それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 042 / 虹

その瞬間の事を、正しく記憶している者はいなかっただろう。

一度にあまりにたくさんの事が起きて、危険が迫っているのだとしてもどこに目を向ければいいのか判らなかったからだ。

「セントラの指先」が発動の印として目が眩むほどの閃光を放ったのは、もうすでに空も明るくなった頃だった。というターゲットから光が飛び出した時、あたりはまるで吸い取られたように音を無くした。

御伽噺にも登場するセントラの遺物、失われた伝説の至宝。それは、恐ろしいものであるかもしれないもの。それが明らかに目を覚まそうとしている。

それを見て逃げ出す者、留まる者、攻撃の指示をする者、様々だった。だが、殆どの者が立ち尽くして光を凝視していた。そこにはささやかな興味と共に限度を通り越した恐怖があったのだろう。

「セントラの指先」が放つ光に包まれながら、ティンバーの陣営から黒い集団が飛び出したのと、ガルバディア軍の背後から巨大なミサイル発射台が飛び出したのはほぼ同時だった。そして、ガルバディアのミサイルを止めるべくエスタ軍がこぞってガルバディア軍に飛びかかったのも、ほぼ同じ。

この期に及んで「セントラの指先」を欲して飛び出したティンバーの黒幕、そして、ガルバディア。「セントラの指先」が放つ光に吸い寄せられるように沸いて出てくる双方の脅威を止めようと、SEEDもエスタ軍も、なりふり構わず再突撃を仕掛けた。

だが、それもまた一瞬で動きを奪われる。

セントラクレーターのほぼ中央から、突然地鳴りが響く。

そして、海面を突き破って鈍い光を放つ金属の尖塔が飛び出した。

そのスピードたるや光の如しで、その全景が認められる頃には、それは元からその場に存在していたように聳え立っていた。海水を巻き上げたせいで滴り落ちる飛沫に朝陽が弾け、急速に光を失う「セントラの指先」はの手を離れて宙に浮かんだ。

ニーダとが見たという「セントラの指先」使用図と同じ光景がそこにあった。

そそり立つ尖塔に、宙に浮かぶ「セントラの指先」。発動を待つ双方にほんの少しの静寂をが辺りを包むが、それは一変して耳を塞ぎたくなるほどの轟音へと変わる。

セントラ文明が崩壊して約100年。その間地中に眠っていた「セントラの指先」本体は、久々に動かした身体が軋むように耳障りな音を立てて唸り始めた。

一閃する白い光。

そこに、セルフィの悲鳴が響き渡る。

――――!!!!」

誰もが自らの命の終末だと思った事だろう。

だが、「セントラの指先」本体はその頂上から仄白い煙のようなものを吐き出した。そしてその白い何かは徐々に色を変えてセントラ上空を覆い尽くすと、普段誰もが見慣れた雲に似た形を取り始めた。

そして、再び一瞬の静寂。

次の瞬間、セントラ大陸は狂暴な程の豪雨に見舞われた。

地表に当たって弾け飛ぶ雨粒が、地面も人間も巨大な兵器ですら覆っていく。一瞬にして視界を奪われた卑小なる生き物達は、ただその場に佇んで雨を身体に受けるしか成す術がなかった。

「セントラの指先」は、ただ雨を降らせただけだった。

白い煙が吐き出された時は、それを何かの有毒なガスだと思った者もいただろう。それがくすんで色を変えた時にはそれを確信しただろう。いずれあの煙のようなものは地上にまで降りて自分達の息の根を止めるだろう、と。

だが、空から舞い降りて身体に当たるのは水で、唇に当たろうものなら、少しだけ塩辛かった。その間尖塔は唸り続け、宙に浮かんだ「セントラの指先」の発動装置は降り注ぐ雨すらなんでもないように、ふわふわと浮かんでいた。

雨は勢いを保ったまま10分以上も降り続けた。

そして、雨が少しずつ止んで行く。乾ききった大地に突然襲い掛かった水は、吸収しきれずに地表に溢れ土ぼこりを舞い上げ、それすら地面に叩きつけると今度はやや暖かい霧で辺りを埋め尽くした。

年間通じて降雨量の少ないセントラでは有り得ないほどの降水。それは、過去においては決して危険なものではなかっただろう。発展し過ぎた科学力は人の意思で天候を動かすに至ったという事なのだろう。

これは、どう考えても兵器の類ではない。

ただ、確かに使用法を間違えれば降りすぎた雨による災害なども考えられなくはない。「セントラの指先」がどんなものなのか知っているからこそ、そんな表現が生まれたに過ぎない。そもそも、「セントラの指先」などとは呼ばれているはずもなかっただろう。

その尖塔を前にして、はぽかんと口を開けていた。

なんとなくではあるが、死んでしまうかもしれないがそれでもいいという覚悟は確かにあったのだ。それが、ただの土砂降りとは。

ゆるゆると風に流されて散り散りになって行く雲の下で、はぺたりと座り込んだ。なんだか自分がとてもかっこわるく思えて来たのだ。若者であれば誰でも少しは持っている「危険である事の魅力」みたいなもの。それはも持っていた。

しかも、今となってはお宝でもなんでもないかもしれない。

完全に拍子抜けしてしまったは、自分の膝の下に広がる水溜りに目を落として、自分の顔を見つめていた。

そこには、疲れ果て薄汚れた自分の情けない顔。

涙が一粒滴り落ちて波紋を広げる。

見る見る内に歪んで行く自分の顔を見つめながら、は初めて今までの事を後悔した。たった一粒の涙のような「セントラの指先」が落ちてきて、自分は歪んでしまった。内側から徐々に広がって、無残に歪んで行ってしまった。

なんて醜いのだろう、と初めて思った。

見るに耐えない歪んだ自分。それを真正面から受け止める自信などなかった。けれど、目が離せない。波紋が水を伝って地面へと逃げて行き、水面が静けさを取り戻しても、まだは俯いたまま自分の顔を見つめていた。

だが、その醜い自分の後ろに見えたものは、虹。

は弾かれたように空を見上げた。

霧が視界を奪う地面だけ取り残して、真っ青な空に虹。

私は本当に、虹を架けた……

今度こそ、は大粒の涙を零していた。

霧で煙るセントラの大地の上で、小さな小さな影となって佇むは、その存在も何もかも、こんな大きな大地の上では影と同じように小さなもので、彼女がやった事もしてきた事も、悠久の時の流れの中においては些細な事だ。

けれどその小さな存在は、何かを求めてただひたすら走り回る。

宇宙など存在していないような青と、そこに架かる七色の夢はを縛り、そして今、彼女の目を涙で曇らせる。雨の後に虹がかかるように、涙の後にも虹を求めては泣くのだろうか。

だけど、そんな下らないことでも、それが人の営みなのだとしたら。

そこに奇跡や運命や偶然などという夢があってもいいのではないだろうか?

涙に暮れるの背後に近づく足音。

そして、を呼ぶであろう、声はまだ止めたままで。

に訪れる、奇跡。それは、虹と――