バイプレイヤーズ!!

03

映像部とヒヨコ

青田の撮影を終えたキャップが映像部の活動場所であるPC室に戻ると、ヒヨコのアニメ声が聞こえてきた。

「あれヒヨコ、来てたの」
「ナレーション頼んだんだよ。実況の音声も入るから同じでいいかと思って」
「ありがとなヒヨコ、まだ放送部手が離れないんだろ」
「まあそうなんだけど、私が突き放さないといけなかったりもするから」

編集長がメインで使っているパソコンの前でふたりはレポート用紙を広げて腕組みをしていた。キャップはカメラを下ろすと、ふたりの間あたりにパイプ椅子を置いて座った。草案はまだ手書きで修正だらけだ。そして映像部には他の部員もいるが、ヒヨコがいるので教室の隅に逃げている。

「どんな感じよ。えーと、アバン、タイトル、登場人物紹介……なんか大袈裟だな」
「まだありがちなのを挙げてるだけの段階だからな」
「キャップ、クエスト出場選手のキャッチコピー考えて」
「ええーオレが考えるの!?」

ヒヨコと編集長は顔を上げない。ふたりともあまり文章作成は得意でないらしく、レポート用紙に書かれているのはナレーション用の文章ではなく、ナレーションに入れたい内容を示す単語ばかり。

「こういうのは文芸部に頼んだ方がいいんじゃないの」
「さすがにそこまで外注すると映像部の作品じゃなくなるだろ」
「ヒヨコはいいのかよ」
「だから既に実況に入ってるからだって」

どうにもこの編集長こと諏訪周路は態度が大きく、何を言っても横柄に聞こえる。これも男子は気にならなくても女子は鼻につくというポイントだ。キャップは苦笑いのヒヨコに苦笑いで返しつつ、レポート用紙に踊る単語から、大袈裟過ぎずかつ部活対抗レースクエストに合うナレーションはどんなものかと考え始めた。

「だけど実況入ってるんだし、それほど大量には必要ないんじゃないの」
「そりゃそうだ。全編喋りっぱなしってわけじゃない」

編集長はさも当たり前というような顔で言うけれど、そんなちょこっとのことにヒヨコが付き合わされているかと思うと、キャップは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。しかもなぜかナレーション原稿を考えるのにも付き合わされている。ロミオや会長なら断れるのかもしれないが、このヒヨコやは頼まれると断れないタイプだ。

「今年は時間があるし、もう少し詰め込みたい気もするんだけどな……
「あんまり欲張りすぎてもブレブレの内輪受けみたいにしかならないんじゃないの」
「何で今年は時間あるの?」
「そりゃ撮影が実質1日で済んでるから」

首を傾げていたヒヨコが大きく頷く。文化祭用にゼロから映像作品を作ろうと思ったら、アイデアを出すところから始めなければならないが、そこから撮影開始までの準備はほとんど生徒会やヒヨコたちがやってくれたし、当日も人手がいっぱいあった。そういう意味ではとても楽をしてしまった。

編集長はそれを気にしている風でもないけれど、部員の中には「映像部」としての作品にするには少し意味合いが違うのでは、と言いたそうなのもちらほらいるようだ。まあ、決してそんなことは言い出さないだろうけれど。

「運動部に渡すのも終わっちゃったしなあ」
「運動部に渡すのって?」
「文化祭用のはクエストのみだから、その他の録画を部活ごとにまとめてプレゼントしたんだ」
「えっ、映像部ってそんなこともやってるの」
「そんなこともって、創設以来ずっとやってるよ。女子の運動部はやってないけどな」

ヒヨコは目を丸くしている。まあ、映像部が男子運動部とは良好な関係にあるなど女子生徒であるヒヨコは知らなかっただろう。しかもヒヨコが率いていた放送部も女子だけで、映像部とは今年の体育祭まで縁がなかった。

「だから早めに終わったらプレミアとかやろうかと思うんだけど」
「プレミア? 映画とかの?」
「まあそれはかっこつけて言ってみただけ。要は完成披露試写会」
「ええとその、会長とかロミオとか呼んで?」

編集長は真面目な顔で頷いている。悪くない提案だが、果たして演劇部のお嬢さんたちは映像部のいるPC室になど来るだろうか。ヒヨコとキャップは揃って苦笑い。

「それはほら、出来上がってからでいいんじゃないの。とりあえずナレーション考えようよ」
「おう、そうだな。ヒヨコ、モノマネとか出来るか?」
「モノマネ!? そんなの出来ないよ」
「お前なあ、芸は真似して盗むものだろ」

情けない顔をしているヒヨコに編集長は人差し指を突き付けて言い放つ。またそんなキツい言い方をして……と窘めようとしたキャップだったが、ふと顔を上げてみると、女子にはとことん嫌われ者の編集長と、地味めながら一応女子であるヒヨコは、まるで普通に喋っていて、つい口を閉じた。

体育祭まではいかにも消極的だったヒヨコだけれど、あの狂騒の1日以来、彼女は変わったように見える。変わろうとしているようにも見える。編集長の威圧的な物言いにも立ち向かおうとしている。

編集長を窘めるのはいつでも出来る。彼にもこうやって女子とコミュニケーションを取るという経験があってほしいと思ったキャップは小さく頷いて、レポート用紙に目を落とした。それなら、ヒヨコを目一杯活かせるナレーションにしないとね。

ナレーション原稿が完成し、その録音が行われたのは、文化祭まであと2週間という頃のことだった。放送室を借りての録音だったが、映像部員が来たがらなかったので、ヒヨコと編集長とキャップの3人で録ることになったのだが、さてその現場に立ち会ったキャップは驚いて目を剥いた。ヒヨコがものすごくうまくなっていたからだ。

練習や体育祭の時もキャップからすれば充分に上手だったけれど、それとは何かが違っていて、ヒヨコとあだ名が付くくらいのピヨピヨ声なだけだった彼女のナレーションは明瞭で聞き取りやすく、しかも温かくて元気で優しくて、とにかく素晴らしい出来だった。

「ヒヨコ……どうしたの、すごい上手くなったね」
「超練習した」
「それに付き合わされたオレの身にもなってみろよ」
「録音した方、ものすごく聞き取りやすいよ。プロの人みたい」
「聞けよ」

キャップは自分の担当の編集作業から手を離せなかったので、ナレーションの準備は編集長に丸投げしていた。そもそもは編集長が言い出したことなのだから責任を持ってやるべきだし、ヒヨコが編集長に負けない姿勢を見せていたから、本人がヘルプを出して来ない限り、手を貸さないと決めていた。

だとしても、短期間でこれほど成長を見せるとは――キャップは編集長の揚げ足取りなど無視して手放しでヒヨコを褒めた。以前なら謙遜するだけだったヒヨコの方も、積極的に意見を求めてきたりするので、キャップはまた驚いた。体育祭以降、一体ヒヨコに何があったというのだ。

そうして編集長の思いつきである「プレミア上映会」が開催の運びとなると、キャップはその旨を伝えにロミオのところへ顔を出した。受験も就活もない彼女は後輩たちがすぐ泣きつくので、未だに演劇部から離れられないでいる。その点はヒヨコも同じだが、一応文化祭が晴れの舞台である演劇部なので、忙しい。

「ええと、私だけでいい?」
「もちろん。無理しなくていいよ」
「こういうのはちゃんと受けたいんだけど、何しろこっちも本番近くて殺気立ってるから」

キャップとロミオが話している視聴覚教室準備室にいても、演劇部員たちの熱のこもった声――ほとんど叫び声が聞こえる。今年の演目はシリアスな物語らしい。

「去年から顧問が変わってさ。コミカルなのとかサブカルっぽいのを嫌がるんだよね」
……顧問の趣味関係ないだろ」
「ないはずなんだけどねー。そういうのにしようとすると、いつまで経ってもネチネチうるさくて」

普段なら階下の文芸部がノイローゼになりそうなEDMと発声練習の演劇部だが、一応上演前の演目の練習中なので、ドアも窓も閉めきっているらしく、効果音や音楽が重低音とともに響いてくる。どうやら反戦もののようだ。

「それなりにプライド持ってやってるけど、こんな重い話、親以外の誰が見てくれるんだろうね」
「何しろここは湘北だしね」
「どうせ今は女子しかいないんだし、元気で明るいものの方がいいと思ってたんだけど」

キャップもそれには同意見だ。顧問の先生はそれで満足だろうが、主役は部員たちのはずなのに。元気で明るい、で思い出したキャップは顔を戻して、ワントーン高い声を出した。いいニュースがある。

「そういえば、今回ヒヨコにナレーション頼んだんだけど」
「へえ、いいね。映像に声付けるなんてあの子も初めてなんじゃないの」
「それがさ、ものすごい上手になってて、超練習したとは言うけど、なんかそれだけじゃない気がして」

それほど親しい仲ではないはずだが、それでもロミオとヒヨコも体育祭以来距離がぐっと近くなった。何か知らない? という顔をして首を傾げたキャップに、ロミオは腕を組み足を組み、そしてゆったりと微笑んだ。

「うーん、詳しくは聞いてないんだけど、体育祭で何かこう、気付かされることがあったみたいで」
「みんな何かしらそういうのがあったんだねえ」
「私、ないんだけどね。で、そのことを少し前に三井と話したらしいんだ」
「へえ、あいつ女子とそんな話したりするのか」

以前に比べればだいぶ丸くなったとは言え、何しろ春頃までは暴力事件の常習犯だったのだし、2年生の時に三井とは隣のクラスだったキャップには、三井とヒヨコがそんな真面目な話をするなど、驚くことだったに違いない。

「それでさらに気持ちが固まったみたいなんだよね」
「本当にヒヨコかなって思うくらい、頑張ってくれてさ」
……三井みたいに強くなりたいって、言ってた」

ぼそりと言うロミオの言葉に、キャップは目を丸くした。それって――

「ヒヨコも三井のこと好きになっちゃったのか」
「まあそうは言わなかったけど、すごくいい影響を受けたみたいだね」
「三井の方もヒヨコに実況でイジられてからまたちょっと変わったしね」
「お互いにそれが変わるきっかけになった、ていうのも何か不思議だね」
「オレら変わり映えしないね」
「まったくだ」

どちらかと言えばキャップとロミオは特に変化を求めないタイプである。余計に代わり映えしない。

「だけど三井ってどんなに可愛い子でも断ってるよね、今」
「うーん、そうなんだよね。もしそうなら是非とも応援したいんだけど……
「だけど?」
「それって会長の品性下劣な野次馬と同じなんじゃないかって」

頭を落として唸るロミオに、キャップは声を上げて笑った。会長は本当に俗物だ。

後日、編集長がいそいそと開催した「プレミア」には、ナレーション参加のヒヨコはもちろん、ロミオ、会長と密偵3人と副会長、青田、と木暮、美術部と手芸部の代表ふたりずつが来てくれた。中でもと木暮は受験で遊んでいる暇がないはずなのだが、これは外せないと言っていたそうで、編集長は大変満足している。

映像作品を上映するなら視聴覚教室だが、生憎そちらは文化祭終了まで演劇部に占拠されており、授業でも使えないことになっている。そのため部活対抗レースでも使用したプロジェクターにPCから直接出力という上映スタイルになった。そのプロジェクターの前に編集長が立つ。部長からのご挨拶である。

常に躁状態の編集長は、例えば映像部の顧問をしてくれている退職間近の地学の先生に言わせると「植木等みたい」なのだそうだ。そんなこと言われてもピンと来ない高校生たちたが、つまりお調子者に見えるということだ。その上、なんとなく所作話し方が昭和臭いというのだ。

「ええ〜、本日はお忙しいところお集まり下さいまして、まことにありがとうございます。皆様のおかげを持ちまして、湘北高校映像部、本年度文化祭出品作『湘北クエスト 囚われの姫君』は無事に完成をいたしました。つきましては、一方ならぬご尽力を賜りました皆様と共に、完成披露試写を執り行いたいと思います」

文言だけ見るとさほどおかしなことは言っていないが、顧問の先生が言うように、いちいちイントネーションが古臭い。だが、彼を慕う部員や、優しい気遣いをしてくれる招待客たちの拍手は温かい。というかサブタイトルが「副部長ネバー・ダイ」から「囚われの姫君」になってしまい、は恥ずかしそうだ。

PC室の黒板の前にプロジェクターを設置して、席はそれぞれ好きなところに。映像部員たちは前方の窓際に固まっている。ヒヨコとロミオはキャップとともに教室中程に。そこから少し離れて生徒会と青田、美術部と手芸部も近くに座る。と木暮は遠慮がちに廊下側の席に並んで落ち着いた。

教室の明かりが落ちて、プロジェクターに光が差す。

「それでは皆様、しばしお付き合いくださいませ」

編集長も映像を再生させると、キャップたちの近くに滑りこむ。しばし間があった後、本年度映像部の文化祭用映像作品「湘北クエスト 囚われの姫君」の上映が開始された。薄暗い教室、プロジェクターに踊るオープニング、そしてあのヒヨコのナレーションがPC室を優しく包み込んだ。

それを聞いた関係者女子たちは、思わず口元を手で覆い、感嘆のため息を漏らした。

ストップモーションアニメ風のオープニング映像に重なるヒヨコの声は、まるで別人のようで、以前よりはるかに活き活きとしていて、内容はわかっているのに思わずわくわくしてしまう。ヒヨコの声に誘われて、ファンタジーの世界に迷い込んでいくみたいだった。

ヒヨコの声とともに始まった上映時間35分の完成披露試写は、大成功に終わった。

「ヒヨコ〜ナレーションすっごいよかったよ〜!」
「ほんとほんと、びっくりしちゃったよ」
「お前らな、これ放送部の作品じゃねえんだぞ」

上映終了後、一斉にヒヨコに飛びついてきたロミオと会長に編集長は苦虫を噛み潰したような顔をしている。賞賛を受けるとは思っていなかっただろうが、製作者を差し置いてナレーション担当にいかれると、いかな編集長でも面白くないらしい。

「そりゃまあ、映像だってよかったよ。だけどほら、内容わかってるわけだし」
「本編も良かったけど、私はエンドロール好きだな」
「おお、そうだよな、オレちょっと泣きそうになった」

会長とロミオ、後ろから入ってきた青田になんとなく褒められた編集長はすぐに機嫌が直る。部活対抗レースに参加したすべて部員たちの楽しそうに笑うショット、そして静止画を繋いだ魔王一派の悪あがきで締めくくられるエンドロールはまさに青春そのもの。本日の上映会招待客は3年生ばかりなので、余計にグッとくる。

「ねえ編集長、これって文化祭終わったらコピーとかって――
「いやいや、当日も配布するから、確実に欲しいなら枚数言っといてもらえれば」
「ほんとに!? お金払うからうちの部員全員分お願い」
「金なんか別にいーよ、部費から出てんだし」

今は殺気立っているだろうが、演劇部員たちの中にはレースの際にリポーターをやってくれた子もいるので、その子らに見せてやりたいロミオは喜んだ。どうにも映像部への嫌悪感が拭い切れない部員たちだが、ロミオに関して言えば、もうそんな様子は微塵もない。礼を言ってぺこりと編集長に頭を下げた。

「欲しがる人なんてあんまりいないかと思ってたんだけど……もしかしてみんな欲しい?」

きょとんとしていたキャップが言うなり、本日の招待客たちは全員うんうんと頷いた。

「マジかー! なんだよ、必要な分だけ用意するから早めに枚数教えてくれよ」

編集長はまたテンションマックス、早速携帯にメモを取り始めた。部員全員の人数を申告したロミオは、DVD申し込みの輪から外れると、静かにに後ずさりして、ヒヨコに並んだ。

「ヒヨコ、何かあったん?」
「えっ、何かって――
「体育祭の時だって死ぬほど練習したけど、あんな風に変わらなかった。急にどうした」

ヒヨコの方を見ずに囁くロミオに、ヒヨコは少し俯いて微笑む。

「この間もちょっと話したじゃん」
……三井のこと?」
「それもそうだし、あの実況がさ」
「声の表現がどうの、ってやつ?」

ヒヨコは頷く。

……やっぱりどこかで声優になりたいなんて、夢みたいな夢だって思ってた。アイドルになりたいって言ってるのと同じくらい身の程知らずでふざけた夢だと思ってたんだと思う。だけど、もう少し真面目に自分の夢と向き合ってみようって思えたんだよね。できるところまでやってみようって」

まだわいわいと沸いているDVD申し込みの騒ぎを遠い目で見ながら、ヒヨコは声を落とす。

「そういう、きっかけをもらったから」

ロミオは頷くだけで、返事をしなかった。それがイコール恋になるとは限らないし、三井は本気で誰とも付き合う気はないようだし、本当にヒヨコの言うようにきっかけをもらっただけなのかもしれないし、自分の夢にも立ち向かおうとしている彼女の声は、偽りの演技には聞こえなかったから。

――本当に、感謝してる」