ラヴ・ミー・ドゥ!

2 - 藤真

本当に奇跡じゃないかって、最初は目を疑った。位置的に隣の高校との練習試合は市内の体育館で、現地集合現地解散。その帰りにぶらぶらと地元の駅を歩いていたら、向こうからが歩いて来たんだ。

つやつやの黒髪、真っ白な肌、赤みの強い唇。一部の男子から「お人形さん」と敬称込みであだ名されるは、いつも自分の席で本を読んでいるような子だった。けど暗いってわけじゃなくて、見たところ周りの女の子たちとは趣味が合わないせいで遠慮しているみたいだった。

そんなを見ていたのは、2年の時。きれいな子だなあって、ただそう思ってた。

頭も良さそうだしちょっと大人っぽいし、きっとバスケ馬鹿でクラスでも友達と騒いだりしてるようなオレはとは仲良くなれないんだろうなって、勝手にそう思っていた。だけど本当にはきれいなきれいな女の子で、もっと近くで見てみたいなんて失礼なことをしばらく考えてた。

そのがひとりで歩いてる。どこかに出かけた帰りなのか、私服。お嬢様みたいな服、としか表現できない自分が情けないけど、とにかく不思議に可愛い。オレなんか毎日着てる翔陽謹製緑茶ジャージだっていうのに、いてもたってもいられなくて声をかけてしまった。

思っていたよりって子はにこにことよく笑うし、相変わらず言葉は遠慮してる風だけど、話が出来ないってわけでもないし、何より近くで見ると信じられないくらいきれいな顔をしてた。顔で人を判断するわけじゃないんだけど、作ろうと思えば芸能人みたいになりそうななのに、なんだか自覚してないところがさらに可愛くて。

調子に乗ったオレは、ご飯食べようとか、実はが歴史部だっていうから勉強教えてとか、いきなりのことで驚いているらしいお構いなしに押しまくった。オレは相当テンションあがりまくっていたと思う。たぶん、その反動というか、ある種の天罰っていうか、災厄っていうか、とにかくエラい目に遭った。

あまり人様に知られたくない、まったく自慢できない姉ちゃんふたりに見つかってしまった。

年の離れた姉ふたりは、何もかもが大きい女だ。態度、声、身長、足のサイズに至るまで何もかもがデカい。小さい頃から大きくなったら男の自分は姉より大きくなるのだと思っていて、そうしたら復讐してやると思っていたのだけれど、現時点でたった数センチしか違わない。

その上、大変言葉遣いが悪く、体格とも相まって怖い女として近所でも知られている。オレが小学生の時、斜向かいの家のお姉さんにストーカー男が付きまとっていたんだけど、それをボコボコにして警察に突き出し、逆に怒られた。ふたりともスポーツで鍛えられたのか、腕っ節が強い。

ちなみに上の姉は翔陽女子テニス史上唯一のインターハイ経験者で、下の姉はチア部とラクロス部のかけもちというバケモノである。今はそれぞれ仕事をしているんだけど、家を出るつもりは一向にないらしく、正直言ってオレは家では肩身が狭い。

に勉強教えてもらおう、どうせなら自分の部屋で! などと不埒なことを考えていたオレは、その非常に痛々しい姉ふたりに路上で急襲されて成す術もなく、をパニックに陥れてしまった。は家が近いから、なんとか送って帰ったけど、姉、いや暴君と破壊神の猛追はおさまらなかった。

「なになにあの子どんな子なん、すっげえ美少女じゃん」
「もうヤッた? え? なに、まだ!? お前それでも男かよ!」

オレが翔陽に入学した時、担任の先生がしみじみと言ったものだ。「お前の姉ふたりは落ち着い……てないよな」もちろん落ち着いてないので、無言で頷いたオレの肩を先生は優しく叩いてくれた。藤真家は母以外全員翔陽なのだけれど、姉たちは高校時代も充分に暴君と破壊神だったらしい。

「あのな、とはなんでもないんだって!」
「なんでもないからなんだってんだよ、あんな美少女目の前にしてムラッと来ねえとか病気だろ」
「つかあの子が翔陽の制服着て毎日クラスにいるってやべええ脱がしてえなおい」

オレの姉はなんでこんなに下品なんだろうか……

ああ、の黒髪を思い出すだけで心が癒される。暴君と破壊神は今夜からスペイン旅行に行くらしい。リビングでスーツケースを広げて荷物を改めている。何泊の予定だったか覚えていないけど、これでしばらく家が静かになる。もそうだけど、たまには花形も呼ぼうか。母さんが顔見たいって言ってたし。

ちなみにちなみに、花形は暴君と破壊神の大のお気に入りなので普段は藤真家立ち入り禁止である。油断していると本当に食われてしまうからだ。可哀想に、ヤツのファーストキスは上の姉だ。ただまあキスというより齧り付かれたと言った方が正しい気もするけど。

さて、からメアドも聞き出したことだし、うるさいのが出かけたらメールでもしよう。

自惚れという線は否定できないけど、脈、あると思うんだよ。姉を振り切って送っていこうとして、ついオレはの手を取ってしまったんだけど、そのままの家まで行ってしまって、到着して初めて手を繋いでることに気付いた。さすがにオレもどぎまぎしていて、ごめんってつい言って。その時ののほっぺたは真っ赤で。

Tバック1枚で走り回る姉を目の前に、それを思い出しただけでも心が洗われていくようです。

なんとか姉のいない間にを家に呼ぼうと思ってオレは頑張った。スケジュールを調整しまくってなんとか空きを作り、へメールしまくってどうにか約束を取り付けた。静かな静かな姉のいない家、天国みたいだ。そこに明日がくる。もっと天国だ。

今日は花形が寄ってくれて、1年の頃からよく知ってる母さんが喜んで夕飯振舞ってた。ついでだからその後に近くの公園で練習して、じゃあ明日なって時になって花形が小さい箱を手渡してきた。何かと思えばコンドームだった。あの野郎、インテリくさい顔して何考えてんだ!

オレは姉とは違うので付き合ってもいないのに襲い掛かったりしない。たぶん。でも一応もらっておく。

明日はと勉強。やばいちょっとドキドキしてきた。

って、好きな奴とかいるのかな。いたらオレの家なんて来ないよな? 確かにオレはバスケで忙しいけど、オレが彼氏じゃダメかな。なんか、ずっと見ていたいんだよな、の横顔とか、指先とか。って呼んだら怒るかな、オレのことも名前で呼んでくれないかな。、オレのこと好きになってくれないかな――

そんなことを考えながら寝落ちしたオレは、目が覚めてもドキドキしっぱなしで、朝練も真剣にやってるんだけど緊張が取れなくて、精神力が足りないなと思っていたんだけど、ふと顔を上げたら花形と永野がニヤニヤしていた。花形あの野郎、永野に話しやがった……

「いやまさか先輩があのお人形さんをお好みだったとは」
「ちょ、伊藤お前まで! 花形お前えええ」
「いつも女子が群がってるから、誰にするつもりなんだろうと楽しみにしてたんだよな」
「そしたら随分毛色が違うんだもんなあ。大穴もいいところだぜ」
「競馬みたいに言うんじゃねえ!」

しかしそれこそ花形も永野も3年の付き合いである。

「姉ちゃんらとは正反対なタイプだからな、そりゃ可愛く見えるだろう」
「おお、あの野獣みたいな。確かに取り巻き女子はあれの縮小版みたいなもんだからなあ」

認めたくないがそういうことだ。

「しかし藤真もその野獣と血を分けているわけだ」
「うわあ……先輩ってそういう」
「いやオレ何もしてないだろうが、鵜呑みにするな」

さんざんイジられたけれど、そんなことはどうだっていいのだ。今日はPTA総会で体育館を使うというので部活は遅くて16時まで。そんな時は基本的に走ってるんだけど、オレは出ずに帰ります。で、と勉強して、終わり次第地元駅近くの有料コートで花形と練習予定。

未だにファッションでバスケしてるっていうようなやつも多くて、ひとりで行くと絡まれることも多いんだけど、そういう時は基本的に1on1とかすれば逃げていくし、ウチの190オーバーがいれば絡んで来ない。実は1対5で勝ったことがあるのがひそかな自慢。繁華街に近いけど有料なので24時まで使えるし、たまに酔っ払いの小父さんが応援してくれたりして楽しい。

そういう予定です。なのでオレは授業終わったら帰ります。とふたりきりで勉強するからな!

リビングで何をするでもなくうろうろして待っていて、唐突にチャイムが鳴った時のあの心臓が突き上げられる感じ、あれは正直恐怖に近いと思う。だけど、一瞬で体が熱くなって、ドアを開いた向こうにを見た途端、全身の色んなものがどろりと溶けたような気がした。

ポップとかキュートとかカジュアルとかいう要素がゼロのは、その代わり清楚で可憐で優美だった。

「おっ、おじゃまちま、あっ、おじゃまします」

噛んだ。なにこれこの可愛い生き物可愛すぎて死にそう。

「オレの部屋でいい?」
「あ、うん、どこでも」

しかしこんなにどぎまぎしている女の子を怖がらせては可哀想なので、オレは部屋のドアを開けておく。密室にふたりきりの方がオレは嬉しいけど、一応付き合ってもいない男の部屋なので閉鎖的にしない方がいいと思ったんだ。もちろんはドア側、オレは部屋の奥側に座る。その代わり、向かい合わせじゃなくて、隣でね。

さして大きくもないテーブルの一辺に並んで座る。は「なんで!?」って顔してる。けどそのなんで、は「うわなんで気持ち悪い」ではない。それはわかる。というかそれがわかってしまうからオレは自惚れてるんだけど、どうやって切り出したらいいのか正直よくわからん。

暴君と破壊神は「男ならガッといっとけ」と言うが、相手はお前らじゃないんだ。そんなわけにいくか。

「ふ、藤真くん幕末だけでいいって言ってたよね」
「えっ、あ、そうそう、そこだけでいいんだ」

はクラシカルな皮のトランクを開いて、中から色々取り出している。紙、本、DVD。ん? DVD?

「これ、何年か前のドラマと映画なんだけど、解りやすいと思う」
「お、おう」
「それは好きな時に見てね。あと、これを……

はトランクからべろーんと長い紙を取り出した。ルーズリーフを繋げたみたいなもので、なにやらちょこちょこと文字が書いてある。それをテーブルの上に垂らしたは指で髪を耳にかけている。耳が赤かったです。たぶんオレの耳も赤いです。もうほんとどうしよう。

「前にも歴史苦手って子がいて、その子は戦国時代が苦手で、色々話を聞いてたら藤真くん!?」

のひっくり返った声で我に返る。オレはのすんごい近くににじり寄っていた。

「あ、ごめんごめん、うん、それで?」
「え、あ、うんそれで、有史以来の流れがまったく見えないって言われて」

歴史的変事をピンポイントで暗記するだけなのでそれは当然。オレがまさにそれだからよくわかる。

「だから、今日は、大和朝廷の起こりから明治維新までのお話を、します!」
「それってすごく長くない? 覚えられるかな」
「しょ、正直不本意だけど、その時々で覇権を握っていた立場からのみ解説するから大丈夫」

オレの置かれている状況に合わせると、全部海南目線で話しますみたいなことだな。

「人の名前も年号も覚えなくていいです。世の中の流れだけ説明するから」
「それで幕末がわかるの?」
「歴史は全部繋がってるんだよ」

なんかちょっとかっこいいねそれ。今度使おう。ええとつまり、それは。

「誰が何したじゃなくて、日本史のあらすじってことね」
「そう! 今日は藤真くんを外国人だと思って話すから」

オレの言葉がの思惑にぴったり当て嵌まっていたみたいで、はパッと笑顔になる。というか、、頭いいんだなあ。中間とか期末の時に名前を見た覚えはないんだけど、勉強の出来関係なく賢い子なんだろうな。いいよな、聡明な子って。頭の回転速いって、いいよね。花形なんか成績トップクラスだけどバカだもんな。

で、べろーんと長い紙はその「歴史のあらすじ」を書き起こしたものだったというわけだ。

「これ、作ってきてくれたの?」
「あわ、字汚くてごめんね、復習用と私のカンペを兼ねて」

この字が汚かったらオレの字はどうなるというんだ。というか、、オレのために作ってきてくれたのか。時間、かかるよなあ、これ。オレのために、そんなに時間使ってくれてたんだね。神様オレに天使をくれてありがとう。姉は悪魔で魔獣で地獄の住人だけど彼女が天使ならオレはもう他に何も要りません。

「じゃ、じゃあ、始めます!」

この声を合図に飛びついてギューッてしたいけど、我慢する。我慢するけどほんとはすぐ隣にあるの体をギューッてしてスリスリしたい。花形の野郎の思惑通りにはなりたくないからそこまででいいけど、普段バスケ頑張ってるのでチューぐらいはダメですか。

「それで、いわゆる平安時代っていうのはこれで終わり。鎌倉時代に入ります……
「戦国時代っていうのはけっこう定義が曖昧で……
「簡単に言うと、幕府を倒して天皇中心の政治を……

の日本史初めて物語をオレはちょっとボーッとしながら聞いている。

だって、が可愛いから。

艶のある黒髪、白くて柔らかそうな頬、まだ真っ赤になっている耳、年表を差す指先のピンク色の爪。ちょっと視線をずらすと小さい肩がすぐそばにあって、片腕を突っ張っての方へ体を傾けているこの距離をもっともっと縮めたくなる。肩幅なんて、オレの腕の半分くらいしかないんじゃないだろうか。

この間、一緒にオムライス食べてた時も、両隣のカップルの男の方がなんかもう信じられないものを見るような目つきでを見てた。こんな可憐な女の子はまあなかなかお目にかかれないもんな。おかげでオレはカップルの彼女の方にすんごい睨まれてしまったけど、ちょっと気分がよかった。

一生懸命話してくれるの歴史のあらすじは確かに解りやすくて、よくわかる。でも、このべろんと長い年表が実によく出来ているので、たぶんあとで見ればさらにわかる。だから、少しくらい耳を疎かにしても大丈夫。

が髪をサッと払う。ふんわりと優しい匂いが襲い掛かる。これはなかなかつらい。匂いとか音とか感触とか、五感に訴えてくるものは理性へのダメージが大きい。に触りたい、ギュッてしたい、キスしたい、それを何度も繰り返して、そして、って呼びたい――

「つまりここで実質維新は成ったと……藤真くん、聞いてる?」

もう幕末も終わり、あらすじもほぼ終わった。だからというわけではないけど、あんまり聞いてない。

「うん、聞いてるけど……
「ど、どうかした? ていうか近い、よ」
「どうかっていうか、、可愛いなあって……

言っちゃった。だってもうの顔はすぐ目の前。たぶん今口を突き出したら避けられない距離にある。

「ふぁ!? な、なにを、そんなバカな、おう、いや藤真くん熱でもあるんじゃ」

は真っ赤な顔をして慌てている。それも可愛い。

「なあ、って付き合ってるやつとか好きなやつとか、いるの」
「なななな、なん、そんな、私は」

はぶんぶんと頭を振りながら後ろ手に徐々に逃げ始める。それに合わせてオレもにじり寄る。

「いないの?」
「わわわ、私はその、私なんかが」
、えっと、ちゃん、オレじゃだめですか」
「はあ!? しょ、正気に戻って!」

ほとんど悲鳴に近かった。はどんどん壁際に逃げていって、オレはそれを追って彼女を追い詰める。怖がらせようとかそんなつもりはないよ、だって、は怖がってない。恥ずかしがってる。だからオレは引き下がらない。

「正気だし本気だよ。今日もこうして来てくれて、ちょっと期待しちゃってるんだけど、思い違いかな」

は口をあわあわさせていて、なかなか返事をしてくれない。そのあわあわしてる唇ですら可愛い。

、好き。オレ、のこと好きだよ」

あとちょっと。は固まってるし、もう少し近付いたらこれ、キスできる。キスしたい、今すぐしたい。いいかな、いいよな、逃げないってことは、いいってことだよな、。ていうかいいって言ってよ、オレを受け入れてよ。もう少し、もう少し、あとほんの数センチ。

「ふおおおお、やめええええ!」

の可愛い唇に見蕩れてトロトロに溶けていたオレは、その声にバッチリ目が覚めた。何、今の。

「それはいかん! いかんですよ王子! ってか何考えてんだ! 地味なオタ女だと思って適当なこと言って、そっ、そういうことしたいんならチア部のお嬢さんたちにでも頼んだらいいでしょうが! 干物女なら大人しく言うこと聞くと思ったら大間違いだってんですよ!」

オレの中のという女の子が、ぼろぼろと崩れていく。何これ、ってこんな子だったのか。

「そ、そんなつもりないよ、オレは本当に」
「白々しい嘘をつくな! うわってこんなサブカルオタ女だったのかよめんどくせえって顔してるよ!」

ショックだ。誓って言うけど、がこういう喋り方をする女の子だったからじゃない。に今、オレがそんな顔に見えていること、そんなつもりはなく本当に心から好きだという拠り所が自分でも解らなくなっていること、そして何よりいわゆる弄ぼうとしていると思われていたことに。

確かにキスしたかった。が可愛いから、抱き締めてキスしたかった。だけどそれは、好きだって気持ちもちゃんとセットだったんだよ。適当にひっかけてヤッたらバイバイみたいなこと、全然考えてなかったのに。

その時、の右目から一筋の涙が零れ落ちた。

、ご、ごめん、泣かないで」
「おかしいよ、なんで王子が私のこと好きとか言うわけ?」
「なんだよ王子って、てか好きになっちゃダメなのかよ」

女の子を泣かせたショック、がオレのこと王子とか言い出したショック。お互いパニックだ。オレなんか悪いことしたか? 可愛いなって、好きだなって思っただけなのに、ただそれだけだったのに、神様あんまりだ。

「うおーい帰ったぜえー!」
「うおお、この靴なんだこれまさかこの間の」
「うえええ健司でかしたァァ」

神様本当にひどい。

なんで予定より早く帰ってきたのかとか、今のこの状況をどうしようとか頭の中がぐるぐるになっている間に、が立ち上がり、トランクを掴んで部屋を出て行く。こんな時にもの柔らかい香りが鼻をくすぐって、オレはその場を動けなかった。

「あれっ、お、ちょ、どうした何泣いてんだ」
「まさか健司にひどいことされたんじゃ」
「違います! 私のことが好きだとか言うんですよ、頭おかしいです、ありえません、おじゃましました」

姉の声にの声が重なる。遠ざかる靴音、軋む階段。

「ケーンージー」
「なーにーしーたーのー」

天使が去って、悪魔が舞い降りました。

その夜、オレはひとり有料コートのフェンスに寄りかかって座り、花形を待っていた。約束の時間より少し遅れて現れた花形は、顔を見るなりウッと喉を詰まらせてオレの正面にひょいとしゃがみこんだ。

……その傷はじゃないよな」
「向こうの天候が悪化して予定より早く帰国だと」
「お姫様の方はどうした」
「一言で説明しづらい」

姉ふたりにボコボコにされたオレは、がっくりと肩を落として花形に泣きついた。

「今晩泊めてくれえ、帰りたくないい!」