バイプレイヤーズ!!

04

キャップと編集長とロミオ

映像部の「湘北クエスト 囚われの姫君」は、何しろ出演者の人数が多いために、例年ではありえないほどの好評を博し、部員たちが文化祭前日には徹夜でコピーしまくったDVDもお取り置き分以外は午前中の上映2度目で全部なくなってしまった。

その上、製作に余裕があったのでおまけで作ったアトラクション競技と部活対抗リレー、そしてクラス対抗リレーのダイジェストの映像を入り口で流していたところ、これのDVDはないのか、何枚欲しいんだけど、などとまた注文が殺到。「湘北クエスト」の方と合わせて200枚以上コピーしなければならなくなった。

さらに、なぜか突然許可が降りたことと、映像部の方はお礼の意味も込めて、今年は2年生が演劇部の上演をつきっきりで撮影している。当日はいつものように閑古鳥が鳴くものだとばかり思っていた編集長とキャップは1日じゅう大わらわだった。

そんな大忙しの文化祭が終わると、受験や就職の心配がなくて居残っていた文化部の3年生もいよいよ引退である。というか、いい加減後輩に譲り渡しなさい、という強制引退である。

だが、幸か不幸かDVDの大量発注が入ってしまった映像部3年は引退したくても出来ない状態が2学期中続いていて、連日PC室に篭ってはDVDのコピーを繰り返し、出来た分から配ると、それを見た人からまた別の注文が入るというコピー地獄に陥っていた。

「編集長、今日何の日か知ってる?」
「えーっと、ああ、クリスマスイヴか」
「よかった、一応知ってたんだ」
「そのくらい知ってるわ。明日の夜になると駅前のスーパーのケーキが半額になるんだ」

諏訪家ではいつもそれを買って翌日に食べる習慣があるという。クリスマス自体は特に何もしない。

「てかそれが普通だろ。今どき家族でメリークリスマスとかやるのか?」
「まあ、うちもしないけど」
「だろ? てかほとんどの日本人にとってクリスマスなんかただの『遊ぶ日』でしかないじゃないか」

身も蓋もない言い方だが、まあ遠からずだ。キャップは特別予算が下りたので急いで買ってきた100枚スピンドルのケースを開けて、新しいDVDをセットする。追加注文が中々終わらなくて、結局2学期が終わってもコピーし続けている。

その上、コピー作業が終わらないので引退できないふたりは、念願叶ってバスケット部の試合を撮影することが出来た。冬にある大きな大会の神奈川予選で、夏と同様に順調にトーナメントを勝ち抜いていくバスケット部の試合を全て収めることが出来た。なので気持ちだけは晴れやかな心で引退できる状態にある。

「自由登校に入ったらどうすんの」
「特にやることもねーんだけどな。お前はなんかあんの」
「あんまり家でぼーっとしてると平良が来るからね。何かいい短期バイトはないかなと」
「おお、それはちょっと真剣に探した方がいいよな……

体育祭でコロッと文芸部の元副部長に乗り換えた平良だが、今のところ進展はないとのこと。なのであまり暇だとそれをどこからか嗅ぎつけてきて遊びに来られても面倒だ。中高一緒のキャップと平良だが、いよいよこの先は進路がわかれる。そろそろキャップも解放されてもいい頃だ。

「早いもんだな、もう卒業かあ」
「なんだよ、えらくしんみりしてんな」
「今年の体育祭のせいだよ。妙にみんなと仲良くなったと思ったら、もうお別れだからさ」
「女子みてえだな」

編集長も新しいDVDを取り出しながら、ニヤニヤしている。

「編集長は寂しいとか、そういうのないの?」
「寂しいとかお前なあ」
……真面目な話だよ」

常に躁状態の編集長だが、そのせいで彼の言動はいつでもふざけているのか本気なのかわからなくて気持ち悪いという女子も多い。今もそうだ。ニヤニヤしたままライティングの終わったDVDをケースに収めている。

「寂しくなったところで、何か変わるのか?」
「変わる変わらないの問題じゃなくて、思ったりしないの、って話だよ」
「うーん、どうなんだろな、オレ、今まで生きてきて、寂しいって思ったこと、たぶん、ない」

ニヤニヤを引っ込めた真顔の編集長がそう言うので、キャップは思わず吹き出した。そう来たか。

「そっかそっか、ごめん」
「マイナスの感情があんまりないんだよな、オレ」
「いいことなんじゃないの、それって」
「そーでもねえよ」

どうせいつものように「まあな!」などとハイテンションな返事が帰ってくるものだと思っていたキャップは、今度は息を止めて黙った。その「そーでもねえよ」っていうのは、マイナスの感情に近いんじゃないのか……

「体育祭の時に会長も言ってただろ。人を好きになれないなんて、人間として機能不全起こしてるような気がするって。それと同じなんだよ。プラス思考になれとかよく言うけど、マイナス感情がなきゃないで人としてオカシイっていうことになるだろ。オカシイって言われてもなあ、って話で」

そんなことも気にならないはずじゃなかったのか。キャップは驚くのと少し怖いのとで、返事もせずに聞いている。

「まあ別に誰がどう言ってようと関係ねえんだけど、それを親に言われちゃうとな」
「そんなこと親に言われたの……?」
「人間たまには疲れたり凹んだりするのが普通だけど、オレってそういうの、ないじゃん」

最初は隠してるんじゃないかと心配されたという。彼の両親は溜め込みすぎて後でがっくり来ないように、何でも話して、と言ってきた。編集長は、最近アップデートされた動画編集ソフトの新機能についてを延々語り倒した。そうじゃない、とため息をつかれたという。それが中学生の時。

以後も両親は思春期の息子を案じて、悩みや葛藤があるなら話して欲しいと度々言ってきたそうだが、基本的に編集長にはそういうものがなかった。

「てか、あったのかもしれないけど、自分の夢中になってるものが目の前にあると、そんなもん飛ぶからな」

編集長は毎日充実していた。自分の人生はとても楽しいものだった。けれど、高校2年の夏休み、両親は彼を心療内科に連れて行った。もちろん結果は異常なし、元気で明るく前向きの何がダメなんですか、と逆に両親の方が説教を食らった。

「そういう意味じゃ、その時初めて凹んだかもな。オレの楽しい毎日は異常なのかと」
「そんなこと、あったんだ」
「まあもう今は何もねえよ。家では出来るだけ静かにしてるし」
「それって……つらくない?」
「えっ、なんで?」
「だって……家族に、本当の自分を受け入れてもらえないなんて」

仲良し家族育ちのキャップは絶望したような顔になっている。

「大袈裟だなあ、家族だって他人だろ。独立した個人の集まりなんだから、混ざり合わないものもあるさ」
「それは、そうかもしれないけど、だけど、せめて家族くらい、って」
「家族だって殺し合うだろうが。血が繋がってれば何もかもオッケー! なんて幻想だよ」

身長が低く裕福でない点を除けば、非常によく出来た人間であるキャップの場合、人から恨まれることも人を恨むこともないので、そういう殺伐とした人間関係は余計につらく感じる。その上相手は高校3年間の相棒だ。だが、その3年間の間にも、こんな話が出来たのはこれが初めてだ。キャップは意を決して顔を上げる。

「気に触ったらごめん、周路って、女の子興味ないの? いやまあ、男でもいいけど」
「なんだよ唐突に。そりゃまあ、なくはないよ。ちなみに対象は今のところ女」
「そ、そうなんだ! そうか、よかった」
「なんだそれ」

それが例え「興味がない」という答えでもキャップは編集長を「人として機能不全を起こしている」とは思わない。けれど、キャップなりに大切に思っている相棒にはそういう気持ちがあって欲しいと思っていた。それが「なくはない」程度でも、なぜか無性にホッとする。

「好きな子とか、いたことあるの?」
「うーん、ないだろうな。とりあえず自覚はない。てかお前はあんのかよ、そんな菩薩みたいなキャラで」
「菩薩て。あるよ、一応。じゃあさ、興味なくはないなら、彼女欲しいとかって思ったことは?」

ライティングは終わらないし、こうして部室で話せる時間も残り少ない。キャップの方も自由登校の間や進学してからもベタベタする気はないので、どうせなら聞けるところまで聞いておきたかった。幸い編集長は嫌な顔をせずに答えてくれている。

「それもねえな〜。欲しい欲しくないっていうより、たぶんオレの人生には存在しないものだろうから」
「そんなこと……
「想像もつかないしな。誰かを好きになるのも、誰かに好かれるのも」

人を好きになろうが好きにならなかろうが、それは決して強制されるべきことではないし、どちらがいいかどうかというのも人それぞれでいいはずだ。だが、家族の前ですら本当の自分を出せない編集長の、自称親友と思っているキャップはそれをどうしても否定したくなった。

人に好かれ人を好きになり、誰かとともに過ごすことの楽しさも知って欲しかった。そうして本当の自分をさらけ出し、また相手の偽らざる本性も受け入れられる、そんな人になって欲しいと願った。自分もいつかそういう人間になりたかったから。

「おいおい、今日はクリスマス・イヴなんだろ。そんなしょげた顔すんなよ」
「ごめん、でも話してくれてありがとう」
「気にすんな気にすんな、ほら、終わるぞ」

ドライブから吐き出されてきたDVDを取り出したキャップはしかし、ベタベタする気はないけれど、密偵たちのように、編集長とは連絡を絶やさないようにしようと心に決めた。生活環境が変わり、友人が変わり、それで邪険にされても決して放り出すまいと思った。

「なあ周路、もしいつか凹んだり好きな人が出来たりしたら――
「はいはい、お前に連絡すればいいんだろ。わかったよ、大丈夫だから」
……忘れるなよ」

そう言ったけれど、忘れられてしまっても構わない。ただもし必要になった時に、すぐに連絡が取れる状態でいられるようにしたい、そう思った。高校3年間、お前と一緒で楽しかったから、感謝の意味も込めて――

その後、自由登校に入ったキャップは、アルバイトを始めた。

「代わり映えしないけど、作業服だとなんか一気に老け込んだ気がするな」
「まあ、特に女の子にとって制服はシンボルみたいなものだからね」

アルバイト先はロミオの実家の食品加工工場である。平良の襲撃に備えて、また専門に進学するのに備えて少し蓄えが欲しいと漏らしたキャップに、そんならウチにかけあってあげる、とロミオが言い出し、無事にアルバイトとして採用してもらえることになった。

とは言え、いきなり生産ラインに入れるわけでもないので、キャップの仕事内容は当座のところ「なんでも雑用」である。ロミオが実家に就職と言っても、基本的に彼女は事務方なので、そっちの方も必要があれば手伝うという割といい加減なアルバイトである。

だが、何しろ菩薩のキャップである。しかも小柄で親しみやすい。工場と事務方のおばさま方が一斉に「アキちゃんカワイイ」と言い出した。ロミオは前もって可愛いと言うなと言っておいたのだが、聞いていなかったらしい。

「彼女らのことは、ほんとにすまん……
「平気平気、慣れてるし、得することもあるし」
「得?」
「車で送ってくれたり、ジュース買ってくれたり、お菓子くれたりするよ」
「子供じゃねえんだからさ……

ロミオはがっくりと肩を落としているが、キャップはいつものようにニコニコ顔だ。

「いいんだって。母親より上の世代の人なんて話すことなんか殆どないし、勉強にもなるよ」
「いや熟女で満足しないでよほんとに」
「ほんとにみんな心配症だなあ。オレはそういうのでいいの、今のところ」
「そういうのって……なんか悟ったの」

キャップがすぐおばさま方に取り囲まれてしまうので、ロミオはまだ入社前だが、キャップのシフトが入っている時は出来るだけ昼を一緒に過ごすようにしている。というかこの時期湘北の就職・専門・推薦組は教習所通いをしている生徒が多く、ロミオも午前中に行ってきたところだ。イケメン教官がいるとかで、楽しいらしい。

「今はなんか、誰かひとりに気持ちを傾けたい感じがしないんだよ」
「どういう意味?」
「んー、だから彼女欲しいとかじゃなくて、みんなと仲良くしたいというか」

人を好きになれないのでも、なりたくないのでもない。ただ今はキャップ自身がそういう状態にあるというだけのことだ。それを無理して捻じ曲げても心が裂けてしまうだけだから、おばさまたちとわいわい喋るのも楽しい、そんな気持ちを大事にしたかった。

「仏かよ」
「編集長と似たようなこと言うなよ」
「何て言われたん」
「菩薩」

ロミオは危うく口から烏龍茶を噴射させるところだった。

「それは編集長が正しいわ……
「えええーオレそんなに慈愛に満ちた人間じゃないってー! てか自分はどうなんだよ」
「私は別にイケメン好きだし、いい出会いがないだけで、あとは平均的だと思うけど」
「オレだってそんなもんだって。てか、ヒヨコどうしたん、結局」

どうしたんと言われても、何しろロミオはクラスも違うし自由登校である。特に追加情報はなかった。

「本人は濁してたし、三井は推薦で都内に進学だし、まあ、何もなさそうだよね」
「そっか。推薦と言えば……会長も結局浪人出来なかったね」
「あのバチ当たりはほんとに……

部活対抗レース関係者で言えば、進路が決まっていないのは受験組のと木暮だけ。ふたりはそろそろ受験本番である。しかし赤木も含め、あまり心配はされていない。いずれ朗報が届くだろう。

「卒業式、ボタンとか貰いに行くの?」
「誰の?」
…………せっかく学ランなのにもったいない」
「てかそんなもんもらったってねー」
「会長は色々ひどいと思ってたけど、ロミオも負けてないね……
「いやいやいやいや、あれには負けるから。全然余裕で負けてるから」

卒業まで、あと少し。