バイプレイヤーズ!!

02

キャップと青田

「なんというかこう……非常に残念だよね」
「そういうのが一番心に刺さるんだぞ」
「いい意味なんだけどな」

体育祭が終わり、良い素材を手に入れた映像部は文化祭に向けて映像作品製作の真っ最中。今日はこの度の映像作品のアイコン的存在である青田の写真撮影。ポスターにするらしい。

開襟シャツの胸元に付け胸毛をワサワサと生やしている青田は、長身で筋肉質でがっちりしている。それをファインダー越しに見ていたキャップこと廣瀬秋斉は、「日本じゃなければモテそう」なので「残念」だと言い出した。

「顔も濃いし、生まれてくる国を間違えたね」
「国が違えばモテるんだろうか」
……それはなんとも」
「キャップ、本当に心が痛い」

しょんぼりと肩を落とした青田にキャップはエヘヘと笑う。ロミオこと浅間陽里は、に片想いしていた皆本がエヘヘと笑うと無性に腹が立つが、キャップのは癒やされると言っていた。何しろキャップは小さくて静かで優しいという完璧なヒーリング体質。

「しかしキャップは普通にモテそうなのにな。みんな優しいからキャップ好きって言うだろ」
「好きの意味が違うよ。小さい男は男じゃないからね」
「そうかあ? そんなこと言ったら――

青田は口を尖らせて小柄な芸能人を指折り挙げている。

「芸能人と一緒にしてもねー。それにほら、映像部だし」
「それも関係あんのかなあ」
「あると思うよ。『キモいのの溜まり場』って言われるくらいだし」
「別に悪さしてるわけでもねえのに……
「しょうがないよ、そういう風にストレス発散してるんだろうし」
「キャップ、少しは怒れよ」

取った写真をモニタで確認しているキャップは、青田のため息にまたエヘヘと笑った。

「怒ったって余計にキモいって言われるだけだよ。そういう疲れることはしないの」
「編集長みたいな言い方だな」
「そりゃそうだよ。オレとあいつで導き出した答えだもん」

編集長こと諏訪周路とキャップは1年で映像部に入部して以来のコンビである。どちらも基本的には無害な人物だが、映像部にいるというだけで「キモい」扱いを受け続けている。女子の運動部に至っては記録映像すら録られるのを嫌がる。何に使われるかわからないなどという言いがかりが主な理由だ。

「生まれ持った姿はどうしようもないし、人に好かれる努力をしてない、って言われるんだけど、なんでそんなこと言ってくるような連中に好かれなきゃいけないのって話だろ。まあ、顔なんかは整形でどうにかなるだろうけど、オレの身長は努力でどうにかなる問題じゃないしね」

それを聞いた青田はまた肩を落とした。

「なんかそれ、悲しくないか?」
「そんなこともないよ。全ての人間がそうなわけじゃないし」
「気に障ったらアレなんだけど……逃げ、じゃないのかそれって」
「遠からずかなー」
「立ち向かおうとかって思わないのか?」
「猛獣が襲いかかってきたら逃げるのと同じだよ」

キャップがにこにこしているので、余計に青田は難しい顔になってきた。

「オレらみたいなのは『負け慣れ』てるからさ、勝ちたいとも思わないんだよ」
「その『負け慣れ』がよくわからないんだよな。悔しくないのか、って」
「そりゃー、青田は勝ったことがあるからだよ。だから負けるのが悔しい。オレたちは勝ったことがないから」

何しろ青田の方は神奈川最強、インターハイ個人戦で3位だ。キャップたちとはそもそもの次元が違う。

「そんな顔するなよ。オレたち別にそれでつらいわけじゃないんだし」
「あいつらと同じこと言うなよ……
「あいつら? ああ、密偵3人組か。最近仲いいよな」
「仲いいっていうか……ちょっと衝撃的だったもんで」
「あはは、会長への思いだろ。すごいよね、会長がああだから余計に」

会長の密偵3人組は強烈な引っ込み思案だが、会長という存在のお陰で高校3年間を楽しく過ごしてこられたので、会長への感謝がハンパない。会長のためならスパイも妨害工作も辞さない。

それが最近青田とよく生徒会室でお喋りをしているので、当の会長の方が「あんたらどうしたの」と心配しているほどだ。お互い何か目的があるわけではないのだが、テレビの話とか趣味の話なんかでだらだらと話している。

「青田の方もそんなことしてたら好きな子に勘違いされちゃうんじゃないのー」
「生徒会室で話してるだけだし、見られることもないからなあ」
「赤木の妹だっけ」
「オレそんなこと言ってないよな? あいつらか」
「ううん、木暮」
「あの野郎」

と木暮というカップルが成立するまでには、このキャップや他にも何人もの応援があったので、その分周囲の人々については事情通が多い。中でもキャップとロミオとヒヨコはが会長の悪巧みでつらい思いをしないように取り図らい続けた。そんなわけで今では木暮の方もキャップへの信頼が厚く、ついうっかり漏れた。

「だけどよく考えたら、また春から生活環境が変わるし、だいぶ疲れてきたんだよな……
「へえ、青田でもそんな風に思うんだ」
「怒れとか言っといてなんだけど……あまりに望み薄というかな」
「バスケ部、今すごい人気あるしな。かっこいいのもいっぱいいるし」

キャップは青田の魔王コスチュームを剥ぎ取りながら、優しく微笑んでいる。男同士の感覚で言えば、見た目は悪くない方なのに、本当にこれであと10センチ身長があったら……と青田はまた肩を落とす。いや、5センチでもいい。そうしたらキャップなどモテモテだったに違いないのに。

優しくて気遣いも出来て、あまり知られていないけど男気もあって、なのに身長が小さくて映像部だというだけで「キモい」扱いされてしまうキャップを見ていると、どうしてか無性にソワソワしてしまうのだ。校舎中に大声で「キャップはいい男なんだぞ」と叫んで回りたくなる。

「てかそうだよ、バスケ部! 体育祭で急にモテ出したのって小柄なのばっかりじゃないか」

1年の桑田、2年の安田と宮城。どちらも後輩なので詳しい様子はわからないけれど、とりあえず3年生の女子は桑田と安田が可愛いと盛り上がっていた。

「モテてるっていうより、あれは動物が可愛いのと同じだよ。基本イジられるだけだし、今頃困ってると思うな」
「そーいうもんなのか」
「と思う。オレ、中1の時そうだったから」

穏やかな笑顔のキャップが話すところによると、中学に入学した時点で身長が140センチだったキャップは、友達になった子の姉から火が付いて、3年生にさんざん可愛いとイジられまくった。頬を指で突かれ、抱き締められ、頭を撫でられたという。青田は絶句。大人になりかけの男のプライドがズタズタじゃないか。

「よく……平気だったな」
「良くしてもらった部分もあるから。バレンタインなんか12個ももらったんだよ」
「腹、立たなかったのか」
………………その中のひとりが、好きだったんだ」

青田はまた絶句。なんと言ってやればいいかわからない。

「だけど、卒業までの間にその子は163センチまで伸びた。オレも伸びたけど、150にすら届かなかった」
「だけどお前のこと可愛がってたんだろ。身長なんかどうでもよかったんじゃ……
「オレもそう思ってたけど、高校入った途端彼氏ができて、すごく背の高い人で」

青田があんまりしょげた顔をしているので、またキャップはにっこりと優しく微笑む。

「好きなわけじゃなかったんだよ。キャラクターとか、ペットが可愛いのと同じ」
「実はオレもこの間……ロミオに可愛いって言われた」
「言ってたね! クマさんみたいで可愛いとかなんとか。まあ、それと同じだよ」

何も恋愛感情を抱いてほしいわけではないのだが、それはそれで複雑な青田は、学ランに腕を通すと椅子にどかりと腰を下ろした。ちなみにここは生徒会準備室。任期満了が近い会長は完全に生徒会室を私物化していて、体育祭の悪巧みに加担してくれたメンバーには気軽に貸してくれる。

ちなみに青田と密偵たちがよく喋っているのも生徒会室。ポットも冷蔵庫もあるし、お菓子でも買ってくれば快適な遊び場になる。今も生徒会室の方では会長と密偵その2と2年の副会長がげらげら笑っている。

「キャップは専門だろ。ちっちゃくて可愛い子がいるといいな」
「女子少なそうなんだよね」
「んじゃバイト先とか」
「気持ちは有難いんだけど、あんまり遊んでるヒマなさそうなんだよな」

キャップは現在父親が病気療養中で、経済的に非常に苦しい状態にある。それなら部活なんかやってないでアルバイトした方がいいんじゃないのか、というところだが、彼の両親はそれをよしとしなかった。お小遣い稼ぎをしたいなら構わないが、高校生のうちから生活費のために働いてほしくないというのだ。

それはそれで心苦しいキャップだったが、親の気持ちを汲んで高校生の間は勉強と部活を頑張ることにしたらしい。ちなみに専門は教育ローンで行く。それも、就職すると言うキャップに興味のある分野を学べと親が言い出してのことだ。その分日々の生活は質素だが、彼の両親は満足しているらしい。

ざっくりと事情を聞いた青田はしかし、立ち向かう意欲はなくともキャップが卑屈にならずに済んでいるのは、そういう家に生まれたからなんだろうなと納得した。

「それにしても、なんでみんなオレに彼女いないのをそんなに心配するんだ」
「そりゃあお前に幸せになってほしいからだろ」
「それじゃまるで今が不幸みたいじゃん」
「んじゃ訂正。もっと幸せになって欲しいんだろ」

キャップは珍しく照れて髪をかき回している。

「木暮もそうだったろ。ああいうやつだからみんなが応援してくれたし、にも好かれたんだろ」
「そういうもんかなあ」
「まあその、だったら応援したいじゃなくて好きになれよって話だけど」
「まあ、そういうのは理屈じゃないしねえ」

何しろ体育祭の悪巧みに巻き込まれた人々にとって、キャップは精神的な支えであり、特に女子にとってはもう少し背が高かったら、と一度は思っていた。こと恋愛に興味のなさそうな編集長から少し分けてもらえばいいのに、とロミオが言ったほどだ。それを思い出した青田はつい声を潜めた。

「まあ身長がもう少し高くたって、中身がアレなら同じだしな」
「それもしかして編集長のこと言ってる?」
「否定はしない」
「あはは、あいつはちょっと特殊だから」

ちょっとどころじゃない。座ってばかりの文化部のくせに体育祭では1日駆けずり回り、なのに翌日は運動部の朝練かというほど早朝から登校してきて録画を整理していた。そしてあの会長よりも強いメンタルで何を言われても気にしないゴーイングマイウェイの権化だ。

「だけど、個人的にはオレより編集長の方が彼女いないの不思議なんだよな」
「そりゃ、ほら、中身もアレだし、見た目もアレだし」
「見た目はまあそうだけど、中身、オレは悪くないと思うんだけどなあ」

青田もそれは思わないでもないのだが、つまりこれは同性の目線での話なので、編集長も女子から好かれるような要素があまりない。本人が必要としていないようなので心配されないというだけだ。編集長は今のままで充分幸せそうだし、きっと無理して普通の付き合いをする方が疲れるのでは、と会長が結論づけている。

そんなわけで、女子から好かれない編集長は、実は男子からは割と好感度が高いという面白い人物でもある。

「平良が引退した時なんか、部長が後で世話になったって言いに来たくらいだしねー」
「そういやそうだな。男子の運動部は結構世話になってるからな」

記録映像・記録写真にも熱心だった映像部は、女子運動部には大変嫌われているけれど、男子運動部は自分がいいプレイをしているところを撮影してもらったり、それをきれいに印刷してプレゼントしてくれたりするので、編集長への感謝は強い。常に躁状態のオタクだが、彼はマメで義理堅いのである。

ただし、髪はボサボサ、流行にはまったく関心がなく、オタクにありがちな「自分の興味のあることを延々喋り倒す」の典型なので、そういう意味で女子からは嫌悪されている。

だが、それでも動じず、女子を罵倒したりもしないので、同じように嫌悪されている映像部員からはある種の尊敬を持って慕われている。なので、このキャップともども、嫌われ者の映像部としては友人も多いし、外にも交友関係が広いらしい。

青田の撮影が終わったので準備室に長居する理由はないのだが、生徒会室の方からは相変わらず会長のバカ笑いが轟いてきていて、なんとなく出づらい。カメラを片付けたキャップも静かに椅子に腰掛け、ペットボトルのお茶を飲む。

……青田はさ、どうして赤木の妹のこと好きになったの?」

至極真面目な顔でキャップが言うので、青田は文字通り吹き出してむせた。

「ええとその、子供の頃のことなもんで……
「そっか」
「どうした」
「この間の会長の話じゃないけど、その中学の先輩以来、好きだなって思う子がいない」

耳障りな会長のバカ笑いを聞きながら、青田は少し目を逸らした。

「自分の楽しいと思うことが出来ていれば、彼女がいなくても困らない気がするんだ」
「まあ、編集長なんかはそう言うよな」
「だけどたまに、それって感情が壊れてるんじゃないかって思うこともある」

感情が崩壊しているかのような会長のバカ笑いが響く準備室で、キャップは微笑む。

「好きな人、好きだと思ってくれる人がいないことへの強がりなんじゃないかって気もする。だけど、それと同時に、青田とか編集長とか、会長ロミオヒヨコ、木暮に、オレにとってはあの平良ですら、みんな好きな人だったりもするんだ。友情と恋愛を一緒にしてるとは思わないんだけど、それはそれで、『好き』なんだよな」

そして青田は再度、校舎内を叫んで回りたくなった。

……だからみんなお前のこと好きなんだよ」
「ああ、そっか。オレの好きと、みんなの好きはほとんど同じなのか」

彼の周囲の人々の「好き」は意味が違う、だけどキャップも好きの意味は違っていた。もっと言いたいことがあるというのがありありと顔に出ている青田に、キャップはにっこりと笑いかける。

「それならいいかな。オレの好きは、今のところそういう意味みたいだから」
「だけどオレは、オレは勝手にその意味が変わるように願ってるよ」
「あはは、ありがとう」

生徒会室の方では笑いすぎた会長がとうとう椅子から転げ落ちたようだ。キャップと青田は無言で頷き合うと、席を立って準備室を出る。

「会長、何か変なもの食べたの?」
「おっつー! いやそういうわけじゃないんだけど、ツボに入っちゃっ……うふぁひゃひゃひゃ」

何がそんなに面白いのか、会長はまた笑い転げている。キャップは手にしていたカメラを無言で掲げると、涙目で笑っている会長に向かってシャッターを切った。

「ちょ、なんてもの撮ってるんだいっひっひ」
「最近人の顔を撮るのが好きなんだ、笑ってるところ。会長、いい顔してるよ」
「いい顔ってなんだそれ変顔の間違いだろうぇへへへへ」
「変な顔なんかしてないよ、人の笑顔に変な顔なんかないから」

そう言って微笑むキャップ、青田はまた心の中で強く思った。もう何でもいいからキャップに幸あれ。