テイル・テイル

牧編

私、。最近、「しっぽ」が見える。

しかも、我が校で一番の有名人であり、高校バスケット界でも知らない人はいないくらいの有名プレイヤーである部長、牧先輩のお尻に。

牧先輩と言えば、3年の肉食系のお姉さんたちの間では「海南史上最高のお尻」として有名だそうだけど、なぜかそこに尻尾が生えてた。でも本人も何も言わないし、誰も何も言わないし、私はマネージャーとして練習を見守りつつ、3日間くらい毎日牧さんのお尻を凝視してた。

尻尾は輝く金色、例えるならゴールデンレトリバーみたいな感じ。柔らかな毛質で揺れるたびにゆったりと光る。さすが部長、尻尾までゴージャス。

だけどこの部長、尻尾は派手だし外見も濃い目だけど、めっちゃ厳しい。けっこう怖い。

まあそれだけ責任ある立場の人だし、特に部活の間は高校生っていうよりネイビーシールズって感じだし、私も最初入部したばかりの頃は普通に監督だと思ってたからね。なんで先生がユニフォーム着てるんだろうって思ってそれを同学年の子に聞いたら怒られたけどね。

なのにお尻に尻尾……。ファンタジック過ぎない?

その上どうやら牧さんのお尻に尻尾が見えるのは私だけみたいで、何日か観察してたけど誰も不思議そうにしてたり驚いたりしてる人はなし、本人もまったく無自覚らしい。だけどその無自覚の本人とは裏腹に、尻尾には牧さんの感情が表れているような気がしてきた。

後輩たちに厳しく指導する時はブワッと膨らんで毛が逆立って、高く上がってる。走り込みの時なんかは舵取りの役割もしてるっぽい。部活終わって疲れてる時は垂れ下がってることもある。試合前だとやっぱり毛が逆立って、威嚇するみたいに勢いよく振り回したりする。さすが部長、尻尾も怖め。

でもこれって、すごくラッキーかも。

マネージャーなんだからある程度は選手のことを把握する必要はあると思うんだけど、特に先輩たちは私と友達みたいに雑談するわけじゃないから、色々間違ったことしちゃうこともあると思う。でも尻尾があれば少なくとも牧さんのことはわかるようになる。

私はいわゆる「バスケは大好きだけど運動苦手で自分では出来ないからマネージャーやってる」っていうやつなので、部長のことは尊敬してるし、憧れのスター選手でもある。そのサポートをもっと的確に出来るようになったら、敏腕マネージャーとして海南バスケ部に名を残しちゃうかもしれない!

「牧さんお疲れ様です、スポドリどうぞ」
尻尾下がる。
「あ、間違えました。こっちですよね」
尻尾上がる。
「タオルもっといりますか」
尻尾下がる。
「必要な時はいつでも言って下さいね」
尻尾上がる。

便利すぎない?

元々近寄りがたい牧さんだけど、尻尾があれば怖くないので私はつい深入りし始めた。ちょっと踏み込んでるな、ってことでも、尻尾を見ればダメなことと大丈夫なことの見分けは完璧。というか牧さん、自分にも仲間にも厳しい部長のはずなんだけど、どうにも尻尾はそんな彼の普段の様子からは想像出来ない動きを見せることがあって……

練習試合、怖い顔して先頭を歩く牧さん。会場の外には散歩してるチワワ。威厳ある金色の尻尾がピョコンと上がる。チワワがギャフ! って吠える。尻尾は高い位置のままふらふらと振れる。牧さんそのチワワかわいいって思ってるの……

週末、泊まりの遠征。夜、試合で疲れた様子の牧さん。夕食は決まったメニューを各自カウンターで受け取るスタイルだった。トレイ取る。箸取る。お味噌汁。小鉢。小鉢ふたつ目。ここで尻尾下がる。おかず。尻尾上がる。ご飯はカレーにすることも出来る。尻尾フリフリ。

それを後ろの方で見てた私はニヤニヤしないようにするので精一杯。

小鉢のふたつ目は浅漬けみたいな感じのサラダで、セロリと人参とキュウリ。人参はカレーに入ってるし、キュウリはひとつ目の小鉢のポテトサラダに入ってる。てことは牧さんセロリ……セロリダメなのね……気になって見てたら真面目に厳しい声で試合のこと話してるけど、セロリ残ってる……

依然牧さんはちょっと怖めの部長だ。だけどその尻尾は怖くない部長を雄弁に語る。普段が厳しい部長なだけに、チワワがかわいくてセロリが嫌い程度のことでもキュートに思えてくるのはギャップモエってやつなんだろうな。

かわいい。もう牧さんがかわいい。

なので私の牧さんへのちょっかい……じゃなくて献身的なサポートはどんどん加速する。それも特に日常の些細なこと。だってその方が尻尾の変化がよくわかるし、なんでもないって顔してる牧さんと嬉しそうな尻尾っていう組み合わせ、ほんとやばいの。

「あっ、余計なお世話でしたよね、ごめんなさい」
「いや、大丈夫。すまんな、こんなことまで」
「何言ってるんですか、マネージャーなんですからサポートさせてください」

牧さんの尻尾は高く上がってゆったり揺れてる。全然オッケー。

……けど、なんだかマネージャーを独り占めしてるみたいで」
「そんなこともないですけど……じゃあ少し控えますね」

尻尾下がる。控えてほしくないの……やばいかわいい……

「控えなくていいですか?」
「ええとその……
「もしかしてもっと独り占めしたい、とか!」

冗談に聞こえるように言ってみた。牧さんはそんなことないよって顔してるけど、尻尾は嘘つかない。元気なかったり機嫌悪い時だとカサついて垂れ下がる尻尾は今、金色にキラッキラ輝いて勢いよく振られてる。はあ……牧さん私を独り占めしたいのね……

やだー! かわいいー!!!

こんな、こんな厳しくて怖くて誰もが恐れる全国トップクラスの選手で威厳を持って後輩たちを従えてるのに、マネージャー独り占めしたいって思っちゃってること、でもそれってちょっと恥ずかしいって思ってるみたいな顔、たまらんでしょうよ……

尻尾があれば怖くない私は一歩進み出て牧さんの両手を取る。

「ごめんなさい、それは私です。牧さんを独り占めしたくて」

牧さんの尻尾はもう飛べるんじゃないかってくらいの勢いで振られてる。顔は全然嬉しそうじゃないし、いいんだろうかこんなことって戸惑ってる風に見えるけど、本音では独り占めされることもすることもめちゃくちゃ嬉しいって思ってる。

かわいいんですけどー!!!

はい無理もう無理。爪先立って顔を近付け、その戸惑ってる目を見つめる。

「独り占め、してもいいですか……?」

かすかに頷いて遠慮がちに握り返される手、だけど尻尾は大歓喜。

実はかわいい人なんだってこと、金色の尻尾があること、私だけの秘密。

そっと触れる唇の暖かさも何もかも、全部独り占めだからね。

END