんて聞いて回ったら逆に面倒なことになる。

メールもしつこくなり過ぎないように注意しながら送っている。だけどもちろん返信はなし。あの日以来という人間がオレのいる世界から消え失せてしまったんじゃないかと思うくらい、は姿を見せない。あいつ歴史好きなんじゃなくて、本物の忍者じゃないだろうな。

しかしこんな時頼りになるのは同学年でも何十人といる我が翔陽バスケ部。3学年に渡る100人近い部員はスパイにはうってつけだ。最初はふざけんなと思ったけれど、花形が色々吹聴してくれたおかげで部員たちはオレに協力的だ。

さらには文系女子好みの男子生徒の間ではよく知られた美少女である。本人は地味に過ごしていても目に付く。オレが恥ずかしげもなく恋する男の子を始めたせいで、の目撃情報をよく聞くようになった。お前らほんとにいいやつだな。似のグラビアアイドルのDVD買ってやろうとか言い出す花形とは大違いだ。

そんな仲間たちの情報をざっくりまとめると、やはりは巴御前の庇護の下にあるらしい。

だが、巴御前が襲撃してこないということは、は特に事情を話しているわけではないようだ。ほら、やっぱりオレたちはすれ違ってなんかいない。本当に嫌なら姉と巴御前の3人にやられてオレは再起不能になってるはず。

しかも、天はオレに味方してくれているらしい。週に1日だけ巴御前が不在になる昼休みがあるのだ。選択授業で3限と4限が校外になっている日がある。移動に時間がかかるので、そいつらはだいたい昼を向こうで済ませて5限の少し前に帰ってくる。これしかない。

さらにその時のはというと、校舎のはずれ、3階の図書室と4階の視聴覚教室の間にある階段にいるらしい。図書室は歴史部の活動場所なのだが、昼休みの図書室はそれはそれで人が多いので階段に逃げた模様。視聴覚教室の上は音楽室で、普段なら吹奏楽部の連中がうろうろしてるところだが今は大会で遠征中である。

ある意味オレのしようとしていることも、襲撃だよな。

だけどせめてちゃんと話がしたかった。あの時、オレは舞い上がってたしは勘違いしてたし、その後はふたりともパニックだ。だめならだめでいいから、ちゃんとにも向かい合ってもらいたかった。

数日後の巴御前不在の昼休み。一応の教室を覗いたオレに、このクラスのバスケ部員である数人がつんつんと指を立てて上を指した。もう行った、の合図らしい。オレは両手をパチンと合わせて仲間を拝むと走り出す。の教室を出て廊下を端まで走り抜ける。階段も1段飛ばしでサクサク駆け上がる。

3階もちょっと覗いてみる。図書室は静かだ。あまり人がいないらしい。それを確認して静かに歩き出す。3階と4階の間の踊り場で呼吸を整えて、ゆっくりと足を踏み出した。

、いた!

階段の中ほどで手すり側に寄りかかって、タンブラーを口に当てている。1段上の所に文庫本と赤い包みが置いてある。弁当か。まだ食事が済んでいないところ大変申し訳ないんだけど、、オレの話聞いて!

静かに声をかけたつもりだったんだけど、やっぱり驚かせてしまって、は危うくタンブラーを取り落としそうになった。タンブラーを慌てて両手で掴み、身を強張らせてオレの方をちらっと見る。やっべー見つかっちゃった、という表情だ。だけどさ、やっぱ顔赤いんだよ。オレも同じだろうけど。

オレが階段を1段上がると、じりじりは身を引いていく。2段、3段と上ったところでは弁当と本を置いたまま立ち上がって階段を駆け上がろうとした。翔陽バスケ部ナメんなよ

、待って、話聞いて」

が1段か2段踏み込んだぐらいで彼女の手を捕まえることが出来た。バスケ部の瞬発力があって助かった。

「はは、はな、離して……
「嫌だ。ちゃんと話させて」
「わかっ、わかったから、聞くから離して」

彼女の方が頭ひとつくらい高くなる程度の段差のまま、オレは手を離した。この距離なら絶対は逃げられないし、バスケ部でなければ充分高い身長は威圧感があるだろうから、下にいた方がいい。

「あのさ、この間はごめん、びっくりさせて悪かった」
「そそ、そんな、おう、藤真くんは悪くなんか」

または王子って言おうとした。オレはそれが心底嫌だった。が自分のことを卑下してるから対等に話が出来ないんだよ。だけどオレがそんな風に揶揄される立場にあることは自覚してます。オキタとか言われてるし。けどにだけは言われたくなかった。じゃあどうしようか。

「だけど誓って弄ぼうとか思ってなかったんだよ、姫!」
「ひめ!?」

オレが王子ならは姫でいいじゃないか。単純? ああ結構だとも。

がオレのこと王子とか言うから、オレはのこと姫って呼ぶ」

は「は?」って顔してる。ごもっとも。

はどうしてそんな風に自分を卑下するんだよ。そんなのが思い込んでるだけじゃないか」
「ち、ちが……
「いいや、違わない。どうして対等になったらいけないんだ? オレは人のこと好きになれないの?」

はぶんぶんと横に頭を振っている。この自虐姫は本当にもう……

「なんかオレのこと変なフィルター付きで見てるみたいだけど、これでも一応高校生男子なもので、人を好きにもなるし、好きな人と一緒にいたいと思うわけだよ。それがじゃいけない理由って何? オレのことどうも好きになれないって言うんならそう言ってよ、それを曲げろとは言ってないよ」

両手で口元を覆ったままのは言葉が纏まらないようだ。けど、好きになれない、も出てこない。

「あとな、何で自分なんかとか言うけど、あれだ、は好みなの! ドストライクです!」

色々考えたんだけど、的確な表現はそれしかなかったんだ実際。

「だからが嫌じゃなかったら付き合って下さい」

視界の端に映るの膝がかすかに震えている。真っ赤な顔は泣き出しそうにも見える。、自虐の呪縛から出て来い。君は本当に可愛いんだから、何も迷うことなんてないんだ。オレはゆっくり手を伸ばす。その手に捉われまいとしてつい伸ばしたであろうの腕を掴む。

軽く掴んだだけだったんだけど、膝が笑ってたは足を踏み外した。想定内想定内! 受け止めます!

「ご、ごごごごめんなさ」
「こんなことなんでもないよ、だからそんな風に謝るなよ」

2段上ののウエストの辺りを両手で支えているオレ、オレの肩に手を突っ張って逃れようとしている

「どうよ姫、返事、今は無理?」
「ひ、姫とかやめて、私、歴史オタクだし、運動も出来ないし、楽しくないよ」
「この間楽しかったよ。オムライス食べた時楽しかったよ、家庭教師も楽しかった。運動は関係なくない?」
「お願いもうやめて、どうしたらいいかわからな……

俯いてしまった。どうしていいかわからない、そんなのは嘘なんだけどな。の場合は、あれもだめこれもだめって自分で思ってるだけで、気持ちは決まってるはずなのに。

「だから、嫌ならそう言ってよ。嫌がってるのに追い掛け回したりしないからさ」
「いっ、嫌だなんてそんなこと」
「嫌じゃないの? じゃあOKと取っていいのかな」

ぶわっとが顔を上げる。真っ赤だ。

……、オレのこと、好きなんだろ? オレも好きだよ」

オレの肩に突っ張っていた手が緩んだ。恥ずかしそうに眉を下げたはまた俯いて、口元に拳を当てている。そして、ギュッと目を閉じて、ほんの軽くではあるけど、頷いた。この時オレの頭の中ではドパーンと花火が上がっていました。嬉しくて理性が飛んだのはこれが初めてでした。

!」

嬉しさのあまり、オレはを抱き上げた。ちょうどお腹の辺りを支えていたので、完全に勢いです。お姫様だっこじゃなくて、子供を抱えるみたいにして背中と膝の下を支えたままぎゅうっと抱き締めた。

「わ、ちょ、あぶな、藤真くん」
「健司って呼んでよ」
「は!?」

またはオレの肩に腕を突っ張っている。少し見上げるの顔には乱れた髪が張り付いていて、色っぽい。両腕に感じるの体は思っていたより肉付きがよくて、それも素晴らしく心地がよかった。いやあ、普段から鍛えていてよかった。ほんとうに。

「危なくないよ、ひとりくらいなら抱っこしてダッシュできるよ」
「す、すごいね」
「あと、借りたDVDも見たよ。のこともっと知りたいから、好きなこと、もっと教えて」
「け、健司くん、無理しないで」

名前を呼ばれるって言うのは、いいもんだなあ。の背中を支えている手にちょっと力を入れてみる。

「無理なんてしてないよ、したいからしてるだけ。も気が向いたらバスケ見に来て」

そう言いながら、手にもっと力を入れる。首も伸ばしてみる。今度こそ届きそう。の髪がするりと滑り落ちて、オレのおでこに打ちかかる。鼻の頭がちょん、と触れる。真っ赤な上に少し震えてるがギュッと目を閉じた。固いよ。オレは一瞬だけ足を支えてる手を緩める。驚いたはふわっと唇を開いて……

うわ、オレ今とキス、してるよ……。頭クラクラする。

ずーっとこうしていたいのに、は慌てて引き剥がす。もう一回してやろうと思っての顔を見上げると、ん? なんか蒼白になってるけど、どうしたよ。ちょっとだけポカンとしたオレだったけれど、背中に嫌な空気を感じて同様血の気が引いた。

を抱きかかえたまま、ゆっくりと慎重に振り返ってみれば、踊り場にいるわいるわバスケ部員。

……おーまーえーらァァァ」

最前列のスタメンのニヤニヤ顔がウザい。さっきが上にいると教えてくれた連中も来ている。ていうか見つかったんだからさっさと消えろよ! 何楽しそうに見てんだ!

「キャプテン、彼女ゲットおめっす!」
「おめっすじゃねえ! 何見てんだよ!」
「えっ、そりゃ栄光の翔陽4番がドストライクとか言ってるところだよ」
「花形ァ! おま、ふざけんな後で覚えとけ!」
「け、健司くんもう降ろして」

おでこに青筋が浮き出ていたに違いないオレにはそういうが、降ろした君の手を取ってあいつらのところへエスコートするとでも思っていたら大間違いだ。巴御前も帰って来そうだし、ちゃんとふたりきりになれる所に行くんだよ。我慢はするつもりだけど、やっぱりオレと姉貴たちとは血が繋がってると実感するよ。

を一度降ろして、オレはの荷物を拾う。そして今度こそお姫様だっこだ。

「うわ、なにを!?」
「あのバカどもがいないところに行く」

そう囁くと、オレは振り返ってにやりと笑ってみせ、その余韻を残したまま階段を駆け上がる。

「うおおキャプテンすげえ!」
「藤真ー! 優しくしてやるんだぞー!」

背後に大爆笑を聞きながら、オレは校舎を駆け抜ける。わかってら、そんなこと。翔陽の4番ナメんな! ギュッとしがみつくの腕を感じながら、オレは幸せに浸りつつ部室へ向かっている。いや、我慢はしますよ、をサボらせたくもないし。だけど時間ギリギリまでふたりきりでいたいからな。

ああ神様、をオレにくれてありがとう!

END